第96話「魔獣調査を開始する(4)」

「ミノタウロス部隊、全速前進!!」

「「「オオオオオオオオ!!」」」


 ライゼンガ将軍の命令で、ミノタウロスさんたちが走り出す。

 俺とメイベル、アグニスも一緒だ。


「魔獣はゲラルト・ツェンガーの悪行の証拠だ! すみやかに倒し、素材を回収する。続け──っ!!」

「「「『オマワリサン部隊』、前進!!」」」


 アイザックさんの部隊がついてくる。

 その声に、砦の部隊が気づいた。


「──き、貴公ら。こ、これは」

「詳細はあとで訊ねる。帝国の指揮官よ!」


 ライゼンガ将軍は、砦の指揮官ゲラルトに向かって、叫んだ。


「我らを侮辱した罪も、今は問わぬ。今は、協力して魔獣を討伐するのだ!」

「あ、亜人と協力だと!?」

「それを拒むなら、せめて『オマワリサン部隊』にすべてを話せ! 貴様に望むのはそれだけだ!!」


 一喝いっかつするライゼンガ将軍。

 その剣幕にゲラルト・ツェンガーが、びくり、と震える。


「自分たちでは操れぬものを呼び出して、国境を荒らす。罪を認める覚悟もなく、事を収める力もない。隣人である帝国兵がそんな有様では、魔王陛下も残念に思うだろうよ!」

「ひ、ひぃっ!」

「帝国の砦の守備兵たちに告げる!」


 怯える指揮官を無視して、将軍は兵士たちの方を見た。

 その背後でミノタウロスさんたちが、武器を掲げてる。


「貴様らが危険な魔獣を飼っていたことは、すでに明らかだ! これ以上、罪を重ねまいと思うなら、我が部隊、およびアイザック・オマワリサン・ミューラどのに協力せよ! ここで魔獣を倒し、被害を最小限にとどめるのだ!!」

