第92話「『ロボット掃除機』のアイディアをまとめる」

 ──トール視点──





 ソフィア皇女の元を訪ねてから、2日後。

 俺は工房で、『ロボット掃除機』の開発を始めることにした。


「メイベルもアグニスも、アイディアをくれてありがとう。助かったよ」

「お礼はいりません。私はトールさまの助手ですから」

「アグニスも、ソフィア殿下とお泊まりするのは楽しかったので」


 メイベルとアグニスは笑った。

 その隣では文官のエルテさんが、緊張した表情で俺たちを見てる。


 ここは、ライゼンガ領にある俺の工房。

 部屋には広い机があり、そこには数枚の羊皮紙が並んでいる。

 俺とメイベル、そしてアグニスとソフィア皇女が作った、アイディアスケッチだ。


 中身はまだ見ていない。

 文官のエルテさん立ち会いの下で、それぞれ発表することになっているからだ。

 だけど──


「陛下と宰相閣下さいしょうかっかの書簡が来ないな……」


 羽妖精ピクシーを通してお願いしたら、引き受けてくれたんだけどな。

 やっぱり、執務があるから無理だったのかもしれない。


「エルテさんは、なにか聞いていますか?」

「残念ながら」


 エルテさんは難しい顔で、首を横に振った。


「でも、回答が難しいようでしたら、叔父さまから連絡が来るはずです」

「ですよね」

「はい」


 ちなみに、エルテさんには、『ロボット掃除機』の動作確認に立ち会ってもらうことになってる。

 3組分のアイディアを見てもらって、チェックをお願いするつもりだったんだけど──


「後ほど、連絡が来ると思いますよ。先に皆さまの方で、アイディアの確認を進められてはどうですか?」


 エルテさんは、少し考えてから、そう言った。


「わかりました。じゃあ、始めますね」

「私も、楽しみにしていました」

「アグニスもお手伝いしますので」


 俺とエルテさん、メイベルとアグニスが机を囲むように集まる。

 みんなでひとつひとつ、裏返しにしておいた羊皮紙をめくっていく。

 現れたのは、いろんな絵と文字だ。

 俺が書いたものもあるし、メイベルが書いたものもある。

 丸っこくて小さい文字はアグニスかな。整った文字はソフィア皇女のものだろう。

 文字と絵って、性格が出るよな。

 それはいいとして──


「それじゃ、アグニスとソフィア殿下が考えてくれたものからで、いいかな」

「は、はい。説明させていただきますので」


 アグニスは自分たちのアイディアメモをまとめて、広げる。

 それから、俺たちの方を見て、照れた顔で、


「アグニスとソフィア殿下が考えたのは『蜘蛛型くもがた』なので」


 そう言って、アグニスは羊皮紙の文章を読み上げはじめた。




──────────────────



『お掃除ロボット 蜘蛛型』

 説明文を書いた人:ソフィア・ドルガリア



『魔獣ガルガロッサ』が山岳地帯に出没したことから考案いたしました。

 勇者世界にある円盤形『お掃除ロボット』に、8本の脚を付加しております。


 脚は自在に動くため、障害物を乗り越えることも可能です。

 草むらや砂地、岩場でも自在に動くことができましょう。また、掃除機本体の高さも変えられますので、地面のゴミやチリ、魔獣の手がかりを逃すこともないと考えます。


 これは素人の勝手な提案ですが、糸を飛ばす機能を付けていただければ……と思います。


 トール・カナンさまが開発された『魔織布ましょくふ』ならば、強靱で伸縮性もありましょう。それを糸状にして、木の枝などに絡ませることで、本体を空中機動させることもできるかと存じます。

