第199話「皇太子ディアスとソフィアと『人生と仕事がどうでもよくなる3点セット』」

 ──トール視点──



「よし。予想通りの効果だ」


 森に突撃してきた兵士たちは、ひとり残らず熟睡じゅくすいした。

 みんな身体を丸めて、赤ん坊みたいに眠ってる。


 これが『明日の仕事がどうでもよくなる「やわらかクッション」』の効果だ。

 作るのにはかなり苦労した。

 お部屋のインテリアを邪魔しないクッションだから、透明化と保護色ほごしょくが必要だったからだ。確実な効果を出すために『ドラゴンの骨』──『精神感応素材』も使ってしまった。


 でも、苦労したかいがあった。

 クッションは軍勢になった兵士たちを、あっと言うまに眠らせたもんな。


 さすがは異世界のリラクゼーションアイテム『明日の仕事がどうでもよくなる「やわらかクッション」』だ。


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『明日の仕事がどうでもよくなる「やわらかクッション」』


(属性:地地・水水水水・火火・風風・闇闇・光光)

(追加属性:精神感応)

(追加オプション:アルファー波・リラックスCD)

(レア度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★)



 強力な水属性により、対象をやわらかく包み込み、捕らえる。


 地属性により、捕らえた対象をがっしりと固定する。

 火属性により、人肌のような温度を生み出す。

 風属性により、『心音 (アルファー波)』を、対象の全身へと注ぎ込む。

 闇属性により、対象の視界をふさぎ、眠りへと導く。

 光属性により、透明化する。


 対象を包み込み、心地よいリラックス状態に引きずり込むクッション。

 一度捕らえた相手は、熟睡じゅくすいするまで逃がさない。


『アルファー波・リラックスCD』が内蔵されており、相手を『状態異常:超リラックス』にすることができる。

 ゼロ距離で『アルファー波』を浴びせるため、その効果はCD単体で使ったときの10倍。対象を、わずか数秒で熟睡じゅくすいさせる。


 クッションの外装は『光の魔織布』が使われているため、常に透明。

 内部の素材は、周辺状況に合わせて、色を変える。いわゆる『保護色』である。

 そのため、無くすと見つけるのが大変。


 内部には『精神感応素材せいしんかんのうそざい』が組み込まれている。

 それが周辺の植物や動物などに反応して、保護色を作り出す。


 また『精神感応素材』は人や亜人の精神にも反応する。

 それによりクッションは、精神を張り詰めている者に、自動で這い寄っていく。相手の精神状態も把握はあくできるため、対象に合わせてリラックスさせることができる。


 このクッションに目を付けられた者は、翌日の昼まで熟睡する。

 よって、対象が明日の仕事をすることは不可能。

 勇者世界における、究極のリラクゼーションアイテムである。


 物理破壊耐性:★★★ (敵の精神を読み取り、攻撃を回避するため、破壊は困難)



