第219話「魔王ルキエ、視察に出かける(3)」

 その後、軽く食事をしてから、俺たちは町の広場に向かった。

 これから演劇えんげきが上演されると聞いたからだ。


「魔王領には、あまりそういう娯楽ごらくはないからの」


 ルキエは目を輝かせた。


「人間社会の娯楽がどういうものか、見るのが楽しみじゃ」

「魔王領には演劇とかはないんですか?」

「あるにはあるが、数は少ないな。魔王領には色々な種族がおるじゃろ? しかも、それぞれに文化も違っておる。皆が楽しめるような舞台を演じるのは、なかなか難しいのじゃよ」

「なるほど」

「最近は、色々な娯楽も増えておるがな」

「どんなものですか?」

「『けん玉』じゃな」

「あー」

「あとは『汎用はんようコントローラー』を使って、『ロボット掃除機』を操るのがはやっておるな。みんなで『超高振動鍬装備型ちょうこうしんどうくわそうびがた』を使って、誰が一番早く荒れ地を開拓かいたくするか競っておるよ」

「あれは楽しいですよね」

「ただ……誰もケルヴに勝てぬのじゃ」

「わかります。宰相閣下さいしょうかっかは強すぎですよね」

「まさに無双。我が国最強と言ってもいいじゃろうな」




「くしゅん! わぅくしゅん!」




 ……ん?

 後ろの方で、なにか声が聞こえたような。


「ケルヴと異世界の娯楽ごらくは、相性が良すぎなのじゃ。あやつは『けん玉』でも無敵、『ロボット掃除機』のレースでは、誰の追随ついずいも許しておらぬ。余でも、勝てたのはたったの一度じゃ」

