【コミックス5巻は10月10日発売】創造錬金術師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-
第37話「魔王ルキエ、帝国の第3皇女と会談する」
第37話「魔王ルキエ、帝国の第3皇女と会談する」
──1時間後──
魔王領の兵団と帝国の兵団は、それぞれ離れたところに天幕を張り、休憩に入った。
今回の戦いで、魔王領の怪我人はゼロ。
出番がなかったと、ライゼンガ将軍やミノタウロスたちが
対する帝国の兵団は、死者は出なかったものの、負傷者多数。
蜘蛛の糸に掛かって動けなくなったところを蹴られた者もいれば、
重傷者は『魔獣ガルガロッサ』本体と戦った者たちだ。
彼らは後方で治療を受けているそうだ。
魔王領と帝国、それぞれの代表者の会談は、ふたつの陣地の中間地点で行われることになった。
魔王領側の出席者は、魔王ルキエと宰相ケルヴ、ライゼンガ将軍の3名。
帝国側は、第3皇女リアナと、軍務大臣のザグラン、そして護衛の兵士だった。
「……ドルガリア帝国の第3皇女、リアナ・ドルガリアです」
最初に口を開いたのは、リアナ皇女だった。
聖剣は持っていない。身につけている武装は
「今回は、危機を救っていただき……ありがとうございました」
リアナ皇女は青ざめた顔で震えながら、ルキエたちに軽く頭を下げた。
「魔王領の皆さまと、魔王ルキエ・エヴァーガルドさまの魔術の強さ……はっきりと見せていただきました。このリアナ、自分の力不足を実感いたしました……本当に……まさか剣をふるうこともなく、『魔獣ガルガロッサ』を倒してしまうとは……」
(おびえているようじゃな。まぁ、無理もないか)
ルキエは言葉に出さずに、うなずいた。
リアナ皇女がおびえるのもわかる。
彼女は皇女の身でありながら『魔獣ガルガロッサ』に立ち向かい、失敗した。
その後、殺されそうになったところを、魔王領の魔術攻撃に助けられた。
さらに、その魔王領の魔術は、聖剣でも倒せなかった魔獣とその配下を、あっさりと全滅させた。
そんな光景を目の当たりにしては、放心状態になるのも無理はなかった。
(……といっても、余たちも結構びっくりしているのじゃがな。トールめ……合流したら『レーザーポインター』の威力について、じっくり話をしてやるからの。『ゆーざーさぽーと』はまだ残っておるのじゃからな。覚悟せよ。トールめ……)
そんな事を考えながら、ルキエはリアナ皇女を見ていた。
彼女の言葉が終わるのを待って、それから、
「ていねいなご挨拶をいたみいる。余が魔王領の王、ルキエ・エヴァーガルドじゃ」
仮面をつけたまま、ルキエはあいさつを返した。
「敗北を恥じることはない。いかなる勇士であろうとも、魔獣におくれを取ることはあるのじゃ。リアナ殿下の身にこびりついた魔獣の血こそ、殿下が
「……あ、ありが、とう……ござ」
限界だったのだろう。
リアナ皇女は言葉に詰まり、口を押さえてしまった。
「大変温かいお言葉をいただき、ありがとうございます。殿下は感激され、言葉もないようでございます」
リアナ皇女に変わって、軍務大臣ザグランが前に出た。
彼は長身の身体を折って、ルキエと宰相ケルヴ、ライゼンガ将軍に一礼。
「自分はドルガリア帝国で軍務を担当しております者で、ザグランと申します」
「帝国の軍務大臣どのですか。これはどうも」
ルキエに代わって宰相ケルヴが言葉を返す。
相手が皇女ではなく帝国の臣下であれば、こちらも臣下が返事をするのが筋だからだ。
「私は魔王陛下にお仕えするケルヴと申す者。こちらは将軍のライゼンガでございます」
「魔王陛下の
軍務大臣ザグランは目を伏せて、続ける。
