第198話「番外編:トールとルキエと、不思議なスパイセット」

 いつも「創造錬金術師」をお読みいただき、ありがとうございます!


 今週の更新は、久しぶりの番外編になります。

 ちょっとした、日常のお話です。


 トールは勇者世界の、子ども向けアイテムを見つけるのですが……。


 気軽に楽しんでいただけたら、うれしいです。




──────────────────





「ルキエさまルキエさま」

「どうしたのじゃ、トールよ」

「勇者世界の『なりきりスパイセット』を作ってみたので、実験に付き合ってもらえませんか?」

「『なりきりスパイセット』じゃと?」

「はい。勇者世界の、スパイ養成のためのアイテムです」

「ほほぅ、そんなものがあるのか」

「しかも子ども用です」

「子ども用じゃと!?」

「俺もびっくりしました。でも『通販カタログ』には『対象年齢8さいから』と書いてあるんです」


 俺はルキエの前に『通販カタログ』を広げた。

 そこに書かれていたのは──



────────────────────


『なりきりスパイセット』で、今日から君も敏腕びんわんスパイだ!


 スパイに必要なアイテムが、このセットにはそろっているよ。

 これを使って町に出れば、君も今日からスパイの一員だ。


 町は秘密にあふれている。


 ──普段は通らない小道。

 ──人気のない空き地。

 ──草ぼうぼうの野原。


 そんな場所に隠された、様々な秘密を見つけ出そう!


『なりきりスパイセット』のアイテムを使いこなせるようになったとき、君はスパイの技術を身につけているだろう。


 だけど、君たちはまだ見習いだ。

 アイテムはお父さんやお母さんと一緒に使おうね。

 最高位のマスタースパイとの約束だよ!


 さぁ、町へ繰り出せ。新たなスパイたち!


────────────────────



「おお…………」


 ルキエは目を丸くして、俺の説明を聞いていた。


「つまり、勇者世界の子どもたちは、小さい頃からスパイとなる訓練を受けていたということか」

「しかも両親が立ち会った上で、ですね」

「英才教育という奴じゃな」

「きっと子どもたちが、様々な状況に対応できるようにするためでしょう」

「そんな教育を受けていたからこそ、かつて召喚された勇者たちは、すぐにこの世界になじむことができたのじゃな」

「ここがどんな世界なのかをすぐに把握はあくして、それで適応したんだと思います。スパイとしての観察眼を鍛えた結果でしょうね」

「……おそるべき世界じゃな。勇者世界とは」

「……まったくです」


 俺とルキエはため息をついた。

 まさか勇者世界の子どもたちが、スパイとしての英才教育を受けていたとは思わなかったんだ。


「なので、俺はこの『なりきりスパイセット』を再現してみました」

「勇者がどのような教育を受けていたのかを、知るためじゃな?」

「そうです。それで、最初に作ったのがこちらになります」


 俺はインクつぼとペンを取り出した。


「これは『なりきりスパイセット』にあった『薬品をかけると浮き出るインク』をアレンジしたものです」

「ほほぅ。そんなものがあるのか」

「解説文には、こんなことが書いてありました」



────────────────────


 秘密指令その1『秘密のメッセージをご両親に見てもらおう!』



 マスタースパイからの最初の指令だ!


 ご両親に宛てたメッセージを、この『秘密指令ペン』で書いてごらん。

 このペンで書いた文字は、わずか数秒で消えてしまうんだ。

 そのあとで、紙に『薬品B』をかけるとあら不思議、消えたはずのメッセージが浮かび上がるぞ!


 口では言えないメッセージを、お父さんお母さんに見てもらおう。

 どんなに照れくさくても大丈夫だ。このメッセージは、ご両親にしか見えないからね。

 素直な想いを、メッセージに込めてみたまえ!


 もちろん薬品は、ご両親と一緒に使おうね。

 君たちはまだ見習いだからね。ひとりで使っちゃいけないよ。

 マスタースパイとの約束だ!


