第78話「ライゼンガ領に工房を開く(2)」

『魔獣ガルガロッサ』の脚は、討伐が終わった後でもらったものだ。

 今回はこれを『魔法陣探知機』の実験に使おう。


「この『魔獣ガルガロッサ』の脚には、魔獣そのものの魔力が残ってる。こいつが召喚されたものなら、魔法陣の方にも似たような魔力が残ってるかもしれない」


 俺はメイベルたちに説明した。


「その魔力を手がかりに、魔法陣本体を見つけられるかどうか試してみたい。勇者世界の『電波探知機』が、電波というものを手がかりに、盗聴器とか発信器とかを探しているように」

「『魔法陣探知機』とは、特定の魔力を見つけ出すマジックアイテムなのですね?」

「うん。ただ『通販カタログ』に載ってるものほど小さくはできないかな……」


『通販カタログ』にあるものは、人のてのひらに載るくらいのサイズだ。

 俺の技術では、こんなに小さくはできない。

 それに『魔獣ガルガロッサ』の脚を入れるためには、それなりの大きさが必要だ。


 でも、勇者世界の『電波探知機』は素材なしで『盗聴器』『発信器』を見つけ出すことができるんだよな。一体、どうやってるんだろう?

 やっぱり俺の技術では、まだまだ勇者世界には敵わない。

 悔しいけど、それが現実だ。


「それじゃメイベル。材料を用意して。金属の塊と魔石と、あとは光・闇・地・水・火・風……全属性の魔織布ましょくふがあればいいよ」

「はい。トールさま」

「アグニスもお手伝いしますので!」

「アグニスは記録係をお願い。『魔法陣探知機』を作るのにどんな素材を使ったか、メモしておいて欲しいんだ。それと、作ったあとで稼働実験をするから、その経過と結果も記録してくれるかな?」

「魔王陛下にお伝えするためですね?」

「そうだよ。ライゼンガ将軍の部隊に使ってもらうためには、ルキエさまと宰相さいしょうケルヴさんの許可が必要だからね。将軍が使うためのものと、ルキエさまに報告するためのもの……探知機は2個作るつもりだ」

「承知いたしました!」


 2人はすぐに準備を始める。

 すると、羽妖精ピクシーのソレーユが俺の目の前にやってきて、


「ソレーユもお手伝いしたいのでございます!」

「いいよ。ちょうど俺もソレーユに聞きたいことがあったから」

「なんでございますか?」

羽妖精ピクシーって、どうやって魔力を感知してるの?」

「簡単でございます。自分と似た魔力が近くにあると、引っ張られる感覚があるのでございます」

「引っ張られる感覚?」

「ソレーユは『光の羽妖精』でございますよね? だから光の魔力が近くにあると、ちりちりと、かすかに引っ張られる感覚があるのでございます。好物が近くにあると、なんとなーく気になるような感じに似ています」

「自分の好む魔力に共鳴するような感じ?」

「そうでございますね。近い魔力と響き合う感覚でございます」

「なるほど」


 さすが魔力探知のプロだ。参考になるな。


「そういえば魔力は、同じ属性の魔力と引き合うんだっけ。だから光の魔力は光を生み出し、火の魔力は炎を生み出すことができる。同じように、光属性のソレーユは、光の魔力と引き合う、って」

