第5話「異世界の本を見つける」

 ──トールが立ち去ったあとの玉座の間では──




「──あの者をどう思う。ケルヴ、メイベル」


 魔王ルキエは言った。


「貴重な錬金術師が帝国から来たことも予想外だが、それ以上にあの者の能力は異常だ。素材なしで魔法銀ミスリルを作り出したというのは本当なのか?」

「はい。魔王さま」


 メイベルはトールが修復したペンダントを差し出した。

 銀色の輝くそれを、魔王の隣に控える宰相ケルヴが受け取る。


「──『鑑定かんてい』」


 宰相さいしょうケルヴはスキルを起動し、すぐに目を見開いた。


「メイベル!」

「は、はい」

「このペンダントはあなたの母の形見でしたね」

「……そ、そうです。我が家に代々受け継がれてきたもので……でも、能力はすでに失われているはずです。中の魔石が傷ついてしまっていますから……」

「直っていますよ」


 宰相がペンダントに魔力を込めると、周囲にきりがたちこめた。

 同時に、ペンダントが青白く光り輝く。


「『水霊石のペンダント』は、魔王領の技術では修復できなかったものです。それを、トールどのは直してしまったようですね」

「……信じられません」

「事実です。そして、彼がここに来た意味を考えなくては」


 宰相ケルヴは魔王を見た。


「トール・リーガスが来たことにはふたつの意味があります。ひとつは、貴重なマジックアイテムを一瞬で修復できる錬金術師が存在すること。ふたつ目は、帝国には、そのレベルの錬金術師が多く存在するであろうこと」

「わかっておる。そうでなければ、帝国があれほどの人間を手放すはずがないからな」


 仮面をかぶった魔王は重々しくうなずく。


「となると、帝国がトール・リーガスを寄越した理由は──」

「彼ほどの錬金術師が、帝国には山のようにいる。抵抗は無意味──つまり、おどしでしょうね」


 宰相ケルヴは少し考えてから、


「帝国が愚かで、彼の能力を理解できなかったということも考えられますが……」

「ばかを言うでない! 帝国がそれほど甘いわけがあるか!!」

「──失礼いたしました」

「ご先祖は人間を見下し、油断した。それゆえに滅びかけたのじゃ! そこから学ばずしてどうする!? 今の帝国の勢いを見て、どうして『愚か』などという言葉が出てくるのじゃ!?」

「申し訳ございません。希望的観測を口にしてしまいました」

「……わかればよい」


 仮面の魔王ルキエは生まれついての王だ。

 幼いころから両親に、魔族の歴史を聞かされてきている。

 なにより繰り返し聞かされたのが、魔族が人間に敗北したことだ。


 かつて起こった魔族と人間との戦いは、小競り合いから始まった。

 お互いが領土を広げていく中で起きた、ほんのささいな事故のようなものだ。

 だが、「自分たちは強い」と考えていた魔族は、引くことを知らなかった。

 結果、魔族と人間の全面的な争いになってしまったのだ。


 その結果、魔族は見事に敗北した。

 数に勝る人間の技術力と、異世界から召喚された勇者の力によって、一度ほろびかけた。

 人間と休戦協定を結び、魔王領にひっこんでからも、その歴史は忘れていない。




 人間やべぇ。


 人間をなめるな。


 人間を敵に回すな。




 それが代々伝わる、魔王領のスローガンだ。


「トール・リーガスに与えた倉庫に、武器になりそうなものはないじゃろうな?」

「ご安心ください。あそこにあるのはガラクタばかりです」


 魔王の問いに、宰相ケルヴは肩をすくめた。


「異世界の勇者が持ち込んだ道具や、本などですね。武器になりそうなものはないはずです」

「錬金術で武器を作るのも可能なはずだが」

「監視をつけます。彼がこちらを攻撃しようとしたとき、すぐに取り押さえられるように」


 宰相ケルヴは、後ろに控えるメイベルを見た。


「では、メイベル・リフレイン。あなたにトールどのの監視役と世話役を命じます」

「はい。よろこんで」

「……どうしてうれしそうなのですか」

「私は、トールさまはとてもいい方のように思えるのです」


 メイベルはスカートの裾をつまみあげて、一礼。

 その笑顔に、魔王と宰相は不思議そうに首をかしげる。


「そちはトール・リーガスと出会ったばかりなのだろう? なのに彼を本気で信頼しているように見えるのじゃが……?」

「あの方には恩義がありますから」

「ペンダントを直してもらったことか?」

「そうですね。あとは、エルフとしての直感です」


 メイベルは穏やかな笑みを浮かべた。


「エルフは、かつては様々な精霊と交感してきた種族です。今は、精霊も少なくなりましたが、私の中に残る血が言うのです。トール・リーガスさまを信じよ。あの方を失ってはいけない、と」

