第171話「錬金術師トール、魔王領を旅する(3)」

 ──トール視点──


「うん。すごく美味いよ。この小魚」

「セーラさんが新鮮なおさかなを見つけてくださいました」


 メイベルはメイド服の胸を張った。

 獣人のセーラさんは、その後ろでじっとこっちを見てる。

 髪型はポニーテール。ぼさぼさだった髪はきれいに整ってる。

 メイベルは『ドライヤー』と『MAXスベスベ化粧水プレミアム』で、セーラさんの髪をまとめてくれたようだ。


 グェルンさんもびっくりしてた。

 おどろくと獣人の尻尾って、あんなにふくらむんだね。


「ありがとう。セーラさん。すごく美味しいです」


 俺が食べているのは、揚げた小魚と野菜を挟んだパンだ。

 小魚はサクサクで、むたびに味がでてくるし、骨まで食べられる。

 甘辛いソースは、魚にも野菜にもぴったりだ。

『オルティアの町』の名産だそうだけど、本当に美味しい。


「これなら作業しながらでも食べられるよ。ありがとう。メイベル、セーラさん。ルネも」

「お茶はポットで用意しております。おかわりがいるときはおっしゃってくださいね」

「ルネはお手拭きをお持ちいたします。いつでもお呼びください」

「ありがとう。それじゃ、錬金術をはじめるよ」

「……あの。錬金術師さま」


 ふと、セーラさんが俺の前に来た。

 灰色の尻尾を揺らしながら、俺を見て、


「できればなのですが……見学をしてもいいですか?」

「はい。もちろん」

「そんなにあっさり!?」


 びっくりするセーラさん。


「錬金術の秘密とか……秘伝の技とか、あるのでは……」

「あったとしても構いません。俺としては錬金術やマジックアイテムについて、みんなに理解してもらうことの方が大切ですから」

「そ、そうなのですか?」

「それにセーラさんが『除湿機』のことをわかってくれれば、町の人たちも安心して使えますよね? だから見学は大歓迎です」


 今回作るのは『クラウド・ネットワーク』の力で『除湿陣形』を作り出す『除湿機』だ。

 効果も、町の人に与える影響も大きいだろう。


 だったら、町長の娘であるセーラさんに、製作過程を見てもらった方がいい。

 その後で使い方も覚えてもらおう。

 そうすれば町の人たちも、安心して『除湿機』を使えるんじゃないかな。


 ──と、いうことを説明した。


「……ほぇ」


 セーラさんは、目をまん丸にしていた。


「説明、わかりにくかったですか?」

「い、いえいえ。逆です。わかりやすくて、びっくりしました」

「それじゃセーラさん。俺が『除湿機』を作るところを見ていてください」

「は、はい」


 作業を始めよう。

 作業台の上には素材がある。

『超小型簡易倉庫』に入っていたものと、町長のグェルンさんが用意してくれたものだ。

 金属塊と魔石、木材もある。『除湿機』を作るには十分だ。


「メイベル。まずは金属塊をこっちに」

「はい。トールさま」

「『除湿機』は箱の形をしてる。前後に空気を通すためのスリットがあるから……片方から湿った空気を取り込んで、内部で湿気を取って、乾いた空気をはき出す……って感じだね」

「でも、どうやって湿気を取っているのでしょう……?」

「『通販カタログ』には水滴のついたガラスが写ってるよね。『じめじめ結露、嫌ですよね』って」

「結露……確かに寒くなると、魔王城でも金属の扉に水滴がつきますね」

「うん。だから『除湿機』に空気を取り込んで、その中の水分を全部水滴に変えて取ってしまえばいいんじゃないかな。そうすれば後には乾燥した空気が残るだろ? それで『除湿』したことになる」

