第88話「ソフィアとリアナ、再会する」

 ──トール視点──




 ここは『ノーザの町』にある、ソフィア皇女の宿舎。

 そのリビングで、俺とアグニスはお茶を飲んでいた。


「ソフィア皇女たちの話が終わるまでは、ここで待機か」


 俺たちが『ノーザの町』に来たのは、魔獣調査の打ち合わせをするためだ。

 町の門の前にいたのは、早目に町に着いたから。ソフィア皇女が戻ってくるのを待っていた。

 そこでリアナ皇女と出くわすとは、思ってなかったけど。


「……あの人が皇女さまとは、全然気がつかなかったので」


 俺の隣で、アグニスが言った。


「アグニスたちにも、普通に接してくれてたので。全然、威張ったところはなかったの……」

「だよね」


 これまでに聞いたリアナ皇女のイメージとは、まったく違う。

 でも、彼女がソフィア皇女の妹だというのは確かだ。

 羽妖精ピクシーのソレーユが、光の魔力を探知したんだから。


「ありがと。ソレーユ。リアナ皇女を見つけてくれて」

「お役に立てて光栄なの」


 俺の膝の上で、白猫モードのソレーユが言った。

 隣の椅子ではアグニスと、黒猫モードのルネがうなずいてる。


 ソレーユとルネは、一足先に町に来ていた。

 そして、茶屋で合流したとき、ソレーユは言った。



『その少女から、ソフィアさまとよく似た、光の魔力を感じるの』



 ──って。


 それから改めてレイラと名乗った少女を見たら、彼女がソフィア皇女と似ていることに気づいた。

 身長は同じくらい。

 目の色も、あごの形もそっくりだ。

 頭の中で、彼女の髪の色を桜色にしたら、ソフィア皇女とうりふたつになった。


 それでやっと、彼女がリアナ皇女だってわかったんだ。


 その後、俺はルネにお願いして、ソフィア皇女にこのことを知らせてもらった。

 それから、町の外に出たリアナ皇女を足止めした。

 結果、無事にソフィア皇女とリアナ皇女は再会することができたというわけだ。


「でも、不思議なので」


 アグニスは首をかしげた。


「帝国の皇女さまが、どうして変装をしてこの町に? それに、どうしてソフィア皇女さまと会わずに帰ろうと?」

「うん。俺もそれが不思議だったんだ」


 リアナ皇女が魔獣調査のために来たのなら、変装する必要はない。部下を一人しか連れていないのも変だ。

 ソフィア皇女に会いに来たのなら、会わずに帰ろうとするのはおかしい。

 それに……ソフィア皇女と再会したときのリアナ皇女は、泣きそうな顔をしてた。


「俺はリアナ皇女がどんな人なのか、なにも知らないんだよな」


 知っているのは、『魔獣ガルガロッサ』討伐戦で、聖剣を使ったこと。

 それと、討伐戦のあとで、俺をスカウトしたことくらいだ。これはルキエがきっぱりと断ってくれてる。皇帝一族のためにマジックアイテムを作り続けろって話だったから。


 だけど、さっきのリアナ皇女には、偉ぶったところはまったくなかった。

 一般の町民として挨拶した俺たちに、ていねいに接してた。

 前に聞いた話とは、まるで別人みたいだったんだ。


「まぁ、ソフィア皇女はよろこんでくれたから、それでいいんだけど」

「そうですね」

「そうなの」「そうでございますね」


 顔を見合わせてうなずく俺とアグニス。ソレーユとルネ。


 ソフィア皇女とリアナ皇女は、二階の部屋で話をしている。

 姉妹の再会を邪魔しないように、二階は今、立ち入り禁止になっている。


「どんな話をしてるんだろう……」


 俺たちはお茶を飲みながら、ふたりの話が終わるのを待つことにしたのだった。





 ──ソフィア視点──





「こうして話をするのは久しぶりですね。リアナ」


 ドレス姿のソフィアは、妹に問いかけた。

『ノーザの町』の自室に妹がいるのが不思議だった。

 しかもその妹が、髪を栗色に染めて、村娘の姿をしているとなれば、尚更なおさらだ。


 馬車の中から彼女の姿を見たとき、それが妹のリアナだとはわからなかった。

 なんとなく気になる少女がいるとしか思わなかった。

 けれど、宿舎に戻ってすぐ、羽妖精ピクシーのルネが来て、教えてくれた。



『ソレーユが、強い光の魔力を持つ少女を見つけたのでございます。もしかしたら、ソフィア殿下の妹君ではないでしょうか?』



 ──と。

 だからソフィアはアイザックと一緒に、お忍びで町の外に出た。

