第215話 羞恥心
「大丈夫よ」
等身大の"マーニャ"に声を掛けられて、ユキが振り返った。
格納庫の中に、機人化したレンが吊されて固定されていた。
「説明したでしょう?」
「……はい」
機人化したレンが、ユキの目では見ることができない別の空間から生還した。
その邂逅点で待機していたユキ達が回収したところである。
「マイチャイルドの思念が危機を覚えているの。あの状態を解くと微粒子にされてしまう空間……というよりも、物質が形状を維持することが極めて大変な場所だったから、さすがに疲弊してしまったのね」
"マーニャ"が窓からレンを見た。
白銀色の体の表面が粟立つように凹凸が刻まれ、左肩から先が捻れて折れ曲がっている。
「私が知覚可能な世界において、最悪の存在と戦ったのだもの。逃れることができない場所、時間を選ぶ必要があったわ」
「はい」
"マーニャ"の説明にユキが小さく頷いた。
すでに幾度となく説明を受けている。
二度目が無い戦いだった。
討ち漏らせば、近い将来、手ひどく祟る存在になる。
そのために、無理に無理を重ねて、"迷惑ちゃん"を必勝の罠に掛けた。
「命に別状は無いわ。体は完全に治します」
「はい」
頷きながらユキが"マーニャ"を見つめる。
「……これから、どうなるのでしょう?」
「うん? マイチャイルドのこと? それともゾーンダルクや地球のこと?」
"マーニャ"が小さく首を傾げた。
「レンさんのことです」
ユキが"マーニャ"の瞳を見つめる。
「マイチャイルドには、もう伝えたのだけれど……地球の文明を存続させるために、しばらく勇者を続けてもらうしかないわ」
「また……こういう戦いをやるのですか?」
ユキの双眸がわずかに細まる。
「そうなるかもしれないわ」
"マーニャ"がユキの眼差しを受けたまま頷いた。
「……それは、あの創造主という存在と?」
「私が識らない存在なのよ。だから、どういうことになるのか……マイチャイルドは、もしもの時の安全弁? 保険かな? そういう存在になるわ」
"創造主"という存在は、マーニャの知識の中にはない。
創造装置を扱う資格を持った者という意味でなら、マーニャも"創造主"ということになる。
だが、創造装置は全て破壊したはずだ。
他ならぬコンヴィクタが執拗に探し出して破壊をした。
ゾーンダルクがコンヴィクタに気付かれたのも、壊れた創造装置があったからだ。
「"マーニャ"さんは、創造主が約60年後に現れる可能性があると仰いました。どうして分かるのですか?」
ユキが問いかける。
知識に無いはずの存在が、その時に現れると、何故分かるのだろうか?
「観測した結果、58年後くらいに宇宙にちょっとした変化が訪れるのよ」
硬い表情のユキを前に、"マーニャ"が微笑を浮かべる。
「変化?」
「マイチャイルドがコンヴィクタと戦った空間……あれの一部が物質化をして、こちらの宇宙に加わるわ」
「宇宙に……加わる?」
「拡張? 膨張と言うの? 貴方達が知覚できる領域……宙域? が大きく拡がるのよ」
"マーニャ"が指先からシャボン玉のようなものを浮かび上がらせた。
ふわふわと外形が揺らぐ玉が、一気に大きく膨らむ。
「……宇宙が膨らむ。それが58年後ですか?」
「誤差は、1~2年くらいね」
「その……宇宙の外で、レンさんは戦ったのですか?」
「そういうことよ。正確には、貴方達がイメージする外という概念とは異なるのだけれど……」
そう言って、"マーニャ"が無数のシャボン玉を部屋中に浮かび上がらせた。
「それは……」
意味を察して、ユキが目を見開く。
「貴方達が広いと感じている宇宙……それがいっぱい存在しているの。あまりに多すぎて、私も全てを見てきたわけではないわ。だから、断言をすることはできないのだけれど……宇宙を旅する中で私が知覚できない何か……存在を感じることはあったわ」
"マーニャ"が部屋中を漂うシャボン玉へ目を向けた。
「それが、創造主なのですか?」
「さあ? 識らないから答えようがないわね」
