第102話「お休みの計画を立てる」

 ──トール視点──





「これから数日、お休みにしようと思うんだ」


 ライゼンガ領の工房に戻ってすぐ、俺は言った。


「魔獣調査も終わったからね。休みの間は町を散歩したり、買い物をしようかと」

「……びっくりしました」


 ここは、工房のリビング。

 テーブルの向こうではお茶を淹れるポーズのまま、メイベルが目を見開いてる。


「トールさまが、錬金術をお休みにするとおっしゃるなんて……」

「もちろん、やることをやってからだけど」


 まずは、砦で見つけた『召喚魔術の金属板』の写しを清書する。

『お掃除ロボット』の調整もしないといけない。長距離を走らせたから、部品がゆるんでいないかをチェックして……いや、その前に洗った方がいいな。うちの『お掃除ロボット』は丸洗いできるから。

 それが終わったらお休みだ。


「お休みを取るのは、錬金術の準備のためでもあるんだけどね」

「……は、はい」


 メイベルはまだびっくりしてる。

 ここは、説明が必要だな。


「これから作るアイテムは日用品だから、その前に気分を……というか、頭の中を切り替えておかないと」

「頭の中を、ですか?」

「最近は戦闘向けのアイテムばっかり作ってたからね」


 俺は言った。


「『お掃除ロボット』も『隕鉄アロー』も戦闘向きのアイテムだよね。その上、魔獣と戦った後だから、発想が戦闘向きになってるような気がするんだ」

「確かに、最近は『魔獣調査』にかかりきりでしたものね」

「だから、日用品を作る前に買い物したり、散歩したり……要は頭の中を、日常向きにしておこうってことだよ。日用品マジックアイテムを作るために」

「なんとなくわかります」


 メイベルはうなずいた。


「それと……これから作られる日用品というのは、例の『召喚魔術』を利用したアイテムですね?」

「うん。魔王陛下に作成許可を申請したやつだね」


 手紙は出したけど、返事はまだ戻ってきていない。

 そろそろ来てもいいころなんだけど。


「『召喚魔術』は複雑なものだ。それを利用するアイテムを作るからには、失敗はできない。だから体調を整えるためにも、お休みを取ろうと考えてるんだ」

「そういうことだったのですね」


 メイベルはティーカップをテーブルに置いてから、不思議そうに、


「それで『召喚魔術』を利用したアイテムというのは、どんなものなのですか?」

「じゃあ、説明しようか」


 俺は『通販カタログ』を開いた。

 開いたページに掲載されているのは、異世界の台所だ。

 銀色の調理場と排水溝、それと、水が流れ出ている管が写ってる。


「ここを見て、メイベル」

「『あらゆるものをきれいにする「ぬるぬるスポンジエクセレント」』ですね?」

「それも気になるけど、見て欲しいのは水が出ている管の方だよ」

「あ、はい……えっと、銀色の管があって、そこから水が流れ出ていますね」

「どうやって水を汲み上げてると思う?」

「管は短めの円柱に繋がっています。そこにレバーがついていますから、手押しポンプになっているのでしょうか? でも……」

「手押しポンプにしては、レバーが小さすぎるね」

「はい。勇者世界のものだから、効率がいいのかもしれませんが……いくらなんでも小さすぎるような気がします」


 メイベルの言う通りだ。

 普通の手押しポンプは金属製で、人の腕くらいのレバーがついてる。

 でかくてごつくて、重い。

 それを上げ下げすることで、井戸や水源から水をくみ上げるようになっている。


「もちろん、魔術で水を作りだすこともできるけど」

「お風呂の時なんかはそうですね」

「いつもお世話になってます」

「いえいえ」


 俺とメイベルは交互にお辞儀。

 それから、話を戻して、


「でも、勇者世界のポンプは小さい。人の指くらいの長さのレバーを上げ下げするだけで、豊富に水が流れ出てる。ここに秘密があると思うんだ」

「やはり、マジックアイテムでしょうか」

「おそらくはこのポンプ自体が、強力な魔力を帯びているんだと思う」

「間違いありませんね」

「勇者の世界だからね」

「勇者の世界ならしょうがないですね」

「俺の『創造錬金術』なら、似たものを作ることはできるよ。でも『召喚魔術』を応用すれば、もっと効率良く、水を汲み上げるアイテムが作れるような気がするんだ」


 俺は『召喚魔術』の金属板の写しを、テーブルの上に置いた。


「『召喚魔術』というのは『遠くから、対象のものを、自分の近くに』呼び寄せるための魔術だ。わかりやすく言うと『引っ張る力』を持っている」

「確かに……そうですね」


 メイベルは少し考え込むようにしてから、


「トールさまのおっしゃる通りです。『召喚魔術』は遠くから、対象のものを引っ張り寄せることができます。ということは──」

「その『引っ張る力』を取水用の管に組み込めば、楽々、水源から水を引っ張りあげられるようになるわけだ」

「そ、それはすごいです!」

「もちろん、『召喚魔術』を使うからにはルキエさまの許可が必要だ。メイベルたちに魔術を解読してもらう必要もある。そうやって安全性を確かめながら、少しずつ作業を進めなきゃいけない。でも、やりがいはあるよね」

