第170話「錬金術師トール、魔王領を旅する(2)」

 この『オルティアの町』の歴史は浅い。

 先代魔王の時代に、川を利用した流通の拠点として作られた町だからだ。


 周囲は湖沼地帯こしょうちたい、町の外には川。

 町の中にも水路があり、人魚が住む池に繋がっている。

 さらに、魔獣の侵入を防ぐため、町は立派な城壁で囲まれている。


 風通しが悪く。湿気の逃げ場もない。

 そのため、暑い日はどうしても、町中がじめじめしてしまうのだった。


 人魚は水中で暮らす種族だから、湿気は気にしない。

 リザードマンは、うろこがほどよく湿っていた方が、快適らしい。

 困っているのは、髪を伸ばす習性がある獣人だけだそうだ。


 具体的には、朝起きると、髪がぼん、と、爆発したようになっていたり。

 変な方向に跳ねた髪が、視界を塞いだり。手足に絡みついたりする。

 髪を三つ編みにしたり、リボンや髪留めでまとめているのはそのせいだ。


 おまけに、獣人は五感が鋭い。

 湿気や気温の変化に敏感な者は、気が滅入って、食欲もなくなってしまう。

 町長グェルンさんの娘のセーラさんも、そんな体質だった。


「もちろん、毎年こんなことが起きているわけではないのだ」


 グェルンさんはかぶりと、灰色の尻尾を振って、


「ただ、今年のように気温が高い年は……獣人たちは憂鬱ゆううつな時を過ごしているのだよ」

「魔王城に相談して下さればよかったのに」


 不意に、エルテさんが前に出た。


「叔父さま……いえ、宰相閣下さいしょうかっかなら、対処してくださったはずです」

「だがなぁ。生命に関わるほどのものでもないのだ。『湿気で獣人の髪がボサボサになってしまいます。気が滅入ります。対処をお願いします』とは言いにくいのだ。陛下も宰相閣下も、お忙しいのでな」

「それは……そうかもしれませんが」

「それに、町の仲間である人魚たちのこともあるのだ」


 グェルンさんは、ぼりぼりと頭を掻きながら、


「人魚たちは気のいい連中でなぁ。大事おおごとになってしまえば、彼らが責任を感じるかもしれぬ。今年のような気候のときは、彼らも申し訳なさそうにしている。町を流れる水路も、湿気の原因のひとつだからなぁ」

「……お気持ちはわかります」

「この町は獣人が嗅覚を活かして商品を検品し、リザードマンが川辺に運び、人魚が船で出荷するというやり方で回っている。ジメジメするのは数年に一度のことではあるし、獣人たちが我慢すれば済むことで……」

「グェルンさん、ひとつ、うかがってもいいですか?」


 俺は口を挟んだ。

 気になることがったからだ。

 これは、錬金術師としての好奇心でもあるんだけど──


「湿気がひどいときって、獣の姿に変身しても大丈夫なんですか?」

「「…………」」


 あれ?

 グェルンさんとセーラさんが無言になった。

 特にセーラさんは、なんだかすごく恥ずかしそうな顔をしてるんだけど。


「湿気がひどくて、髪がボサボサになっている状態で変身すると……毛玉のような獣になるのだ」

「お父さま!?」

「隠していても仕方ないのだ。セーラよ」


 グェルンさんは腕組みをして、


「湿気がひどいときに獣人が獣の姿になると、全身の体毛がふくらんで、毛玉に手足が生えたようになるのだ。普段は『もふもふ』だが、湿気がひどいときは『もこもこ』だ。セーラが子どもの頃に変身したときは、まんまるの、まるでぬいぐるみのような姿で……」

