第218話「魔王ルキエ、視察に出かける(2)」

 ──数日後──




「ここが『ノーザの町』じゃな!!」


 町の門をくぐったルキエは、目を輝かせた。

 ここは『ノーザの町』の入り口だ。


 数日前、ルキエは『人間の世界を体験してみたい』と言った。

 その願いを叶えるために、俺とアグニス、宰相さいしょうケルヴさんとライゼンガ将軍が計画を立てて、準備をした。


 その結果、ルキエは今、『ノーザの町』にいる。

 もちろん、ちゃんと人間に化けてる。魔族の証である角は、俺が作った『ヘアーピース』に隠れている。だからルキエの髪型は、いつもより大きなツインテール。それが彼女の角を隠して、人間に擬態ぎたいさせてる。


「おおっ。人がたくさんじゃ! あっちもこっちも、人しかおらぬ!」

「ルキエさま」

「あの施設はなんじゃ? 酒場か!? おぉっ!? 路上で大の男たちがケンカをしておる! 興味深いのじゃ。トール、見に行くぞ!」

「ルキエさまってば!」

「────はっ!」


 ルキエはびっくりしたような顔で、俺を見た。


「す、すまぬ。つい興奮してしもうた」

「気持ちはわかります。人間の町に来るのははじめてですからね」

「う、うむ。じゃが、落ち着くべきじゃった。みなに迷惑をかけるわけにはいかぬからな」


 そう言って、ルキエは深呼吸しんこきゅう


「今回の視察は、あくまでも仕事の一環じゃ。が人間の世界を、もっとよく知るためにな。トールやアグニス、ライゼンガやケルヴが準備してくれたというのに、遊び気分では申し訳が立たぬ」

「ご立派です。ルキエさま」

「ここに連れてきたことに、改めて礼を言うぞ。トールよ」


 ルキエは俺に向かって、うなずいた。

 それから彼女は後ろの方を見て、


「アグニスもライゼンガも、ケルヴも、手間をかけて済まぬが、護衛ごえいを頼む」

「承知しましたので!」

「うぉぉぉ──ん!」「……わん」


 変装したアグニスとライゼンガ将軍、宰相ケルヴさんが答える。


 アグニスは大きな帽子を被ってる。髪色がいつもと違うのは、『ヘアーピース』の効果だ。彼女は何度も『ノーザの町』に来てるからね。姿かたちを変えて、正体を隠す必要があるんだ。


 アグニスにはもうひとつお役目がある。

 それが、いざというときに正体をばらして、皆の注目を集めること。

 そうすることでルキエから、皆の注意を逸らすという目的がある。アグニスに来てもらったのは、そういう意味もあるんだ。


 アグニスの隣には、猟犬りょうけんに化けたライゼンガ将軍と、宰相のケルヴさんがいる。

 ライゼンガ将軍は赤い体毛の大型犬、ケルヴさんは灰色の中型犬だ。

『なりきりパジャマ』を使ってるから、どこから見ても犬にしか見えない。


 2頭の犬のまわりには、猫とフクロウが集まってる。

 ソレーユやルネを含めた羽妖精ピクシーたちだ。

 彼女たちとライゼンガ将軍、宰相ケルヴさん、それにアグニスが、ルキエの護衛を担当することになる。


「……ケルヴどの」

「……なんでしょうか、将軍」

「人前でこの格好は、やはり落ち着かぬな」

「私も……部下やエルテには、見せられない姿で──」


「そんなことないです。お父さまも宰相閣下も。かっこいいですので!」


「うむ。実はわれも、そうではないかと思っておった!」

「……はぁ」

「ため息をつくでない、ケルヴどの。王を守るという重大な任務だ。気合いを入れよねばらぬぞ!」

「………………わおーん」


 うん。アグニスもライゼンガ将軍も、宰相ケルヴさんも、やる気十分だ。

 3人なら、ルキエを完璧に護衛してくれるだろう。


「それじゃ、町を見て回りましょう。ルキエさま」

「うむ!」

「それと……はぐれるといけませんから、移動中は手を握ることにしたいんですが」

「か、構わぬが!?」

「は、はい」

「ひ、必要なことなのじゃからな。はぐれたら大変なことになるのじゃから。トールには余を、しっかりエスコートしてもらわねばならぬ。ゆえに、我らは手を繋がねばならぬのじゃな!」