「水でもなんでも『引っ張る』アイテムが完成すれば、魔王領の生活が一変しますね……」

「そうだね」


 俺とメイベルは顔を見合わせて、うなずく。


 これは、ずっと考えていたことだ。

 魔王領も帝国も、水汲みは井戸や、井戸につなげた手押しポンプを使っている。

 城のお風呂だって水源の近くに作って、大型のポンプで水を吸い上げてる。もっとも、力持ちのミノタウロスさんが担当だから、そんなに苦労はしてないようだけど。


 ちなみに、俺が楽々お風呂に入れるのは、水属性エルフのメイベルのおかげだ。

『フットバス』と『しゅわしゅわ風呂』で魔力循環がブーストされたメイベルは、お風呂1回分の水くらい簡単に作り出せるからね。

 でも、みんなが魔術で水を作り出せるわけじゃない。


 だから、家庭用の取水アイテムを作りたくなったんだ。

『召喚魔術』の『引っ張り寄せる力』を応用すれば、勇者世界みたいに小さなレバーだけで水を汲み上げられるようになるかもしれない。


 さらに、このアイテムは応用が利く。

 空気を『引っ張り寄せる』ことができれば換気口になる。地を引っ張り寄せれば鉱山開発に、火を引っ張り寄せれば便利な火口ほぐちになる。


「とにかく、このアイテム作りは時間がかかるし、集中力も必要だ」


 俺は言った。


「だから作業の前に休んで体調を整えることにしたんだ。その後で市場や町をまわって、水回りの構造を確認するつもりでいる。そのためのお休みだよ」

「わかりました……でも、トールさま」

「どうしたのメイベル」

「錬金術の準備をされるのでしたら……それは、お休みとは言わないのではないでしょうか?」

「アイテムは作らないよ。だから、お休みでいいんじゃないかな?」

「そうでしょうか?」

「そうだよ。休む本人が言うんだから、間違いないよ」

「……そう言われると、そんな気もしてきました」

「ということだから、俺が休みの間はメイベルも自由にしていていいよ」

「え?」

「メイベルもアグニスも、今回の魔獣調査で俺の護衛をしてくれただろ。だから、休んでもらった方がいいと思うんだ」


 メイベルは俺のお世話係になってから、ずっと俺の仕事を手伝ってくれてる。

 だから数日間、休みをあげようと思う。


「アグニスのところに行っていてもいいし、のんびり休みを取ってもいい。メイベルにはお世話になってるから、こんなときくらいは、自由にしてて欲しいんだ」

「わかりました。では3日ほど、お休みをいただきます」

「うん」

「その間はお世話係ではなく、ただの女の子としてトールさまのお側にいますね? お休みなので、私服で」


 メイベルはそう言って、笑った。


「ちょうどよかったです。私もトールさまのお側で、メイド服以外のものを着てみたいと思っていたのです。お休みをくださってありがとうございます。トールさま」

「……あれ?」

「どうかしましたか?」

「俺は、メイベルにはいつもお世話になってるよね?」

「私も、トールさまには助けていただいています」

「だから、メイベルにはお休みをあげたいんだけど」

「はい。ですからこの3日の間はお仕事は一切抜きの、100パーセントのメイベル・リフレインとして、トールさまのお側にいます」

「いつもは?」

「100パーセントのメイベル・リフレインに、魔王陛下からのご命令がプラスされてますね」

「計算がおかしくないかな?」

「パーセントというのは勇者世界の単位ですから、私たちには難しくても仕方ないですよ」

「説得力あるなぁ」

「お側にいて、よろしいですか?」

「もちろん」


 俺は即座に答えた。

 私服のメイベルと一緒に出掛けるのは……すごく楽しみだ。


「わかった。明日は一緒に買い出しに行ってくれる?」

「はい。よろしくお願いします。あの、トールさま」


 メイベルはじっと、俺の目を見ながら、


「アグニスさまも、ご一緒でもいいですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます! では、あとで打ち合わせに行ってきますね」

