第217話 ウッドペッカー
(はぁ……)
薄暗い格納庫の中で、レンは小さな溜息を吐いた。
まだ、格納庫の天井から吊されたままである。
もう、機人化を解除することができそうだった。ただ、まだ機人化のままでいたかった。
思念体となってコンヴィクタと戦ったからだろうか、いつになく疲労が抜けずに体の芯を湿らせている。
"マーニャ"がユキを相手に暴露した時の一部始終を、補助脳が記録していたことも大きな要因の一つである。
上手く言えないが、"彼氏彼女"という関係と、"恋人同士"というのは真剣味が大きく違う気がする。
恋人というのは、"彼氏彼女"として付き合った先の段階……。
何となく、そう思っていたのだ。
(まいったな)
機人から戻らないレンを心配して、ユキとアイミッタが格納庫の外で待機している。
"マーニャ"が暴露した通り、嘘偽り無く、レンはユキを好きになっていた。
結果的に、ユキが受け入れてくれることは確認できたわけだが……。
(……はぁ)
コンヴィクタとの戦闘よりも精神的に堪える。
『マイチャイルド、いつまで引きこもっているの?』
2頭身の"マーニャ"が視界に浮かび上がった。
(だれのせいですか?)
『恋人さんのこと? それなら、18時間前に謝罪したでしょう? まだ謝らないといけないの?』
"マーニャ"が首を傾げる。
(……謝罪はもういいです)
『なら、起きなさい! これからのことを相談しましょう!』
(このままでも……)
『他のお友達と一緒に相談をするのよ!』
(創造主のことですか?)
60年近く先のことを今話し合う必要があるのだろうか?
『現れるかどうかも分からない存在なんか、どうでもいいわ!』
(他に何かありました?)
地球の文明維持についてだろうか?
一応、壊滅の危機は脱して、わずかながら上向いていると聞かされていたが……。
『何を寝ぼけているの? お友達が惑星の環境改造をすると言っていたでしょう?』
(……え?)
虚を突かれて、レンは戸惑った。
優先順位からすれば、下から数えた方が良さそうな案件だと思うのだが?
『セーフティハウス? シェルターというの? 用意しておくべきよ!』
"マーニャ"が腕組みをする。
(地球の予備ということですか?)
『ゾーンダルクの予備でもあるわ!』
(ゾーンダルクの?)
『マイチャイルドは、"ナンシー"が管理できない存在になってしまったのよ? これまでのようにゾーンダルクで暮らすことは簡単ではないわ! そうでしょう?』
(……そうなりますか?)
かなり強引だったが、"マーニャ"と"ナンシー"の衝突を回避し、創造主とまみえる時まで先送りにしたつもりだった。
ナンシーも不承不承ながら納得をして引き下がってくれたのだが、このままでは済まないのだろうか?
『どうなるか分からないから、ライフラインを増やしておく必要があるということよ!』
(それって……金星ですか?)
理由は聞いていないが、マイマイ達は金星に拘っている。
『どこでも良いのよ? 一つの惑星に拘る必要だってないわ。いくつかの惑星を改造しても良いじゃない?』
(そんな簡単な話なんですか?)
『今の文明では簡単ではないわ!』
"マーニャ"が首を振る。
(つまり?)
『"ナンシー"と交渉して力を借りるのよ!』
(えっ!? だって、"ナンシー"さんとは……)
険悪な関係になってしまった気がするが?
『立場による対立は起きているけれど、敵対しているわけではないわ。そうでしょう?』
(そう……なんでしょうか?)
レンの感覚では理解が難しい。
『彼女の立場として、管理不能な存在を管理領域内には入れたくないということよ。マイチャイルドが管理領域外にいる限り、敵対する要素は存在しないわ!』
"マーニャ"は自信ありそうだった。
(……そんなものですか?)
『彼女には、積極的に敵対する意思はないのよ。ただ、創造主が定めたルールを守るために必要な措置を講じようとしただけなの』
管理者として行わなければならない予防措置であり、敵対とは違うのだと言う。
(……あれ?)
ふと疑問が湧いた。
『どうしたの?』
"マーニャ"が首を傾げる。
(そうなると、僕はゾーンダルクに……第九号島に帰れないことになりませんか?)
