第119話「メイベルと話をする」
──トール視点──
メイベルは、部屋で俺を待っていた。
窓際の椅子に腰掛けて、俺が戻るまで、ぼんやりと外を見ていた。
テーブルの上に、カップをふたつ置いているのは、いつもの
ティーポットから湯気は出ていない。冷めちゃってる。
メイベル、自室に戻って、すぐにお茶の準備をしたんだろうな。
なんとなくだけど、気持ちはわかる。
動揺してる時って、普段と同じことをすると、落ち着くものだから。
「お待たせ、メイベル」
「はい。トールさま」
声を掛けると、メイベルは俺を見て、安心したように息をついた。
俺は彼女の向かい側の椅子に座って、ティーポットからお湯を注ぐ。
メイベルが「沸かしなおします」と言うけど、気にしない。
仕事をする俺のために、メイベルがお茶の用意をしてくれるのはいつものこと。
一人のときはお茶っ葉を使うのが面倒で、俺がお湯だけ飲むのも、いつものことだ。
彼女がいつも通りにするように、俺もいつも通りにする。
その方が、メイベルも安心すると思うから。
「ごちそうさま」
「もう、トールさまったら……」
「そのうちに保温用のアイテムを作るよ」
俺は言った。
「そうすれば、メイベルもお湯を沸かしなおす手間がはぶけるだろ?」
「それはいけません」
「え?」
「トールさまのためにお茶の用意をするのは、私の楽しみのひとつですから」
メイベルは困ったような顔で、笑った。
「保温用のアイテムがあったら、楽しみが減ることになってしまいます。それはいけませんよ、トールさま」
「そっか」
「そうなんです」
「うん。わかった」
それからメイベルは、
新しいお茶を
そんな感じで、しばらくのんびりしてから──
「それじゃ、大公カロンの話を聞いてもらってもいいかな?」
「はい、トールさま」
メイベルがうなずいたから、俺は『ボイスレコーダー』を取り出した。
でも、メイベルは俺の手に、自分の手を重ねて、
「ひとつ、お願いをしてもいいですか?」
「いいよ」
「できれば『ボイスレコーダー』の記録ではなく、トールさまのお言葉で──帝国の大公さまの話を、お伝えいただけないでしょうか」
俺の手を握ったまま、メイベルは言った。
「これから聞くお話が、私の祖母に関わるものだということは……なんとなくわかります」
「すごいな、メイベル」
「だって……『ノーザの町』から戻られたとき、トールさまは真っ先に私に『話がある』とおっしゃいました。それに、今のトールさまのお顔を見れば、私のことを心配してくださっているのが、わかりますから」
「俺、そんなに顔に出やすいかな?」
「いえ、私がトールさまのお顔を見るのが好きなだけです」
メイベルはおだやかな表情で、笑って、
「そのかいあってか、トールさまが『今日は早めに寝るよ』と言いながら
「だからそういう時は、部屋の前にティーポットが置いてあるんだね……」
「はい」
「わかった。次回から読み取られないように注意するよ」
「難易度を上げないでください」
顔を見合わせて笑う、俺とメイベル。
それからメイベルは真面目な顔になり──
「そんなわけで、私は今のトールさまが、どれくらい心配してくださっているかもわかるのです」
──じっと俺を見つめながら、ささやいた。
「そのトールさまのお言葉なら、話の内容がどんなものでも、私は納得できると思います。祖母がどんな人であっても、どんな理由で、帝国を追われてきたのであっても……」
「わかったよ。メイベル」
俺はうなずいた。
ルキエにも言ったけど、大公カロンから話を聞くことになったのは、俺が原因だ。
俺にはメイベルが納得するように、その内容を伝える責任がある。
メイベルが俺の言葉で伝えて欲しいというなら、そうしよう。
内容は完璧に覚えてる。
大公カロンの話は2回聞いてるからな。直接聞いたときと、ルキエの前で『ボイスレコーダー』を再生したときと。
それをメイベルにどう伝えるかも、ちゃんと考えてあるんだ。
「それじゃ、話をはじめるよ。メイベル」
「はい。トールさま」
そうして、俺は自分の言葉でメイベルに、彼女の祖母についての話をすることにしたのだった。
十数分後、俺は話を終えた。
たまにつっかえたけど、正確に伝えられたと思う。
俺が話している間、メイベルは静かに耳を傾けていた。
膝の上に手を乗せたまま、身動きひとつせずに。
語り終えたあとで、俺は、
「この話を聞いた俺の結論だけど、それは『なにがあってもメイベルを守る』だよ」
そんなことを付け加えた。
メイベルは『俺の言葉で伝えて欲しい』と言ったからね。
俺の考えも話しておこう。