「メイベルの直感は信じておるが……」

「もちろん、魔王さまの直属として、陛下への忠誠はゆるぎません」

「……う、うむ」

「ただ、私はトールさまが魔王領を変えてくださるような気がするのです」


 そう言って、祈るように手を合わせ──


「それを見届ける機会をいただいたことに感謝いたします。親愛なる魔王ルキエさま」


 メイベルは、幸せそうな笑みを浮かべたのだった。









 ──トール視点──





「おおおおおおおおおおっ! す、すごい……」


 用意された部屋に入ったら、思わず変な声が出た。

 ここは、魔王城の倉庫。

 窓のない石造りの部屋で、ちょっとした広間くらいのサイズがある。


 そして──床には無数の本やアイテムが積み上げられている。


 ガラクタ置き場と言われているのもわかる。まったく整理がされていない。

 剣のさやだけが転がってると思えば、隣にはつなぎ目が壊れたよろい。ゆがんだたて。農作業の道具もある。


 ホウキとバケツと金属製のおけは、掃除用だろう。

 床にホコリは積もってない。誰かがまめに掃除がしてるんだろう。


 でも、それならせめて本くらいは分類しておけばいいのに……いや、無理か。本の表紙に書かれているのは、この世界の文字じゃない。文字や絵が精巧せいこうすぎる。

 これは、異世界から来た勇者たちが、この世界に残した本だ。


「すごい……魔王城……すごい」


 帝国には、勇者召喚ゆうしゃしょうかんが行われていた時代のものは、ほとんど残っていない。

 勇者の召喚儀式も行われなくなった。

 子どものころに聞いた話によると、召喚の儀式を行っても、勇者が来なくなったそうだ。理由はわからない。

 平和になったから、儀式も意味をなくしたのかもしれない。


「いや、帝国の事情はどうでもいい。今は倉庫を調べるのが先だ」


 魔王は、親切で倉庫を与えてくれたわけじゃない。

 これは俺が、魔王領の役に立つことを見越しての先行投資みたいなものだ。

 期待に応えられなければ取り上げられる。

 そうならないためには、魔王や、魔王領の住人がよろこぶものを作る必要がある。


「なにがいいかなー。実用品がいいかなー」


 わくわくするなー。


 俺は倉庫を見て回りながら、作れそうなものを考える。

 倉庫には色々なものがある。盾やよろいの他にも、誰が使っていたのかわからないコートやブーツもある。どれも素材として使えそうだ。


 本は今のところ、使えない。

 異世界の言葉を読むことはできないから──って、あれ?



「……『通販ツーハンカタログ』。この本の名前か?」



 普通に読めた。


 俺が手にしたのは、つるつるした材質でできた本だ。

 しかも、すべてのページに色がついている。

 描かれているのは、実物と見まちがえそうなほど精巧せいこうな絵。異世界人はこれを『写真』と呼んでいたっけ。

 その写真が全ページにあって、色々なアイテムが紹介されている。

 

「でも、なんで異世界の文字が読めるんだろう?」


 もしかして、『創造錬金術オーバー・アルケミー』の『鑑定把握かんていはあく』の力か?