ゾーンダルクは"ナンシー"の管理領域だ。
『そうなるわね』
当然よと"マーニャ"が頷いた。
(それは困ります)
レンは慌てた。
ゾーンダルクの第九号島は"ナイン"の主体であり、地球を救援するための物資の供給源である。
(あの島の使用については、"ナンシー"と交渉しましょう! でも、彼女の立場として容認できない可能性があります。その時は、彼女と戦って排除するか、ゾーンダルクを出て行くか……選ばないといけなくなるわ)
仮に"ナンシー"がこちらの申し入れを認めず対立することになれば、第九号島に代わる場所をどこかに確保する必要がある。
『そうなるんですね』
レンは溜息を吐いた。
(だから、ライフラインを増やすのよ!)
『……なんとなく分かりました』
しかし、いきなり惑星改造だと言ったところで、すぐに完成するような作業ではないだろう。
いったい、何年がかりの作業になるのか見当も付かない。
(もしかして、このまま宇宙に滞在をして惑星の改造をやるんですか?)
『一度帰るわよ? 地球の状態を確認しないといけないし、"ナンシー"との協議も必要よ?』
(……ああ、地球側に滞在すれば"ナンシー"さんとは対立せずにすむんですね)
地球は地球で細々とした事件が起こりそうだが、"ナンシー"相手に大立ち回りをやるよりはマシだろうか。
『ゾーンダルクに行っても対立しないわよ? わざわざ喧嘩をするために帰るはずあないでしょう?』
"マーニャ"が不思議そうにレンを見る。
(えっと……すみません。ちょっと、分かりません)
『プロセスは省略するけれど……ゾーンダルクでは機人化をしませんと、約束をするのよ。彼女には、それで納得をしてもらうわ!』
(ああ、封印のような?)
『封印? そんなことは不可能よ?』
(えっ?)
『何をしても、マイチャイルドが本気を出せば強制解除できるわ』
(それじゃ……)
"ナンシー"が納得するとは思えない。
『言ったでしょう? 約束をするのよ?』
"マーニャ"が破顔する。
(約束って……それで、"ナンシー"さんが納得しますか?)
『あら? 地球人同士でも約束をするでしょう? 国と国、人と人……話し合ったり、紙に書いたりして約束をしているじゃない? 話し合って納得してもらって……あれと同じことをするのよ』
(そんなの……信用してくれるでしょうか?)
『信用してくれるわ』
"マーニャ"が断言する。
(どうしてです?)
『私は、彼女の領分を侵さないもの。これまでも、これからも……こちらからルールを破ることはしないわ』
(でも、僕は……)
存在そのものが、ルールを破っているのではないか?
『あら? マイチャイルドについては、彼女の了承を得ているわよ? ただ、彼女の想定を大きく超えてしまっただけだもの』
レンの体のマテリアルを換装していることは事前に伝えてあり、それについては"ナンシー"も容認すると言ったらしい。
ただ、"マーニャ"によるレンのマテリアル換装結果が、"ナンシー"の想定を遙かに超越してしまっただけだと言う。
『自分が許可したことの結果だから、"ナンシー"は私やマイチャイルドを咎めることができないわ。だから、能力を封印できないかと交渉を持ちかけてきたのよ』
"マーニャ"が笑う。
(戦闘が始まりそうでしたけど?)
『戦闘だって、交渉の一環よ? 地球でも、よくあることでしょう?』
(……ありますね)
武力を伴う交渉など珍しくもない。
それを律する法律は存在するが、機能するのは事後かなり経ってからのことだ。
『それで? いつまで引きこもっているの?』
"マーニャ"が両手を腰に当てて見つめてくる。
(えっ……)
『今すぐ起きないと、強制解除を行いますよ?』
(……もうちょっと)
『さっさと起きて、顔を洗ってきなさい! ミーティングを始めるわよ! 打ち合わせることが山盛りなのよ!』
"マーニャ"の頭上で、大きな吹き出しが揺れた。
======
勇者レンに、休息は与えられない!
勇者レンは、叩き起こされた!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます