第168話「旅行の打ち合わせをする」

 数日後。

 俺たちは旅に出る前の、最後の打ち合わせをしていた。


 エルフの村は、魔王領の北西にある。

 場所は湖沼地帯こしょうちたいを抜けた先の大森林。

 距離があるから、事前の準備が必要だ。

 というわけで──



「お主たちのサポート役として、文官のエルテを同行させることとした」



 玉座の間で、ルキエはそんなことを言った。

 ルキエの前にいるのは、俺とメイベル。それと文官のエルテさんだ。


「トールよ。お主はエルフの村の調査が進むように、余とケルヴに『素材採取許可証』を書いてくれるように頼んでおったじゃろう?」

「はい」

「それでな、ケルヴによると、許可証を書く条件が、エルテを同行させることだそうじゃ」


 ルキエは言った。

 その言葉を聞いたエルテさんは、一礼して、


「旅の間に、錬金術師さまやメイベルさまに危険があってはいけませんからね。自分が旅の補助と、護衛役を務めさせていただきたいのです」

「それは助かりますけど……いいんですか?」

「と、おっしゃいますと?」

「エルテさんは交易所の管理者になったんですよね。お忙しいのでは……?」

「交易所は拡大工事中のため閉鎖されています。自分が不在の間は叔父さま──いえ、宰相閣下が代行の者を手配してくださることになっています。問題はありませんよ」

「そうなんですか」

「それに、トールどのが素材採取の旅に出られると聞いてから、叔父さまはとても心配されているのです。家の使用人たちが気に病んでしまうくらい」

「……え」

「叔父さまの家の家宰かさいは言っていました。『宰相閣下があの状態では、いずれこの家は傾いてしまうかもしれない』と」

「そこまで心配されているんですか!?」


 家が傾くって、生活ができなくなるってことだよな。

 ケルヴさんは、仕事が手に着かなくなるほど心配してくれてるのか……。


「わかりました。そういうことなら、エルテさんに同行ををお願いします」

「私も、エルテさまに来ていただければ安心ですから」

「ありがとうございます。トールどの、メイベルさま」


 エルテさんはスカートのすそをつまんで、一礼した。


「次に、村での滞在先じゃが、エルフの魔術部隊長の実家に泊まるがよい」


 そう言って、ルキエは2通の書簡を取り出した。


「城におる魔術部隊の長から紹介状と、最近のエルフの村について書かれた書状をもらっておる。これがあれば、エルフの村で不自由することはあるまい」

「ありがとうございます、ルキエさま。でも、そこまでしてくださらなくても──」

「これくらい当然じゃ。お主が遠くに……いや、お主たちは、魔王が送り出す使節でもあるのじゃからな」

「感謝します。陛下」

「ありがとうございます。魔王陛下」


 俺とメイベルは床に膝をついて、深々と頭を下げる。

 メイベルは胸に手を当てて、ほっ、と息をついてる。

 村での滞在先が決まったことと、村の情報が手に入ったことで安心したみたいだ。


「じゃが、くれぐれも用心するのじゃぞ」


 ルキエは玉座に座り、じっと俺を見ていた。


「メイベルが一緒じゃから大丈夫だとは思うが……慣れないものを口にするでないぞ?」

「はい。ルキエさま」

「お主は研究に没頭しておると、差し出した物をそのまま食べてしまうからの。それと、旅行とは体力を使うものじゃ。宿で落ち着いたからといって、遅くまで作業をするでない」

「承知していま──」

無論むろん、羽妖精は連れて行くのじゃろうな? 連絡役にもなるし、魔術が使えるゆえ護衛にもなる。本当は護衛の兵を同行させたいのじゃが、あまり大人数で行くとエルフの村の者が警戒するかもしれぬ。それでは素材の調査に支障を来すじゃろう。じゃが、どうしても護衛を連れて行きたいというのであれば、今からでも用意するぞ。それから、それから──」

