第85話「魔獣対策用のマジックアイテム(特別製)を作る」

 ルキエからの書状を受け取った翌日。

『UVカットパラソル』の納品を終えた俺は、新たな素材を採取に行くことにした。


「というわけでアグニス。付き合ってくれる?」

「もちろんです」


 ここはライゼンガ領にある、俺の工房。

 アグニスは俺の正面の椅子に座って、うなずいた。


「トール・カナンさまは、どんな素材がご希望なので?」

「できれば、帝国の人間が知らないような素材がいいな」


 俺は言った。


「ライゼンガ将軍たちはこれから、帝国と共同で国境の調査を行うことになる。その時、召喚魔術の術者が、また新種の魔獣を召喚してたら危ない。だから対策として、強力なアイテムを作っておきたいんだ」

「でも、こちらには『レーザーポインター』と『防犯ブザー』が……」

「敵はそのアイテムを、もう知ってるかもしれない」


 相手は、魔法陣で魔獣を召喚するほどの術者だ。

 魔王軍と新種の魔獣との戦いを、どこかで見ていた可能性もある。

 ここは、相手の意表を突くためにも、新アイテムを作った方がいい。


「わかりました。そういうことなら……」


 アグニスは少し考えてから、


「だったら、隕鉄いんてつがいいと思うので」

「隕鉄。空から落ちてきた石……隕石いんせきのかけらか。そういえば、前にもらってたね」


 俺は『超小型簡易倉庫』から、小さな石を取り出した。

 前にアグニスからもらった素材『隕鉄いんてつ』だ。



──────────────────



隕鉄いんてつ


 暗いそらより降ってきた石のかけら。

 地上にある物質とは別の属性・組成を持つ。


 属性:そら・宙・宙・闇・闇・地




──────────────────




 これを使えば、アイテムに『そら』という謎の属性を付与することができる。

 ただ、ここにある隕鉄は小さすぎるから、合成に使っても効果が薄い。

 もっと大きなものがあるなら、欲しいな。

 それを使えば……魔術的な実験もできるかもしれない。


「昔、空から大きな石が落ちてきたという言い伝えの場所があるので。隕鉄は、そこで見つけたの」

「面白そうだね。その場所って、ここから遠いのかな?」

「近くです。山岳地帯のふもとにある、岩場なので」

「行ってみよう。案内してくれる?」

「はい!」


 俺はアグニスと一緒に、素材採取に行くことにした。







「このあたりなので」


 アグニスが案内してくれたのは、山のふもとにある岩場だった。

 鉱山よりもさらに下ったところで、地面には、ばち状のくぼみができてる。

 大昔、いんせき石が落下した跡らしい。


「小さいころ、アグニスはよくここに来ていたので」

「そうなの?」

「……ここは人が滅多に来ない場所だから。身体から火が出ても、迷惑にならないので」


 アグニスは、ぽつん、とつぶやいた。

 そういえばアグニスは発火体質のせいで、人と自由に触れ合うことができなかったんだっけ。

 当時は、人気のない場所じゃないと、よろいを脱げなかった。

 ここはそのアグニスが、人目を気にせずにのんびりできる場所だったのかもしれない。


「もちろん、今のアグニスは、こうして普通に服を着られるようになったので」


 アグニスはスカートの裾をつまんで、笑った。


「でもでも、ここに来ると、小さいころの自分を思い出してしまうので。炎をコントロールできなくて、色々な人に迷惑をかけていた自分を」

「そっか。ここは、アグニスしか知らない秘密の場所でもあるのか」

「そうなの」

「ありがとう。アグニス」


 俺はアグニスに頭を下げた。


「秘密の場所につれてきてくれて。おかげで、貴重な素材が手に入りそうだよ」

「そ、そんな! 感謝されることは……なにもしてないので」


 照れたように、両手で顔をおおうアグニス。


「……でも、トール・カナンさまのお役に立てるなら、小さい頃のアグニスも、うれしいと思う……ので」

「十分すぎるくらい助けられてるよ。待ってて。すぐに素材を見つけるから」


 俺は『超小型簡易倉庫』から『魔力探知機』 (新しく作った自分用)を取り出した。

 ふたを開けて、隕鉄いんてつの小石を入れる。

 それから蓋を閉じて、探知機を起動すると──




 ぴこん




 背中の羽が、岩場の一角を指し示した。


「見つけた。隕鉄は、あの大岩の近くにある」

「す、すごいので!」