「さすがは魔王領が誇る宰相閣下ですね」

「うむ。ケルヴにあのような才能があるとは思わなかったのじゃ」




「くしゅん! はくしゅんっ! わうわぅ……」

「……しー。閣下かっか。そろそろ劇が始まるので」

「……もう少し犬っぽくなされよ。まわりの者から不審ふしんに思われるぞ」




「最近のケルヴは『私は誰の挑戦も受けません!』と言って、娯楽に加わるのを拒んでおるのじゃが」

「その間に、みんなは腕をみがいているんですね」

「うむ。じゃが、ケルヴは押しに弱いからの。近いうちに、みんなで挑戦する予定じゃ。そのときはトールが審判しんぱんをして欲しい」

「承知しました」

「うむ。皆もよろこぶじゃろう」

「優勝者には賞品として、マジックアイテムをあげるのはどうでしょうか?」

「……あまり強力なものは駄目じゃぞ?」

「大丈夫です。事前に宰相閣下にチェックしてもらいますから」

「そうか。ならば安心じゃ」

「思いつくままに作れば、ひとつは許可してもらえると思います」

「ほどほどにするのじゃぞ」




「 (ガタガタ。ブルブル)」

「────閣下? 寒いので?」

「よければ我の炎で温め……え? 平気? それならよいのだが……」




「……なんだか、後ろがさわがしいですね」

「そろそろ劇が始まるようじゃ。期待で感情がたかぶっておるのじゃろう」

「どんな劇でしたっけ?」

「そこに看板が出ておる」


 見てると、確かに舞台の脇に大きな看板があった。

 えっと……。


「『不思議な少年と少女の恋物語。あなたたちのためのお話です』とありますね」

「帝国の者が書いた物語のようじゃが、トールは話の内容を知らぬのか?」

「聞いたことないです」

「うむ。そうか……」

「そもそも帝国にいたころは仕事と研究ばっかりで、劇を見る時間はなかったですから」

「演劇を観るのは、今回が初めてか?」

「はい」

「……ふむ。そうか。余がトールのはじめてを……」

「どうしたんですかルキエさま。横を向いて」

「なんでもない。はじまるぞ。舞台に集中せよ!」

「は、はい!」


 俺とルキエは、広場に設置された舞台に目を向ける。

 やがて、鈴のような音がして、幕が上がる。


 最初に登場したのは『レディ・オマワリサン部隊』のドロシーさんだった。

 今回の劇は、『ノーザの町』の人々を楽しませるために『オマワリサン部隊』が企画したらしい。

 流しの劇団員げきだんいんと『オマワリサン部隊』の協力で実現したそうだ。

 そう説明してから、ドロシーさんは舞台の袖に引っ込む。


 そうして、本格的に演劇が始まったのだった。




 それは、不思議な物語だった。

 劇の舞台は、森の中。

 形のない精霊たちの住む森に、少年が迷い込む。

 その少年、実は家族に迫害され、森に捨てられたのだった。


 そんな少年を助けたのは、森の女王。

 女王は少年を歓迎する。少年も、女王の期待に応えて働きはじめる。


 少年の奇妙な発想力は、精霊たちを助ける。

 少年と女王、それに森に住む精霊たちは仲良くなり、森は発展していく。

 けれど、異世界から怪しい怪物が現れる。


 さらに、都会に住んでいた少女が森にやってくる。

 少女もまた、怪物に追われて逃げてきたのだ。

 少年は勇気を出し、謎の道具を作り出して、異世界の怪物を討伐する。

 そんな彼と、森の女王、都会からやってきた少女は結婚の約束をするのだった。


 最後に、都会からやってきた少女は、森の女王に告げる。


 ──女王陛下。愛する少年と口づけをかわしてください。

 ──あなたが最初にそうするべきです。

 ──次に、森に住む者たちが。

 ──最後に、わたくしも少年とくちづけをかわしましょう。

 ──永遠の愛を誓いたいのです。


 そんな言葉を、都会の少女は観客席に向かって……って、あれ?

 演じているのは役者の人だけど……なんだろう。都会の少女の姿に既視感きしかんがある。


 桜色の髪に、白い肌。

 肩にかけたケープ。

 隣には、作り物の羽妖精ピクシーもいる。


 ……どう見ても、ソフィアのそっくりさんなんだけど。

 そういえば『レディ・オマワリサン部隊』には、俺とルキエが『ノーザの町』に来ることを話してたな。

 まさか、この劇が、俺やルキエへのメッセージってことは……ないよな。


 劇に登場する『少年』の境遇は、俺と似ている。

『精霊のいる森』が魔王領で、『森の女王』がルキエを表しているのかもしれない。

『都会の少女』役の少女がソフィアそっくりなのは、彼女自身がモデルだからだと考えると、話が通る。

 そして、最後の『都会の少女』のメッセージは……なんとなく、ソフィアが言いそうなことでもある。


 つまり、この劇は俺やルキエに向けられたもののように思えるんだけど……さすがに考えすぎか。

 きっと偶然だな。

 ソフィアがこの劇を作ったわけじゃないんだから──



「上演を終わります。

 なお、この舞台のシナリオを書かれたのは、ソフィア=ドルガリア殿下です。

 皆さま、盛大な拍手をお願いいたします」



「「 (ソフィアの作品 (だった) (じゃった)!?)」」



 最後のあいさつを聞いた瞬間しゅんかん、俺とルキエはひそかに声を上げたのだった。







「…………」

「…………」


 気まずい。

 演劇が終わったあと、俺たちは広場を歩いていた。

 帰る前に散歩をしたいと、ルキエが言ったからだ。


 ぼんやりと歩く俺たちは、手を繋いだまま。

 ルキエの小さな手は不思議なくらい熱くて、思わず俺の心臓もドキドキする。


 さっき見た舞台のせいだ。

 あれはソフィアからの『そろそろ魔王陛下とトール・カナンさまは、口づけくらいされてはいかがでしょうか。そうしたら、わたくしもトール・カナンさまとしますので』というメッセージだった。たぶん。

