第179話「番外編:トールとルキエと『ありのままのフィギュア』」

 いつも「創造錬金術師」をお読みいただき、ありがとうございます!

 今回は久しぶりの番外編です。

 ちょっとした日常のお話になります。


 

 トールは魔王ルキエに、とあるお願いごとをするのですが……。




──────────────────



「ルキエさまの像を作りたいんですけど、協力していただけませんか?」


 ある日の午後、部屋にやってきたルキエに、俺はそんなことを頼んでみた。


「余の像じゃと?」


 ルキエは不思議そうな顔になり、


「もしや、城の玄関にある初代魔王さまの像のようなものを作るつもりか?」

「それは将来の楽しみにとっておきます」

「作るつもりではあるのじゃな?」

「はい。でも、その前に技術を磨いておきたいんです。勇者世界では、かっこいい人の人形を作るものらしいですから。それを参考にして」


 俺はルキエに、異世界の資料を見せた。

 最後のページの方に、人形が載っている。勇者の世界では『フィギュア』と呼んでいるらしい。


 形も様々だ。

 剣を持った少女や、魔術師のような少女。もちろん、勇者っぽい男性のものもある。


「ふむ。確かに、勇者のような姿をしておるな」

「勇者世界では、こういう人形が普通に売られているようです」

「解せぬな。勇者とは超絶の力を持つ戦闘民族であろう? なぜに人形を欲するのじゃ?」

「『こんなふうになりたい』というイメージトレーニングに使うんだと思います。でなければ、こんな様々な姿の人形を作る理由がありませんから」


 勇者世界の『フィギュア』は多様だ。

 剣士や魔術師だけじゃない。翼が生えているものや、大量の武器を所持しているものもいる。

 ドラゴンや巨大な鳥など、使い魔を連れていたりもする。

 ごつごつとした鎧や、金属っぽいマジックアイテムと融合したような姿のものもいる。

 ここまで多様な人形が存在する理由は──


「勇者世界の『フィギュア』は強さの究極の姿を表現しているんじゃないでしょうか。異世界勇者はこれらを見ながら、『自分もいつかはこうなる』というイメージを持って、修行しているのかもしれません」

「説得力があるのじゃ!」

「すごいですよね。背中から翼を生やしたり、マジックアイテムと融合するって」

「当たり前の強さでは満足しないからこそ、勇者なのじゃろうな」

「やっぱり勇者世界はすごいですね」

「これらの人形を見て、トールは余の人形も作りたいと思ったのじゃな?」


 魔王ルキエは興味深そうに、フィギュアの写真を見つめている。


「じゃが、余は勇者ほどは強くはない。余の人形を作ったところで、イメージトレーニングにはならぬのではないか?」

「いえいえ、俺は別に強さを求めてはいません」

「ならば、なぜ余の人形を作るのじゃ?」

「作りたいからです」

「……なんじゃと?」

「俺は勇者じゃないですから、作りたいという理由だけで人形を作っても問題ないですよね?」

「そうじゃけど! 確かにそうなのじゃけど!!」

「そんなわけで、協力していただけますか?」

「トールはその人形をどうするつもりじゃ?」

「『小型物置』の中で飾っておきます。練習用にいくつか作って、『フィギュア』作りの技術を磨いたあと、最終的に『神の造形美』に到達するような、『ルキエさまフィギュア』の完全版を作って、魔王城の玄関に飾ろうかと」

「とんでもない野望を持っておるのじゃな……」

「駄目ですか?」

「駄目ではないのじゃが……」


 ルキエは、じっと、俺を見て、


「トールは余の、どんな『フィギュア』を作りたいのじゃ?」

「ありのままのルキエさまを表現したいです」

「……そうか」


 こほん、と咳払いをするルキエ。

 それから彼女は俺を見て、うなずいて、


「その『ありのままのフィギュア』は練習用なのじゃな?」

「あ、はい。練習用です」

「も、もちろん、誰にも見せぬのじゃろうな?」

「……そうですね。練習用のものを、他人に見せるわけにはいきませんから」

「……そうか」


 ルキエは、こほん、と、ため息をついた。


「よかろう。他ならぬトールの頼みじゃ。協力しよう」

「ありがとうございます。ではさっそく──」

「待て。余も心の準備がある」

「そうなんですか?」

「う、うむ。昼間はまずいな。夜になってからがよいじゃろう。今日はメイベルは外に出ておるな。メイベルがいる時が良いのか……不在の時がよいのか……難しいところじゃが……」

