第63話「パジャマでお話をする」

 ──ソフィア皇女とフクロウが出会った日の深夜 (トール視点)──





「「「ただいま戻りましたー!」」」


 明け方、お使いに出ていた羽妖精ピクシーたちが帰ってきた。

 みんなフクロウ型の『なりきりパジャマ』を着ている。今はフードを外して、普通の羽妖精ピクシーモードだ。


 先頭にいるのは光の羽妖精ピクシーのソレーユだ。

 彼女は白くてふっくらした、白フクロウ型のパジャマを着てる。

 腕のところには、ちっちゃな翼がついてる。フードを下ろすと、変形して大きな翼になる。


 パジャマの背中にはスリットが入っていて、羽妖精の羽が出せるようになってる。

『フクロウモード』になると、羽は認識阻害にんしきそがいで見えなくなる。

 これが、俺の作った『なりきりパジャマ』の能力だ。




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『なりきりパジャマ』(レア度:★★★★★★★★★★★★★★☆)

(属性:素材に使われている魔織布ましょくふにより変化する)


 魔織布ましょくふによって作られたパジャマ。

 トール・カナンの『疑似生命把握ぎじせいめいはあく』スキルによって、パジャマそのものに、まるで生きているかのような変形能力が与えられている。


 見た目はごく普通の、フード付きパジャマ。

 生き物の特徴を的確に表現するパーツがついていて、一目見ただけで『フクロウさん』『トカゲさん』『ネコさん』とわかるようになっている。


 素材には『フクロウの羽』『トカゲのウロコ』『ネコの毛』などが使用されている。(1着につき羽1枚、ウロコ1枚、毛1本くらい)