「な、なるほどです」

「魔術で乾燥した空気を作り出すより魔力の消費も少ないし、効率もいいと思う。となると、必要なのは『水の魔石』と『風の魔石』だな」


『水』と『風』の属性と魔石を組み合わせれば、『除湿機』の内部を冷やすことができる。

 あとは空気の吸入と排出用にも、『風の魔石』を組み込んで、と。


『除湿機』の中には、金属板を大量に配置しておこう。

 それで空気を冷やして、水分を奪えばいい。あとは氷の魔術のような効果も加えて。

 奪った水分は『除湿機』の下に溜まるようにしよう。

 たくさん入っても大丈夫なようにして……っと。


『クラウド・ネットワーク』の方だけど、これは『三角コーン』で陣地を作ったときと同じやり方でいいだろう。

 それぞれの『除湿機』に神獣の像と、五行の属性をつけるだけだ。

 これで『除湿結界じょしつけっかい』か『除湿陣地じょしつじんち』ができるはず。


 まずは木材を、青竜・朱雀・白虎・玄武・麒麟を作って、『除湿機』の上にくっつけて、五行属性を追加して、と。

 この『神獣』の目に触れると、『除湿機』が起動するようにしよう。

 出力は『通販カタログ』を真似して4段階で。『うるおい』『弱』『強』『湿気撲滅ぼくめつ』──という感じにしよう、


「それじゃ実行、『創造錬金術』!」


 俺はスキルを実行した。

 目の前には、金属製の箱が5つ。上部には神獣の像がついている。

 これが勇者世界の『絶対快適・クラウド除湿機』だ。


────────────────


『絶対快適・クラウド除湿機』(属性:風風風・水水・闇闇)

(レア度:★★★★★★☆)


 広範囲の湿気を除去する、超高性能な除湿機。


『風の魔石』と『風属性』により、周囲の空気を除湿機内に取り込み、排出する。

『風の魔石』と『水の魔石』により、取り込んだ空気から水分を除去する。

『闇属性』による簡易収納空間が形成されているため、貯水タンクの容量がアップしている。


『五行属性』が付加されていることにより『クラウド・ネットワーク効果』が使える。


 5台の『除湿機』を東西南北に配置することで『除湿じょしつじん』が形成される。

 その状態の『除湿機』は、互いの魔力を連結することにより、より高い出力を発揮することができる。また、土地の魔力を利用できるため、消費魔力が減少する。

 陣形内の湿気を把握し、最適な湿度を保つことも可能。


『風の魔石』『水の魔石』が必要です。1年に1度、交換してください。

 物理破壊耐性:★★★★(風の魔術は吸収・無効化する)

 耐用年数:不明(クラウド・ネットワークにより魔力が安定するため、耐用年数が延長される)