「……でも、岩と岩の間にあるみたいだ。取り出すのは大変かな」

「大丈夫なので。す、少し待ってて欲しいので」


 不意に、アグニスが俺の手を握った。

 それから、何かを待つように、目を閉じる。


「アグニス……?」

「お役に立つので。パワーアップして、岩を動かしてみせるので!」


 アグニスの胸で『健康増進ペンダント』が光った。


「トール・カナンさま。ペンダントから声が出るようにしてください」

「声を?」

「あなたがアグニスに力をくださるってことを……わかって欲しいので」


 そう言ってアグニスは俺の手を、胸元へと導いた。

 俺は『創造錬金術オーバー・アルケミー』を起動。

『健康増進ペンダント』から声が出るように──ついでに、アグニスの魔力で声のオン・オフができるように調整する。


 そして──ペンダントは高らかに声をあげる。




『火属性の魔力により:活力+100%を得ました』

『余剰分の火の魔力を、他の属性の魔力に変換します』

『火の魔力を、土の魔力に変換しました。土属性の効果:安定+100%を得ました』

『土の魔力を、金の魔力に変換しました。金属性の効果:強固+100%を得ました』

『金の魔力を、水の魔力に変換しました。水属性の効果:柔軟+100%を得ました』

『水の魔力を、木の魔力に変換しました。木属性の効果:生命力+100%を得ました』




 アグニスは火の魔力を高めることで、『健康増進ペンダント』を活性化させようとしてる。

 その力で、岩を動かそうとしてくれてるんだ。


「がんばって。アグニス」

「はい!」


 アグニスは両手で、俺の手を包み込む。

 その手を額に当てて、まるで祈るように。


『火属性の魔力により:活力+600%を得ました』

『余剰分の火の魔力を、他の属性の魔力に変換します』

『火の魔力を、土の魔力に変換しました。土属性の効果:安定+600%を得ました!』

『土の魔力を、金の魔力に変換しました。金属性の効果:強固+600%を得ました!』

『金の魔力を、水の魔力に変換しました。水属性の効果:柔軟+600%を得ました!』

『水の魔力を、木の魔力に変換しました。木属性の効果:生命力+600%を得ました!』


『健康増進ペンダント』が、とんでもない光を発した。

 木・火・土・金・水の魔力が循環し、アグニスの身体が熱を帯びる。

 炎とは違う。生命力のような熱だ。


「……やっぱり、トール・カナンさまは、いつもアグニスに力を下さるの」


 アグニスは俺の手を放し、大岩の方を向いた。

 そのまま岩に手を掛けて──


「てい」



 ごろんっ。



 大人の身長くらいの高さがある大岩が、ごろん、と、転がった。

 あっという間だった。


「……すごい」

「こ、これは、トール・カナンさまが下さった力なので」

「いや、でも、すごすぎるよ。アグニスが武器を持ったら、相当強いんじゃないか……?」

「アグニスは……近接戦闘は、力まかせなので」

「そうなの?」

「これからもっと、トール・カナンさまたちを守れるように、修業するので。ただ……お父さまは、あんまり修業をつけてくれないので……」

「将軍は……アグニスに武器を向けたりできないだろうね」

「いつか、すごい剣士さんの訓練を受けたいの」


 アグニスはライゼンガ将軍の後継者でもあるもんな。

 いつか将軍の地位を継いで、この領土を守るようになるのかもしれない。

 その時のために、アグニス用のマジックアイテムを用意しておこう。


「ありがとう。おかげで、素材が取れそうだよ」

「こんな大きな隕鉄は、初めて見たので……」

「これだけあれば、十分、錬金術の素材にできるね」


 俺の目の前には、人の拳くらいのサイズの、黒い石がある。

 これがかつて、この地に落ちてきた隕石のかけら。隕鉄だ。


 隕鉄は空から来た石だから、他の金属とは組成も硬度も、重さも違う。

 その特徴を活かして、マジックアイテムを作ろう。


「とりあえず工房に戻って、これを武器と合成してみるよ」

「工房に?」

「効果の大きいマジックアイテムを作るときは、文官のエルテさんに報告することになってるから」

「トール・カナンさま、真面目なので」

「エルテさんは国境調査の準備で忙しそうだったから、メイベルにお願いして、『UVカットパラソル』を納品するついでに書状を届けてもらったんだ。もうとっくに着いてるはずだけど──」