「ルキエさまルキエさま」

「な、なんじゃ?」

「心配していただけるのはうれしいですけど、大丈夫です」


 俺はうなずいた。


「魔王陛下にご心配をおかけするようなこともしません。俺たちはお墓参りをして、エルフの長老に素材について訊ねて、そのまま帰ってくるだけです。大丈夫ですよ」

「そ、そうか?」

「はい」

「じゃが、やはり心配じゃ。お主の方で、他になにか希望はあるか? 旅の前にしておきたいことがあれば、なんでも言ってみるがよい」

「それでは、改良型のアイテムを見ていただけますか? 俺たちがいない間に、魔王城の皆さんで試して欲しいんです」

「……は?」


 ルキエが、ぽかん、と口を開けた。

 エルテさんも目を点にしてる。

 メイベルは、口に手を当てて、笑いをこらえてるみたいだ。


「改良型のアイテムじゃと?」

「はい。『例の箱』を調査している間に、色々と気づいたことがあったんです。その発想をもとに改良してあります。世の中は常に変化していますからね。古いものを使い続けると、問題が出ることもあるかと思ったんです」

「いや、お主のアイテムで問題が起きたことなど──」


 ルキエは宙を見て、少し考えてから、


「……少なくとも、人的被害が出るようなものはないはずじゃが」

「そうですね。ただ、旧型を使って、留守中に問題があった場合、直せませんからね。今のうちに改良型を見ていただこうかと」

「……う、うむ」

「要は、俺の代わりに皆さんを守ってくれるアイテムを、残しておきたいということです」


『例の箱』はリカルド皇子に引き渡したけど、それですべてが終わったわけじゃない。

 ダリル・ザンノーも捕まっていない。『ハード・クリーチャー』の問題もある。

 帝国だって、どう動くかわからないんだ。


 せっかくルキエが勇気を出して、これから仮面を脱ごうとしているのに、邪魔をされたくない。

 対策をしておく必要がある。

 だから、旅に出ていく間、使えそうなアイテムを預けておきたいんだ。


「お主の気持ちはわかった」


 ルキエはそう言って、苦笑いした。


「それに、感謝しておる。お主がそこまで、余たちのことを考えてくれていることに」

「……自分も、不覚にも感動してしまいました」


 ちなみに、エルテさんは涙をぬぐってた。


「トールがそこまで考えてくれたのじゃからな。しっかりと、アイテムを検分するとしよう」


 ルキエは玉座に座ったまま、魔王の威厳をもって宣言した。


「では錬金術師トール・カナンよ。お主が作った改良型のアイテムを、余たちに見せるがよい!」

「承知いたしました」


 俺は床に膝をついて、臣下としての礼をした。


「最初にお見せするのは改良型の『防犯ブザー』です」


 まず取り出したのはおなじみの、円盤型のアイテムだ。

 数は2つ。色は、黒と白。

 それをルキエに差し出して、俺は、


「昨今の魔王領と帝国の情勢を考えて、『防犯ブザー』に、新たな改良を加えました」

「……ほほぅ」

「『防犯ブザー』ですか。意外なものが出てきましたね」


 ルキエとエルテさんはそれぞれ、黒と白の『防犯ブザー』を手に取った。

 それから、ルキエは不思議そうな顔で、


「色が違うが、これにはなにか意味があるのか?」

「黒は魔王領で使うもの、白は帝国領内で使うものとなっております」

「違いはなんじゃ? やはり、威力が違うのか?」

「はい。微妙に効果が異なります」

「具体的には?」

「黒い方は『オマワリサーン』と声が出ます」

「白い方は?」

「『オマワリサーン。アイザックデモ、オマワリサンブタイデモナイ、レディオマワリサンデモナイ、オマワリサーン』という声が出ます」

「「…………はい?」」


 ルキエもエルテさんも、ぽかん、と、口を開けてる。

 俺は説明することにした。


 ソフィア皇女の部下であるアイザックさんは、巨大ムカデとの戦いのあと『アイザック・オマワリサン・ミューラ』と改名した。

 だから『オマワリサーン』って声が出るようにすると、アイザックさんが来てしまう。


 だから『アイザックジャナイオマワリサーン』って音が出るようにしたんだけど、『ノーザの町』では『オマワリサン部隊』が編成されてしまった。だから、この音も使えなくなった。

 しょうがないから『オマワリサンブタイデモナイ』と鳴るようにしたら、今度は大公領からドロシーさんがやってきて、『レディ・オマワリサン部隊』ができあがった。

 その対策もしなきゃいけなくなったんだ。


 しかも『ノーザの町』の子どもたちは『オマワリサン部隊』が大好きだ。

 単純に『オマワリサーン』って音を鳴らしたら、「わーい。オマワリサン部隊だー」と言って近づいてくる可能性がある。それは危険だ。

『防犯ブザー』を使うのは魔獣がいるときなんだから。

 魔王領のアイテムのせいで、人間の子どもが怪我をしたら問題になるからね。


「というわけで『呼んでいるのは、勇者世界のオマワリサンです。実在する団体や組織……つまりアイザック部隊長やオマワリサン部隊、ドロシーさん率いるレディ・オマワリサン部隊とは一切関係がありません』ということを主張しなくちゃいけなくなったんです」


