第103話「交易所を訪ねる」

 ソフィア皇女と会う日の前日──

 俺の元に、魔王城から荷物が届いた。

 中身は3つ。そのうち2つは、水の『魔織布ましょくふ』で出来た湯浴み着だ。


 これは前回、交易所でソフィア皇女と話したあとに発注したものだ。

 あのとき、ソフィア皇女は『しゅわしゅわ風呂』の謎光線を頼りに、なにも着ないで俺たちの前に出てきたからね。そういう事故を無くすために、魔王城の服職人さんに、湯浴み着を発注したんだ。


 箱の中に入っていた湯浴み着は、2種類。

 頭からすっぽり被るタイプで、肩紐がついたもの。

 身体に巻き付ける、肩紐がないものだ。


 デザインには、メイベルとアグニスの意見も取り入れてる。

 肩紐がある方はフィット感と安定感を、巻き付ける方は着やすさと動きやすさを重視している、らしい。

 ふたりには着てもらった。きれいだった。

 動きやすさについては……その状態で色々動いてもらうわけにはいかないから、確認してないけど。

 でも、腕利きの服職人さんにお願いしてるから、大丈夫だと思う。

 この湯浴み着は、ソフィア皇女と会うときに持って行くことにしよう。


 箱の中にはもうひとつ、大きなリボンが入っていた。

 これは帽子につけるためのもので、水の『魔織布』で作られている。

 交易所に行くとき、メイベルのエルフ耳を隠すためのものだ。


 メイベルは交易所で『人間たちがどんなことをしているのか見たい』と言ってた。

 だから、人間のふりをして、交易所で買い物ができるようにしたんだ。

 左右に大きなリボンをつけた帽子を被れば、エルフ耳は完全に隠れるからね。

 そうすればメイベルはただの、むちゃくちゃ可愛い美少女でしかない。それなりに目立つだろうけど、気兼ねなく人間たちと話ができるはず。


 そんなことを、俺はメイベルに説明したんだけど──


「でも、トールさま。国境の交易所は、『ノーザの町』の者と、魔王領の者が立ち寄れる場所なのですよね?」


 リボンつきの帽子を持ったまま、メイベルは言った。


「そう考えると、別に変装する必要はないようにと思うのですが……」

「うん。でもメイベルが人間に変装すると、二度おいしいかと思って」

「え?」

「最初に人間の姿で交易所の人と話をすれば、メイベルは人間を知ることができるよね? その後でエルフの姿で交易所を回れば、商人さんたちはさっきの礼儀正しくて優しい美少女が実はエルフだったって知ることができる。そうすれば、今度は変装しないでも、普通に接してもらえるようになるんじゃないかな?」

「び、美少女とかそういうのはいらないです! トールさま!」


 メイベルは帽子を抱きしめて、真っ赤になる。 


「それに……変装していたら、相手をだますことになるのでは……」

「だましてないよー。メイベルは、帽子にちょっと大きなリボンをつけてるだけだよー。エルフじゃないって誤解するのは、向こうの問題だよー」

「もう、トールさまったら」


 困ったように首をかしげるメイベル。かわいい。

 それに、帽子もよく似合ってる。ふわふわと花びらのようなひだがついた大きなものだ。ヴェールをつければまんま貴婦人だ。よく似合ってる。


「でも私は、こんな立派な帽子に合う服は……持っていません……」

「うん。だから、それに合う服をアグニスに用意してもらったんだ」

「……え?」


 メイベルが振り返る。

 その背後には、かわいいワンピースを手にしたアグニスがいた。

 襟元や袖にフリルがついた高級そうなものだ。

 これは生前、アグニスの母親が着ていたものだそうだ。手持ちの服が少ないアグニスが使っているもので、その中から、メイベルに似合いそうなものを選んできたらしい。


「着付けなんかは、アグニスに任せて欲しいので」

「アグニスさま……わ、私が、こんな高級な服を着るのですか?」

「うん。トール・カナンさまにお願いされたから」

「そ、そんな……これを私が着て……交易所に……」

「大丈夫。アグニスが着せてあげるので」

「ちなみに、アグニスさまはどんな服を着られるのですか?」

「メイド服にしようかなって」


 いたずらっぽい笑顔を見せるアグニス。


「メイベルが貴婦人で、トール・カナンさまがそのパートナーの錬金術師。アグニスがメイベルに仕えるメイドという感じににすれば、人間のひとたちの中に溶け込みやすいと思うの」