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 説明文の通り、かなり強力なアイテムになったと思う。


 ただ、どこで使うかが問題だった。

 相手は強化された兵士たちだ。しかも感覚を共有している。

 透明で保護色が使えるクッションでも、見つかる可能性はゼロじゃない。


 だから俺たちは兵士たちを林に引き込むことにした。

 そのために使ったのが『防犯ブザー』だ。


 これは、ルキエの言葉がヒントになっている。

 出発前──魔王城から俺たちを送り出すときに、彼女は言ったんだ。


 ──奴らは軍勢となり、擬似的に勇者となっておるのかもしれぬ。

 ──そういう者たちには、『防犯ブザー』は通じぬかもしれぬ。

 ──奴らは『防犯ブザー』が生み出す『巨大な存在感』に、立ち向かってくるじゃろうからな。


 って。


 びっくりした。

 さすが魔王ルキエだ。すごい発想だ。


 思わずルキエを抱き上げて、ぐるぐる回りたくなったくらいだ。

 怒られると思ったから、肩に手をかけたところでやめたけど。


 ルキエの予想は正しい。

『軍勢ノ技』で強化された連中は感覚共有して、ひとつの生き物と化している。

 そんな連中なら、『防犯ブザー』が生み出す『存在感』を恐れずに向かってくるだろう。


 だったら逆に、彼らを誘導するのにも使えるんじゃないか? って思ったんだ。


 そしたら、成功した。

『防犯ブザー』に誘導されて、兵士たちは林に入ってきた。


 あとは簡単だった。

『防犯ブザー』の『存在感』に意識を集中してる兵士たちの頭上からクッションを落とせばいい。


『やわらかクッション』は『お部屋のインテリアを邪魔しない』アイテムだ。

 外側は『光の魔織布』で透明に。

 内側は『精神感応素材』の効果で、周囲の色に溶け込むようになっている。


 だから、兵士たちはクッションの存在に気がつかなかった。

 そうして全員、クッションの餌食になってしまった、というわけだ。


 兵士たちが『軍勢の技』で意識を共有しているのがあだになった。

 一人が『状態異常:超絶リラックス』になった瞬間、それがまわりに伝染していったんだ。


 ひとりからふたりに。ふたりから4人に。

 彼らは全員、あっという間に『状態異常:超リラックス』になった。

 そうしてみんな、子どもみたいな格好で眠ってしまった、というわけだ。


「彼らが、リカルド殿下とダフネ殿下の配下でまちがいありませんか?」


 俺はディアス皇子に訊ねた。


「大公カロンさまの配下らしき人はいないようです。『軍勢ノ技』には取り込まれなかったのでしょうか?」

「…………」

「皇太子ディアス殿下?」

「……あ、ああ。すまない。ぼーっとしていたようだ」


 俺の隣には皇太子のディアスがいる。

 彼は貴重な情報提供者だ。知っていることをすべて教えてくれた。


 ──リカルド皇子とダフネ皇女のこと。

 ──『皇帝一族の狩り場』のこと。

 ──怪しい光を発する板と、『軍勢』の魔術こと。


 そんなふうに、ディアス皇子が協力を約束してくれたから、俺たちはここにいる。

 ルキエの許可を得て、帝国領までやってきたんだ。

 もちろん『やわらかクッション』を使ってるのも、ディアス皇子の同意の上だ。


『軍勢ノ技』で暴走してるのは帝国の皇子皇女と、その兵士たちだからね。

 無断で彼らを熟睡させたせいで、魔王領が帝国にケンカを売ったと思われても困るからね。


 だから、俺たちはディアス皇子に協力しているだけ、という立場になってる。

 ソフィアはその証人として、ここに来てくれた。

 もちろん、メイベルとアグニス、羽妖精ピクシーたちも一緒だ。


『オマワリサン部隊』も同行してくれた。

 アイザックさんも、大公カロンの副官のノナさんもいる。


「……大公さまは、ご無事なのでしょうか」

「あ、ああ。大丈夫だ。すぐに救い出してみせよう」


 心配そうな口調のノナさんに、ディアス皇子が答えた。


「このディアスはカロンどのに借りがある。絶対にお救いするとも」

「俺も、カロンさまはご無事だと思います」


 俺は言った。


「リカルド殿下の目的は『強さを示すこと』ですよね? だったら、その強さを確認する人間が必要なはずです。リカルド殿下と軍勢の人たちを見て『お前たちは十分に強い!』と言ってくれる人間が。そのために、リカルド殿下はカロンさまを捕らえたのではないでしょうか?」

「……かもしれぬ。するどいな……貴公は」

「帝国にいた頃は父親が、さんざん俺に強いところを見せつけてましたからね。でもって、『リーガス公爵は強い』『剣聖になれずとも、その実力に不足はない』と言わせようとしてたんです。そういうとき、俺は逃げるようにしてましたけど」

「…………そうか」

「それでディアス殿下。倒れているのは、リカルド殿下の配下で間違いありませんか?」

「いや、あれはダフネの部下だろう」


 ディアス皇子はかぶりを振った。


「部隊の中央で眠っているのはダフネだ。そして……この私の部下もいる」

「そうですか」

「私の部下も『軍勢ノ技』にはあらがえなかったということか。だが……」


 ディアス皇子は唇をかみしめた。

 肩をふるわせながら、絞り出すような口調で、


「こんな……こんなものが、勇者の強さであるはずがない。ダフネたちはまるでみつかれる虫のように走り回っていた。我を忘れて……虫のように……あんなものは、私も帝国も求めてはいない!」