「打ち合わせ?」

「色々と、私とアグニスさまで考えていることもありますので……」


 なるほど。

 考えてみると、みんなとプライベートで出掛けるのは初めてだ。

 メイベルとアグニスにも、色々考えることがあるんだろうな。


「もちろん。自由にしてていいよ」

「ありがとうございます。では、お昼の用意をしてから出掛けますね。夕方には戻ってまいりますので」


 そう言って、メイベルは食事の支度を始めた。

 俺は工房の方に戻って、マジックアイテムのメンテナンスをはじめた。


 外を駆け回ってた『お掃除ロボット』は……やっぱり汚れてる。球体型は表面に土がついてるだけだけど、蜘蛛型は関節部分に草が絡まってる。草を抜いて、水洗いしておこう。

『お掃除ロボット』は、もうちょっとメンテナンス性を考えた方がいいかな。

 整備のしやすさでは球体型が一番だから、これを量産しようかな。中に手紙を入れられるし、使い道は色々と──


「手紙といえば……ルキエはもう、報告書を読んでくれたかな」


『召喚魔術』を利用した日常アイテム──作成許可をくれるといいな。

 そのためにも、あとで『召喚魔術の金属板』の清書をしよう。

 その後はお休みにして……お風呂の準備をしようかな──



「「錬金術師さま────っ!!」」



 ──そんなことを考えてたら、声がした。

 顔を上げると──緑髪の『風の羽妖精ピクシー』と、赤い髪の『火の羽妖精ピクシー』が飛んでくるのが見えた。


 風の羽妖精は羊皮紙の筒を、火の羽妖精は小さな袋を抱えてる。

 魔王城にお使いに行ってくれた子たちだ。ちょうど戻ってきたみたいだ。



「おまつりおまつりー。うきうきなのですー」

「情熱的なお祭りに、陛下は例のものの試作品をご希望とのことです」



 ふわり、と、俺の肩に着地する羽妖精たち。

 言ってることは、なんとなくわかる。


「もしかして魔王城で、魔獣調査が終わったことを祝うお祭りが行われるのかな? 陛下はその頃くらいまでに、例のアイテムの試作品を見たいってこと?」

「だいたいそんな感じですー」

「さすがは錬金術師さま! 炎のように真実を照らしだされるのです!」


 わかるよ。最近は羽妖精たちの話し方に慣れてきたからね。


 風の羽妖精は思ったことを感覚的に話してくれる。

 火の羽妖精は熱心に、必要なことを教えてくれる。

 そこに気をつければ、言いたいことはだいたいわかる。錬金術師だからね。


「おまつりは、将軍さまが戻られてからなのですー」

「それまでは、がんばってのんびりするようにとのお達しでございます」


「「あと、これはおみやげなのですー」」


 ふたりは俺の手の上に、小さな袋を置いた。

 開くと……中には石のかけらが入っていた。

 色は灰色。魔王城の大広間の、柱や壁と同じ色だ。大きさは手の平に載るくらい。八角形で、平らな形をしている。


「これを見たとき、インスピレーションがぴりぴり来たですー」

「見たときに、胸が熱くなったです。錬金術師さまが喜んでくれると思ったです!」


 すごいな。羽妖精って。

 確かに『インスピレーション』を感じるものを見つけたら持って来て欲しいとは言ったけど……ふたりには何を作るか言ってないんだよな。

 でも、これは『召喚魔術』の魔法陣を描くにはちょうどいい形だ。


 俺が作りたいのは『召喚魔術』を応用して、水や温かい空気、光なんかを近くに呼び寄せるアイテムだ。

 それがあれば水を汲むのも楽になるし、室内の換気にも使える。寒いときは温かい空気を呼び寄せることもできるし、明かり取りにだってできる。

 そのために、どうやって『召喚魔術』を組み込むか考えていたんだけど──


「なるほど。八角形の板か……」


 うん……面白いな。

 ここに魔法陣を描いて、真ん中に穴を空けて管を通すのもありかもしれない。

 この形を試作品に取り入れてみよう。


「ありがとう。参考にさせてもらうよ」

「ではでは、なでてくださいー!」

「情熱的にほめてくださいー」


 うれしそうに、俺の両肩に載ってくる羽妖精たち。

 俺はその頭をなでながら、


「そういえば、この石のかけらって、魔王城から持ってきたの?」

「はいなのですー。陛下の許可をいただきましたー」

「宰相ケルヴさまは、炎のように抵抗されておりましたが……」

「ケルヴさんが?」


 この破片は、あの人にとっても重要なものだったんだろうか。

 でも、ルキエは許可をくれたんだよな……?

