第169話「錬金術師トール、魔王領を旅する(1)」

 魔王城を出発してから、3日目。

 俺たちの馬車は、順調に街道を進んでいた。


 旅のメンバーは俺とメイベル。文官のエルテさん。

 それと、護衛と連絡役を兼ねて、羽妖精ピクシーたちも一緒に来てる。

 今は床に置いたカゴの中で眠ってるけど。


 目的地は魔王領の北西。湖沼地帯こしょうちたいの先にあるエルフの村。

 そこでメイベルの両親のお墓参りと、素材探しをするのが旅の目的だ。


「午後には次の町に着くかと思います。錬金術師れんきんじゅつしさま。メイベルさま」


 馬車の御者席ぎょしゃせきで、エルテさんが言った。

 彼女は手元の地図を見ながら、


「今日は湖沼地帯にある『オルティアの町』に宿泊します。昨日と同じく、町長と会談を行うこととなりますので、錬金術師さまは、ご準備をお願いいたします」

「あの……エルテさん」

「なんでしょうか。錬金術師さま」

「どうして毎回、町長さんと会うことになってるんですか?」


 昨日と一昨日も、俺たちは町で宿を取った。

 最初の町では大歓迎を受けた。

 町の偉い人が総出で、俺たちを出迎えてくれたんだ。


 エルテさんは『お城に一番近い町ですから、皆も錬金術師さまのうわさを聞いているのでしょう』と、言ってた。

 それでみんな、俺のことを見にきたらしい。


 でも、昨日泊まった町でも、俺は町長さんたちとの食事会に参加することになった。

 めちゃくちゃ緊張した。

 メイベルが隣にいてくれたから、落ち着いて話ができたけど。


 でも、よく考えるとおかしい。

 なんで毎回、町の偉い人が待ち構えていんだろう……。


 そんなことを、エルテさんにたずねると、


「それはケルヴ叔父さまが、前もって町長や村長に話を通しているからですね」


 あっさりと答えが返ってきた。


「錬金術師さまの旅行の日程と、立ち寄る町について、先方に連絡が行っているのですよ」

「……どうして宰相閣下さいしょうかっかがそんなことを?」

「錬金術師さまが無事に旅を続けているか確認するためです」


 当たり前のことのように言う、エルテさん。


「そのために叔父さまは町長や村長に、錬金術師さまが到着したらお城に書状を送るようにと、通達を出していらっしゃるのです。だから町の者たちも、錬金術師さまが来ることを知っているのでしょうね」

「宰相閣下が……どうしてそこまで」

「心配されているからです」

「いや、でも、素材採取の旅なんですから。そこまで気を遣わなくても」

「……錬金術師さま。あなたはご自分が、魔王領の重要人物だという自覚が足りないのではないですか?」


 エルテさんは目を光らせて、


「本来ならあなたは、大勢の護衛とともに旅をするべきなのです。少人数にしたのは、『おおごとにするべきではない』と、魔王陛下が判断されたからです。代わりに安全確認をするようにしたわけです。これくらい、お許しいただかなくては」

「そういうものですか?」

「そういうものです」


 そっか。

 そういうものなら、しょうがないな。

 考えてみれば、俺も魔王領内を旅するのは初めてだからね。

 ケルヴさんが色々準備してくれるのは助かるんだ。


 いや、待てよ……これは勇者の世界の言葉で言う『パックツアー』というものかもしれないな。

 勇者世界には、そういう旅行のやり方があったらしい。


『必要なものがひとまとめになっている旅行』だそうで、帝国の研究者たちは『水や食料、着替えまでもが袋詰めにされ、立ち寄った町ごとに提供される』という結論を出している。

 ケルヴさんが用意したこの旅は、その『パックツアー』に近いものなんだろう。


 なるほど。

 意図せずにケルヴさんは、勇者世界の『パックツアー』を再現してくれたということか。

 さすがは魔王領の宰相さんだ。

 あとでお礼の手紙を書くことにしよう。


「でも、できれば……ごく当たり前の、なんのへんてつもない旅をしたかったんですけどね」

「……トールさま」

「……錬金術師さま」


 メイベルとエルテさんが、そろって俺を見た。

 静かに進む、馬車の中。

 ゆったりとした時間の中で、ふたりは──


「普通の旅というのは、もっと馬車が揺れるものだと思いますよ。トールさま」

「こんな静かな馬車って、普通はありえないのでは……?」

「え?」


 いや、確かに、快適な旅になるように馬車を改造したけど。

 そんなにたいしたことはしてないよ?

