第104話「番外編:トールとメイベルと、禁断の天文学」

・書籍化を記念して、番外編を書いてみました。

 番外編なので、本編とはあまり関係のないお話となっております。


 倉庫の整理をしていたトールは、いつもとはちょっと違う資料を見つけたようで……。




──────────────────






「……なかなか難しい情報だな、これは」

「どうされたのですか? トールさま」


 ここはライゼンガ領にある俺の工房。

 資料を前に考え込んでいたら、メイベルがお茶を持ってきた。


「なにかお悩みでしたら、お話をうかがいますけれど……」

「ありがとうメイベル。じゃあ、聞いてくれるかな」


 悩んでばっかりじゃしょうがない。

 誰かに話すことで、考えがまとまることもあるからね。

 メイベルにも話を聞いてもらおう。


「倉庫の荷物を片付けていたら、異世界の資料を見つけたんだ」

「『通販カタログ』のようなご本ですか?」

「だったら良かったんだけどね。今回みつけたのは、残念ながら本から外れたページだけだったんだよ」


 俺は資料をメイベルの前に置いた。

 ボロボロの紙だ。文字はかすれて、あちこち読めなくなっている。

 書かれているのは異世界の文字だ。間違いなく、勇者が持ち込んだものだろう。

 だけど、読み取れるのは一部だけ。

 古文書とはそういうものだけど……もったいないな。


「これは……星空が写っていますね。この大きな球体はなんでしょうか? 表面に、雲や海が写っていますけれど」

「これは、勇者世界の星を写したものらしいよ」

「星を、ですか!?」

「正確には、勇者が住んでいる星だね。それをすごく高いところから写したんだって」


 勇者世界は球体で、表面には広い海がある。

 すごく神秘的で、きれいだった。

 メイベルも同じことを考えているのか、じっと写真に見入っている。


「異世界の勇者はこんな高いところまで飛べたのですね……」

「おそるべきは勇者の飛行魔術だね……」


 資料を見つめながらうなずく俺とメイベル。


「これが勇者のいた世界……ということは、これは勇者世界についての解説書でしょうか?」

「ちょっと違うな。これには、宇宙のなりたちについて書かれてるよ」

「宇宙……つまり、星空の世界を……?」

「読み取れたのは一部だけだけど……この資料によると、星空の世界はとてつもなく広いみたいだ。生き物がいる大地は太陽のまわりを回っていて、その外側には無限の暗闇が広がっているんだって」