────────────────


「というわけで、これが錬金術れんきんじゅつです。どうですか、セーラさん」

「す、すごいことはわかりました!」

「そうですね。勇者世界のアイテムはすごいんです」

「……あ、え……えっと」

「それに、俺としては魔王領の皆さんの方がすごいと思います。こんな技術を持つ勇者たちに、立ち向かった人たちの子孫なんですから」

「……錬金術師さま」

「それじゃ、『除湿機』の使い方を説明しますね。メイベルも聞いて。わからないところがあったら、質問して」

「はい。トールさま」

「わ、わたし、がんばります!」


 それから、俺はセーラさんとメイベルに『除湿機』の使い方を教えた。

 セーラさんは羊皮紙ようひしにメモを取りながら話を聞いていた。

 メイベルは、わかりにくいところを的確に質問してくれる。

 羽妖精のルネもやってきて、『除湿機』について意見してくれる。


 こうして、俺たちはアイテムの使い方や、配置方法について議論を続けて──

 明日、稼働実験かどうじっけんをすることを決めたのだった。





「それでは、『クラウド除湿機』の実験をはじめます」


 翌日の朝。俺たちは町長の屋敷の裏庭にある、物干し場まで来ていた。

 まわりでは、たくさんの洗濯物せんたくものが揺れている。


 ここにいるのは俺とメイベルとエルテさん。

 町長のグェルンさんとセーラさんも一緒だ。


 今日も気温が高い。

 そのためか、やっぱり空気はジメジメしてる。実験には最適だ。


「セーラさんに確認ですけど、この洗濯物って、まだ乾いてませんよね」


 俺はセーラさんに訊ねた。

 彼女はこくこく、とうなずきながら、


「は、はい。干したばかりですし、湿気がすごいですから」

「了解しました。ではグェルンさん。この町の地図を見せてください……はい。ありがとうございます。ここが現在地ですから、東西南北は……と」


 俺は方位に合わせて『除湿機』を配置していく。

 物干し台の真下に麒麟きりんの除湿機を、

 それを囲むように、他の4つの除湿機を置いて……っと。


「これでいいはずです。ではセーラさん『除湿機』を起動してみてください」

「神獣の目を押す……ですよね?」

「そうです。あと、押す回数で強度が変わります。4段階あって、5回押すと停まります」

「一番強いのはどれですか?」

「『湿気撲滅しっけぼくめつ』ですね。4回押すと起動しますよ」

「わ、わかりました。実験なので、みんなにわかるように……」


 セーラさんは除湿機についた神獣の目を押していく。

 かちかちかちかち、と、4回。『湿気撲滅しっけぼくめつ』モードだ。


 神獣の目が光って、『除湿機』が起動した。

 ぱかん、と、青竜、朱雀、白虎、玄武、麒麟の口が開く。

 起動したことが見た目でわかるギミックだ。起動中は『除湿機』が音を立てるので、神獣が吠えているようにも見えるんだ。かっこいいよね。


 やがて、徐々に『除湿機』の出力が上がっていく。

 5つの『除湿機』は『クラウド・ネットワーク』でリンクしながら、空気を飲み込み、はき出していく。

 そうして、最高出力で動き出した『除湿機』は──



 しゅおおおおおおおおお。



「「「……おお」」」



 ごぉぉぉぉぉぉ……。



「「「…………ん?」」」



 ぐぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!



「「「…………!?」」」


 巨大な、空気のうねりを作り出した。

 暴風というほどじゃない。ただ、空気が渦巻いているのがはっきりわかる。


 5体の『除湿機』はまるで呼吸をしているかのように、空気を吸い込み、はき出している。そのタイミングは完全にリンクしている。

 まるで、空気の結界を作り出しているように。

 そして、『除湿機』が生み出す風にさらされて──


「お、お父さま!? 洗濯物がパリパリに乾いています!!」

「な、なんだと!?」


 よし。成功だ。

 さすがは勇者世界の『除湿機』だ。

 これがあれば、『オルティアの町』の人たちも快適に──


「お、お父さま! 天日干ししていたお魚が干物になっています!!」

「ばかな! 今朝水揚みずあげしたばかりだそ!」


 ……ん?


「お、お父さま! 喉が渇いてきました。呼吸をすると、口の中が乾いていって……」

「そ、そういえば。わしも口の中がカラカラに……」


 …………おや?


「お、お父さまぁ! 地面の草が枯れていきます!」

「そ、そんな!? この季節に草が枯れるなどありえぬ!」


 ………………あれ?


 俺は『除湿機』を停めた。


「……おかしい。計算以上の出力が出てる。『三角コーン』の時はリンクしてもこれほどの威力は出なかった……いや、効果の違いか。『三角コーン』の効果は威嚇いかくだから、多くの魔力を消費する。でも『除湿機』は空気を動かすだけだから魔力消費も少なくて、その分、『クラウド・ネットワーク』でリンクさせると、草を枯らして地面を乾燥させるほどの威力が……」

「……トールさま」

「……錬金術師さま」


 気づくと、メイベルとエルテさんが、こっちをじっと見ていた。

 俺はうなずいて、


「さすがは勇者世界の『除湿機』だね」

「それで済ませないでください!」


 エルテさんに怒られた。


「いくらなんでも強力すぎます! 洗濯物はいいとして、効果範囲内にいる人の喉をカラカラにして、草木を枯らすなんて……!」

「待ってくださいエルテさん」

「なんでしょうか」

「ものは考えようです。この『除湿機』は、開拓に使えるかもしれません」

「開拓に?」

「泥地に配置して湿気を取れば、地面をほどよく乾かすことができます。泥地を耕地に変えることもできるかもしれません。『ウォーターサモナー』と併用すれば、効果を上げられると思うんですけど」

「それはわかります」

「わかってくれてありがとうございます」

「でも、軍事的な使い道もありますよね?」

「いやいや、無理ですよ。これは湿気を取るためのアイテムなんですから」

「『三角コーン』と組み合わせたらどうなりますか?」

「『三角コーン』の『威嚇陣形いかくじんけい』とですか?」

「そうです。『三角コーン』で相手の方向感覚を麻痺まひさせる陣形を作り、その近くにこの『除湿機』を配置したらどうなりますか?」

「『三角コーン』には威嚇効果いかくこうかがありますから、相手は『除湿機』を排除することができなくなります」

「しかも、敵は方向感覚がおかしくなって、道に迷いますよね?」

「そうですね。でも、その空間は『除湿の陣』が形成されていて、空気がカラカラですから……」

「その陣地に入りこんだ人は、身体の水分を奪われて……やがて……」

「…………」

「…………」


 怖い想像になった。


 おかしいな。

 町の湿気を取るだけのアイテムのはずが、敵を乾燥空間に閉じ込めるものになってるよ?