 それまでの間、トールとアグニスがリアナを足止めしてくれていた。


 そうして、ソフィアは双子の妹と会うことができたのだ。

 なのに──


「顔を上げてください。リアナ」


 ソフィアの双子の妹は、ずっとうつむいたままだ。

 まるで初対面の相手を前にしているように、目を合わせようとしない。


「久しぶりに会ったというのに、どうしたのですか?」

「私は……わからなくなってしまったのです」


 しばらくして、リアナはぽつり、とつぶやいた。


「そこにいらっしゃるのは、ソフィア姉さま……ですよね?」

「もちろん、あなたの双子の姉、ソフィアですよ?」


 ソフィアはリアナの顔をのぞき込む。


「どうして、そのようなことを?」

「今の姉さまが……私の知る姉さまとは、違いすぎているからです」

「そういうことですか」


 ソフィアは納得したようにうなずいた。


 リアナは病弱なソフィアの姿しか見たことがない。

 その姉が元気に出歩き、町を治めていることにおどろいたのだろう。


「リアナがとまどうのも無理はありませんね」


『フットバス』と『しゅわしゅわ風呂』のことは秘密にいたしましょう──ソフィアは思う。


(帝国には、トール・カナンさまの能力については知らせない方がよいでしょうね)

(リアナに嘘をつくのは、少し、心苦しいですけれど)


 そんなことを考えながら、ソフィアは続ける。


「この国境地帯に来たら元気になったのです。気候のためか、食べ物が変わったからか……土地の魔力のおかげかはわかりません。でも、こうして出歩けるようになったのですよ」

「それで姉さまは、魔獣と渡り合えるようになったのですか?」

「え?」

「土地の魔力の影響で、守護精霊を呼び出せるようになり、動物と話ができる力に覚醒し、魔王領に認められるほどの力を見いだし、温泉を掘り当てたのですね……」

「あ、あの、リアナ。なにを言って……?」

「やはり私は、姉さまのことをなにもわかっていなかった……」


 うつろな目でつぶやくリアナ。


「姉さまは、勇者のように超覚醒してしまったのですね。次に出会うときは背中に翼が生えて、お空を飛び回っていらっしゃるかもしれません。姉さまが……私を置いて進化を……超絶進化を……」

「しっかりしてください。リアナ!」


 肩に手を乗せてゆさぶる姉に、リアナは町で聞いた噂について語り出す。

 その中身を聞いて、ソフィアは呆れたように、


「ばかですね。リアナは」


 子どもの頃にそうしたように、ソフィアは妹の額を、つん、と突っついた。


うわさを真に受ける人がありますか。本当に不器用ですね、あなたは」

「ただの噂なのですか?」

「そうですよ。噂話に尾ひれがついたのでしょう」

「では、姉さまは魔獣と渡り合ったり、守護精霊で魔獣を封じ込めたり、動物と話をしたり、魔王に認められたり、温泉を掘り当てたりはしていないのですね?」

「噂です。すべてが真実・・・・・・ではありません・・・・・・・

「……よかった」


 リアナの身体から力が抜けた。

 彼女は椅子に座り込み、目に涙をにじませながら、姉を見た。


「ずっと不安だったのです。姉さまが……別人になってしまったのではないかと。それに……」

「それに?」

「私はこれまで……姉さまの気持ちを、考えて来ませんでしたから」


 リアナはそう言って、姉に向かって頭を下げた。


「ザグランじぃがいなくなり……姉さまがいなくなって、私は、どうすればいいのかわからなくなってしまったのです。私は今まで……自分で考えることをしてきませんでしたから」

「リアナ……」

「私はずっと姉さまをお守りしているつもりでした。私が功績こうせきを上げれば、姉さまの待遇も良くなり、いずれは一緒に暮らせるようになると、そう考えてきたのです。だから、功績を上げるために、なんでもしてきました。自分や他者さえも、道具としても構わない……と」


 声が、震えていた。

 ソフィアと同じ色の瞳から、涙がこぼれ落ちていた。


「でも、それは勝手な思い込みでした。ザグラン爺は私の知らない間に、姉さまをこんなところに……」


 涙をぬぐうことも忘れて、リアナは続ける。


「姉さまがいなくなってから、私は不安で……なにも決められなくなってしまいました。私は姉さまを守っているつもりで、姉さまに守られていたのです。その後、国境地帯の調査に行くことになって……大公さまが姉さまに会って来るようにおっしゃってくださって……」

