第141話 日々混沌


『全ての敵を排除しました』

 

 補助脳のメッセージが視界中央に浮かぶ。

 

(……一匹外した?)

 

 レンは、ヘッドギアのバイザーを持ち上げながら息を吐いた。

 今、撃ち倒したばかりの毬藻のようなモンスターが薄れて消えてゆく。

 

『No.816 を狙撃した際、魔核から 0.85cm 上方へ逸れました』

 

 視界に、記録映像が再生される。

 モンスターは、2階建ての家くらいある大きなカニだった。

 ほぼ全体が対物狙撃銃の 12.7×99mm 弾を弾く甲殻に覆われているが、所々に薄い箇所があって弾が徹る。その薄い部分を貫通した弾を体内にある核に当てれば数発で斃すことができる。

 カイナルガで戦った"バーブ"と似た戦い方が必要になるモンスターだった。

 

『レン君、どうかな? こっちで見ている感じでは問題なさそうだけど?』

 

 キララの声が聞こえてきた。

 

「はい。違和感ありません。本当に戦闘をしている感じがします」

 

 レンは離れた場所にある建屋に顔を向けた。

 平らに均された敷地に、銀色のドーム状の大型の建物がぽつんと建っている。中に観測室があり、キララとマキシスが戦闘シミュレーターの最終調整を行っていた。

 

 敷地は、一辺が500メートルの立法体。第九号島の東端に位置し、分厚い岩塊内部を掘削して造ってある。着用する戦闘服、使用する武器なども、施設専用の物が用意されている。

 

『もっと場所の種類を増やせるけど……まあ、このくらいで良いかな?』

 

「今は十分です」

 

 身を隠す場所がない広々とした荒地、巨樹が乱立する見通しの悪い森、足下が泥濘んで動きにくい湿地帯、ファゼルナの戦闘艦をイメージした艦内、直径15メートルの円形闘技場……。

 

『これで、射撃訓練場と仮想戦闘訓練場……次は、転移対策ね』

 

「はい。強制的に転移させられたり、転移をして侵入してきたり……そういうのを防ぐか、事前に察知できるようなものが欲しいです」

 

 岩塊による強襲対策はタルミンの"人形"を中心とした防衛隊が担うことになった。島内の重要施設は、転移を阻害する障壁で護られているのだが、まだ第九号島全体を護ることはできていない。

 

『船の方は?』

 

 アイミス号の改修が行われ、連日のように試験飛行を繰り返していた。

 

「少し加速にもたつく気がしました。速度が出た後は問題なかったんですけど」

 

『レポートにあったやつね。搭乗者の負荷を考えて安全弁が作動しちゃうのよ。もうちょっと安全マージンを削ろうかな』

 

「かなり強引に振り回しましたけど、エンジン……動力炉に異常はありませんでしたか?」

 

 テスト飛行では、急加速、急制動、急旋回……考えられる無茶な動作を連続して行っている。

 

『動力炉単体で回した時の半分以下しか出ていなかったわ。まだまだ余裕があるわよ?』

 

「船も?」

 

『機体も異常なし。接合部の緩みは想定範囲内よ。継続戦闘能力は、3倍近くまで伸びているはずよ』

 

「弾薬があれば……ですよね」

 

 継戦したくても、弾薬が切れると給弾のために帰還しなければならない。

 

『まあね。機体は立派だけど、武装は……残念な感じよね』

 

 キララの溜息が聞こえる。

 

「魔導砲は良い感じでした」

 

『あれは……あれだけの出力があっても、魚一匹をやっと斃せるくらいだから……効率が悪すぎるわ』

 

 キララがぼやいた。

 

「銛を撃ち出す力に変換できるんですよね?」

 

『理屈はそうだったんだけど、どうも何かが邪魔しているみたい』

 

「なにか?」

 

『ナンシー流に言うなら、世界のことわりってやつ? できるはずのことができないのよ。同じ理屈で砲弾を撃ち出してやろうとしたんだけど、ぎりぎりのところでエネルギーが掻き消される感じね』

 

「……そうなんですね」

 

『どうあっても、大口径の実弾は使わせたくないみたい』

 

「蜘蛛はミサイルを撃って来るのに……」

 

 雷筒蜘蛛だけではない。ゴブリンは迫撃砲を使ってくるし、ブユが大砲を撃ってくる。人間だけが、そういう武器を使えないというのは不公平だろう。

 

『例の創造主さんの取り決めでしょう。こればっかりはどうしようもないわ』

 

「攻撃手段が弱すぎます」

 

『そうでもないわ。レン君やユキちゃんのように接近戦ができる人なら……ね』

 

「戦闘スーツですか?」

 

 マイマイが試作中の戦闘服は、近接用の兵装として、かなり完成されてきている。当初は動きを阻害されることが多くて異物感が強かったのだが、改良を重ねた最新版は着心地はもちろん、防護服としての耐久性、パワードスーツとしての出力が格段に上がっていた。

 

『特異装甲よ。マイちゃんが作っている複製版じゃなくて、オリジナルの方ね。あれは、着用者の能力に応じて強度や出力が上がる仕組みらしいわ。レン君はシザーズしか使っていないけど、全身装備なら"ザ・モンスター"になれるわよ』

 

「ああ……あれは、マーニャさんが僕用に調整しているそうです」

 

 ナンシーから与えられるオリジナルの装甲服は、両手の"鋏"を除いて、"マーニャ"が改良している最中だった。

 かなり時間をかけているようだが、どこを改良しているのだろう?