 そう言って、俺は説明を終えた。


「……なるほど。理解したのじゃ」

「……トールさまは、そこまで考えてらしたんですね」

「……人間たちは、『防犯ブザー』対策のために名前を変えたのでしょうか。おそるべき相手ですね……」


 ルキエ、メイベル、エルテさんはうなずいた。

 それからルキエは『防犯ブザー』を手に取って、


「お主の考えはわかった。『防犯ブザー』は魔王領内用と、帝国用とを使い分けるとしよう」

「ありがとうございます。ルキエさま」

「エルテの方で、なにか意見はあるか?」

「特にございません。錬金術師さまが『ノーザの町』をよく知り、その地に合ったアイテムを作られていることにおどろくばかりです」


 エルテさんはルキエに向かって一礼した。


「それに、アイテムの内容にも納得がいきますから。自分はもっと、おどろくようなアイテムが出てくると思っていましたので」

「まぁ、トールが普通のアイテムを作ることもあろう」

「そうですね。今回のアイテムは、今までのアイテムの改良品とのことでしたから」

度肝どぎもを抜くようなものはなかろうよ」


 ルキエはそう言って、俺の方を見た。


「それでトールよ。次はどんなアイテムなのじゃ?」

「『魔獣ガルガロッサなりきりパジャマ』です」

「…………は?」


 ルキエが玉座の上で硬直した。


「『なりきりパジャマ』? 魔獣の? え、え、ええええ」

「こちらになります。ご覧ください」


 俺は『超小型簡易倉庫』から、大型のパジャマを取り出した。

 2着ある。

 袖の部分は長く、だぼだぼだ。しかも途中から二股になってる。

 色はグレー。巨大蜘蛛をイメージしたデザインだ。

 ただ、あまりリアルにすると怖いから、多少かわいくしてるけど。

 これが新作の『魔獣ガルガロッサなりきりパジャマ』だ。


────────────────


『魔獣ガルガロッサなりきりパジャマ』(属性・レア度)


 新型の『なりきりパジャマ』

 身につけると『ハード・クリーチャー』である『魔獣ガルガロッサ』そっくりの姿になる。

 2着セットで2人用。

 2人それぞれがこのパジャマを着ることで起動する。

 サイズは小さめで、魔獣の配下の小蜘蛛こぐも程度である。


 起動すると見た目が巨大蜘蛛『魔獣ガルガロッサ』の姿になる。

 装着者の足は『認識阻害』の効果で見えなくなる。

 腕の部分が魔獣の脚に変化するため、装着者は片手で2本の足を操ることになる。

 パートナーと同時に腕を動かすことで、巨大蜘蛛が歩いているように見せかけることができる。

(実際は装着者の足で立ち、移動することになる)

 ふたりが息を合わせるために、起動状態のパジャマは変形をする。


 見た目は強く、固そうに見えるが、実際はパジャマなのでふわふわやわらか。

 とても着心地がいい。

 優しい感じにしているので、人によっては「かわいい」と感じることもある。


────────────────


「いかがでしょうか。ルキエさま。エルテさん」

「「「………………」」」

「素材には本物の『魔獣ガルガロッサ』の一部を合成してあります。ただ……糸を飛ばす機能はつけることができませんでした。自分の力不足を実感しています」

「「「………………」」」

「でも、形にはこだわりました。誰がなんと言おうと『魔獣ガルガロッサ』です。ただ、あまりリアルにしちゃうと、問答無用で攻撃する人もいるかもしれないので、ちょっと目を大きく、全体的にやわらかい感じにしてあります。どうでしょうか?」