 そのせいで、俺もルキエも、妙に緊張してるみたいだ。


「そろそろ帰りましょうか。ルキエさま」

「そ、そうじゃな」

「もうすぐ、日も暮れますから」

「今日は、国境近くの交易所に泊まるのじゃったな」

「はい」

「……そうか」

「……はい」


 気づけば、俺とルキエは黙り込んでいた。

 時刻は、まもなく夕暮れ。

 劇が終わった広場は、人もまばらだ。

 ぼんやりと歩いているうちに俺たちは、人のいない木陰へと入り込んでいた。


「……あのな、トールよ」

「はい。ルキエさま」

「余とトールは、婚約者になっておるわけじゃな」

「そうですね」

「じゃから……あの劇で語られていたようなことをしても……いいと思うのじゃ」


 ルキエはうるんだ目で、じっと俺を見ている。

 金色の髪。角は『ヘアーピース』に隠れていて、今は見えない。

『ヘアーピース』が作り出した大きなツインテールがルキエの顔にかかっていたから、俺はふと手を伸ばして、それを取りのける。ルキエが俺の手を、軽く押さえる。

 まるでなにかをうったえかけているように。


 まわりの人の声が、遠くなる。

 俺はルキエを、ルキエは俺を、ただ静かに見つめている。

 ルキエの呼吸音が聞こえる。

 たがいの息がかかることに気づいたのか、ルキエは唇を結んで、息を止める。

 俺も同じようにする。

 そうしてしばらく、俺たちはじっと息を止めて──見つめあって、それがなんだか、心地よくて、でも、楽しくて……。


「「……ふ、ふふっ」」


 気づけば俺たちは顔を近づけたまま、笑い合っていたのだった。


「ま、まぁ、急ぐこともあるまい!」


 ルキエは胸を張って宣言した。


「それに、町中では落ち着かぬ。余とトールの、はじめてなのじゃからな」

「そうですね」

「はじめて唇を合わせるのなら……もうちょっと落ち着いた場所の方がよかろう」

「同感です」

「じゃろう?」


 俺とルキエは顔を見合わせたまま、うなずきあう。


「それに、そろそろ帰る時間でもじゃからな」

「帰ったらやることもありますし」

「そうじゃな。溜まっている仕事を片付けねばならぬ」

「終わったら遊びましょう」

「うむ。お主の作ってくれた娯楽ごらくもあるからの」

「はい。『汎用コントローラ』を使って、『ロボット掃除機』レースをやりましょう」

「余が主催する大会ならば、ケルヴも参加してくれるはずじゃ」

「宰相閣下は強すぎますから、別枠にしないといけませんね」

「優勝者がケルヴへの挑戦権を得るというルールにするべきじゃな」

「大会のキャッチコピーは『魔王領のみんなで宰相閣下さいしょうかっかに挑戦!』ですね」

「お主が優勝賞品を作ってくれるのじゃろう?」

「はい。おかげさまで、インスピレーションがわいてきました」

「それは楽しみじゃ」

「帰ったら、マジックアイテムを片っ端から作ってみます。できた端から、宰相閣下にチェックしてもらいますよ。今なら、数十個くらいは作れそうな気分で──」




 がんごんがんがんがんがんっ!


「──わ、わぁっ!? な、なんで広場に氷の柱アイス・ピラーが!?」

「──大型犬が氷の柱を砕いている!? どうして!?」

「──赤い髪の少女と、赤い大型犬が必死に止めているぞ!!」

「──氷のかけらが地面を滑ってくる!! 気をつけろ!!」


「「「──うぉおおおお!? 広場が氷まみれに……!!」」」




「……騒がしいですね」

「人間の世界では色々あるのじゃな。では、帰るとするか」

「はい。ルキエさま」

「アグニスたちとは町の入り口で合流を──」



 つるりんっ。



「わ、わわわっ!?」

「ルキエさま!?」

「な、なんじゃ。足下に氷のかけらがあるのじゃが!? わ、わわわっ!?」

「ルキエさま。危ない!」


 足を滑らせたルキエを、俺はあわてて抱き留める。

 その俺の足元にも氷のかけら。

 バランスを崩しかけるけど、なんとか俺はルキエを受け止めて──



 ちゅっ。



「「──────!?」」


 一瞬、唇に、やわらかいものが触れた。

 端っこの方だけど。でも、今のは……えっと。


「「……………………」」


 俺たちはなんとか立ち上がり、おたがいの顔を見つめる。

 ルキエは真っ赤な顔で、唇を押さえてる。

 ……触れたと思ったのは、気のせいじゃなかったみたいだ。


「……えっと。あの、そのな?」

「……は、はい。ルキエさま」

「…………今のは」

「…………はい」

「……………………帰ってから考えることにするのじゃ」

「……………………そうしましょう」

「町の視察に、『トーレ・カノソ』の謎アイテムに、ソフィアがシナリオを書いた劇に……色々ありすぎたのじゃ! 今は落ち着かぬ。城に戻ってから、ゆっくりと考えるのじゃ」