「れんきんじゅつしさま────っ!!」




 あれ? エルテさんの声がする。

 見ると、岩場を駆け上がってくる、エルテさんの姿。

 後ろにはメイベルもいる。


「どうしたんですか? エルテさん」

「れ、錬金術師さまが新しいアイテムを作るということなので、拝見に……ま、参りまし……た」

「無理しないでください! まずは、息を整えて」


 俺が言うと、エルテさんは岩場に座り込む。

 相当無理してきたらしい。


「心配しなくても、黙って実験したりしませんよ」

「そ、そうではないのです……はぁ」


 エルテさんは深呼吸して、やっと落ち着いたのか、


「錬金術師さまに、余計な手間をかけさせたくなかったのです」

「余計な手間?」

「工房に戻ってから、実験されるつもりだったのでしょう?」

「そうですけど」

「このエルテのために、そのような手間を取らせるわけにはまいりません!」


 地面に座り込んだまま、エルテさんは声を張り上げる。

 無理したのか、げほごほ、と咳き込んでる。

 追いついてきたメイベルが水袋を差し出す。さすがメイベル。


「こくこく……はぁ。じ、自分は、錬金術師さまの邪魔をするために、魔王城から来たのではありません。だから──」

「エルテさんが一緒なら、俺はこの場で実験ができる。そうすれば工房まで戻る手間がはぶけるってことですか?」

「はぃぃ……」

「真面目すぎませんか、エルテさん」

「血筋ですから」


 血筋かー。

 じゃあ、しょうがないな。


「わかりました。お言葉に甘えて、ここでアイテムの実験をすることにします」

「武器の実験とうかがっていますが……」

「これです」


 俺は『超小型簡易倉庫』から、矢を取り出した。

 鉄製の鏃と、木製の矢柄。それと矢羽根がついた、ごく普通の矢だ。


「これに、隕鉄の属性を追加して、魔術的な武器にできないか試してみます」

「魔術的な武器……強化エンチャントされた武器でしょうか?」

「そんな感じです。メイベルもこっちに来て。意見を聞かせてくれないかな」

「は、はい。トールさま」


 メイド服のメイベルが、俺の隣にやってくる。

 アグニスは反対側に。

 岩場に腰掛けて、俺はこれから作るマジックアイテムについて説明をはじめる。


「まずは、これを見てください」


 俺は魔法陣が書かれた羊皮紙を、岩の上に広げた。


「これは召喚用の魔法陣です。魔獣を呼び出した連中が使ってたものです。この魔法陣をよく見ると、扉や門、橋をイメージした図が書かれているんです」

「……確かに、そうですね」

「……言われてみるとわかるので」

「……気づきませんでした。確かにこの線は、扉や門、橋のように見えます」

「召喚用の魔法陣に書かれているからには、なにかの意味があると思うんです」


 扉や門、橋には、場所と場所を『繋ぐ』役目がある。

 扉は部屋と部屋を、門は内と外を、橋は土地と土地を繋いでいる。

 そして召喚魔術は、勇者や魔獣がいる場所と魔法陣の場所とを『繋いで』、対象を呼び出すものだ。


「魔術の基本として、火の魔力は炎を生み、水の魔力は水を生むというのがありますよね? となると、この召喚用の魔法陣は、扉・門・橋を描くことで、『繋がり』を作り出すものじゃないかな、って思ったんです」