 改造したのは2箇所かしょだけだから。


 まずは馬車の車軸に『MAXすべすべ化粧水プレミアム』を塗った獣の皮を巻き付けて、車輪の滑りを良くしてある。あの化粧水は生き物の肌に塗ることで、摩擦まさつを減らすことができる。獣の皮でも同じような効果が得られることも実証済みだ。


 その化粧水のおかげで、車軸の回転はすごくスムーズになってる。

 馬の負担も軽くなっているみたいだ。


 あと、馬車の床下には『魔織布ましょくふ』にくるんだ『スララ豆のから』を敷き詰めてある。床下いっぱいに。隙間もないくらい。


『スララ豆の殻』は『抱きまくら』に使われている素材だ。

 これは魔石と合成することで、魔力に反応するようになる。

 今回は、魔力で柔らかくなるようにしてある。やや固めの低反発だ。俺やメイベルが座っているだけで、微弱な魔力を吸収して、『低反発クッション』に変化している。


 それが衝撃しょうげきを吸収して、揺れを少なくしているんだ。

 おかげでカゴの中の羽妖精たちは、ぐっすりと眠っている。

 彼女たちが使ってるクッションも、同じ素材の低反発だからね。


 本当は、馬車の外側にもマジックアイテムを仕込もうと思ったんだけど……それは我慢した。

 最新技術を仕込んだ馬車が走ってると目立つからね。仕方ないね。


「本当に……振動と揺れがほとんどありません」


 御者席で、エルテさんがつぶやいた。


「まるで、おだやかな水面を進んでいるかのようです……信じられません」

「でも、勇者世界の乗り物に比べればまだまだですけどね」


 特に、速度が違う。

 勇者世界の旅は、飛ぶように車窓の景色が過ぎていくらしいから。


『通販カタログ』にもあったからね。『映像で体験! 120分で3つの国をひとまわり』って。

 2時間で3つの国を巡るなんて、あの世界ではどれだけ高速で旅をしているんだろうね……。


「でも、トールさま。あまりスピードの速い乗り物は必要ないと思いますよ」

「そうかな?」

「はい。あまり速くすると、街道を歩いている人たちが危ないです。安全のために『飛び出しキッド』を配置しなければいけなくなります」

「あ、確かに。そうかも」


 街道を高速の乗り物が移動するなら、歩く人を守るためのアイテムも必要になる。

 となると『飛び出しキッド』が必要だ。


 でも、ひとつやふたつ配置したくらいじゃ意味がない。

 100メートルおきくらいに『飛び出しキッド』を並べて、人をきそうになった馬車を、物理で止める必要があるんだ。

 ……でも、それだけの数を作るのは、さすがに無理だ。


 それに……馬車と『飛び出しキッド』がビュンビュンと行き交う街道って、かなり恐ろしい場所のような気がする。

 ルキエが統治する魔王領には合わないよな。うん。


「メイベルの言う通りだ。馬車はあんまり速くしないほうがいいかも」

「これくらいの速さの方が、のんびり旅を楽しめますね」

「そうだね。速度じゃなくて快適性を追求する方が……って、あれ? エルテさん。どうして頭を抱えてるんですか?」


 俺がたずねると、エルテさんは馬車の支柱に額を押しつけて、


「いえ……不覚にも、地平線の果てまで『飛び出しキッド』が並んでいるところを想像してしまいました。悪夢のような光景でした。文官として、その街道をどう管理すればいいのか……」

「そういうことにはなりませんから。心配しなくていいですから」

「わかっています。頭では、わかっているのです……」


 そんなことを話しているうちに、馬車は湖沼地帯こしょうちたいに入っていた。

 街道の脇には大きな川があり、それがいくつもの支流を作っている。

 その向こうには湖や沼がある。

 水面が陽光を受けて、きらきらと輝いている。


「きれいな場所だね」

「そうですね。このあたりを避暑地にしてる種族もいるようです」


 景色を見ながら、メイベルが説明してくれる。


「水が豊富できれいな場所ですけど……ただ、耕作地が少ないという欠点があります。もちろん、長所もありますよ。大きな川があるおかげで、船を使った流通の拠点になっていますから」