「魔王領の将軍のおっしゃる通りだ」


 ライゼンガ将軍の言葉を、アイザックさんが引き継いだ。


「それが、貴公らの罪を軽くする一番の方法だ。あの魔獣がこちらに近づかぬように、魔術で攻撃せよ。その行動を小官が、大公カロンどのに伝えよう」

「「「…………」」」

「もはや、貴公らに他の道はあるまい!?」


 砦の兵士たちは、しばらく、迷っているように見えた。

 それから──


「──魔獣を、攻撃すればいいんだな」

「──も、もう、どうしようもない。『ノーザの町』の者たちに従うしか」

「──どうしてこんなことに」


 素直に、巨大サソリに向かって攻撃魔術を飛ばしはじめた。

 よかった。

 さすが火炎将軍のライゼンガさん。すごい迫力だ。

 しかも、将軍が砦の兵士をひるませたところで、アイザックさんが素早く、協力するように誘導してる。

 この2人って、意外といいコンビなのかもしれない。


「こ、こいつらの言葉などに従うな! 接近戦であの『魔獣ノーゼリアス』の動きを止め、その後に『使役魔術』を──ぐがっ!?」

「余計なことを言うな。ゲラルト・ツェンガー!」


 アイザックさんは砦の指揮官を地面に引き倒した。


「貴公は自分のしてきたことだけを語ればいい。あとは黙っていろ! あの魔獣は小官たちと魔王領の方々がほうむる!」

「き、貴様らになにができる!?」

「そんな話はしていない! 魔獣について語れと言っているのだ!!」


 そう言ってアイザックさんは、砦の指揮官を『オマワリサン部隊』に引き渡す。

 部隊の人たちはゲラルト・ツェンガーを縄で拘束していく。


 ゲラルトは歯がみしていたけど、もう、どうしようもないと思ったのだろう。

 悔しそうに、魔獣の能力について話し始めた。



 あの魔獣の名前は『魔獣ノーゼリアス』。名付け親は指揮官ゲラルト。

 巨大なサソリ型の魔獣で、皮膚は硬く、武器や魔術が通りにくい。

 尻尾に槍のような針がついている。でも、幸いなことに毒性はないらしい。

 まぁ、毒持ちの魔獣なんて、危なくて飼えないもんな……。



「我々は、あと一歩で……作戦に成功するはずだったのだ」


 指揮官ゲラルト・ツェンガーは、ぶつぶつとつぶやいてる。


「貴公らが来なければ、こんなことにはならなかった。貴公らが」

「……黙れ。貴様と話が通じると思ったのが間違いだった。魔王領の皆の前で、ここまで帝国の恥をさらすことになるとはな……」


 アイザックさんは悔しそうにつぶやいた。気持ちは分かる。

 とっくに国を捨てた俺だって、こんなところメイベルたちに見せたくない。


「「……はぁ」」


 思わず出したため息が、アイザックさんとハモった。

 それに気づいたのか、アイザックさんは苦笑いして、


「小官と『オマワリサン部隊』は砦の兵を指揮して、遠距離からサソリの魔獣を攻撃します」


 将軍と俺の方を見て、言った。


「魔王領の方々は心おきなく、錬金術師どのの『作戦』を実行されるがいい。背後は小官たちが守ります」

「承知した! ではトールどの。例のものを貸していただけるか?」

「はい。どうぞ」


 俺は『超小型簡易倉庫』から『レーザーポインター』を取り出した。

 それを、将軍の隣にいるミノタウロスさんに手渡す。


「これで『魔獣ノーゼリアス』の足止めをお願いします。その間に、俺とメイベルで最大威力の魔術をぶつけますから」

「頼んだぞ。トールどの」

「そのためにも、将軍にお願いがあります。例の矢を使う許可をください」


 俺はライゼンガ将軍に向かって、告げた。


「魔獣が強すぎたときのために、例の矢をエルテさんから受け取ってますよね? その使用許可が欲しいんです」

「……わかった。では、アグニス」

「は、はい!」

「火炎将軍ライゼンガの名において命じる。例の矢をトールどのに渡すがいい」

「はい。アグニス・フレイザッド。父さまの命令を承りましたので」


 そう言ってアグニスは、地面に膝をついた。

 腰に吊した『超小型簡易倉庫』に手を伸ばし、中から3本の矢を取り出す。

 やじりが黒い石でできた、特別な矢だ。

 これはなるべく使いたくなかったんだけどな。しょうがないよね。


「非常時だ。責任は我が取る。トールどのは存分に力を振るうがいい!」

「ありがとうございます。将軍」

「我はそのための道を開くとしよう。たまには、娘にいいところを見せたいのでな」


 将軍はにやりと笑って、呪文の詠唱を始めた。


「国境の平穏を乱す魔獣どもよ。火炎将軍ライゼンガの怒りを受けるがいい!!」


 将軍の真っ赤な髪から──炎が上がる。

 火の粉が飛び散り、周囲を赤く照らしはじめる。

『火炎巨人』の火の魔力が、将軍の身体を包み込んでるんだ。


「『原初の火炎よ。我らに仇を為すものに裁きを』──『アークフレア』!!」


 将軍の指先から、巨大な火球が発生した。

 それは『レーザーポインター』の光線に乗り、ありえない距離を飛んでいく。

 狙いはもちろん、暴れ回る巨大サソリ──『魔獣ノーゼリアス』だ。



 ゴゥオオオオオオオオオ!




『シュギャアアアアアア!!』

『グァ! ア、アツ────グガラアアアアア!』


『アークフレア』に包まれた『魔獣ノーゼリアス』が絶叫し、その足を止めた。

 すごい。効いてる。


「魔王領の将軍に続け! あの光に乗せて魔術を発射するのだ!」

「「「うおおおおおぉぉぉっぉ!!!」」」


 ごぉぉぉぉぉっ!


 帝国の魔術兵が放った攻撃が『レーザーポインター』の光に載って飛んでいく。

 無数の火炎と、石礫、雷光が『魔獣ノーゼリアス』を叩く。

 敵は完全に動けない。これなら、いけるんじゃないか……?