「今回はリアナ殿下の危機を救っていただき、ありがとうございます。また、魔獣を無事に討伐できたことをおよろこび申し上げます」
「……そうですな」
「
目を伏せたまま──魔王領側の反応は見ずに、軍務大臣ザグランは言い切った。
(帝国と魔王領がともに勝利した、か)
引っかかる言い方だった。
ケルヴとライゼンガも同じように考えているのだろう。
ライゼンガは怒りをあらわにして、拳を握りしめている。
そして、宰相ケルヴは、
「軍務大臣にうかがいます。今回の作戦は、我ら魔王領の兵団と、帝国の兵団が合流してから行われるはずでした。なのに実際は、帝国側は合流することもなく、『魔獣ガルガロッサ』に攻撃をしかけられた。その理由をお聞かせいただけますか」
──会談前に、あらかじめ打ち合わせておいたセリフを口にした。
「
「おそれながら陛下、これは重要なことでございます。うかがわなければ、兵士たちも納得せぬでしょう」
ルキエとライゼンガは予定通りの会話を交わす。
『この問いは宰相ケルヴの個人的なものではなく、魔王領の兵の総意である』と伝えるためだ。
「魔獣は今まで、開けた岩場に下りてくることはありませんでした。帝国側がなんらかの動きをしたとしか考えられません。仮にそうだとすれば、作戦を
帝国のミスについて指摘するケルヴを前に、リアナ皇女は唇をかみしめている。
彼女にとっては負け戦の直後にこんな質問をされるのは、悔しくて仕方ないのだろう。
「こちらに被害がなかったのは、
「兵たちの思いはわかった。ならばルキエ・エヴァーガルドより、第3皇女リアナ殿下に問おう」
ルキエはリアナ皇女をまっすぐに見つめて、
「共同作戦を持ちかけながら、帝国側が先に戦闘を開始したのはなにゆえか? 『魔獣ガルガロッサ』が帝国の陣地まで群れごと移動したのは、帝国側の策によるものではないのか?」
「…………う」
「策だとすれば、帝国の兵は断りもなく、魔王領の内部へと侵入したことになる。仮に、近くに民がいたらどうするつもりじゃったのだ? 挑発されて、怒りに我を忘れた魔獣が民を襲ったら? 被害を出さぬために魔獣討伐をするというのに──それでは意味がないではないか」
「…………魔王どの」
「お主を責めたいわけではないのだ。リアナ皇女殿下」
ルキエは口調をゆるめて、リアナ皇女に問いかける。
「余は、お主たちの真意を知りたい。帝国が信頼に値するものか否か。今後、同じような共同作戦をすることになった場合、どこまで信じてよいのか、とな」
「……魔王、ルキエ・エヴァーガルドさま」
リアナ皇女は姿勢を正し、ルキエを見た。
鎧の胸を押さえて、ゆっくりと深呼吸。
それから、彼女は──
「──実は」
「説明いたします。今回は功を
リアナ皇女の言葉をさえぎり、軍務大臣ザグランは言った。
彼はリアナ皇女をかばうように前に踏み出し、その視界をふさぐ。
「帝国の
「──なんじゃと」
「帝国の総意ではない、と?」
魔王ルキエの言葉を、宰相ケルヴが引き継いだ。
「ならば、魔獣たちが帝国の陣地にやってきたことを、どう説明されるのか!」
「その『一部の兵』たちは魔獣の巣に攻撃をしかけたものの、自分たちではとても勝てないことに気づいたのでしょう。恥知らずにも、我らの陣地まで逃げ戻ってきたのですよ」
自分たちが被害者でもあるように、苦々しい口調でザグランは言う。
「
「……ザグラン」
「ごらんください! 魔獣の血にまみれて戦われた、殿下の
軍務大臣ザグランはリアナ皇女の肩をつかみ、ルキエたちの前に引っ張り出した。
彼の指が、リアナの肩に食い込んでいるのが見えた。
それを感じ取ったのか、皇女は震える声で──
「──ザグラン
──ルキエたちから視線を
(……
おそらくリアナ皇女は、さっき本当のことを言おうとした。
