第121話 誘致
『我は、この城の主である』
椅子に座った人形が発しているらしい信号波を補助脳が翻訳し、レンはそれを声に出して読み上げた。ユキと共有するためだ。
『
表示される文字を眼で追いつつ、補助脳が探知した情報にも眼を向けた。
『……汝が望むなら、城の衛士としての生を与えよう』
読み上げながら、レンは特殊スキルのゲージを確認した。
90秒ほど待てば、1発撃てるだけのゲージが回復する。
「コート、32%です」
ユキが、"オリジン・ワン"を見つめたまま言った。レンの"フェザーコート"は28%まで回復している。
"オリジン・ワン"を仕留めることは難しくない。
「ここから出る方法を知りたい」
レンは、椅子の人形に声を掛けた。
『神々によって隠された空間……生命を宿したまま出ることは許されぬ』
「許さないって、誰が?」
『神々だ』
「神々? それ、思念体のこと?」
『思念体……?』
椅子の人形が顔を俯けた。
その時、
『構造解析が完了しました』
視界中央に、補助脳のメッセージが浮かんだ。
視界に小枠が開き、人形の全体像が描画される。間接部を境に部分ごとに透過されて、内部の構造が描かれていった。
(えっ!?)
透過表示が胴体部分に及んだ時、レンは軽く息を飲んだ。
(これ……こいつ、アレでしょ?)
『イーズの商人に極めて近い外見をしています』
補助脳のメッセージが浮かぶ。
測定された身体の寸法なども、第九号島を訪れたイーズの商人とほぼ同じか、少し小柄なくらいだった。
(……撃てる)
特殊スキルが1発分回復していた。今なら、胴体内部の"イーズ人"を狙撃できる。
「……イーズの人かな?」
レンは【アイテムボックス】から対物狙撃銃を取り出した。
「レンさん?」
前方の"オリジン・ワン"を警戒しつつ、ユキがちらと振り返る。
「人形の胴体に、イーズ人みたいなのが入ってる」
レンは、あえて大きな声で伝えた。
相手がどう動こうと狙い撃てる状況だった。仮に転移をしても、転移した先が補助脳の探知範囲内であれば狙撃可能だ。
レンを転移させようとしても間に合わない。転移光に包まれる僅かな時間で撃ち抜く自信がある。
(……返事が無くなった?)
『信号が途絶えました』
椅子の人形から放たれていた信号が消えたらしい。
「ゾーンダルクに……元の世界に戻してくれるなら、危害を加えるつもりはない」
レンは、椅子の人形に向かって声を掛けた。
視界に並んだ探知情報に、大きな変化はないが……。
「"オリジン・ワン"のエネルギー値が上昇した」
「了解です」
ユキがチタン製の六角棒を手に、ゆっくりと"オリジン・ワン"の方へ歩き始めた。
レンの特殊スキルは、遮蔽物やエネルギー障壁など意味を成さない。"オリジン・ワン"がどう動いても、人形の中にいる"イーズ人"の頭に 12.7×99mm 弾が撃ち込まれる。
レン達の知らない攻撃手段、防御手段を有していない限り、椅子の人形にとっては絶体絶命の窮地となっている。
ユキと"オリジン・ワン"の距離は、8メートルほどになった。
『……我の敗北だ。攻撃を止めて欲しい』
補助脳が訳文を表示した。
「オリジン・ワンを下がらせないと、戦闘になるけど?」
『従おう』
人形からの返答と同時に、"オリジン・ワン"がくるりと向きを変えて、椅子の後ろへと移動していった。
「イーズと関係がありそうだけど……ここ、カイナルガでしょ?」
『しばし、待て』
椅子の人形がゆっくりと立ち上がり、その場で床に膝を突いた。
「ユキ……こっちに」
レンはユキを呼び戻した。
得体が知れない相手に近づくことは避けたい。対話だけなら離れていてもできる。
「あの中に、イーズの人が入っているのですか?」
ユキが呟いた時、椅子の前で床に座った人形が、サラサラと砂上に崩れていった。砂袋が破けたように、床に銀砂が流れ出して拡がる。
そして……。
「待たせたな」
銀砂の散った中に、3歳児の外見をした男児が立っていた。
薄い茶色の髪に、赤銅色をした肌、鳶色の瞳……。
第九号島を訪れたイーズの商人より、少し小柄なようだった。
「声が……話せるのか?」
レンは"オリジン・ワン"を警戒しつつ、3歳児に声を掛けた。
「肉声を使うのは久方ぶりである。形代を出るのも……いつ以来になるか」
3歳児が腕組みをして首を傾げた。
「言葉が通じますね」
ユキが呟いた。
「今更であるな」
3歳児が、にっと白い歯を見せて、レンを指差した。
「第九号島の島主レンであるな?」
「知っているのか?」
「当然である。そして……そちらは、ユキであるな?」
3歳児がユキを見る。
「……初めまして」
ユキが小さく会釈をした。
「我は、タルミン・タレ・ナルガである」