「無駄だ。亜人などに『魔獣ノーゼリアス』が倒せるものか!!」


 振り返ると、砦の指揮官ゲラルト・ツェンガーが叫んでた。

 縛られて、地面に押しつけられた状態で。


「『魔獣ノーゼリアス』は、あんな魔術では殺せぬ。奴の身体をおおう殻は剣も矢も通さず、少しの傷なら自己再生する。殺すには穴にでも放り込み、腹を見せたところを穿うがつしかない。お前たちにそれができるのか?」

「腹が弱点なのか?」

「どうだろうな。知りたければ、私を解放しろ」


 ゲラルト・ツェンガーは俺を見て、にやりと笑った。


「私の指導の下に『使役魔術』を使うのだ。我々とアイザック・ミューラの部隊、それと魔王領の部隊の魔力を注ぎ込めば、再び『魔獣ノーゼリアス』を使い魔にできるかもしれぬぞ」

「そしたらあんたはまた、魔獣を使い魔にして好き勝手やるだろ?」

「……事情があるのだ」

「事情?」

「…………私を解放したら教えてやる」


 砦の指揮官ゲラルト・ツェンガーは、青ざめた顔を逸らした。

 こいつの事情には興味があるけど……。


「それは後だな。まずは作戦を実行しよう」

「はい。トールさま」

「やりますので!!」


 ただ、もう少し『魔獣ノーゼリアス』に近づかないと。

 その後、攻撃をしたらすぐに離れる。これがこの作戦の重要なところだ。


「われら、ごえい、します」

「錬金術師さま。守ります」

「おとも、させてください!」


 ひょい。


 3人のミノタウロスさんが、俺を担ぎ上げた。

 俺の足代わりになってくれるみたいだ。助かる。

 この作戦はスピードが大事だからね。


「将軍はここで魔術攻撃を続けてください。俺たちは、矢の届く距離まで近づきます」

「承知した。アグニスよ、トールどのをお守りするのだぞ!」

「『原初の炎の名にかけて』お守りするので」

「行って参ります。将軍さま」


 アグニスとメイベル、俺 (を担いだミノタウロスさん)は走り出す。


「メイベルは弓の準備を。アグニスは『お掃除ロボット』を奴に向かって投げて」

「わかりました!」

「承知しましたので!」


 メイベルが弓を手に取る。

 アグニスは蛇型の『お掃除ロボット』を抱え上げる。

 蛇型の尻尾にはオプションがついてる。

 長い、黒光りする鎖──『チェーンロック』だ。


「──活性化しなさい。『火の魔力』。『健康増進ペンダント』でアグニスに、通常の数倍の力を!!」


 アグニスが宣言すると、彼女の胸で『健康増進ペンダント』が光を放った。



『火属性の魔力により:活力+200%を得ました』

『余剰分の火の魔力を、他の属性の魔力に変換します』

『火の魔力を、土の魔力に変換しました。土属性の効果:安定+200%を得ました』

『土の魔力を、金の魔力に変換しました。金属性の効果:強固+200%を得ました』

『金の魔力を、水の魔力に変換しました。水属性の効果:柔軟+200%を得ました』

『水の魔力を、木の魔力に変換しました。木属性の効果:生命力+200%を得ました』




「頼むぞ蛇型。魔獣の足を止めてくれ」


 シュシュ。


 俺の言葉に、蛇型『お掃除ロボット』がうなずく。

 その直後、アグニスは力いっぱい蛇型『お掃除ロボット』を──投げた。




 シュシュ──ッ!




 蛇型『お掃除ロボット』は回転しながら、巨大サソリに向かって飛んでいく。

 同時に、俺はミノタウロスさんに運ばれながら、前へ。

 奴が間合いに入った瞬間、『防犯ブザー』を発動する。



『オマワリサーン! アイザックデモ「オマワリサン部隊」デモナイオマワリサーン!』



 ビクッ!



 2匹の巨大サソリの動きが、止まった。

 だけど、効果が弱い。

 同時に2体を相手にしてるからだ。完全に動きを封じるのは無理か。

 だけど──




 シュシュ────ッ!!




 アグニスが投げた、蛇型『お掃除ロボット』は宙を飛び、巨大サソリの頭上にたどりついてる。

 蛇型の尻尾には黒い鎖がついている。

 追加オプションの『チェーンロック』だ。


 蛇型『お掃除ロボット』は身体をくねらせながら、位置を調整。

『チェーンロック』を『魔獣ノーゼリアス』に──巻き付けた。今だ!