「お父さまお父さまお父さまぁ!」


 ばしばし、ばしばし。


 真っ赤になって父親の背中を叩くセーラさん。

 意外と重大な問題だった。


 エルテさんから聞いた話だけど、獣人さんは獣の姿に変身して、偵察せっこう斥候ていさつをしている。

 変身した獣人は運動能力が上がり、五感はさらに鋭くなる。それを活かして戦や、魔獣討伐のときに活躍かつやくするそうだ。


 でも、湿気のせいで『もこもこ』になってしまったら──


「うむ。偵察に出る前に、湿気を落とし、髪を整えなければならぬ。とても時間がかかるのだよ」


 俺の表情を読んだのか、グェルンさんが言った。

 となると……やっぱり、なんとかした方がいいな。


「わかりました。対策を考えます」


 俺は言った。


「まずはメイベル。『ドライヤー』を使って、セーラさんの髪を整えてみてくれるかな? あれも湿気対策に使えるから」

「お任せください。トールさま」


 メイベルはすでに『ドライヤー』を用意していた。

 俺がどうするか予測していたらしい。さすがだ。


『水霊石のペンダント』を覆うカバーは、彼女の意志で『ドライヤー』と『防犯ブザー』に変身することができる。ルキエにもらった『虹色の魔石』の効果だ。


「セーラさま。私におぐしを整えさせていただけますか?」

「え、でもでも。お客人にそのようなことをお願いするのは……」

「私は錬金術師トール・カナンさまの助手です」


 メイベルはスカートの裾をつまんで、おごそかな口調で、


「トールさまが町の問題に対処することを決めたなら、私がお手伝いをするのは当然のことです。それは、私のよろこびでもあるのですから」

「わ、わかりました。そういうことでしたら……」


 セーラさんはふくらんだ髪を押さえながら、メイベルの方へ。

 俺はグェルンさんと顔を合わせて、


「それと……グェルンさん、町の構造について教えてください。獣人さんとリザードマンさんと人魚さんたちが、どんなふうに棲み分けしているのか確認したいんです」

「承知したのだ。では、地図を用意するのだ」


 こうして俺とグェルンさんとエルテさんは、打ち合わせをはじめたのだった。






「なるほど。町は水路を挟んで東西に分かれているんですね」

「西側にリザードマンたち、東側に獣人、中央に水路と、人魚たちが住むエリアがあるのだよ」

「水路脇の広場が、交流場所になっているんですね?」

「そうなのだ。仕事が終わったあとに人魚たちや、リザードマンたちと酒を飲むのだよ。それぞれ好きな食べ物を、川辺で料理しながらな。そのひとときが最高なのだ」

「いいですね。俺もこっそり参加したいです」

「堂々と参加すればいいのではないか?」

「パーティをしてるわけですよね?」

「まぁ、そうなのだが」

「…………」

「…………?」

「それはさておき、この配置なら、獣人さんのエリアだけ、湿気を取ることができるかもしれません」

「ほ、本当に!?」

「やってみる価値はあると思います」


 俺は『超小型簡易倉庫』から『通販カタログ』を取り出した。

 グェルンさんとエルテさんにわかるように、それを広げる。


「……やっぱり、その本を持ってきていらしたのですね」

「はい。旅の間、勇者の視点で物事を見るために」

「勇者の視点で?」

「俺の目的は『勇者世界を超えること』です。だから、旅をしている間に気になることがあったら『勇者ならどうするか』を、考えるようにしたかったんです。『通販カタログ』を持って来たのは、そのためです」

「旅の間くらい、のんびりなさってください」


 エルテさんは呆れたように、


「魔王陛下や叔父さまからも『無理をしないように』と言われているのでしょう?」

「無理はしていません。通常営業です。それより、これを見てもらえますか?」


 俺は『通販カタログ』をめくっていく。

 確かこのあたりに、使えそうなアイテムが……。

 うん。あった。


「この『絶対快適・クラウド除湿機』なら、湿気問題を解決できるかもしれません」

「『絶対快適・クラウド除湿機』……聞き慣れない名前ですね」

「な、なんなのだ。その奇妙な名前のアイテムは……?」


 エルテさんもグェルンさんも、びっくりしてる。

 俺はふたりに、『通販カタログ』の内容を訳して聞かせることにした。


────────────────


『絶対快適・クラウド除湿機じょしつき



 梅雨時のジメジメ、乾かない洗濯物せんたくもの、窓ガラスの結露けつろなど、湿気のお悩みはあるものです。

『絶対快適・クラウド除湿機』が、湿気とジメジメにサヨナラしましょう!