「……トールよ」

「はい。ルキエさま」

「どうして『魔獣ガルガロッサ』の『なりきりパジャマ』を作ろうと思ったのじゃ?」

「巨大ムカデと巨大サソリは難易度が高いからです」


 でも巨大ムカデになりきるためには人手がいる。

 10人はいないと、ムカデとして格好が付かない。

 でも、人数分のパジャマを作るのは大変だ。


 巨大サソリには別の問題がある。

 あの魔獣は巨大な針のついた尻尾があるからだ。

 それで敵を攻撃するためには、尻尾役の人に担当してもらうしかない。でも、それだと尻尾役の人は不満に思うだろう。

「どうして自分はパジャマ姿で、ひたすら尻尾を振っているんだろう……?」って。

 だから、巨大サソリ型パジャマを作るのは先送りにしたんだ。


 ──ということを、俺はルキエたちに説明した。


「そういうことじゃないんじゃよ?」

「そういうことではありません。錬金術師さま」

「納得しました」


 ルキエとエルテさんから、不満そうな声が返ってきた。

 ちなみにメイベルは納得してくれたらしい。さすがだ。


「そういうことではなく、なんのためにこんなパジャマを作ったのかということじゃ」

「もちろん、魔王領を守るためです」

「魔王領を守るため、じゃと?」

「『魔獣ガルガロッサ』のような魔獣は、今まで存在しませんでした。討伐戦に参加していない人は、見たこともないはずです。だから、奴らのことを知ってもらうには、実際の姿を見てもらった方がいいと思ったんです」

「このパジャマは魔獣の脅威を皆に教えるためのものなのか?」

「はい。あとは『ハード・クリーチャー』との戦い方の研究に使えれば、と」


『ハード・クリーチャー』は、いつまた現れるかわからない。

 それまでに効率的な戦い方を考えておく必要がある。

 この『魔獣ガルガロッサなりきりパジャマ』は、その助けになるはずだ。


「……なるほど。意外と理にかなっておるな」

「……はい。陛下」


 しばらく考えていたルキエとエルテさんは、結局、うなずいてくれた。

 それからルキエは、


「わかった。この『魔獣ガルガロッサなりきりパジャマ』は、ケルヴとライゼンガに見せて、今後のあつかいを決めることとしよう」

「ありがとうございます。ルキエさま」

「それではエルテは、ケルヴの元に行くがよい。トールがお主の同行を受け入れたことを告げて……ついでに、白と黒の『防犯ブザー』を持参し、説明をするのじゃ。それが終わったら、『素材採取許可証』をもらってくるがよい」

「承知いたしました。ですが『魔獣ガルガロッサなりきりパジャマ』については……?」

「これについては、もう少し調べてみたいのじゃ」

「わかりました。行って参ります」


 そうして、エルテさんは玉座の間を出ていった。

 彼女の足音が聞こえなくなったのを確認してから、ルキエは、


「それでは『魔獣ガルガロッサなりきりパジャマ』の試着を始めるとしよう」

「はい。陛下」

「え? いえ、急ぐ必要はないと思いますけど」


 これは俺が旅に出た後に使ってもらう予定だった。

 この場で実験する必要はないと思うんだけど……。


「なにを言うトールよ。『ハード・クリーチャー』はいつ現れるか分からぬのじゃ」

「今のうちにこの、2着1セットのパジャマの威力を試さなくてはいけません!」


 力説するルキエとメイベル。

 しかも正論だ。


「余とメイベルが試してみる。トールは鏡を用意するがよい。どんなふうに変身したか、余たちにもわかるようにな」

「ルキエさまが着るんですか?」

「トールのアイテムなら、余とメイベルが試すのが当然じゃろ?」


 仮面を外したルキエは、当たり前のように、そう言った。

 メイベルもうなずいてる。

 ……そういえば昨日、ルキエは『メイベルと話はつけておる』と言ってたっけ。

 一体どんな話をしたんだろう……?