「……なるほど」


 河口では、たくさんの人たちが働いている。


 水中で船の針路を指示したり、漁をしたりしているのは人魚たち。

 力仕事をしているのはリザードマン。

 仕事の指揮を執っているのは、獣耳の生えた獣人たちだ。


 水中での仕事は人魚。水辺での仕事はリザードマン。地上は獣人。

 そうやって、役割分担しているみたいだ。


「人魚やリザードマンの皆さんも、最近は『水の魔織布ましょくふ』を使うようになったそうです」


 メイベルは言った。


「水辺でのお仕事にぴったりだって、皆さん、よろこんでいらっしゃいました」

「そっか。よかった」


 自分の作ったものが普及するのはうれしいな。

 魔織布は大きな布に魔石を合成するだけだから、あんまり手間がかからないし。


 最近は職人さんに布をつなぎ合わせてもらって、それを広間の床いっぱいに広げて、俺がささっと魔石を合成するという手順で作ってる。

 これだと100人分くらいを、いっぺんに作れるからね。


「『オルティアの町』で最も数が多いのは獣人たちです。彼らは、髪が長いのが特徴ですね」


 御者席でエルテさんが言った。


「獣人の中には、獣の姿に変身できる者もおります。髪が長くないと、そのときに体毛が足りなくなってしまうそうなのです。そのために、獣人は髪を伸ばすのが習性となっております」