「勇者世界はそんなふうになっていたのですか……」

「もしかしたら、この世界もそうなのかもしれないね」

「……あり得ますね」


 こっちの世界では、星空の世界のことについては研究が進んでいない。

 みんな地上のことで精一杯だからだ。

 国同士の争いもあるし、魔獣もいるから。

 せいぜい、星の位置で自分の居場所や方向を確認するくらいだ。


 なんたって最大勢力のドルガリア帝国が『強さが一番大事』だからなぁ。

 星空の世界なんてほったらかしだ。

 本来、その手の研究は、世界の神秘を探る錬金術師れんきんじゅつしがやるべきなんだけど。

 余裕ができたら、俺の方で研究してみようかな。


「星空の世界がそんなに広いなら、空のどこかに魔族や亜人や人間以外の生き物もいるのかもしれませんね」

「この資料によると、そういうものはまだ見つかっていないそうだよ」

「そうなのですか?」

「星空の世界があまりに広すぎるんだってさ。別の太陽までたどりつくのに、光の速さで移動しても数年かかるらしいよ」

「光の速度って、すっごく速いですよね」

「めちゃくちゃ速いね」

「例えば山の上に立って『ライト』の魔術を使えば、ふもとからすぐに見えますものね」

「そうだね。その速度で移動しても数年だから……」

「星空の世界がどれほど広いのか、見当も付きませんね」


 俺とメイベルはため息をついた。


 この世界の星空も勇者世界と同じようなものなら──むちゃくちゃ広いだろう。

 端から端まで調べるのに、どれくらいの時間がかかるかわからない。

 星空の世界は謎だらけだ。

 錬金術師の俺の手に余る。興味深いけど、調べきれないな……。


「でも、星空の世界ってロマンがありますね」

「そうだね」

「トールさま……よろしければ今晩、ふたりで星空を眺めてみませんか? 温かいお茶と毛布を用意しますから、お外に椅子を置いて、のんびりするのはどうでしょう」

「いいね。やってみよう」

「ありがとうございます」


 目を輝かせてうなずくメイベル。


「星空の世界の秘密がわかったのです。できれば、トールさまとゆっくり語り合いたいのです……」

「その……星空の世界の秘密についてなんだけど」

「はい。トールさま」

「実は、他の資料も見つけちゃったんだ」


 俺は棚の上から、別の紙を取り出した。

 これも、異世界の本の1ページだ。先の資料と同じく、保存状態はかなり悪い。

 けれど、これにも星空の世界に関わる話が書かれていたんだ。


「これには勇者の世界の太陽とは別の太陽について書かれているよ」

「光の速さで移動しても、たどりつくのに数年かかる太陽ですか」

「いや、それより遠いね『100光年先の太陽』だって」

「……想像もつかない距離ですね」


 メイベルは、ぽかん、とした顔だ。

 だよね。広すぎるよな。星空の世界って。


 先の資料によれば、俺たちが見ている星の光というのは、数年前のものだそうだ。

 あまりに距離が遠すぎるから、光が見えるのにも数年かかる。

 星空の世界がどれだけ広いのか、想像もつかないんだけど──


「それで、その『100光年先の太陽』にはなにがあるのですか?」

「うん。その太陽の近くにある星からやって来た『ゴロンガラゴン星人』が、勇者世界の地下に巨大帝国を作ってるんだってさ」

「……え」

「それは数千年前に起こったことで、地上も支配しようとした『ゴロンガラゴン星人』は勇者世界の古代人と戦って、地下へと追い返されたらしいよ。でも、今でも地上の支配を狙っているそうだ。各地に残る遺跡は、実は『ゴロンガラゴン星人』が地上の様子をうかがうための出入り口で、今まさに復活の時を──」

「お待ち下さい。トールさま」


 メイベルが混乱したようにかぶりを振った。

 気持ちはわかる。


「さきほどの資料によれば『別の太陽まで移動するのに、光の速度で数年かかる』のですよね?」

「そうだね」

「なのにどうして『100光年先の太陽系』から『ゴロンガラゴン星人』が来ることができるのですか?」

「でも……勇者世界の資料に書いてあることだし」


 俺はページを指さして、そこに書かれた文字を読み上げていく。

 読み取れるのはいくつかの文字だけ。

 けれど、そこには驚異的な情報が書かれている。



『──宇宙人は地球に来ている』

『──おそるべき地下帝国の脅威きょうい!』

『──世界各地に残る遺跡に、宇宙人の痕跡こんせきが……』



 写真か絵のようなものもあるけど……残念ながら、経年劣化で消えかけてる。

 文章の方は真に迫っている。嘘だとは思えない。

 だけど──


「このふたつの資料は矛盾するんだよなぁ……」

「片方は『まだたどり着けない宇宙の広さ』について書かれているんですよね?」

「うん。もう片方には『超技術で100光年をひとっ飛び』って書いてある」

「どちらかが間違っているということですか?」

「片方は淡々と、宇宙の広さについて書かれている。もうひとつはすごく緊迫した感じで、『ゴロンガラゴン星人』の脅威について書かれているんだ」

「明らかに、別の人が書き残したものですね」

「メイベルは、どっちが正しいと思う?」

「『ゴロンガラゴン星人』の方です」


 メイベルはうなずいた。


「理由は、異世界から召喚された勇者が、すごく強かったことです」

「うん。わかる」

「勇者世界の人たちが大昔から『ゴロンガラゴン星人』と戦っていたのなら、勇者があれほど強かった理由もわかります。星空の世界からの脅威と常に向き合ってきたからこそ、勇者はこの世界に来ても、最強をめざしていたのでしょう」