「お待ちください! そんなこと将軍が許可されるはずがありません! アグニスさまと私では身分が──」

「え? だってアグニスが『健康増進ペンダント』をもらったとき、父さまは『アグニスとメイベルは身分を気にせず、友として付き合って欲しい』と言っていたの」

「い、今、それを持ち出すのはずるいと思います……」

「それに『健康増進ペンダント』の実験をしたとき、メイベルはアグニスの鎧を脱がせて、メイド服を着せたでしょ? その時のお返しだよ?」

「……うぅ」


 勝負あった。

 メイベルは真っ赤な顔でうなってる。アグニスは、すごくいい笑顔だ。

 こういうふうに話を持って行くことは、俺とアグニスで打ち合わせしてある。

 アグニスが以前のことを持ち出したのも、メイベルに服を着てもらうためだ。

 でないと、メイベルは遠慮しちゃうだろうし。


 というか、俺もメイベルが着飾ったところが見たい。

 もちろん、アグニスのメイド服をもう一度見たいってのもあるんだけど……。


「俺もメイベルが可愛い服を着ているところを見たいな。見たら創作意欲も湧くだろうなー」


 ──気づいたら、言葉が口をついて出ていた。


「はい。わかりました」


 メイベルは覚悟を決めたように、うなずいた。


「メイベル。いきなり素直になったの」

「トールさまのご意志であれば、断れません。もちろん、アグニスさまには後で、もっと可愛い服を着ていただくことで、仕返しをしますけれど、ね?」

「うん、覚悟してるので」

「ふふっ。でも、ありがとうございます。アグニスさま」


 うれしそうな顔で、アグニスが持っている服に触れるメイベル。


「こんなに楽しみなお休みは初めてです。トールさまも、ありがとうございました」

「出発は明日だ。今日は早めに休もうよ」

「はい」

「わかったので!」


 いよいよ明日は交易所だ。

 ソフィア皇女には少し前に書状を出した。彼女とは、交易所のお風呂場で会うということで話はついている。

 交易所を管理している火炎巨人の眷属けんぞくさんからも許可は取った。

 羽妖精のソレーユとルネたちにも、猫やフクロウに化けてついてきてもらうことになっている。お礼として、新鮮な果物をごちそうする予定だ。


 そうそう、交易所に行ったら水回りのチェックもしないと。


 ここ数日はライゼンガ領内の市場を回って、水場の調査をしてた。やっぱりみんな、井戸を使っていた。

 特に火炎巨人の眷属の人たちの家には、大量に井戸が設置されてたんだ。

 話によると、これは発火能力の関係らしい。発火能力でうっかり家や家具に火を点けちゃったとき、すぐに消せるように井戸がたくさん必要なんだそうだ。

 将軍の配下は力持ちが多いから、重いポンプ式の井戸でも問題がないけど、一般の庶民は水くみに苦労していることもわかった。

 やっぱり水回り用のマジックアイテムは必要だな。


 あとで交易所の水回りもチェックをして、統一規格のマジックアイテムが作れないか考えてみよう。

 そうそう、交易所でメイベルとアグニス用のプレゼントを探すのも忘れないようにしないと。

 二人にはお世話になってるからね。

 たまには、個人的なお礼をしたいんだ。


 でも、プレゼントを渡すからには、ふたりの欲しいものでないと意味がない。

 だから交易所で二人の様子を見ながら、こっそりと欲しいものを探るのも、今回の目的だ。


 楽しみだな。


「それじゃおやすみ。メイベル。アグニス」

「おやすみなさい。トールさま」

「また明日なので。トール・カナンさま」


 そうして俺たちは、早めに休むことにしたのだった。







 翌日、俺たちはお昼前に交易所に着いた。


「すごいです。前にきた時とぜんぜん違ってます……」


 交易所に入ったとたん、メイベルが目を輝かせた。

 以前ここに来たのは交易所ができてすぐの頃で、人はほとんどいなかった。

 でも、今は──



「へい、らっしゃい! 『ノーザの町』直送の『ジュワジュワトマト』だよ! 汁気たっぷりだよ! 今日採れたばかりで新鮮そのものだ!!」

