第167話「墓参りに誘われる」

 ルキエに旅行の申請をした、次の日の夜。

 俺は彼女に呼び出され、とある建物の前に来ていた。


 場所は、城の敷地内。

 木々と壁に囲まれた、教会のような建物だった。


「ここに来るのは初めてじゃろう? 普段は、ここに通じる廊下は閉ざしてあるからの」

「はい。建物があることも知りませんでした」


 でも、本当に静かな場所だ。

 庭木と壁に隠れていて、他からは見えないようになっている。

 しかも、鍵のかかった通路を通らないとたどりつけない。本当に秘密の場所みたいだ。


「……ふむ。ここまで来ればよかろう」


 ルキエは『認識阻害』の仮面とローブを外した。


「それでは案内しよう。ついて参れ」


 小柄な少女になったルキエは、ふところから大きな鍵を取り出た。

 それを扉に差し込むと、がちん、と音を立てて、扉の錠が外れた。


 そうして、ルキエはランプを手に、建物の扉を開けた。

 扉の向こうには──長い廊下があった。

 窓はない。

 代わりに、壁にいくつもの絵が飾られている。これは──


「──肖像画しょうぞうがですか?」

「そうじゃ。余の父上……さらにそのご先祖。つまり、歴代の魔王を描いたものじゃよ」

「これが、歴代の魔王陛下……」


 描かれているのは、大きな角が生えた魔族の絵だった。

 線だけで描かれたもの。白と黒、濃淡だけで描かれたもの。色のついたもの。様々だ。

 でも、どの絵も活き活きとしてる。

 描いた人が、当時の魔王を大事に思っていたことが、よくわかる。


 帝国にはこういう絵はなかった。あっちは芸術家を役立たず扱いしてるから。

 歴代皇帝の肖像画はあるけど、それはただの記録用だ。

 しかも、できるだけ強く見えるようにアレンジしてるから、見てもあまり面白くないんだ。


 でも、ここにある肖像画は、すごく目をかれる。

 描かれているのがどんな人たちだったのか、知りたくなるくらい。


「奥に行くほど古く、手前に行くほど新しいものとなっておる」


 肖像画をひとつひとつ指さしながら、ルキエは説明してくれる。


「一番手前にある絵が、余の父君、ガーランド・エヴァーガルドじゃ」

「優しそうな方ですね」


 描かれているのは大きな角が生えた男性だ。金色の髪に、たくさんのヒゲを生やしている。

 目元が、ルキエに似てるような気がした。

 他の魔王よりも細身で、手にはルキエが使っているのと同じ、仮面を持っている。

 この人も『認識阻害』を使っていたのかな。


「厳しい父君じゃった。余を強い魔王にするために鍛えてくれたのじゃが……ふたりきりの時は、優しい顔を見せてくれた。この肖像画は、そのときの表情を残したものじゃ。本当は余を大切に思っていると、伝えたかったのじゃろうな」

「なんとなくですけど、ルキエさまと似ているような気がします」

「それはうれしいな。余は父君が大好きじゃったからな」

「お話してみたかったです」

「うむ。余もトールを父君に会わせたかった……って、こら。なんで父君の肖像画に深々と頭を下げておるのじゃ? 床に膝をついて、胸に手を当てて……なにをする気じゃ?」

「はじめまして。俺はルキエ・エヴァーガルド陛下直属の錬金術師れんきんじゅつし、トール・カナンと申します」


 俺はルキエのお父さんの肖像画に向かって、一礼した。


「生前に陛下の父君にお目通りが叶わず残念です。ですが、この機会ですので、ガーランド陛下のご尊顔を拝しながら、ご挨拶させていただきます」

「──!?」

「自分は、元々ドルガリア帝国にいました。けれど、国を追放されたのちに、幸運にもルキエ陛下に雇っていただきました。心優しく、温かく、尊敬できる主君と出会えたことは、俺の人生最大の幸運だと思っております」

「──ちょ、トール!? お主はなにを!?」

「まだ若輩者の錬金術師ではありますが、可能ならずっと、ルキエ陛下のお側で、その支えになりたいと考えております。あの……その、失礼を承知で申し上げれば……仕事や立場とは、関係なく」