「だよね……」


 そうなんだ。

 この資料が正しいと考えると、異世界勇者が強かった理由がわかってしまう。


『ゴロンガラゴン星人』がどんな生物かはわからないけれど……恐らく、俺たちとはまったく違う存在だろう。

 光の速度で100年かかる場所に住んでいるんだ。異世界どころの話じゃない。

 姿かたちも、言語も、考え方さえ違う可能性がある。

 そんな生物と太古の時代から戦っていたのなら、勇者が強かったのも納得だ。


 そう考えると、この世界に召喚された勇者があっさり適応してしまった理由もわかる。

 100光年先の『ゴロンガラゴン星人』に比べれば、異世界人なんてお隣さんみたいなものだ。

 召喚されたところで、驚くことはなかっただろうな。


 ……困った。

『ゴロンガラゴン星人』の存在を認めてしまうと、勇者が強かった理由に納得できてしまう。

 恐るべき存在だ。『ゴロンガラゴン星人』め……。


「でも、トールさまは『淡々とした宇宙』の資料の方が正しいと思ってらっしゃるのですね?」


 不意にメイベルが、そう言った。


「……どうしてわかったの?」

「ちゃんとお仕えするため、トールさまの表情には気をつけるようにしているからです」

「鋭いな」

「でも、不思議ですね。『ゴロンガラゴン星人』の資料が正しいのなら、勇者世界のことに色々と説明がつくのでしょう?」

「だけど、ひとつ疑問があるんだ」

「疑問、ですか?」

「この世界に召喚された勇者は『ゴロンガラゴン星人』について、まったく言及してないんだよ」

「……あ」


 メイベルが目を見開いた。

 俺の考えていることが、わかったみたいだ。


 仮に異世界勇者がずっと宇宙人 (あるいは地底人)と戦っていたのなら、当然、そのことを言い残していたはずだ。


『こんな魔獣、ゴロンガラゴン星人に比べれば!』とか『喰らえ! ゴロンガラゴン星人をも倒す究極魔術』とか、決めゼリフを口にしていてもおかしくない。

 でも、勇者はそんなこと、一言も言い残していない。


 やみくもに最強を目指していたあの勇者たちが、自分たちの世界の侵略者──いわばライバルについて、一言も口にしないなんてあり得ない。勇者たちは魔王軍の中にも好敵手を見つけてよろこぶような、おそるべき戦闘集団だったんだから。


 それに、異世界勇者が得意としていたのは、光属性と炎属性の魔術だった。

 でも、地下帝国を作った連中を相手にするのなら、重要なのは地属性の魔術だろう。地面を掘り進むのにも使えるし、地下からの出入口を封じるのにも便利だ。


 なのに勇者たちは『地味』の一言で、地属性魔術を嫌っていた。

 きっと、彼らにも譲れない美学があったんだろう。


 でも、もしも彼らが地底人と戦っていたとしたなら、逆に強力な地属性魔術を身につけてる方が自然なのに。あの勇者たちが、敵に対して有効な魔術を後回しにするのも、ありえない話だ。彼らは最大効率でレベルを上げて、魔獣を討伐し、魔族や亜人と戦っていたんだから。


 それらの情報を総合すると──


「この資料は間違いで、勇者の世界には宇宙人も地底人もいなかったと考えるべきだね」

「さすがはトールさまです」


 納得したように、メイベルは何度もうなずく。


「確かに勇者たちが『ゴロンガラゴン星人』について、なにも言い残していないのは不自然ですものね」

「となると、正しいのは『淡々とした宇宙』の資料の方だね」

「よかったです。遠い星からやってくる悪い宇宙人はいなかったんですね……」

「そうだね」

「これで安心して、トールさまと星空を眺めることができます」


 メイベルがほっとしてるのもわかる。

 星の彼方から宇宙人が攻めてくるなんて考えていたら、落ち着いて天体観測もできないもんな。


「もしかしたら『ゴロンガラゴン星人』の資料は、物語の一節なのかもしれませんね」

「そうだね……で、3枚目の資料についてだけど」

「まだあるのですか!?」

「次の資料は、勇者の世界の遺跡についてだよ」


 俺は3枚目の紙を、テーブルの上に置いた。

 これには石造りの構造物が写っている。


「勇者の世界には、年に2回だけ太陽が正面を通る建造物とか、星の位置を測るための遺跡とかがあったらしいよ。あっちの世界では、太陽や星空はやっぱり重要なものだったんだね」

