第95話「魔獣調査を開始する(3)」

 ──アイザック部隊視点──





「門を開かれよ、指揮官ゲラルトどの! 国境地帯に現れた魔獣は危険なものだ。ソフィア・ドルガリア殿下の名において、民の平和を守るために調査させていただきたい!!」

「ま、待たれよ!!」


 慌てた声と共に、城壁から指揮官ゲラルトの姿が消えた。

 アイザックたちは砦から離れた場所で、足を止めた。

 彼らはまだ、武器を手にしていない。相手は同じ帝国兵だ。強攻策は採れない。


 アイザックたちは新種の魔獣の隠れ家と、その使い手を探していた。

 調査の先に行き着くのが帝国の砦になるとは、想像もしていなかったのだ。


「アイザックどの。『ロボット掃除機』を、手元に戻しても構わぬか?」


 魔王領の将軍、ライゼンガ・フレイザッドが言った。

 彼はフードを被り、帝国兵に混ざっている。背後には同じく顔を隠したミノタウロス部隊がいる。


 彼らが同行しているのは、協力して新種の魔獣を倒すため。

 顔を隠しているのは、帝国の者と出会ったときにおどろかせないためだ。


「将軍と魔王領の方々は、あらかじめ顔を隠すためのフードを用意されておりましたな……」


 アイザックは、ふと、問いかけた。


「魔王領の方々は、新種の魔獣に帝国兵が関わっているとわかっていたのですか?」

「まさか。このフードは、帝国領に入るときのドレスコードのようなものだよ」


 ライゼンガはそう言って、苦笑いした。


「帝国にも色々な者がいる。アイザックどののように信頼できる方も、我ら亜人を恐れる方もな。姿をさらす相手を、我々は選んでおるつもりだ」

「ライゼンガどの……」

「それで『お掃除ロボット』だが」

「そうですね。砦の者に捕獲ほかくされても困ります。一旦、手元に戻すとしましょう」

「我はトールどのから、あれを呼び戻すための魔石を預かっている。それを使おう」



 ライゼンガは懐から、小さな魔石を取り出した。

 それをてのひらに乗せて、一言。



「『汝、お掃除する者よ。充電器に帰れハウス!』」



 ぴくん。



 ライゼンガの声に反応して、蜘蛛くもと蛇と球体型の『お掃除ロボット』が、方向転換した。


 城壁を登っていた蜘蛛は、地面へと飛び降り、そのまま退却。

 蛇は、草の間をシュルシュルと戻り始め。

 球体型は、ギュオン、と、高速回転しながら、まっさきにライゼンガたちの元へ戻って来た。


「……『ロボット掃除機』とは、すごいものなのですな」

「……ゴーレムが索敵さくてきや調査に使えるとは知らなかったな」

「これが大量にあれば、魔獣や獣を狩るのも楽になるでしょうな」

「トールどのなら、ソフィア殿下の護衛用に『お掃除ロボット』を作るかもしれぬぞ?」

「常識が壊れるので考えたくないですな。それより、『お掃除ロボット』はすべてサポート役の方に戻しますか?」

「一体はこちらに残すがよかろう。砦の扉が開いたら、案内をさせねばならぬ」

「承知しました。それでは──」

「うむ。そうだな──」


 アイザックとライゼンガは背後を振り返る。


 離れたところにある木の後ろに、3匹の猫がいた。

 毛並みが黒と赤と銀色で、たまに二足歩行する猫だ。

 もちろん中身は錬金術師トールと、エルフのメイベル、ライゼンガの娘のアグニスなのだが。


「……たいしたものだな。トールどのは」

「……この『お掃除ロボット』もそうですが、完全に猫に化けておりますな」

「……あれもまた、トールどのの力の一旦に過ぎぬよ」

「……あれほどの方がどうして、帝国では無名だったのでしょうか」


 そんなことを言いながら、アイザックとライゼンガは蛇型と球体型の『ロボット掃除機』を地面に置いた。

 2体はすぐに、黒猫に向かって走り出す。

