第37話 救助

『探知が完了しました』


 薄く開けた扉の隙間から内部を覗いていたレンの視界に、補助脳のメッセージが浮かんだ。

 ワイヤーフレームで描画されたモノクロ画像の中に、内部の構造物が浮かび上がる。

 探知範囲内に、動いているものは存在しない。


「船内の壁際に巡らされた通路のようです」


 天井の高い広々とした整備場のような場所だった。天井には移動式のクレーンが4本あり、レールに沿って縦横に位置を動かせるようになっている。


 レン達が開いた扉は、高さ10メートルの内壁の天井付近、床から7メートルの位置にあった。

 扉を開けた場所には、金網の床板があり、簡易的な手すりが付いた狭い通路が水平方向に延びている。通路の先には別の扉が見えていた。


(作業用の通路? 整備場みたいだけど、何を整備するための設備なんだろう?)


 整備台らしき物はあるが、整備対象が見当たらない。


(……まあ、船内を調べれば分かるか)


 レンは消音器付きの短機関銃MP7を手に、後ろで準備をしているユキ達を振り返った。

 すでに、全員が装備を整えていた。ユキはレンと同じ消音器付きのMP7、他の3人は64式小銃を持っている。


「行きます」


 レンは、外壁の扉を引き開けて中へ入った。かなり厚みのある扉だったが、さほど重さを感じない。


(スチールじゃなさそうだ。何でできているんだろう?)


 狭い金網の床を踏んで進みながら、レンは床下や天井を見回した。


(天井にも壁にも、照明らしいものが無い)


 照明が消えていて真っ暗だったが、レンの眼には昼間と変わらない。倉庫の床に置かれた車輪付きの台座や作り付けの工具棚などが見えた。


「レン君、灯りつけて良い? 危ないかな?」


 キララが小声で訊いてくる。


「……どうぞ」


 探知情報を確認しつつ、レンは後ろを振り返った。船内に動く物は存在しない。


「電池とかは使えないみたいだけど……これなら」



 シュッ……



 小さな擦過音が聞こえて炎が点った。キララの手元に、小型のランタンが吊されている。ガス式OD缶のランタンだった。


「これ熱くなるから、ケインが持ってよ」


「……仕方ねぇな」


 ケインが顔をしかめながらもランタンを受け取って、64式小銃の筒先に吊した。


「ここって、格納庫じゃない? 格納室っぽいのが並んでるよぉ!」


 マイマイが目を輝かせている。


『探知範囲内にナノマテリアル反応はありません』


(モンスターはいないのか。姿を消したやつとかいない?)


 この世界には、補助脳の探知を掻い潜るモンスターが存在する。


『偽装スクリーンは解析済みです』


(船内に、生物らしい反応は?)


『25℃以下の熱源が5つ存在します』


(人間なら昏睡状態じゃない?)


 補助脳とやり取りしつつ通路を進むと、施錠された扉に行き当たった。扉に付いた丸い窓から中を覗くと、扉の向こう側には細かいパイプが入り組んだ中に大きな酒樽のような形状の物が並んでいた。


「ここからじゃ、よく見えないわ」


 ランタンの光が小窓に反射して向こうが見えないらしい。キララとマイマイが、ケインに文句を言っていた。


(……鍵は掛かってない)


 扉に付いているレバーを下げると微かな金属音が鳴って扉が開いた。こういった扉の作りは、地球の物と変わらないようだ。


 扉を開けると、手摺りに囲まれた小さな足場があり、通路は途切れていた。

 大きな部屋の壁面、かなり高い位置にあるようだ。

 この先に進むには、壁面にある梯子を伝って、上るか、下りるかになるが……。


(落ちたら無事には済まないな)


 床まで15メートル弱だろうか。

 上は、頭上5メートルほどの高さに大小のパイプが入り組んでいる。


「あれがエンジンでしょうか?」


 ユキが並んでいる樽のような金属の円筒を見ながら呟いた。

 高さ5メートルほどの円筒が6本ずつ2列に並んでいて、すべての円筒の上部には、ハンドボールくらいの水晶のような球が載せられていた。


「なあに、ここ? 見張り台みたいね」


「機関室を一望する場所かぁ~……う~ん、あの樽の上の大きな玉を眺める場所かも?」


 キララとマイマイが内部を観察しながら話し合っている。


「床に、何かの液体が張ってあるな。海水って訳じゃなさそうだが……動力に関係あるのか?」


 ケインが、ランタンを吊した64式小銃を差し伸ばしながら呟いた。


「上は、配管がごちゃごちゃしていますね」


 レンは天井を見上げた。


「あの管に何が通っているのかな? 何かの配線だと思うけど」


「開けてみるか?」


「ガス管だったらどうするのぉ?」


「どうしますか?」


 ユキがレンを見る。


「……まず、上に行ってみましょう。調査は、船内の安全を確保してからにして下さい」


 壁面の梯子は、配管の間へ続いている。

 レンは身軽く梯子を上ると、配管の上に顔を覗かせた。


(……通路だ)


 配管と天井との間に、金網の床を渡しただけの、簡素な構造の通路があった。


(危険は無さそうだ)


 レンは下で待っているユキ達を手招きしてから、配管上に渡された連絡橋のような通路を進んだ。

 通路の突き当たりに壁があり、先ほどと同じような形の扉が見えている。


(反応は?)


 レンは、MP7を手に身を屈めたまま複雑に入り組んだ配管の上を見回した。


『探知範囲内にナノマテリアル反応無し』


 補助脳がメッセージを表示する。


(熱は? 温度は下がった?)