「『陸地アースロック』発動!」


『チェーンロック』から、大量の鎖が飛び出した。

 対象をその場に固定するための、『補助チェーン』だ。

 それらは大地へと突き刺さり、地下深くまで食い込む。

 そして──2体の『魔獣ノーゼリアス』を、その場に拘束した。


「よし。ここまでは成功だ」


『チェーンロック』は、2体の『巨大サソリ』の脚に絡みついてる。

 動きを封じることができてる。

 これなら、蛇型を犠牲にしなくてもいいかな……?



『『シュギャギャギャギャギャッ!!』』



 ガインッ! ガインッ! ぼこっ。



 十数本ある『補助チェーン』のうち、数本が地面から抜けた。

 やっぱり駄目か。あいつら、力が強すぎる。


 それに、砦のまわりの地面は草原と土ばかり。

 でも『補助チェーン』は岩場や硬い岩盤に固定するためのものだ。

 街道や草原では、どうしても固定する力が弱くなるんだ。



「はっ! 無駄だ。あの魔獣は倒せない」



 指揮官ゲラルト・ツェンガーの声がした。


「『魔獣ノーゼリアス』の力は、『魔獣ガルガロッサ』や巨大ムカデの数倍だ。あんな鎖で拘束できるものか! あれを倒すには、『使役魔術』で支配してから攻撃するしかないのだ!」


 まーだ言ってるよ。あの人。

 やめて欲しいんだけどな。俺たちはともかく、帝国の人たちが不安になるから。



「──た、確かに……あれだけ攻撃魔術を撃ち込んでいるのに、びくともしない」

「──硬い皮膚がダメージを軽減しているんだ。もっと強力な魔術を撃ち込まないと」

「──そんなものがどこにある。あれが動き出したら、魔術を当てることもできないぞ!」



 ほら、砦の兵士さんたちが恐がってる。

 あの人たちは『魔獣ノーゼリアス』の強さを叩き込まれてるんだろう。


 確かに、あの巨大サソリは強い。

 兵士たちの魔術攻撃でも、足止めにしかならない。


 効果を発揮しているのは、ライゼンガ将軍の火炎魔術くらいだ。

『魔獣ノーゼリアス』のうち1体のハサミを焦がして、使い物にならなくしてる。


 強力な魔術なら、奴には通じるんだ。

 だったら、倒せるな。


「しょうがないな。作戦通りに行こう。メイベル、例の矢を使って」

「はい。トールさま」



 しゅっ。ぱっ。



 弓を構えたメイベルが、斜め上に矢を放った。

 同時に、彼女は詠唱えいしょうをはじめる。



「『天空より来たれ、裁きの鉄槌てっつい。神々の背骨さえも撃ち砕き──』」



 草原に、澄みきった声が響く。


 矢は射程距離の限界まで飛んで、そのまま、下へと落ちていく。

 さすがメイベル。狙いはぴったりだ。

 矢は、まっすぐ『魔獣ノーゼリアス』へ──




『シャギャアアアアアアア!!』




 バキンッ!




