第7章
第166話「勇者世界の武器を研究する」
──トール視点──
リカルド皇子との会談は終わった。
会談が終わってすぐに、あの人は帝都に早馬を送り出したそうだ。
『例の箱』を手に入れた報告をするためだろう。
書状には、ソフィア皇女の希望についても書かれていた。これは、彼女自身が確認してる。
でも、帝都から返事が来るには十数日かかる。
しばらくは結果待ちだ。
その間、ソフィア皇女は国境地帯の警戒を続けるそうだ。
ダリル・ザンノーとその仲間が、どこかにいるかもしれないからね。
俺は魔王領に戻り、ルキエに報告をした。
ルキエは会談が無事に終わったことをよろこんでくれた。
ソフィア皇女がずっと『ノーザの町』にいてくれれば、魔王領も安心だ。帝国がなにかしてきても、すぐに対応できる。大公領との交易所さらに進むだろう。
魔王領も、これからもっと発展するはずだ。
「ご苦労じゃったな。トールよ」
報告を聞いたルキエは、満足そうにうなずいた。
「では、メイベル。例のものを渡してやるがいい
「は、はい。陛下」
メイベルは一礼して、俺に『異世界の資料』を差し出した。
勇者世界の『例の箱』──つまり『耐火金庫』に入っていたものだ。
会談が終わるまで、ずっとお預けになっていたんだ。
よかった……これで異世界の武器の研究ができるよ。
「ありがとうございます。ルキエさま」
「研究をするのもいいが、ほどほどにな」
「はい。承知しています」
「ちゃんと食事は取るのじゃぞ。
「大丈夫です」
俺は言った。
「俺も、少しは成長しましたからね。ルキエさまに心配をおかけするようなことはしません」
「そうか」
「はい」
「うむ。ならばよいのじゃ」
玉座に座った魔王ルキエは、うなずいた。
「とにかく、これで『例の箱』にまつわる事件は終了じゃ。あとは箱を奪った犯人を探し出すだけじゃが……それは帝国の方で対処するじゃろう。こちらは様子見じゃ」
「はい。ソフィア皇女も調査を進めているようです」
「わかった。とりあえずは一段落じゃな。トールもメイベルもご苦労じゃった!」
そうして、報告は終わった。
それから俺は『異世界の資料』を手に、自室へ。
勇者世界の武器を作るための研究をはじめて──
翌日。
「旅に出ます。探さないでください」
「待て待て待て待て!」
「どうしてそういうお話になるのですか。トールさま!?」
俺は再び、ルキエと会っていた。
そこで旅に出ることを申し出たんだけど──
「突然すぎるじゃろ!? 『ノーザの町』から戻ってきたばかりなのに、なんで旅に出るのじゃ!?」
「そうですよトールさま。じっくりと研究をされるのではなかったのですか!?」
「……その研究が問題なんです」
俺はルキエの前に『異世界の資料』を置いた。
あれだけ欲しがってた資料だけど、今は、手にするのも気が重い。
勇者世界の技術と俺の技術の差を、はっきりと思い知らされたからだ。
「確かにこの資料には、異世界の武器について書かれていました」
俺は説明をはじめた。
素顔のルキエと、メイド服姿のメイベルは、真剣な顔で聞いている。
「具体的には、3つの武器についてです。ひとつは『
「な、なんじゃその武器は!?」
「どんなものか想像もつかないです……」
「はい。勇者世界でも珍しい『ロマン武器』だそうです」
資料には図面がついていた。
必要な素材や技術についての文章もあった。
『なんかいい感じで』『それなりに図面を埋めて』『あとは君自身の手で真実を
「ひとつめの『超高振動ブレード』は『音波により刀身を振動させることで、硬いものを切断する剣』でした」
「う、うむ。なんとなくわかるのじゃ」
「ノコギリを高速で動かすようなものでしょうか?」
「次に、『思考制御パワードスーツ』は『装着者の思考を読み取って動く
「思考を読む
「戦闘中に
「最後に『精神感応式砲台』ですけど、これは持ち主が望んだ場所に攻撃する……小さな魔術師のようなものです。設計者は『ねばねばする粘着物』を発射するようにしたかったようです。『ハード・クリーチャー』の動きを止めるためでしょう」
「……それはなんとなくじゃが、想像できるのじゃ」
「……この中では一番わかりやすいですね」
説明を聞いたルキエとメイベルは腕組みして、うなってる。
気持ちはわかる。
俺だって、この資料を読み始めたとき、頭を抱えそうになったから。
「最後の『精神感応式砲台』なら、今の技術でも作れそうなんですけど」
「作れるのか!? 勇者世界の武器を!?」