 

『そうなんだ? 部分使用できるのもオリジナルだけの能力ね。あっ、ちょっとそのまま立っていて頂戴……試作した水中戦用のフィールドを投影するから、体感してみて……バイザーを閉めて"気密モード"オンよ』

 

「でも、特異装甲を取得するためには、かなりのスコアが必要なんですよね?」

 

 言いながら、レンはバイザーを閉じて周囲を見回した。

 まだ、赤茶けた"岩肌エリア"のままだ。

 

『累積ポイントと討伐対象なんかを評価されるみたいね。ユキちゃんがやっとクリアできたくらいだから……普通にやってたら縁が無い代物よ』

 

 確かに、あれだけ戦闘を重ねてきたユキがギリギリだったとなると、他の渡界者が特異装甲を手に入れるのは相当先になる。マイマイの戦闘服は重宝されることになるだろう。

 

「ユキは、特異装甲を手に入れたんですか?」

 

『さっき、シーカーズギルド経由で申請をして監理局に受理されたみたい。審査を通過すれば、今日中に本物の特異装甲服を拝めるわね』

 

「そういうの、僕は申請したことないんですけど?」

 

『ナンシーさんから直接許可貰ったんでしょ? 申請なんか要らないじゃない』

 

「……そうでした」

 

 どさくさで"マーニャ"が型を選んだような気もするが……。

 

『これで、今回予定していた成果物がある程度揃ったわ。もっと時間がかかるはずだったんだけど、タルミンさんのおかげで急加速できたわね』

 

 キララが満足そうに言った。

 

「戦闘服ですか?」

 

『第九号島の生産設備を含めた全部が成果よ』

 

「地球に戻りますか?」

 

『勇者さんは、魔王討伐しないとね?』

 

「いえ……そういうのはどうでも」

 

『あはは……まあ、地球側がけっこうヤバいらしいから、テコ入れしようと考えているわ。第九号島があれば水や食料は潤沢に供給できるし、衣料だって……デザインはともかく支給可能よ。理論上、日本だけを考えれば、第九号島で支えることだってできる。まあ……無償ってわけにはいかないけどね』

 

 キララの声に笑いが含まれる。

 

「マイマイさんの戦闘服を支給すれば、大氾濫スタンピードが慢性化した地域に踏み込めます。他の国を支援することだってできますよね?」

 

『う~ん……というより、まだ無事な各国の軍隊に購入させて、それぞれの国で対処してもらう感じかな? ただ、戦闘服の数が揃わないから、当面は渡界経験者を中心に少数を貸与して、効果を実感してもらうところからね』

 

「富士は大氾濫スタンピードが起きていないから、日本国内は大丈夫なんですよね?」

 

大氾濫スタンピードでなくても、ちょろちょろとモンスターが迷い出てくるから、被害が無いわけじゃないわ。周辺の国に比べれば平和な方だけど……また、転移襲撃があったそうよ』

 

「……魔王の?」

 

『国会議事堂に、中華系、東南アジア系の死体が転移して機関銃を乱射、駆けつけた自衛隊が応戦している最中に自爆したらしいわ』

 

「国会が?」

 

『さすがに全壊とまではいかなかったけど、集中審議をやっていたところみたいで、まとめてド~ン……と』

 

「え……?」

 

『TVで中継している前で、派手に吹き飛んだみたい』

 

「それ……マズいんじゃ……」

 

『マズいわ』

 

 現在、大騒動のまっただ中らしい。警察はもとより自衛隊も出動して緊急対応をしているが、何をどうするのか発令をする最高責任者がいない。遙か昔に政界を引退した高齢者を引っ張り出したりしているらしいが……。

 

『そういうわけで、大氾濫スタンピードに関係無く、日本はとても危険な状態になっているわ』

 

「……日本だけですか?」

 

『米国の友人から、ワシントンが燃えたと連絡があったわ』

 

「燃えた?」

 

『近づけないから、何がどうなったのか分からないそうよ』


 米国だけでなく、比較的無事に国政が行われていた国を狙って、転移テロが繰り返されているらしい。

 

「……もう、滅茶苦茶ですね」

 

 レンは溜息を吐いた。

 

『その滅茶苦茶が加速するわよ』

 

「加速させようとしているのは……魔王ですか?」

 

『魔王か、魔王にそそのかされた誰か。何者かが意図をもって混乱を助長させているのは間違いないでしょう』

 

「何のために?」

 

 世界中を混乱させて、何を得ようというのだろう?

 

『混乱を楽しみたいか……ただ、地球を滅茶苦茶にしたいのか。やっている本人に訊いてみたいわね』

 

「……こっちでシミュレーターを作っている場合じゃないですね」

 

『それは違うわ。こちら側にセーフティゾーンを構築することが急務になったのよ。いくつか考えていたプランの1つなんだけど……今準備ができたから、環境シミュレーターを起動するわ。続きは、終わってからにしましょう』

 

 キララの声と共に、周囲の光景が一変し、重たい水圧が体を締め付ける。

 

『想定深度250メートルからスタートよ』

 

 

 

 

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第九号島の仮想戦闘シミュレーターが完成間近だ!

 

地球より、ゾーンダルクの方が安全になった!

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