 あのスキルはアイテムの能力を読み取ることができる。

 だから、異世界の文字が読めるようになったのかもしれない。


 そんなことを考えながらページをめくっていくと──


 最初に目についたのは、『健康グッズ』というものだった。

 異世界の回復アイテムだろう。

 目の疲れを取るもの。肩こりを取るもの。ぐっすり眠るためのもの。色々ある。


「なるほどなー。異世界の勇者が強かった理由がわかるな」


 おそらく、彼らはこういうアイテムで回復力を高めていたのだろう。

 アイテムの横には『1日2分で視力が20倍 (0・1が2・0に)』とか『2時間の睡眠で10時間分の効果』などと書いてある。

 勇者がこういうアイテムで能力ブーストしていたなら、強いのも当たり前だ。


「……俺にも、同じものが作れるかな」


創造錬金術オーバー・アルケミー』スキルに問いかけると、答えが返ってくる。



『できる』──と。



 全く同じものは無理だろう。

 でも、似た能力を持つものなら、作れそうな気がする。

 だったら……やってみよう。


創造錬金術オーバー・アルケミー』で、異世界の技術に追いつく。

 この倉庫のアイテムとは、すべてそのために使おう。


 魔王は「人間に学ぶ」と言ってた。

 俺が異世界のアイテムのコピーを作ったところで文句はないだろ。

 作ったアイテムは、魔王領の人が好きに使ってくれればいい。魔王領が帝国より快適な場所になってくれれば、俺にとって言うことない。

 いわゆる、ウィンウィンの関係だ。


「よし」

「……あの、トールさま」

「────!?」


 心臓が止まるかと思った。

 振り返るとドアのところに、メイド姿のメイベルが立っていた。


「お、おどろかせて申し訳ありません。お茶をお持ちしたのですが……お返事がないので」

「いえ……気にしないでください」

「ずいぶん熱心でしたが、なにをごらんになっていたのですか?」

「異世界の本です」


 俺は『通販カタログ』を広げてみせた。

 メイベルは本をしばらく目で追っていたけど、


「──申し訳ありません。わたくしにはなにが書いてあるのかわかりません」

「やっぱり、読めないですよね……?」

「ここにあるのは、先々代の魔王さまが趣味で集めたものです。あの方は……読めるかどうかは関係なく、なんでも集めてらしたようです」


 先代の魔王は人間から学ぶために、さまざまな物を集めていた。

 ここにあるのは魔族が勇者と戦ったときに、拾ったりもらったりしたらしい。

 異世界の勇者は『俺超すげー』と威張るくせがあって、自慢げに自分の世界の本なんかを渡したりしていたそうだ。


「先々代の魔王さまは、いつか役に立つかもしれないと考えて、手に入れたものをすべてこの倉庫に押し込んだそうです。遺言で『いつか使うかもしれない』とおっしゃっていたもので、そのまま」

「部屋が片付かない人のセリフですね」

「それはともかく、よろしければ一休みいたしませんか?」


 メイベルはトレーを掲げてみせた。


「お茶を淹れました。お口に合うかどうかわかりませんが」

「いただきます」


 俺が言うと、メイベルはほっとした顔になった。


 その後、俺とメイベルは隣の部屋に移動した。

 倉庫の隣は、俺の自室になっている。

 メイベルは先にこっちに来ていたようで、すでにお茶の準備ができていた。

 テーブルの上には銅製のコップが置かれ、そこからお茶のにおいがしている。

 お茶の他には焼き菓子がある。魔王領のお菓子だろうか。


「これから私が、トールさまのお世話をさせていただくことになりました。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」


 まぁ、半分は監視役みたいなものだろうな。

 魔王はいい人だけど、帝国の錬金術師を野放しにはしないだろ。


 でも、メイベルが側にいると、なんとなく落ち着く。

 なぜだろうな。彼女のことは、ほとんど知らないのに。


 知っているのは、メイド服がすごくよく似合うことと、魔王の謁見の間に入れる立場であること。

 尖った耳がきれいなこと。胸が大きいこと。

 それと……よく見ると、すごく分厚い靴下を穿いてること。

 毛皮で出来たものだ。

 メイド服のスカートは短く、長い脚がむきだしになってるのに、そこだけ浮いている。


「あ、これですか?」


 視線に気づいたのか。

 メイベルが足元を指さした。


「すいません……実は私、冷え性で」

「冷え性」

「医者には、体内の魔力がうまく流れていないのだろう、って言われました」

「体内の魔力ですか?」

「帝国には、そういう知識はないのですか?」

「魔術師はいますからね。でも、魔力のせいで冷え性になるというのは聞いたことがないです」


 というか帝国の魔術師は、身体のこと考えないから。

 帝都の魔術団に入ると、まずは火炎魔法100連発。

 その後、騎士団に続いて走り込みをやったあとで水魔法を100連発、とか。

 魔力が健康に関わるとか、そういう発想はないのだ。


「わたくしはそのせいで、魔術がうまく使えないんです」


 メイベルは、ぽつり、とつぶやいた。


「エルフは魔術が得意なはずなんですけどね……だからエルフの仲間からはじき出されて……幸い、料理や家事の才能はあったみたいなので、魔王様に拾っていただいたんです」

「……メイベルさんも、苦労したんですね」

「あ……す、すいません! つい口が滑りました……」


 慌てて口を押さえるメイベル。


「と、とにかく、この靴下。あんまりかっこよくないですよね? お見苦しいようでしたらおっしゃってください。脱ぎますので」

「いえ、それは構わないです。構わないですけど……」


 俺は『通販カタログ』のことを思い出していた。

 あの中に使えそうなものがあったはずだ。


「ちょっと実験台になってもらえませんか?」

「実験台?」

「勇者世界のアイテムの試用をお願いしたいんです」

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