第149話 ゼインダ


(いきなり、これやるの?)

 

 レンは、戦闘音が続いている小川町の交差点へ目を向けつつ、気持ちを整えるために軽く深呼吸をした。

 

『Mカスタムマテリアル58%……アンガーライン・コネクト……ソロウライン・コネクト……プレジャーライン・コネクト……ディライトライン・コネクト……タルパバスター・フルコネクト……グリーン……フルメタルスキン・サーフェイシング……グリーン……クアドルプル・バスターアーム・レビテーション……ファウル・カッター……アジャスト』

 

 2頭身の"マーニャ"の吹き出しに、次々と文字が浮かんでは消える。

 

(……2秒)

 

 転移開始までの時間が迫っていた。

 

『アンサンブル・オールグリーン……マイチャイルド! レディ?』

 

 "マーニャ"がレンを指差して訊ねた。

 

「レディ」

 

 レンは、小さく頷いた。

 

『ウェイクアップ! SSH・ファウルドール……TYPE"レン"!』

 

 "マーニャ"の頭上の吹き出しが大きく膨らんで明滅する。

 

(……うっ!?)

 

 前回と同様に視界が白く塗りつぶされたと感じたのも束の間、目の前がブルーグレーのフィルターに覆われていた。

 

(人が居なくて良かった)

 

 先ほどまで立っていた淡路町の街並みをビルの高さから見下ろしている。住人がいれば大騒ぎになっていただろう。

 

 

 チッ……

 

 

 チヂィッ……

 

 

 シュン……

 

 

 シュン……

 

 

 シュン……

 

 

 シュン……

 

 

 湯が沸くような音が耳元で響いている。

 

『聴覚フィルター、オン!』

 

 "マーニャ"の吹き出しに文字が躍ると、耳元で聞こえていた湯が沸くような雑音が消え去った。 

 

『オールレンジウェポン・アンロック!』

 

 "マーニャ"が宣言した。

 

「オールレンジウェポン・アンロック」

 

 前回同様、レンは復唱に専念する。

 直後、視界が一変した。わずかな間すら感知できない一瞬で、レンは見知らぬ土地に到着していた。

 

(ここは……?)

 

『旧内モンゴル自治区にある露天堀鉱山です』

 

 補助脳がレンの疑問に答えた。

 大地に大きな穴が空いている。その中心にレンは立っていた。

 

『タルパキラー・バーストモード!』


 "マーニャ"の吹き出しに文字が躍る。

 

「タルパキラー・バーストモード」

 

『ジェノサイド・タービュランス……セット!』

 

「ジェノサイド・タービュランス・セット」

 

 

 ピピピピッ……

 

 

 視界の方々に、ターゲットを表す青色の [◇] が無数に点る。

 

 

 ビィーー……

 

 

『飛翔体が多数接近します』

 

 補助脳の警告メッセージが浮かんだ。視界に、赤色の [▽] が表示され、一つが拡大表示された。

 

(……地対地ミサイル? 車両から? 死人が操作しているのかな?)

 

 レンは他人事のような感覚で、飛来するミサイルの形状を観察していた。

 

『続いて、125mm 滑腔砲弾です』

 

 補助脳のメッセージが浮かんだ。戦車砲による攻撃を受けているらしい。

 

『オープン・ファイア!』

 

「オープン・ファイア」

 

 レンの掛け声と共に、白色の閃光が視界いっぱいに放射され、大量の光弾が撃ち出された。ミサイルらしき物が連続して射出され、無数の実砲弾が彼方へと遠ざかってゆく。

 加えて、青白い光の鎌のようなものがレンを中心に旋回して周囲一帯を薙ぎ払っていた。

 

 一瞬にして、全てのターゲットマークが消え去り、激しい爆発光の中、果てしなく続いていた赤茶けた荒野が歪んで消えていった。

 無数に点在するターゲットマーカーが片っ端から消失して視界から消え去る。

 

『ジェノサイド・タービュランス……セット!』

 

 2頭身の"マーニャ"が拳を突き上げた。

 

「ジェノサイド・タービュランス・セット」

 

 レンは、探知情報を確認しながら高熱で溶解した視界を見回した。

 

『死人の反応です』

 

 

 - 1,119m

 

 

(……集団?)