だが、軍務大臣ザグランがそれを止めたのだ。
──共同作戦を持ちかけながら、帝国が魔王領を出し抜いたという事実。
──そこまでしたのに魔獣討伐に失敗し、魔王領に救われたという事実。
それを帝国の政治家であるザグランは、決して、認められないのだろう。
だから、一部の兵の暴走のせいで、帝国の兵団は
リアナ皇女が『魔獣ガルガロッサ』を倒せなかったのもそのためだと。
彼女は独断専行をした『一部の兵士』のために、『魔獣ガルガロッサ』と戦って死にかけたことにした。
そして──帝国兵が魔王領に救われることになったのは、魔獣に不意を突かれたせいで、決して帝国の兵が弱かったからではない。
帝国側は、そういう話にしておきたいのだ。
「……その『一部の兵』たちはどこにいるのですか?」
「捕らえて、
「話を聞くことは?」
「負傷者が多いのです。魔王領の皆さまにお見せできる状態ではございません」
「……仮に話を聞いて、彼らが軍務大臣どのと違う話をしたとしたら?」
「人は罪を逃れるためならどんな話でもするものですよ。
宰相ケルヴの言葉に、軍務大臣ザグランは素早く答えを返す。
「しかし、今回の魔獣討伐で、我ら帝国の兵団が、魔王領の皆さまに救われたことは事実です。リアナ皇女と自分──軍務大臣ザグランの連名で、感謝の意を記した書状を用意いたしました。のちに皇帝陛下からも正式に感謝を伝える書状と、謝礼が届くでしょう。どうぞ、お納め下さい」
軍務大臣ザグランが合図すると、控えていた兵士が
そこには確かに、第3皇女リアナと軍務大臣ザグランの連名で、魔王ルキエ・エヴァーガルドへの感謝の言葉が記されていた。
謝礼品の
彼らは
(今回の件を
共同作戦を持ちかけながら独走し、その上、魔王領に助けられたという事実は、帝国にとっては認められない。
だから、あくまでも『一部の兵士』の暴走によって
そういうことに、しておきたいのだろう。
「数分、時間をいただきたい」
魔王ルキエは、皇女リアナに向けて告げた。
「貴公らの話が真実かどうか、判断する時間をいただきたいのだ」
その言葉に、リアナ皇女はうなずいた。
ルキエたちは
「彼らの提案を受け入れるべきだと考えます。陛下」
ルキエたちは皇女たちから距離を取った。
その状態で、宰相ケルヴはルキエにささやきかける。
「帝国側は決して、自分たちが独断で魔獣に戦闘を仕掛けた件を認めぬでしょう。ならば、現実的な利益を取るべきかと」
「帝国からの感謝状と、贈り物を受け取って満足するべき、と?」
「そのように考えます」
「確かにな。今回の目的は帝国との
「帝国が約束を破ったことについて、宰相どのはどうお考えなのだ!?」
ライゼンガ将軍が声をあげた。
「結果がどうあれ、約束違反には違いあるまい。それをとがめなければ道理が通らぬ!」
「将軍のお怒りはごもっともです」
宰相ケルヴは頭を下げた。
「私も今回のことで、帝国上層部のやり方を知りました。軍務大臣の言う『一部の兵士』とは──おそらく切り捨てても良い者たちなのでしょう」
「罪を犯した者を連れてきているのはそのためか」
「はい、陛下。帝国の軍務大臣は、そういう策を使っているのでしょう」
あり得る話だった。
ここでルキエたちが、その『一部の兵士』を差し出させて処分すれば、彼らは『魔王領の者に処分された』ことになる。帝国の者はこちらに恨みを持つだろう。
それもまた、あの軍務大臣の作戦かもしれない。
「わかった。今回はこれで話を収めよう」
魔王ルキエはうなずいた。
「納得いかぬところはあるが……今回はここまでじゃ。魔王領は
「良策と思います。陛下」
「そういうことであれば、仕方ありませんな」
宰相ケルヴは答え、ライゼンガ将軍もうなずいた。