「────!?」

「人間が陛下のお側にあることを、お父君がどのようにお考えになるかはわかりません。でも、どうかお許しください」

「ト、トール!? お主……酔っておるのか? いや、トールは素面しらふでこういうセリフが言えるのじゃったな……じゃ、じゃが……これは破壊力が大きすぎ……」

「これから俺はエルフの村で、ルキエ陛下のお役に立つような素材を探してくるつもりです。陛下のお治めになる魔王領を巡り、陛下の元に戻って参ります。どうか、見守っていてください。先代魔王、ガーランドさま──」

「…………うぅ」

「あれ? どうしたんですか、ルキエさま」


 気づくと、ルキエがうずくまって、両手で顔をおおってた。


「……お主がこういう人間であるのを忘れておった」

「こういう人間?」

「照れることもなく、恥ずかしい言葉を口にできる人間ということじゃ!」

「嘘は言ってませんよ? 俺は、思ったことを口に出すようにしているだけです」

となりでそれを聞いている者のことも考えよ」

「すいません。これは帝国での経験のせいなんで、治すのは難しいかな、と」

「帝国での体験?」

「えっと、帝国では俺は最弱だったんです。うちの父も含めて、まわりは一撃で俺を殺せる人ばかりでした。だから無意識に、いつも生命の危機を感じていたようなんです」


 常に、まわりに飢えた虎がいるようなものだったからな。

 しかも、相手が俺を嫌っているのもわかってたし。

 だから俺は公爵家を出て、役所に就職したんだけど。


「つまり、いつもなんとなく生命の危機を感じていて、言いたいことも言えないまま死ぬかもしれないと感じていたわけです。だから、心残りがないように、思ったことはすぐに口に出すようになってしまったんじゃないかと」

「そういうことじゃったのか……」


 ルキエはため息をついて、


「そうか……お主も苦労しておったのじゃな」

「あ、もちろん。本音を口に出すのは、大切に思ってる人の前だけですけど」

「────ふぇ!?」

「つまり、大切な人に対して心残りがないように、思ったことを言うようにしてるわけですね」

「そ、そういうところなのじゃぞ!?」

「でも、ルキエさまが気になるようだったら、治します」

「…………もうよい。トールはそのままでよい。それもお主の美徳じゃ」


 そう言って、ルキエは立ち上がった。

 それから彼女は気分を変えようとするように、かぶりを振って、


「そういえば説明していなかったな。トールはここが、どんな施設かわかるか?」

「歴代の魔王陛下の肖像画があるんですよね。しかも、この場所の鍵を持っているのはルキエさま。廊下の先には地下に向かう階段が見えます。地下に通じる場所といえば……」


 地下。

 陽の光が入らなくて、温度が変わりにくい場所。

 となると──


「もしかして、ここは霊廟れいびょうですか?」

「正解じゃ。これだけの情報でわかるものなのじゃな……」

「錬金術師ですから」

「それで済ますな。いや、確かにここは霊廟じゃよ。この地下には、歴代の魔王が埋葬まいそうされておる」


 ルキエは歴代魔王の肖像画を眺めながら、


「人間に敗れたあと、初代魔王は言ったのじゃ。


『人間ヤバイ。いつまた攻撃してくるかわからない。ならば魔王は死後、魔王城の地下で眠り、この国のいしずえとなろう。おそるべき勇者に、この国が侵されることのないように』