 そのことで、モデルとなった生命の特徴が、このパジャマには付加される。


 フードを下ろすと『なりきりモード』が発動する。


『なりきりモード』になると、パジャマが変形し、装着者は『フクロウさん』『トカゲさん』『ネコさん』などに姿を変える。

 顔の部分には対象の生き物そっくりの幻影が発生する。

 そのため、呼吸を邪魔されることはない。


 一部に認識阻害にんしきそがいの能力が付加されており、その生き物らしくない部分は見えなくなる (例えば、羽妖精ピクシーの羽など)。

 さらに、素材となっている生き物の能力の一部が使えるようになる。


 パジャマとしても優秀で、着心地、肌触り、耐久性には定評がある。


 物理破壊耐性:★★ (岩場でスライディングしても破れない)。

 変形持続時間:装着者の魔力が続く限り。

 耐用年数:3年。

 1年間のユーザーサポートつき。



────────────




 でも……このパジャマは、まだまだ不完全だ。

 フクロウに変身した羽妖精だって、翼で飛んでるわけじゃない。

 翼はただの飾りで、飛んでるのは羽妖精自身の力だ。


 たぶん、この『なりきりパジャマ』も、勇者の能力と比べれば、劣化コピーでしかないんだろうな。

 異世界から召喚された勇者は、様々な姿に変身して、その生き物の能力を使いこなしてたって記録があるから。


 本当は、フクロウの翼で飛べるようにしたかった。

 だけど、再現できたのは見た目と、ふかふかの手触りだけだった。

 今の俺には、これが限界だ。


 最終的には、誰でも鳥型のパジャマを着ると飛べるようになって、魚型のパジャマを着ると、息継ぎなしで泳げるようにするつもりでいる。

 どうすればそうなるかは、まだ見当もつかないけど……やりがいはある。

 いつか勇者の世界を超えるまで、がんばろう。


「お疲れさま。誰かに見つからなかった?」


 俺は羽妖精たちに声をかけた。


「大丈夫ですのよ。錬金術師れんきんじゅつしさま」

「問題なく、ソレーユと私たちは使命を果たしました」

「ほめてくださいでございますー!」


 光の羽妖精ソレーユ、闇の羽妖精ルネ、それと地の羽妖精の子が、一斉に俺の前で頭を下げる。

 俺は人差し指で、羽妖精たちの頭をなでていく。


 それをしばらく続けると、満足したのか、ソレーユたちは報告をはじめた。


 帝国の皇女ソフィアが、『フットバス』を使ってくれたこと。

 俺があげた『光の魔織布ましょくふの下着』を受け取ってくれたことを。


「不快だとか。気にくわないことがあるとか、言ってなかった?」

「「「まったく不快ではない、と言ってましたー」」」


 そっか。よかった。

 でも……残念だな。

 少しでも不快なことがあったら、錬金術師れんきんじゅつしとして責任を取らなきゃって思ってたんだけど。

 ソフィア皇女、特に不快には思わなかったのか。

 それじゃ『光の攻撃魔術』は使ってくれないよな……。


「どうして残念そうな顔をしておるのじゃ。トールよ」


 不意に、声がした。

 振り返ると、木々の間にルキエが立っていた。

 彼女はフードを外したパジャマ姿で、あきれたように俺を見てる。


「起こしちゃいましたか? ルキエさま」

「眠れなかったのじゃ。野営やえいは慣れておらぬからな」

「森の中ですからね。鳥の声もうるさいですし。寝づらいのは仕方ないですよね」


 ここは、魔王領と帝国領の間にある森の中。

 俺とルキエ、メイベルとアグニス、それにミノタウロスの兵士さんたちは、この森に天幕テントを張って、臨時の拠点きょてんを作ってる。


 ここから、羽妖精のみんなをノーザの町に送り込むために。

 それと、ソフィア皇女に動きがあったときに、すぐに対応するためだ。


 俺たちはノーザの町が手薄になっている間に、ソフィア皇女とコンタクトを取る必要があった。

 だから、国境の森を拠点にして、活動をすることにしたんだ。

 まさかルキエも来てくれるとは思わなかったけど。


「余の判断が必要なたびに魔王城まで早馬を往復させておったら、時間が掛かりすぎるじゃろう。余がここにいた方がてっとり早いのじゃ」


 ルキエは言った。


「それにケルヴやライゼンガも、国境の山岳地帯に行っておるのじゃ。余だけが城でのんびりしているわけにもいくまい」

「確かに、ルキエさまがここにいれば、ソフィア皇女の書状にも、すぐに返事が出せますね。それは助かるんですが……」


 俺は森の中を見回してから、


「できればルキエさまには、安全なところにいて欲しいんです。個人的に」

「危険はなかろう。森の中には兵士も配置しておるのじゃ。帝国の者に見つかったときのために『なりきりパジャマ』も着ておる。いざとなったらフードを……こうすればよいのじゃろ?」


 ぽん。


 ルキエが、真っ黒な猫の姿に変わった。


 つやつやした毛並み。三角形の耳が、ぴん、と立ってる。

 長い尻尾を振りながら、黒猫魔王のルキエは、俺の前にやってくる。

 本当に、猫そのものだ。思わず、のどに手を伸ばしそうになるくらい。


「魔王さまが猫になっていらっしゃいますの!」

「本物そっくりでございますね」

「おきれいですー!」


 羽妖精たちが、黒猫ルキエのまわりを飛び回ってる。

 ルキエは長いひげをふるわせて、まんざらでもなさそうだ。

 それを見た羽妖精たちもフードを下ろし、ぽん、と、フクロウの姿に変わる。


 動物たちのワンダーランドが発生した。


「これなら、魔王領の者が隠れているなんて、誰も思わないのよ」

「まったくじゃ。本当にすごいものじゃな。トールの作った『なりきりパジャマ』とは」

「ありがとうございます、ルキエさま。ソレーユたちも」


 俺はみんなに頭を下げた。


「このアイテムができたのは、ルキエさまとメイベル、羽妖精のみんなのおかげです」


 みんなが俺に『活き活きとした魔力』をくれたから、『疑似生命把握ぎじせいめいはあく』に覚醒かくせいすることができた。

 おかげで、活きのいいマジックアイテムを作れるようになったんだ。


「ただ、身体のサイズは変えられないんですよね。猫の姿になっても、ルキエさまの身長はそのままですから」

「これも悪くないと思うがな」


 黒猫モードのルキエは樹の下で丸まって、のどを鳴らした。かわいい。


「でも、猫の能力がすべて使えるわけじゃないんですよね」

「爪を出したり隠したりはできるぞ? ほれ」


 ルキエは俺の前に、肉球のついて手を出してみせた。


「おかげで木登りが楽にできるのじゃ。それと、身体がすごくやわらかくなるな。試してみたが、ベッドの下や箱の中にも隠れることができたぞ」

「なるほど……そういう使い方もありますか」

「だから、トールよ。完璧に生物の能力を再現できぬからといって落ち込むことはないぞ。お主のそういう性格は、余も評価しておるがな」


 そう言って、ルキエはフードを外した。

 変身がとけて、猫耳パジャマ姿のルキエが現れる。


「そういえば、ライゼンガが言っておったぞ。『トカゲパジャマを、アグニスがかわいいと言ってくださいました! トールどのに、あと10着作ってくれるようにお願いしてもよろしいですか!?』と」

「いいですよ」

「安請け合いするでない! ライゼンガのわがままなのじゃから!」


 いやいや、使ってくれるならうれしいですよ?