「今回の戦で、我は後ろに立っていただけですからなぁ。意見を押し通そうとは思いませぬよ」
「すまぬな。ライゼンガよ」
「いえ。トールどののマジックアイテムのおかげで、誰も怪我をしなかったのですからな。よしとしましょう」
「あれが使えるのは、障害物のない場所だけじゃよ。入り組んだ場所では、これまで通りに将軍の力が必要となるのじゃ。心してくれ。ライゼンガよ」
「承知いたしました」
「……それと、ライゼンガに頼みがある」
魔王ルキエは、声をひそめて、
「会談が終わったら、兵士と共に魔獣の巣の付近を
「なるほど……その者を見つけて、話を聞くというわけですな」
「うむ。その者から帝国の策を聞き出すこともできるであろう」
「
ライゼンガ将軍は胸を叩いて、宣言した。
そうして、ルキエたちは会談の場所に戻ったのだった。
その後、ルキエたちは皇女リアナと軍務大臣ザグランに、魔王領としての回答を伝えた。
皇女リアナは帝国の代表として、その回答を受け入れた。
魔王領は正式に、帝国から感謝状を受け取り、皇女を救った礼を受け取ることになった。
それは帝国が魔王領に感謝の意を示す公式の書状であり──魔王領と帝国の間ではじめて取り交わされる、友好の証でもあった。
そして、その書状によって魔王領が帝国──勇者の
「最後にひとつ、おうかがいしても、よろしいでしょうか?」
魔王ルキエが書状を受け取り、贈り物を受け取る手配を始めたあと──
不意に、皇女リアナはルキエに向けて、訊ねた。
「魔王領の方々は、おそろしく射程の長い魔術を使われておりました。それに魔王ルキエ・エヴァーガルドさまは、一度放った魔術を自由にあやつることができるようですけれど……あれは、魔族の方々のお力なのでしょうか?」
「……えっと」
ルキエは思わず言葉に詰まる。
困った。
まさか『帝国から来た錬金術師が作ったレーザーポインターのおかげ』なんて言えない。
というか、言っても相手を混乱させるだけだろう。
かといって、下手なことを言えば帝国を警戒させることになる。
仕方がないので、ルキエは、
「とある錬金術師の知恵を借りただけのことじゃ」
とだけ答えた。
すると──
「──錬金術師の!?」
リアナ皇女は目を見開いて、魔王ルキエたちを見た。
「も、もしかしてそれは、流れ者の錬金術師でしょうか?」
「流れ者? まぁ、確かに、魔王領に流れ着いたようなものじゃが」
「その方の種族は!? もしや、帝国から来た人間ではないのですか?」
「だとしたら?」
「紹介していただけませんか? もしかしたらその錬金術師は、わたくしの魔法剣を修復してくださった方かもしれません。それほどの技を持つ者が、他にいるとも思えませんから」
「……紹介して、どうするというのじゃ」
「お礼を申し上げたいのです。可能なら、わたくしの側に置きたいとも考えております」
リアナ皇女は胸に手を当てて、そう言った。
「錬金術師は身分の低い者ではありますが……有効に使える者であれば、側に置くことは
「……その身を
「戦う力を持たぬ錬金術師が、帝国に
リアナ皇女は、瞳を輝かせていた。
軍務大臣ザグランも、彼女の言葉に、満足そうにうなずいている。
だがルキエは、皇女の言葉を聞いて──心が、凍り付いたような気がした。
(今……なんと言ったのじゃ? この皇女は)
(錬金術師を……皇帝一族が望むままにアイテム作るために……身を
心が冷えたあと、強い怒りがわき上がってきた。
ルキエにわかったのは、ひとつだけ。
(……帝国などに、トールを渡すものか)
皇帝のために身を捧げる者になど、させてたまるか。
トールは魔王領で自由に……彼の望むように生きていくべきなのだ。
それがルキエの友、トール・カナンには一番ふさわしい。
(……なにが『流れ者の錬金術師』じゃ!)