 

 "死人"の集団がいくつか存在していた。

 

『ファイア!』

 

 "マーニャ"が手を振り下ろす。

 

「ファイア」

 

 レンの復唱と共に純白の閃光が放たれて、死人の集団を灼き払う。わずかに遅れて、実砲弾が着弾して爆煙を噴き上げた。

 

『高速で移動する熱源があります』

 

 補助脳のメッセージと共に、視界に小枠が開き、箱形の車両が拡大表示された。

 

(……デコイ?)

 

 レンは、探知情報に目を向けた。

 この状況で、身を潜めずに車を移動させることに違和感を覚えた。

 

『微弱なエネルギー反応を感知しました』

 

『"G"よ!』

 

 補助脳のメッセージと"マーニャ"の吹き出しが同時に表示され、ターゲットマークが点る。

 やはり、車両とは別に狙うべきターゲットが存在した。

 

 

 -3,907m

 

 

「オープン・ファイア!」

 

 レンは、即座に射撃を開始した。

 

 コンマ数秒で、移動する車両と感知した思念体に閃光と光弾が着弾し、ミサイルと実砲弾が後を追って飛んでゆく。

 

『消滅を確認しました』

 

 補助脳のメッセージが浮かんだ。

 

「どうですか?」

 

 レンは、2頭身の"マーニャ"を見た。間違いなく命中している。逃れる間は与えなかったはずだが……。


 "マーニャ"が額に手を当てて俯いていた。

 

 ややあって、

 

『面倒な奴ね』

 

 "マーニャ"ががっくりと肩を落とした。

 

「逃げられましたか?」

 

『いいえ、こちらを観ていた思念体は消滅させたわ』

 

「観ていた?」

 

 吹き出しの文字を見て、レンは訊ねた。

 

『ここを囮にして、こちらの能力を分析していたのでしょう』

 

「……なるほど」

 

 レンは納得した。

 根拠は無かったが、薄々そんな感じがしていたのだ。

 

「日本での転移テロは、これのために?」

 

 レンを招いて観察するための挑発行為だったのだろうか?

 

『それはどうかしら? "鏡"による被害を免れて無事に残っている国家に混乱を与える手法として、死人の転移自爆は有効だったわ。日本だけでなく、他の国に対しても行われているから、マイチャイルドをおびき寄せるためだけの作戦ではないでしょう』

 

「なるほど……」

 

 レンは頷いた。確かに、転移テロは日本だけでなく様々な国で行われている。

 

『マイチャイルドを観察していた思念体ではないわ』

 

「えっ?」

 

『別の存在がいると確信できたわ』

 

「魔王が分裂しました?」

 

『それなら劣化するだけだから良いのだけど……これは、最近の仕込みではないわね。かなり時間をかけて計画していたはずよ』

 

 2頭身の"マーニャ"が腕組みをした。

 

「魔王とは別の存在?」

 

『やはり、魔王のようなチンピラとは別に、大物が地球に潜んでいるわね』

 

 "マーニャ"が大きく頷いた。

 

「そんなものがいるんですか?」

 

 レンは、高熱と衝撃で破壊され尽くした周囲を見回した。

 

『おかしな情報積層体があったのよ。私は、それが気になって地球に来たのだから……君と出会った時にそう言ったでしょう?』

 

「……そうでした?」

 

 瓦礫の下で死にかけていた時の事だろうか?

