第94話「魔獣調査を開始する(2)」

 ──トール視点──




「『お掃除ロボット』は、なんとか魔獣の痕跡こんせきを見つけたみたいだ」


 アイザックさんの部隊が遠ざかっていくのを確認してから、俺は木々の陰から出た。

 距離は取ってたから、見つからなかったと思う。


 ライゼンガ将軍には『森の中に大きな猫が3匹いるけど気にしないでください。その猫はときどき2足歩行するけど、見ないことにしてください』と、伝えてある。アイザックさんにもソフィア皇女から伝言してもらってる。問題ないな。


 俺がここにいるのは、ユーザーサポートのためだ。

 ゴーレム──『お掃除ロボット』を作りっぱなしで放っておくわけにもいかない。

 現地で不具合や動作不良が起きたときのために、ライゼンガ将軍とアイザック部隊長を、こっそりサポートすることにしたんだ。


「ついてきてくれてありがとう。メイベル、アグニス」

「「にゃーん」」

「フードは取ってもいいんだよ?」


 俺が言うと、メイベルとアグニスは『なりきりパジャマ』の猫耳フードを外した。

 変身が、ぽん、と解けて、ふたりが人の姿に戻る。


 ちなみに俺は黒の『猫型なりきりパジャマ』を着てる。


 メイベルとアグニスは、それぞれ白と赤のパジャマを着てる。ただ、前に着ていたものとは形が違う。魔王城の服職人さんが、ふたりに似合うようにアップグレードしてくれたからだ。


 メイベルのパジャマは耳が尖っていて尻尾が長め。アグニスのものは丸みを帯びた耳で、尻尾も短めになってる。どっちもかわいい。服職人さんはふたりの魅力を十分に引き出してくれてる。