「はい。『ねばねばする粘着物』を打ち出すアイテムを、
「「……なるほど」」
『精神感応式砲台』は、使用者の思考を読んで空を飛び、敵を攻撃するものらしい。
となると、羽妖精たちにも同じことができるはずだ。
彼女たちに作戦を伝えておけば、こっちの指示通りに動いてくれるからね。
「ただ、その場合は羽妖精たちの身を守るアイテムが必要になります。となると、やっぱり『思考制御パワードスーツ』を作らなきゃいけないんですけど……」
「今のトールには作れぬのか?」
「はい。作るには特別な素材が必要みたいで」
「特別な素材じゃと?」
「『思考制御パワードスーツ』と『精神感応式砲台』には所有者の思考に反応する素材が、『超高振動ブレード』には、桁外れに
『異世界の資料』を書いた技術者には、素材の心当たりがあったようだ。
昔の記録で見たそうだから、勇者世界の古代の素材だったのかもしれない。
「『超高振動ブレード』の資料には、素材の名前が書いてあります。『オリハルコン』という金属だそうです。正確には『それに匹敵する金属』ですけど」
「『オリハルコン』? 聞いたことがあるのじゃ」
ルキエは記憶を探るような表情で、
「確か……異世界の勇者が欲していた素材じゃったな?」
「はい。勇者の記録にあります。彼らは『勇者の剣というからには、やっぱりオリハルコンでできてるんだよな!? それともヒヒイロカネ? アダマンタイト? んー、燃えるぜ!』と、言い残していったそうです」
「『勇者録』の第1章2節、『異世界勇者、武器を
「はい。だけど、勇者が希望する素材の武器はなかったようです」
「『オリハルコン』『アダマンタイト』『ヒヒイロカネ』などという素材は、この世界では見つかっていないからのぅ」
「勇者の世界にはあるんでしょうね」
「じゃろうな。でなければ、勇者がそれにこだわる理由がない」
それは間違いない。
『異世界の資料』にも『超高振動ブレードの作成を上司に提案したら、「強度に問題がある。作りたければオリハルコンでも持ってこい」なんて返事だった。ロマンを知らない者め!』と書かれていたから。
きっと勇者世界でも、恐ろしく
「つまり俺が『超高振動ブレード』を作るには、『オリハルコン』に匹敵する素材を見つけ出す必要がある、ということです」
「それを探しに旅に出るということか?」
「はい。とりあえず、魔王領の中を探してみようかと」
「……そういうことじゃったのか」
ルキエは納得したように、うなずいた。
俺としては『超高振動ブレード』くらいはすぐ作れると思ったけど、甘かった。
あれは音の力で、一秒間に刀身を数千、あるいは数万回振動させるものらしい。
だから、それに耐えられるような素材が必要になるんだ。
刀身を短くすれば振動に耐えられるかもしれない。
例えば、小さなナイフのようなものに。
でも、それじゃ『ハード・クリーチャー』とは戦えない。
やっぱり、丈夫な素材が必要なんだ。
鉄や鋼、
『地属性』を付与して強度を上げるという手もあるけれど、それだと魔力の
使用者の魔力を使うのは負担が大きすぎる。『超高振動ブレード』に魔力を吸い尽くされて、いざというとき魔術が使えなかった……なんてことになったら最悪だ。
刀身を交換式にして、戦闘のたびに付け替えるという手もあるけど……それでも使いものになるかどうかわからない。
俺のスキル『素材錬成』では、あまり大きな素材は作れない。それに、作るためには元の素材について知る必要がある。
だから、まずは『オリハルコン』に匹敵するくらい
──俺はルキエに、そんなことを説明した。
「旅に出る理由についてはわかった」
ルキエは俺をじっと見て、
「じゃがトールよ、素材を探す当てはあるのか?」
「まずはライゼンガ領の鉱山を訪ねてみようかと思います。ちょうど、開発が始まっているところですからね。
「それくらいなら構わぬが……ん? どうしたのじゃメイベル。難しい顔をして」
ふと見ると、メイベルがじっとうつむいてた。
なにか考え込んでいるみたいだ。
「……精神に反応する素材なら、心当たりがあります」
しばらくしてから、メイベルはなにかを決意したように、
「小さいころに聞いたことがあるのです。
「そうなの?」
「はい。エルフの村に伝わる昔話ですけど」
すごいな、メイベルは。
まさかこんなにすぐ、手がかりが見つかるとは思わなかった。
確かにエルフなら、不思議な素材のことを知っていてもおかしくない。
だからメイベルが小さいころ、エルフの村でその話を……って、あれ?
