第3話「覚醒。『創造錬金術(オーバー・アルケミー)』」

「トールさまは、わたくしどもを恐がらないのですね」


 メイド服を着たエルフの少女、メイベル・リフレインは言った。


 俺たちがいるのは魔王領の入り口。背の高い木々が茂る森の中だ。

 先頭を歩くのは4体のミノタウロス。

 その次に俺。隣にはエルフのメイベル・リフレイン。

 最後尾を残りのミノタウロスが守っている。


「魔王領が近づくと、人間はなぜかおびえるのですけれど……あなたのように勇気のある方ははじめてです」

「別に勇気があるわけじゃないです」


 でも、メイベル・リフレインの言う通りだった。

 俺は彼女やミノタウロスたちを、怖いとは思っていない。


 ここは人ならぬ者が住む、魔王領。

 味方はどこにもいない。


 エルフは強力な魔力を持っている。

 その魔術は、俺を簡単に殺せる。


 前後には8人のミノタウロスがいる。武器はもっていないけれど、俺をくびり殺すくらいはできるだろう。


 でも、怖くはない。


 今のところは、ミノタウロスたちは俺を客として扱ってくれてる。

 歩きにくいところは手を貸してくれるし、転ばないように、 (意外と)つぶらな瞳で見守ってくれている。

 帝国の兵士たちに比べれば、天と地くらいの差があるんだ。


 でもまぁ、とりあえず──


「人間の領土と魔王領は、不戦の協定を結んでおります。むやみに恐がるのは失礼ですから」


 ──そういうことにしておいた。


「……なるほど。単身ここに来られるだけのことはあります。ご立派な方……」


 メイベル・リフレインはすみれ色の目を光らせて、こっちを見てる。

 いい人のような気がした。たぶん、だけど。


「疲れたらおっしゃってくださいね。ミノタウロスさんたちが運びますから」

「いえ、大丈夫です」


 俺は首を横に振った。

 地面は歩きにくいけれど、疲れは感じない。

 というか、魔王領に入ってから体調が良くなっているような気がする。


 不思議な魔力を感じる。帝国にいたときには感じなかった魔力だ。

 それが身体を満たしていく。

 そして──頭の中で、声が響いた。




『闇の魔力の吸収が完了しました』

『光・地・水・火・風属性の魔力と合わせて、基本6属性の魔力吸収が完了しました』




『スキル「錬金術」が「創造錬金術オーバー・アルケミー」に進化しました』

『「素材錬成」スキルが完全に覚醒しました』

『「属性付加」スキルが完全に覚醒しました』

『「鑑定把握」スキルが完全に覚醒しました』



 ──なんだこれ。

 思わずスキルを確認すると──


──────────────────



創造錬金術オーバー・アルケミー


 無から有を生み出すスキル。

 最高位の『錬金術』スキルでもある。


「光」「闇」「地」「水」「火」「風」の基本6属性の魔力を受け入れられる者のみが、このスキルに覚醒する。

 アイテムの外見・効果・能力についての情報があれば、同等のアイテムを作り出すことができる。




『素材錬成』

 魔力から物質を生み出すことができる。

 物質を合成し、新しい素材を作り出すことができる。

 物質を加工し、好きな形に変化させることができる。

 作り出せる物質は、現在のレベルによって変化する。



『属性付加』

 対象の物質に、好きな属性を付加できる。

 付加できる属性数は、対象の物質によって変化する。



『鑑定把握』

 対象のアイテムの属性・素材・効果を鑑定する。

 鑑定した情報は、スキルの中にデータとして記録される。




──────────────────



 ──『錬金術』スキルが変化した?

 どうして!?

 しかも──魔力から物質を作り出す……って。そんなスキルがあるのか?