「了解しました。では、俺は外に出ていますね」

「うむ。では、メイベル」

「はい。着替えるとしましょう」


 それから俺は一度、玉座の間を出た。

 しばらくすると、ドアを内側から叩く音がした。合図だ。

 俺が玉座の間に戻ると──


「これが『魔獣ガルガロッサなりきりパジャマ』か……」

「ど、どうでしょうか。トールさま」


 ルキエとメイベルは互いの姿を見て、目を丸くしている。

 気持ちはわかる。

 このパジャマは、かなり不思議な形をしているからね。


 フードには眼球を現す赤い模様。

 袖はだぼだぼで、途中から二股ふたまたに分かれている。

 脚は『認識阻害』の効果で消えるから、膝上までしかない。

 身体には白いリボンがついている。これは変身すると牙になるはずだ。

 背中は通気性が良く、薄い生地でできている。


 これが『魔獣ガルガロッサなりきりパジャマ』だ。


「着心地はどうですか?」

「悪くはないな。これまでの『なりきりパジャマ』と変わらぬ」

「動きやすさも同じです。トールさまから見て……どうでしょうか」

「え? ルキエさまとメイベルはなにを着てもかわいいけど?」


『ガルガロッサなりきりパジャマ』は奇妙な形をしているけれど、不思議なくらい、ルキエとメイベルの魅力を引き出している。

 フードに描かれた両目は、ルキエと金髪とメイベルの銀髪を飾るアクセサリーのようだ。

 袖はぶかぶかで、ふたりの手は指先しか出ていない。子どもっぽくて可愛い。

 ズボンが膝上までしかないのもいい。ちょっと脚が出過ぎな気がするけど……ここには3人しかいないからね。別にいいよね。


「まさか『ガルガロッサなりきりパジャマ』が、ふたりの魅力を引き出してくれるとは思いませんでした。すごいですね。ふたりとも」

「……う、うぅ」

「そ、それでトールさま。このパジャマはどうすれば起動するのですか?」


 真っ赤になったルキエと、ごまかすように声をあげるメイベル。

 俺はうなずいて、


「ルキエさまとメイベルが合体すると起動します」

「「合体?」」

「装着者ふたりが背中合わせになって、フードを下ろせばいいんです。そうすれば『魔獣ガルガロッサ』の姿に変身できますよ」

「うむ。では、やってみるのじゃ」

「はい。陛下」


「「せーの」」



 ぴたっ。



 ルキエとメイベルは背中合わせになり、フードをおろした。

 すると──パジャマが変形をはじめた。


 両足は『認識阻害』で見えなくなり──

 身体は膨らんで、魔獣の頭と胴体を形作り──

 リボンが移動して、魔獣の牙になる。


 玉座の間に『魔獣ガルガロッサ』 (かなり小型)が出現した。


「完璧です。ふたりとも『魔獣ガルガロッサ』になりきってます」


 俺は用意しておいた手鏡を、ふたりの前にかざした。

『魔獣ガルガロッサ』の真っ赤な目が、鏡をのぞき込む。すると──


「うむ。見た目は、あの魔獣そっくりじゃ」

「でも、あんまり怖くはないですね」


 魔獣の中から、ルキエとメイベルの声がした。


「そうじゃな。全体的に丸っこくて、目が大きい。脚もやわらかい感じがするのじゃ」

「攻撃的な感じはしませんね」

「俺がアレンジして、やや可愛い感じにしてありますから」


 俺は答えた。


「これは訓練用ですからね。あまり迫力ある姿にすると、中に人がいることを忘れて、兵士さんたちが本気で攻撃するかもしれません。だから、本物と区別がつくように、ちょっと可愛い感じにしてあるんです」

「「……なるほど」」

「でも、動けばそれなりに怖くなると思いますよ。やってみてもらえますか?」

「わかったのじゃ。息を合わせるとしよう。メイベル」

「は、はい。こうでしょうか?」



 わさわさ。わさわさ。

 わきわき。ぐねぐね。



『魔獣ガルガロッサ (偽物)』の両足が動いた。


「ほほぅ。蜘蛛の脚が動いておるな」

「確かに、動いているところを見ると……ちょっと怖いですね」


 鏡に映った姿を見たのか、ルキエとメイベルが納得したような声になる。


 魔獣っぽい姿に気をよくしたのか、ルキエは、


「どうじゃ、メイベルよ。ためしにトールを追いかけてみるとしよう」

「え? はい。でも、いいのですか? トールさま」

「もちろん」

「では、息を合わせるとしよう。メイベルよ」

「はい。陛下」


「「せーのっ!」」


 わさわさわさわさっ!

 トコトコトコトコ!