「もういいのですよ。リアナ」


 気づくと、ソフィアはリアナを抱きしめていた。

 小さな頃にそうしたように、その背中をゆっくりとなでていく。


「姉さまは何度も……ザグラン爺の言葉を鵜呑うのみにしてはいけないと言ってくれていたのに……私は、姉さまの言葉を聞きませんでした。私は功績をあげることばかり考えていて……だから」

「もう、わかりました。泣かなくてもいいのですよ……リアナ」


 そう言ってソフィアは、妹の背中をなで続ける。


 リアナがこうなってしまったのは自分の責任でもあると、ソフィアは思う。


 軍務大臣のザグランは、リアナの自分の望み通りに育てようとした。

 彼は教育係の地位を利用して、リアナを出世の道具にしようとしていたのだ。


 それに気づいていながら、ソフィアは止めることができなかった。離宮に閉じ込められていたソフィアに出来たのは、リアナに忠告することだけだった。


 そして、ザグランの教育は、帝国の方針には適うものだった。

 おそらくは誰に相談しても、止めることはできなかっただろう。


 けれど、魔王領での『魔獣ガルガロッサ討伐戦』で、リアナは敗北を経験した。

 魔獣に敗れて、魔王領に救われた。

 それは魔獣と、魔王領に対しての敗北でもあった。

 魔王領が──おそらくは、その力の源であるマジックアイテムを作ったトールが、リアナに敗北を教えてくれたのだ。


 それが、リアナが変わるきっかけになったのだろう。


(……ありがとうございます。トール・カナンさま。魔王さま)


 心の中で、トールとルキエに感謝するソフィアだった。


「……姉さま」

「はい。リアナ。どうしました?」

「一緒に、帝都に帰りませんか?」


 リアナは、泣きはらした目でソフィアを見た。


「私はこれから、誰にも負けないほどの功績を立ててみせます。新種の魔獣を倒し、それをあやつる者を必ず捕らえてみせましょう。その功績により、姉さまを帝都に戻せるようにいたします!」

「気持ちはうれしいです。けれど、功績などいりませんよ」

「姉さま?」

「私はこの国境地帯で、生きていくつもりですから」


 ソフィアはそう言って、笑った。

 それを見たリアナが目を見開く。


「姉さまのそんな幸せそうな笑顔……初めて見ました」

「そうでしたか?」

「不思議です。姉さまは一体、この地でなにかあったのですか?」

「私は、自分の命の使い道を見つけたのです」


 ソフィアは目を閉じ、胸を押さえた。

 以前、そこに触れた人のことを想いながら、彼女は──


「私──ソフィア・ドルガリアの命は、この国境地帯の平穏と繁栄のために使います。もしもそれに皇女の地位が邪魔になるようなら捨てましょう。この地で見つけた、大切な方のために」

「……姉さま」

「なんて、大げさですけれど」


 ソフィアはそう言って、笑ってみせた。


 これは彼女にとって、誓いのようなものだった。

 双子の妹リアナに対する、自分には大切なものがあるという、宣誓だ。


「私は大切な人を見つけたのです。その人のために、この命を使うと決めました」

「……よくわかりません」

「そうですか。リアナには、まだ早かったですね」

「私と姉さまは同い年ですよね? 双子ですよね?」

「そうですね。ごめんなさい。リアナ」

「姉さまは、本当に変わられたのですね……」


 リアナは、長いため息をついた。


「私は……なにも変わることができなかったのに。私と姉さまは、どうしてこれほど違ってしまったのでしょう……」

「それは……私が弱かったからかもしれません」

「弱かったから?」

「私は身体が弱く、戦う力を持たなかった。私の尊敬するあの方・・・も戦闘スキルを持っていませんでした。そのため、帝国では弱者として扱われてきました」


 ソフィアは言った。


「でも……だからこそ私もあの方・・・も、生き残るための方法をずっと考えてきたのです」


 ソフィアは離宮でたくさんの本を読み、勇者時代のことや、帝国のあれこれについて学んできた。

 トールも生き残るために、錬金術を磨いてきた。

 ふたりとも今、それが役に立っている。


(もちろん、私よりトール・カナンさまの方が苦労なさっているのですけれど)