 いや、確かに自分の中のスキルは、それができると教えてくれてるけど。

 でも、便利すぎる。

 俺に戦闘用のスキルがなかったのは、この『創造錬金術オーバー・アルケミー』に、能力を全振りしてたからじゃないか、って思うくらいだ。

 そうじゃなかったら、こんなスキルに覚醒かくせいする理由がわからない。


「どうされましたか? トールさま」


 気づくと、すぐ近くにメイベル・リフレインの顔があった。

 心配そうに、俺の顔をのぞきこんでいる。


「お疲れですか? それとも、慣れない土地だから気分が……」

「い、いえ。大丈夫です」


 俺は急いで首を横に振った。


「気分が悪くなったのならおっしゃってくださいね。魔王領では、人の領域とは魔力の強さが違いますから」

「そういえば、魔王領では『闇』の魔力が強いんですよね?」

「おっしゃる通りです。そして人間の領域には『光』の魔力が満ち満ちているのでしょう?」

「帝国では『火』と『地』の魔力も強いです。『火』は敵を焼き尽くす力を、『地』は決して折れないはがねのような強さを意味して──あ」


 気づいた。

 スキルが覚醒したのは、『闇』の魔力を取り込んだからだ。


 人間の領域は『光』の魔力が強く、『闇』が弱い。

 魔王領では『闇』の魔力が強く、『光』が弱い。


『創造錬金術』に覚醒するには、基本の6属性──光・闇・地・水・火・風の魔力を受け入れなければいけない。

 俺はたぶん、この森で大量の闇の魔力を吸収してる。

 それで、必要な魔力がそろって、『創造錬金術』に覚醒した。


 今、わかるのはこれくらいだ。


「どうかしましたか? トールさま」

「……なんでもないです」

「そ、そうですか」


 エルフのメイベルはうなずいてくれた。

 俺のすぐ近く、息が触れるほどの距離で──というか、この人、俺のことをまったく警戒してないな。


 いくら魔術が使えても、この距離なら、俺がメイベルを拘束する方が早い。

 まぁ、そんな気にもなれないくらい、彼女は無警戒なんだけど。


 逃げるのは、いつでもできる。

 今はそれより、この『創造錬金術』を試したい。


 そう思って、俺はまた、エルフのメイベルと並んで歩き始めた。


「とぉるさま、めぃべるさま」


 不意に、先頭を歩くミノタウロスが声をあげた。


「このあたりは、道が悪くなって、ます。気をつけて、ください」

「ありがとう……っと。あら」


 ぐらり、と、メイベルがよろめく。

 思わず手を伸ばして、その身体を支える。

 

