第217話「魔王ルキエ、視察に出かける(1)」
「トールに頼みがあるのじゃが」
「わかりました。すぐに手配しますね」
「まだ、なにも言っておらぬのじゃが!?」
「俺がルキエさまのお願いを断るわけないじゃないですか」
ルキエは俺の主君で、婚約者でもある。
彼女の願いを俺が叶えるのは当然のことだ。
「まぁ、お主なら、そう言うと思っておったが。それで、頼みというのはじゃな……」
ルキエはなぜか頬を染めて、もじもじしながら──
「余は『ノーザの町』に行ってみたいのじゃ」
「『ノーザの町』に、ですか?」
「帝国との交流が始まったからには、余は、もっと人間社会のことを知る必要がある。それには人間の町を訪れるのが一番だと思うのじゃ」
「……なるほど」
「無論、お忍びで行くつもりじゃ。魔王として訪ねたら大騒ぎになるからな。人間に化けて、こっそりと『ノーザの町』を見てまわりたいのじゃよ」
「人間に化けることは可能だと思います」
以前、メイベル用に作った『ヘアーピース』がある。
メイベルはあれはエルフ耳を隠していた。
あのアイテムなら、ルキエの角を隠すことも簡単にできるだろう。
「──なるほど。『ヘアーピース』を使うのじゃな」
俺が説明をすると、ルキエはうなずいて、
「じゃが、角を隠しただけで、人間に見えるものじゃろうか?」
「大丈夫です。ルキエさまなら、人間のすごい美少女に見えると思います」
「……な!?」
「あ、でも、人目は
「…………う、うぅ」
ふと見ると、ルキエがテーブルにつっぷして、ピクピクと震えていた。
どうしたんだろう。
「……お、お主は真顔でそういうことを言うのじゃから」
「思ってることを言っただけですけど」
「わかっておる。だからたちが悪いのじゃ、まったく」
「とにかく、ルキエさまが人間に化けることはできると思います。問題は、身の安全をどう確保するかですね。お忍びとなると、護衛を引き連れていくわけにはいきませんから」
「そのあたりは、ケルヴとライゼンガに相談するべきじゃろうな」
「それがいいですね」
「うむ。では、玉座の間で話をしてみるとしよう」
そんなわけで、魔王城では『魔王ルキエお忍び旅行』について話し合われることになったのだった。
──十数分後、玉座の間で (ルキエ視点)──
「魔王陛下が『ノーザの町』を訪問されるのは良いことだと考えます」
ルキエの話を聞いた
「今後の魔王領は、帝国だけではなく、様々な人間の国とも付き合っていくことになります。そして外交において、すべての決定を下すのは魔王陛下です。その陛下が人間の町を視察して、人間のことを知ることには大きなメリットがあります」
「意外じゃな」
素顔のまま玉座に座るルキエは、うなずいた。
「ケルヴのことじゃから反対するかと思っておったぞ」
「私も最近、頭がやわらかくなってきておりますので」
「うむ。
「大抵のことは受け入れる覚悟です。ゆえに、魔王陛下が『ノーザの町』を訪問されることにも、基本的には賛成です」
宰相ケルヴは一礼して、
「ただ、護衛をどうするかという問題があります」
「トールは、
ルキエは、ライゼンガ将軍の方を見た。
「ライゼンガは知っておるじゃろう。『ノーザの町』に、猫とフクロウが多く
「
「だから
「確かに、安全性は高まると思います」
ライゼンガ将軍は考え込むように、
「ですが、魔王陛下の安全確保のためには、もう少し工夫が必要かと」
「ならば……これもトールの提案じゃが、ソフィアに動いてもらうのはどうじゃろう」
ルキエはケルヴとライゼンガを見ながら、
「あの町にはソフィア直属の『オマワリサン部隊』と『レディ・オマワリサン部隊』がおる。ソフィアから彼らに連絡してもらって、安全な場所を教えてもらうのじゃ。それなら落ち着いて、町を視察できるのではなかろうか」
「ソフィア殿下のお力を借りるわけですね」
「あの方の指示ならば、『オマワリサン部隊』も手を貸してくれるでしょうな」
ケルヴとライゼンガはうなずく。
けれど、すぐにケルヴは顔を上げて、
「ですが、もう少し警戒を強めるべきかと思います」
──まっすぐにルキエを見ながら、答えた。
「
それからケルヴは、ライゼンガの方を見て、
「やはり私か将軍のどちらかが、護衛として『ノーザの町』に入るべきだと思います。いかがでしょうか、ライゼンガ将軍」