「それで髪を結んだり垂らしたりしてるんですか」


 男性も女性も、長い髪を三つ編みにしたり、紐で結んだりしている。長さは、腰のあたりまで。

 邪魔じゃないのかな、って思うけれど、獣人の人たちは、伸ばした髪を尻尾で叩いて、コントロールしていた。獣人は運動能力に長けてるっていうけど、すごいな……。


「やっぱり、旅に出てよかった」


 今まで見たことない光景が目に入ってくるのが、すごく楽しい。

 自分が魔王領の一部しか知らなかったことが、よくわかる。


 魔王領の人々の助けになるためには、みんなのことをもっとよく知らなきゃいけないからね。

 だから旅に出て、自分の目で魔王領を見て回りたかったんだ。

 許可をくれたルキエや、旅の手配をしてくれたケルヴさんに、感謝しないとな。


「間もなく『オルティアの町』に到着します。町長と面会することになりますので、ご用意を」

「わかりました。ところでエルテさん」

「なんでしょうか。錬金術師さま」

「そろそろ『錬金術やってます』のチラシを配ってもいいですか?」

「その話、まだ続いていたのですか!?」


 びっくりされた。

 旅に出てから、何度もお願いしてるんだけどな。

『魔王領の人たちとわかりあうために「錬金術やってます」のチラシを配ってもいいですか』って。


 みんなのことを知るには、それぞれの希望や悩みを聞くのが一番早いからね。

 だからチラシを配って、錬金術の依頼を受けようと思ったんだけど。


「そういうことは……帰り道にしていただけませんか?」

「やっぱり、そうなりますか?」

「はい。町に着くたびに依頼を受けていたら、時間がかかってしまいますからね。旅の行程が遅れれば、陛下や、ケルヴ叔父さまも心配されるでしょう」

「……確かに、そうですね」

「まずは目的地に着くことを優先してください。その後なら、チラシを配っても構いませんよ」

「わかりました」


 仕方ないな。ケルヴさんにはお世話になってるからね。

 エルテさんの言う通り、錬金術をやるのは帰り道にしよう。

 帰り道なら存分にやっていいみたいだからね。うんうん。


「……いえ、トールさま。存分にやっていいわけではないのでは」

「……なんでわかったの。メイベル」

「お顔を見ていたら、なんとなく」


 俺の顔を眺めながら、照れたように笑うメイベル。

 俺は、少し考えてから、


「……お願いだよメイベル。帰り道では、ちょっと多めに錬金術の仕事をやりたいんだ。見逃してくれない?」

「……そういうお願いをされると、困ってしまいます」

「……短時間で済ませるから。ないしょにして欲しいんだ」

「……ずるいです。私にトールさまのお願いを断れるわけがありません」

「……ありがと。メイベル」

「……ちょっとだけですよ」


 俺とメイベルは顔を見合わせて、笑った。



「仲がよろしいのは結構ですが……すべて聞こえておりますよ。この馬車、静かなのですから」



 気づくと、エルテさんがジト目でこっちを見てた。

 全部、聞こえてたみたいだった。

 静かな馬車には、こんな欠点があったんだね……。


 そんな話をしているうちに、俺たちは『オルティアの町』に到着したのだった。






「これはこれは! 高名なる錬金術師さまにお目にかかれて光栄ですぞ!」


 オルティアの町長さんは、灰色の髪を持つ獣人だった。

 頭の上から三角形の獣耳が突き出ている。背中の方では大きな尻尾が、左右にぶんぶんと揺れてる。

 町長さんは人なつっこい笑顔で、俺に向かって手を差し出した。


「わしは『オルティア』の町長で、グェルン・アッシュドンと申す。副町長もご挨拶に来る予定なのだが……彼はリザードマンのリーダーでしてな。彼は、少し忙しいようでして」

「気にしないでください」


 俺はグェルンさんの手を握り返して、


「それに、皆さんが忙しいのはわかります。先ほど、川でお仕事をしているのを見ましたから」

「そう言っていただけると助かるのだ」


 グェルンさんは灰色の髪を揺らして、うなずいた。

 左右に広がった髪はまるでたてがみのようだ。

 獣人は獣の姿に変身できるそうだけど、この人は獅子ししになるのかな。


「町の者は皆、交易所におろすす品の準備をしていましてな。なかなか手が離せないのだ」

「あちらの工事が終わったら商品を送れるように、ですね?」

左様さよう。そういえば交易所を作るきっかけとなったのも、錬金術師どのだったと聞いているのだ」

「とんでもない」


 俺は首を横に振った。


「俺はただ、その場にいただけですよ。交易所の設営を決められたのは、魔王ルキエ・エヴァーガルド陛下と、『ノーザの町』のソフィア皇女さまです」

「ふふっ。謙遜けんそんすることはないのだよ」


 グェルンさんは、くんくん、といった感じで、鼻を鳴らした。


「においも、姿形も違う種族たちを結びつけたのも、錬金術師どのの力量あってのこと。おかげでこの町も活気づいておる。錬金術師どのには感謝しかないのだよ」

「そう言っていただけると、うれしいです」


 グェルンさんは身体が大きい。ライゼンガ将軍といい勝負だ。

 でも、おだやかな笑顔を浮かべてる。

 ライゼンガ将軍もそうだけど……魔王領にいる人たちは、身体は大きくても優しい人が多い気がする。

 そのあたりは帝国と正反対だ。

 やっぱり、トップに立つ者の違いだろうな。


 そんなことを考えていたら、ルキエのことが気になってきた。

 ケルヴさんから俺がどこにいるかは聞いてるはずだけど……俺からも手紙を出した方がいいな。

 町長さんに頼んで、書状を送ってもらおうかな。


「どうか今夜はうちで夕食を……おぉ、セーラ。戻っていたのか」


 不意に、グェルンさんが廊下の方を見た。

 そちらの方から、誰かが近づいていたらしい。

 でも、俺たちは気がつかなかった。

 やっぱり獣人のひとたちは、気配と音に敏感みたいだ。


「……は、はい。父上。それと、お客人の皆さま……」


 廊下の方を見ると、小柄な少女がいた。


 髪の色はグェルンさんと同じく灰色。

 腰まで伸びた髪を三つ編みにして、緋色のリボンで結んでいる。


 彼女は柱の後ろに隠れて、じっとこっちを見ていた。

 着ているのは灰色のワンピースだ。その裾をぎゅっ、と握りしめてる。


「『オルティアの町』に……ようこそ。歓迎、いたします」

「こらこら、セーラよ」


 グェルンさんは苦笑して、


「客人の前で隠れているのは失礼なのだ。出て来て、あいさつをするのだよ?」

「で、でもでも……父上」

「どうした?」

「今日は髪が──で、リボンがうまく────なくて」

「最近は天気が悪いからな。だが、それと礼儀作法は別の話だ。こちらに来るのだよ。セーラ」

「……は、はい」


 セーラと呼ばれた少女は、ぽてぽて、といった感じで、こっちに歩いて来る。

 それから、スカートをつまんで、一礼して、


「は、はじめまして。セーラ・アッシュドン、です。町長グェルンの娘で、町の仕事のお手伝いをしています」

「はじめまして。錬金術師のトール・カナンと申します」


 俺はセーラさんに一礼した。


「素材探しの旅の途中で『オルティアの町』に立ち寄らせていただきました。明日にも出発しますけど、帰りにもまた立ち寄らせていただきますので、その時はどうかよろしくお願いしますね」