 ──と」

「さすが勇者とわたりあった魔王陛下ですね」

「別に魔術の儀式をやったわけでもないのじゃがな。あのお方の、心意気のようなものじゃよ」

「でも、その覚悟のもとに、魔王領はひとつにまとまってきたんですよね?」

「まぁ、そうじゃな」


 ルキエは真面目な顔でうなずいた。


「というわけで、魔王領のために尽くした歴代の魔王のことを忘れぬように、霊廟れいびょうの地上部分に肖像画を飾ることにしたのじゃ」

「では、ここには初代魔王さまの肖像画も?」

「いや、初代と二代目の魔王の肖像画はないのじゃよ」

「そうなんですか?」

「埋葬されておるのは初代と、三代目以降じゃな。理由は今も不明じゃが」

「初代と二代目の魔王さま時代は、たぶん魔王領ができたばかりの頃ですから……色々と混乱してたのかもしれませんね」

「かもしれぬ。そして、余の肖像画もいずれ、ここに並ぶことになろう」

「……そう、ですね」


 俺は歴代魔王の肖像画に視線を向けた。

 男性の魔王、女性の魔王。老齢の魔王もいれば、ルキエの父のように若い姿の魔王もいる。

 ここにあるのは魔王領の歴史そのものだ。


 その歴史の先にルキエ……魔王ルキエ・エヴァーガルドがいる。

 俺が見ているのはルキエが背負っているもので、これからもずっと背負っていくものなのかもしれない。


「残念ながら、地下墓所へは案内できぬ。決まりがあってな。その地に連れて行けるのは、魔王の血縁者か、配偶者に限られるのじゃ」


 そう言って、ルキエは笑ってみせた。


「だから案内できるのは地上部分だけじゃ。でも、これで墓参りにはなるじゃろう。余は、トールに父君を紹介したかったのじゃよ」

「ありがとうございます。ルキエさま」

「まさか、あれほど熱のこもった自己紹介をされるとは思わなかったが」

「もうちょっと冷静な自己紹介をやり直していいですか?」

「しなくてよい。それで、トールよ」

「はい。ルキエさま」

「……余がここに、お主を連れてきた意味がわかるか?」


 ルキエは背伸びをして、上目遣いで俺を見ていた。

 長いまつげが震えてる。

 俺の服を、ぎゅ、と、つかんで、じっと俺を見つめている。


 その顔を見ていたらなんとなく、彼女の言いたいことがわかったような気がして──


「──ルキエさま」

「お主がメイベルと一緒に墓参りに行くからじゃ! ならば……余とも一緒に墓参りをすべきじゃろう?」

「え?」

「そういうものじゃ。その……余は魔王じゃが……ときどき、わがままを言ってみたくなることもある。こういうことを言える相手は……トールしかおらぬからな」


 ルキエは俺の胸を、ぽん、と叩いて、宣言した。


「それに、素材採取と墓参りが目的とはいえ、お主とメイベルが一緒に旅をするとなれば……余もそれなりに、色々と考えてしまうのじゃよ。だから、出発前にお主とふたりで、霊廟れいびょうに来ておきたかったのじゃ」

「そうだったんですか……」

「あと、旅の間にメイベルとなにかしたら、後で同じことを余にもするように」


 いきなりだった。

 言葉の意味が、一瞬、わからなかった。


 えっと……どういうことですか、魔王陛下。

 旅の間にメイベルとなにかあったら、ルキエにも報告して、その後、ルキエとも同じことをする……って。いや、別に、旅の間になにかするとは限らないんだけど?

 というか、旅の間のことは報告しますけど。

 でも、そこまで話すのなら、メイベルにも確認しておかないと──


「大丈夫じゃ。メイベルとは話がついておる」

「はい!?」

「ふふっ。魔王領の乙女を甘く見るでないぞ。トールよ」


 ルキエは腰に手を当てて、じーっと俺を見てる。


「そもそも、メイベルがそういうことを秘密にできるわけがなかろう? 余はあやつの幼なじみなのじゃからな、隠していてもわかる。だから昨日の夜にお泊まりして、色々と話し合ったのじゃよ」

「……降参です」


 というか、俺がルキエに勝てるわけがなかったね。


「ま、まぁ、仮の話ではあるがな! 旅の間になにがあるかは、余にもトールにもわからぬのじゃから!」

「そ、そうですね!」

「「…………」」


 なんだろう、この空気。

 顔が熱い。なんだか、ぼーっとする。

 なんとなく目を合わせられなくて、俺もルキエも別の方向を向いてる。


 俺は深呼吸して、ちょっとだけ、落ち着いてから、


「すいません……ルキエさまとも一緒に墓参りをしたいって、俺の方から言えばよかったですね」

「仕方なかろう。歴代魔王の霊廟れいびょうの鍵を持っているのは余だけじゃ。そんな場所に来たいなど、人前では言えまい」

「確かに、恐れ多いですからね」

「そう言いながら、お主は父君の肖像画に堂々と自己紹介しておったがな」

「あれは勢いに任せただけです」

「ならば同じ勢いに任せて、余にもなにか言ってみよ」


 ふっふーん、と鼻を鳴らすルキエ。

 胸を張って、強い視線で俺を見上げて、


 ここは歴代魔王の霊廟。

 入れるのは魔王と、その許可を受けた者だけ。

 城の者がここに来ることはない。


 だから──


「俺はルキエ・エヴァーガルドさまを、心から大切に思っています」


 勢いに任せて、言ってみた。


「出会ったころは『認識阻害にんしきそがい』の魔王スタイルでしたけど、話しているうちに温かい人だってすぐにわかりました。その後『簡易倉庫』で仮面とローブをがして、その正体を見てしまって……ルキエさまが苦労していることもわかりました。だから、俺はその支えになりたいと思ったんです。ルキエさまの側にいると安心します。なんというか……自分の居場所を見つけたような気分になるんです。それが主君だからなのか……他の感情によるものなのかは……うまく言えません。いえ、わからないわけじゃなくて、大半はわかっています。ですから──」