 だから、ソフィアはトールを尊敬している。

 トールを理解したいと思い、共に歩いて行くことを願っている。

 それが、今のソフィアの想いだった。


「姉さまは弱かった。でも、私は……強かったから」

「そうですね。ですからリアナは、変わる必要がなかったのでしょう」


 ソフィアはじっと、妹の目を見つめた。


「でも、もう今までのやり方では駄目だということに、リアナも気づいているのでしょう?」

「はい。姉さま」

「ならば、これからはザグラン以外の者から学びなさい。弱き者──町の者と触れ合い、学びなさい。リアナならできます。あなたは私の、大切な妹なのですから」

「……姉さま」

「私はここから、あなたのことを見守っていますよ」

「姉さまは本当に……もう、帝都には戻られないのですね」


 しばらく経ってから、リアナは言った。

 彼女にも、ソフィアの決意がわかったのだろう。


「私はここにいますよ、リアナ。困ったときは書状を出しなさい。迷ったときは、いつでもいらっしゃい」

「でも私は、姉さまのためになることがしたいのです」

「でしたら、帝国の姫君として、国を正しく治める者になりなさい」

「国を、正しく治める者に……?」

「帝国が平和なら、私もここで安心して暮らせるでしょう?」

「それが、姉さまのためになるのですか?」

「はい。そして、民のためにも」


 ソフィアはリアナの髪をなでながら、そう言った。


「……わかりました。姉さま」


 リアナは涙をぬぐって、うなずいた。

 それを見て安心したように、ソフィアはリアナの身体を放す。

 じっと妹を見つめるソフィアの前で、リアナは椅子から立ち上がり、


「ソフィア姉さまの妹として……私リアナは、恥ずかしくない生き方をいたします。姉さまのように民のことを考え、民を守り、民に慕われる者になれるようにがんばります。約束いたします。ソフィア姉さま」

「はい。リアナ」


 ソフィアは安心したように、うなずいた。


「私も反省しなければいけませんね。あなたがそこまで悩んでいるとは知りませんでした」

「……恥ずかしくて、姉さまには言えないこともありますから」

「言ってしまえば楽になりますよ?」

「そうでしょうか?」

「あなたの失敗は、このソフィアの失敗でもあります。謝りたいお方がいるなら、私も一緒に謝りましょう」

「姉さまが、そこまでおっしゃるなら」


 リアナは覚悟を決めたように、顔を上げた。

 それから、まっすぐ双子の姉を見つめながら、


「……そうですね。たとえば……『魔獣ガルガロッサ』討伐戦では、兵士たちに『帝国と、私たちの名誉のために戦うように』と宣言してしまいました。なのに、私は魔獣を倒すことができなくて……」

「帝都に戻ったら兵士たちに伝えなさい。『あなたたちの働きに感謝しています』と。共に訓練して、彼らのことを知るようにするのはどうでしょうか?」

「しかもその場で、私は『魔王領は帝国には敵わない』と宣言してしまったのです。それほど失礼なことを口にしなから、魔王に助けられるという失態を……」

「私が魔王陛下と話をしましょう。あなたの言葉を先方が知っていれば謝罪します。知らなければ、魔王領が望んだ交易所を発展させることで、お詫びといたしましょう」

「それだけではないのです」


 リアナは目を潤ませて、


「私は魔王が大切にしている錬金術師の方を、私に渡すようにとねだって……しかも『身分の低いものではありますが、帝国のために生きる錬金術師として身を捧げて欲しい』とまで言ってしまったのです」

「……え」

「姉さまにもお話しましたよね? 錬金術師の方を、私が望んだことを」

「……いえ……細かい内容までは聞いておりませんでしたが」

「そうですか。でも、私が魔王たちに告げたのは……大変失礼な言葉でした。あのときの私は……どうかしていたのでしょう。すべてが私が功績を挙げるためのモノとしか見えなくなってしまっていたようで……あの魔王に、とても失礼なことを」

「…………」

「で、でも、姉さまは、国境に交易所を作るほど、魔王領とは親しいのでしょう?」

「…………」

「私も、心からお詫びの書状を出します。それで足りなければ、私は彼らを守るために剣をふるいましょう。魔王領の者たちの利益となるように。姉さまには取り次ぎをお願いしたいのです」

「…………」

「新種の魔獣の討伐が終わったあかつきには、魔王に書状を出して、無礼な発言のお詫びを……あの、姉さま……どうされたのですか? わ、笑ってらっしゃるのですよね? お顔が怖いのですけれど……あの、姉さま」

「……リアナ」

「はい」

「ちょっとそこに座りなさい。いえ、椅子ではなくて床に。お話があります」


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