「ご、ごていねいに。えっと……ありがとうございます!」



 ぶんっ。



 セーラさんは勢いよく頭を下げた。



 しゅるん。



 その拍子に、髪を留めていたリボンが、ほどけた。

 次の瞬間──



「あ、ああああああっ!」



 セーラさんの髪が、ぼわん、と、膨らんだ。

 まるで、獅子がたてがみを広げたように。


「あ、あわわわわ……は、恥ずかしい……です」


 セーラさんは真っ赤になってうずくまる。

 彼女は恥ずかしそうに、ぼさぼさにふくらんだ髪を押さえて、


「お客さまの前で……こんな……やっぱり今日は、人前に出るべきじゃなかったのに……」

「気にしないでください。獣人の方々が髪を伸ばしている事情は、知っていますから」


 獣人の中には、完全に獣の姿に変身できる者もいる。

 その時に髪の毛が体毛に変化するため、髪を伸ばしている……だったっけ。


「そ、そうなのですけれど、セーラの髪がこんなになってしまうのは……湿気の問題で……」


 セーラさんは真っ赤な顔で、首を横に振った。


「この町は湖沼地帯にあって……その分、湿気がすごくて」


 言われてみれば。

 確かに、町に入ってから、なんだか空気がじめじめしてる気がする。


「……私も、少し髪が重い気がします」

「……自分の気のせいではなかったのですね」


 メイベルとエルテさんもうなずいてる。

 ふたりも髪は長い方だ。でも、獣人のグェルンさんやセーラさんほどじゃない。


 獣に変身できる獣人さんは、髪をすごく伸ばす風習があるからね。

 その分、湿気の影響を受けちゃうんだろうな。


「セーラの言う通りなのだ」


 グェルンさんは困ったような顔で、かぶりを振った。


「この町は水運の要で、多くの者が水辺で作業をしている。だが、今年は少し気温が高いせいで……湿気がひどいのだ。そのため、髪の長い獣人は、髪が広がり、ぼさぼさになってしまうのだよ……」

「そうだったんですか」

「セ、セーラも、髪のお手入れはしてます。でも、湿気のせいで、追いつかなくて。この髪は……恥ずかしいのもそうですが……視界をふさいだり、動くのに邪魔になってしまって……」


 セーラさんは涙目だった。

 グェルンさんはそんな彼女を見ながら、ため息をついて、


「もうしわけないのだ。お客人にする話では、なかったですな」

「構いません。むしろ、話してくれた方がうれしいです」


 この旅は、俺が魔王領の人たちのことを知るためのものでもある。

 獣人さんたちに悩みがあるなら、知っておきたい。

 俺がちゃんと、ルキエのサポートができるように。


「俺は、魔王陛下直属の錬金術師です。陛下は『自分の代わりに領内を見てくるように』とおっしゃいました。ですから、問題があるなら話してください」

「ですが……」

「……いいですか? エルテさん」


 俺はエルテさんの方を見た。

 エルテさんは諦めたように、うなずいて、それから苦笑いした。

 よし。許可はもらった。


「では、これを見てください」


 俺は『超小型簡易倉庫』から、『錬金術師やってます』のチラシを取り出した。

 それをグェルンさんとセーラさんに渡して、


「錬金術師トール・カナンは、ただいま仕事の依頼を受け付けています。『オルティアの町』に滞在中に解決できることなら対応します。できなければ、後で対策用のマジックアイテムを送ります。もちろん、なんでも解決できるわけじゃないですけどね」


 俺が言うと、グェルンさんはしばらく迷っていたようだった。

 それから彼は、涙目になってるセーラさんの方を見て──


「わかりました。お話いたしましょう。本来なら、魔王陛下直属の方にお話しするほどのことではないのですが……」


 そうして、町長のグェルンさんは獣人の悩みごとについて、詳しい話を始めたのだった。





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 次回更新は11月23日です。


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