それがトールのことだというなら、帝国にいるうちに調べておくべきなのだ。
そんなこともせずに、『レーザーポインター』の能力を見て、思い出したように
いや、そもそも皇女なら、他国に人質として送り出した者と、話くらいはしておくべきだ。
そうすればリアナ皇女も、トールが有能な錬金術師だと知る機会もあっただろう。
彼を帝国にとどめることだってできたのだ。
(なのにこやつは、帝国が魔王領に、『錬金術』スキルを持つ者を送り込んだことさえ知らぬのか)
(トールのことを……自分たちが人質として送り込んだ彼のことを……なにも知らぬというのか)
トールがどんな思いで魔王領に来たのかも。
彼がどんなに優しくて、ルキエたちのことを考えてくれているかも。
彼の能力が世界を変えるほどのもので、でも、彼自身は、役に立つアイテムを作ることしか考えていないことも。
彼がルキエの秘密を知ってすぐに──自分の秘密を打ち明けてくれたことも。
彼のことを考えると胸が温かくなって──優しい気持ちになれることも。
帝国の皇女であるリアナは、なにも知らない。
いまさらトールの能力を知って、興味を持っているだけなのだ。
彼がどういう人間であるのかも、彼がなにを考えているのかも、まったく興味がないのだ。
「──申し訳ないが、お答えできぬ」
魔王ルキエは言った。
自分でも驚くほど、冷たい声だった。
「魔王領には様々な種族、様々な事情を持つ者が住んでいる。おそらく、帝国からやってきた者もいよう。じゃが、ひとたびこの魔王ルキエ・エヴァーガルドの配下となったからには、その者は余の民じゃ。他国に情報を
「そ、そんなことをおっしゃらずに……」
「その者はこの魔王ルキエ・エヴァーガルドが選んだ者じゃ。そして、ドルガリア帝国からは選ばれなかった者である。言えるのはこれだけじゃ。帝国はその者を選ばず、不要と断じたのじゃ。ならばその選択の責任を取るべきであろう!!」
気づかないうちに魔王ルキエは、自分の顔半分を
それを少しだけずらして──深紅の目で、彼女は皇女リアナをにらみつける。
「仮にあの者がお主の求める錬金術師だったとしても、渡すことはできぬ」
「──ま、魔王ルキエ、さま」
「あの者はこの地で、余が幸せにする! あの者がそうしてくれたように、余がその心を
魔王ルキエは胸を押さえ、叫ぶ。
「今回の討伐は魔王領と帝国──共に勝利したということで構わぬ。だが、あの者は別じゃ。彼を帝国と分け合うつもりはない! それを覚えておくがよい!!」
「……陛下」
「……魔王陛下」
「……あ」
ふと横を見ると、宰相ケルヴと火炎将軍のライゼンガが、ぽかん、とした顔をしていた。
魔王ルキエは自分が発した言葉に気づき──真っ赤になる。慌てて『認識阻害』の仮面を戻す。
ふたたび魔王としての立場に姿に戻り、一言。
「以上じゃ。魔獣討伐に協力いただいたこと、感謝する。今後も両国の間がとこしえに平和であることを望む。それでよろしいな。皇女リアナどの」
「……は、はい」
皇女リアナは、かすれた声で答えた。
ルキエの剣幕に怯えながら、ただ、こくこく、とうなずき続ける。
「皇女殿下に代わり、魔王陛下のご機嫌を損ねてしまったことをお詫び申し上げます」
軍務大臣ザグランが姿勢を正し、魔王ルキエに頭を下げた。
「リアナ皇女殿下にとっては、今回が初陣。戦闘後で気が高ぶっていたものとご理解いただければ幸いです」
その言葉を聞いたあと、魔王ルキエは宰相ケルヴとライゼンガを見て、うなずく。
交渉は終わった。ここから先は非公式の場だ。
魔王が直接、話をしても構わないだろう。
「理解した。こちらも、大声を出してしまい。済まなかった」
「いえ。魔王陛下は強者でいらっしゃる。その権利はおありでしょう」
「……なんじゃと?」
「さきほどの黒き炎の魔術は見事でございました。『魔獣ガルガロッサ』と、その配下をまとめて焼き尽くすほどの、動く火炎。あれは我が国にはないものです」
むしろ礼儀正しすぎるほどの口調で、軍務大臣は言った。
「その力は帝国にとってはおそるべきものですが……それと、強者に敬意を払うことの別の話です。強者である魔王陛下には、我らを怒鳴る権利があると考えます」
「いや、余は強者などではない」
ルキエは、首を横に振った。
「強いのは余の大切な──最も弱き者じゃ。その者に助けられ、学んだことから、余とその軍勢は魔獣をたやすく倒すことができたのじゃ」
「……申し訳ございません。自分には、魔王陛下のお言葉が理解できませぬ」
「余に戦う力をくれたのは、戦う力を持たぬ者じゃと申しておるのじゃ」
そう言って魔王ルキエは、にやりと笑った。
「理解できぬならそれもよい。じゃが、学ぶことは大切じゃと思うぞ。帝国の軍務大臣ザグランよ」
「……仰せのままに」
つぶやく軍務大臣ザグランに、魔王ルキエは背を向けた。
そうして、魔王ルキエと帝国の皇女との会談は終わりとなった。
ルキエとケルヴ、ライゼンガは魔王兵団の陣地に向かって、歩き出したのだった。
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