 そうなれば移動速度も上がりますし、魔獣などを回避することも簡単になります。

 なお、糸のアイディアは、アグニスさまが出してくださいました。


 アグニスさまはとても発想力が豊かですね。

 あの方とは、たくさんお話をすることができました。

 同じ寝床で眠るのは、メイドたちに反対されましたので、寝室は別となりました。けれど、眠りにつくまで、とても楽しい時間を過ごすことができました。


 ただ、残念だったのは、私の寝間着がアグニスさまには小さかったことです。

 背丈は同じくらいなのですが、胸のあたりがきつかったようです。

 うらやましく存じます。

 できれば、私もアグニスさまのような──



──────────────────



「──こ、ここまでなので!」


 アグニスは羊皮紙を、ぱたん、と伏せた。


「こ、ここからはお姫さまの個人情報に関わることなので! ないしょにさせて欲しいので!」

「う、うん。わかった」


 ちなみに『蜘蛛型』のデザインを描いてくれたのはアグニス。

 文章の方はソフィア皇女だ。ノリノリで、お泊まり会のことを書いてくれてる。

 ……よっぽど楽しかったんだね。


「でも……糸を吐く『蜘蛛型』か」


『蜘蛛型』にすることは、俺も考えてた。

 けれど、糸を吐く機能をつけることまでは思いつかなかった。

『お掃除ロボット』はゴーレムだ。蜘蛛型にすることはできるけど、糸を吐く機能を付けるのは難しい。

 うん。難しいな。どうすれば実現できるんだろう……。


 いやぁ、困るなぁ。アグニスもソフィア皇女も。

 これほど、俺の予想を超えたアイディアを出してくるなんて。

 こんな難しい提案をされたら困るなぁ。まったくもう……。


「トールさま。うれしそうですね?」


 気づくと、メイベルが俺の顔をのぞき込んでた。


「すごくいい笑顔をされていますよ?」

「そうなの?」

「そうです」


 メイベルの言葉に、アグニスとエルテさんが、こくこく、とうなずく。


「ソフィア殿下は、難しいものを思いついてしまったとおっしゃっていたのに……」

「どうしてわくわくしたお顔をしているのですか? 錬金術師さま」


 ……それは、思わず完成したところをイメージしちゃったからだ。

 作るのは難しそうだけど、いいよね。糸を吐く『蜘蛛型』のお掃除ロボットって。

 天井や柱も、簡単に掃除できそうだし。


 やっぱり、他の人からアイディアをもらうのっていいよな。

 俺だけだと、自分の発想を超えたものは作れないから。

 さすがアグニスとソフィア皇女。いいものを考えてくれた。


「とりあえず、今回は普通の『蜘蛛型』を作ろう。糸を吐くタイプは時間がかかりそうだから、今後の課題かな」


 俺はみんなを見回して、言った。


「次は俺とメイベルが考えたものを発表します。メイベル、読み上げてくれるかな」

「はい。私とトールさまが考えたのは、『蛇型』です」


 メイベルが机の上の羊皮紙をめくった。

 そこには俺がデザインした、蛇型の『お掃除ロボット』が描かれていた。





──────────────────




『お掃除ロボット 蛇型』

 説明文を書いた人:メイベル・リフレイン




『蛇型お掃除ロボット』のコンセプトは、『避ける』ゴーレムです。

 細長くすることで障害物を避けやすくなっています。また、隙間に入り込めるため、ゴミや魔獣の痕跡こんせきを見落とすこともありません。敵から隠れることもできます。


 私はムカデ型を提案したのですが、それだと足が多くて壊れやすくなります。

 そのため、脚のない『蛇型』を採用することにしました。


 魔力探知に特化したものなので、お掃除機能はオプションです。

 尻尾に袋を装着することで、チリやゴミを集められるようになっています。


 また、蛇の口は大きく開くので、小型の動物や魔獣を飲み込み、袋に閉じ込めることができます。

 穀物倉庫こくもつそうこに入れておけば、害虫やネズミを駆除し、大切な食料を守ることができます。

 魔王領の村々の倉庫に、おうちのお手入れに、ぜひ、『お掃除ロボット 蛇型』をご利用ください。