「はい。背中の羽で、引き合う魔力を感じ取っているのでございます」

「ありがとう。ソレーユ。参考になったよ」

「お安いご用なのでございます。他になにがございますか?」

「じゃあ、あとで実験に付き合ってくれるかな」

「承知したのでございます!」


 やっぱり人手が多いと、作業がスムーズに進むな。

 アグニスとソレーユが来てくれてよかった。


「おかげで俺は作業に専念できる。発動『創造錬金術オーバー・アルケミー』!」


 俺はスキルを発動した。


 まずは『通販カタログ』に載っている『電波探知機』の形をイメージする。

『電波探知機』は箱形で、上に棒のようなものがついている。

『アンテナ』『センサー』というものらしい。


 これが『電波』を感じ取る部分。羽妖精ピクシーの羽のようなものだ。

 ということは、『魔法陣探知機』にも、羽をつければいいな。それを異世界で言う『アンテナ』『センサー』の代わりにしよう。


 羽の素材は魔織布ましょくふだ。

 光・闇・地・水・火・風の魔織布を重ねて、一枚の羽にする。

 魔力には、同じ属性のものに反応する習性があるから、魔織布の羽は、周囲にあるそれぞれの魔力に対する『センサー』になってくれるはずだ。


 箱の中には『魔獣ガルガロッサの脚』のような、素材を入れるスペースを作る。

 素材と同じ魔力を見つけたら、魔織布の羽が共鳴するようにする。

 羽の向きが変化して、魔力のありかを指し示す感じだとわかりやすい。


 念のため、光・闇・地・水・火・風──全属性の魔石を入れておこう。

 素材の魔力を読み取り、対応する属性の魔石を発動させれば、魔力を増幅することができる。

 そうすれば『センサー』の羽も、素材の魔力を正確に感じ取ってくれるはずだ。


『抱きまくら』を作ったときに、魔力には個人の情報が含まれていることは確認してる。探知機はその情報を増幅して、特定して、似たような魔力を探し出す。

 それがこのマジックアイテムの設計思想だ。


 うん。これでいいな。

 ……失敗したら作り直そう。

 メイベルもアグニスも、ソレーユも付き合ってくれるだろ。



「実行『創造錬金術』!!」



 メイベルが用意してくれた金属片が、箱形に変わっていく。

 並べてくれた魔織布は重なり合って、羽のかたちに。

 羽妖精と同じ、魔力探知の羽だ。それは箱の両側にくっつく。


 余った魔織布はベルトの形になって、箱の背面に装着される。

 持ち運ぶのは大変だから、リュックのように背負えるようにした。


 最後に、魔石が箱の中に溶け込んでいく。

 これで『魔法陣探知機』が……いや、違うな。


 これは魔法陣を含めて、あらゆる魔力を探し出せるマジックアイテム──『魔力探知機』だ。


「よし。これで完成……っと」



 ごっとん。



 箱形の『魔力探知機』が、作業台の上に落ちた。

 長方形の箱で、羽の付いたリュックのような形をしている。

 箱には扉がついていて、中に素材を入れられるようになっている。

 中にある素材の魔力を探知して、同じ魔力の在りかを探してくれるマジックアイテム、それが『魔力探知機』だ。




──────────────────


魔力探知機まりょくたんちき

(属性:光・闇・地・水・火・風)

(レア度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★☆)


 全属性の魔石により、内部に収められた素材の魔力を増幅する。

 全属性 (光・闇・地・水。火。風の6枚を重ね合わせた)魔織布が、周囲の魔力を感知する。

 増幅した素材の魔力に似た魔力を感知すると、羽が対象の魔力のありかを指し示す。


 勇者世界の『電波探知機』を参考に作られたマジックアイテム。

 羽妖精の、魔力を感じ取る能力を、超拡大するというコンセプトで作られている。

 箱の中に素材を入れることにより、それに近い魔力を持つ物体・場所を探し出すことができる。


 探知可能範囲は、数百メートルから1キロ程度。

(対象の魔力の強さによって、距離は変化する)


 中にある素材に近い魔力を見つけると、4枚の羽がその魔力の位置を指し示す。

 魔獣の素材を入れることで、仲間の魔獣の居場所を探し出すこともできる。

 魔法陣によって召喚された魔獣の場合は、その魔法陣の場所を見つけ出すことも可能。


 物理破壊耐性:★★★ (魔術で強化された武器でしか破壊できない)

 耐用年数:特になし。

 3年間のユーザーサポートつき。




──────────────────




「これが、魔法陣を見つけ出すアイテムなのですね……」


 メイベルは感動したように、『魔力探知機』を見つめている。


「魔獣の素材を手がかりに魔法陣を探すことができるなんて、すごいです! これって、新種の魔獣だけじゃなくて、普通の魔獣にも使えるんですよね。ということは素材さえあれば、あらゆる魔獣の巣を見つけ出せるかもしれません。そうなったら討伐が……すごく楽になりますね……」


 ほめてくれるのはうれしいけど、俺はこのアイテムに満足していない。

 大きすぎるし重すぎる。

 これは魔獣探索用だから仕方ないけど、一般向けはもっと小さくしたい。携帯性を高めて、持っていることに気づかれないくらいにしたいんだ。あるいは、パーティなんかのフォーマルな場にも持って行けるように、かっこよくするとか。