「そういうことです」

「そうなのじゃな!」


 そう言ってルキエは手を差し出した。

 小さなその手に、俺は自分の手を重ねる。

 指の間に、ルキエの指が入ってくる。握り返したいけど、力加減が難しい。

 ルキエは小柄だから、手も小さい。指も細い。

 うっかり傷つけてしまわないように、俺は慎重に手を握っていく。すると、ルキエは俺が握りやすいように指を動かしてくれる。それに合わせて俺は指の位置を変える。するとルキエは──


 ──なかなか、指の位置が決まらないんだけど。


「……はい」

「……うむ」


 握った手の温度が、急上昇していく。


 まだ視察は始まってないんだけど。

 どうして俺たちは、もう、緊張しているんだろう。


 そんなことを考えながら、俺たちは『ノーザの町』を歩き始めたのだった。






 まずは市場を回ることにした。

 ちょうど国境地帯に交易所を作ったばかりだからね。

 人間だけの市場を見るのも、ルキエにとっては参考になるかと──



「さあ見てらっしゃい! ここで商っているのは他にはないアイテム。見なきゃ一生のそんですよ!!」



「アイテム!?」

「食いつきが良すぎるのじゃ!」

「で、でも、他にはないアイテムらしいですよ。見てみたいじゃないですか」

「いや、別に」

「興味ないんですか?」

「余はいつもお主のアイテムを見ておるからな。人間の世界に、それ以上のものがあるとは思えぬ」

「でも、新たなアイテム作りの参考になるかもしれませんよ」

「そうかもしれぬが……」

「見てみてもいいですか?」

「まぁ、トールが言うなら、よかろう」


 俺とルキエは露店に向かって歩き出す。

 まわりには、人がたくさん集まってる。

 その隙間をって、俺とルキエが前に出ると──



「さぁさぁお立ち会い! ここにあるのは、魔王領の・・・・方から来た・・・・・、あの技術者が作り上げた、この世にふたつとないアイテムです!!」

「「「おおおおおおおっ!!」」」



 まわりの人たちが歓声を上げる。


「──魔王領の、というと」

「──まさか、ソフィア殿下の友でいらっしゃる、あの!?」

「──伝説の錬金術師のアイテムだって!?」


 そんな中、俺とルキエは声をひそめて、


「……お主、『ノーザの町』にマジックアイテムをおろしておったのか?」

「……まったく記憶にありません」

「……ではなぜこの商人は『魔王領の錬金術師のアイテム』と言っておるのじゃ?」

「……よく聞いてくださいルキエさま。商人は『魔王領の方から来た・・・・・技術者・・・と言っています。魔王領の錬金術師とは、一言も言ってません』

「……巧妙こうみょうじゃ!!」

「……こういうやり方を思いつく人もいるんですね」

「……感心しておる場合か」

「……もうしばらく様子を見ましょう」


 俺たちが見ている間にも、商人の説明は続いている。



 ──ここにある商人は、魔王領の方から来た技術者が作ったもの。

 ──伝説の『錬金製法れんきんせいほう』で仕上げられている。

 ──ごらんください。このナイフにきざまれた、その技術者の名前を!!