────────────────────



 つまり、ここに書かれているのは『特殊な薬品を使うと浮き出るインク』だ。

 そうすることで、対象の人間にしか読めないメッセージを書くことができるらしい。


 スパイとしては、必要なものだろう。

 だけど──


「『通販カタログ』には『秘密指令ペン』のインクと『薬品B』の成分が書かれていなかったんです」


 まぁ、これは仕方のないことかもしれない。

 秘密のメッセージを書くためのインクと、それを読み取るための薬品だ。

 成分表を公開してしまったら、誰でもメッセージが読めるようになってしまう。

 それじゃ意味がなくなるからな。


 おそらく、ペンのインクと『薬品B』は、注文を受けると調合を始めるのだろう。

 そうすることで、オーダーメイドの『秘密指令ペン』と『薬品B』を作り上げるんだと思う。

 それなら秘密は守られる。

『通販カタログ』に成分表が載っていないことにも、納得できるんだ。


「……なるほど。秘密を守るために、成分を秘密にしておるわけか」


 ルキエは納得したように、うなずいた。


「それで、トールはどうしたのじゃ?」

「代用品のペンを作ってみました」

 

 自分の力不足を実感する。

 勇者世界では、子どもでも使えるような『スパイセット』があるのに。

 俺に作れたのは、その代用品でしかないんだから。


「再現できただけでもたいしたものじゃ。勇者世界におよばぬからといって、気に病むことはなかろう」

「ありがとうございます。ルキエさま」

「お主が作ったペンには、どんな効果があるのじゃ?」

羊皮紙ようひしに文字を書くと、闇の魔力で数秒間、黒く浮き上がります。ただ、インクには光の魔力を溶け込ませていますから、打ち消しあって、すぐに文字が消えてしまいます」

「ほほぅ。で、文字を浮き上がらせるにはどうするのじゃ?」

「ルキエさまが魔力を注げばいいだけです。そうするとインクの跡に闇の魔力が補充されて、文字が出現します。ルキエさま用に調整していますので、他の方が魔力を注いでも効果はありません」

「…………トールよ」

「はい。ルキエさま」

「これは……すごいものではないのか?」

「いえいえ、勇者世界に比べればまだまだです」

「そうなのか?」

「勇者世界の『秘密指令ペン』は『薬品B』を持っている人間なら、誰でも文字を読むことができますからね。でも、このペンで書いた文字はルキエさまにしか読むことができません。文書の秘密を守るには、そうするしかなかったんですけど……使いにくいですよね」

「……まぁ、そうかもしれぬが」

「ちなみに、羊皮紙にはすでにメイベルが文字を書いてくれています」

「余の魔力を注げば読めるのじゃな?」

「はい。俺も内容は知らないんですけど、なんて書いてありますか?」

「なになに。えっと……『私が正式にトールさまの側室になっても……公平を期すため、ルキエさまのお身体が成長されるまで、私はトールさまとこどもをつ──』」


 ぼっ。

 ルキエの顔が真っ赤になった。


「え? なんて書いてあるんですか? ルキエさま」

「『虚無の魔炎ヴォイド・フレイム』」


 しゅぼっ。


 ルキエが生み出した漆黒しっこくの炎が、羊皮紙ようひしを消滅させた。


「え? え? え? なんで羊皮紙を……?」

「さて、次の『スパイセット』を見せてもらおうではないか」

「あの……ルキエさま?」

「次・の・『ス・パ・イ・セッ・ト』を・見・せ・よ。トール」

「……メイベルはなんて書いていたんですか?」

「乙女の秘密じゃっ!」

「は、はい」


 乙女の秘密かー。

 それじゃ、しょうがないな。


「次のアイテムは『スパイ変装セット』です」



────────────────────


 秘密司令その2『大人に変装しよう!』



 次の指令を伝えるよ。

 セットに付属している付けヒゲで、大人に変装してみよう。

『あごヒゲ』『八の字ヒゲ』『ちょびヒゲ』の3個から、好きなものを選ぼう!


 完璧に変装したいキミは、ご両親に大人っぽい服を用意してもらおうね。

 スパイは目立ってはいけないんだ。だから走り回ったり、大声を出してはいけないよ?

 キミは、どこまで大人の振りができるかな?

 近所の人と話をして、その成果を『スパイ手帳』に書いてみよう!


 出かけるときはご両親と一緒にね。マスタースパイとの約束だ!