「……ですね」

「帰るぞ。トールよ」

「はい。ルキエさま」


 それからまた、俺たちは手を繋いだ。

 さっきより近い距離。俺の腕に、ルキエの肩が触れてる。

 

 俺たちはなんとなく照れた顔で笑い合う。

 それから、町の入り口でアグニスやライゼンガ将軍、宰相ケルヴさんと合流して──


 魔王ルキエの『ノーザの町』体験ツアーは、無事に終了したのだった。







 ──その後、魔王城にて (ルキエ視点)──




「お主のたくらみはたいしたものじゃったぞ。ソフィアよ」


 ここは魔王城にある、ルキエの部屋。

 そこでルキエは、ソフィアとメイベル、アグニスと話をしていた。


「あんな劇まで作りおって。トールと……したいのなら、直接言えばよかろうに」

「申し訳ありません。魔王陛下」


 ソフィアは照れた顔で、


「シナリオを書き始めたら、止まらなくなってしまいまして。それをドロシーさまにお見せしたら『ぜひ、上演してみたいです』と言われてしまい……つい、許可を出してしまったのです」

「まぁ、もうよいのじゃがな」

「それで、魔王陛下。わたくしたちを呼ばれたということは……もしかして」

「……お主の予想通りじゃ」


 ルキエは真っ赤な顔で、つぶやいた。

 彼女の言葉に、ソフィア、メイベルがざわめく。


 アグニスは光を放つ『健康増進ペンダント』を押さえている。

『ノーザの町』に同行していた彼女は、顔が触れ合うくらい寄り添ったトールとルキエを目にしている。

 それを思い出しているのだろう。


「だが、余とトールがそうなったのは、ソフィアのはからいによるものじゃ。となれば、余だけが良い思いをするわけにはいかぬ。だからその……あの……そのな」

「わたくしやメイベルさま、アグニスさまも同じことを、と?」

「……うぅ」

「トール・カナンさまの唇に触れることを、許していただけるのですか」

「…………う、うぅぅ」

「魔王陛下」

「み、みなまで言わせるでない!」


 ルキエは恥ずかしそうに、両手で顔をおおってしまう。


「ソフィアが考えておる通りじゃ! お主たちも、トールと唇をあわせるがよい!」

「「「──────!!」」」


 ルキエの言葉に、ソフィアは真剣な表情でうなずく。

 メイベルは覚悟を決めた顔になる。


 けれど、アグニスはなにかに気づいたような表情で、


「あの、あのあの。陛下」

「なんじゃ、アグニスよ」

「陛下と同じようにするというのは……もしかして」

「うむ。アグニスの想像しておる通りじゃ」

「アグニスたちも、あのときの陛下やトール・カナンさまと同じように、なので?」

「そうじゃな」

「となると、場所は広いところの方がいいので」

「玉座の間を使うとしよう。あの場所なら、人目もない」

「そこにトール・カナンさまをそこにお呼びして……?」

「メイベルならば『アイス・ピラー氷の柱』の魔術が使えるはずじゃ」

「さすがに宰相閣下さいしょうかっかにお願いするわけにはいかないので」

「私用じゃからな。氷を砕くのは、持ち回りでやるべきじゃろう」

「でも……氷のかけらが、ちゃんと足元に来るかどうか……わからないので」

「それは運を天に任せるしかあるまい」

「機会を増やす努力も必要なので」

「皆でトールのまわりをぐるぐる回るのがよかろう。運良く、氷のかけらを踏んだものが……その、トールの唇に触れる権利を得る、ということじゃ」

「それなら公平なので!」

「余のときと同じじゃな!!」


 がしっ、と、握手あくしゅを交わすルキエとアグニス。

 ふたりの話を聞きながら、ソフィアとメイベルは──


「……あの、魔王陛下」

「……陛下とトールさまが唇を触れあわせたとき……どのような儀式が行われていたのでしょうか……?」


 ──ふたりそろって、首をかしげていたのだった。




──────────────────────



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