第220話「錬金術師トールと魔王ルキエ、『プレ結婚式』を実行する(1)」

 ある日のこと、俺は宰相さいしょうケルヴさんに呼びだされた。

 場所は、魔王城の玉座の間だ。


 玉座にはルキエが座っている。

 ケルヴさんは、俺とルキエの中間地点に立っている。

 ……なんだか、すごく深刻しんこくそうな顔だ。


「実は、おふたりの結婚式に問題が発生しております」


 しばらくしてケルヴさんは、そんなことを言った。


 結婚式を? 俺とルキエの?

 確かに俺とルキエは婚約してるけど。


 でも──


「結婚式は、魔王陛下が成人してから挙げるんじゃなかったですか?」

「そうじゃぞ。魔王領をあげて大々的にやるゆえ、時間をかけて準備をすると言っておったではないか」

「正式な挙式は、陛下が成人されてからとなります。その後、メイベルとアグニスどの、ソフィア殿下との式を順番にげる……という予定だったのですが……」


 ケルヴさんはため息をついてから、


「わが宰相府さいしょうふには……毎日おそろしい数の問い合わせが来ているのです。魔王領内だけではなく、帝国からも。『陛下の結婚式はいつか』『出席できるのか』『どれくらいの規模でやるのか』『結婚式に合わせて祭りをやりたい』『遠くからでもいいから見たい』など……わたしの部下が混乱するほどの量が……」


 あ……そういうことか。


 魔王ルキエの結婚式だもんな。

 魔王領の人は見に行きたいだろうし、行けない人でもお祝いのメッセージくらいは送りたいだろう。式に合わせて祭りをやりたいというのもわかる。


 帝国の人がルキエの結婚式に参加したいのもわかる。

 今や帝国は、魔王領の友好国だからな。


 出席して祝うか、贈り物をして友好関係を深めておきたいんだろう。

 祝わなかったせいで、魔王の機嫌をそこねたくない、というのもあるかもしれない。

 ルキエはそんなことで怒ったりしないけど、帝国の者に、それはわからないからな。

 それで問い合わせが殺到してるんだろう。


「問い合わせが殺到しているのは……観光事業の成功も関係しているのでしょう」

「『すぱ・りぞーと』がですか?」

「あの地には魔王領内だけではく帝国からも、観光客が多く来ておりますからね」


 ケルヴさんは手元の資料を見ながら、


「観光客たちからも、たくさんの感想をもらっております。『魔王陛下すごい』『すごい施設を作ってくれてありがとう。お幸せに』『間もなく結婚されるということで、おめでとうございます』『こんな優しい施設を作ってくれた魔王陛下なら、絶対に幸せになれると思います!』などです。観光客たちが魔王陛下と、陛下の婚礼に興味を持っていることがうかがえます」

「観光事業が成功したことで……皆が、余に興味を持ったということか」

「陛下のおっしゃる通りです」


 ケルヴさんはルキエに向かって一礼した。


「そんな彼らが陛下の結婚式に興味を持つのは、やむを得ないことだと思います」

「じゃが結婚式の日取りは、2年後ということで決まっておる」


 ルキエの言う通りだ。

 俺とルキエの結婚式は2年後。彼女の18歳の誕生日に行われる予定だ。

 それに合わせて準備が進んでいるはずなんだけど……。


「2年後ですと……とても文官たちの精神が保ちません」


 ケルヴさんはかぶりを振った。


「大量の問い合わせが殺到しており、文官たちはその対応に追われております。問い合わせは、帝国の貴族や高官たちからも来ております。ひとつひとつに返事を書くとなると、かなりの手間です。これがあと2年も続くとなると……」