 将軍にはお世話になってるし、いいよ。パジャマ10着くらい。徹夜てつやして作るよ。


「……まぁいい。それは後の話じゃ」


 ルキエは羽妖精ピクシーたちの方を向いた。


「羽妖精たちよ。使者の役目、ご苦労じゃった。話は聞こえておったぞ。帝国の姫君は無事に『フットバス』を使ったのじゃな?」


「はい。ソレーユのように、元気になると思いますの」

「ソフィア皇女は、陛下との会談を望んでおります」

「お目にかかりたいそうでございますー!」


「わかった。朝になったら書状を出そう。他になにか言っておらなかったか?」


「「「『トール・カナンさまの勇気に敬意を表します。お目にかかるときを楽しみにしております』と言ってましたー」」」

「……ふーん。そうかそうか」


 ルキエは横目で、じーっと、俺を見た。


「お主は皇女の信用を得ることに成功したようじゃな。まぁ、そうじゃろうな。『わずかでも不快なことがあったら、この身に向かって光の攻撃魔術を放ってください』なんてことまで伝えたのじゃからな。しかも、余の許可まで取りおって」

「皇女の信用を得るには、帝国出身者の俺が間に入るのがいいと思ったんです」

「……本当にそれだけか?」


 夜風に猫耳を揺らして、俺の顔を見上げてくるルキエ。


「お主、どっちに転んでもいいようにしておったじゃろ」

「なんのことでしょう?」

「皇女の信用を得ることができればよし。仮に今回の件で皇女が不快に思うようなことがあれば『UVカットパラソル』の追加実験をするつもりだったのじゃろう? 帝国の皇女の、より強力な光の攻撃魔術を利用して」

「……アイテムの効果を確認するのは、俺の責任ですから」


『UVカットパラソル』はソレーユの『ヴィヴィッドライト・ストライク』を防いでくれた。

 でも、それを超える威力いりょくの攻撃魔術を防げるかどうかはわからない。

 実験のしようがないからだ。


 そこに、強力な光の魔術が使える皇女が来たら、実験したくなるよね。仕方ないよね?


「仮に帝国の皇女が敵に回った場合、俺のパラソルで彼女の魔術を防げるかどうかが重要になります。そのために、実験をしておくべきだと思いました」

「真っ正面から反論しおったな。お主」

「でも、その機会はなさそうですね。帝国の皇女さんは、いい人みたいです」

「話を聞く限りは、そうじゃな」


 ルキエの言葉に、ソレーユたちもうなずいてる。

 ソフィア皇女はみんなにも、礼儀正しく接してくれたらしい。


「ならば、余はソフィア皇女が魔王領のよき隣人となってくれることを望む。あの者が『ノーザの町』を治めてくれれば、国境地帯は平穏が続くであろう」

「俺もそう思います。正直、帝国にあんな皇女さまがいるとは思いませんでした」


 もしかして、あの皇女は俺と同じような立場だったのかもしれない。

 彼女は、強い光の魔力を持ってるけれど、身体は弱いらしいし。

 戦うことができないのは俺と同じだから──追放されることはないとしても、望まない政略結婚をさせられるか、国外に出されるかしていたはずだ。


 だったら、あの皇女さまには、魔王領の近くにいて欲しい。

 あの人が国境地帯を治めてくれれば、少なくともこのあたりは落ち着くはずだ。


「余も、あの者と話をして、よりよい関係を築きたいと思っておるよ」


 ルキエもあの皇女さまが気に入ったようで、何度もうなずいてる。


「さっそく、会談の準備を始めるとしよう。そこでソフィア皇女が、魔王領のよき隣人になってくれるとわかれば、支援は惜しまぬ」

「それじゃ、俺はルキエさまがソフィア皇女と心置きなくお話ができるように、サポートします」

「頼むぞトール。できれば余は、あの者とふたりきりで話がしたいのじゃ」


 ルキエは力強く、うなずいた。


 ソフィア皇女も帝国の人間だ。まわりに部下がいたら、本音で話せないかもしれない。

 彼女の本心を聞くためにも、ふたりきりで話したいんだろうな。


 ルキエは他人に対する偏見へんけんがないし、必要なことは隠さずに話してくれる。

 俺が初めて魔王領に来たときにも、なにができるか聞いてくれて、仕事をくれた。

 そんな彼女が心置きなくソフィア皇女と会談できるようにするのが、俺の仕事だ。


「それでは、ルキエさまにお願いがあります」


 俺は言った。


「ルキエさまたちが、心おきなくお話しができるように、ソフィア皇女に使って欲しいアイテムがあるんです。俺のアイテムを帝国の皇女に使わせることに許可をいただけますか?」