「でもまぁ、最低限の機能は果たしてくれるから、いいかな」

「トール・カナンさまは本当に、錬金術の高みをめざしていらっしゃるので……」

「ソレーユは、お手伝いできて光栄でございます……」

「ありがとう。それじゃ、実際に稼働するか実験してみようよ」


 このアイテムは魔法陣を探すために作ったものだ。

 でも、『魔獣ガルガロッサ』が現れたのは山岳地帯で、町からはかなり離れている。

 ライゼンガ将軍がこれを持っていって、反応しなかったら大変だからね。ちゃんと魔力を探知できるかどうか、みんなで実験してみよう。


「はい! 実験はソレーユがお手伝いすることとなっております!!」

「お願いするよ。まずは、この『魔力探知機』に、身につけているものを入れてくれる?」


 俺は作業台を指さした。


「そのあとで、屋敷の近くに隠れて欲しいんだ。そしたら俺たちが、この『魔力探知機』で、ソレーユを見つけ出せるかどうか試してみるから」

「身につけているものを、お渡しするのでございますね?」

「うん。ソレーユの魔力が残っているものなら、なんでもいいよ」

「しょ、承知いたしました。恩人さまが……そうおっしゃるなら」


 そう言ってソレーユは、背中を向けた。

 それから、身にまとった『光の魔織布』の服を、しゅる、と足元に──


「はいソレーユさん。『なりきりパジャマ』をどうぞ!」

「かくれんぼをするなら、猫型がちょうどいいと思うので!」


 ──落とす直前、メイベルとアグニスがソレーユを囲んで、『なりきりパジャマ』を差し出した。


 それを見て、俺は気づいた。

 羽妖精は基本的に、服以外の持ち物を持っていない。

 となると実験のためには、ソレーユは俺に服を差し出すしかないわけで。


 もしかして俺はソレーユに『裸でかくれんぼをしよう』と言ったことになるのでは……?