「そのために、『水霊石のペンダント』にはカバーをつけようと思ってる。中の石の正体がわからないようにして、あと、悪いものが触れたら反撃できるようにするつもりだ。もちろん、メイベルが良ければだけど」
「…………」
「万が一メイベルがさらわれたら、『お掃除ロボット』で地の果てまで探しに行く。メイベルには『防犯ブザー』を預けておくし、他にも防衛用のアイテムを持っていてもらう。絶対にメイベルを不幸な目には遭わせない。メイベルには幸せになってもらわないと」
「…………」
「メイベルは俺にとって大切で……うまく言えないけど、家族みたいなものだと思ってる。だから、側にいてくれないと困るんだ。そもそも帝国がろくなもんじゃないのは、俺もよく知ってるからね。大事な家族を、その帝国の手に渡すわけにはいかないだろ、だから──」
「……トールさま」
あれ? メイベルが硬直してる。
すみれ色の目をいっぱいに見開いて、ふるふると震えてる。
……まずい。語りすぎた。
そうだよな。メイベルは自分の祖母の話を聞いたばっかりで、動揺してるはず。
なのに、つい……自分の意見をしゃべりすぎてしまった。
たぶん、俺も動揺してたんだと思う。
メイベルの祖母のこと。彼女が国を出る原因になった内乱のこと。それに関われなかった、俺の祖父のこと。
情報が一気に入ってきたからだ。
それをメイベルがどう思うのかが気になって、落ち着かせたくて……色々と、話しすぎてしまった。
口にしたのはすべて、俺が本当に考えていることで、嘘はひとつも無いんだけど。
「と、とにかく、これが俺の意見だよ」
そう言って、俺は話をまとめた。
「ごめんな。メイベルだっておばあさんのことで動揺してるはずなのに、俺が一方的に語りすぎちゃったみたいだ」
「いいえ」
メイベルは、ぶんぶん、と、首を横に振った。
「すごくうれしいです。トールさま」
「……そ、そっか」
なんだか……すごく恥ずかしい。
ルキエやケルヴさんの前でも同じことを言ったけど、メイベルの前だと全然違う。
俺は反射的に、テーブルの上の『ボイスレコーダー』を見た。
……うっかり、録音してないよな?
このセリフを自分の耳で聞くことになったら……頭を抱えて布団をかぶってふて寝するしかなくなる。大丈夫か? 『ボイスレコーダー』は……うん。起動してないな。よかった。
「今回の話についてメイベルがどう思うかは、落ち着いたら話してくれればいいよ」
俺はせきばらいして、話を切り替えた。
「メイベルだって、気持ちを落ち着かせる時間が必要だろ。ルキエさまもケルヴさんも、そのくらいの時間はくれると思うよ」
「はい……そうですね。確かに、色々と思うところはありましたけれど……」
メイベルは頬を真っ赤にして、少しうつむいて、頬を押さえて。
それから──
「……トールさまのお言葉を聞いたら、全部吹き飛んでしまいました」
顔を上げて、そんなことを宣言した。
メイベルは、メイド服の胸に手を当てて、深呼吸。
襟元やリボンの位置を直して、手ぐしで銀色の髪を整えて。
それからメイベルはまっすぐに、俺を見た。
「トールさまのお言葉は、私の不安や迷いを、ぜんぶ消し去ってくださいました。トールさまが『絶対に守る』と言ってくださるなら、私はそれを信じます。ですから──」
そう言って首の後ろに手を回す、メイベル。
彼女は、かちり、と、留め金を外して──テーブルの上に『水霊石のペンダント』を置いた。
「これは、トールさまに差し上げます。錬金術の素材としてお使いください」
「いや、駄目だろそれは」
「どうしてですか?」
「それはメイベルのおばあさんのもので、代々伝わってきた宝物なんだよね?」
「はい。ですから、私を家族だって言ってくださったトールさまに差し上げたいのです」
メイベルは言った。
本気みたいだった。
彼女はそっと、俺の手をペンダントの上に導いて、
「祖母も両親も、私の家族です。そして、トールさまも家族です。家族のものを、家族に伝えるわけです。ほら、まったく問題ないですよね?」
「確かに、そうかもしれないけど……」
メイベルは『水霊石のペンダント』を、俺に渡したがっている。
でも、俺はこれを改造して、メイベルに持ってもらいたいと思っている。
だから──
「とりあえず、一時的に俺が預かるのはどうかな?」
「預かる、ですか?」
「どのみち、正体がわからないように改造するつもりだったから」
『水霊石のペンダント』には、いわゆる
鑑定を妨害するカバーはすぐに作れる。
その後、メイベルに返すのはどうだろう。
共有財産にするかはどうかは、それから決めるということで。
俺がそう言うと──