 わからないな……あとで魔王城に行ったら、詳しく話を聞いてみよう。


「錬金術、します?」

「ぜひぜひ、お手伝いしたいのですー」

「ありがとう。でも、今日からしばらくの間、お休みすることにしたんだ」


 休みの間はのんびりして、資料を読んで、買い物をする。

 それと、メイベルとアグニスと一緒に出掛ける予定もあるから──


「……仕事抜きで、2人と出掛けるのって初めてだな」


 なんだか、緊張してきた。

 せっかくだ。この機会に、メイベルとアグニスにお礼をしよう。

 2人にはいつもお世話になっているし、買い物ついでに、市場で買ったものをプレゼントするのがいいかもしれない。

 休みの間に、なにか探してみよう。


「トールさま。お昼の用意ができました」


 そんなことを考えていたら、キッチンの方からメイベルの声がした。


「ありがとう。すぐに行くよ」

「羽妖精さんたちの分もありますよ。どうぞ」

「ありがとなのですー。メイベルさまー」

「感謝いたしますー」


 俺とふたりの羽妖精たちは、リビングの方へ。

 今日はお昼を食べてお風呂に入って、のんびりしようと思ったところで──



「──錬金術師さまー! 緊急のご連絡ですー!」



 今度は窓から『光の羽妖精ピクシー』ソレーユが飛び込んできた。


『「ノーザの町」のソフィア殿下から、伝言を託されましたー。殿下は錬金術師さまとの面会をご希望とのことですー』

「ソフィア皇女が?」


 魔獣調査の件で、話があるのかもしれない。


 リアナ皇女はもう、『ノーザの町』に戻ったはずだ。

 彼女から魔獣調査についての話を聞いて、なにか気づいたことがあるのかもしれない。ソフィア皇女のことだ。なにか意味はあるんだろう。


「わかった。それで、日時の希望はある?」

「錬金術師さまのご希望に合わせるそうです。場所は国境地帯の交易所をご希望ですー」

「そっか」


 とりあえず3日間くらいは錬金術の準備……いや、休みを取るつもりだから、ソフィア皇女と会うのはその後だな。

 休みの間には散歩や、買い物をする予定だ。

 せっかくだからメイベルとアグニスに、珍しいものをプレゼントしたい、というのもある。まずは市場に行って──

 