「にゃーん」


 そんなことを考えてる間に、ソレーユの着替えは終わっていた。

『なりきりパジャマ』で真っ白な猫になった彼女は、部屋の外へ。

 そのまま屋敷のまわりの森へと、走って行ったのだった。


「トールさま、お言葉には気をつけてくださいね」


 気づくと、メイベルがじーっと俺の方を見ていた。


「羽妖精さんたちは、トールさまに忠誠を誓っているのです。トールさまの命令なら、なんでも聞いちゃうのですから。指示を出すときは、気をつけていただかないと」

「ごめん。これから気をつけるよ」

「……もちろん、私もトールさまの忠実な部下ですけど」


 なぜか頬を赤らめてこっちを見るメイベル。


「覚えておいてくださいね。私も、トールさまからお願いをされたら、断りませんから」

「う、うん」

「断りませんから」

「なんで二度言うの」

「……特に意味はないのです。それより、トールさま、これを」


 メイベルは、床に落ちたソレーユの服を拾い上げた。

 俺が『魔力探知機』の扉を開けると、メイベルがそれを中に入れてくれる。

 最後に扉を閉じて、『魔力探知機』を背負うと──



 くいっ。



「背中の羽が動いてますので!」

「俺にもわかるよ。後ろに引っ張られる感じがする」


 ということは、ソレーユは屋敷の裏手にいるのか。

 俺たちは外に出てみることにした。






「にゃーん」「にゃーん」「にゃにゃん」


 鳴き声がした。

 ソレーユだけじゃない。別の声もしてる。


「近くに他の羽妖精さんたちも来ていたようですね」

「ソレーユさんがかくれんぼをしてるのを見て、混ざりたくなったみたいなので……」


 いつでも『ノーザの町』に行けるように、羽妖精たちには猫型とフクロウ型の『なりきりパジャマ』を預けてある。

 その羽妖精たちがソレーユにつられて、猫に化けてしまったらしい。


「にゃーん」

「実験、お付き合いします」

「にゃにゃん」

「……楽しそうなの」

「にゃーん」

「にゃにゃにゃでふわふわでひそひそー」


 あちこちから声が聞こえる。

 姿は見えない。羽妖精たちは隠れるのが得意だから。

 実験としてはちょうどいいんだけど。


 俺は目を閉じて『魔力探知機』の羽の感覚に耳を澄ます。




 ぴくん。




「トールさま。左右の羽が、それぞれ別の方向を向いてますよ?」

「片方は草むらから見える白い尻尾に。もうひとつは木の方を向いているので……」


 本当だ。

『魔力探知機』につけた4つの羽が、左右別々の方向を向いている。

 ひとつは、草の上から突き出した白い尻尾を指し示してる。

 あっちはソレーユの『なりきりパジャマ』の尻尾で間違いない。

 すると、もうひとつは──?


「ア、アグニスはわからないので。これは一体……」

「トールさまがお作りになるものに間違いはありません。となると……」

「左の羽は、草むらから出てる尻尾を指し示してる。あれはソレーユが脱いだ『なりきりパジャマ』だ。ソレーユ本人は、右側の羽が示す方──つまり、木の裏に隠れてる」


 簡単なトリックだった。

『魔力探知機』をごまかせないと思ったソレーユは、近くにいた仲間を猫に化けさせた。

 さらに自分は『なりきりパジャマ』をダミーとして、草むらにセットした。

 かくれんぼをすると言ったから、本気になっちゃったんだろうな。

 羽妖精は姿を隠すのが得意だから。


「ということで、どうかな? ソレーユ」

「せ、正解なのでございます! さすがは恩人さま!」


 ソレーユは木の陰から顔だけ出して、ぱちぱちと手を叩いた。


「「おおー」」


 メイベルとアグニスも拍手する。


「相手の注意を別方向に逸らして、逆の場所に隠れる。これが羽妖精の得意技なのでございます。でも、恩人さまの『魔力探知機』には通じないのでございますね!」

「おかげでいい実験になったよ」


『魔力探知機』は、ソレーユが数分着ただけの『なりきりパジャマ』にも反応した。

 それは着ている間に移った、ほんのわずかな魔力でも探知できることを意味する。

 だったら『魔獣ガルガロッサ』と魔法陣に残った魔力を探知することもできるはずだ。


「せっかくだから、もうちょっと実験してみよう。付き合ってくれる?」

「「「「「「はいはいはい!! にゃにゃん!」」」」」

「やってみたいので!」


 森の中から羽妖精たちの声が返ってくる。

 ──って、アグニスも手を挙げてる?


「じゃあアグニス。お願いできる?」

「了解しました! それでは、着替えてきますので!」


 そう言って、アグニスは屋敷に入っていった。

 しばらくして戻ってきた彼女は、猫型の『なりきりパジャマ』を着ていた。

 フードは上げたまま、変身前の状態だ。


「それでは猫に変身して隠れます。見つけてください、トール・カナンさま」

「次は探知距離の実験をするからね。できるだけ、屋敷から離れてみて」

「わかりました! では、アグニスが身につけていたものをお渡ししますので!」


 アグニスは服を、俺に向かって差し出した。

 さっきまで着ていたもの全部。一枚残らず。


「……あのね、アグニス」

「はい。トール・カナンさま!」

「別に下着は脱がなくてもいいんだよ?」

「──!」


 アグニスが目を見開いた。

 気づいてなかったんだね……。


 アグニスが着てるのは、メイベル用に作った猫型の『なりきりパジャマ』だ。

 水の魔織布を使ってるから……身体にぴったりと張り付いてる。胸元の『健康増進ペンダント』のかたちがわかるくらい。


「そ、それじゃ、行ってきますのでにゃーん!!」


 ぽんっ。


 それからアグニスは猫に変身して、森の奥へと走って行ったのだった。


「トールさま」

「なにかな。メイベル」

「実験は、できるだけたくさんした方がいいですよね?」

「そうだね。感知できる距離や、建物に入ったらどうなるかとか、色々調べてみたいから」

「では、かくれんぼする担当は、順番といたしましょう」

「え?」

「最初はソレーユさん、次はアグニスさまでした。なので、順番にするのが公平かと」

「う、うん」

「順番にいたしましょうね?」

「……わかりました」


 そんなわけで、俺たちは夜遅くまで『魔力探知機』の実験を続けたのだった。

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