「そういうことじゃったのか」


 ルキエはうなずいた。


 ──帝国との友好関係が成立したこと。

 ──国境地帯の交易所と観光地が大人気になったこと。


 それによって、魔王ルキエの知名度が大幅に上がってしまった。

 信頼できる人物で、親しみやすい人だという評判も高まった。


 その魔王が人間の錬金術師れんきんじゅつしと婚約して、結婚式を挙げるといううわさも広まった。

 結婚式がいつ行われるのか、みんな興味を持つようになった。


 だから、城の方に問い合わせが殺到していて、その対応でケルヴさんの部下の人たちが、いっぱいいっぱいになっている……ということらしい。


 俺たちが原因で、ケルヴさんの仕事が増えてるのか……。

 ……それはよくないな。


 俺は魔王領のために錬金術師れんきんじゅつしの仕事をしているんだ。

 ケルヴさんの仕事を増やしたんじゃ、本末転倒ほんまつてんとうじゃないか。


「魔王陛下と宰相閣下さいしょうかっかに申し上げます」


 俺は言った。


 ここは、俺がなんとかするべきだろう。

 幸い、勇者世界の資料が大量に見つかったからな。それを参考にしよう。

 たとえば──


「勇者世界には商店や娯楽施設ごらくしせつを開くときに『プレオープン』をする風習があるそうです。それを真似まねして『プレ結婚式』をやるのはどうでしょうか?」

「『プレ結婚式』じゃと!?」

「どういうものなのですか? トールどの」

「はい。まずは『プレオープン』について説明します」


 俺は資料の内容を思い出しながら、続ける。


「『プレオープン』とは新たに店を開く前に、一部の人だけを店に入れるものです。勇者世界ではそういうことを行ってから、本格的に店を開くそうです」


 確か勇者世界の広告だったと思う。

 そこには『このハガキを持参の方に限り、プレオープンにご招待!』と書いてあったんだ。


「店を開く前に一部の客を入れるのか? どんな意味があるのじゃ?」

「たぶん……店内の安全性を確認してもらうためだと思います」

「安全性じゃと?」

「勇者世界は強力な魔物がうろつく場所です。店の中も安全とは限りません」


 異世界勇者は恐るべき戦闘能力を身に着けていた。

 それは勇者世界には、その力で戦わなきゃいけない敵がいたということだ。

 そうじゃなかったら、あんな規格外の力は必要ないからな。


「だから勇者たちは、買い物の間も油断ができないわけです」

「そうじゃな。勇者世界の魔物は、勇者にとってのライバルじゃ。どれほどの力を持つか想像もつかぬ。建物の中にいても安心はできまい」

「勇者は魔術で城の防壁を破壊してましたからね」

「その勇者のライバルであれば、店の壁を破るくらいはたやすいじゃろう。また、敵対している勇者に攻撃されることもあるかもしれぬ」

「というわけです。つまり勇者世界の商店は『当店は魔物を気にせず買い物ができる場所です!』と示すために、開店前の『プレオープン』をしていたんじゃないでしょうか?」

「なるほどなのじゃ!」


 ルキエは、ぽん、と手を叩いた。


「一部の勇者を店に入れて、店内が安全な場所であることを示すわけじゃな? そうすれば──」

「安全な店だといううわさが広がり、勇者たちは安心して買い物ができるわけです」

「おそらく『プレオープン』中の店には『ロボット掃除機』がうろついておるのじゃろうな」

「それが魔獣や、暴れん坊の勇者をこらしめているのでしょう」

「さすが勇者世界じゃな」

「勇者世界で店を開くのは大変なんですね……」


「…………あの。トールどの。疑問があるのですが」


 気づくと、ケルヴさんが首をかしげていた。


「はい。宰相閣下さいしょうかっか。俺の推測になにかおかしいところがありましたか?」

「いえ。トールどのは勇者世界の専門家です。疑ったりはしません」

「ありがとうございます」

「わからないのは『プレオープン』と結婚式の関係です」


 ケルヴさんは、やっぱり不思議そうな顔で、


「勇者世界で商店の安全性を確認してもらうために『プレオープン』が行われているのはわかりました。ですが、それでそうして『プレ結婚式』とやるというお話になるのでしょうか?」

「すみません。説明不足でした」


 俺はケルヴさんに一礼して、


「勇者世界の『プレオープン』は、他の勇者たちに店の安全性を宣伝してもらうためのものです。それと同じように『プレ結婚式』をして、一部の人たちにどんな結婚式をやるのかを見てもらえばいいんです。それを宣伝してもらえば──」

「余がどんな結婚式を行うのか、皆が知ることになるわけじゃ」


 ルキエが俺の言葉を引き継いだ。


「そうすれば皆の好奇心を満たすことができよう。まずは小規模の『プレ結婚式』をやって、皆の期待と好奇心を満足させる……それが『プレ結婚式』の目的じゃろう? 違うか、トールよ」

「いいえ。魔王陛下のおっしゃる通りです」

「皆の好奇心を満たせば、結婚式についての問い合わせも減るじゃろう。こちらも『プレ結婚式』に出席した者の反応を見ることで、2年後の結婚式への改善点を発見できるかもしれぬ。参加できなかった者も残念がることはない。あくまで『プレ結婚式』であり、本格的な式は2年後に行うのじゃからな」

「……そういうことでしたか」


 ケルヴさんは納得したように、うなずいた。


「『プレ結婚式』を行うことで、皆の期待と好奇心を満たす。そのときに、祭りをやりたいものはやればいい。遠くから見たいものは見ればいい。その上で我々は、本番の結婚式への改善点を見いだす。2年後の結婚式は本格的に、大々的にやる。だから『プレ結婚式』を見逃した者にも機会はある……ということですね」