「──エルフの村というと、メイベルが昔住んでいたところだよね」
「…………はい」
メイベルは小さくとうなずいた。
その表情を見て、思い出した。
魔術が使えなかったメイベルは、エルフの村で疎外されていたんだっけ。
そのせいで、彼女は魔王城に引き取られたんだ。
それ以来、メイベルは村のエルフと会っていない。
魔王城のエルフさんたちと普通に話してるけど、村のエルフは排他的らしい。だからメイベルは、里帰りしたこともないはずだ。
「わかった。『思考制御パワードスーツ』は後回しにしよう」
「え? トールさま!?」
「まずは『オリハルコン』を探してみるよ。資料の最初のページにあるのは『超高振動ブレード』だからね。最初に書いてあるということは、それが一番重要なアイテムと考えるべきだよね。だから、鉱山に行ってくるよ」
それがいいと思う。
俺がエルフの村に調査に行ったら、メイベルもたぶん、ついてくる。
仮に俺ひとりでエルフの村を訪ねた場合、魔王ルキエ直属の錬金術師という肩書きが必要になる。それをメイベルと結びつけるエルフの人もいるはずだ。
エルフの村の者すべてが悪い人じゃないとは思うけど……俺には素材よりもメイベルの方が大事だ。
彼女に、嫌な思いをさせるわけにはいかない。
「というわけですから、ルキエさま。俺はライゼンガ領の鉱山に行ってきます」
「よいのか? 余が、エルフの村のものを呼び寄せてもよいのじゃぞ?」
「俺の個人的な研究のために、ルキエさまをわずらわせるわけにはいきません」
村のエルフが魔王城に来たら、やっぱりメイベルも気になるだろうからね。
精神感応素材は後回しだ。
まずは『ハード・クリーチャー』対策に『超高振動ブレード』を作ろう。
「というわけですので、行ってきてもいいですか?」
「う、うむ。よかろう」
「ありがとうございます。なにか用事があったら
「お待ち下さい!」
いきなり、メイベルが声をあげた。
彼女は真剣な顔で、俺とルキエを見て、
「陛下とトールさまにお願いがあります。私が、エルフの村に行くことをお許し下さい」
「メイベル?」
「……よいのか? メイベルよ」
「いつまでも、昔のことに捕らわれているわけにはいきませんから」
メイベルはそう言って、俺の手を取った。
「私は……トールさまのおかげで、魔術が使えるようになりました。陛下やアグニスさまとも仲良くなれました。エルフの村にいた頃より、私は……成長していると思うのです」
そう言って、優しい笑みを浮かべるメイベル。
「小さかった子どもの頃よりも、ずっと強く。だからこの機会に、自分の故郷と向き合いたいのです」
「メイベル」
「はい。トールさま」
「無理してないよね?」
「大丈夫です。それに、私はトールさまの婚約者ですから」
そう言ってメイベルは『水霊石のペンダント』に触れた。
俺が『虹色の魔石』で作ったカバーをつけたものだ。
メイベルはそれを握りしめて、精一杯の笑顔で、
「ちょうど両親のお墓に、婚約の報告に行こうと思っていました。いい機会だと思います」
「わかった……一緒に行こう。メイベル」
「はい。トールさま!」
メイベルは俺の手に指を絡めて、うなずいた。
俺はルキエの方を見て、
「というわけですので、俺たちふたりで、ちょっとエルフの村に行ってきます」
「……予定がころころ変わるのじゃな」
「俺には素材より、メイベルの方が大切ですから」
「まぁ、お主らしいが」
ルキエは口元を押さえて、笑ってる。
「じゃが、その方がよいかもしれぬ。鉱山じゃと、トールは素材ほしさにどこまで潜っていくかわからぬからな。行き先がエルフの村ならば、お主はメイベルの側を離れぬじゃろう」
「素材ほしさに
「誓えるか?」
「それはおいといて、ルキエさまにお願いがあります」
「おいとくでない。なんじゃ?」
「エルフの村で素材採取をするにあたって、許可証をいただきたいんです」
「わかった。余の直筆で許可証を書いてやろう。ケルヴにも書かせた方がよいな。魔王と
「宰相閣下は、書いて下さるでしょうか?」
「書かねばトールが見知らぬ素材を採取して、怪しいアイテムを作ると言っておく」
「……宰相閣下にはお世話になりっぱなしですね」
「そのうち、あやつの希望を聞いて、アイテムを作ってやるがいい」
「わかりました。許可証をいただくときに、アンケート用紙をお渡ししておきます」
「うむ。それがよかろう」
話は決まった。
俺はメイベルと一緒に、魔王領にあるエルフの村へ行く。
そこで『思考制御パワードスーツ』に使えそうな素材があるか調べる。
──でも、素材探しはついでだ。
重要なのは、俺がメイベルと婚約したことを、メイベルの両親のお墓に報告すること。
俺がメイベルにお世話になっていることを伝えて、お礼を言うこと。
これからちゃんと、彼女を幸せにしようと思っていること。
そういうことを、メイベルの両親に報告しよう。
魔王直属の錬金術師として、エルフの村の人たちがなにも言えなくなるくらい、しっかりと。
そんなことを、俺は考えていたのだった。
──────────────────
【お知らせです】
いつも「創造錬金術師」をお読みいただき、ありがとうございます!
読者の皆さまのおかげで、書籍版3巻の発売が決定しました! ありがとうございます!
ただいま刊行に向けて作業中です。
書き下ろしも追加していますので、どうぞ、ご期待ください。
「創造錬金術師は自由を謳歌する」は、コミカライズ版も連載中です。
ただいま、第3話−5まで、更新されています。
「ヤングエースUP」で読めますので、ぜひ、アクセスしてみてください。
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