「わかります。トールさま」


 メイベルはうなずいた。


「魔法陣で『繋がり』というイメージを作り出して、呪文でそれを発動し、召喚魔術を実現する……帝国は、そのような術を使っていたのですね」

「……トール・カナンさまは、やっぱりすごいので」

「分析や鑑定は錬金術れんきんじゅつの基本だからね」


 帝国にいた頃は、職場で本ばっかり読んでいた。

 本の数は少なかったから、深読みする癖ばっかりついていたんだ。


「ですが、錬金術師さま。それが武器とどのような関係があるのですか?」


 エルテさんは首をかしげてる。


「そうですね。これを応用することで、魔術のための武器が作れると思ったんです」

「魔術のための武器が?」

「とりあえずやってみます。見ていてください」


 俺は矢の隣に、手に入れたばかりの隕鉄を置いた。


「起動──『創造錬金術オーバー・アルケミー』」


 そうして、スキルを起動。

 まずは隕鉄いんてつ──隕石のかけらを、矢の鏃と合成する。

 これは『素材錬成』を使えばできる。

 隕石のかけらを素材にして、鏃に属性を追加すればいい。


 初めて扱う素材だから……難しいな。

 そもそもこの地上のものじゃないからな。

 やじりと合成するだけで──隕鉄いんてつが小さくなっていく。

 作れるのはせいぜい、4本くらいかな。


「実行『創造錬金術』!」


 隕鉄と合成した矢が、かすかな光を放った。

 これが、新しいマジックアイテムだ。



──────────────────


隕鉄いんてつアロー』(属性:地・地・地・そらそら

(レア度:★★★★★★☆)


 空から落ちてきた隕石のかけらと、矢を合成したもの。

 隕鉄と合成したことで、硬度と貫通力がアップしている。

 地属性と宙属性 (特殊)によって、宙から地属性のものを呼び寄せる効果を持つ。


 矢は空中を移動して、落下し、対象に突き刺さる。

 隕石も空中を移動して、落下し、対象に突き刺さる。


 似たものを組み合わせたことで、儀式魔術の媒体ばいたいとなった。

 魔力を注いで放つことで、ある魔術を発動させることができる。


──────────────────



「というわけで、メイベル。この矢を射てみてくれる? 斜め上方向に、目標に向かって落下する感じで」

「はい。トールさま」

「そのときに、この詠唱を付け加えて欲しい。有名なものだから知ってると思うけど──」


 俺はメイベルの耳元にささやいた。

 メイベルはびっくりしたように、


「トールさま!? それは勇者だけが使えた魔術ですよ!? 私などには……」

「大丈夫。実験だからね。失敗しても発動しないだけだよ」

「……そう、ですよね。今まであの魔術を再現できた人はいないです。あ、だからこの矢を作られたのですね? 魔法陣が召喚魔術をサポートするように、この矢が、勇者時代の魔術の発動をサポートできると……」

「そうだよ。威力は弱めてあるから、大丈夫だと思う」

「……あれは魔王軍の砦を破壊した、大魔術ですものね……」


 こくこく、と、うなずくメイベル。

 納得してくれたみたいだ。


 メイベルは自分用の『超小型簡易倉庫』から、弓を取り出した。

 その弓と矢を手に、所定の位置に移動する。


「アグニスは、まわりに誰もいないことを確認して。大丈夫だとは思うけど、念のため」

「わかりましたので!」

「エルテさんは、この結果を見届けて、陛下と宰相ケルヴさん、ライゼンガ将軍に報告してください」

「わかりました。けれど、なにが始まるのですか?」

「マジックアイテムの実験です。魔剣を作るときの試験も兼ねてます」

「はぁ」

「光の聖剣ってあるじゃないですか」

「ありますね」

「あれは魔力に反応して、すごい光を発生させますよね? 勇者時代に炎の魔剣や、風の魔剣もありましたよね? 魔力で炎や、風を発生させるものです」

「ありましたね。でも、それがなにか?」

「あれと同じようなものを作ってみようと思ったんです」


 そんなことを話しているうちに、アグニスが戻って来る。

 まわりに人は誰もいないようだ。

 元々、ここは人の来ない場所だ。野生動物もいないし、魔獣も──いても別に困らないけど──いない。問題なしだ。

 メイベルも、弓の準備を終えてる。矢をつがえて、いつでも射られる体勢だ。


「炎の魔剣も風の魔剣も、儀式魔術用のマジックアイテムだったんじゃないかって思うんです。炎のような怒りを込めて振ったり、風のように振ることで、風を生み出すとか」

「そうかもしれませんね。ということは、あの矢も?」

「はい。『空中を移動して、最終的には落下して、まっすぐ対象に突き刺さる』矢と、『空中を移動して落下して、まっすぐ、対象に突き刺さる』隕石いんせきを組み合わせたものです。下に向かって飛ぶか、横に向かって飛ぶかの違いはありますけど」

