第49話 群島

「我々が光剣と呼んでいる武器に似ていますが……魔導回路の組み方が異質ですね」


 マキシスがゴブリンの遺した武器を調べながら言った。

 レンは無言のまま頷いた。

 分解の過程に立ち会い、補助脳が映像を記録している。マキシスの説明を聞きながら、情報の補完を行っているところだった。


「後ろの船は大丈夫かい? ざっと見てきた感じ、動力炉や魔導回路の配管なんかが破損していたぜ?」


 ケインが訊ねた。


「速度は出ないみたいだけど、高さは維持できてるみたいよ?」


 ミルゼッタが操縦桿をわずかに倒しつつ答えた。

 後ろの……というのは、拿捕した白い船のことである。船内で見付けた係留用のロープを使って曳航していた。

 ちなみに、キララ、マイマイは護衛役のユキと一緒に白い船に乗り込んでいる。


「浮動力は維持できています。数日は大丈夫でしょう。魔力の循環器が破損していますから長くは持たないでしょうが……アイミッタさんの遠視が確かなら、そろそろ浮遊島が見えるはずです」


 マキシスが計器を見ながら言った。

 ファゼルダ空域の西南端に近付いているらしく、人が住まない小さな群島が点在する空域があるそうだ。


「あるよ! みえるの!」


 ミルゼッタの膝の上で、アイミッタが正面を指さした。


「……不思議な力ですね。エインテ人の私ですら知らない、未知の能力です」


 マキシスが呟いた。


「だから狙われたんだと思う。私達、ユニトリノ人は特異技能者が生まれやすいの。この子の遠視は、地元でも有名だったからね」


 ミルゼッタが膝に乗っているアイミッタの頭を撫でる。


「その遠視も、スキルですか?」


 レンはアイミッタから伸びる魔力の光糸を見ながら訊いた。


「私達は、そのスキルってものがよく分からないの。でも……似た感じがするわね」


 ミルゼッタがマキシスを見る。


「いいえ、全く別のものです。アイミッタさんの遠視は魔力技。魔技や術技など、呼び方は様々ですが……いずれも、魔力を消費して特異な効果をもたらすものです。中には、生命の力や精神力などを混入して対価とする術技も存在しますが……レンさんやユキさんが発現したというスキルは魔力を使用していません」


「スキルは、何を対価にしていると思います?」


 レンは、補助脳の情報を見ながら訊ねた。

 ゴブリンの一撃を浴びて以来、遅ればせながら"使徒ちゃん"に与えられたスキルについて調べていた。渡界時に渡された類似ゲームについての資料を読み返し、ケイン、キララ、マイマイのスキル考察にも耳を傾けた。

 素性の怪しさはともかく、スキルを理解しておくことが、生存率を上げるための力になるのは確かだ。


「無限に使用できるわけではないのですよね?」


 マキシスがレンを見る。


「はい。パワーヒットというスキルは、一時間後に脱力感に襲われます。使用した回数に応じて程度に幅があるようです」


 ユキに協力してもらって試した結果、1回使用した場合と、3回使用した場合では、脱力感が段違いだった。

 5回連続使用すると、床に座り込んだまま膝の力が抜けて立ち上がれなくなった。


「15分そんな状態が続いて、いきなり回復します」


 記録を読み返しながら、試した内容と結果を説明する。


「なるほど……生命力というよりも体力……活力と言うべきでしょうか。対価としては聞いたことがありませんが、それが事実であるなら、そういうものだとして受け入れるしかありませんね」


「レン君の他のスキルも似たようなもんか?」


 ケインが訊いてきた。


「まだ、どうやったら発動するのか分からないんです。それっぽいことは試してみたんですが……」


「フェザーコートは? あれは、俺達も持ってるスキルだよな?」


 ケインが自分の体を摩りながら言う。"使徒ちゃん"イベントの報酬として、フェザーコートと悪疫抗体は全員に与えられている。


「体の表面に目には見えない防壁があり、攻撃を受けると防壁の厚みが失われていき、時間が経過すると元の厚みを取り戻す……そんな感じだと思います」


 これは、補助脳の情報だ。白いゴブリンに赤い光剣で斬りつけられた際、厚みが2割ほど失われたらしい。逆に言えば、船の壁を斬り裂くほどの攻撃を受けても、20%しか減らないということになる。非常に心強いスキルだった。


「減ったら減りっぱなしってわけじゃねぇのか? それは助かるが、その防壁の回復にどのくらいかかった? いや、そもそも、そんなのが自分で分かるのか?」


「なんとなくですが、1時間かかったようです」


 レンは手を翳し見ながら答えた。スキルの存在を意識するようになったためか、集中して眼を凝らせば、体の表面を覆っている薄い膜が見えるようになっている。


(厚みと言っても、1ミリくらいだけど……)