────────────────────



「なるほど。『認識阻害にんしきそがい』の力を備えたヒゲじゃな?」

「はい。陛下の仮面と同じ能力を持っているのでしょう」


 おそらくはヒゲを着けることで、『認識阻害』が発動するのだろう。

 そうして、姿かたちを子どもから、大人へと変化させる。

 服を必要とするのは、肉体のみが変化するからだ。

『ご両親と一緒に』とは、側で大人っぽい仕草を学ぶためだろう。


 さすが勇者世界だ。理にかなってる。


「これを参考にして、勇者世界を超えるアイテムを作ってみました」

「なるほど。『認識阻害』は、この世界にもあるものじゃからな。それを発展させれば、『スパイ変装セット』を超えられるということか」

「そうです。しかも、この『スパイ変装セット』には、大きな欠点があるんです」

「欠点じゃと?」

「それは……変装を解いたときに、ヒゲが残ってしまうことです」

「おお! なるほど!!」


 俺の言葉に、ルキエが目を見開いた。


「変装の目的は、目立たず敵地へと侵入することにある。この『スパイ変装セット』も、最終的には大人に変装して、正体を隠すためのものじゃろう。だが……」

「このヒゲを持っていたら、正体がばれてしまうんです」

「『認識阻害』の機能を持つヒゲを所有しておるのじゃからな」

「このアイテムを持っていることこそが、スパイである証明になってしまうんです」


 敵地に潜入すれば、荷物検査を受けることもあるだろう。

 そのとき『認識阻害』のヒゲが見つかったら、作戦は失敗してしまう。

 このアイテムは、スパイであることの証明みたいなものだからね。


「変装を解除して子どもに戻ったとしても、持ち物にヒゲがあったら……」

「間違いなく捕まります。情報を持ち帰ることもできなくなるでしょう」

「不審なヒゲを持つ者は、国境で止められるかもしれぬな」

「ですから、それを解消するために、別のアイテムを参考にしてみたんです」

「別のアイテムとは?」

「これです」


 俺は『通販カタログ』のページをめくった。

 そこに書かれていたのは──



────────────────────


 秘密司令その3『消える指令書を使いこなそう!』



 ここまでがんばってきたキミたちには、スパイとしてのスキルが身についてきたことだろう。

 そんな君たちに与えるのが『消える指令書』だ!


 この指令書は、水に浸けると溶けて消えてしまうんだ。

 でも丈夫で、ハサミでもなかなか切れないすぐれものさ!


 この紙に指令書を書いて、お父さんお母さんに見てもらおう。

 その後、水に流すとあら不思議。秘密の指令書は、きれいさっぱり消えてしまうよ。


 秘密を書いて、水に流して消す。

 それができれば、キミたちも一人前のスパイだ。

 教えることは、もうなにもない!


 キミたちにはマスタースパイの『スパイ認定証』を与えよう!

(※ 商品に添付されている応募券と、必要分の切手を同封の上、小社へとお送りください。

   追って『スパイ認定証』をお送りいたします。

   マスタースパイは多忙のため、送付にはお時間をいただいております。ご了承ください)


────────────────────



「……『スパイ認定証』が気になるのじゃが」

「……俺も気になります。ただ、これを手に入れる手段はないんですよ」

「……異世界に手紙を送るわけにはいかぬからな。残念じゃ」

「……残念です」


 俺とルキエはため息をついた。


「それはさておき……この『消える指令書』を参考にして『水に流すと消える、認識阻害の服』を作ってみました」


 俺は『超小型簡易倉庫』から、一枚のコートを取り出した。

 サイズはルキエに合わせてある。


「これがルキエさま用の『認識阻害・スパイ変装コート』です」

「おお。意外とちゃんとしておるな」


 ルキエはコートを手に取った。

 手触りを確認して、びっくりしたような顔をしてる。


 これを作るのは大変だった。

『認識阻害』の能力と、肌触りを両立させなきゃいけなかったからね。


 勇者世界のアイテムはヒゲだけで『認識阻害』を実現してた。携帯性では、あっちの方が上だ。

 だから俺は安全性を重視してみた。

 変装した後で元に戻っても、使用者がスパイだとばれないようにしたんだ。


「これを身に着けると、ルキエさまは大人の姿になります」

「なんと!?」

「そこは勇者世界の『スパイ変装セット』と同じです。『認識阻害』で、まわりからはそう見えるようになるんです。まぁ、ルキエさまが敵地に潜入することはないと思いますけど」