「……『除湿機』の設定を変えます。『うるおい』と『弱』だけにして、『強』は緊急時のみにしましょう」

「……それがいいと思います」


 エルテさんはため息をついた。

 まぁ、3段階でも、快適に暮らすには十分だろう。


「グェルンさん、セーラさん」

「う、うむ!」

「は、はい。錬金術師さま」

「とりあえず『除湿機』の出力は少し下げておきます。もしも、もっと強力な除湿能力が欲しいときは連絡してください。帰りに寄って、調整しますから」

「わ、わかったのだ」

「それでお願いします。錬金術師さま」


 グェルンさんとセーラさんはうなずいた。

 それから場所を変えて、俺はセーラさんに、改めて『除湿機』を起動してもらった。

 設定は『うるおい』。

 適度な湿気を残すモードだ。

 効果範囲は、町長の屋敷全体。

 その後『除湿機』を起動して1時間。屋敷の人たちの反応は──



「「「……さわやかです」」」



 みんな、心地よさそうだった。


「昨日まで尻尾にまとわりつくようだった湿気を、今は全く感じないのだ。まるで別の町に来たようだ。なんとすごい……」

「わ、わたしもです。なんだか、気分まで変わってしまいます」


 グェルンさんもセーラさんも、椅子に座ってゆったりしてる。

 俺としては正直なところ、あまり変化は感じない。

 ちょっと涼しくなったくらいだ。


 でも、グェルンさんとセーラさんの尻尾も、獣耳も、毛並みが落ち着いてる。

 昨日までは体毛が跳ねたり、ねじれたりしてたんだけど。

 やっぱり『除湿機』は効果を発揮しているみたいだ。


「ありがとうございます! 錬金術師さま。これなら、町の湿気問題も解決しそうです!」

「獣人のみんなも、さわやかに過ごせるのだ」

「よかったです」

「この『除湿機』は、もっと広いエリアでも使えるのですか?」

「獣人さんがいるエリアくらいなら、カバーできると思います」


『五行』を利用した『三角コーン』は、交易所全域をカバーしていた。

 この町の東エリアは、それよりは狭い。

『クラウド除湿機』5台なら、十分に除湿できると思う。


「ただ、しばらくは場所を限って使うのがいいと思います。一気に広いエリアで使うと、みんなびっくりしますから」

「わ、わかったのだ」

「基本的には『うるおい』モードでいいと思います。雨の後や、湿気の強いときに『弱』にしてください。『強』は隠しコマンドで使えるようにしてあります。メモは残しておきますから、信用できる人だけに伝えてくださいね」

「う、うむ。理解したのだ」


湿度撲滅しつどぼくめつ』は封印したけど、『強』は残した。

 たまに湿度のすごいときがあるかもしれないからね。

 万が一の対応は必要だと思うんだ。


「帰りにまた立ち寄りますから、その時には、使った感想を教えてくださいね」

「そうですね。そのためにも、旅を先に進めなくてはいけません」


 不意に、エルテさんがつぶやいた。


「明日の朝には出発したいと思います。よろしいですか? 錬金術師さま」

「そうですね……」


『除湿機』の使い方は教えたからね。

 なにかあったら連絡が来るだろうし、帰り道に立ち寄ることもできる。

 問題ないな。


「わかりました。それじゃ、朝には出発しましょう」

「ありがとうございます。それではグェルンさま。報告書を書きますので、魔王城へ送付をお願いします。『除湿機』の件についても報告しなければいけません。グェルンさまも、一筆お願いします」