 ルキエとメイベルがなりきった『魔獣ガルガロッサ (仮)』が動き出す。

 普通に歩くくらいの速度で俺を追いかけてくる。


「うん。動くと迫力が出るな」


 ふたりを手鏡で写しながら、俺は玉座の間を逃げ回る。

 追いかけてくるルキエとメイベルの姿は、魔獣そのものだ。

 止まっているときはぬいぐるみみたいだけど、こうして動くと、やっぱり迫力があるな。


「う、ううむ。鏡に映った姿を見ると、本物の魔獣に見えるのじゃ」

「そうですね。それに、私と陛下の脚の動きが、すごく揃っていますから」

「それは余も感じておった」

「はい。不思議です……」

「同じパジャマを着ているだけで、メイベルの動きが手に取るようにわかるのじゃ」

「これも、トールさまのマジックアイテムのお力なのでしょうか……」


 可愛い『魔獣ガルガロッサ』が立ち止まり、俺の方を見た。

 さすがメイベル。鋭いな。


「メイベルの言う通り、このパジャマには、パートナーの動きを把握するための仕掛けがあります」

「なんと!?」

「やはり、魔力的な仕掛けなのですか?」

「いやいや、もっと単純だよ。合体するとパジャマの背中の部分が消えるだけ」

「「なるほど!!」」


 ふたりは声をあげた。

 俺の言いたいことがわかったみたいだ。


 この『魔獣ガルガロッサなりきりパジャマ』は、ふたりが背中合わせになり、フードを下ろすことで発動する。

 その直後、パジャマの背中の部分の布地が移動して、ふたりの背中はむき出しになる。

 つまり、このパジャマを着た二人は、肌を直接触れ合わせることになるんだ。


「トールにしてはわかりやすいのじゃ」

「それなら納得です」


『魔獣ガルガロッサ』 (偽物)の姿のルキエとメイベルは、うなずいた。


「お互いの背中を覆う布がなくなり、余とメイベルは肌を触れ合わせているのじゃな?」

「私と陛下は下着しか身に着けていませんからね」

「お互いの身体の動きがよくわかるのも当然じゃ」

「身体の反応が伝わってきますからね。陛下の体温もわかるくらいなのですから」

「あ、メイベルよ。今、うなずいたじゃろ?」

「わかりますか、陛下」

「なんとなくわかる。余とメイベルは、裸の背中を触れ合わせているようなものじゃからな。お互いの肌が触れ合って、体温をわかちあっているようなもので──」

「あれ?」

「おや……?」


 パジャマ型の『魔獣ガルガロッサ』が硬直した。

 そして──



「「……トール (さま)。ちょっとお話を (するのじゃ) (しましょう)」」



『魔獣ガルガロッサ』は威嚇いかくするみたいに、両足を振り上げたのだった。




「……まぁよい。許す」


 魔王スタイルに戻ったルキエは言った。

 俺は、玉座の前で正座してた。


「こ、これも得がたい経験であった。それに、あのパジャマが対『ハード・クリーチャー』の戦闘訓練に使えることもわかった。また、兵士同士が息を合わせる練習にもなるじゃろう」

「そ、そうですね。陛下」


 隣でメイベルは真っ赤な顔になってる。


「でもトールさま。どうして着る前に説明してくださらなかったのですか?」

「そうじゃ。装着者が肌を合わせることになるなら、一言あってもよかろう」

「……それはですね」

「「……それは?」」

「『いいこと考えた。すごいアイディアだ。ぜひ実行しよう』で、そのまま作っちゃったからです」


 2人用の『なりきりパジャマ』は、画期的だと思った。

 だから、2人の動きをどうやってシンクロさせるか、考えた。

 その結果『肌を合わせて、互いの動きがわかるようにすれば!』と思いついて、そのまま作っちゃったんだ。

 問題点については、頭から抜け落ちちゃっていたんだ。


「……まぁ、相手がメイベルだからいいのじゃが」

「よいのですか? 陛下」

「話はつけたじゃろ?」

「そうですね。お話したのでした」


 顔を見合わせてうなずくルキエとメイベル。

 どんな話をしたのか聞いてみると、


「ないしょじゃ」「ないしょですよ? トールさま」


 ふたりは唇に指を当てて、笑うだけ。

 なんだろう。

 俺はルキエとメイベルに敵わないような気がしてきたよ?