──────────────────




「──以上です」

「……すごいです。トール・カナンさまも、メイベルも」

「……さりげなく一般使用を勧めていらっしゃるのが錬金術師さまらしいです。なるほど……魔獣調査以外にも使えるようにする、ということですね」


 もちろん。

 せっかく作ったんだから、一般にも使ってもらわないと。

 これを魔王城に数台配置しておけば、掃除の手間もはぶける。害虫やネズミも駆除できる。城の壁と同じ色にしておけば目立たない。

 いずれは、この『ロボット掃除機』を『そこにあるのが当たり前』にしたいんだ。

 ──と、エルテさんに言ったら、


「……部屋のあちこちを蛇がずるずると動き回っているというのはどうなのでしょう。落ち着かないのではないでしょうか」

「そうですね。家庭用は、静かに移動するようにしましょう」

「…………な、ならば問題はないと思います」


 エルテさんはうなずいた。


「この『ロボット掃除機 蛇型』が優秀だというのはわかりました。家庭用はともかく、魔獣調査には強力な助けになるでしょう」

「アグニスとソフィア殿下も、蛇の形にするのは思いつかなかったので!」

「うん。気に入ってくれてよかった」


 この『蛇型』は、メイベルと長時間話し合って決めた自信作だからね。

 余談だけど、尻尾に袋をつけたのは、メイベルのアイディアだ。

 ゴミを本体に入れるのではなく、尻尾の袋に入れる。その袋を交換すれば、いくらでもゴミ (小さな魔獣)を回収できる。魔獣の手がかりを飲み込んで、保存しておくこともできる。

 尻尾に仕掛けがついた、『ガラガラヘビ』スタイルだ。


「これなら、魔王陛下や叔父さまも納得してくださるでしょう。魔獣調査での使用許可も出るはずです」

「ありがとうございます。エルテさん」

「それはそうと、陛下と叔父さまのアイディアは、まだ届きませんね」

「そうですね。そろそろ、連絡が来てもいいんですけど……」


 

「「お待たせですー!!」」




 そんなことを話していたら、窓から羽妖精ピクシーたちが飛び込んできた。


「炎のように帰還なのですー!」

「ふわふわひゅんひゅん戻ってきたですー。ほめてくださいー!」


 羽妖精たちが、部屋の中をびゅんびゅんと飛び回る。

 俺が手を差し出すと、ふわり、と、着地して、


「お仕事、情熱的に終了なのです」「錬金術師さまの近くは、ふわふわするねー」

「ありがとう。ご苦労さま」


 俺はふたりの羽妖精を、テーブルの上に座らせた。

 赤髪で情熱的な『火の羽妖精』と、緑髪でほわほわした性格の『風の羽妖精』は、俺の指にほっぺたを押しつけてる。そのまま目を閉じて、気持ち良さそうな顔になる。


「それで、魔王陛下と宰相閣下はなにか言ってた?」


「『お掃除ロボット』のアイディアは、宰相閣下がおひとりで考えるとおっしゃってました!」

「陛下もそれをお認めになったですー。すごいですー」


 ケルヴさん一人で?


「……なるほど。さすがは宰相閣下だ」


 ケルヴさんは魔王領の治安や人心の安定について考えている。

 そして、俺がこれから作ろうとしているのはゴーレムだ。

 それを見た人たちが怯えないように、安心できるデザインを考えてくれたってことか。


「ありがとう。それで、宰相閣下は?」

「……それが、ですね」

「……魔王陛下に許可をもらって、居場所を探してみたですー」


 羽妖精たちは、難しい顔をしてる。

 なにかあったんだろうか。


「そしたら……宰相さまは、広間で眠っていらっしゃったのです」

「柱の前で、うつぶせになっていたです。まわりに柱のかけらがちらばっていたです」

 

 ……ケルヴさん、一体なにをしてたんだろう。


「寝言をおっしゃっていたです。『素晴らしいものを思いついてみせます』『負けません』『物理的な刺激を与えればアイディアが……』って」

「まわりに羊皮紙が転がっていたです。魔王陛下の許可を得て、いただいてきたですー」


 そう言って羽妖精たちは、預けておいた『超小型簡易倉庫』から、4枚の羊皮紙を取り出した。

 そこに描かれていたのは──あれ?