「……………… (ふるふるふるふる)」


 気づくと、視界からルキエが消えていた。

 彼女は俺の足元にいた。

 また両手で顔をおおって、さっきよりも身体を縮めて、床にうずくまってる。

 耳も首筋も真っ赤だ。


「……えっと、続けてもいいですか?」

「……余の心臓を止める気か」

「……ごめんなさい」

「……まさかこんな一撃が来るとは思わなかったのじゃ。かつて異世界の勇者が放ったという『かいしんの一撃』とはこのことか……うぅ」


 ルキエはうずくまったまま、黙ってしまった。

 俺はなんとなく、ルキエの頭に手を伸ばした。

 少しだけ乱れた金色の髪を、指先でなでていく。するとルキエが俺の手を取って、自分の頭へと押しつける。俺が手の平で彼女の頭をなでると、満足したようにうなずく。

 だから、俺はしばらく、無言でルキエの髪をなで続けた。


「……トールの手は、温かいな」

「ルキエさまの手も温かいですよ?」

「トールの体温が移ったのじゃろう。余は体温は、低い方じゃから」

「『しゅわしゅわ風呂』を使いますか?」

「……今、風呂の話をするか? 一緒に入りたいのか?」

「……すいません。そういうわけじゃないです」

「入りたくないのか?」

「…………それを聞かれると困ります」

「余はトールに困らされっぱなしじゃからな、たまにはよかろう」

「反省します」

「せずともよい。お主はそのまま……余の側におれ」


 そうして、ルキエは俺の手に、ほおを押し当てた。

 なめらかな、小さな手だった。


「……トールよ。お主は今回の旅で、余の代わりに魔王領を巡察じゅんさつしてくるがよい」


 ルキエは不意に、そんなことを言った。


「お主はまだ魔王城のまわりと、ライゼンガ領のことしか知らぬじゃろう? 良い機会じゃ。魔王領を見て回るがよい」

「はい。ルキエさま」

「魔王領は広い。奥地には、うわべだけ魔王に従う、自治区のような場所もある。人の理解を拒むような、混沌とした場所もな。それを、自分の目で見てこい」


 ルキエの声が、かすかに震えていた。

 彼女は、ぎゅ、と目を閉じて、深呼吸して、

 それから、意を決したように──


「余の側にいれば、お主は余と共に、それらも背負うことになる」


 ──そんなことを言った。


「じゃから、お主は魔王領を自分の目で見て、それから、どうするか決めよ」

「俺はルキエさまを支えるって言いましたよ?」

「現実を見てから決めろ、と言うておるのじゃ。でなければ不公平じゃろ。まぁ、余の気分の問題じゃ」

「ルキエさま」

「なんじゃ」

「真面目すぎませんか?」

「お主に言われたくないのじゃ」

「俺はやりたいことをやってるだけですけど」

「そうでもなかろう。お主は、妙なところで自制しておる」

「そうでしょうか?」

「うむ。だって、その……」


 俺の手を頬に当てたまま、ルキエは目を細めて、


「……ふたりきりなのに、『ルキエさま』と呼んでおるじゃろう?」

「……あ」


 ルキエの赤い目が、じっと俺を見ていた。

 俺の心臓が、どくん、と跳ねた。


 俺は空いた手で、ルキエの手を取って、


「わかりました。ルキエ」

「敬語はやめぬのか?」

「それは許してください。敬語なしで話すくせがついたら、他の人がいるときに困りますから」

「むぅ。それは仕方ないのじゃ」


 ルキエは床に置いたままの、仮面とローブを手に取った。

『認識阻害』の能力を持つそれを、膝の上に載せて、


「次の誕生日に、余は、皆に真の姿を明かそうと思う」


 ──当たり前のように、そんなことを宣言した。


「……いいんですか?」

「トールが来てから、ずっと考えていたことじゃ。余は、お主のおかげで自信が持てるようになった。ライゼンガも、余に忠誠を誓ってくれておる。そんな中……偽りの姿で皆の前にいるのが……嫌になってきたのじゃ」