 当社の除湿機は独自製法の強力パワーで、湿気をあっという間に消し去ります!

 強さは『弱』『強』『完全除湿』の3段階。

 心地よいうるおいを残す『うるおいモード』も搭載とうさいしています。


『強』と『完全除湿』はおどろきの威力いりょく

 雨の日の洗濯物も、すぐに乾いてしまいます。


 さらに、当社独自の『クラウド・ネットワーク』機能が装着済み。

 おうちに配置したすべての除湿機が連携を取り、最適な湿度を維持します。

(当社の指示に従った環境設定と、お客さまのネットワーク環境の解放が必要です)


 広いエリアもすっきり除湿。

 当社の『絶対快適・クラウド除湿機』で、季節のお悩みを消し去りましょう!


────────────────


 俺は『通販カタログ』を読み終えた。


「「…………」」


 エルテさんとグェルンさんは、しばらく無言だった。

 やがて、ふたりは首をかしげて──


「ここに掲載けいさいされているものが、湿気を取るアイテムだということはわかりました」

「う、うむ。獣人のわしにもわかるのだ」

「ですが……」

「この『クラウド・ネットワーク』とはなんなのだ?」


 ──不思議そうな顔で、そんなことを言った。


「『クラウド』は勇者の世界で雲を、『ネットワーク』は繋がりを表す言葉です」


 言葉の意味はそうだ。

 それが『除湿機』と、どう関係するかというと──


「おそらく、この『クラウド・ネットワーク』とは、『除湿機』同士を繋ぐシステムのことでしょう。空にある雲は千切れたり、繋がったりを繰り返し、やがて広範囲に雨を降らせます。つまり『クラウド・ネットワーク』を利用すれば、雲のように、町全体に影響を与えることができるんじゃないかと」