「なるほど……」


 エルテさんはうなずいた。


「それならわかります。『空中を移動して落下して、対象に突き刺さる』矢に、『空中を移動して落下して、対象に突き刺さる』隕石を組み合わせたのですね? 風のように振ることで魔剣が風を呼ぶなら、その矢を放つことで……て、それって、勇者が使っていた魔術の!?」

「はい。空から降ってきて、魔王軍の砦を破壊した大魔術です」


 俺は言った。


「あの魔術の詠唱は有名ですからね。勇者が大見得を切って、軍勢の前で叫んだんですから。でも、詠唱はわかっていても、誰もあの魔術を再現できなかった」

「ぞ、存じています。スキルか魔力か、儀式か──勇者にあって、我々には足りないものがあるのだと──」

「でも、門をイメージした魔法陣が召喚魔術をサポートするなら、隕石と合成した矢が『空を飛んで、落ちて、対象に突き刺さる』ことで、魔術を実現する儀式になるのかも。もしもそれが可能なら、新たな魔術儀式を生み出すことが──」

「あの、ちょっと!? 錬金術師さま──っ!!」



「メイベル・リフレイン……『隕鉄いんてつアロー』を撃ちます!」



 ひゅんっ。



 メイベルが、矢を放った。

 見とれるほど、きれいなフォームだった。

 エルフのメイベルにとって、弓矢は馴染んだものなのだろう。


 矢は宙を飛び、射程の限界に達して、落下をはじめて──




「できるわけがありません! 勇者の大魔術『メテオ』を呼ぶ矢など、作れるはずが──!?」




 エルテさんが言った瞬間、矢が光った。

 光は線になり、真上へと伸びていく。



 ごぉっ。



 しばらくして、空の上に、小さな影が現れた。

 黒い岩だ。

 大きさはそれほどでもない。せいぜい、人の頭くらいだ。


「……失敗か」


 勇者が使っていた大魔術『メテオ』は、巨大な岩を生み出して、魔王軍の砦を砕いたって伝説が残ってる。

 今、目の前にある『メテオモドキ』は、それには全く及ばない。

 せいぜい、砦の壁を砕けるくらいだ。


 まぁ、安全性を考えて、『宙属性』は少なめに付加したんだけど。


「みんな、隠れて!」

「は、はい!」「承知しましたので!」「あなたという人は──っ!」


 俺たちは急いで、さっきアグニスが動かした大岩の後ろに隠れる。

 次の瞬間──




 ドオオオオオオオオオオオオオッ────ン!!




 地面が震えた。

 轟音がして、岩の破片が飛び散る。

 同時に、岩が灼けるようなにおいも。


隕鉄いんてつアロー』が生み出した『メテオモドキ』は地面に突き刺さり、大穴を開けた。

 ぶっちゃけるとそれだけだ。

 威力は、勇者の大魔術『メテオ』よりもかなり弱い。

 儀式魔術として、もう少し洗練するべきかもしれない。


 魔術で生み出したものだから、隕石はきれいさっぱり消え去ってる。

 しかも『隕鉄アロー』もなくなってる。

 再利用できないのはもったいないな。使いどころが難しいよな……。


「でも、これなら新種の魔獣も一発で倒せるな」

「オーバーキルもいいところですよ!」


 エルテさんが声をあげた。


「結局、魔法陣を解析しちゃってるではありませんか! その上、アイテムで勇者の『メテオ』を再現するなんて……あなたはまったく、もう」

「しょせんは偽物なので『メテオモドキ』です」


 俺は肩をすくめた。


「勇者ほどの威力はありませんよ。ただのレプリカです」

「新種の魔獣を倒すためだけに……あんなものを……」

「それもありますけど、この魔術なら、土木工事にも使えるかなーって」

「土木工事に?」

「ほら。山岳地帯の下に川があるじゃないですか。崖崩れで川が塞がれて水があふれたり、下流で水に困るってのはよく聞きますよね? そういうとき、この『メテオモドキ』を使えば、簡単に土砂を取り除く事が……って、あれ? エルテさん。どうして額を押さえてるんですか?」