『徐々に低下中です』


 透過表示されたワイヤーフレーム内に、熱探知で捉えた対象が ◆ で表示された。


(一番近いのは……)



 - 8.9m



 レンの思考に応えて、一番手前にある ◆ が赤く点滅した。

 ケイン達が追いついて来るのを待って、レンは通路の先にある扉前まで移動した。この扉は、大きな舵輪形のハンドルを回して開閉する仕組みだった。



 - 6.2m



 熱源までの距離が縮まっている。


(動いていないよな?)


 動ける状態では無いということだろうか。


『熱源の位置に変動はありません』


 補助脳のメッセージが繰り返し表示される。

 レンは、扉のハンドルに手を掛けると、ゆっくり回転させた。


(……気密扉みたいだ)


 これまでの簡易な扉とは違い、分厚くて丈夫そうな扉だった。


『大気成分に異常ありません』


(静かだな)


 静まり返っていて、動力音はおろか、微かな物音すら聞こえてこない。



 - 3.7m



 もう、対象が見えてもおかしくない距離だ。


(通路の左右が部屋になっているのか)


 通路に沿って、左右の壁に扉が並んでいた。レンが捜している対象は、部屋の一つにいるらしい。


 レンは、ユキと視線を交わし、向かって左側の扉に身を寄せた。ユキが通路右側の扉に身を寄せる。

 それから、扉にある大きなレバーを掴んで下へ押し下げた。



 - 2.4m



(この中みたいだけど……)


 静かに扉を押して開くと、レンはMP7を構えたまま部屋に踏み込んだ。

 待ち伏せに備えていたが、誰も襲って来なかった。


(死んでる?)


 壁際の寝台で、痩せ細った若い男が倒れていた。


(……人か?)


 レンは、寝台の男にMP7を向けた。

 背中に翼のある人型の生き物……とでも言うべきだろうか? 20歳くらいに見える風貌の中性的な容姿の若者だった。

 腰に申し訳程度に布を巻いただけの格好で、頭から血を流して倒れている。肌は灰青色をしていたが、流れている血の色は赤かった。

 背中に翼があること以外は、普通の人間のように見える。薄く開いた口に覗く歯なども、地球の人間と変わらないようだ。


(不時着の時に、頭を打ったのか?)


 レンは男の呼気を確かめて小さく息を吐いた。応急処置でどうこうできる状態では無かった。

 後頭部を壁に打ち付けたのだろう。後頭部に裂傷があり首の骨が折れていたが、気管が塞がっていないのか、まだ辛うじて呼吸をしていた。


(熱源というのは、この人か?)


『温度が低下中です』


(これは、もう……無理だろ)


 レンは軽く首を振った。薬局で買い揃えて来た薬品くらいではどうにもならない。


(顔付きは、ヨーロッパとか……向こうの人っぽいな)


 身長は170センチそこそこ、痩せていてあばら骨が浮いて見えている。

 レンは、男の身体をざっと調べてから周囲を見回した。

 部屋の中に、荷物などは見当たらない。この若者は、腰布一枚で、この部屋に閉じこもっていたのだろうか?


「他の部屋は無人でした」


 ユキが入って来た。残りの部屋を確認してきたらしい。


「これ、こっちの人かな?」


「ゾーンダルク人って、翼があるんですね」


 ユキが、男の首筋に指を当ててすぐに首を振った。

 その時、レンの視界にメッセージが浮かんだ。


『ボードに【支援要請(治療)】というメニューが存在します』


「……ぁ」


 レンは小さく声を漏らした。


「レンさん?」


 ユキがレンを見る。


「ボードの支援を試してみる。支援要請ってやつ」


「あのメニューを解放したのですか?」


「うん」


 レンは、ボードを開いてメニューの【その他】を選択した。解放済みのメニューに【支援要請(治療)】がある。


「……1回の支援で、1万ウィルかかるのか」


 眉をしかめつつ、レンは【支援要請(治療)】を選択してみた。



 シャラァ~ン……



 奇妙な音が鳴って、10,000 wil という文字が目の前に浮かび、サラサラと砂のように崩れて消えて行った。

 直後、目の前に、ふわりと白衣が浮かび上がった。


(う……?)


 軽く仰け反ったレンがMP7を構える前で、白衣の内側に黒い煙のようなものが満ちていき、人の姿へと変じていく。


(これって……まさか、ナンシーさん?)


 息を呑むレンとユキの前に、甘い香水の匂いが拡がり、重たげな胸を腕で抱えるようにして、見覚えのある妖艶な美女が姿を現した。

 ステーションのクリニックにいた女医ナンシーだ。クリニックで見た時とは違い、白衣の下は、デニムのショートパンツに黒いタンクトップ、素足にサンダルを引っ掛けただけのあられもない格好だった。


「久しぶりね」


 羽織った白衣の襟から長い髪を抜いて背へ流しつつ、ナンシーが艶っぽくレンを見つめた。


「急患かしら?」


「その人です」


 レンは、薄布を大きく盛り上げる胸乳から目を逸らして、ベッドに横たわる有翼の男を指差した。


「あら、珍しい。エインテ人を見るのは久しぶりよ」


 ナンシーが軽く眼を見開いた。


「治療できますか?」


 レンは訊いた。こうしている間にも、男の呼吸が止まりそうだった。


「まだ息があるから、大丈夫よ。3日預かることになるけど良いかしら?」


 ナンシーが事も無げに言った。


「えっ? あぁ、はい……お任せします」


 どうやるのか知らないが、エインテ人だという若者をどこかへ連れて行くらしい。


「それじゃあ、あなたのエーテル・バンク・カードを出して。手続きを済ませましょう」


 ナンシーの冷んやりとした手が、レンの手を取って持ち上げた。







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船内で重傷を負った現地人を発見した!


【支援要請(治療)】を使用したら、ナンシーが来た!

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