「わかったのだ。だが、急がなくてもいいと思うのだが」

「ドワーフの村にも、立ち寄ることになりそうですから」


 エルテさんは俺を見て、苦笑い。


「この旅では、なるべく錬金術師さまの希望を叶えるようにとおおせつかっております。その予定を立てるのも、自分の役目ですからね」

「うーむ。そういうことなら、承知したのだ」

「お父さま」


 不意に、セーラさんが声をあげた。


「ここまでしていただいたのです。錬金術師さまたちのために、獣人から、道案内役を出すべきではないでしょうか?」

「そうだな。エルフの村まではまだ距離がある。護衛にもなるのだ」

「そうですよね! それはわたしが……」

「だめだ。セーラはまだ幼い。長旅は無理なのだ」

「でも……錬金術師さまたちにはご恩が……」

「それは別のかたちで果たすべきなのだ。道案内なら『ご先祖さま』に頼むのがよかろう」


 グェルンさんはうなずいた。

 それから、俺の方を見て、


「錬金術師どの、それから、エルテどのにご提案があるのだ。道案内と護衛役を兼ねて、一頭のオオカミをお供させたいのだが、どうだろうか?」

「オオカミを? 獣人さんたちの知り合いですか?」

「うむ。とても長生きしているオオカミでな、獣人とも仲が良い。我らは敬意を込めて『ご先祖さま』と呼んでおるのだ」

「湿気を嫌うので、町にはあまりやってきません。でも、呼べば助けてくれます」

「そうなんですか……」


 せっかくの好意だ。受けた方がいいかな。

 エルフの村までは、まだ遠いからね。道案内がいるのは助かる。


「どうでしょうか。エルテさん」

「異存はありません。ですが、そのオオカミは、我々の言葉を解するのですか?」

「長生きしているのでな、わかってくれるのだよ」


 グェルンさんは笑った。


「気さくな方だ。不要になったら言ってくださればよい。そうすれば帰っていくだろう。まぁ、お守りのようなものだと考えてくだされ」

「わかりました。では、ご厚意に甘えます」


 俺はグェルンさんに頭を下げた。

 メイベルとエルテさんも同じようにする。


 こうして、俺たちはオオカミの護衛つきで、旅を続けることになったのだった。




 そうして翌朝。

 俺たちは町を出発することになったのだったのだけど──


「セーラさんは、どうしたんですか?」

「恥ずかしいので、町から離れたところで見送るそうなのだ」

「恥ずかしい、ですか?」

「家族や、別の種族なら問題ないのだが、町の者に見られるのは恥ずかしいのだ。これも、獣人の習性なのだが」


 よくわからないけど、習性なら仕方ないな。

 進むルートは伝えてあるから、あとで会えるだろう。


「お世話になりました」

「いや、それはこっちの言うことなのだ」

「帰りにまた寄らせてもらいますから、それまでに『除湿機』のレポートをお願いします」

「心得た。魔王城にも、錬金術師どのの功績は伝えさせてもらう」

「それでは、また」


 俺たちはグェルンさんに手を振って、それから、馬車で出発した。

 短い時間だったけど、『オルティアの町』に来てよかった。

 獣人たちの悩みも聞けたし、『クラウド除湿機』の実験もできたからね。


「やっぱり、旅はいいな」

「はい。年に一度くらいは、こういう旅をしたいですね」

「いつでもご案内いたしますよ。もちろん、陛下と叔父さまの許可があれば、ですが」


 馬車は進んでいく。

 湖沼地帯こしょうちたいを過ぎれば、次はドワーフの住む丘陵地帯きゅうりょうちたいだ。

 錬金術に興味がある人か、加工が得意な技術者とかいないかな。

 その人の助けを借りれば、もっと魔王領に技術を広めることができるはず。


 俺がそんなことを考えていると──


「錬金術師さま。セーラさまがいらっしゃいますよ?」


 俺の肩の上で、羽妖精のルネが言った。

 馬車の窓から外を見る。

 人の姿は、どこにもない。でも、ルネは街道の先を指さしてる。


 そこにいたのは、灰色の体毛を持つ、オオカミだった。


「もしかして、セーラさん?」

「わふ」


 返ってきたのは、可愛い子犬のような声。

 獣になった状態だと、人の言葉は話せないらしい。


「……わぅわぅ」


 セーラさんは恥ずかしそうに、沼地に生えた木の陰に隠れた。

 灰色のオオカミ姿は、きれいだった。

 湿気で毛玉になっているわけじゃない。グェルンさんが言ったように、もふもふだ。


「別に隠れることはないと思うんだけど……」

「トールさま」

「どしたのメイベル」

「獣人がオオカミの姿に変身するときは、服をすべて脱ぐそうですよ?」

「……なるほど」


 納得だった。

 俺はオオカミのセーラさんから視線を逸らした。


「…………わぅぅ」


 木の陰に隠れたセーラさんは、準備運動をするみたいに声をあげて、それから──




「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお────ん」



 空に向かって、遠吠えをした。

