第4話「魔王に雇われる」
森の出口で、馬車が待っていた。
3頭建ての大きな馬車だった。黒塗りの車体に、銀色の飾りがある。魔王の紋章らしい。
俺とメイベルが乗り込むと、馬車はゆっくりと進み出す。
窓からは外が見えた。
「ここが、魔王領か」
街道のまわりは広い草原だった。
遠くには大きな川が流れていて、船が行き来している。
船を動かしているのは
船の近くを少女が泳いでいる。耳のあたりにひれがある。たぶん、
草原では狼っぽい獣人が羊を追っている。
馬車の近くで大きな荷物をかついでいるのは、熊の獣人だろう。
「色々な人がいるんですね」
帝国の人々は、魔王領は
領地に足を踏み入れたら、魔獣が襲ってくるとか。
凶悪な獣人がいて、人間をさらっていくとか。
そんなふうに言われていたけど──実際に見ると、みんな普通に暮らしてる。
というか、帝国よりおだやかだ。
殺気立った騎兵が走ってるわけでもないし、衛兵が旅人をおどしたりもしていないし。
「魔王領は、人口が少ないですから」
メイベルは言った。
「いろいろな種族の者たちに、それぞれ得意な仕事をお願いしているんです。適材適所ということですね」
「合理的ですね」
「トールさまにもぜひ、魔王領でお仕事をしていただきたいと考えています」
「俺にも?」
「魔王領が、帝国から客人を招いているのは、新たな技術や知識を教わるためですから」
話が全然違ってた。
俺が命じられたのは、魔王領への人質になること。
それどころか父親は「死んでこい」と──いけにえになれと言っていた。
ところが、魔王領の人は俺を「客人」と呼んでる。
実際にはエルフの少女に歓迎されて、
「ひとつ、うかがってもいいですか?」
「はい。どうぞ」
「これまでも魔王領へひとじ──いえ、使者として来た人がいるはずですが、その人たちはどうしてるんですか?」
「前回は50年前ですね。わたくしはまだ生まれてなかったので、話に聞いただけですけど……」
メイベルは少し考え込むようにしてから、
「確か……ここに来てすぐに、帰ってしまったと聞いています」
「黙って帰った」
「はい。別に行動に制限をつけていたわけではありませんから。ただ、あの森をひとりで通るのは危険なので、お送りしようとしたそうなのですが……結局、こっそりと帰ってしまったとか」
「そうだったんですね」
話が見えてきた。
魔王領では、帝国から来る者を使者や客人だと考えている。だから歓迎する。
けれど帝国の方では、人質やいけにえを送り込んだつもりでいる。
だから、送り込まれた者は逃げようとする。
帝国からの命令を無視して逃げるわけだから、逃げたあとで報告しに行ったりはしない。
結果、行方不明扱いになる、というわけだ。
「トールさまは……魔王領にいてくださいますか?」
気づくと、すみれ色の
「魔王領には、トールさまのようなすごい錬金術師はいません。ここにはトールさまのような方が必要なんです。ぜひ、お力を貸してください。あなたが快適に暮らせるよう、わたくしたちがお手伝いいたします。だから──」
「俺は帝国と魔王領の友好のために来ました」
俺は言った。
歓迎してくれる人の前で「いえいえ俺は帝国から送り込まれた人質で、いけにえなんです」なんて言いたくなかった。
「魔王領のために、できることをするつもりです」
「ありがとうございます!!」
身を寄せてくるメイベル。近い近い。
馬車が揺れるたびに、修復したばかりのペンダントが揺れる。ついでに彼女の大きな胸も揺れる。
『エルフは身体の発育が悪い』という帝国の知識は、間違いだったらしい。
まだまだ知らないことがいっぱいだ。
「……あ、あと1時間ほどで、魔王城に到着します」
近づきすぎたことに気づいたのか、メイベルが頬を染め、自分の席へと戻った。
「到着したら、魔王さまに謁見していただくことになります。ご準備をお願いいたします」
魔王。
魔族の王にして、この魔王領の支配者。
魔王領で生きていくためには、絶対に機嫌を損ねてはいけない相手だ。
メイベルやミノタウロスたちは歓迎してくれるけれど、魔王はどうだろう……。
そんなことを考えながら、俺は馬車に揺られていたのだった。
「魔王ルキエ・エヴァーガルドさま。ご入来!」