 ルキエの指が震えていた。


 そりゃ怖いよな。

 ルキエは即位してから、おおやけには自分の正体を隠していたんだから。

 小柄で可愛い姿では、下々の者にあなどられる。

 そう考えて、ずっと『認識阻害』の仮面とローブをつけてきたんだ。

 それを脱ぎ去るなんて、怖いに決まってる。


「わかりました。そのときは、俺が側にいます」

「うむ。頼むぞ、トールよ」

「ついでに、誰にも文句が言えなくなるくらい強い魔剣を用意しておきます」

「それはどうでもいい」

「えー」

「お主のことじゃから『魔剣・超高振動ブレード』とか作るつもりじゃろ!?」

「さすがルキエ。魔王の直感ですね!」

「誰でもわかるのじゃ! というか、そんな危険な剣をもらってどうしろというのじゃ!?」

「かっこいいじゃないですか。いえ、ルキエはいつでもかっこいいですけど」

「むー」

「それで、誕生日はいつですか?」

「……う、うむ。あのな──」


 ルキエは背伸びをして、耳元にささやいた。

 俺はうなずいて、


「──わかりました。それまでには戻ってきます」

「うむ。急がなくてもよいぞ」

「大丈夫ですよ。素材採取にはこだわってません。今回は、メイベルの両親の墓参りだけでもいいんですから」

「そうじゃな。それはちゃんとしてこい。余だけトールに墓参りさせただけでは不公平じゃからな。それから……」

「はい?」

「……ここであったことは、メイベルに教えてよい」


 ルキエは真っ赤な顔で、そう言った。

 握った手が熱くなってる。かすかに、汗ばんでるのもわかる。


 さっき、ルキエはメイベルと話をつけたって言ってたっけ。

 ふたりは幼なじみで仲良しだ。たまにお泊まりもしてる。

 でも──


「えっと……いいんですか?」

「よいのじゃ! こういうことは、公平にせねばならんからの!」

「ルキエの真面目なところは好きですけど。そこまでしなくても──」

「よいのじゃ……って、今なんと言った!? いや、言わずとも……いやいや待て。心臓がおかしくなっておる。えっと……あの……あーもぅ! も────っ!」


 ぽかぽか、ぽか。


 ぽかぽかと、俺の胸を叩きはじめるルキエ。

 でも、もう片方の手は繋いだまま。


 いつの間にかルキエは自然と俺の腕の中にいて、ルキエもそれが当たり前のように、笑ってる。

 それが不思議で──でも心地よくて、ずっとこのままでいたくなる。


 でも、そのうちに時間は過ぎて、霊廟れいびょうを出ることに。


 その前に俺はもう一度、ルキエのお父さんの肖像画にあいさつをした。


 それから、歴代魔王の肖像画を眺める。でも、ここには初代と、二代目の魔王の絵がない。

 初代魔王は城のエントランスに彫像があるから、顔は大体わかる。

 ……二代目の魔王って、どういう人だったんだろう。

 それに二代目だけが、地下墓所に埋葬されていないのも不思議だ。

 機会があったら調べてみようかな。


「そろそろ行こうか。トール」


 気づくと、ルキエが入り口に立っていた。

 俺に向かって、手を差し出して、


 俺は自然と、彼女の手を取る。

 霊廟までの道のりと、中庭に続く回廊は誰も来ないし、誰からも見えない。

 だからもう少し一緒に──ということなんだろう。


「はい。一緒に行きましょう。ルキエ」

「うん。そうだね。トール」

「……どうしたんですか?」

「た、たまには普通の女の子のように話してみたかったのじゃ? 変か?」

「い、いえ、変じゃないです」

「そう。それなら……よかった」


 不意打ちはやめてくださいルキエさま。

 さっき『余の心臓を止める気か』って言ったけど、こっちの心臓が止まりそうです。


「それでは、戻るとしよう」

「はい。ルキエ」

「いかん。元の口調になってしもうた。難しいな」

「ルキエはそのままでいいですよ」

「……トールよ」

「はい?」

「だから、余の心臓を止める気かと言っておるじゃろうが」

「それはこっちのセリフなんですが?」


 誰も見ていないのをいいことに、遠慮のない言い合いをして──

 手を繋いだまま、隠し廊下を歩いて──


 そうして俺たちは「また明日」と手を振って、部屋に戻ったのだった。





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