 これから魔力の補給と、調整を受けるのだろう。

 蜘蛛くも型だけがここに残り、アイザックとライゼンガの道案内をすることになる。


「あの『ロボット掃除機』はまっすぐに砦に向かっていた。となれば、あの場所に新種の魔獣がいるのだと思うが、アイザックどののご意見は?」

「……小官しょうかんも同意見です」


 アイザックは苦い顔でうなずいた。


「小官としては、帝国兵が魔獣を隠しているなどと信じたくはありません……が、砦の指揮官が怪しいのも事実。彼は、小官を砦に近づけるのを拒んでおりましたから」

「その上、門を閉ざしたまま、アイザックどのを待たせているのだからな」


 砦の門は、まだ開かない。

 指揮官ゲラルトは『待たれよ』と言ったまま、戻ってこない。

 平和的な解決を望むアイザックとしては、ここで返答を待つしかないのだった。


「小官たちが帝国の砦を攻めるわけにはいきません。できれば罪を認め、素直に調査を受け入れて欲しいのですが」

「我も、魔王領の近くで争いは起こしたくないな」


 ふたりがそんな話をしていると、




 ギギ……。




 砦の方から、扉がきしむ音がした。


「出てくるようです。失礼ながら将軍は後方──錬金術師れんきんじゅつしどのの方へ」

「我らがいては話せぬこともあろうからな。承知した」

「将軍のご配慮に感謝します」


 ここからは、アイザックと砦の指揮官との交渉になる。

 魔王領の者たちは、席を外すべき場面だ。

 

 砦の兵士たちが新種の魔獣に関わっていることは、ほぼ確定している。

 帝国貴族であるアイザックとしては、魔王領の者たちに帝国のゴタゴタを見せたくない。

 だから、後ですべてを話すということにして、ライゼンガたちには離れてもらったのだった。


(……我ながら小賢しいことだ。小官はしょせん、勇者にはなれぬか)


 ここにソフィア皇女がいたら、どうしただろう。

 彼女なら堂々と、ライゼンガやミノタウロスたちを紹介したかもしれない。その上で、砦の者たちに事実を語るように説得していただろう。


 勇者世界の『オマワリサン』なら、精霊パワーで砦の兵を自白させていただろう。


 だが──


(……小官は帝国貴族として、無難に事を収めることを望んでいる。やはり、いままでの考えから抜け出せぬのか。つまらないことだ)


 悔しさをにじませながら、アイザックは歩き出す。

 背後の『オマワリサン部隊』とともに、砦に向かう。


 同時に、砦の門が完全に開き、中から兵士を引き連れた男性が現れた。


「帝国領北方の砦を預かる、ゲラルト・ツェンガーと申す!」


 兵士たちの先頭で、ローブを着た男性が声をあげた。

 砦の指揮官、ゲラルトだ。


 年齢はアイザックよりも上だろう。武器は持っていない。おそらくは、魔術兵だ。

 その背後には鎧姿の兵士がいる。数はアイザックが率いる兵の倍程度。アイザックを警戒していることがよくわかる。


「『ノーザの町』より来た、アイザック・オマワリサン・ミューラである!」


 アイザックは、砦の指揮官に向かって叫んだ。


「先ほども申し上げた通り、小官しょうかんたちは新種の魔獣について──」

「魔獣など知らぬ!」


 砦の司令官、ゲラルト・ツェンガーは吐き捨てた。


「また、貴公にこの砦を調査する権利はない。以上だ」

「待たれよ。ゲラルトどの。それでは話に──」

「なにを言う! 貴公こそ魔獣を操っていたではないか!」


 ゲラルト・ツェンガーはアイザックを指さして、叫んだ。


「貴公は蜘蛛と蛇と謎ボールの魔獣を操り、この砦に突撃させた! その上で、我らが魔獣を隠しているといういいがかりをつけた。おそらく貴公は、自分が国境地帯に配属されたのを悔しく思い、帝都に戻るために無理にでも功績を挙げようとしたのだろう? 違うか!?」