魔王城の玉座の間に声が響いた。
からっぽの玉座を前に、俺はじっと膝をついている。
魔王城について、すぐにここに案内された。
ミノタウロスたちは槍を手に、玉座の間に控えている。彼らは魔王直属の衛兵だったらしい。
メイベルは俺の後ろで、同じように膝をついている。
俺が視線を向けると、「私がついてます」って手を振ってくれる。いい人だ。
「貴公が、帝国からの客人か」
やがて、玉座の間に、仮面をかぶった人物が現れた。
身長は──よくわからない。俺よりは高いと思う。
金糸をあしらったローブをまとい、顔の上半分を
耳の後ろからは二本の角が伸びている。
角は高位魔族の特徴で、大きいほど大量の魔力を扱えるとされている。されているのだけど──一般的な角の大きさがわからないから判断はできない。ただ、魔王というからには、強力な闇の魔術の使い手なのは間違いないだろう。
魔王は最強の『闇の魔力』の持ち主だ。
『闇の魔力』は文字通りに死と無を操る。
その力が最も強いのが魔族の王、魔王だ。
「
魔王は玉座に座り、仮面の向こうからこっちを見ていた。
「ドルガリア帝国よりの客人、トール・リーガスであるな」
「はい。魔王陛下」
俺は膝をついたまま答えた。
「魔王陛下から直々のごあいさつをいただき、感激しております」
「単刀直入に訊ねる。お主はなにができる?」
あいさつもそこそこに、魔王が聞いてくる。
「我が魔王領がドルガリア帝国から客人を迎え入れるのは、人の世界の知識や技術を得るため。お主がここに来たのであれば、なにか特別な知識を持っているのであろう?」
「
「……ほほぅ。面白いな」
「我ら魔王領にはない技術ですな」
魔王がため息をつき、魔王の側近が声をあげる。
玉座の横には青い髪の男性が立っている。メイベルによると、この国の
「なるほど。帝国には、他国に送り出しても構わないほど錬金術師が余っていると。恐るべき国ですな。ドルガリア帝国とは」
違います。錬金術師が不要物あつかいされてるだけです。
──思わず反論しそうになったけど、黙ってた。
「よかろう。では、お主の工房を用意しよう。そこで自由に腕を振るうがいい。錬金術の作業をするのに、なにか必要なものはあるか?」
魔王は言った。
そんなこと言われたのは初めてだった。
「作業のための部屋をいただければ」
「わかった。用意する。他には?」
「錬金術には機材も必要となります」
「そうか。では、必要なものをリストにして提出するがいい。他には?」
「特に素材を。具体的には、使い潰してもいい金属の塊──使わなくなった剣や鎧などでも構いません。そういうものがあれば助かります」
「なるほど……。ケルヴよ。確か、
魔王ルキエが、青い髪の男性──宰相の方を見た。
宰相はうなずいて。
「先々代の魔王陛下には
「おじいさまはガラクタ集めが趣味だったからな」
「立場上、そのお言葉にはうなずけませんが……とにかく、素材になりそうなものなら、それらを集めた倉庫を与えるのがよろしいでしょう」
「ガラクタの山が、使い物になるのか?」
「それは錬金術師ご本人に判断していただくのがよろしいかと」
「──うむ」
宰相の言葉を受けて、魔王ルキエは俺の方を向いた。
「倉庫の隣には客間がある。そこを自室として与えよう。倉庫には先代の魔王が趣味で集めたガラクタがある。それは自由に素材として使って構わない。古いもの──『勇者召喚』が行われていた時代のものだから、使いものになるかは不明だがな。」
「『勇者召喚』時代の?」
「うむ。我ら魔王領が、人間の世界に敗北した時代のものだ」
魔王はうなずいた。
「お主は、錬金術師としての能力を活かして、好きなものを作るがよい。よいものであれば、我々が買い上げる。魔王領にとって有用なものであれば、民のために量産することも考えよう。そのときは手伝ってもらえると助かる」
「……願ってもないことです。ですが」
「なんだ?」
「どうしてそこまでしていただけるのですか?」
厚遇すぎた。
帝国では役立たず扱いされてた俺にとっては、信じられないくらいだ。
「俺は帝国から来た者──いわばよそものです。そこまでしていただける理由がわからないのですが」
「我々が、人間の世界から学ぶためだ」
「学ぶため?」