「これは……丸?」

「丸ですね」「ただの丸印なので」「叔父さま……これにどのような意味が?」


 4枚の羊皮紙のうち3枚には、大きな円が描かれてる。

 見本として送った『通販カタログ』の『ロボット掃除機』のイラストを、そのままなぞったみたいだ。

 最後の1枚は……ぐしゃぐしゃに丸めてある。開いてみても、なにもない。

 なんだろう、これ。


「叔父さまは……なにも思いつかなかったのでしょうか?」

「そういうことも……あるかもしれませんね」

「宰相閣下も、調子がよくないことはあるので」


 エルテさん、メイベル、アグニスは、羊皮紙を見てうなずいてる。


「……いや、違うような気がする」


 なにか、引っかかる。

 ケルヴさんは、俺に新しい発想のヒントをくれる人だ。

 その人が書いたものなら、なにか意味があるはず。

 もしかしたら……あの方は、俺をまた試そうとしているのかもしれない。


 3枚の羊皮紙。

 描かれているのはすべて、丸であり円だ。

 4枚目は、丸められた羊皮紙。


 これが宰相ケルヴさんからのメッセージだとしたら──なにを意味しているんだろう。

 例えば……3枚の羊皮紙に書かれている丸が、前後・左右・上下から見た姿を現しているのだとしたら?

 それらが立体をイメージしたものだとわかるように、4枚目の羊皮紙をぐちゃぐちゃに丸めているのだとしたら……?


『円』と『丸』。

 平面と立体。

 それが意味するのは──


「宰相閣下は、球体の『お掃除ロボット』を作るように提案しているのか!?」


 盲点もうてんだった。


 球体なら、どこまでも転がっていける。

 脚を追加して歩かせるよりも、よっぽど効率がいい。

 部品が少ない分だけ、故障も少ない。


 やわらかい素材で作れば、バウンドさせることもできる。障害物を乗り越えるのも簡単だ。

 球体なら、攻撃をそらすこともできるし、回転して衝撃を受け流すこともできる。

 高速で体当たりさせれば、敵にダメージを与えることだってできるはずだ。


 接地面積が少ないからお掃除には向かないけれど、今回の目的は魔獣の捜索だ。

 魔獣の魔力や皮膚、残存物をたどることができればそれでいい。

 ケルヴさんの提案通り、球体でも問題はなかったんだ……。


「宰相閣下。あなたはここまで考えてくれたんですか……」


 俺は『通販カタログ』の『お掃除ロボット』の形にとらわれすぎていたのかもしれない。

 宰相閣下は、球体という、新たなかたちを提案してくれたんだ。

 すごいな。

 あの人の発想は、俺以上にぶっ飛んでるんじゃないだろうか。


「……あの、錬金術師さま」

「どうしましたか、エルテさん」

「これは、ただの書き損じなのではないでしょうか……?」

「宰相閣下は陛下に対して『自分が考えます』と言って、これを描いたんですよね?」

「そ、そうです」

「そこまでおっしゃった方が、書き損じを残して眠ってしまうと思いますか?」

「……た、確かに」


 エルテさんはうなずいた。


「メイベルとアグニスはどう思う?」

「……えっと。宰相閣下がトールさまに『ひらめき』を与えてくださったのは間違いないと……思います」

「宰相閣下は父さまの同僚なので。コメントは避けたいと思うので!」


 あれ?