 それが湖沼地帯に響いていき──やがて、道の向こうに、別のオオカミが姿を現す。

 金色の体毛を持つオオカミ。

 あれがグェルンさんの言う、『ご先祖さま』らしい。


「わぅわぅ。わぅん」

「ぐるる」


 金色の『ご先祖さま』は、オオカミのセーラさんに近づき、言葉を交わす。

 それから俺たちのところに来て、頭を下げた。


「ぐるるん。ぐる」

「えっと、護衛してくれるんですか?」

「わぅ」

「わかりました。それじゃ、次の村まで、よろしくお願いします」

「わぅ!」


 そうして金色のオオカミは、馬車の先に立って歩き出した。

 不思議と、馬もおびえていない。

 敵意がないのがわかるのか、それとも、魔王領の馬だから慣れているのかな。


「わぅぅぅ──ん」


 振り返ると、沼地でセーラさんがこっちを見てた。

 俺とメイベルは、ルネは手を振る。

 最初の町だけど、色々なことがあった。

『クラウド・ネットワーク』の実験もできたからね。帰りに寄って、結果を聞こう。


 そうして、馬車は進み始める。

『オルティアの町』でわかったけど、俺もまだ、知らないことがいっぱいある。


 旅の間に、もっと色々なことを学ばないと。

 魔王領を帝国より──できれば、勇者世界よりも豊かな場所にするために。

 いつか『クラウド・ネットワーク』を活用した、魔王領全土をカバーする、繁栄用のマジックアイテムを作りたい。

 そのためには、まずは魔王領のことをもっと知らないとね。


 馬車に揺られながら、俺はそんなことを考えていたのだった。





 ──数日後、魔王城で──


「……誕生日には仮面を取る。誕生日には、余は仮面を皆の前で取る。トールとの約束じゃ」


 玉座の間で、魔王ルキエはつぶやいていた。

 トールが出発する前、墓所で約束した。

 誕生日になったら、ルキエは皆の前で仮面を取って、正体を現す、と。


 でも、不安だった。

 正体を明かしたルキエを──小柄な少女である姿を、民が受け入れてくれるかどうか。

 やはり魔王とは威厳いげんと力強さで、皆を従えるべきではないのか──と。


「……もう決めたことじゃ。迷うな。迷うでない……余よ」

「失礼します。陛下」


 不意に、ドアの向こうで、宰相ケルヴの声がした。

 謁見えっけんの時間だったことを思い出し、魔王ルキエは顔を上げる。


「うむ。入るがよい。ケルヴよ」

「し、失礼します……定期報告と、『オルティアの町』から届いた書状について申し上げたく……」

「なんじゃ、こわばった顔をして」

「いえ、姪のエルテと、町長のグェルンからの書状の内容が……」

「まさか、トールになにかあったのか!?」

「トールどのはいつも通りです」

「なんじゃ、びっくりさせるでない」

「いつも通り、超絶マジックアイテムを作り上げて、『オルティアの町』の湿気問題を解決しました。その結果、町に住む獣人、リザードマン、人魚たちすべてが連名で、魔王陛下に忠誠を誓うという書状を送ってきております」

「……待て待て待て!」

「書状にはこうあります。『この町に錬金術師さまを派遣してくださったことに感謝します。魔王陛下の慈悲と優しいお心に触れ、「オルティアの町」の者一同、陛下への忠誠を改めて誓うことといたしました。町長グェルン以下、すべての者の忠誠をお受け取りください。親愛なる魔王陛下』と」

「だから待てと言っておろう! 一体なにがあったのじゃ!?」

「それと、書状には『クラウド・ネットワーク』の『除湿機』を活用した開拓についての意見書もございます。ドウカゴランニナッテ、ゴイケンヲ──」

「言葉が棒読みになっておるぞ!? どうして目がうつろなのじゃ!? 落ち着け! 余は壁の方にはおらぬぞ! だから落ち着けと……ああもう、トールめ。旅に出た早々、なにをやらかしたのじゃ────っ!?」


 魔王ルキエは衛兵を呼び、なんとか宰相ケルヴを拘束して、落ち着かせて──

『オルティアの町』の湿気問題と『除湿機』について事情を聞き──

 それから、トールに事情を聞くための使者を手配することになるのだけれど──



 これが、ルキエが誕生日までの間に受け取る『民が魔王に忠誠を誓う書状』の最初の一通だということは、まだ、誰も気づいていないのだった。






──────────────────



【お知らせです】


 いつも「創造錬金術師」をお読みいただき、ありがとうございます!


 読者の皆さまのおかげで、書籍版3巻の発売が決定しました! ありがとうございます!

 ただいま刊行に向けて作業中です。

 書き下ろしも追加していますので、どうぞ、ご期待ください。


「創造錬金術師は自由を謳歌する」は、コミカライズ版も連載中です。

 ただいま、第4話−1まで、更新されています。

 次回更新は11月30日です。


「ヤングエースUP」で読めますので、ぜひ、アクセスしてみてください。

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