「大丈夫ですか?」

「も、申し訳ありません! 使者の方の手をわずらわせるなんて……」


 メイベルは慌てて俺から離れる。深々と、頭を下げる。


「トールさまに注意しておいて自分がつまづくなんて……お恥ずかしい」


 ぱきっ。


 メイベルの首のあたりで、なにかが割れる音がした。

 彼女がつけていたネックレスが、しゅる、と、地面に落ちた。


「……あ」

「めぃべるさま!?」


 慌てたミノタウロスが、地面に落ちたネックレスを拾い上げる。

 青い石のついたネックレスだった。

 金色の鎖が、砕けていた。


「よろけたとき、木の枝に引っかかったのですね」

「すいまません。めぃべるさま。じぶんたちが注意、するべき」

「よいのですよ。元々、鎖がこわれかけていたのですから」

「しかし、それはめぃべるさまのお母さまの形見で……」

「いいのです。気にしないでください」


 メイベルの手の平には、青い石のついたペンダントだった。

 鎖はさっきよろけたとき、枝に引っかかって切れたらしい。


「それを、直してみてもいいですか?」


 気づくと、言葉が勝手に口をついて出ていた。


「切れた鎖なら、何度か直したことがありますから」

「トールさまは、細工師なのですか?」

「いえ、錬金術師アルケミストです」


 自分から錬金術師と名乗ったのは初めてだ。

 でも、しっくり来る。


「俺は帝国から来た錬金術師のトール・リーガスです。たぶん、その鎖を直せると思います」


 メイベル・リフレインとミノタウロスたちは、おどろいたように俺を見た。


「……使者の方にこんなことをお願いしても、いいのですか?」


 メイベルは俺にペンダントを差し出した。


「これは母の形見で……本当に大切なものなのです。直せるなら、お願いしたいのですが……」

「わかりました」


 俺は木の根元に腰を下ろした。

 ペンダントを受け取り、鎖に触れて──『創造錬金術』の『鑑定把握』を発動する。

 目の前に、ペンダントの情報が浮かび上がる。




『水霊石のペンダント』


 水の精霊の祝福を受けたペンダント。

 ペンダントヘッドには水の魔石がついている。

 鎖は金属製 (触れたことのない素材のため不明:分析中)。

 属性:水




 切れたのは劣化していた鎖の部分だ。直せる。

 その部分の金属を生み出して、さらに水属性を付加すればいい。


「発動──『素材錬成そざいれんせい』」


 俺は、切れた鎖に指を当てた。


 俺は魔力で金属部分を『創造』していく。

 金属は『地の魔力』から生まれる。どんな金属でも基本的には同じだ。

 まわりの鎖に合わせて、魔力から金属を錬成して──『水属性』を付加すればいい。


 スキルを起動すると頭の中に、魔力を注いでかき混ぜるようなイメージが浮かぶ。

 これが錬金術師の使う、錬金釜の代わりらしい。


「『素材錬成』実行。修復開始」


 てのひらに載せたペンダントが、しゅう、と音を立てた。

 鎖の欠けた部分が、生き物のように動き出す。

 そして──



「──お、おぉ。めぃべるさま、これは!?」

「──鎖が、直っていきます」

「──素材もなにもないのに? 金属が……生まれている!?」



 ミノタウロスたちがびっくりしている。

 実は俺もおどろいてる。

 魔力だけで素材生成って、本当にできるんだな。

 しかも、イメージ通りに鎖ができあがっていく。

 これが『創造錬金術オーバー・アルケミー』の力か。



 かちゃん。



 しばらくすると、ペンダントの修復しゅうふくが完了した。

 欠けていた鎖は、元の形を取り戻している。


「できました。はいどうぞ」

「…………」

「応急処置なので、なにか不備があるかもしれません。念のため町に戻ったら、専門の人に見てもらってください」

「…………」

「もちろん、念のためです。いい加減な仕事はしてないです。俺はこう見えて、錬金術師ですから。なったばかりですけど、錬金術師と名乗ることにしましたから」

「…………」

「あの、メイベル・リフレインさん?」

「使者さま……いえ、トールさま!」


 がしっ。


 いきなりだった。

 メイベル・リフレインは両手で、俺の手を握りしめた。


「ありがとうございます! 母の形見が……完全な姿・・・・に……」

「完全な姿?」


 ああ、つなぎ目の跡がわからなくなってるってことか。

 鎖の切れた部分は、跡形もなく修復されている。うまくいってよかった。


「トールさまは、さぞ高名な錬金術師なのでしょう……」


 メイベル・リフレインはペンダントを握りしめて、涙ぐんでる。



「自分も感動しました、とぉるさま」

「これが人間の世界の技術かー」

「ほんの数分で直すなんて、どわぁふの細工師でも無理だよ……」

「すごい人が、人間の世界から来たものだ……」



 ミノタウロスたちも声を震わせている。

 こんなふうに感謝されるのは初めてだ。

 俺は正式な錬金術師として仕事をしたことがない。

 なので、まわりの人たちにこうして感謝されると……くすぐったくなる。


「……そうか。世の中の錬金術師って、いつもこういう気分だったのか」


 そうしてまた、俺たちは魔王領に向かって歩きはじめた。

 エルフの少女メイベルは、いつの間にか俺の隣で歩調を合わせている。

 笑いながら「どうか、メイベルとお呼びください」と言っているから、トールは彼女をそう呼んでみた。

 メイベルはうれしそうな顔で──


「はい。錬金術師トールさま!」


 ──錬金術師としての、俺の名前を呼んでくれたのだった。

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