 硬い音がして──残りの『補助チェーン』が、外れた。

 やっぱり地面が柔らかすぎたか。

 蛇型と『チェーンロック』は。2体の魔獣の足に絡みついているけど──奴らの動きを完全に止めることはできない。

 魔獣はゆっくりと、移動をはじめてる。


「ど、どうしましょう、トールさま!」


 メイベルが青ざめた顔で、俺を見た。


「詠唱は終わりました。けれど……魔獣が矢の落下位置の外に……」

「大丈夫だよ」

「で、でも、あれでは蛇型『お掃除ロボット』さんが届きません!」


 メイベルの言う通りだった。

 2匹の『魔獣ノーゼリアス』は、矢の落下コースから外れてる。

 このままだと──矢は逸れて、地面に刺さる。


「『魔獣ノーゼリアス』に矢は刺さりません。だから、蛇型の『お掃除ロボット』さんが矢を受け止めるという作戦だったのですよね?」

「うん。でも、問題ないんだ」

「どうしてですか?」

「『魔獣ノーゼリアス』に絡みついてるのは、勇者世界の『お掃除ロボット』のコピーだから。あれには掃除機として、強力な能力を与えてあるんだ」

「強力な能力、ですか?」

「そうだよ。『通販カタログ』には他にも『掃除機』が載ってたから。蛇型には念のため、似た機能をつけておいたんだ」

「他の掃除機……どんなものですか?」

強力な旋風サイクロンでゴミを吸い込む掃除機だった」

「「サイクロンで!?」」


 メイベルとアグニスは驚いた顔になる。

 気持ちはわかる。

 俺も『旋風サイクロン』を生み出す掃除機を見たとき、びっくりしたから。


 まさか勇者が、掃除機の中に『すべてを吸い込む旋風サイクロン』を封じ込めることに成功していたなんて、思いもしなかった。

 勇者世界の掃除機は、それによって強力な吸引力を獲得していたんだ。


 でも、俺の技術では、旋風サイクロンを『お掃除ロボット』に閉じ込めることはできない。

 できるのはせいぜい、外側にサイクロンを作ることくらいだ。


「あいつには強力な『風の魔石』を組み込んである。だから、勇者世界の『毛足の長いカーペットに絡みついたペットの毛もスイスイ回収』できるほどの吸引能力も使えるはずだ」

「蛇型さんはそのために!?」

「だから、『魔獣ノーゼリアス』が動いても、矢は当たるので!?」

「そうだよ。だから──」


 俺は蛇型『お掃除ロボット』を見つめて、声をはりあげた。



旋風サイクロン吸引を発動しろ! 蛇型『お掃除ロボット』よ!!」




 シュシュ────ッ!!




 蛇型『お掃除ロボット』が、応えた。

 奴は落下する矢に向かって、目一杯に身体を伸ばす。

 メイベルが放った矢の位置は、蛇型の斜め上、十数メートル。

 それを見た蛇型は、大きく口を開けて──



 体内に組み込まれた『風の魔石』を、全開にした。




 ゴオオオオオオオオオオオッ!




 蛇型『お掃除ロボット』を中心とした空気の流れ──サイクロンが生まれた。

 その流れに乗って、土や草のかけらが、蛇型に吸い込まれていく。



「「あれが──『お掃除ロボット』の旋風サイクロンの力──」」



 渦巻く旋風が、メイベルの矢を捕らえた。

 蛇型はそのまま、落下してくる矢を吸い寄せて──



 ぱっくん。



 ──飲み込んだ。


「よし。成功だ」


『魔獣ノーゼリアス』に矢は刺さらない。

 だから、蛇型の『お掃除ロボット』に、あの矢を──『隕鉄いんてつアロー』を飲み込んでもらうことにしたんだ。

 あいつの『旋風サイクロン吸引』なら、矢を吸い寄せることができるから。


「でも……お前を犠牲にすることになってしまった。ごめんな。蛇型」


 帰ったら必ず『蛇型2号』を作ってやるから。

 お前の後継機──いや、分身ということにするから。

 だから許してくれ。お前のことは忘れないよ……。



「はぁ? 矢が落ちたくらいで、なんだというのだ?」



 俺たちの後ろで、砦の指揮官ゲラルト・ツェンガーがつぶやいた。


「あんなものでは、我が魔獣を倒すことはできぬ。さぁ、拘束を解くのだ。そしてお前たちの魔力も供出しろ。全員で『使役魔術』を使うのだ。これは重要な使命──」

「伏せろ馬鹿者!」


 がごんっ。


 アイザックさんが、ゲラルト・ツェンガーを地面に押しつけた。

『オマワリサン部隊』とミノタウロスさんたちも、砦の兵士たちを伏せさせてる。

 将軍も地面に伏せて、完全なる防御姿勢だ。


「が、がはっ! な、なんだというのだ。放せ! アイザック・ミューラ!」

「黙れ! 死にたいのかゲラルト・ツェンガー!」

「な、なに!?」

「小官は『オマワリサン』だ! 貴公のようなものでも生かし、証言を引き出す。そして、現実というものを教えてやる。目を開いて見るのだ。空から落ちてくる、勇者時代の魔術を──!」

「──っ!?」




 ごぉっ!