 ソフィア皇女がルキエとふたりきりで話すことに同意したとしても、まわりがそれを許すとは限らない。

 向こうは魔王領を警戒してる。皇女を見張るお目付役もいるだろう。

 ルキエとソフィア皇女が心おきなく話をするためには、その者たちの目を盗む必要がある。

 もちろん、ソフィア皇女がルキエとふたりで話すことに、同意すればの話だけど。


「わかった。許そう。皇女にどんなアイテムを使わせるつもりなのじゃ?」

「実は『疑似生命把握ぎじせいめいはあく』に覚醒かくせいしたことで、あるアイテムの上位版を作れるようになったんです。それで──」


 俺はルキエに作戦を説明した。

 ルキエの協力を得て、実演じつえんもした。

 パワーアップした効果を発揮したそのアイテムは、羽妖精ピクシーのみんなを混乱させた。

 でも、その効果を見たら、ルキエは納得してくれたようだった。このアイテムをうまく使えば、ソフィア皇女とふたりきりで話ができるであろう──って。

 そのままの状態のアイテムを、天幕まで持って帰ろうとしたら怒られたけど。


 そんな話をして、落ち着いて──

 しばらくの間、俺とルキエと羽妖精たちは地面に座り、ぼんやりと話を続けた。


 ルキエは、これから魔王領をどんな国にしたいか話してくれた。

 俺はルキエの手伝いをしたいと伝えてから、どんなアイテムを作りたいかを語った。

 羽妖精ピクシーたちは、新しい服を着て出かけたい場所について教えてくれた。


 話の中で俺は、これまで作ったアイテムについてのクレームがないかたずねた。

 そしたらルキエは急に顔を真っ赤にして、『「なりきりパジャマ」の下に、下着しか身につけられないのは問題じゃ』と言い出した。

 これはアイテムの構造上、仕方がないんだけど。『なりきりパジャマ』は変身のために、装着者の魔力を利用してるから。

 改善できるかなぁ。リクエストをもらっちゃったし、やるしかないよな。


 その後でルキエに「して欲しいことはないか?」と聞かれたから、俺は、ソフィア皇女との会談の時に、身体のサイズを聞いてくれるようにお願いした。『光の魔織布』の下着を作るためだ。


 ソフィア皇女がソレーユと同じような症状しょうじょうだとしたら、服は光属性のものを身につけた方がいい。

 でも、帝国の皇女に、半透明の服を着せるわけにはいかない。

 だから、せめて下着だけでもと思って、ソレーユたちに『光の魔織布』で作ったものを持たせた。そうすれば直接肌に触れる部分だけは、光属性のものになるから。


「だから会談のときに、ソフィアの身体のサイズを確認して欲しいんです。そうすればぴったりと身体に合った下着を作ることができますから。服職人さんが」


 俺は真剣な表情で、ルキエにそうお願いした。

 ルキエは「わ、わかった。聞いておけばいいのじゃな」って答えてくれた。


 真っ赤になってるのは……もしかして、俺がソフィア皇女のサイズを知りたがってる、って勘違かんちがいしたのかな。

 ……もちろん、教えてくれるなら知りたいけど。

 下着だけじゃなく、身体にフィットするアイテムを作る機会もあるかもしれない。

 そういうときのために、装着者の正確なデータは必要なんだ。


 ──そんなことを話していると、いつの間にか、夜が明けてきた。

 うとうとしはじめたルキエは、黒猫の姿に変身して、こっそりと自分の天幕へと戻っていった。

 羽妖精たちは俺の膝の上で眠ってる。

 俺も、それを抱えて、天幕で仮眠することにしたのだった。




 そうして翌日。

 魔王領とノーザの町の間で、書状のやりとりが始まった。


 数回の書状のやりとりのあと、魔王ルキエ・エヴァーガルドと、皇女ソフィア・ドルガリアの会談が行われることが、正式に決まった。


 場所は、国境の森の近く。日程は、明後日だ。


 参加するのは魔王ルキエ・エヴァーガルドと、皇女ソフィア・ドルガリア。

 その護衛と、お付きの者数名。


 そして魔王ルキエと、ソフィア皇女の希望により──この俺、トール・カナンも、会談に立ち会うことが決定したのだった。

 

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