「ちょ、ちょっと着てみるのじゃ!」


 そう言って、ルキエは別室に。

 しばらくして戻ってきたルキエは──


「どうじゃ? おかしくないじゃろうか……?」


 髪をほどいた、大人の女性の姿になっていた。


 背の高さは、俺より少し低いくらい。

 体型は──女性らしくなってる。

 起伏に富んだ身体を、純白のコートで包んでいる。

 ポケットが多いのは『スパイグッズ』を入れるためだ。


 この姿は、メイベルのリクエストでデザインしたものだ。

 メイベルは『ルキエさまは成長されると、気品に満ちた大人の女性になられます。ご本人が、小さい頃におっしゃっていたように。具体的には……』と、詳しく説明してくれたんだ。


 だから、その通りの姿になるように『認識阻害』を設定した。

 でも──実際に見ると、インパクトがすごいな。


 普段のルキエを、俺は『神の造形美が具現化した姿』だと思ってる。

 でも、今のルキエは、それに大人の女性の魅力を加えたような感じだ。

 すごいな……将来のルキエは、こんな感じになるのか。


「な、なにか申すがよい。黙っていると……不安になるではないか」

「いえ、美しさのあまり、言葉を失ってました」

「──!?」

「今のルキエさまもいいですけど、大人になったルキエさまにはあふれんばかりの気品と風格がありますね。その気品と美しさを例えるなら、宝石のようなうろこを備えたドラゴンでしょうか。うかつに近づいて怒りを買えば、その炎で焼き尽くされてしまう。けれど、美しさのあまり近づかずにはいられない。例え命を落とすこととなっても、魅了されたものは、その身に触れたくなってしまう。仮に怒りに触れて、身体を焼き尽くされたとしても後悔はない……大人になったルキエさまは、まさにそのように……」

「そこまでじゃ──っ! そこまで、そこまでにしてくれ、トールよ!!」


 あれ?

 ルキエは顔をおおって、うずくまってしまった。


「いえ、感じたままを口にしただけですけど」

「その感じたままを口にするくせをなんとかせよ!」

「性分ですから、無理です」

「余の方が無理じゃ……耐えられぬ……」

「え? まだイントロですけど」

「フルで聞いたら心臓が止まってしまうのじゃ!」


 ルキエは、長い金髪をひるがえして立ち上がる。

 そうして、腕を伸ばして、俺を指さして、


「と、とりあえず実験は終わりじゃ。脱ぐ。元の姿に戻るのじゃ」

「えー」

「『えー』ではない。着替えてくるから、待っておれ」

「でも、まだ説明していない機能があるんですよ」

「なんじゃ? 変装して終わりではないのか?」

「このコートのポイントは、変装した証拠を残さないところにあるんです」

「というと?」

「胸のところに魔石がありますよね?」

「うむ。これじゃな?」

「緊急時には、それに魔力を注ぎます。具体的には、敵に見つかったり、追いかけられたりしたときに使います。そうすると、証拠を残さずに変身を解除することができるんです」

「ふむ……?」


 ぽち。


 ルキエはコートの胸元にある魔石に、魔力を注いだ。


「あ」

「いや、なんでびっくりしておるのじゃ?」

「いえ……別にいいんですけど」

「トールが言葉をにごすのは珍しいな。いいから、言うてみよ」

「はい。さっき『消える指令書』の話をしましたよね?」

「水に溶かすと消える紙じゃな?」

「そうです。証拠隠滅しょうこいんめつのための機能です」

「便利なものじゃ」

「そのコートには、同じ能力を付与してあるんです」

「なるほど。水をかけると溶けるのか」


 ルキエはうなずいた。


「溶けてしまえば証拠は消える。つまり、身に着けている間は水に近づかぬようにすればいいのじゃな」

「そうです」

「すばらしい機能じゃと思うぞ。じゃが、すぐに水場が見つかるとも限るまい」

「そのために、胸元には水の魔石をつけています」

「なるほど。そうやってコートを処分するわけじゃな」

「そうです。魔力を注ぐと30秒でコートが溶けて消えます」

「ふむ。理解できるのじゃ。余はたった今、うっかり魔石に魔力を注いだからの。あれから20秒経っておる。つまり、あと10秒で……と、ちょっと待て、トールよ!」

「もちろん、魔力を使い果たした魔石も消滅します。完全に、変装した痕跡は消えるわけです」

「え? ちょっと? あれ……ということは、このコートは……」

「あと3秒です。2秒、1秒……」

「ま、待つのじゃ────っ!!」



 しゅわっ。



 コートが溶けた。

認識阻害にんしきそがい』が消えた。

 大人のルキエの姿が、ゆっくりと薄れていく。


 現れたのは、下着姿のルキエで──って、あれ?