「まさか!?」

「そ、そんなことが!?」

「勇者世界のアイテムですからね。それくらいは普通ですよ」


 大きな雲は、町の空全体をおおってしまう。

 となると、『クラウド・ネットワーク』は、同じくらいの範囲をカバーするものだと考えるべきだろう。


「れ、錬金術師さまは……『クラウド・ネットワーク』というものを、どのように実現されるおつもりなのですか?」

「『三角コーン』を参考にしようと思います」

「『三角コーン』を?」

「交易所に作りましたよね? 『三角コーン』を利用した防御陣を。あれです」

「──!?」


 エルテさんが目を見開く。

 隣でグェルンさんも、はっとした顔になる。

 グェルンさんも、交易所の噂は聞いていたみたいだ。


 俺は以前、交易所に『三角コーン』で陣地を作った。

 青竜・朱雀・白虎・玄武・麒麟きりん──異世界の神獣の形をした『三角コーン』を配置することで、効果範囲を拡大させて、威力を上げたんだ。

 その効果は絶大で、交易所に侵入しようとした帝国兵たちを、あっさりと捕らえることができた。

 つまり──


「あの防御陣地こそが『クラウド・ネットワーク』だったのかもしれません」

「……なんてことでしょう」

「……よくわからないが、お客人の言葉には真実味があるのだ。本気で話していらっしゃることは……獣人の感覚でわかるのだ」

「俺はいつでも本気です」


 正直『五行防御陣』が『クラウド・ネットワーク』と同じものかどうか、確信はない。

 だけど、試す価値はあると思う。

 そのために、この『オルティアの町』で実験をしたい。

 それが成功したら──


「これからのマジックアイテムは『クラウド・ネットワーク』が主流になるかもしれません。マジックアイテムの在り方が変わるわけですね」

「マジックアイテムの在り方が!?」

「あ、お客人は、まことに勇者の視点をお持ちなのだ……」

「まだ仮説ですけど……でも、成功したら魔王領は、帝国を完全に超越した国になると思います」


 帝国は人口が多い。

 しかも、兵士が連携を取ることで、個々人の力量を超えた力を発揮している。

 そうして、帝国は領土を広げてきた。


 でも、魔王領に同じことはできない。

 人口が少ないということもあるけれど、種族ごとに、得意分野が違うからだ。

 もちろん、それは長所でもある。

 ルキエは『適材適所』で人を配置して、よりよい成果を上げているんだから。


 種族ごとの特性が違っていて連携が取りにくいなら、どうするか?

 答えは簡単だ。それを補うために『連携するマジックアイテム』を作ればいい。


 帝国は人間が連携を取り、力を発揮する。

 魔王領はマジックアイテムが連携を取り、力を発揮する。

 そうして少ない人口と、種族ごとの能力の違いをカバーする。


 うまくいけば、帝国なんか問題にならないくらい、繁栄した国になるはずだ。

 あと、ルキエの負担も減ると思うし。


「……連携する『防犯ブザー』……連携する『お掃除ロボット』……連携する『ウォーターサモナー』……ま、魔王領は、一体どうなってしまうのですか……」

「……エルテさん?」

「あなたのおっしゃることは、自分の想像を超えています。どう対処すれば……」

「落ち着いてください。すぐに実現するものじゃないんですから」


 俺は、テーブルに額を押しつけるエルテさんの肩をゆさぶって、


「それに、俺ひとりでできることでもないですからね」

「そ、そうかもしれませんが」

「錬金術が使える弟子ができたら、話は別ですけど」

「弟子ですか?」

「『創造錬金術』スキルを使えるのは俺だけですけど、普通の『錬金術』スキルなら、魔王領内にも使える人がいるんじゃないかな。そういう人を弟子にして、技術を教えることができたらいいですね。そうすれば、マジックアイテムを作るペースも速くなりますから」

「そんなことを考えていらしたのですか!?」

「はい。旅が終わったら、メイベルかアグニスさま……あるいは羽妖精のみんなを集めて『錬金術講座』を開こうと思ってます。そこで一番、手先が器用な人を、試しに弟子にしてみようかなと」

「あ、安心しました。旅が終わってからのお話なのですね……」


 エルテさんは、ほっ、と息をついた。


「ならば、ドワーフの村に立ち寄られたらどうだ?」


 不意に、グェルンさんがつぶやいた。


「湖沼地帯の向こうに、ドワーフの住む小さな村があるのだ。ドワーフたちは手先が器用だ。錬金術師どのの助けに…………な、なにかな、エルテどの。どうしてわしをにらむのだ!?」

「……悩みが増えそうな気がしたもので」

「おふたりとも、話を急ぎすぎですから」


 錬金術の講座を開くのは、旅が終わってからの話だからね。

 エルテさんも「錬金術師さまがふたり……錬金術師さまがさんにん……よにん。ああ、叔父さまの胃が……」とか、心配しなくていいですからね。


「話を戻します。俺はこの町の湿気問題を解決するために、『クラウド除湿機』で『除湿陣地じょしつじんち』や『除湿結界じょしつけっかい』を作ってみたいと考えています」


 俺はグェルンさんに会釈して、


「そういうわけなので、町での実験を許可してくれますか?」

「もちろんなのだ。こちらからお願いしたいくらいなのだ」


 グェルンさんは大きな獣耳を倒して、尻尾を下げて、


「この町の獣人のためにもなることなのだ。協力はおしまないのだ!」

「ありがとうございます。東西南北の方位を正確に教えてください。それと、素材になりそうな金属があったらいただけますか?」

「承知なのだ!」

「それと、エルテさん」

「は、はい」

「出発を1日か2日、遅らせても大丈夫ですか?」

「この状況で断るわけには……いかないでしょうね」


 エルテさんは腰に手を当てて、ため息をついた。


「行程の遅れについては、自分がケルヴ叔父さまに報告いたします。錬金術師さまも、魔王陛下に手紙を書いてくださいませ。到着確認の書状と一緒に、お城へとお送りいたしますから」