「違う! あの蜘蛛たちは魔獣ではない! 魔獣探査のマジックアイテムで──」

「あんなマジックアイテムがあるものか!」

「気持ちはわかる」

「魔獣の痕跡こんせきをたどってきたと言ったな。だったら、証拠を見せろ」


 ゲラルトは目をつり上げて、アイザックをにらみ付ける。


「ソフィア殿下の部下とはいえ、この砦への命令権はない! 証拠もなしに砦への立ち入りを許すわけにはいかぬ!」

「確かに命令権はない。だが、我らは国境の平穏のために働いている」


 アイザックは胸を張り、宣言した。


「得体の知れない魔獣がうろついていては、国境の民は落ち着いて暮らすことができぬ。彼らを安心させるために平和を守る。それが我らの使命だ!」

「「「然り! 我らは平和を守る『オマワリサン部隊』である!!」」」


 彼の言葉に、『ノーザの町』の兵士たちが唱和する。

 だが──


「『オマワリサン』がなんだと言うのだ。我がツェンガー家は伯爵とはいえ、長い歴史を持っているのだ。祖先は異世界勇者とも交流が深く、彼らについての記録を残してきた名家でもある! ミューラ侯爵家とは歴史が違うのだぞ!」

「存じている」

「その私に疑いをかけるというなら、証拠を見せよ!」

「わかった」


 不意にアイザックは、蜘蛛型の『お掃除ロボット』を持ち上げた。

 その裏面に手を伸ばし──錬金術師トールに教わった通りに、魔力を込める。

 すると、蜘蛛の腹が、ぱかっ、と開いた。


 さらに、アイザックは懐から、『魔織布』で作られた袋を取り出す。

『お掃除ロボット』のパーツのひとつ、『ごみパック』だ。

 丈夫で長持ち、しかも、魔力を注ぐと透明になる優れものだ。


 アイザックがそれを蜘蛛の腹に当て、ぽんぽん、と叩くと──細かい粉のようなものと、魔石が袋の中に落ちた。


「先に申し上げたように、この『お掃除ロボット』は、魔獣の痕跡を追いかける能力を持っている」


 アイザックは、袋の中身を、指揮官ゲラルトに示した。


「『お掃除ロボット』の能力は魔獣の痕跡こんせきを追いかけるだけではない。対象の魔獣の、魔力や皮膚のかけらを集めることもできるのだ」

「──な、なんだと!?」


 ゲラルトが硬直する。

 口々に『オマワリサン部隊』を非難していた砦の守備兵たちが、絶句する。


「製作者の説明によると『空っぽの魔石に魔獣の魔力を吸い込みながら、皮膚や体毛などを集めることができる』らしい。それが、この袋の中身だ」


 アイザックは白い袋を掲げてみせた。


「これは、この砦までの道のりで回収してきたもの。これこそが、貴公らと魔獣に関わりがあるという証拠だ!」

「そ、それは貴公が言っているだけだろう!!」


 指揮官ゲラルトは叫んだ。


「適当なものを、ゴーレムの腹に入れたおいただけだ! それがこの砦に関係するものだと言い切れるのか!?」

「そうか。では、これは大公カロンさまにお渡しし、調査していただくことにする」


「「「────!?」」」


 指揮官ゲラルトが目を見開いた。

 ローブをまとった身体が、小刻みに震え出す。


 アイザックが調査に向かう前に、ソフィア皇女は言った。


『大公カロンさまは信用できるお方のようです。仮に……万が一、新種の魔獣に帝国の者が関わっていた場合、あの方のお力を借りましょう』──と。


 大公カロンは帝都許可を得て、新種の魔獣の調査に来ている。

 アイザックとは違い、大公カロンには砦を調査する権利があるのだ。


 リアナ皇女が会いに来たことで、ソフィア皇女は大公の居場所を知った。

 だから新種の魔獣と帝国が関わっていたときは、大公の力を借りることにしたのだ。


「殿下のご提案に、小官は反対した」


 アイザックは指揮官ゲラルトを見据えながら、告げた。


「国を荒らす新種の魔獣に、帝国の者が関わっているとは信じたくなかったからだ。だが、殿下の懸念は正しかったようだ」

「──な、な」

「大公さま立ち会いのもとで鑑定かんていすれば、これが魔獣のものかどうかわかる。その上で、同じ魔力や魔獣の皮膚が砦の中に残っていないか、確かめる。この『ロボット掃除機』は、『毛足の長いカーペットに絡んだペットの毛』や『「あれるぎぃ」を起こす微生物までラクラク回収』できるのだからな!」

「……ぐ」

「貴公が調査を拒むのならそれもよい。小官の方で、大公カロンさまに使者を送るまでだ。そして大公ご本人がいらっしゃるまで、砦の近くで待つとしよう」


 それくらいの覚悟はある。

 砦の兵との平和的な解決を望んだのはアイザックなのだから。

 この場で数日間、野営するくらいはなんでもないのだ。


「小官が申し上げたいことは以上だ。反論はあるか? ゲラルト・ツェンガーどの!」

「き、貴公の話など聞く必要はない!」


 絞り出すような声で、指揮官ゲラルトはつぶやいた。

 背後の兵士たちに示すように、腕を挙げる。


「知っているぞ……『ノーザの町』では、魔王領と親しく交流をしているのだろう? 交易所を作り、商売までしていることを」


 指揮官ゲラルトは震えながら──唇をゆがめて、笑った。


「貴公は亜人や魔族に感化され、我らをおとしいれようとしているに違いない!」

「なんだと?」

「後ろにいる者たちがその証拠だ! フードで顔をかくしているあの者たちは亜人であろう? 『ノーザの町』のアイザック・ミューラは亜人と共に、帝国内をかき乱そうとしているに違いない!」

「待て。意味がわからない。貴公はなにを言っているのだ?」


 アイザックは指揮官ゲラルトに向かって手を伸ばす。

 だが──


「我が兵たちよ。風の魔術を使え! 亜人に取り込まれた『ノーザの町』の兵を、砦に近づけるな!!」

「「「おおおおおおおっ!!」」」


 指揮官ゲラルトの声が響き、砦から大量の『風属性魔術』が発射された。

 生み出されたのは、巨大な向かい風。

 土と草が舞い上がり、アイザックたちの視界を塞ぐ。


 その隙に、ゲラルトと兵たちは後退していく。


「待て! 魔王領の者たちと協力して調査を行うことには、ソフィア殿下の許可を取っている。そもそも国境地帯の者が魔王領と交易を行っていたのは以前からだ。それは高官会議でも黙認することが決定されて──」

「聞く耳持たぬ!」


 ゲラルトの声が遠ざかる。

 かわりに聞こえてくるのは、砦の兵士たちの叫び声だ。



「見ろ! 風の魔術で、後方の兵士たちのフードが脱げたぞ!

「本当だ。『ノーザの町』の者たちは、ミノタウロスを連れていたのだ!」

「あいつらは亜人とつるんでいたのか!?」

「指揮官どののおっしゃる通り、奴らは我々を陥れようとしていたに違いない!」



 ばたん。



 砦の門が閉じて、指揮官ゲラルトは姿を消した。


「無茶な言い訳を! 恥を知るがいい。ゲラルト・ツェンガー!!」


 アイザックは吐き捨てた。


 指揮官ゲラルトの主張は無理がある。

 それでも、彼らはアイザックたちを排除した。

 おそらくこのまま、すべてをなかったことにするつもりでいるのだろう。


「いや、これは小官の力不足か。犯人が帝国兵だった場合のことを考えていなかった。同じ帝国兵だから、穏便おんびんに解決しようとした。これが……小官の限界か」


 自分はまだ未熟者。

『真のオマワリサン』には、ほど遠い。


 アイザックはため息をついた。


「小官は勇者の器ではない。悔しいが……他の者に頼るしかあるまい」


 砦からは矢と、威嚇いかく用の魔術が降ってくる。

 それを見て、アイザックは部隊を後退させた。


 砦の兵士たちに、こちらを傷つけるつもりはないのだろう。

 だが、それはアイザックたちも同じだ。彼らもまた、強引に砦を攻略することはできない。同じ帝国兵同士で血を流すわけにはいかない。


 ライゼンガたちなら砦を落とせるだろうが……それをやったら魔王領と帝国の紛争になる。ゲラルト・ツェンガーの思うつぼだ。


「……すまぬ。アイザックどの。我らは来ない方がよかったのかもしれぬ」


 合流したライゼンガが、申し訳なさそうに言った。

 まわりにいるミノタウロスたちも、がっくりと肩を落としている。


「我らの存在が、あなたの立場を悪くしてしまった」

「将軍のせいではありません。あの者たちの主張に無理があるのです」


 アイザックはかぶりを振った。


小官しょうかんたちは魔獣討伐に来たのです。強力な魔獣と戦うのに、将軍のお力を借りるのは当然のこと。そもそも帝国の者が、魔獣召喚に関わることがおかしいのですよ。ゲラルト・ツェンガーめ……」

「これからどうする? 本当に、帝国の大公が来るまで待つのか?」

「将軍のご意見は?」

「ここが魔王領ならば、砦の扉を破って突入するが……この場合は難しいな」

「では──」


 アイザックは、ライゼンガの後ろにいる、黒猫っぽい人物を見た。


錬金術師れんきんじゅつしどののご意見は、いかに?」

「……」


 トールは答えない。

 彼はすでに猫耳つきのフードを外し、人間の姿に戻っている。

 ただ、少し考え込んでいるようだ。

 蛇型の『お掃除ロボット』を手にしたまま、じっと砦の方を見ている。


「どうされたのだ。錬金術師トールどの」

「トールさま?」

「どうされたので?」


「あ、はい。「『お掃除ロボット』の反応が気になって」


 呼ばれたことに気づいたのか、錬金術師トールが顔を上げた。


「『お掃除ロボット』には『魔力探知機』と同じ機能があるんですけど、そのせいで、砦の方に引っ張られるような動きをしてるんです。ほら、頭を砦の方に伸ばしてますよね。さっきまでこんなじゃなかったのに──」


 彼の言う通りだった。

 トールの腕の中で、蛇型『お掃除ロボット』は必死に、砦に向かって首を伸ばしている。


 他の2体も同じだ。

 蜘蛛型はアイザックの腕の中で、カサカサと足を動かしている。

 球体型はダッシュと急停止を繰り返している。今にも飛び出して行きそうだ。


「確かに、奇妙な動きではあるな。これにはどういう意味があるのだ? 錬金術師どの」

「魔獣の魔力が強くなってるんだと思います」


 トールは考え込むように、うつむきながら、


「もしかしたら、魔獣が活性化しているのかもしれません。魔獣があの砦にいると仮定して──いや、確実にいるだろうけど、その魔力が強くなっている理由はなんだ?

 可能性 (1)こっちの部隊に襲いかかって、強行突破しようとしてる。

 可能性 (2)エサをもらって喜んでる。いや、この状況でそれはないか。

 となると、可能性 (3)になるけど、これは──」


「トールさまトールさま」


 エルフ少女のメイベルが、トールの耳元でささやく。


「それは危ないことですか? 教えてください。トールさま」

「あ、うん……えっと」


 我に返ったように、トールがメイベルの方を見た。

 それから、アグニスとライゼンガ、アイザックを見て、


「あの砦に、新種の魔獣がいるのは確定として、敵はこれからどうするのか考えてみたんです」


 錬金術師トールは言った。


「魔獣の存在を隠し通すのは無理ですよね。逃がすのも、アイザックさんの部隊がここにいる状態じゃ不可能です。このまま時間が経てば大公カロンとリアナ殿下の部隊がやってきます。砦の兵たちは、もう、詰んでるんです」

「錬金術師どのの言う通りだ。だから小官は彼らがあきらめて、調査を受け入れると思ったのだ」

「でも、そうはならなかった」

「指揮官ゲラルトは……魔王領の方々がいるのを口実に、扉を閉ざした」

「となると、あいつらはたぶん、証拠隠滅しょうこいんめつするでしょうね」

「その可能性が高いだろう」

「でも、『お掃除ロボット』は、魔獣の魔力が強くなってることを感じてる。そこで疑問があるんです」

「疑問?」

「砦の人たちって、新種の魔獣を完全に支配できてるんでしょうか?」


 錬金術師トールは説明を続ける。



 最初に現れた『魔獣ガルガロッサ』は、誰にも使役されていなかった。

 次の巨大ムカデも同じだ。


 召喚者は新種の魔獣を喚び出すだけで、あとは放置していた。

 敵が単に、魔王領や国境地帯に魔獣を放ちたかったならそれでいい。

 でも、もしも魔獣を使役に失敗して、それで放置していたとしたら──



「砦の中にいる新種の魔獣は、やっと使役できるようになったというレベルじゃないかと思うんです」

「貴公の言う通りかもしれないが……だとすると?」

「はい。そうなると、主人に殺されそうになった魔獣が生命の危機を感じて、使役化の魔術が解けるんじゃないかと」



「「「「……あ」」」」



 カサカサ、シュシュシュシュ、ぐるぐるぐるぐる。



 地面に降りた『ロボット掃除機』たちが荒ぶっている。

 それでアイザックにも、錬金術師トールの言いたいことがわかった。


 帝国でも、不要になった使い魔を処分することがある。


 信頼関係を築いた使い魔なら、術者が『殺す』と決めた場合、その意志に従う。

 年老いた使い魔や、傷ついた使い魔は、簡単に処分できる。もっとも、この場合は主人が使い魔を、最後まで看取みとることの方が多いが。

 使い魔が魔獣でなく動物ならば、解放すればいいだけだ。


 だが、使役しているのが魔獣で、しかも強力な生き物だったら──

 しかも、使い魔にして日が浅く、術が安定していなかったら──


「『処分される』ことに気づいた魔獣は、全力で抵抗するんじゃないでしょうか。というか、あれが本当に異世界の魔獣だったら、この世界の魔獣とは別のルールで動いてるかもしれないですよね? そもそも、魔獣に似た『なにか』って可能性もあります。俺たちだって、『魔獣ガルガロッサ』や大ムカデのことを、完全にわかってるわけじゃないんだから。となると──」


 そんなふうに、錬金術師トールが説明を続けていたとき──





『シャギャアアアアアアアアアア──ッ!!』




 砦から異様な絶叫と、石壁の崩れる音が響いた。







 ──数分前、砦の中で──






「プランEを実行する!」


 砦の門が閉じた瞬間、指揮官ゲラルトが叫んだ。


「作戦は失敗だ。すべての資料を廃棄はいきの上、魔獣を処分する。埋めろ」

「「「了解しました!!」」」


 砦の兵士たちは即座に答えた。


 彼らも、自分が危険な仕事をしていることはわかっていた。

 とっくの昔に、証拠隠滅しょうこいんめつの準備をしていたのだ。


 砦の広場には、土属性の魔術を利用して、巨大な穴を掘ってある。

 そこに魔獣を落とす。魔術攻撃で殺し、焼き尽くし、埋める。

 それで証拠は消せるはずだ。


 今はこれが最適解だった。

 指揮官のゲラルトは罰を受けるかもしれないが、帝都には彼の味方がいる。

 軽い処分で済む──そう思うしかなかった。


「問題は例の『お掃除ロボット』とやらが、本当に魔獣のかけらを回収する機能を備えていた場合だが……魔獣本体がいなくなれば、言い逃れはできるはず」


 指揮官ゲラルトは直属兵たちを見回しながら、告げる。


「アイザック部隊の足止めは数名の魔術師で行う。残りの者は魔獣を使役する魔術に専念せよ。魔獣どもを中庭に集めて、殺して埋めるのだ。わかったな!」

「「「はい!!」」」


 指示を受けて、直属の兵士たちが走り出す。

 それを見送ったあと、指揮官ゲラルトは長いため息をついた。


 作戦は失敗だった。

 自分たちは、ソフィア皇女と『ノーザの町』の部隊に目をつけられた。

 大公カロンが来る前に逃げるのは、もう無理だ。


「忌まわしき『お掃除ロボット』めが!!」


 まさか、『ノーザの町』の部隊がここに来るとは思わなかった。

 完全に盲点だった。

 近づいている大公カロンの部隊に、気を取られていたのだ。


「脱出も無理か。アイザック・ミューラの部隊だけならば、強行突破もできただろうが……」


 彼らの背後には、魔王領の部隊がいる。

 火炎将軍ライゼンガと亜人の部隊は強力だ。ゲラルトはそれを、よく知っている。


 実家であるツェンガー家に、亜人と魔族についての記録が残っているからだ。

 昔のツェンガー伯爵家は、異世界から召喚された勇者と親しかった。彼らから様々な話を聞いて、それを書き残してきたのだ。


 だから、魔王領の強さもよく知っている。

 彼らや、南方にいる小国に対する『切り札』が必要だということも。


「あの魔獣は、南方戦線の切り札になるはずだった。いずれはあらゆる小国を滅ぼす力にもなっただろう。南も、北の魔王領も、いつか消し去ることができたはずだったのだ」


 指揮官ゲラルトはつぶやいた。


「ツェンガー家は勇者の力や、魔獣についてよく知っている。勇者が使っていた使役魔術についてもわかっている。我が一族ほど、勇者と魔獣について知っている者はいない。だからその力で、国を強くするはずだったのだ。なのに……」


 だが、まだ終わりではない。


 作戦は失敗したが、技術は彼の手の中にある。

 召喚魔術だって使える。

 なにより、ツェンガー家は勇者のことがわかっている。

 彼らと同じ力を再現することだってできるはずなのだ。


「ゲラルトさま! 使役魔術にてこずっております。ご助力を!」

「わかった。すぐ行く」


 ゲラルトは走り出す。

 部下たちは高台から、威嚇いかくの魔術を放ち続けている。

 アイザックと魔王領を近づけないためだ。


 アイザックたちが魔王領と結託などしていないことはわかっている。

 だが、今はそれで押し通すしかない。

 兵士の中にも亜人への恐れを持つ者はいる。それを利用するべきだろう。


 そんなことを考えながら、ゲラルトが魔獣の居場所に向かうと──




『シャギャアアアアアアアアア!』




 魔獣の、絶叫が響いていた。


「なにをしている! こいつの──『魔獣ノーゼリアス』の使役化は完了しているはずだろうが!」


 指揮官ゲラルトは、自分が見ているものが信じられなかった。

 使役魔術で使い魔にしたはずの魔獣が、こわれたように暴れていたのだ。


「この有様はなんなのだ!? 一体、なにがあったのだ!?」


 真っ青な顔で、指揮官ゲラルトは叫んだ。



「わ、わかりません。昨日まで『魔獣ノーゼリアス』は言うことを聞いていたのです。なぜ、急に暴れ出したのか……」

「魔力を集めろ! 集中するのだ。使役魔術の権限で、魔獣の動きを──」

「だめだ! 止まらない。もう一度最初から詠唱を始めるのだ!!」



 ガインッ! ガガッ!



 叫ぶ兵士たちの前で、石壁が揺れていた。


 砦の一角には、石造りの巨大なおりがある。

 古い塔を利用した半地下の、鋼鉄で補強された檻だ。

 中には、黒い魔獣がいる。いるということは、そこに入れることができたということだ。


 数日前、確かに彼らは魔獣の使役化に成功した。

 召喚してすぐに集団で魔術をかけたのだ。

 魔獣は言うことを聞いた。素直に砦までやってきて、檻に入った。


 なのに、今は──



『シャギャアアアアアアアアア──ッ!』



 ガインッ! ガインッ!



 魔獣は叫びながら、壁に体当たりを繰り返している。


 おかしい。

 ゲラルトたちが使ったのは、勇者が使っていたのと同じ『使役魔術』だ。

 勇者たちはこの魔術を使い、魔獣を使い魔にしていた。

 小型の魔獣だけではない。竜のような巨大なものまで、思いのままに操っていたはずなのだ。



「──異界の魔獣め。大人しくしろ!!」

「──使役が効いてない!? どういうことだ!!」

「──だめだ! レジストされている!!」



 魔術兵たちは詠唱を続け、魔力を注ぎ続けている。

 それでも魔獣たちの動きは止まらない。


「落ち着け。再び最初から詠唱するのだ。そうすれば──」



『カハッ』



 ゲラルトが言ったとき、魔獣が一瞬、動きを止めた。

 深紅の目で彼を見て……口を開き、牙を鳴らした。


 まるで、笑っているかのように。


「異世界の魔獣なのだろう? お前たちは魔獣のはずだ! ──違うのか?」




『シャギャアアアアアアアア!!』




 不意に、魔獣を閉じ込めていたおりが、砕けた。

 そうして巨大な魔獣と、兵士たちの戦闘が始まったのだった。






 ──トール視点──






 俺たちが見ている前で、砦の門が破られた。

 しかも、内側から。


 砦の中から現れたのは……。


「さっきの指揮官と兵士たちだな」

「なにかと戦っているようですね」

「それに、変な叫び声も聞こえるので」


 俺とメイベル、アグニスは顔を見合わせた。

 次の瞬間、



『グガラァアアアアア!』

『シャギャアアアアアア! ヒト──グギャアアア! ハカイ──』



 ……あれ?


「今、叫び声に混じって、なにか言ってなかった?」

「いえ。魔獣の叫び声しか聞こえませんでしたが……」

「そうなの?」


 気のせいかな。

 魔獣の叫び声が、意味のある言葉に・・・・・・・・聞こえたような気がしたんだけど。


「待避するのだ! 錬金術師どの、魔王領の方々!」


 不意に、アイザックさんが、俺たちに向かって叫んだ。


「今回のことは帝国の失敗だ。いや、小官のミスとも言える」

「アイザックさん?」

「錬金術師どのは魔獣の居場所を突き止めてくれた。だから……小官は同国の兵士と争ってでも、砦に突入するべきだったのだ。だが、平和的に解決できると思い、ためらった。こうなったのは小官のミスだ……」


 アイザックさんは悔しそうに、唇をかみしめてる。


「辺境を守るオマワリサンとして、責任を取る! 魔王領の方々は後退を!」

「その前に、お願いがあります」


 俺はアイザックさんの前に、蜘蛛型と球体型の『ロボット掃除機』を差し出した。


「砦の人たちが証拠隠滅を図るかもしれません。その前に、この『ロボット掃除機』で魔獣に関わるものを回収してもいいですか? この子たちなら『魔獣の魔力に近いもの』を、砦から回収できると思うんで」

「……どうして小官に断るのだ?」

「え? だって、帝国のアイテムを勝手に持ってくるわけにはいかないですよね? 帝国の人の許可を取っておかないと、魔王陛下に迷惑がかかるじゃないですか」

「わかった。責任はすべて、小官が取る。やるがいい、錬金術師どの!!」


 アイザックさんはうなずいた。


「このままでは証拠が失われるかもしれない。回収は錬金術師どのに任せよう」

「もうひとつお願いがあります」

「ま、まだあるのか?」

「魔獣を倒す作戦についてです。聞いてもらえますか?」


 俺は言った。

 アイザックさん、それと、帝国の兵士さんたちの目が点になった。


 メイベルとアグニスは、やっぱり、って顔してる。

 ライゼンガ将軍とミノタウロスのみなさんは、納得したようにうなずいてる。

 まぁ、魔王領の人たちには説明したもんな。『お掃除ロボット』につけられるオプションについて。


「……どのような作戦かな。錬金術師どの」

「魔獣を瞬殺しゅんさつして、砦の兵士たちには抵抗する気をなくさせる作戦です」


 これには蛇型の『お掃除ロボット』と、メイベルの力が必要になる。

 重要なのは蛇型だ。

 ただ、作戦が成功したら、蛇型とはお別れになるんだけど。


 ……もったいないな。

 愛着もあるし、生きてるみたいに動くように調整してるから。

 でも、仕方ない。俺のマジックアイテムは、人を幸せにするためのものだから。


「ごめんな。蛇型」


 シュシュ。


 俺が言うと、蛇型『お掃除ロボット』は「いいってことよ」って感じでうなずいた。

 ……いやまぁ、気のせいなんだけど。


『シャギャアアアアアア────ッ!』


 魔物の絶叫が聞こえて、俺たちは砦の方を向いた。

 門が完全に破壊されてる。中にいた魔獣が、完全に姿を現してる。


 最初に見えたのは、巨大なハサミだ。

 左右1対。大きさは1メートルくらい。そこに硬そうな身体が続いている。

 身体は昆虫のような皮膚に覆われている。

 長い尻尾があり、そこにぶっとい針がついてる。


 現れた姿は、サソリだった。

 体長5メートルを超える、巨大サソリ。それが2体もいる。


 砦の兵士たちは、魔獣に向かって魔術と矢を放ってる。

 でも、効果はほとんどない。

 黒光りする殻が、攻撃魔術を弾いてる。足止めにもなっていない。

 相手が硬すぎるんだ。

 たぶん、矢も刺さらないだろうな。


「作戦を説明します」


 俺はみんなを見回しながら、言った。


「有効だと思ったら、協力してください。あと、この作戦ができるのは1回だけです。だから、帝国の兵士さんたちも、あんまり警戒しないでくださいね。それで、作戦内容ですけど──」


 手短に話そう。


 重要なのは、魔獣を砦から引き離すこと。

 それと、砦の兵士たちを待避させることだ。


 そうして、俺は作戦の説明をはじめたのだった。

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