「いいえ、あれこそが帝国の『強さ至上主義』の結果です」


 ソフィアがディアス皇子に近づき、声をかける。


「わかりませんか、兄さま。帝国の皇子皇女は常に、『軍勢ノ技』のような強さを求めていたのですよ?」

「馬鹿なことを言うな! ソフィア!」

「事実です。帝国は、強さを得るためになんでもする国なのです。だからリカルド兄さまは『軍勢ノ技』にあらがえなかったのでしょう」

「……そんな」

「それではディアス兄さまは、自分が『軍勢ノ技』にかからないと、自信を持って言えますか?」

「────!?」

「『軍勢』になればカロンさまに勝てるとしたら、その誘惑に、耐えることはできますか?」

「……そ、それは」


 ディアス皇子はこぶしを握りしめた。

 反論の糸口を探すように、うつむく。

 けれど──


「……いや、その自信は……ない」


 ──やがて、ディアス皇子は肩を落とした。


「私には……自信がない。『軍勢』を拒否できるかどうか……確信が持てない」

「それが現実です。それが、今の帝国の姿なのですよ。ディアス兄さま」


 ソフィアは真剣な表情だ。

 必死に、ディアス皇子を説得しようとしている。


 もしかして……ソフィアはずっと、家族に文句を言いたかったのかもしれない。


 ──帝国は、このままでは駄目だということを。

 ──闇雲やみくもに強さを求めるだけでは、いずれ取り返しのつかないことになるということを。


 ソフィアはずっと、伝えたかったのかもしれない。

 ディアス皇子が『強さ』の危険性に気づいた今だからこそ、ソフィアは自分の考えを伝えようとしているんだろう。


「次の帝国をになうのは、ディアス兄さまです」


 ソフィアはまっすぐにディアスを見据みすえたまま、告げた。


「今後も闇雲やみくもに強さを求め続けるのか……国すべてが『軍勢』のようになる前に止めるか。いずれ選ぶときが来るのですよ? ディアス兄さま」

「……もうわかった。ソフィアよ」


 ディアス皇子は、がっくりと肩を落とした。


「お前の言いたいことは、わかった。帝国の皇子皇女がこんな醜態しゅうたいをさらしてしまったのだ。帝国が求める強さの先にあるものが……こんなものなら……帝国は、変わらなければいけない。それくらい、私にもわかっているとも」

「ディアス兄さま……」

「しかも、こんな有様を他国の者に見られてしまったのだ。もう……駄目だ。私自身が、『強さ至上主義』を信じ切れなくなっているのだよ。ソフィア」

「それでいいと思います。ディアス兄さま」


 ソフィアはそう言って、安心したような笑みを浮かべた。


「トール・リーガス……いや、トール・カナン」


 皇太子ディアスは、俺の方を見た。


「私は……敗北を認める。私では、ダフネたちを止められなかった。帝国が君を追放したのは間違いだった。私は……いや、帝国は敗れた。君に敗れたのだ」

「……え?」

「いや、帝国の皇太子として、君に対して、敗北を認めると言っているのだ」

「……いえ、勝利とか敗北とか、興味ないんですけど」

「……そうなのか!?」

「はい。帝国との勝敗とか、そういうのは特に」

「…………」

「俺の目標は、好きなアイテムを作り続けることだけです。あとは……勇者世界を超えるのも、目標のひとつですね。だから、勝敗とかはどうでもいいです」


 俺はディアス皇子を見ながら、うなずいた。


「俺がリラクゼーションアイテムを作ったのは、勇者世界の『カースド・スマホ』に挑戦するためです。もちろん、魔王領に面倒事が持ち込まれないようにするというねらいもありますけどね」

「……そうか」


 ディアス皇子は、苦笑いした。

 まるで、俺の本心を探るかのように、じっと、こっちを見てる。


「ああ。そうか、勘違いしていた。私が勝手に敗北を感じていただけだったのか。そうか、これが敗北感か……」


 ディアス皇子は、空を仰いで、ため息をついた。


「だが、悪くない。敗北を認めるというのも……悪くないものだ……」


 しばらく、ディアス皇子は、静かに、遠くを見つめていた。

 でも、すぐに表情を改め、『オマワリサン部隊』の方を向いて、


「聞いてくれ『ノーザの町』の兵士たちよ。怪しい魔術に踊らされたダフネと彼女の部隊……それに、このディアスの部下たちは無力化することができた。だが、リカルドとその本隊が残っている。彼らを捕らえるため、力を貸して欲しい!!」