「わかりました」


 さてと。

 今回は『除湿機』を作るだけじゃない。

 安定した『クラウド・ネットワーク』を構築しなきゃいけないんだ。


 大変だけど、やりがいがある。

 魔王領のマジックアイテムを『クラウド・ネットワーク』化する、第一歩なんだから。


「それではグェルンさん。作業ができそうな部屋を貸してください」


 俺は言った。


「この町に『除湿クラウド・ネットワーク』を構築するため、錬金術をはじめます」


 そうして俺は、作業の準備をはじめたのだった。





 ──メイベル視点──


「す、すごいです。わたしの髪が、こんなきれいに整うなんて……」


 鏡を見ながら、獣人の少女セーラは声をあげた。

 メイベルは満足そうにうなずく。


 セーラの髪をまとめるのは、それほど難しくなかった。

 一度洗ってから、薄めた『MAXスベスベ化粧水プレミアム』をつけて、なじませた。

 最後に、『ドライヤー』で乾かした。

 それでセーラの髪は、きれいなポニーテールになったのだった。


「『羽妖精の涙』が役に立ってなによりでございます」


 メイベルの肩の上で、羽妖精のルネがつぶやく。


「追加が必要でしたらおっしゃってください。錬金術師さまがいないシーンを想像するだけで……羽妖精たちは悲しみの涙を流すことができますから」

「そういう想像はしなくていいです。私まで泣きたくなりますから」

「メイベルさまとはよいお友だちでいられそうです」

「私もです。ルネさん」


 メイベルは指先を、ルネは拳を差し出してくっつけ合う。

 エルフ少女と羽妖精ピクシーの少女の、仲良しの約束だった。


「……うらやましいです」

「どうしましたか、セーラさん」

「錬金術師さまのお仲間は、とても楽しそうに見えるのです」

「はい。毎日が楽しくて……幸せですから」


 メイベルは目を閉じて、微笑んだ。


「トールさまのお側にいると、自分があの方の一部になったように思えるのです。さきほどもセーラさまのことをご相談されたとき、すぐに『ドライヤー』が必要だとわかりました。そんな自分がうれしくて……とても、胸が温かくなるのです」


 メイベルの言葉を聞きながら、思わずセーラは目を細めていた。

 目の前の少女が、とてもまぶしく見えたから。


 錬金術師トールは人間で、すごい力を持っていると、うわさで聞いていた。

 だから、怖い人だと思っていた。


 でも、トールはとても優しい人だった。

 旅の途中で立ち寄っただけなのに、セーラたち獣人の悩みを真剣に聞いてくれた。

 しかも、この町の湿気問題そのものを解決しようとしている。


(あのお方を腹心にしている魔王陛下は、きっと、すばらしい方なのです……)


 セーラは、魔王ルキエに会ったことがない。

 知っているのは、父から聞いた話だけだ。


 ──魔王陛下は闇の魔術を遠くまで飛ばして『魔獣ガルガロッサ』を瞬殺しゅんさつした。

 ──おそるべき帝国の皇女と交渉し、国境地帯に交易所を作った。

 ──さらに、鉱山や耕地の開拓を、急ピッチで進めている。


 どれも、セーラには想像もつかない力だ。

 だから魔王とは怖い存在だと考えていた。その力をおそれ、うやまうべきだと。


(でも、もしかしたら魔王陛下は……優しい方なのかもしれないです)