「我々魔族は大昔、人間の知恵と、異世界から来た勇者に敗れた。そのことは、お主も知っておるだろう?」
知ってる。
人間と魔族が争っていた時代、人間は魔族に立ち向かうために、異世界から勇者を召喚した。
召喚された勇者は強力なスキルを使いこなし、人間のために戦った。
勇者たちは全員、怖いくらいに『最強』を目指していた。
自分たちから進んで『
彼らの『強さへのこだわり』は、やがてこの世界の人間にも伝染した。
俺がいた帝国が、強さにこだわっているのも、勇者の影響だ。
そうして勇者はさらに強くなり、魔王を倒した。
魔族と、それに協力した亜人たちは、北の地に追放された。
そうして世界は、現在の姿になったんだ。
魔王を倒した異世界の勇者は、満足して元の世界に帰っていったらしい。
今はもう、勇者召喚は行われていない。
だが、勇者が残した知識やアイテムは残っている。
大陸で使われている距離や時間の単位なども、異世界の勇者が伝えたものだ。
「魔族は人間に敗れた。それは事実だ。だから我々魔族は、そこから学ぶことにしたのだ」
魔王は仮面に触れながら、つぶやいた。
「今はもう、人間と争うつもりはない。だが、人間に学ぶことは続けなければならぬ。さもなければ、あの戦で死んだ者たちは無駄死にということになってしまう。それに、いずれまた異世界からの召喚が行われるかもしれぬ。そのときまでに学んでおかなければ、今度こそ滅ぼされる可能性もあるのだ」
俺がメイベルと宰相を見ると、彼らはうなずきながら、話を聞いている。
本当にこれが、魔王領の方針らしい。
「我々が帝国から客人を招いているのはそのためだ。人を招き、交流し、最新の知識を得る。そうしなければいつまで経っても、我々は帝国に追いつけぬ」
「俺を厚遇してくださるのもそのためですか」
「うむ。お主の力が活かせるようにするのは、魔王領のためでもあるからな」
魔王はうなずいた。
「また、能力が発揮できる場所に人を配置するのは、魔王領の方針でもある。魔王領は人の数が少ないからな。向いてない仕事をさせる余裕などない。そういうのは、人口の多い人の世界でだけできる、
魔王の話はわかった。
帝国から客人を招くのは、人の世界の技術や知識を得るため。
俺のために工房や素材を用意するのは、能力を十分に発揮できるようにするため。
そうして作り上げたものは魔王領の財産になるし、魔王領は錬金術でなにができるか知ることができる、というわけだ。
……まずいな。わくわくしてきた。
工房と、自由に使える素材。
それは帝国では、絶対に得られなかったものだ。
魔王領の方針も気に入った。
魔王領は、帝国とは真逆のやり方を選んでいる。
帝国は異世界から強力な勇者を召喚して、魔王を倒した。
だから「自分たちは正しい」「強さがすべて」という方針を維持している。
逆に魔王領は勇者と人間に敗れている。
だから「人間から学ぶ」という方針を採っている。人間を招き入れている。
だったら、俺がやることは決まっている。
魔王に雇われた錬金術師として、魔王領に協力する。
この場所で『創造錬金術』スキルを活かして、帝国を超えるものを作り上げる。
可能なら、勇者が使っていたアイテムを超えるくらいのものを。
帝国があがめる『強さ』なんか、まったく無意味になるレベルのアイテムを作り上げてみせる。
「魔王陛下のご厚意に感謝いたします」
俺は、貴族としての正式な礼をした。
「では、まずは俺の錬金術でなにができるかをお見せしたく思います。それをもちまして、歓迎への返礼とさせていただきましょう」
「……お、おぉ」
……ん?
魔王がなぜかとまどうような声を漏らしたような……?
そう思っていると、隣の宰相が、こほん、と咳払いをした。
「長旅でお疲れだろう。誰か、トールどのお部屋へ──いや、メイベルは残るように。それからトールどの。魔王城は気の荒い者が多い。なるべくひとりでは出歩かぬように。では、魔王さま」
「これにて客人、トール・リーガスの
宰相が早口で言ったあと、魔王が声をあげた。
その後、メイベルとは別のメイドに先導されて、俺は玉座の間を出たのだった。
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