「あ、あの、ルキエさま。どうして下着姿なんですか……?」

「コートの肌触りが良かったからじゃ」

「はい。肌触りにはこだわりましたから」

「それで、直接下着の上に着けるものじゃと……」

「……あ」

「それで……トールよ」


 下着姿のルキエは、椅子の後ろに隠れてる。

 背もたれの上から顔を出して、じーっとこっちを見て、


「いつまで、こちらを見ておるのじゃ?」

「……ごめんなさい」

「……まったく。お主はもう……」


 そんな感じで、ルキエは苦笑いをしたのだった。





「まぁ、今回は説明をよく聞いていなかった余が悪かった。仕方あるまい」

「……すみませんでした」

「気にするな。終わった話じゃ」


 ルキエは頬杖ほおづえをついて、照れた顔で俺を見ながら、


「まぁ、成長した余の姿をトールに見てもらえたのは良かったのじゃ。色々と、余も覚悟が決まったからの」

「覚悟ですか?」

「……メイベルが妙なことを書いてきおったからな」


 ぷい、と、横を向いてしまうルキエ。

 なぜか耳まで真っ赤になってる。


「わかりました。あとでメイベルに事情を──」

「それは禁止じゃ!」

「え?」

「魔王権限で禁止じゃ! さっきの紙になにが書いてあったかメイベルに訊ねることは禁止する! 少なくとも、余が本当に成長するまではやめておくように!」

「わ、わかりました」


 ルキエがここまで必死になるんだから、きっと理由があるんだろう。

 気になるけど……まぁ、しょうがないか。


「それより『なりきりスパイセット』はどうしますか?」

「『秘密指令ペン』は使わせてもらうのじゃ」


 ルキエはペンを手に、にやりと笑ってみせた。


「お主やメイベルと秘密のやりとりをするときに便利じゃからの。余の魔力で文字が浮き上がるのであれば、色々と使い道があろう」

「わかりました。ぜひ、使ってください」

「うむ。ではさっそく……」


 ルキエは手元の羊皮紙ようひしを引き寄せた。

 それから『秘密指令ペン』で、さらさらと文字を書いていく。

 片手で羊皮紙を隠してるせいで、なにを書いてるのかはわからない。しばらくして文書を書き上げたルキエは、満足そうにうなずく。


 それから、羊皮紙を俺に渡して、


「これは、トールが持っておくがよい」

「俺がですか?」

「そうじゃ」

「でも、文字は消えちゃってますよ?」

「じゃろうな」

「ルキエさまの魔力がないと読めないんですけど……この紙を、俺が持っているんですか?」

「そうじゃ。余の誕生日が来たら、読めるようにする、そうしたらメイベルと一緒に……3人で目を通すとしよう」


 ルキエは照れくさそうな顔で、


「たいしたことは書いておらぬよ。さっき読んだメイベルの手紙に、返事をしただけじゃ」

「……むちゃくちゃ気になりますね」

「ふふっ。男をやきもきさせるのも、乙女の能力のひとつじゃよ」


 まったく……ルキエには敵わないな。

 俺が作った『なりきりスパイセット』を、しっかり使いこなしてるんだもんな。

 さすがは魔王領の王、ルキエ・エヴァーガルドだ。


「わかりました。ルキエさまの誕生日のとき、3人で読みましょう」

「う、うむ。それまでに、余も覚悟を決めておくからの」

「……本当になんて書いてあるんですか」

「乙女の秘密じゃ。ふふん」


 そんなわけで、羊皮紙は俺の『超小型簡易倉庫』に保管されることになり──

『秘密指令ペン』は、ルキエのお気に入りアイテムとして、使ってもらえることになったのだった。



────────────────────



【お知らせです】


 書籍版「創造錬金術師は自由を謳歌する」4巻は、7月8日発売です!

 今回の表紙はリアナ皇女と、文官のエルテさんです。

 各書店さまで公開されていますので、ぜひ、見てみてください。


 4巻は全体的に改稿を加えた上に、後半が新たに書き下ろした、書籍版オリジナルのお話になっています。


 WEB版とは少し違うルートに入った、書籍版『創造錬金術師』4巻を、よろしくお願いします。



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