「あの……ルキエさま?」

「と、とにかく。夜まで待て! よいな! それまでに準備をしておくように!!」


 そう言って、ルキエは部屋から出て行ったのだった。





 夜。約束通り、ルキエが俺の部屋にやってきた。

 人目についても大丈夫なように、仮面とローブをつけた魔王スタイルだ。


「……ま、待たせたのじゃ」

「いえ、俺の方こそ、無理を言ってすみません」

「無理ではない。余の覚悟の問題じゃから」


 そう言ってルキエは、後ろ手に部屋のドアを閉じた。


「……ありのままの余を『フィギュア』にするのじゃな?」

「はい。ありのままの『ルキエさまフィギュア』を作ります」

「そのために、余の協力が必要なのじゃな?」

「そうですね。これからルキエさまを観察させてもらえればと」

「……承知したのじゃ」


 ルキエはローブの襟元えりもとに、手を掛けた。


「ならば指示を出すがよい。余はこれからどうすればよいのじゃ?」

「そのままのお姿で、かっこいいポーズを取ってください」

「……?」

「魔剣を構えたり、魔術を使うために腕を挙げたりと、何種類かのかっこいいポーズを取っていただきたいんです。そのポーズに似せた人形を『創造錬金術』で作りますから」

「仮面とローブを着けたままでよいのか?」

「はい」

「ありのままを『フィギュア』にするのではないのか?」

「そうですね。『ありのまま、どんな姿でもかっこいいルキエさまのフィギュア』にするつもりです」

「…………」

「…………?」

「だ、だったら最初からそう言うのじゃ!」

「どうして怒ってるんですか!?」

「お主が『ありのまま』の人形を作りたいと言うからじゃ!」

「ですから『ありのままのかっこいい魔王ルキエさま』人形を作るんですってば」

「…………」

「だからどうして睨むんですか?」

「もうよい。さっさと始めるがいい!」

「は、はい!」


 それから、俺は『魔王ルキエフィギュア』作りをはじめた。


 用意したのは金属の塊だ。

 これを『創造錬金術』スキルで、人のかたちに変形させる。もちろん、最初からルキエそのものの姿にはできない。絵画と同じだ。まずはざっくりとした形を捉える。それを3つくらい作って、時間をかけて、形を整えて行こうと思う。

 だから、今日はポーズの候補を選ぶだけにするつもりだったんだけど──


「ルキエさま」

「なんじゃ、トールよ」

「いつもより、動きが小さくありませんか? それに、なんだかもじもじされているようで」

「……ちょっと服に問題があってな」

「『認識阻害にんしきそがい』のローブの問題ですか? なんだか、両手で押さえるようにしてますけど」

「…………」


 なんで横を向くんですかルキエさま。

 仮面のせいで表情がわからないですけど、こっちをにらんでませんか?