「わかりました。では、そういうことにいたしましょう」
「うん。じゃあ、それで」
「トールさま」
「ん?」
「私の祖母の話をしてくださって、ありがとうございました」
メイベルは立ち上がり、俺に向かって深々と頭を下げた。
「トールさまのお言葉で伝えてくださったおかげで……私は、先祖のことが、遠い出来事だということを、確認できたような気がします」
「遠い出来事?」
「はい。私の居場所はここですから」
ふわり、と、メイベルの両手が、俺の手を包み込んだ。
「私の居場所はここです。祖母が帝国の貴族でも、そのご先祖が一国の王であっても……メイベル・リフレインの居場所はここにあるのです」
「……メイベル」
「トールさまがいらっしゃる前の私は……地に足がつかないような感じでした」
優しい笑みを浮かべて、メイベルは続ける。
「幼いころの私は、魔術を使うことができなかったために……エルフの村にいられなくなりました。その後は魔王城でお仕事をすることになりました。おかげで陛下やアグニスさまと親しくなれましたけれど……陛下とは身分の差があり、アグニスさまとは以前の事件のせいで、疎遠になっていました……」
そのことは知ってる。
先代魔王が若くして死んだことで、ルキエは魔王にならなきゃいけなくなった。
そのために彼女は『認識阻害』の仮面とローブを身につけて、真の姿を隠して、魔王をやってきた。
結果として、ルキエはメイベルと親しく付き合うことはできなくなった。
アグニスは炎の魔力が覚醒したとき、メイベルに火傷を負わせてしまった。
メイベルは気にしていないけれど、アグニスはそれを気に病んできた。
それが解消したのは『健康増進ペンダント』が完成してからだ。
メイベルが昔のように、ルキエやアグニスと仲良くなったのは、俺が来てから。
それまでメイベルは魔王城で、ただのメイドとして生活してきたんだ。
「魔王城での生活に、不満はありませんでした。でも……なにか自分の居場所がわからないような、そんな頼りなさも感じていたのです」
メイベルは語り続ける。
俺の手を取ったまま、まるで祈りを捧げるように。
「けれど、トールさまと出会って、私は、自分の居場所を見つけました」
メイベルはまっすぐに俺を見つめて、そう言った。
「トールさまはすごい錬金術師で、人と人とを繋いでくださる方です。私はそのお手伝いをして──『繋がり』のひとつになれたことが、すごくうれしいのです」
「俺が……人と人を繋ぐ?」
「トールさまは最初に私を助けてくださいました。そして、魔王陛下の悩みに気づくことで、私と陛下を繋いでくださいました。その後はアグニスさまを、
そうなのかな。
俺はただ、作りたいものを作ってきただけなんだけど。
俺がそう言うと、メイベルはまた、笑って。
「きっとトールさまは、自然と、それができるお方なのだと思います」
「そうなの?」
「はい。そういうトールさまだからこそ、私はお仕えして……そして、そのことに喜びを感じているのです。私もトールさまと繋がって、自分の居場所を見つけて、今、とても幸せなんですよ?」
「そっか」
「ですから、祖母のことがわかっても、私は揺らぎません」
メイベルは重ねた手を──自分の胸に当てて、
「私の居場所はここです。過去がどうあれ、メイベル・リフレインは魔王領で、トールさまのお側にいます。うまく言えませんけど……私が揺らがないのは、トールさまのおかげなんです」
「俺も、魔王領に来たとき、迎えに来てくれたのがメイベルで良かったと思ってる」
帝国から追放されたあとの俺は、長旅でくたくだだった。
同行している兵士たちはろくなもんじゃなかったし、正直、逃げようと思ってた。
でも、メイベルが来てくれた。
俺を安心させるような──優しい笑みを浮かべて、丁重に俺を迎えてくれたんだ。
帝国の人たちとは、まったく違っていた。
あの国では強さがすべてで、自分より強い者におびえてた。
でも、メイベルは俺をまったく警戒していなかったんだ。
そしてメイベルは初対面の俺に、大切な『水霊石のペンダント』を預けてくれた。
それを直したことで、俺は錬金術師としてやっていく確信を得た。メイベルは俺にとって恩人でもある。その上、魔王領に来てからずっと助けてくれて、今もこうして側にいてくれてる。
だから──
「……こういうのは慣れてないから、うまく言えないけど」
俺はメイベルの手を握り返した。
そうすると、メイベルも優しく、握り返してくれる。
俺たちはお互いに指をからめて、手を握り合って、それから、
「えっと……これからもよろしく。メイベル」
「はい。よろしくお願いします。トールさま」