「……必死に自分を抑えているからです」

「というわけで、まぁ、これは魔獣対策と、土砂崩れ対策ですね」

「……はぁ」


 エルテさんは震えながら、両手で頭を押さえてる。

 もしかして、岩のかけらが当たったのかな。心配だ。


「あの……トールさま」

「ん? どうしたの、メイベル」

「疑問があるのです」

「疑問」

「もしもあの矢が魔獣に刺さったら、どうなるのですか?」

「もちろん『メテオモドキ』は、矢に向かって落ちるよ?」

「魔獣が逃げても?」

「追いかけると思う」

自動追尾ホーミングですか」

自動追尾ホーミングだね」

「「…………」」

「ほら──っ! 勇者の『メテオ』より、使い勝手がいいじゃないですか!! 必ず当たる『メテオ』なんてあり得ないですよ! どうして、どうしてあなたはそうなのですか──っ!!」


 なぜか前後に頭をぶんぶん、と振るエルテさん。

 アグニスは、歩き出そうとする彼女の肩を押さえてる。どうして。


「その力は……召喚魔術の術者の捜索に回してください」


 やがて、力尽きたように、エルテさんは言った。


「『隕鉄アロー』が強力なのはわかりましたから」

「わかりました」

「お願いしますよ?」

「でも、その前に……俺はちょっと『ノーザの町』に行ってきます」


 ここに来る前に、羽妖精たちに頼んで、ソフィア皇女に手紙を届けてもらった。

 大公とリアナ皇女の件について、直接会って話がしたい、と伝えたんだ。

 毎回、交易所のお風呂場で話をするわけにはいかないからね。


「アグニス。またノーザの町まで付き合ってくれるかな?」

「もちろん、ご一緒いたしますので!」

「メイベルは工房の留守をお願いするよ。陛下や宰相閣下から連絡があったら、すぐに羽妖精さんを寄越してくれるかな?」

「わかりました! 留守番と連絡役はお任せください」

「それから、エルテさん」


 俺はエルテさんの方を見て、言った。


「『隕鉄アロー』は、あと3本作れると思います。作ったものはすべて、エルテさんに預けます」

「は、はい」

「エルテさんはこのアイテムのことを、陛下と宰相閣下に報告してください。あと、ライゼンガ将軍に使い方を教えてくれると助かります」

「…………わかりました」


 エルテさんはうなずいた。


「いきなりこんなものを見せられて、おどろいてはいますが……これが新種の魔獣への切り札だということは、よくわかりました。あなたが魔獣対策について、真剣に考えてくださっていることも」

「そうですね……」

「なんだかうれしそうですね?」

「いえ、魔獣対策もあるんですが……俺としては、魔術の神秘を、ひとつ見つけたようでうれしいんです」

「神秘を?」

「錬金術師ってのは新しい技術や、誰も知らなかった神秘を見つけ出すものですから。新しい儀式魔術のやり方を見つけられたことが、すごくうれしいんです」


 魔法陣をヒントにして、マジックアイテムで儀式魔術が使えることがわかった。

 まぁ隕鉄いんてつを使ったから、これは例外中の例外かもしれないけど。

 でも魔王領を進歩させたことには代わりはないんだ。


「まったく……あなたという人は」


 エルテさんは困ったようなため息をついた。


「とんでもないものを作り上げて、それをあっさり渡してしまうのですから。まったく……もう」

「すいません。お手数をおかけします」

「わかりました。自分は文官として、手続きその他で、あなたをサポートします。ですから錬金術師さまはお心のままに──って、すいません失言です! 今のはなしで! というか、どうしてそんないい笑顔を浮かべているのですか!? 錬金術師さま!?」


 慌てたようなエルテさんの声を聞きながら──

 俺とメイベルとアグニスは、工房へと戻ることにしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る