3歳児が名乗った。
「タルミンは、イーズ人なのか?」
前振りも何もない、いきなりの問いかけだったが、
「ふむ。イーズ人にとっては、祖先……あの者達は、我の傍流の子孫である」
タルミン・タレ・ナルガも率直な答えを返した。
「子孫なのか」
ふうん……と、鼻を鳴らして、レンは傍らのユキを見た。
「ここの統括……支配者と考えて良いのでしょうか?」
ユキが訊ねた。
「支配とは大仰だな。ここは、我の私有地……
「……カイナルガとは、この地の名称でしょうか?」
「そうだな。我の、ナルガの塔といった意味である」
「ナルガの……塔? ここは塔なのですか?」
「うむ。星々の海に漂う英知の塔である」
タルミンが頷いた。
「星々……宇宙でしょうか?」
ユキが質問を続ける。
「宇宙? ふむ……概念が異なる部分があるか。言葉の意味は理解できるが……ユキが考える宇宙とは別の場所である」
「タルミンは、何か理由があって、ここに住んでいるのか?」
レンは、対物狙撃銃を【アイテムボックス】に収納した。
それを見て、ユキもチタン製の六角棒を仕舞う。
「我は、神を名乗る馬鹿共の戦争ごっこに飽きたのである」
タルミンが嘆息した。
「神って、思念体?」
「思念体……ふむ。的を得た呼び方であるな。なるほど、あの者たちは思念の塊である」
タルミンが頷く。
「ここへ飛ばされる前に、大きな思念体を消滅させたんだけど……」
レンは、ファゼルナを襲撃してからの出来事を話して聞かせた。
「ほう! それは良いことをしたな。ビシュランティア殿もお喜びになるであろう」
タルミンが喜色を浮かべて手を叩く。
「……びしゅらん?」
レンは、首を捻ってユキを見た。
「世界の監理者である」
「ナンシーという方では?」
ユキが訊ねる。
ゾーンダルクという世界を監理している存在を他に知らない。
「ふむ。なるほど、その方達とは別の名で接しておられるのだな」
タルミンが納得顔で呟いた。
「確か……カイナルガには、魔法についての本があるんだったな」
レンは手帳を取り出して"カイナルガ"について書いた頁を探した。
「魔法という呼称は耳慣れぬな。魔素子を扱う方法について研究をした記録なら保管してあるぞ」
タルミンが言った。
「魔素の……その記録の写しが欲しい。貰えないかな?」
「ほう! 異界の者が、あのようなものに興味があるのか? なかなかに難解な記述になっている。仮に読むことができたとして、理解をすることが可能かな?」
タルミンが首を傾げた。
「僕には無理だけど、理解できる人達が居る」
ケイン達なら何とかしてくれるだろう。
「ふむ。あれを理解できる者がおるのか。実に興味深い話であるな」
「もし、何かの規則で持ち出すことができないなら、ここに出入りして自由に閲覧できるようにして欲しい」
「そうだな。量が量だけに、書庫に招き入れる方が効率的であるが……」
しばらくの間、腕組みをして沈思してから、タルミンがレンを見た。
「"カイナルガ"に通じたとなれば、小煩いハエ共が寄ってきそうだが……これを機に、外の世界を散策してみるのも一興であるな」
「外に出るなら、うちの島に来る? 世界を見て回るにしても、どこかに拠点があった方が楽でしょ?」
「ほう! 良いのか? 我が居ると知られると、例の思念体共が押しかけるやもしれんぞ?」
「タルミンは、ナンシーさんの敵じゃないんだよね?」
レンは手帳を見ながら訊ねた。"カイナルガ"についてのメモを見つけたのだが、たいしたことは書いていなかった。
「あの御方に敵対するなどあり得ぬ。まあ、ビシュランティア殿には、あまり好かれておらぬと思うが……」
「第九号島に来て欲しい」
「ふむ。実に端的で無駄の無い勧誘である」
タルミンが笑みを浮かべた。
「だが……つまらぬ駆け引きを省けることは、実に好ましいのである」
「来てくれる?」
「うむ。島主レンの招聘に応じ、第九号島に居を構えるとしよう」
大きく頷いたタルミンが、後方に控えている"オリジン・ワン"に向かって手を振った。
"オリジン・ワン"が淡い光に包まれて、床面に沈むようにして消えていった。
「今から第九号島と"カイナルガ"との間に
「よろしく」
「では、しばらく厄介になるぞ、島主レンよ」
そう言って、タルミン・タレ・ナルガが胸の前で手を組み合わせると、低い声で何やら呟き始めた。
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椅子の人形は、"カイナルガの主"だった!
レンは、"カイナルガの主"を第九号島に招待した!
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