 ──来た。


 顔を上げると、見えたのは──真っ黒な大岩。


 大きい。

 前回は人の頭くらいの大きさだったけど、今日は大人の身体くらいはある。

 なかなか出力が安定しないな。

 しょうがないか。勇者の魔術のコピーだもんな。難しいよな。


「それでもお前を吹き飛ばすには十分だ。俺とメイベルと蛇型の合体技──『メテオモドキ』を喰らえ! 『魔獣ノーゼリアス』!!」

『『シャギャ! シャギャアアアアアアア!!』』



『魔獣ノーゼリアス』が走り出す。『メテオモドキ』から逃げようとする。

 でも、逃げたって意味はない。


 メイベルが放った『隕鉄いんてつアロー』は、蛇型『お掃除ロボット』の中だ。

『メテオモドキ』はそれに向かって落ちてくる。


 そして、蛇型は『チェーンロック』と共に、奴らの足に絡みついている。

 絶対に外れない。あいつだって命がけだ。


 ライゼンガ将軍は伏せたまま、魔獣に火炎魔術を撃ち込み続けてる。

 魔獣はこっちを避けてる。人のいない方に逃げていく。




『『シャギャ──ッ! ギィアアアアアアア──』』


 そして、『魔獣ノーゼリアス』の絶叫が響き──




 ──黒い隕石が、『魔獣ノーゼリアス』を、捕らえた。




『シャギャ──ッ!』

『コレガヒトノ──チカラ────ギャ、ギャアアアアアアア!』




 ドオオオオオオオオオオオン!!




 轟音ごうおんが響いた。

 地面に伏せた俺の背中に、吹っ飛んだ土のかけらが当たる。鼻をつくのは、土が焼け焦げるような匂い。地面に顔を押しつけてるせいで、大地が揺れてるのがよくわかる。これを利用して、なにかできないかな。破壊だけじゃなくて、『メテオモドキ』で温泉を掘り出すとか、地下水を地上に導くとか。