 そう言って、商人がナイフを取り出すと。



「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!」」」



 客の興奮が最高潮さいこうちょうになった。

 声を聞いて、人がどんどん集まってくる。

 人ごみの中では、アグニスが怒りにまゆをつり上げてる。俺の偽物が出たと思ったんだろう。今にも飛び出そうとしているのを、2頭の犬たちが必死に押さえている状態だ。


「『錬金製法れんきんせいほう』じゃと!?」

「なるほど。『錬金術』とは言ってないわけですね」

「これは放置できぬ! あの商人は、お主の名前をかたっておるぞ!!」

「いえ、かたってません」

「よく見よ。あのナイフに刻まれているめいを! 『トール・カナン』とあるぞ。お主の名前ではないか!!」

「いいえ、違います」

「なんと!?」

「よく見てください。微妙びみょうに違ってるんです」


 俺とルキエは、商人が手にしたナイフの刀身とうしんを見つめる。

 そこに刻まれていた名前は──



『トーレ・カナソ』



「『トーレ・カナソ』じゃと!!」

「文字をくずして、小さな子音しいんを入れることで別の名前にしてるんですね」

「いや、あれでは『トール・カナン』と区別がつかぬぞ!?」

「本当に手が込んでますね……」

「まったくじゃ。どうする。トールよ」

「そろそろ止めましょう」


 軽い打ち合わせをしてから、俺とルキエは動き出す。

 その間にも商人の宣伝は続いている。



 ──果物を超スピードで輪切りにしたり (よく見ると最初から切ってある)。


 ──鉄の盾を貫通したり (盾に、ナイフが通る隙間が作られている)。


 ──ハンマーで叩いてもゆがまないところを見せたり (ハンマーがやわらか素材でできている)。



 見世物としては面白い。

 でも、そろそろ止めよう。


 商人はあのナイフを、普通のナイフの数百倍の値段で売ろうとしてるし、お客もこぞって、あのナイフを買おうとしてる。

 みんな『トール・カナン』の名前を口にしてるのに、商人は聞こえないふりだ。みんなの勘違いを利用して、『トーレ・カナソ』印のナイフを売ろうとしてる。止めないとまずい。


『トーレ・カナソ』印のナイフがヒット商品になったら大変だ。

 俺が作ったものだと勘違いした人が、魔王領にクレームを入れにくるかもしれない。

 まわりの人に、あれが偽物だってわかるようにした方がいいな。


「でも、ルキエさまが目立つわけにはいきませんからね。ここはアグニスにお願いしましょう」

「そうじゃな。あやつも怒りを抑えるのが限界そうじゃ」

「『健康増進ペンダント』が、むちゃくちゃ輝いてますからね」

「ライゼンガとケルヴが吹き飛ばされる前に、対処するべきじゃろう」


 俺とルキエは、アグニスの元に移動した。

 そうして3人と2頭で相談した結果──



「びっくりなので! アグニ……いえ、私が持っているのと同じナイフが、他にもあったなんて!」



 人混みの中で、アグニスが声をあげた。

 商人と観客の注目が、彼女たちに集まる。

 それを確認して、アグニスは俺が渡しておいたナイフを、高々とかがげた。


 そのナイフには──



『トーレ・カナソ』



 俺が『創造錬金術』スキルで、手早く刻んだ名前があった。

 あのナイフは俺が作った特注品だ。

『超小型簡易倉庫』に入れておいたのを取り出して、アグニスに渡したんだ。

 役に立ってよかった。


「商人さんも、あの伝説の技術者に会ったことがあるので!?」

「え? え? え?」


 商人は目を丸くしてる。

 なるほど。偽物を売るのは、今回が初めてなのか。

 何度もやってるなら、『トーレ・カナソ』のナイフが他にもあってもおかしくないもんな。


「あの技術者は言ってたので。『同じナイフを見つけたら、刃を触れさせてください。それで本物かどうかわかります』って。『偽物ならまっぷたつになるはず』って。だから、ぜひ、試させて欲しいので!」