「同感だ。だがケルヴどの、
「変装をすれば大丈夫でしょう」
「ケルヴどのはともかく、我はこの巨体だ。『ノーザの町』では目立ってしまう」
「ならば目立たない工夫をするべきかと」
「目立たない工夫か……」
「ご息女の知恵をお借りしてはいかがです?」
「アグニスの?」
「はい。アグニスどのはよく『ノーザの町』に行っていらっしゃいます。どうすれば目立たずに、私と将軍が町に入れるか、よい知恵をお持ちではないでしょうか?」
「確かにアグニスはよく『ノーザの町』に行っているが……」
「アグニスどのは将軍と一緒に城にいらしているのですよね? この場にお呼びして、相談に乗っていただきましょう」
「うむ。そうだな。魔王陛下のおんためとあればやむを得ぬ」
そう言ってライゼンガは立ち上がる。
「アグニスは今、トールどのと楽しいひとときを過ごしておるはず。邪魔するのは忍びないが、呼んでくるとしよう」
「トールどのと」
「うむ。だが、重要案件のためだ。いたしかたあるまい」
「い、いたしかたありませんね」
ケルヴはうなずいてから、小声で、
「将軍」
「なにかな?」
「アグニスどのだけをお呼びするわけには──」
「魔王陛下とトールどのが『ノーザの町』を訪問する話をしておるのだろう? トールどのにもいてもらった方がよいではないか」
「……そうですね」
「そうだ」
「…………呼んできて、いただけますか?」
「承知した」
玉座の間での会議には、トールとアグニスが参加することになったのだった。
──さらに数分後 (トール視点)──
「わかりましたので。それなら、アグニスが護衛につきますので!」
「待ってアグニス。ケルヴさんと将軍は『自分たちが護衛したい』とおっしゃってるんだよ。魔王陛下の身の安全のために」
「あ、確かに。そうなので」
「責任感が強い方々だからね」
「立派なので」
「とりあえず、アグニスにも護衛をお願いするとして……宰相閣下と将軍がこっそりと町に入る方法を考えようよ」
「やっぱり『なりきりパジャマ』を使うといいと思うの」
「あれは……中の人の大きさは変えられないからね。宰相閣下やライゼンガ将軍サイズの猫やフクロウがいたら、みんなびっくりすると思うよ」
「猫になったお父さまも見てみたかったので……」
「残念だけど、無理かなぁ」
「あ……そういえば『ノーザの町』には、護衛用の動物を連れている人もいるので」
「護衛用の動物を?」
「商人さんがよく、
「なるほど。
「アグニスが旅の商人に化けて、猟犬を連れていれば、目立たないと思うの」
「犬に化ける『なりきりパジャマ』を作ればいいわけだね」
「父さまと宰相閣下なら、かっこいい猟犬に化けられるはずなので」
俺とアグニスは、ケルヴさんとライゼンガ将軍の方を見た。
ケルヴさんは額を押さえている。
ライゼンガ将軍は
「どうじゃろうか。ケルヴにライゼンガよ」
玉座の魔王ルキエが、ふたりに声をかける。
「このようなアイディアが出たのじゃが…………」
「仕方ありませんな! このライゼンガ、アグニスの犬になってみせましょう!!」
隣にいる宰相ケルヴさんは──
「……魔王陛下をお守りすると申し上げたのは私です」
──静かに、そんなことを宣言した。
「それに私は最近、頭がやわらかくなってきました。これくらいのことは受け入れてみせましょう。アグニスどの、ライゼンガ将軍と共に『ノーザの町』で魔王陛下の護衛を務めてみせます」
「うむ。頼むぞ。ケルヴ。ライゼンガにアグニスよ」
「承知いたしました!」
「このライゼンガにお任せあれ」
「全力を尽くしますので!!」
「トールは余と共に、ソフィアの元に行くとしよう。彼女にも事情を伝えて、協力を頼まねばならぬ。ケルヴたちは、どのように護衛を務めるか話し合っておくがよい。いや……ライゼンガよ。今から犬のふりはしなくともよい。アグニスを背中に座らせてどうするのだ。ケルヴも……玉座の間に魔術で氷の柱を作るのはやめよ。飛び散った氷のかけらを掃除するのが大変だと、ドワーフの清掃係から苦情が来ておるのだぞ。まったく」
こうして『魔王ルキエによる「ノーザの町」視察計画』は進んでいくのだった。
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