「……? 市場……買い物……珍しいもの」


 魔王領にいる2人にとって、珍しいものが売っているところといえば……。


「トールさま。お休み中のお買い物ですけど……魔王領の町だけじゃなくて、国境地帯の交易所にも行きませんか?」


 気づくと、キッチンからメイベルが顔を出していた。


「そうすれば買い物の前後に、ソフィア皇女さまとお話ができますよね? 私もそのまま、トールさまの護衛ができますから」

「確かに……俺も色々な場所を回った方が、家庭用アイテム作りの参考になるけど」

「それに私も……たまには、人間の領土で買い物をしてみたいですから」


 メイベルはメイド服の前で手を揃えて、ちょこん、とお辞儀。


「私の祖母が人間だというお話は、以前にしましたよね?」

「うん。メイベルと会ってすぐに」

「なので、私は前から、人間の領土で買い物をしてみたいなーって、思っていたんです。どんなものが売っているのか、どんなものが人気なのか、見てみたいんです」

「そういえば……前に交易所に行ったときは、まだ店が出てなかったっけ」

「はい。それに、人間の世界で人気のものがわかれば、トールさまによりよくお仕えすることができると思いますから」

「わかった。じゃあ、そうしよう」


 俺は羽妖精のソレーユを手の平に載せて、


「ソフィア皇女と交易所で会うことについては了解したよ。あとで、エルテさんから話を通してもらう。あとで書状も書くから、ソフィア皇女に渡してもらえるかな」

「わかりましたー」


 ソレーユはうなずいた。

 それで、今日の仕事の話は終わりになった。


「それじゃお昼にしましょう。トールさま。ソレーユさんたちも」

「今日は天気がいいから、外で食べようか」

「はい。大賛成です!」


 それから俺は『簡易倉庫』を使って、テーブルと椅子を庭に移動させた。

 椅子を並べたあとは、羽妖精たちが3人がかりで、テーブルクロスをセットしてくれた。

 メイベルがパンとティーカップを並べれば、お昼の準備は完了。


 そうして俺たちは時間をかけて、のんびりとお昼を楽しんだ。



 その後、メイベルはライゼンガ将軍の屋敷へと出掛けていった。

 お休み中の予定について、アグニスと打ち合わせをするらしい。


 メイベルが出かけたあと、俺は食器を片付けて、それから、お風呂の用意をした。

 かまどに火を入れて、お湯が沸くまで待つつもりだったけど──


「火の管理なら、火の羽妖精にお任せください!」

「風がふわふわと炎を燃やすのですー」

「ソレーユもお風呂は好きなので、見てますー」



「「「錬金術師さまは、自由にお過ごしください!」」」



 ──と、3人が言ってくれたので、俺は工房の方へ。

 午後の時間を利用して、『召喚魔術の金属板』の清書をすることにした。


 オリジナルはアイザックさんに渡してしまったけれど、現場で書き写したものがある。それを、記憶が残っているうちに、きれいに書き写しておかないと。


 本当は、オリジナルが欲しかったんだけど。

 でも、あの状況で俺が『召喚魔術の金属板』を懐に入れるわけにはいかなかったんだ。あれは砦の連中が魔獣召喚をやってた証拠品でもあるから。なにより俺が取ったのがばれて、魔王領と『ノーザの町』の間で争いになったら、魔王ルキエに迷惑をかけることになる。

 今回は『召喚魔術』の情報が手に入っただけで満足することにしよう。




 結局──数時間かけて、書き上がった複製は3枚。

 1枚は手元に、1枚は予備としてエルテさんに、1枚はルキエに渡そう。

 書き損じがないかチェックして……さらにもう一回見直して……っと。


「……あ、お風呂のことを忘れてた」


 準備ができたら呼びに来てくれるって言ってたけど。

 ソレーユたち、どうしてるかな。


 俺がお風呂場に行くと──



「……あったかいのですー」

「……ゆだってしまいました。不覚です」

「……『しゅわしゅわ風呂』のゆうわくがー」



 羽妖精のみんなが、洗い場で寝そべってた。

 我慢できなくなったのか、先にお風呂に入っちゃったみたいだ。

 しかも、みんな完全にのぼせてる。


「……しょうがないなぁ」


『しゅわしゅわ風呂』を作ったのは俺だからな。

 ソレーユたちがその誘惑に耐えられなかったならしょうがないな。うん。

 錬金術師冥利みょうりに尽きるってものだ。


 そんなわけで俺は、のぼせた3人に水を飲ませて、外へ。

 それから外に連れ出して、風に当たってもらうことにした。


 ライゼンガ領は山岳地帯の近く。

 夕方になると、山から涼しい風が吹いてくる。


 遠くでは、羽妖精の住む森の木が、ゆったりと揺れているのが見える。

 風と葉擦れの音を聞いているうちに──うとうとしてきて──



「──トールさまトールさま。こんなところで眠っては、お風邪を引いてしまいますよ?」

「──起きてください。トール・カナンさま」



 目を開けると、メイベルとアグニスの顔があった。

 まわりは薄暗い。もう、日が暮れかけてる。


「お昼寝されていたのですね。ゆっくりされていたみたいで、良かったです」

「でも、そろそろ冷えてきます。家の中に入ったほうがいいので」

「……ん」


 いつの間にか眠ってたみたいだ。

 あれ? そういえばソレーユたちは……?


「……すぅ」「……むむ」「……すぴー」


 なんだか、胸のあたりが温かい。

 襟元えりもとからのぞき込むと……あ、ソレーユたちが、服の中に入り込んでる。

 涼しくなったから服の中に入り込んで、そのまま寝ちゃったのか。

 よかった。湯冷めしなくて。


「……錬金術師さまの身体、あったかいのです」「……落ち着くです」「……すやすやー」

「しょうがないな」


 3人が落ちないように、服の上から支えて……っと。

 よし。立ち上がったけど、うまく抱えられてる。

 まずは家に入って……身体が冷えたかもしれないから、もう一度お風呂に入ってもらおうかな。


「……じーっ」

「……どうしたのメイベル」

「いえ……ソレーユさんと、ちょっとお話をしたいなーと」

「アグニスもご一緒したいので」


 そうして、俺とメイベルとアグニスは一緒に、家の中へ。

 ソレーユたちはリビングのテーブルに並べて、毛布をかけて。

 それから俺たちはお茶を飲みながら、休みの予定を話し合った。


 どんなふうに過ごすか──どこに買い物に行くか──どんな場所が好みか。

 そんなことを話しながら、俺はメイベルとアグニスが欲しいものについて、聞き出すタイミングを測って。

 結局、直球で聞いてしまって、メイベルとアグニスをびっくりさせて。

 そのうちソレーユたちが起き出して、メイベルたちはお説教モードになって──



 そんなふうに──魔獣調査を終えたあとの1日は、のんびりと暮れていったのだった。




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