 そんなことを考えながら──俺は揺れが収まるのを待ち──

 しばらくして顔を上げると、『魔獣ノーゼリアス』はどこにもいなくなっていた。


 地面にあるのは大穴と、巨大なハサミのかけらだけ。

『魔獣ノーゼリアス』は消滅。


 蛇型『お掃除ロボット』の方は……影もかたちもない。

 あいつは、完全に消えてしまったみたいだ。


「……ありがとう。蛇型」

「……蛇型『お掃除ロボット』さん……あなたのことは忘れません」

「……フレイザッド家の、歴史書に名前を残しますので」



 俺たちは蛇型がいた場所に向かって手を合わせた。

 将軍もミノタウロスさんも……アイザックさんも『オマワリサン部隊』も、同じようにしてる。


 蛇型がいなければ、『魔獣ノーゼリアス』を確実に倒すことはできなかった。

 怪我人がひとりも出なかったのは、あいつのおかげだ。

 ありがとう……蛇型。




 カサカサ。

 ごろごろ、ごろごろ。




 しばらくすると、蜘蛛型、球体型の『お掃除ロボット』が、砦の方から戻ってきた。


 蜘蛛型は、古ぼけた巻物を抱えてる。

 球体型は身体の中に、金属板を取り込んでた。『召喚魔術』の魔法陣が彫られたものだ。裏面には……呪文のようなものが刻んである。

 召喚魔術に使うものかな。暗記しておこう。


「……あ…………ああ……あああああああああああ!」

「──ん?」


 振り返ると、砦の指揮官ゲラルト・ツェンガーが、真っ青な顔で震えていた。


「い、今のは……メテオ、か? 勇者の魔術をどうして……魔王領の者が」

「貴公にそれを知る権利はない」


 アイザックさんは吐き捨てた。

 むちゃくちゃ怒ってる。

 そりゃそうだ。ゲラルトたちのせいで、国境地帯で巨大魔術を使うことになっちゃったんだから。治安を守る『オマワリサン』としては、怒るのは当たり前だ。


「大公どのがいらっしゃるまで、貴公らはこの場所に拘束する! 魔獣を操る者たちなど、町に入れるわけにはいかないからな。貴公らはここで、大公どのの裁きを待つがいい」

「……たいこう、かろん、どの」

「貴公の計画は、すべて大公どのに話してもらう。証拠もある。もはや言い逃れはできまい!!」


 アイザックさんの言葉に、砦の守備兵たちはがっくりとうなだれた。

 こっちを見て、震えている者もいる。というか、気絶してる人もいるな。


『メテオモドキ』は、完全に彼らの心を折ってしまったようだ。


「……わかった。すべてを話す。もう……抵抗はしない」


 指揮官ゲラルトは地面に膝をついて、呆然とつぶやいた。

 それから、アイザックさんの方を見て、


「砦に残る最後の1匹も……貴公らに処分を任せる。私の失敗の、証拠になるだろう……」

「最後の1匹?」

「……あぁ。『魔獣ノーゼリアス』は3匹いた。最後の1匹は使役魔術が効いていたのでな、穴に落として──動けなくなるまで魔術攻撃した。もう死んでいるかもしれないが……とどめは、貴公らに……」

「……砦に、そんなのいた?」



 ふるふる、ふるふる。



 訊ねると、蜘蛛型と球体型は揃って、否定するみたいに身体を振った。

『お掃除ロボット』は魔獣の魔力には敏感だ。

 その2体が、魔獣に気づかなかったなんてありえないんだけど……。


「──指揮官どの! ゲラルト・ツェンガーどの──っ!!」


 そんなことを考えていたら、砦の方から兵士が走ってきた。

 真っ青な顔をしてる。

 なんだかすごく、嫌な予感がするんだけど。


「──3匹目の魔獣が……東側の門より、逃亡しました……!」


 ……やっぱり。


 俺とメイベル、アグニスはため息をついた。


「……逃げ、た?」


 砦の指揮官ゲラルト・ツェンガーは、がたがたと震え出す。

 彼は涙を流しながら、兵士に向かって、


「ばかな! 3匹目には使役魔術が効いていたはずだ! だから穴に落として、攻撃することができていたのだ……なのに」

「わかりません。けれど……兵士を襲って門から外へ……そのまま南へと走り去りました。目的は不明です……」

「南……まさか」


 ゲラルト・ツェンガーはなにかに気づいたように、目を見開いた。

 その反応を見て、アイザックさんが青くなる。

 南って……もしかして。


「や、奴は大公カロンとリアナ殿下の元に向かったのか!? 私が……ふたりの足止めをするように命じたから!? いや、違う。使役魔術が効いていないなら、奴は大公さまとリアナ殿下を脅威きょういだと感じたのかもしれぬ。おふたりを排除し……敵がいなくなるように……」

「貴公は!」


 アイザックさんはゲラルト・ツェンガーの胸ぐらを掴みあげた。


「貴公はなにを考えている! どうして、大公どのとソフィア殿下の妹君を!?」

「危害を加えるつもりはなかった! 足止めをするつもりだったのだ……我々が、魔獣を連れて逃げるために」

「足止めだと!?」

「そうだ。1匹の魔獣で大公どのの足止めをして、その間に我々は南方に向かうつもりだった。だから厳重に使役魔術をかけて、大公どのとリアナ殿下が脅威であり、警戒する相手だと教えこんだのだ。その、最後の1匹には……」

「その記憶が、魔獣に残っていると!?」

「わからないのだ! 奴を使い魔にできていたのか、あるいは奴が、使役されていたふりをしていたのか……ああ……あの『魔獣ノーゼリアス』は、私が利用できるようなものではなかった!」


 ゲラルト・ツェンガーは、絞り出すような声で叫ぶ。


「……頼む、あの魔獣を止めてくれ!」


 涙声だった。

 もう、帝国兵の指揮官の威厳もなにもなかった。


「『魔獣ノーゼリアス』が大公どのとリアナ殿下を殺してしまったら……私が処刑されるだけでは済まない。部下たちも、ツェンガーの一族すべてが罰せられ、歴史から抹消される……それだけではなく、ここにいる兵たちも……。頼む、知っていることはすべて話す。だから……『魔獣ノーゼリアス』を止めてくれぇ……」