「生みたてのタマゴだよ! 生んだニワトリの代表がこの子たちだ! よーく健康状態を見てから買っていきな!」

「近くの村から集めた布はどうだい? 国内で大流行の色ばかりだ! 辺境にいるからこそ、流行には敏感でないとね!」



「「「……すごい」」」


 天幕に入った瞬間、俺たちはため息をついた。

 中は、人でいっぱいだ。

 人間だけじゃない。魔王領からやってきたドワーフやエルフもいる。

 みんな普通に、『ノーザの町』の人たちと一緒に買い物をしている。

 すごいな……こんな光景、初めて見たよ。


「びっくりしました。いつの間にか交易所は、こんなに人が来るようになっていたんですね……」

「これも魔王陛下と、ソフィア殿下の力だろうな」

「すごく、にぎやかなので……」


 もしかしたら、変装なんか必要なかったかもしれない。

 メイベルの帽子とワンピースはかわいいけど。それだけで、ここに来た意味はあったって思うけれど。まぁ、それはそれで。


 国境地帯の交易所は、魔王ルキエとソフィア皇女が書状で打ち合わせをした上で作ったものだ。

 その結果、とても使いやすい施設に仕上がってる。


 交易所は左右に分かれていて、片方は人間が商品を売る場所、もう片方は魔王領の人たちが商品を売る場所になってる。天幕の入り口から外を見ると、みんな活発に、左右のエリアを行き来してるのが見える。


 ふたつのエリアの中央には水場 (地下水を汲み上げるポンプ式)があって、旅の間に汚れた手足を洗ったり、持ち込んだ野菜を洗えるようになってる。みんなそこに集まって、食事をしたり、話をしたりしてる。ちなみに、手押しポンプを動かしてるのは、『ノーザの町』のオマワリサンや、火炎巨人の眷属の人たちだった。

 人間も亜人も魔族も、水をもらって普通に弁当を食べてる。

 水場のまわりはちょっとした広場になってる。

 みんなひなたぼっこしながら、食事や会話を楽しんでる。なんだか、すごくほのぼのする。


「こんな光景……数ヶ月前には想像もしませんでした」

「……みんな、仲良しになってるので」


 メイベルもアグニスもびっくりしてる。

 俺も、ちょっと感動してる。

 ルキエとソフィア皇女が作った交易所は大成功みたいだ。


 そんなことを考えながら、俺たちは天幕の中を歩き始めた。

 ここは『ノーザの町』の人たちが商品を売るための天幕だけど、魔王領の商品を持ち込んで物々交換をしている人もいる。それがまた大人気だから面白い。

 まぁ、ドワーフ製作の包丁なんか、人間の世界では貴重な業物だからなぁ。

 いいなー。欲しいなー。ドワーフさんの包丁。


「でも、今日は俺のものを買いに来たんじゃない」


 メイベルとアグニスが欲しがるものを見つけるために来たんだ。

 そう思って、二人の方を見ると──


「……いいですね。ドワーフさんの包丁」

「……なかなかの業物わざものなので」

「「トール (・カナン)さまにご飯を作ってさしあげるのに便利です (なので)」」


 待って、そうじゃない。

 でも、ふたりは自分のことなんかまったく考えてない。

 困ったな。お休みだって言ったはずなのに……。


「トールさまトールさま! この果物、初めて見ました!」


 メイベルは露店に並んだ黄色い果物を指さしてる。


「これは南方で取れる『ロハハバナナ』だね。生で食べたり、料理に入れたりするものだよ。気になる?」

「はい。でも……南方産ですか」

「確かに、採れてから時間が経ってるから、新鮮じゃないかもね」

「いえ、帝国産の果物でしたら、トールさまが喜んでくださるかと」

「……うん。ありがとう、メイベル」


 メイベルの気持ちはすごくうれしい。

 ここが外じゃなかったら感動して、手を握ってじっとその目を見つめてから、お礼を言っていたかもしれない。

 でもなぁ。今はお休みなんだから、自分のことを考えて欲しいんだ。


 交易所には帝国産の小物やアクセサリーも売っているけれど、ふたりはまったく興味を持っていない。買い集めてるのは人間の世界の食材だ。新しい料理に挑戦するつもりらしい。