 きっとそうだ。

 錬金術師トールのような人を、自分の腹心にしているのだから。


(わたしも魔王陛下やこの方たちの……お役に立てないでしょうか)


 数日後には錬金術師トールたちは町を出て、エルフの森に向かうことになる。

 その前に、自分のできることをしたい。


 ──そんなことを、獣人の少女セーラは考えていた。


「髪は落ち着いていますね。数日くらいはまとまったままだと思います」

「は、はい。ありがとうございます」

「では、トールさまのところに戻りましょう。そろそろお食事の用意をしなければ」


 そう言ってメイベルは、あごに手を当てて、うなずいた。


「これから忙しくなりそうですからね。作業中でも食べられるものを作りましょう」

「土地の名産を食べていただくのはいかがでしょう」

「いいですね。ルネさん。魔王陛下への土産話にもなりますね」

「きっと陛下も、旅のお話を聞きたがるのでございます」


 額をくっつけて話し合うメイベルとルネ。

 それから、メイベルはセーラの方を見て、


「セーラさまにお願いがあります。この町の特産で、手軽に食べられて、栄養があるものを教えてくれますか?」

「あ、はい。えっと……」


 セーラは少し考えてから、


「小魚の揚げ物なんてどうでしょうか? この町の特産品で、骨まで美味しく食べられます。野菜と一緒にパンに挟むものですから、作業をしながらでも食べられると思います……けど」

「名案です」

「すばらしいのでございます!」


 不意に、メイベルと羽妖精のルネが、セーラの手を取った。

 自分が役に立てたのがうれしくて、思わずセーラも笑顔になる。


「おさかなは川沿いの市場で売っています。この時間なら、新鮮なものがあると思います。ご案内いたしましょう」


 セーラは思わず、自分の髪に触れた。

 晴れた日、川沿いに近づくと、セーラの髪はぼさぼさになる。

 それをあざけるものはいない。けれど、特に人魚たちの『わたしたちのせいかもしれない』という、申し訳なさそうな視線が、いつも気になっていた。

 同じ町で暮らすもの同士、本当は仲良くしたいのに。


(でも、今は──)


 セーラの髪はつやつやで、きちんとまとまっている。

 リボンをつけなくてもまっすぐで、自分の髪じゃないみたいだ。

 これなら、人魚たちとも気兼ねなく話ができるだろう。


(せっかくです、メイベルさまたちに町をご案内しましょう)


 そして、町のみんなに、錬金術師さま一行のことを紹介しよう。

 あの人がすごい力を持っていること。町のことを考えてくれていること。

 あの方を腹心としている魔王陛下が、素晴らしい方だということを。


 いろんな者たちに、錬金術師トールと、魔王陛下のことを伝えよう。


 セーラは、そんなことを考えていた。


「わかりました。では、わたしがメイベルさまたちをご案内いたします」


 そして、獣人の少女セーラは、決意を込めて宣言した。


「ついでに、町のみんなにメイベルさまたちをご紹介します。その後で……獣人の嗅覚を活かして、町で一番新鮮なおさかなを見つけてみせましょう」

「よろしくお願いしますね。セーラさま」

「錬金術師さまのためにでございます!」


 こうして、メイベルとセーラとルネは、市場へと向かったのだった。






──────────────────



【お知らせです】


 次回、第171話は、週の前半くらいに更新する予定です。



 いつも「創造錬金術師」をお読みいただき、ありがとうございます!


 読者の皆さまのおかげで、書籍版3巻の発売が決定しました! ありがとうございます!

 ただいま刊行に向けて作業中です。

 書き下ろしも追加していますので、どうぞ、ご期待ください。


「創造錬金術師は自由を謳歌する」は、コミカライズ版も連載中です。

 ただいま、第4話−1まで、更新されています。

 次回更新は11月30日です。


「ヤングエースUP」で読めますので、ぜひ、アクセスしてみてください。

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