「……わかった。話はあとですべて聞かせてもらう。覚悟しておくのだな」


 アイザックさんは、ゲラルト・ツェンガーから手を放した。

 ゲラルト・ツェンガーは力なく、地面にうずくまる。

 あとはもう、背中を丸めて震えるだけだった。


「ライゼンガ将軍。身勝手なお願いですが……」

「ソフィア殿下は我らの良き隣人。その妹御を救うためなら、力は惜しまぬよ」


 アイザックさんとライゼンガ将軍が立ち上がる。

 ふたりはそろって、俺の方を見た。


「錬金術師どの」

「トールどの。お力を、貸していただけるか」

「もちろんです」


 ソフィア皇女は俺にとって大切な人だ。その妹を助けるのに理由はいらない。

 リアナ殿下だって、悪い子じゃない。


 ……せっかくだから、助けるついでに聖剣を見せてもらおう。

『ジュワッ』『シューッ』『スバン』で、どれだけ威力が上がったのかも確認したいし。


 問題は、どうやって助けるかだな。


 3匹目の『魔獣ノーゼリアス』は、逆側の門から外に出てる。砦が邪魔になってたから、俺たちはその存在に気づかなかった。


 残りの2匹と戦ってるうちに、時間が過ぎてる。

 あいつらは動きが速い。もう、大分離されてるかもしれない。

 リアナ皇女に素早く危機を知らせるためには──


「アグニス。聞いてもいい?」

「は、はい。トール・カナンさま」

「この前アグニスは、ソフィア殿下のところにお泊まりしたよね? その時に着てた服とか小物とか、持ってないかな?」

「あります。友だちになった記念に、ハンカチを交換したので」


 アグニスは『超小型簡易倉庫』から、白いハンカチを取り出した。

 レースが施された、高級そうなものだ。


「トール・カナンさまの考えてること、わかります。ソフィア殿下の魔力が必要なのですね?」

「うん。ソフィア殿下とリアナ殿下は双子で、それぞれが強い光の魔力を持っている。ソフィア殿下の魔力を手がかりにすれば、リアナ殿下を見つけられるかもしれない」


 俺は球体型の『お掃除ロボット』の中に、ソフィア皇女のハンカチを入れた。

 ついでに『超小型簡易倉庫』から羊皮紙を取り出して、リアナ皇女に伝えたいことをメモする。これも球体型の中に入れておこう。


 それからアイザックさんと指揮官ゲラルトに、大公カロンがいる方向を聞いて、


「いいか、球体型。お前が追いかけるべき魔獣は、あっちの方向にいる」


 俺は南の方を指さして、告げた。


「まずは『魔獣ノーゼリアス』を追いかけてくれ。素材を吸い込む必要も、戦う必要はない。尾行すればいい。わかるか?」


 ごろごろ、ごろ。


「よし。その後は奴が人間の部隊に近づいたら、追跡対象を変更してくれ。部隊の中に、お前の中にあるハンカチと似た魔力を持つ者がいるはずだ。その人に近づいて、身体の中のメモを見せるんだ。できるか?」


 ごろごろごろ、ごろりんっ!


「よし。じゃあ、行ってくれ。俺たちもすぐに追いかける」



 ごろごろごろごろ──っ!



 そうして、球体型はまっすぐ、南に向かって走り去った。


「みなさんは蜘蛛型の『お掃除ロボット』が案内します。ついてきてください」

「承知した!」

「行くとしよう。錬金術師どの!」

「「「砦の兵士たちは、我ら『オマワリサン部隊』に任せてくれ!!」」」


 アイザックさんは部隊を半分に分けた。

 半分は『魔獣ノーゼリアス』の追跡に、半分は砦の兵士たちの管理と、砦の調査に回すそうだ。


隕鉄いんてつアロー』はあと2本。

 だけど、蛇型はもういない。

 できればもう、使いたくないな。目立つし、帝国兵を警戒させちゃうし。


 一番いいのは、大公カロンとリアナ皇女が、あっさりと『魔獣ノーゼリアス』を倒してくれることなんだけど……。

 ……あのメモが、リアナ皇女に届くことを祈ろう。



 そんなことを考えながら、俺たちは南に向けて出発したのだった。

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