 ……楽しんでくれてるみたいだから、それでいいのかな。



「──『ノーザの町』より報告である! さきほど、大公カロンさまが魔獣対策を終えられ、『ノーザの町』に向かっているという連絡があった!」



 不意に、兵士が天幕に飛び込んできた。

 鎧と兜に見覚えがあった。『オマワリサン部隊』の一人だ。


「国境地帯の脅威はなくなったのだ。みんな、安心して商売にはげんでくれ!」

「「「おおおおおおおっ!!」」」


 商人と買い物客の声と拍手で、天幕が震えた。


「ありがとうございます! オマワリサン!」

「大公さまとリアナ殿下、ソフィア殿下に感謝を!!」

「さすがはライゼンガ将軍、たいしたお手並みだ!」


 まわりの天幕からも声がする。

 砦の調査から戻った兵士さんたちが、交易所に知らせに来てくれたようだ。

 なるほど、大公カロンは『ノーザの町』に向かってるのか。

 ということは……ソフィア皇女からも連絡が来ているかもしれない。


「ごめん。ちょっと外に出てる」


 俺はメイベルとアグニスに声をかけて、天幕の外に出た。

 すると──



「にゃーん」



 天幕の外には、小さな黒猫がいた。

 闇の羽妖精、ルネだ。


「おいでおいでー」

「にゃ、にゃーん」


 身体をこすりつけてくるルネを抱き上げて、俺は物陰に移動する。

 まわりに誰もいないことを確認して、と。


「──ソフィア皇女からの連絡かな? ルネ」

「左様でございます。ソフィア殿下によりますと、カロン大公が『ノーザの町』に来る前に、おふたりは急ぎ、交易所にいらっしゃるそうでございます」


 ルネは俺の腕の中で丸まりながら、そう言った。


「大公が戻ったら報告やなにやらで忙しくなるので、その前に錬金術師さまとお話がしたいそうです」

「そっか……って、待って。今『おふたり』って言った?」

「はい。交易所にはリアナ皇女もいらっしゃるようでございます」


 リアナ皇女も来るのか。

 いいのかな? 俺たちは交易所のお風呂場で密談するつもりなんだけど。

 他に、第三者に見とがめられずに話ができる場所がないからね。

 そのために湯浴み着を作ったわけだけど──


「いや、別にいいのか」


 リアナ皇女は悪い子じゃない。

 彼女はソフィア皇女に頭が上がらない。『しゅわしゅわ風呂』で元気になっても、その力を魔王領に向けたりはしないだろう。

 それに、俺の手紙を信じて、素直に『聖剣の光刃ズバババーン』を放ってくれた彼女を疑いたくない。

 本人が納得してるなら、お風呂場で話してもいいな。

 ソフィア皇女のことだから、そのあたりも説明してくれているだろう。


「わかった。それじゃルネはソフィア皇女のところに戻って、俺に話が伝わったことを教えてあげて。俺はお風呂場の火炎巨人の眷属さんと相談して、早めに用意をするから」

「承知いたしました。錬金術師さま」

「それと、他にも羽妖精さんは来てるかな? できれば、連絡係に残して欲しいんだけど」


「「「にゃーん!」」」


 あ、いた。

 みんな当たり前みたいに『なりきりパジャマ』を着て、帝国領に出没するようになってるんだね。

 羽妖精に国境はないみたいだ。いいことだ。


「それでは、ソフィア殿下のところに戻ります」

「うん。よろしく伝えて」

「「「にゃにゃにゃん!」」」


 俺と羽妖精たち (見た目は猫)は、黒猫のルネを見送った。

 さてと、天幕に戻ってメイベルたちと話して──それから、お風呂場に行かないと。

 俺は天幕の中に戻った。





「お兄さんお兄さん。見て行ってくれないかい?」


 メイベルたちを探していると、呼び止められた。

 見ると、ローブを着た女性が露店を出していた。

 売っているものは……金属製のアクセサリか。マジックアイテムじゃなくて、ただの細工物だ。

 このあたりでは珍しいな。


「どうかな? かわいいアクセサリだよ? 彼女にプレゼントするとよろこばれることうけあいだよ?」

「……そうですね」


 素材は銅。叩いて伸ばした細工物だ。しかも、細かい模様がほどこされている。

『ノーザの町』は田舎だ。これほどの細工物を作る技術者はいないだろう。

 となると、これは別の町から送ってきた商品かな。


「見せてもらってもいいですか?」

「いいよ。見ておくれ」


 俺は許可を得て、露店の細工物に顔を近づける。

 こっそり『鑑定把握』を起動する。

 ……やっぱりこの商品は、ただの細工物か。


 さらに鑑定を進めると、商人の女性のローブに魔力の反応があった。汚れにくくするための『強化』がかけられている。風属性を付与して、布地に砂ぼこりが付きにくくしているんだ。