 俺には、ここまでかわいいものは作れない。

 マジックアイテムの『機能美』はともかく、造形美についてはまだ未熟。

 ふたりを可愛く着飾ることには、魔王城の服職人さんに敵わないんだ……。


「……トールさま?」

「……どうされたので?」

「俺がまだまだ未熟だってのを再確認してたんだ」

「「どうしてそういう話になるのですか!?」」


 びっくりされた。


「トールさまが作られた『お掃除ロボット』は、見事に魔獣ゴミの痕跡を捕らえ、追跡していったのですよ? どうして未熟というお話になるのですか?」

「『蜘蛛型』『蛇型』ともに、生き物のように動いていたので。トール・カナンさまは、完璧なゴーレムを作られたので!」

「ゴーレムは作れるよ。錬金術師だからね」


『創造錬金術』でゴーレムが作れることは、なんとなくわかっていた。


 俺は『抱きまくら』を作ったことで、生物の姿かたちをトレースする技術を身につけた。

 メイベルたちのおかげで『疑似生命把握ぎじせいめいはあく』にも覚醒した。実際の生命を模倣もほうするアイテムを作れるようになった。

 それらを応用すれば、ゴーレムを作成することはできる。そう思ってたんだ。


 あとは、どうやって蜘蛛や蛇っぽい動きを再現するかだったけど、それは『お掃除ロボット』に魔獣の素材を組み込むことで解決した。

 魔力に個人情報が含まれていることは『抱きまくら』で確認してある。その応用だ。


 とりあえず『蜘蛛型』と『蛇型』に、似た魔獣の素材を組み込んだら、それぞれ蜘蛛っぽく、蛇っぽく動くようになった。

 あとは『魔力探知機』のように、対象の魔力を探す機能と、『風の魔石』でチリやゴミを吸い込む機能を付けるだけでよかったんだ。


 問題は──


「『球体型』に、一体どんな動きをさせればいいか、わからなかったんだよな……」


 さすが宰相さいしょうケルヴのアイディアだ。

 あの人は俺に、どれだけ高いハードルを用意してくれるんだろう。本当にもう、困るなぁ。

 メイベルに止められなかったら徹夜てつやしてぶっ通しで作るところだったよ。


「結局『球体型』は、他の2体と連携して動くようにしたんだけど」

「そのためのリンク機能なのですね? トールさま」

「うん。異世界の『わいふぁい』を真似してみたんだ」

「大きめの魔石を3等分して、それぞれの『お掃除ロボット』に組み込む……まさに、新技術ですね」

「そうすれば3体で同じ魔力を宿すことになるからね。魔力が共鳴してリンクすると思ったんだ。うまくいってよかったよ」

「……魔石を3等分できるなんて、トールさまだけですよ」

「『素材錬成』の力だよ。あれは素材を加工して、好きなかたちにできるからね」


『お掃除ロボット』は、動力源として光・闇・地・水・火・風の魔石を三等分して組み込んである。

 3等分しただけで、入っているのは全部、同一の魔石だ。

 生物でたとえると、神経とか思考回路とかを分け合っているようなものだ。


 その状態で動かしたら、魔力が共鳴して、リンクするようになってくれた。


「あの『球体型』の特徴は高速で動くことだね。他の2体からの情報を受け取って、とにかく素早く動くようにしてあるよ。あとは高速回転して、蜘蛛くも型と蛇型のサポートをするようにしてある」

「『蜘蛛型』の特徴は丈夫なことと、力が強いことですね」

「『蛇型』は、尻尾にオプションがつけられるので」


 3体の中で一番強いのは『蜘蛛型』。

 汎用性はんようせいが高いのは、尻尾にオプションをつけられる『蛇型』。

 素早く動いて、蜘蛛型と蛇型をサポートしてくれるのが、『球体型』だ。


 ……これで新種の魔獣と、その召喚者が見つかればいいんだけどな。


「それじゃ、俺たちも『お掃除ロボット』を追いかけよう。アイザックさんの部隊からは距離をおいて、見つからないように」

「はい。トールさま」

「行きますので!」


 俺たちは『ユーザーサポート』のため、魔王領・帝国の合同部隊を追いかけることにしたのだった。







 ──その後、魔王領の南東にある砦で──




「大公カロンと聖剣の姫君が近づいている。脱出準備を急げ」


 砦の広場で、指揮官は兵士たちに向けて宣言した。


 この砦は、元々、他国の侵攻に備えるために作られた。

 かつて帝国の北東には、小国が多く存在していた。それらの国は帝国を巻き込みながら、小競り合いを繰り返していたのだ。


 けれど、それも昔のこと。

 小国はすべて帝国に併合され、現在、砦の周囲にある異国は魔王領だけ。

 砦は少数の兵士が駐留し、周辺にいる魔獣を討伐するだけの場所になっている。砦の兵士も、指揮官も、帝国軍のなかでは閑職かんしょくだ。


 だからこの砦は、極秘部隊を育てる拠点として、ちょうどよかった。


 集められたメンバーは、国に忠実な者と、金で雇われた傭兵たち。

 彼らは、勇者に次ぐ『切り札』を見つけ出すために、研究を始めた。


 結果──数回の失敗はあったものの、ついに彼らは新たな魔獣を使役することに成功した。

 これから上に報告し、戦場で実証実験を行うはずだったのだが──


「まさか大公カロンがこれほど早く、この砦に目を付けるとは。さすがは先帝の懐刀ふところがたなと言われたお方だ」


 砦の指揮官は、落ち着いた口調でつぶやいた。


 彼の上司が一番警戒していたのが、大公カロンだった。

 だが、大公はあくまでも皇帝の家臣だ。その動きを把握することも難しくない。

 対処法はすでに考えられていたのだ。


「ゆえに、プランBを実行する」


 ローブを指揮官は、居並ぶ配下に向かって告げた。

 集まっていた配下の兵たちがどよめく。

 プランB──すなわち『砦の放棄ほうき』だ。


 その言葉を聞いた兵士たちは、互いに顔を見合わせている。それだけ、危機的な状況だということに気づいたのだろう。


 最前列にいるのは、指揮官の直属の兵士だ。忠誠心も高い。彼らは指揮官の言葉に、素直に従うはずだ。


 後方には、金で雇われた魔術師たちがいる。報酬を払っている間は、彼らも裏切ることはないだろう。念のため、監視役もつけてある。管理できるだろう。


「──プランBを使うと言ったか。指揮官ゲラルトどの」


 雇われ魔術師の代表が、不意に、口を開いた。


「つまり砦を捨てて逃げる、ということか」

「部隊の者はそうだ。自分は砦の指揮官として残り、大公どのと話をすることになるだろう」


 ゲラルトと呼ばれた男性はうなずいた。


「資料はすべて持ち出す。例の『切り札』も、既定のルートを使って移動させる。証拠がなければ、さすがの大公カロンもなにも言えまい」

「その『切り札』を南の戦線で使ったら、大公に疑われるんじゃないか?」

「帝国は結果がすべてだ」


 指揮官は言った。


「結果を出し、戦場の兵士たちを納得させる。そうすれば、大公が文句を言ったところで意味がない。大公には戦局を変える力がなく、我々にはあるのだから。また、我々は極秘の遊撃部隊。帝国兵さえも、我らの真の正体はわからぬよ」

「それが、上司とやらの計画かい?」

「口の利き方に気をつけるがいい」

「雇い主には敬意を払うさ。だが、砦を放棄したら、せっかく召喚した『切り札』はどうなる? あんなものを連れ歩いていたら、大公に追いつかれるんじゃないか?」

「偵察兵を出してある。大公の位置はわかっている。逃げ切れる距離だ」

「万が一、逃げ切れなかったら?」

「そのときは……『切り札』のうち1匹を使って、大公の足止めをする」


 指揮官ゲラルトは、フードの下で唇をゆがめて、笑った。

 配下の者たちが「おぉ」と声をあげる。


「事が露見ろけんしそうになったときはそうするようにと、あの方に言われていた」


 指揮官ゲラルトは満足そうに、続ける。


「我々が手に入れた『切り札』は3匹。うち1匹を、大公の部隊に向かわせる。部隊はその隙に逃げる。そういうことになっているのだ」

「……その大公カロンは今、どこに?」

「ここから徒歩2日以上は離れた場所だ。資料を回収し、この場を離れる時間は十分にある。落ち着いて対処するのだ。我らが極秘部隊として真価を発揮するのはこれからなのだから」

「「「……おぉ」」」


 次々と発せられる質問に、指揮官ゲラルトは答えていく。

 自信に満ちた様子に、配下の者たちは安心したような声を漏らす。


「我ら『ネームレス部隊』は創設されたばかり。活躍の場はこれからだ」


 ゲラルトと名乗った男性は、宣言した。


「我らの召喚魔術は、国の力となるだろう。皆で膠着した南方戦線を切り開こう。帝国の影に潜む、裏の部隊として。勇者など古いのだと、皆に知らしめるのだ」

「──最後の質問だ」


 先ほど口を開いた雇われ魔術師が、再び手を挙げた。


「大公カロンの他にも、警戒すべきものはあるんじゃないのか?」

「他にも? 言ってみろ」

「魔王領と、ソフィア皇女の部隊」


 彼の言葉に、周囲がざわめく。

 最初の実験で喚びだした巨大蜘蛛くも──帝国では『魔獣ガルガロッサ』と呼ばれたもの。

 第2の実験で召喚した巨大ムカデ。

『魔獣ガルガロッサ』は魔王軍に。

 巨大ムカデは魔王軍とソフィア皇女の部隊に、それぞれ倒されているのだ。


愚問ぐもんだな。魔王領とソフィア皇女の部隊が、どうやってここに来ると?」


 指揮官ゲラルトは言った。


「大公カロンは、帝都での情報を手がかりにこの砦に目をつけたのだろう。だが、魔王領やソフィア皇女の部隊には、それは不可能だ。万が一にも、彼らがここに来ることはありえない」

「……かもな」

「納得したのなら仕事をしろ。すぐに皆、ここを離れる準備を始めるのだ。『切り札』を使役する魔術部隊が最優先だ。このゲラルトの直属部隊は、資料の処分に──」




「報告します! 砦に帝国兵と魔獣が近づいております!!」




 不意に、偵察兵が広場に飛び込んできた。


「帝国兵だと!? どこの部隊だ!!」

旗印はたじるしによれば、『ノーザの町』に駐留する、アイザック・ミューラの部隊です! 兵士が10名。その背後に、フードで顔を隠した大男が数名続いております!!」

「ソフィア殿下の直属兵が!?」

「その前方には小型の魔獣が──いえ、あれは魔獣なのでしょうか……?」


 兵士は頭を抱えながら、叫び声をあげる。


「報告します! 魔獣の大きさは1メートル前後! 数は3体! 蜘蛛と蛇と謎ボールです!」

「謎ボールとはなんだ!?」

「謎のボールです!」

「わかっている! どんな魔獣かと聞いているのだ!」

「説明はできません。ご覧になってください。ゲラルトさま」

「わ、わかった。他の者は脱出の準備を急げ!」


 報告を受けて、指揮官が部屋を出て行く。

 兵士に導かれるまま、砦の高台に移動すると──




『カサカサカサカサカサッ!』

『シュシュシュシュシュシュシュッ!』

『ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ────ッ!!』


「「「は、速すぎる! ま、待ってくれ────っ!!」」」




 砦に近づいてくる蜘蛛と蛇と、謎のボールが見えた。

 それを十名前後の帝国兵が追いかけている。その後ろには、顔を隠した大男たちが続く。

 彼らは必死に、魔獣を追いかけていた。


 おそらくは、彼らが警備している場所に、小型の魔獣が出現したのだろう。

 それを危険と判断した『ノーザの町』の部隊が、討伐のためにここまで来た。そうに違いない。


「同じ帝国兵としては、魔獣討伐を支援するべきだが……」


 指揮官ゲラルトの額に冷や汗が伝う。


 この砦の──表向きの役目は、魔獣の討伐と治安維持ちあんいじだ。

 同じ帝国兵が魔獣を追っているのなら、支援しなければいけない。


 だが、討伐に時間を取られてしまったら、脱出が遅れる。

 大公カロンから逃げる時間がなくなるかもしれない。


「ならば魔獣を放置するか? いや……それも駄目だな」


 魔獣を放置すれば、アイザック・ミューラの部隊から不審に思われる。

 彼らは魔獣を討伐したあと、この砦に文句を言いに来るかもしれない。その対処に追われれば、やはり脱出が遅れる。

 仮に彼らが砦に入ってきたら──『切り札』が発見される可能性もあるのだ


「自分はあの方・・・に信頼されて、この仕事を任されている。このような任務に強いからだ。だから、優先順位はわかっている」


 指揮官ゲラルトは自分に言い聞かせるように、つぶやいた。


 最優先すべきは『切り札』を目的地へ届けることだ。

 最悪、3匹のうち1匹は大公カロンの足止めに使うとして、残りの2匹は確保しなければいけない。

 それがこの部隊の使命なのだから。


「直属兵は脱出の準備をせよ。傭兵ようへいたちは、ここから魔獣に魔術攻撃を加えよ! やつらを・・・・この砦に近づけるな!」


 指揮官ゲラルトは叫んだ。

 魔獣を討伐すれば、アイザック・ミューラの部隊がここに来る理由はなくなる。

 入り口で追い返すこともできるはずだ。


「それにしても……あの魔獣はなんなのだ」


 異なる種類の魔獣が連携するなどありえない。

 なにか桁違いにおかしなことが起きているのかもしれない。気を引き締めなければ──

 そんなことを考えながら、指揮官ゲラルトは指示を出す。


「魔獣の進路に攻撃魔術を放つ。ひるんだ後に矢を一斉射。奴らを砦に近づけるな!」

「「「了解!!」」」

「魔術は『フレイムウォール』を選択せよ。奴らの前方に炎の壁を作り出すのだ。魔獣に知性はない。敵わないとわかれば逃げるだろう。それをもって、アイザック・ミューラの部隊と魔獣を挟撃きょうげきしたことにする」


 ゲラルトの指示を受けて、魔術兵たちが詠唱を始める。


 魔獣たちはまっすぐ、砦に近づいてくる。

 最後尾にいるのは蛇の魔獣だ。素早く身体をくねらせながら移動している。

 中央にいるのは蜘蛛型だ。どこか『魔獣ガルガロッサ』の面影がある。

 先頭を走っている球体は──あれはもう、わけがわからない。謎のボールとしか表現のしようがない。


 魔獣の正体についてはどうでもいい──と、指揮官ゲラルトは結論づける。

 重要なのは、アイザック・ミューラの部隊を砦に近づけないこと。

 大公カロンが来る前に、資料と『切り札』を持って脱出することだ。


「魔獣が魔術の射程に入る。今だ、放て──っ!!」

「「「『フレイムウォール』!!」」」


 兵士たちが魔術を起動し、魔獣の前方に巨大な『炎の壁』が生まれた。

 高さは数メートル。横幅は、数十メートルにも及ぶ。

 10名の魔術兵が指示に沿って、『炎の壁』を並べたのだ。配置は寸分の狂いもなく、壁は巨大な防壁となり、魔獣の行く手を遮っている。

 魔獣がこれを見れば引き返すはず──




『……カサカサ』

『……シュシュ』

『…………ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ』




「──なんだ?」


 魔獣たちの動きが変わった。

 バラバラに走っていた3匹が、一列に並び始める。

 先頭にいるのはボールのような魔獣だ。さらに蜘蛛の魔獣が速度を上げ、逆に蛇の魔獣は速度を落とす。


 そして、ボール型の魔獣がジャンプ。

 地面で潰れて、大きくバウンド。さらに空気を吹き出しながら──跳躍ちょうやく


 指揮官と兵士の視界の先で、謎ボールの魔獣を追うようにして、蜘蛛もジャンプ。

 そのまま、空中で高速回転する謎ボールを踏み台にして──




 カサカサ。ぴょーん。



「「「なにいいいいいっ!?」」」




 回転の勢いも利用して──あっさり『ファイアウォール』を飛び越えた。


「馬鹿な!? 魔獣にあんな跳躍力が!?」

「ボールの魔獣が踏み台になっただと……?」

「なんで違う種族の魔獣がコンビネーションを取っているんだ……わけがわからない……」


 彼らは知らない。

 魔獣と呼んでいる相手が、実は勇者世界を参考に作られた『お掃除ロボット』だということを。


『通販カタログ』にあった『このお掃除ロボットなら段差もラクラク!』という文章を読んだ錬金術師が、勇者のジャンプ力から計算して、勇者世界の『段差』を、かなり大きめに見積もったことを。

 さらに『勇者を超える』というテーマのもとに、その5割増しの段差を想定したことも。


 結果、彼が『お掃除ロボット』に『風の魔石』による噴射機能を追加して、勇者が飛び越えられそうな段差を越えられるようにしたことも──


「弓兵は蜘蛛の魔獣を撃て! 魔術兵は蛇の魔獣とボール型の魔獣を攻撃せよ!」

「「「了解!!」」」


 弓兵たちが一斉に矢を放つ。

 だが、蜘蛛の魔獣はあっさりとそれを避ける。

 異常な動きだった。

 まるで別の視点から矢の軌道を見ているかのように、カサカサと左右に移動しながら、飛来する矢を避けていく。そのまま、砦に接近してくる。


「な……なんなんだあの魔獣は!?」

「こっちの動きが見えているのか? ただの魔獣が?」

「かすったが……弾かれた!? あの魔獣は金属製だ!」


 弓兵が叫び声を上げる中、魔術兵たちは蛇と謎ボールの魔獣に向かって魔術を放つ。

 爆炎系──炸裂系──威嚇いかくも兼ねて、音と衝撃の強いものを選んでいる。


 だが、蛇と謎ボールは揺らがない。音や振動に怯えることもない。


 彼らは左右にコースを変えて、炎の壁を迂回うかいしはじめる。

 蛇は草の間に隠れながら、ボールは高速で地面を転がりながら、一直線に、砦に近づいてくる。


「──やむを得ぬ。ここは、魔獣討伐を優先する」


 指揮官ゲラルトは決断する。


 門から出て、接近戦で魔獣を仕留める。

 脱出準備を止めて、全員でかかれば戦闘は短時間で終わる。

 アイザック・ミューラを砦に入れる必要もなくなるはず。


 あの魔獣はまともではない。 

 当たり前だ。普通に考えればわかる。精兵の帝国兵が守る砦に突撃してくる魔獣がいるものか。


 いるとしたら、我を忘れて暴走している魔獣か、使い魔か。召喚された新種だろう。

 だが、召喚の魔術は自分たちが管理している。

 となれば、あれは暴走状態の魔獣だ。そうに違いない──


「総員、迎撃の準備をせよ! 自分はアイザック・ミューラと話をする。砦に魔獣が侵入したなら、それを倒すのは我らの義務。『ノーザの町』の駐留部隊に手出しはさせぬ、とな」


 指揮官が宣言し、兵士たちが再び動き出す。

 砦の鐘が緊急事態を告げる。

 現場の指揮官に迎撃を任せ、指揮官ゲラルトは砦を囲む城壁に立つ。アイザック・ミューラの部隊が近づいてくるのを確認して、声を上げる。



「止まるがいい。『ノーザの町』の兵たちよ!! 自分はこの砦の指揮官、ゲラルトである!」



 指揮官ゲラルトは叫んだ。


「貴公らが追っていた魔獣は我々が責任をもって討伐する! ここは我が砦の領域である。貴公らはそこで待たれよ!」

「こちらはソフィア殿下の直属兵、アイザック・オマワリサン・ミューラである」


『ノーザの町』の部隊は、砦の手前、数十メートルのところで停止した。

 彼らは帝国兵であることを示す旗を掲げ、指揮官ゲラルトの方を見上げている。

 先頭にいる男性の顔が見えた。

 間違いない、代々軍務大臣を輩出はいしゅつしている名家、ミューラ侯爵家の嫡子ちゃくしだ。


「小官はソフィア殿下の指示により、あの蜘蛛と蛇、それと……謎の球体を──」

「あの魔獣はすでに、砦の警戒領域に入っている」


 アイザック・ミューラの言葉をさえぎり、指揮官ゲラルトは言った。


「よって、我々が討伐する。その後は、貴公たち引き渡す。以上だ」

「待って欲しい」

「なんだ? アイザック・ミューラどの」

「我々が追っていたモノは、まっすぐ砦に向かっているように見えたが。間違いないだろうか?」

「その通りだ。あの魔獣どもは無謀にも、砦を攻撃しようとしていた。貴公の言う通り、一直線にこちらに向かってきたからな」


 ゲラルトは続ける。


「だが、我らは精兵である。魔獣どもは問題なく倒せるだろう」

「しかし、あまりにも不可解だ。確認させて欲しい」


 アイザック・ミューラは食い下がる。

 しつこい奴め──指揮官ゲラルトはうんざりした顔になる。

 

 帝国兵にとって、自分が守る地域に侵入した魔獣を討伐するのは当然のこと。

 あの魔獣たちがこの砦を目標に突撃してきた以上、倒す権利はこちらにある。アイザック・ミューラが割り込むことはできない。


 だが、相手はそれをわかっていないようだ。

 ならば、わかるように説明しなければならない。


「なにを確認されたいのだ。アイザック・ミューラどの」

「あの蜘蛛と蛇、球体が砦の防壁をかすめただけ、あるいは建物や人物にまったく触れずに通過する可能性はないだろうか?」

「ない」


 指揮官ゲラルトは短く答えた。


「あの魔獣どもは、まっすぐに我が砦の中枢をめざしていた。砦の守備兵も見ていた。間違いない」

「だが、小官は信じられないのだ。あれが帝国の砦を目指していたなど……」

「魔獣とは、時におかしな行動をするものだ」

「本当に間違いないのだな? 魔獣はその砦をめざしていたのだな? 砦の指揮官──ゲラルトどの」

「くどい。いくらソフィア殿下の直属兵といえ、言葉が過ぎるのではないか!?」


 指揮官ゲラルトは叫んだ。


「殿下の信頼を武器に、同胞である我らを疑うのか!? 何度も言わせるな。あの魔獣たちの目的地はこの砦だ。奴らは現に3方向から、こちらに向かって来ている。奴らの目的地は・・・・・・・この砦だ・・・・絶対に・・・他の場所ではない・・・・・・・・! ゆえに、我々に討伐の権利があるのだ!!」

「……そうか」


 アイザック・ミューラが沈黙する。

 数秒の間があり、そして──



「ならば、ソフィア・ドルガリア殿下の名の下に、アイザック・オマワリサン・ミューラが問う! 『魔獣ガルガロッサ』および巨大ムカデを召喚しょうかんしたのは貴公か!? それともその砦にいる者か!?」

「──な!?」



 指揮官ゲラルトが絶句する。

 その声が聞こえたのだろう。周囲にいる魔術兵たちも、驚きに目を見開いている。


 理解できなかった。

 魔獣を追いかけていた兵が、なぜ突然、魔獣召喚についての話を持ち出すのか──


「砦に向かっていたのは魔獣にあらず、魔獣の追跡機能を備えた『お掃除ロボット』である!」


 砦全体に響き渡るように、アイザック・ミューラが叫んだ。


「あれは勇者世界のマジックアイテムであり、魔獣の痕跡こんせきをたどる能力を持っている。その目的地が間違いなくその砦であるならば、魔獣の手がかりがあるに違いない。開門を願う!!」

「「「国境地帯の治安を乱す者は『オマワリサン部隊』が許さぬ!!」」」


「敵対するつもりはない。ただ、確認させて欲しいのだ」

「「「確認、したい」」」


『ノーザの町』の兵士たちと、フードで顔を隠した大男たちが唱和する。


 その声を聞きながら、指揮官ゲラルトと兵たちは硬直していた。


 魔獣の痕跡をたどるマジックアイテム。『お掃除ロボット』?

 そんなものが存在するわけがない。

 だが──ならばあの魔獣たちはなんだというのだ?


 すでに蜘蛛型の魔獣は、砦の防壁に取りつき、登りはじめている。


 蛇型はファイアウォールを迂回し、姿を隠している。砦には、矢を放つための小窓がある。吸水と排水のための隙間もある。小型の蛇ならば通れる隙間だ。入り込むのは時間の問題だろう。


 問題はあの謎ボールだ。あれがどう動くか、まったく想像もつかない。


 あの魔獣たちが、本当に魔獣の痕跡をたどる能力を持っているのだとしたら──奴らは間違いなく、この砦に隠された魔獣にたどりつくだろう。


 だが、信じられなかった。

 たしかに、あの魔獣は数日前、国境近くの森を通っている。

『お掃除ロボット』はあそこから、魔獣のかすかな痕跡をたどってきたとでも言うのだろうか? あり得ない。そんなことが……。


「貴公らに、砦に入る権利はない! 貴公らは『ノーザの町』の警備兵であろう? 越権行為だ!!」

「小官たちはソフィア殿下の護衛である!!」


 アイザック・ミューラは叫んだ。


「そして、ソフィア殿下は以前、ムカデ型の魔獣に襲われている! 魔獣を召喚した者がここにいるなら、責任を取ってもらわなければならない! 小官は殿下の部下だ。災いの根を絶つのが使命!」

「……ぐぬ」

「また、この地は『ノーザの町』にも近い。そこに魔獣がいるなら捨て置けない。いつ、国境地帯の治安が乱されるかわからない。担当する地域を守るため、魔獣を討伐するのは当然のこと。これは帝国兵としては常識のはず」


 反論できなかった。

 自らの担当地域を守るため、魔獣を討伐する。

 それはついさっき、指揮官ゲラルトが持ち出した理屈だからだ。


「なにも砦の中をあらいざらい調べさせろとは申し上げていない。あの『お掃除ロボット』がたどりついた場所だけを調べさせてもらいたい。それだけだ。問題はないはず。そうではないか、指揮官ゲラルトどの」


 理路整然りろせいぜんとした言葉に、指揮官ゲラルトと兵士たちがとまどう中──


 アイザック・ミューラと兵士たちは、砦に向かって進み始めたのだった。

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