「ただいま戻りました! トールさま!」


 そんな話をしていると、メイベルが部屋に入ってきた。

 仕事が終わって、戻ってきたみたいだ。


「あれ? 陛下、いらしていたのですか?」

「う、うむ。トールが余の『フィギュア』を作るそうなのでな」

「『フィギュア』?」

「お城の玄関にあるような彫像だよ。あれの小型版を作ろうしてたんだ」


 ルキエの言葉を、俺は引き継いだ。


「でも、ルキエさまの服に問題があるらしくて、うまくポーズが取れないんだ」

「──な!? トール!?」

「そんなわけだから、メイベルが服を整えてあげてくれるかな?」

「は、はい。承知いたしました。陛下、こちらへ」

「ちょ!? 待て。メイベル。引っ張るでない! 待つのじゃ──っ!」


 メイベルがルキエの手を引いて、別室へと導く。

 でも、ルキエはそれに抵抗してる。

 その拍子にメイベルの手が滑って、ルキエのローブに引っかかる。

 なぜかボタンが緩くなってたローブが、その拍子にはだけて──


「陛下。どうしてローブの下に……水着しか着ていらっしゃらないのですか?」

「き、気のせいじゃ。気のせいじゃぞメイベル!」

「一瞬『認識阻害』が弱まって、ローブの下が見えてしまったのです。以前、陛下が服職人さんに作らせたという、『水の魔織布』製の、身体のかたちがよくわかる水着が──」

「わ、わわわわわわわ────っ!」


 大騒ぎになった。




「トールが『ありのままの余をフィギュアにしたい』などと言うからじゃ」


 怒られた。

 いや、今回は俺は悪くないような気もするんだけど──


「それに……水着のような姿をしたフィギュアを見るトールの目が、すごく輝いていたものじゃから。だから、できるだけありのままの余の姿を見せようと……」


 前言撤回します。ごめんなさい。

 そっか。俺が『ありのままのルキエをフィギュアにしたい』と言ったせいで、ルキエはできるだけ『ありのまま』の姿──つまり、水着姿になってたのか。

 それを隠そうと思って、ローブを押さえてたんだね。


「申し訳ありませんでした。ルキエさま。俺のミスです」

「いや、よいのじゃ。余の早とちりでもあるのじゃから」

「そういうことなら、今すぐ『ルキエさま水着フィギュア』を作ろうと思います!」

「無理じゃ!」

「えー」

「覚悟を決めてきてみれば、作るのは魔王スタイルのフィギュアで……落ち着かないままモデルをやっていたら、下が水着であることがバレて……そんな状態で、改めて水着姿を見せられるわけがないじゃろうが!」

「申し訳ありません陛下、トールさま。これは私の失態です」

「うむ。罰としてメイベルが水着姿でモデルに……冗談じゃ! 覚悟を決めた顔で着替える準備をしなくてもよい!! トールも、うきうきと素材を用意しようとするでない!」


 やっぱり怒られた。

 だって作りたいよね。水着姿のフィギュア。

 最初から『ルキエさま水着フィギュア』が作れるってわかっていれば、もっと念入りに準備していたんだ。ルキエの気が変わらないように、今日のうちに完成させるくらいの気合いを入れることもできたのに。


「まぁ……水着はいずれ機会を見て、な」


 ふと、ルキエはそんな事を言った。

 仮面を外した顔は真っ赤で、視線はあさっての方向を向いてるけど。


「ふたたび覚悟ができたら、水着姿の人形を作らせてやるゆえ、それまで待つがよい」

「はい。ルキエさま」

「メイベルもそれまで我慢せよ。トールがリクエストしたからといって『メイベル水着フィギュア』のモデルになったりするでないぞ。よいな!」

「……はい。陛下」

「なんで残念そうなのじゃ。まったく」

「大丈夫です。俺もちゃんと、わかりましたから」


 いつか、ルキエは『水着フィギュア』のモデルになってくれる。それだけで十分だ。

 だから今は──


「それじゃ改めて、かっこいい『ルキエさまフィギュア』のモデルになってください!」

「今の話の流れでそうなるのか!?」

「私もお手伝いします。陛下」

「メイベルまで……ああもう、わかったのじゃ! モデルになってやるのじゃ。その代わりメイベルも手伝え。じーっとトールの視線にさらされる気分を一緒に味わうのじゃ──っ!」


 こうして、俺は改めて『魔王ルキエとメイベルのフィギュア』の製作を開始して──

 まずは、ざっくりとした原型を作ろうとしたのだけど──


「……なにかが違います」

「そうなのか?」

「形はうまく取れていると思います。でも、魂が入っていないような気がするんです。やっぱり勇者世界に追いつくには、まだまだ修行が必要ですね」

「修行か? 具体的には、どういうものなのじゃ?」

「そうですね。絵画や彫刻の修行と似たものだと思いますから……」


 初心者には、服の形を捉えるのが難しい。

 それに、絵画では、ざっくりとした人の形を整える練習法があるよな。

 そう考えると──


「できるだけ服を取り除いた『ありのままのルキエさま』をかたちにすることから始めようと思います」

「結局、脱がねばならぬのではないか──っ!」


 そんなわけで、作業は暗礁あんしょうに乗り上げてしまい──

 ルキエの覚悟が決まるまで、『フィギュア』作りは保留ということになったのだった。







──────────────────



【お知らせです】


 書籍版「創造錬金術師は自由を謳歌する 3巻」は2月10日発売です。

 ただいま各ネット書店さまで、予約受付中です。


 今回の表紙は、アグニスとトールと、建物の窓からこっそり顔を出しているソフィア皇女が目印です。書き下ろしエピソードを追加していますので、ご期待ください!


 さらに、コミカライズ1巻の予約もはじまりました。

 3月10日発売です!


 書籍版、コミック版あわせて、よろしくお願いします!

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