 こんなものを持っているのは裕福な商人だろう。

 でも、それにしては売っているものが安っぽすぎる。ちぐはぐだ。


 となると、この人は商人じゃなくて、情報収集にきた人間かな。

 そりゃまぁ、国境地帯に交易所ができれば、様子を見に来る者もいるよな。


「すばらしい細工ものですね。すいません。俺には手が出ないようです」


 俺は礼を言って立ち上がる。

 売っている商品はメイベルとアグニスに似合うとは思うんだけど、この人から買う気にはならない。

 あとで、自分で『創造錬金術』発動して製作しよう。


「いいものを見せていただいて、ありがとうございました」


 俺は猫を抱いて、その場を離れた。

 小声で茶色の猫に話しかける。「あの人を見張ってて。なにかあったら知らせて」と。


 交易所を回っていると、たまにああいう人を見かけることがある。

 いつもはアイザックさんの『オマワリサン』部隊が厳重に警備をしているけれど、今はちょうど、『魔獣調査』の後だ。どうしても人が足りない。そこを狙って、様子見に来る人もいるんだろう。

 あとでオマワリサンと、火炎将軍の眷属の人に、情報を伝えておこう。

 まぁ、なにもなければいいんだけどね。


「トールさま。戻られたのですか?」

「なにかあったので?」


 通報を終えて戻ると、メイベルとアグニスが天幕の隅で待っていた。


「ごめん。羽妖精のルネから連絡があったんだ。ソフィア皇女とリアナ皇女が、もうこっちに向かってるみたいだよ」

「おふたりが? それはもしかして、大公さまと関係が……?」

「さすがメイベル。正解だよ」


 俺は手早く、ルネから聞いた話を伝えた。


「──と、いうわけだよ。大公カロンが『ノーザの町』に着いてしまうと、皇女として報告を聞かないといけない。だから、大公が町に来る前に俺たちと話をする、ってことだね」

「わかりました。すぐにお風呂場に向かいましょう」

「いいの? ふたりはまだ買い物をしていてもいいんだよ?」

「いいえ」


 メイベルは手に持った袋を掲げた。

 中にはここで買った野菜や果物、干した川魚なんかが入ってる。


「私はもう、十分楽しませていただきましたから」

「アグニスも、満足したの」

「足りないときは、ソフィア皇女さまをお見送りしたあとで、また市場に入ります」

「だから、大丈夫なの」

「それに、お風呂場の隠し部屋にトールさまひとりきりでは、なにかあったときに困りますから」

「とても重要なことなので!」


 なぜか拳を握りしめて力説するメイベルとアグニス。


 気持ちはわかる。

 ソフィア皇女が同意してるとはいえ、隠し部屋に男ひとりというのはまずいよな。

 俺だけだと、どんな失礼があるかわからないし。メイベルとアグニスがいればフォローしてもらえるからね。


「わかった。じゃあ、一緒に行こう」

「承知いたしました!」

「参りましょう。トール・カナンさま」


 そんなわけで、俺たちは交易所の奥にある、貴人向けのお風呂場へ。

 施設を管理している火炎巨人の眷属さんに事情を話して、早めにお風呂を沸かしてもらうことに。


 それから俺たちは着替えて、風呂場の掃除をして、脱衣所に湯浴み着を置いた。

 作業をしながら、メイベルとアグニスに「どんな買い物をしたのか」って聞いたけど──結局、ふたりが買ったのは調理道具と、日持ちしそうな野菜だけ。気になるアクセサリがあったか聞いてみたんだけど──


「私は、いつもトールさまがお作りになられるものを見ていますから」

「市場のものは、どうしても見劣りしてしまうので」


 ──とのことだった。

 盲点だった。

 しょうがないな。ふたりへのプレゼントは自前で用意しよう。

 作るからには、他では絶対に手に入らないものじゃないと。水回りアイテムを作り終えたら、すぐに設計を開始しよう。ふたりがびっくりして、魔王領のみんながこぞって欲しがるようなものがいいかな……?


 そんなことを考えているうちに、時は過ぎて──




「失礼いたします。お忍びで、交易所の視察に参りました」

「……参りました」




 交易所のお風呂場へ、お忍びでソフィア皇女とリアナ皇女がやってきたのだった。

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