「ところでトールよ。このパジャマは1セットしかないのか?」

「いえ、念のためにもう1セット作っていますが、どうしてですか?」

「こちらは余たち専用にしようかと思うてな。予備のものを、これから実験せねばなるまい?」


 ルキエがそう言うと……足音がした。

 エルテさんが戻って来た──と思ったら、ノックの音がした。

 ルキエは仮面を着け直してから、入出許可を出す。

 するとエルテさんと、宰相ケルヴさん、ライゼンガ将軍にアグニスが入って来る。


 ケルヴさんは書類を届けに、ライゼンガ将軍とアグニスは、俺の見送りに来てくれたらしい。


 俺とルキエとメイベルは顔を見合わせて、うなずく。

 プライベートはここまで。

 これからは、お仕事の時間だ。


「エルテの同行を許可していただき、感謝します」


 宰相ケルヴさんは心底安心した顔で、そう言った。


「こちらがご希望の『素材採取許可証』です。くれぐれも気をつけて行ってきてください。なにかあったらエルテに相談するように。それから──」

 

 ケルヴさんは何度も、気をつけて行くように念を押してくれた。

 本当にいい人だ。


「旅の間、困ったことがあったら我の名を出すがよい」


 次にライゼンガ将軍が、俺のところにやってきた。


「我の知人には、トールどののことを伝えておいたからな。火炎将軍ライゼンガの友となれば、皆が協力してくれるだろうよ」

「ありがとうございます。将軍」

「早く戻ってきてくれるように願っておる。トールどのがいないと、我もつまらぬのでな」


 ライゼンガ将軍は俺の肩を叩いて、旅の無事を祈ってくれた。

 アグニスは同じようにメイベルの肩を叩いて、旅が成功するようにと話してた。

 メイベルは照れた顔だったけど。


 それから俺はケルヴさんたちに『新型の防犯ブザー』と『魔獣ガルガロッサなりきりパジャマ』のことを話した。

 ケルヴさんはびっくりした顔で「すぐに実験させてください!」と言ってた。


 なるほど。

 ルキエが2セット目のパジャマについて聞いたのは、これを予想してたからか。

 さすがは魔王陛下だ。

 ルキエとメイベルが着たばかりのパジャマを、他の人に着せるわけにはいかないからね。

 後でまた、俺で実験をするつもりだから。


 というわけで俺は『超小型簡易倉庫』から『魔獣ガルガロッサなりきりパジャマ2号』を取り出した。

 で、2号をケルヴさんと誰が着ることになったかというと──


「無論、我が着る以外にあるまい!」


 ──結局、ライゼンガ将軍が名乗りを上げた。

 そうしてケルヴさんとライゼンガ将軍は『魔獣ガルガロッサ』になりきってくれたんだけど──



「だ、だからどうして逆方向に行くのですか、ライゼンガどの!」

「ケルヴどのこそ、その脚の動きはなんだ。もっと活き活きと動けぬのか?」

「やたらと動かせばいいわけではありません。不気味さと恐ろしさを強調して──」

「移動先はそっちではない! ああもう! ケルヴどのと一緒に『魔獣ガルガロッサ』になりきるのは無理だな!」

「私こそ、背中がごつごつして痛いのですが!」

「ここまでだ! もうケルヴどのとはやってられぬ」

「それはこっちのセリフで──」


「お父さま。そのパジャマもかわいいので!」


「よし! 続けるぞケルヴどの!」

「将軍? パジャマを脱ぐのでは……?」

「なにを言うか! 陛下がごらんになっているのだぞ! もっと気合いを入れぬか!?」

「え」

「遊びではないのだぞ! このアイテムは、兵士や民に『ハード・クリーチャー』の脅威きょういを知らしめるためのものだ! 武官と文官の長である我らが、真剣に取り組まなくてどうするのだ!!」

「あ、あの。ライゼンガどの?」

「よいな。今から我らは魔獣だ。吠えるぞ! 『ガゥオオオオオガルガロ──ッ』!」

「…………がぅおー」


 こうして、宰相ケルヴさんと、ライゼンガ将軍の『魔獣ガルガロッサなりきりパジャマ』の実験は続き──

 その後、俺とメイベルとルキエは、俺の工房に移動して──

 お茶会の席で、俺たちは改めて『魔獣ガルガロッサなりきりパジャマ1号』の実験をして──

 やってきた羽妖精も交えて、旅の予定を話し合って──


 そして、数日後。



「それじゃ行ってきます。魔王陛下」

「行ってまいります。みなさま」

「おふたりのことは、このエルテにお任せください」



 俺とメイベルとエルテさんは、エルフの村をめざして出発したのだった。





──────────────────



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 いつも「創造錬金術師」をお読みいただき、ありがとうございます!


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