 ゴブリンの光剣で、1ミリメートルの20%が削られた。それが測れるのは、補助脳のおかげだ。目視して分かるような差違ではない。


「そのフェザーコートが発動した際の対価は何でしょうか? パワーヒットと同じように、活力が失われたりしましたか?」


 マキシスがレンを見る。


「いいえ。防壁の回復に時間がかかったこと以外は、何もなかったようです」


「対価が無い? そんなことがあるのでしょうか?」


 マキシスがミルゼッタに訊ねた。


「私には分からないよ。エインテ人のマキシスさんが知らないんじゃ、お手上げだわ」


 ミルゼッタが操縦桿の確度を微調整しながら言った。


「……この光剣を模した武器には、魔力を過剰に吸収して使用した痕跡があります。レンさんの話にあったように、ゴブリンが全ての魔力を注いで無理矢理威力を高めたのでしょう。この光剣は熱に強い素材で作られていますが、それでも半分近くが溶け崩れています」


「そうだと思います」


 真っ赤な光棒の長さ、太さが段違いに増大し、室外に逃れたレンを壁ごと斬り裂いて襲ったのだ。


「それほどの攻撃を受けて、無事でいられる魔技……スキルが何の対価もなく使用できるというのは有り得ない。少なくとも、エインテの知識には存在しません」


 マキシスが首を捻りながら、手元の光剣へ視線を落とした。


「前にも訊いたが、こっちの世界には、こういうスキルを人間に与える神様……そういう仕組みはねぇのか?」


 ケインが訊ねた。


「……創造の神がどうこうって話?」


 ミルゼッタがケインを見る。


「そうだ。神でも何でもいい。何かの条件を突破すれば、奇跡の力を授かるとか……そういうやつだ。伝説も、昔話でも……それっぽいのはねぇか?」


「そういうのに一番近いのが、そこのマキシスさんよ」


「む?」


「だって、エインテの民そのものが伝説だもの」


「なんだって?」


「もう、絶滅したって言われてる……言われてたの。伝説の有翼人……奇跡の番人、叡智の守り手……物語にしか登場しない、伝説の種族よ」


 ミルゼッタに言われて、マキシスが苦笑いを浮かべた。


「色々と大袈裟に言われていたようですが……エインテの民は元々個体数が少ない上に、かなり高空の浮遊島で暮らしていたので、人目に触れることが無かったというだけです」


 ファゼルダの軍船に発見されるまでは……。


「我々のことを古代人などと称した文献もありましたが……正確には、古代人の叡智を発見した一族……その末裔だと言われています」


「その、エインテ人が所蔵する文献を見せてくれないか? どこへ行けばいい?」


「……ファゼルダに奪われました。少なくとも、私が暮らしていた浮遊島のエインテ人は、1人残らず、捕らえられるか殺されるかしたはずです。夥しい軍船に包囲されて、浮遊島ごと破砕されましたから……」


 マキシスが力無く首を振る。


「ひでぇな」


 ケインが唸った。


「私のように、魔虫を受け入れてファゼルダに隷属した者は技術者として使役され、奴隷化を拒んだ者はマノントリに変えられました。ファゼルダの工廠に、もう1人……隷属状態のエインテ人が残っていましたが、かなり衰弱していましたから、そう長くはないでしょう」


 静かに溜息を吐いてから、マキシスがエインテ人について語り始めた。


 長寿の民であること。魔導技術に秀でていること。鳥に似た翼はあるが空を飛べないこと。生命力は乏しいが魔力は多いこと。マキシス自身が819才であること。若手筆頭の魔導技師として、失われた太古の魔導技術を研究していたこと。


 取り留めも無く、ぽつりぽつりと静かな声音で話しながら、マキシスが手にしたゴブリンの光剣を分解し、卓上に部品を並べていく。


『スキルについての解析を終了しました』


 マキシスの話に耳を傾けていたレンの視界に、補助脳のメッセージが浮かんだ。


(どうだった? それぞれを発動させる条件は? 勝手に発動するんじゃないよな?)


『それぞれのスキルの発動を意識することで、生体エネルギーの一種を消費して一定の効果を発生します』


(生体エネルギーというのは、さっきマキシスさんが活力と言ったやつ?)


『パワーヒットと同様、生体エネルギーの消耗により身体が機能不全に陥る仕組みのようです』


(機能不全は、15分?)


『はい』


(それも、どこかに記述が?)


『ナノマテリアル体に内包された記憶領域内で発見しました』


(全部のスキルを使って、限界を確かめておかないといけないな)


『フェザーコートが、パワーヒット発動時に反動による身体の破損を防いでいたことが判明しました』


(えっ? あれって、そういうスキルじゃなくて……フェザーコートのおかげで手首とか無事だったのか?)


『防壁の減少は、数値に表れないほど微少でした』


(それでも、フェザーコートが無ければ、腕を傷めていたんだろうな)


 レンは、ちらと自分の手に眼を向けた。


 その時、アイミッタが声をあげた。


「あった! あそこ! すぐちかく!」


 何が見えているのか、興奮顔で操縦室の天井を指さしている。


「ケインさん、マイマイさん達をこちらの船に……ミルゼッタさん、船を停止して白い船を接舷させて下さい」


 指示をしつつ、レンは窓際に駆け寄った。


(あれが? なんか、小さいな?)


 想像していたより小さな岩塊が数十個、船の上空に浮かんでいた。今乗っている船より小さいようだった。


『正確な視認を阻害する障壁が存在します。実測値を表示します』


 補助脳による測定値が視界右側に並び始めた。







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レンは、ゲームのようなスキルについて真剣に向き合い始めた!


浮遊群島を発見した!

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