 メイベルとアグニスは微妙な表情だ。

 まぁいいか。

 あとでルキエと、ケルヴさんに問い合わせればわかることだからね。


「やっぱり、魔王領に来てよかった」


 この場所には、俺には想像もできない発想をする人がいて、俺を成長させてくれる。

 ここに来たからソフィア皇女とも会うことができた。彼女からも、新しいアイディアをもらえた。


 みんなからアイディアを貰って、新しいものをつくる。

 それが楽しくてしょうがないんだ。

 ケルヴさんにも、ちゃんと、お礼の手紙を書かないと。


「それじゃ予定通り、3種類の『ロボット掃除機』を作ろう。メイベルとアグニスは助手を、エルテさんには、作ったもののチェックをお願いします」

「はい、トールさま!」

「了解しましたので!」

「は、はい」


 こうして俺は、3体の『ロボット掃除機』を作り始めたのだった。





 ──数時間後、魔王城で──





「申し訳ありません! 陛下!」


 玉座の間で、宰相ケルヴが平伏していた。


「陛下に『ロボット掃除機のデザインを考えさせてください』と願い出ておきながら……思いつかず……しかも、そのまま眠ってしまうとは。このケルヴ、一生の不覚……」

「…………」

「自分は宰相として、恥を知る者です。どうか、厳罰げんばつをお与えください!」

「いやその……ケルヴよ」

信賞必罰しんしょうひつばつは国のいしずえです。おそろかにしてはなりません! ですから──」

「顔を上げよ、ケルヴ。そんな状態では話もできぬ。まぁ、座れ」

「……はい」


 宰相ケルヴは身体を起こし、床に膝をついた。

 それを見た魔王ルキエは、手元の羊皮紙を広げてみせる。


「実はさきほど、羽妖精を通して、トールから手紙が届いたのじゃよ」

「トールどのは、怒っていらしたでしょうね」


 ケルヴはがっくりとうなだれた。


「……トールどのを失望させてしまったのですから、覚悟しております。書状の内容をお聞かせください」

「う、うむ。では、よく聞くがよい」


 ルキエは羊皮紙を広げて、読み上げる。


「『──ありがとうございました。宰相閣下』」

「ああ、やはりトールどのはお怒りで………………ん?」


 宰相ケルヴは首をかしげた。

 聞き間違いかと思ったのか、魔王ルキエを見上げて、願い出る。


「もうしわけありません。陛下。今の部分をもう一度お願いいたします」

「『ありがとうございました。宰相閣下』じゃな」

「…………? ???」

「続きを読んでもよいな」

「……はい」

「『宰相閣下の発想はすばらしいです。宰相閣下は、俺の目を開かせてくださいました。閣下に提案いただいた「球体ロボット掃除機」で、必ずや新種の魔獣の居場所をつきとめてみせましょう。錬金術師トール・カナンが、心からお礼を申し上げます』──そう書いてあるのじゃが」

「…………」

「話が見えぬ。なにがどうなっておるのじゃ?」

「わ、私にも、なにがなんだか……」


 宰相ケルヴは頭を抱えた。

 玉座の魔王ルキエは腕組みをして、


「ケルヴよ。昨日、お主はどうしておったのじゃ?」

「宰相としての執務を終えたあと、広間で月を見ながらアイディアを考えていました。なにも思いつかないので、満月のかたちを書いてみて、羊皮紙を丸めて──何度か頭に衝撃を与えてみたものの思いつかず……そのまま意識が」

「補修が大変だからほどほどにせよ」

「気がついたら、書いたものがなくなっていたのです」

羽妖精ピクシーたちが来たのじゃ。余が許可して、羊皮紙を持っていかせた」

「丸しか書いていない、あれをですか?」

「トールはお主が、球体のロボット掃除機を提案してくれたと書いておるぞ」

「そういえば、丸めた羊皮紙もありました」

「それが球体型の『ロボット掃除機』のヒントになったということか」

「…………」

「…………」


 しばらく、沈黙があった。


「どれほどすごいのですか!? あの方は!?」

「余はまだまだ、トールの才能をみくびっていたようじゃ……」


 宰相ケルヴが叫び、ルキエは羊皮紙を手に、ため息をついた。


「あやつはお主が残した書き損じから、新発想の『ロボット掃除機』を思いついてしまったのか……。トールにとっては、すべてがマジックアイテム開発のヒントになるのじゃなぁ」