 皇太子ディアスは、宣言した。


「承知しました!」

「大公さまをお救いしましょう!!」

「ソフィア殿下と、ディアス殿下の名の下に!」

「帝国の治安を守るのは、我ら『オマワリサン』の役目です!!」


 アイザックさんとノナさん、『オマワリサン部隊』が声をあげる。


「だが……忘れるな。我々だけでは……残念ながら……リカルドたちの『軍勢』を止めることはできない。魔王領と、その錬金術師の力が必要だ……彼らの力を借り、共にリカルドを止める! これが皇太子ディアスの決定である!!」

「「「おおおおおおおっ!!」」」


 ディアス皇子は時々、言葉に詰まってる。

「魔王領の力を借りる」とは、まだ言いにくいんだろうな。


 アイザックさんとノナさん、『オマワリサン部隊』の人たちは普通に同意の声をあげてる。

 みんなはもう、魔王領の友人みたいなものだからね。


「……帝国の皇太子さまが堂々と、魔王領との共闘を宣言しています」

「……こんなことが起きるとは思わなかったので……」


 メイベルとアグニスはびっくりしてる。


 確かに、これはすごいことだ。

 帝国の皇太子が魔王領を対等の相手として認めたんだからね。

 このままディアスが皇帝になれば、帝国も変わっていくだろう。


「まぁ、その前にリカルド皇子たちを、なんとかしなきゃいけないんだけどね」

「はい! がんばりましょう。トールさま」

「アグニスもがんばりますので!」

「ダフネ皇女たちと同じ手は……使えないかな。向こうもクッションの存在には、気づいてるだろうし」


 リカルド皇子たち『軍勢』は、感覚を共有している。

 ダフネ皇女が頭上からクッションに襲われたことも知っているかもしれない。


 相手は帝国の皇子だ。対策くらいしてくるだろう。

 となると……こっちも切り札を使う必要があるな。


「よし……『人生と仕事がどうでもよくなる3点セット』の最後のひとつを使おう」


 俺は言った。

 すると、メイベルとアグニスが目を見開いて、


「トールさま!?」

「あ、あれを使われるので!?」

「仕方ないよ。リカルド皇子たちを逃がすわけにはいかないからね」

「でも……あれは人や亜人には、絶対に効いてしまうものです」

「しかも、身体が震えるほどの威力があるので」

「使わずに済めばよかったんだけどね……」


 俺はメイベルとアグニスの頭をなでた。


 ふたりが心配するのもわかる。

 あのアイテムは強力だ。

 アグニスの言う通り、身体が震えるほどの威力がある。


 でも、今のリカルド皇子たちは危険だ。

 彼らを止めるには、こちらも全力を出すしかない。


「それに、ルキエさまは使っていいって言ってたからな」


 許可は得ている。ルキエからも、ケルヴさんからも。

 出し惜しみしていたら、実験に付き合ってくれたケルヴさんの働きが無駄になる。


 正念場しょうねんばだ。『人生と仕事がどうでもよくなる3点セット』をすべて使って、『軍勢』を止めよう。

 そして『カースド・スマホ』を破壊するんだ。

 危険な『軍勢ノ技』が、二度とこの世界で使われないように。


「ディアス殿下とソフィア殿下にお願いがあります」


 俺はふたりに向かって、告げた。


「リカルド殿下を捕らえるためには、特別な陣形が必要になるんです。力を貸していただけないでしょうか」


 そうして俺は『人生と仕事がどうでもよくなる3点セット』の最後のひとつと、今後の作戦について説明したのだった。




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【お知らせです】


 書籍版「創造錬金術師は自由を謳歌する」4巻が発売になりました!

 今回の表紙はリアナ皇女と、文官のエルテさんです。

 表紙は各書店さまで公開されていますので、ぜひ、見てみてください。


 4巻は全体的に改稿を加えた上に、後半が新たに書き下ろした、書籍版オリジナルのお話になっています。

 もちろん、トールとメイベル、アグニスとソフィア、ケルヴさんが頭を使って考え抜いた『ロボット掃除機』も登場します。口絵にはライゼンガ将軍も初登場です。


 さらに、書籍版のみのオリジナルアイテムも出てきます。

 リアナが手に入れた、集団戦を変えるアイテム『ノイズキャンセリングヘッドフォン』とは……果たして?


 WEB版とは少し違うルートに入った、書籍版『創造錬金術師』4巻を、どうぞ、よろしくお願いします。



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