「あ、あの。あのその」


 動揺どうようする商人。

 でも、ここで退いたら偽物だってばれると思ったのか、胸を張って、


「い、いいでしょう! ただし、刃を触れさせるだけですよ」

「感謝いたしますので」


 アグニスはナイフを掲げたまま、前に出る。

 商人は覚悟を決めたのか、ナイフを差し出す。


 そうして、二人が刃を触れさせると──



 シュッ



 商人が持っていたナイフが、まっぷたつになった。

 アグニスは、ただ刃を触れさせただけ。

 その刃は商人のナイフに食い込み、あっさりと両断したのだった。


「は、はああああっ!? な、なんで……一瞬で!?」

「さすがは魔王領まおうりょう錬金術師れんきんじゅつしさまの業物わざものなので!」


 そう宣言して、アグニスはナイフを掲げた。

 その刀身に刻まれている文字は──



『トール・カナン』



 ──だった。


 さっきまで『トーレ・カナソ』だった文字が、変化していた。

 俺が、一定時間で『トール・カナン』に変形するようにしておいたからだ。


 いきなり『トール・カナン』印のナイフを見せたら、商人が問答無用で逃げ出すかもしれないからね。

 まずは商人ナイフが偽物だって、お客の前で示す必要があったんだ。


 ちなみに、アグニスに渡したのは『超高振動ブレード』の試作品だ。

 目に止まらないほどの高振動で、鉄をも切り裂くことができる。

 ただ、魔石の消費がはげしいから、十数秒しか使えないんだけど。


「ト、トール・カナンだと!? ほ、本物の作品が、どうしてここに……!?」


 ナイフの文字を見た商人の顔が、真っ青になる。

 その商人をぎろりとにらんで、アグニスは、


「おかしいの。あの方がお作りになったナイフが、こんなにもろいわけがないの」

「ひ、ひぃぃぃぃ!?」

「ぜひ、お話を聞かせて欲しいので。魔王領のから来た・・・・技術者、トーレ・・・カナソ・・・について」


 アグニスは、はっきりと『とーれ・かなそ』と発音する。

 それを聞いた客たちがざわめきはじめる。



「──『とーれ・かなそ』って誰!?」

「──ソフィア殿下のご友人は、トールというお名前だと聞いているけれど」

「──高名な方の名をかたったのか!?」



「も、申し訳ありません。誤解があったようですので、ここでおいとまを……」


 商人があわてて荷物を片付けようとしたとき──



「「「オマワリサ────ン!!」」」

「『……オマワリサーン』」



 ──市場に、人々が『オマワリサン部隊』を呼ぶ声と、『防犯ブザー』の声が、鳴り響いたのだった。





「興味深いものを見てしまったのじゃ」


 商人が『オマワリサン部隊』に連行されたあと、ルキエは言った。


「世の中には、色々な人間がおるのじゃなぁ」

「真面目な人も多いですけどね」

「わかっておる。町の者たちは悪を捕らえるための『オマワリサン部隊』を呼んでおったからな。しかし人間とは、奇妙な知恵を絞るものじゃな。ふむ『トーレ・カナソ』か」


 ルキエは、くくく、と笑ってる。

 ツボに入ってしまったらしい。


「なかなか面白い発想じゃな!」

「はい。二級品のアイテムを売るときの偽名ぎめいにいいですね」

「なんじゃと?」

「いえ、たまに効果が小さなアイテムや、どうでもいいようなアイテムを作りたくなることがあるんです。そんなとき、作ったものの処分に困っていたんですけど……『トーレ・カナソ』の偽名で売り出すのは面白いかなって」

「いや、待て、トールよ」

「そういうのが『超小型簡易倉庫』の中にあるんですよ。処分に困っていたんですけど、偽名なら──」

「馬鹿なことを考えるでない!」


 ルキエは、ぱん、と、俺の背中を叩いた。


「お主の作ったアイテムは、余が見てやる。処分をする必要なんかないのじゃ!」

「そうですか?」

「そうじゃ。あとで見せてみるがよい」

「わかりました。ルキエさま」


 あれは……本当にただの失敗作だったんだけど。

 まぁ、ルキエが見たいというならいいかな。


「それでは、視察を続けるのじゃ。次は──」

「服屋なんかどうですか? ルキエさまに似合いそうなものがあるかもしれません」

「うむ。行ってみてもよいな」

「それと……美味しそうな飲食店もありますよ。あ、あっちではげき舞台ぶたいが……」

「全部じゃ」


 ルキエは俺の手を握ったまま、不敵な笑みを浮かべてみせた。


「人間の世界を知るのは大切なことじゃからな。それに……トールの反応を見ることで、より深く人間を知ることになろう。だから、徹底的てっていてきに付き合ってもらうのじゃ!」

「は、はい。ルキエさま」


 そんな感じで俺とルキエは、『ノーザの町』の視察を続けることにしたのだった。






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