「……陛下」

「うむ」

「すべてがマジックアイテム開発のヒントになるとしたら、あの方を止める方法は……」

「ないな」

「……あぁ。私の書き損じから、超絶のアイテムを作り出してしまうなんて……毒にも薬にもならないものを考えて、ほどほどのアイテムを作ってもらおうとしていたのに……私の書いたものが、超絶アイテムのヒントになってしまったなんて……」

「トールはお主との手紙のやりとりを望んでおるぞ」

「なんですと!?」

「『宰相閣下は常に、新しい視点に気づかせてくれます。魔王城にいるときはアイテム作りのアドバイスを、工房にいるときは、時々手紙で情報交換をさせていただければと思います』だそうじゃ」

「お、お待ちを……そんなことをしたら……」

「お主がトールのマジックアイテム開発のヒントを与えることになるな」

「……お許しください。陛下」


 宰相ケルヴは、床に額を押しつける。


「そんなことになったら……常識が崩壊ほうかいしてしまいます。トールどのは、私の話をどのように受け取るかわからないのです! あの方は私の言葉や行動を予想外の方向に転がして……超絶規格外ちょうぜつきかくがいのマジックアイテムを作ってしまうのですよ!」

「そうじゃなぁ」


 遠い目をする、魔王ルキエ。

 トールがケルヴの仕事ぶりを観察しているところを想像して、彼女は苦笑いする。

 対照的な2人だからこそ、トールにはケルヴの行動や考え方が発想のヒントになるのだろう──そんなことを考えてしまう。

 生真面目なケルヴには、それはとても困ったことなのだろうけれど。


「そこは2人で話し合って決めるがよい。トールには、悪意はないのじゃから」

「わ、私は、今回のことを正直にお伝えします!」


 宰相ケルヴは叫んだ。


「私がアイディアなど出していないこと。羊皮紙にあったのは、ただの書き損じであることを伝えます。そうすればトールどのも……」

「それは魔獣の調査が終わってからにせよ」


 ルキエは、魔王の口調に戻り、そう言った。


「今は、帝国との合同魔獣調査の前じゃ。調査に使う『ロボット掃除機』……いや、ゴーレムが、ただの書き損じから生まれたものだということが明らかになれば、その機能に疑いを持つものも出よう。トールに真実を話すのは、調査が終わってからにせよ」

「で、では、それまでは……」

「宰相ケルヴが錬金術師トールに、最高のインスピレーションを与えたということで、押し通すしかあるまい」


 たぶん、称賛しょうさんの嵐になるだろう。

 魔王領に宰相ケルヴと、錬金術師トールあり、と。

 それは、どうしようもない。

 ケルヴが床に額を押しつけて震えていても、訂正はできないのだ。今のところ。


「お主はさきほど、厳罰を与えて欲しいと申しておった。責任感の強いお主には、これが罰になってしまったかもしれぬな」

「……ああ」

「ついでに、時々トールのアドバイザーをやるのはどうじゃろうか? それがトールへの報酬にも……いや待て、どうして柱の方ににじり寄って行くのじゃ? なに? 常識がこわれるのが怖い……? わ、わかった! もう言わぬから。時々トールとやりとりをするくらいで許す! だから落ち着くのじゃ、宰相ケルヴよ!!」




 こうして、トールの書状は玉座の間に衝撃を与えることとなり──

 工房では、3体の『ロボット掃除機 (ゴーレム)』の開発が続き──

 さらに『ノーザの町』にいるソフィアとのやりとりを行った後──



 魔王領とソフィア皇女の部隊による、合同魔獣調査が行われる日が来たのだった。







──────────────────


 お知らせです。


「弱者と呼ばれて帝国を追放されたら、マジックアイテム作り放題の「創造錬金術師に覚醒しました」の書籍化が決定しました!


 これも、皆さまの応援のおかげです。本当にありがとうございます!

 発売日やレーベルなどの詳しい情報は、後ほどお伝えします。


 これからも「創造錬金術」をよろしくお願いします!!

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