なんだか、無茶苦茶照れる。
メイベルとお茶を飲んで話をするのは、いつものことなのに。
「俺は、メイベルやルキエさまと出会えたことは、すごく幸運だったって思ってる。魔王領に来る前は……家族って呼びたくなるような人はいなかったからね」
「……トールさまって、いつも真顔でそういうことをおっしゃるんですから」
「まぁ、ルキエさまを『家族』って呼んだら怒られるかもしれないけど」
「そうでしょうか?」
「そりゃそうだろ。ルキエさまは一国の王なんだから」
「……ふむ。そう来ましたか」
メイベルは顎に手を当てて、なにか考えるしぐさをした。
それから、俺の方を見て、
「でしたら私の方でお手伝いをするべきですね……ふむ」
「お手伝い?」
「いえいえこちらの話です。それよりもトールさま。勇者のお話をしましょう」
「勇者の話を?」
「直感ですけど、勇者の話が参考になるような気がするのです。例えば……ですね。勇者の世界で誰かに『家族になってください』と伝えるときって、どうするのでしょうか?」
「そういう話は聞いたことがないなぁ」
勇者は魔王軍を追い払ったあと、すぐ元の世界に帰ってしまったからな。
この世界の人で、勇者の家族になった者はいないはずだ。少なくとも、公式には。
「興味があるなら調べてみるよ。『通販カタログ』なら、手がかりになりそうなものが載ってるかもしれない」
「お願いします。トールさま」
そう言って、メイベルは俺に頭を下げたのだった。
それからまた、俺たちはのんびりとお茶を飲んだ。
メイベルの祖母の情報はわかったけれど、結局、することは変わらない。
ただ、俺の最優先事項に『メイベルを守る』ということが加わっただけだ。
それと、俺とメイベルが、お互いを家族だって思ってるということを確認できた。
変わったことといえば、それくらいだ。
でも、危険はまだ、残ってる。
帝国は『強さ』と『力』のためには、なにをするかわからないからな。
対策は考えなきゃいけない。
『水霊石のペンダント』にはカバーをつけるとして……他にもメイベルを守る手段を考えた方がいいかな。まずはメイベル用に『
それから──
「失礼します。トールどのとメイベルはいらっしゃいますか?」
不意に、廊下の方から、
「あ、はい。います。俺もメイベルも一緒です」
「今、ドアをお開けしますね」
「……いえ、そのままで結構です」
ドア越しに、宰相ケルヴさんは言った。
「トールどのにお伝えしたいことがあります。メイベルが落ち着いたら私の部屋に来てください」
「わかりました」
「はい。落ち着いております」
「…………え?」
ケルヴさんの声がした。
「もしかしてトールどのは、まだ話をされていないのですか?」
「いえ、しました」
「私の祖母が、帝国の『ミスラ
「……そ、その通りです。重大な話だと思うのですが……メイベルはもう、落ち着いているのですか?」
「はい。トールさまがとても素敵なお話をしてくださいまして、それは──」
「いやいやメイベル。あれを他の人に言うのはだめだろ」
「自慢したいのです」
「我慢して」
「わかりました。トールさまがそうおっしゃるなら」
「………………落ち着いているようですね」
ごん、と、硬いものがドアにぶつかる音がした。
それから、ケルヴさんは、
「そ、そういうことでしたら、おふたりで陛下とお話をされた方がいいでしょう。準備ができたらお呼びしますので、広間に来ていただけますか?」
「わかりました」
「うかがいますと、陛下にお伝えください」
「承知しました。本当にメイベルは……落ち着いているようです。これほどの重大事を耳にしても……取り乱していないとは……トールどのは、一体どのように話を…………」
足音が遠ざかっていく。
それからしばらくして、再びケルヴさんが俺たちを呼びに来た。
メイベルが落ち着いているなら、今日のうちに話を済ませておきたい、とのことだった。
そうして、俺とメイベルは広間で、魔王ルキエと話をすることになり──
「ふたりにこれを渡しておく。婚約祝いじゃ……受け取るがいい」
──そう言ってルキエは、装飾の施された箱を、俺たちに差し出したのだった。
──────────────────
いつも「創造錬金術」をお読みいただき、ありがとうございます!
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書き下ろしエピソードも追加してますので、どうか、よろしくお願いします!
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