「そういうことです。宰相閣下」

「なるほど。トールどのにしては常識的……い、いえ、良いお考えだと思います!」


 あわててかぶりを振るケルヴさん。


「わかりました。このケルヴは、陛下とトールどのの『プレ結婚式』に賛成さんせいいたします。招待客をしぼり、小規模で行うことといたしましょう」

「ありがとうございます。宰相閣下」

「うむ。では、計画を立てるとしよう」

「結婚式の内容について、陛下とトールどのには、なにかご希望はありますか?」

「……う、うむ。そうじゃな」


 ルキエは小さな声で、


「……余はトールの隣で、ドレスを着られれば、それでよいと思っておる」

「…………なるほど。それでトールどのは」

「そうですね……勇者世界を真似した『プレ結婚式』ですから、勇者世界の方式を取り入れるのはどうでしょうか」

「勇者世界の?」

「実は、先々代魔王さまが残した資料の中に、勇者世界の結婚式について書かれたものがあるんです。えっと……」


 俺は『超小型簡易倉庫』から、数枚の紙を取り出した。


「これです。勇者世界の結婚式についての作法が書かれています」

「おぉ! これが勇者世界の結婚式か!!」

「これは……煙の中に新郎と新婦が浮かんでいるように見えますが」

「勇者世界では、こういう儀式が行われているらしいです」


 保存状態が悪かったからか、資料はボロボロだ。

 ただ、写真の内容は確認できる。

 そこにはバリッとした服を着た男性と、ドレスを着た女性が煙の中にたたずんでいるすがたが写っているんだ。


「写真の下に解説文があります。ただ……古い資料だから紙が破けてしまっているんです。文章には『スモークの中、──に乗って降りてくる新郎新婦』と書いてあるんですけど」

「……煙のせいで、なにに乗っておるかわからぬな」

「……煙でまわりが隠れていますね」

「欠けた部分の紙はこれです。『ド』『ン』『ゴ』『ラ』と書かれています」


 俺は紙のかけらを取り出した。

 かけらは4枚。それぞれに『ド』『ン』『ゴ』『ラ』の文字がある。

 これを並べ替えると、正しい解説文ができあがるはずだ。


 俺はルキエとケルヴさんの前で、何度か文字を並べ替えた。

 その結果、現れた言葉は──


「おそらく……『ゴンドラ』か『ドラゴン』でしょう」

「意味が通るのは、そのふたつじゃな」

「解説文は『ゴンドラに乗って降りてくる新郎新婦』あるいは『ドラゴンに乗って降りてくる新郎新婦』ということですね」

「はい。この二択にたくだと思います」

「「「……………………」」」


 しばらく、沈黙があった。

 そうして俺たちが出した結論は──


「「絶対に『ドラゴン』 (ですよね) (じゃろうな)!!」」

「………………」

「どうしたケルヴ。なぜ黙っておる?」

「……申し訳ありません。言葉を失っておりました」


 ケルヴさんは頭を抱えてる。


「私の常識は『ドラゴンはありえない。ゴンドラに違いない』とさけんでおります。しかし……これまでのトールどのの実績と、歴史において語られる勇者のドラゴンへのこだわりを考えると……新郎新婦がドラゴンに乗って降りてきてもおかしくないと思えてしまうのです。ですが、私の理性は『ソンナコトハアリエナイゾ』とささやいていて……そのせいで混乱を」

「疲れておるのじゃろう。少し休むがよい。ケルヴよ」

「……承知いたしました」


 そう言ってケルヴさんは玉座の間を出ていった。

 扉の向こうにはドワーフ職人さんがいた。確か城の補修を担当している人だ。

 その人は、ふらふらと立ち去るケルヴさんの後についていく。急ぎの仕事があるんだろうか?

 やっぱり……ケルヴさんは忙しいんだろうな。

 あまり負担をかけないようにしないと。


「ルキエさま」

「うむ。なにを言いたいかはわかっておるぞ。トールよ」


 ルキエはにやりと笑ってみせた。


「ケルヴの負担を減らすためにも、余たちで『プレ結婚式』のたただいを作ろうというのじゃろう?」

「お見通しでしたか」

「当然じゃ。余がいつも、どれほどお主のことを考えて……」


 言いかけたルキエの顔が真っ赤になる。

 それから彼女は、慌てたようすで頭を振って、


「とにかく。『プレ結婚式』の計画を立てるとしよう!」

「は、はい。ルキエさま」

「『プレ結婚式』は小規模で行う仮の式じゃ。自由な発想でやるのもよかろう」

「わかりました。ところで、ルキエさま」

「なんじゃ? トールよ」

「俺も毎日、たくさん、ルキエさまのことを考えてますよ?」

「どうしてせっかくらした話を元に戻すのじゃ───っ!!」


 怒られた。


 その後、俺たちはメイベルとアグニス、ソフィアを玉座の間に呼んで──

 3人に『プレ結婚式』の話をして、勇者世界の結婚式の資料を見せて──


 それから、俺たちは額をくっつけて、『プレ結婚式』の計画をりはじめたのだった。






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