マーニャが見つめる先で、漂っていたシャボン玉がぶつかりそうになり、互いを弾くようにして離れる。
「私達のような人間……生き物がいるのでしょうか?」
「いないわ」
ユキの問いに、"マーニャ"が即答した。
「……そうなのですか?」
これだけ宇宙が存在するのに、文明を築いた生き物が居ないというは不自然な気もするが……。
「コンヴィクタが滅ぼして回ったのよ」
"マーニャ"が顔をしかめて首を振った。
「そういうことですか」
「マイチャイルドに言われたわ」
「えっ?」
「宇宙人というのは、自分達の理屈をごり押ししてくる連中ばかりだって」
"マーニャ"が苦笑を浮かべる。
「ごり押しというのは、ちょっと難解だったのだけれど……強引に押しつけるという解釈で合っているかしら?」
「はい」
「貴女は、マイチャイルドの恋人なのだから、正直に伝えておくわ」
「……はい」
ユキが戸惑ったように瞬きをして小さく頷いた。
「マイチャイルドは、本来なら存在できない空間で、コンヴィクタと思念の戦いを行ったわ。それは伝えた通りよ」
「はい」
「コンヴィクタは、マイチャイルドの記憶を読み取って、色々な人の姿に化けながら攻撃を行い、マイチャイルドは知っている人の姿をしたコンヴィクタと戦った。わずかに動揺すればつけ込んで精神の傷を拡げて大きな綻びを生み出す……それがコンヴィクタの戦い方なの」
「知っている人の姿で……」
ユキが痛ましげに顔を歪めて小窓を振り返る。
「マイチャイルドは動揺したわ。当然、手応えを感じたコンヴィクタは同じ人の姿で攻撃し続けた」
だが、レンはそこで踏みとどまった。
「怒ったのよ。とても……深く怒ったの」
「……レンさん」
「本来なら、"怒り"という感情も動揺という隙の一つなのだけれど、そこを突こうとしたコンヴィクタの方が逆に圧されてしまって、
"マーニャ"が漂っていたシャボン玉の一つを指で突いて割った。
「後はもう一方的だった。色々な人間の姿を見せて挽回しようとしていたのだけれど……火に油を注ぐ? そんな感じで、マイチャイルドのエネルギーが増すばかりで、最後の方はもう哀れなくらいだったわ」
「大丈夫でしょうか?」
ユキが呟いた。
「あら? 貴女が居るから大丈夫よ。恋人とはそういう存在なのでしょう?」
"マーニャ"が面食らったように瞬きをする。
「……まだ付き合い始めたばかりです。恋人と言われるのは……私は嬉しいですけど」
ユキが俯いた。
「う~ん? 私は住んでいるから明確な意思を感じとれるのだけれど……マイチャイルドは、貴女をとても大切に思っているわよ? 唯一無二? 代わりになるものがない? そんな感じで、とても大切に思っているわよ? 」
「え……と」
ユキが顔を伏せた。
「時間が関係するものなの? 今から、この感情がより深くなるということかしら? 今のままでも相当だと思うのだけれど……」
"マーニャ"が腕組みをして興味深げにユキを見る。
「あ、あの……そういうのは……あまり言わない方が」
赤い顔をしたユキが囁くように言う。
「あら、どうして? 恋人に隠し事は良くないのでしょう? 思念は正確に伝えた方が良いと思ったのだけれど?」
"マーニャ"が首を傾げる。
その時、扉がスライドして開いた。
「マーニャ先生、エネルギーの圧縮方法でちょっと別のアプローチを思い付いたんですけどぉ」
マイマイが部屋に入っていた。
「……あれ?」
"マーニャ"に視線を向けられて、マイマイが足を止める。
うなじまで赤くして身を縮めるようにしているユキを見るなり、
「失礼しましたぁ~」
素早く後退り、満面の笑顔で扉を閉めた。
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"マーニャ"が、レンの気持ちを暴露した!
マイマイが、酒の肴を手に入れた!
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