 正直、何もかもが精一杯で、やり取りをよく覚えていないのだが……。

 

『あの積層体はガラクタだったけども。そう見せかけようとしていた……誤魔化されていたみたいだわ』

 

 "マーニャ"が笑みを浮かべた。

 

「どんな奴です?」

 

『日本風に言うなら、近くて遠い親戚? 起源は同種なのだけれど、進化の過程で完全な異種に分岐していった特異な存在ね』

 

「そんなのが、なんで地球に……」

 

『この辺では、地球だけにしか文明が存在しないからよ。近隣の星系では文明と呼べるものが滅んでしまったわ』

 

「文明が……宇宙の?」

 

 レンは内心で溜息を漏らした。

 つい先ほどまで淡路町で自転車に乗っていたのに、今は機人化して転移をやり、いつの間にか宇宙の話になっている。頭が与えられる情報に追いついていけない。

 

『君の脅威の度合いを測ったのでしょう』

 

「なんか凄そうな存在なのに……僕が怖いんですか?」

 

『この宇宙に、マイチャイルドを無視できる存在はいないわ!』

 

 "マーニャ"が両手を腰に当てて胸を張った。

 

「宇宙に……」

 

『あくまでも私が識る範囲になるけれど、マイチャイルドは……何て言うの? ヤバい? 幼児のジャンケンで惑星消滅弾を撃つくらいのヤバい存在なのよ!』

 

 意味不明の例えを持ち出しながら、"マーニャ"が笑う。

 

「僕が……」

 

 レンは、自分の手を見た。

 真珠色をした西洋甲冑の籠手のような手から、薄らと湯気のようなものが立ち上っている。昔、ロボットアニメで見たような箱を繋いだような手足ではなく、パワードスーツをそのまま巨大化したような生き物を感じさせる形状をしていた。

 形自体はどんなものでも良かったらしいが、レンのリクエストに従って人型にしたのだという。


 機人化をすると、宇宙でも活動できるのだろうか?


『同種とは言えないくらいの隔絶した存在なのだけれど……私と似たようなものがいると考えなさい』

 

(マーニャさんのような存在が……それはヤバいな)


 レンはゆっくりと周囲に視線を巡らせた。 

 真珠色をした巨大な機人が、旧内モンゴル自治区にある鉱山に立ち尽くしている様子を、どこかで観察しているのだろうか?

 

『面倒なことに、情報の収集に関しては、私よりも上位の能力を有しているわ』

 

「……それ、マズいんじゃ?」

 

『マズいわね』

 

 腕組みをした"マーニャ"が頷いた。

 

「目的は何だと思いますか?」

 

『決まっているわ! 惑星の環境改善よ』

 

「……えっ?」

 

『人類を排除することが、地球という惑星の環境の改善に繋がるという……ある種の自律型プログラムね』

 

「環境? それで人間を滅ぼすんですか?」

 

『実際に、似たようなことを行って文明を滅ぼした実績があるわ』

 

「実績……」

 

『日本の発音に調整すると……"ゼインダ"という名称よ。その惑星で繁栄している文明にとっては狂気の自律型環境改善プログラムね』

 

「……環境というのは、山とか海とか自然の?」

 

 たった今、色々灼き払ったばかりだが……。

 

『う~ん……"ゼインダ"にとっての理想の環境がどのようなものなのかは考えるだけ無駄よ? 君がイメージする自然環境とは全くの別物である可能性があるわ。現存する生物にとって好ましい環境であるとは限らないし……趣味? みたいなものなのだから』

 

「趣味……趣味で人類を滅ぼすんですか」

 

 理解が追いついてくるにつれ、だんだんと腹が立ってくる。

 

『そうね。でも、今回は惑星上の生物全てを滅ぼすつもりは無いようね。標的ターゲットを人類に絞って、衰退……あるいは絶滅をさせようとしているようだわ』

 

「何か対抗手段は?」

 

『マイチャイルド! 君に決まっているわ!』

 

 2頭身の"マーニャ"がレンを指差した。

 

 

 

 

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TYPE"レン"は、転移先で全方位射撃を行った!

 

魔王より面倒な存在がいるらしい!

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