「そうだったんですか」

「もしかしたら、それが異世界勇者の強さの秘密だったのかもしれないな」

「となると、こちらも星空の世界について調べた方がいいかもしれませんね」

「そうだね。魔王陛下に、天体観測のアイテムを作っていいか聞いてみるよ」

「空を観測する施設があってもいいかもしれませんね」

「天文台か……そうだね」


 俺は魔王ルキエに手紙を書くことにした。

 とりあえずは天体観測用のアイテムと、天文台について伝えておこう。

 あとは……念のため、3枚の資料と、その対訳をつけて送ろうかな。


 そんなことを考えながら、俺は準備をはじめたのだった。






 ──数日後、魔王城で──




「ケルヴよ」

「はい。魔王陛下」

「トールより『天文台を作りたい』という申請が来たのじゃが、どう思う?」


 ここは魔王城の玉座の間。

 魔王ルキエは羊皮紙を手に、宰相ケルヴと向き合っていた。


「あやつによると、星を見ることで勇者を理解できるかもしれない、ということなのじゃが」

「星を見ることが、ですか?」

「そうじゃ」

「となると……天文台を作るという名目で、見張り台を作りたいのかもしれませんね」

「見張り台を?」

「トールどのであれば、遠くを見通すアイテムを作ることもできるでしょう。そのアイテムを設置した天文台をライゼンガ領の鉱山地帯に作れば、帝国を見張ることもできます。そうやって異国の脅威に備える──それがトールどのの計画なのではないでしょうか?」

「あやつがそんな常識的なことを考えるか?」

「年に一度くらいは、そういうこともあるでしょう」

「書状には、勇者世界の文書と、その対訳も添えられておったのじゃが」

「勇者世界の? どんな内容なのですか?」

「『貴重なものなので、宰相どのと一緒に読んでください』とあった」

「わかりました。では、失礼いたします」


 宰相ケルヴは立ち上がり、玉座の横に移動する。

 そうして魔王ルキエと宰相ケルヴは、勇者世界の『宇宙に関する文書』を読み始めたのだったが──


「──ふむふむ」

「──なるほど」

「…………これが星の姿とは……」

「…………軍事的に興味が……」

「……………………宇宙とは。惑星とは……」

「……………………し、侵略!? 星の彼方より!?」

「…………………………あちらの世界では昔から星を見てきたのか。ロマンじゃなぁ……」

「…………………………地下帝国!? おそるべき宇宙人!? いや、トールどのの推測では間違いと……しかし…………むむむ……」


「なるほど。面白そうじゃな。天文台の設置を認めてもよかろう」

「そ、そうですね! 天文台の設置を許可しましょう。別に宇宙人の存在は信じておりませんが……世界について学ぶのは良いことですな。宇宙人なんかおりませんが、ええ!!」


 こうして魔王領の王と宰相により、天文台の設置は認められた。


 魔王ルキエは宇宙に興味を持つようになり、宰相ケルヴは2枚目の記事を危険情報として封印することを決めた。

 それに合わせて、トールは『勇者カタログ』を参考に、『望遠鏡』を作ることになるのだが──




 結果、数年後に魔王領の天文学が大発展を遂げて、他国から研究者が教えを乞いに来るようになることは……今はまだ誰も、知るよしもないのだった。





番外編「トールとメイベルと、禁断の天文学」おしまい。




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というわけで、番外編をお届けしました。

書籍化情報につきましては、3月に入ったら、色々な情報をお知らせできると思います。

ではでは、これからも「創造錬金術」をよろしくお願いします!

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