第180話「ご先祖さまと語り合う」
「それじゃ、俺も一緒に話を聞けるようにしますね」
俺は『超小型簡易倉庫』から『自然増量ヘアーピース』を取り出した。
以前、エルフ耳や角を隠すのに使ったものだ。魔石に含まれる魔力を使って変形するようになっている。
この魔石に『ご先祖さま』の魔力を入れてみよう。
『……わぅ?』
「『どうしたの? 楽しそうなことをしてる』だそうです」
「すぐにわかります。ちょっと失礼しますね」
俺は『自然増量ヘアーピース』を『ご先祖さま』に触れさせる。
十分魔力をもらったところで、自分の頭にヘアーピースをつけて、金具で留めて、っと。
もぞもぞもぞっ。
ヘアーピースが動き出した。
『ご先祖さま』の魔力に反応して、狼の体毛のように変わっていって──
「……でも、完全な獣耳にはならないか」
ヘアーピースは、もこもこした狼の毛に変形しただけだった。
『自然増量ヘアーピース』を獣耳にすれば、メイベルのように『ご先祖さま』の声が聞けるかもって思ったんだけどな。
でも、耳の形にはならなかった。金色の毛が、耳にかかるように伸びてるだけだ。
いや、待てよ? 犬の垂れ耳に見えないこともない……かな?
とりあえず、これで試してみよう。
メイベルから『ワンニャン・仲良しトークペンダント』を借りて、鎖を継ぎ足して長くして、っと。
俺とメイベルが顔を近づけて、ふたりでひとつのペンダントを着けるようにすれば──
「これで俺にも、あなたの言葉がわかるかもしれません。なにか話してみてください。『ご先祖さま』」
『かわいい』「かわいいです。トールさま」
「え?」
頬に熱い息が触れた。
メイベルが目を輝かせて、俺の頭を見ていた。
同じペンダントを共有しているから、すぐ間近で。
ちなみにご先祖さまも俺をじっと見てる。エルテさんも。
なんでみんな、獣っぽくなった俺に注目してるんだろう……?
別に俺、かわいくないよ?
ヘアーピースから伸びた体毛が、垂れ耳みたいになってるだけだよ?
『魔王陛下にお見せしないと』って……あのね、メイベル。そんな必要はないからね?
エルテさんも、文書に残そうとしなくてもいいです。
「話をさえぎってすいませんでした。続きを、お願いします」
気を取り直して、俺は『ご先祖さま』に言った。
それから、メイベルと一緒に地面に座る。
『ご先祖さま』を見下ろしながら話を聞くのも失礼だからね。
『先にどっちの話を聞きたいのかなー? ドラゴンの骨のこと? 「迷いの森」の抜け方かなー?』
『ご先祖さま』は答えた。
女の人の声だった。
年齢はちょっと高めの、老成したようなイメージだ。
「それじゃ、まずはお名前を聞かせてください」
『おやおや、そう来たかー』
「俺はトール・カナン。こちらはメイベル。後ろにいるのが文官のエルテさんです」
『知ってるよー。きみたちは、ちゃんと名乗ってくれたからね』
『ご先祖さま』は尻尾を振りながら、
『わたくしはカロティア。かつてこの地に住んでいた、ドラゴンの使い魔だよ。昔、大陸にドラゴンが住んでいたことは知ってるよね? 勇者に付け狙われるのが嫌で、地の果てに逃げていったことも』
「知っています」
かつて、ドラゴンたちは普通に人間や亜人、魔族と付き合っていた。
でも、異世界から来た勇者は『ドラゴン殺し』という称号にこだわっていたせいで、ドラゴンたちを付け狙うようになった。
それを嫌ったドラゴンたちは、遠くへ去っていったんだ。
「カロティアさんは、その使い魔だったんですか?」
『使い魔の子孫だよー。ドラゴンはすごい魔力を持っていたから、その使い魔の子孫までも賢くなってしまったんだよ。そして、ドラゴンたちは元いた場所のことが気になって、この地に使い魔を残したみたいだ。すごいよねー』
「すごいですね」
「はい。すごいです!」
うなずく俺とメイベル。
そういえば2代目の魔王は『ご先祖さま』と話し合って、この地で共存することをを決めたんだっけ。
当時の魔王陛下は『ご先祖さま』がドラゴンの使い魔だということを知ってたのかな。
色々と謎が多い人だからな。2代目の魔王は……。
『「迷いの森」の結界を作ったのは、わたくしの主人だったドラゴンだよ』
「『ドラゴンの骨』を……あるいは、ドラゴンの遺体を守るためにですか?」
骨があるということは、遺体もそこにあるのかもしれない。
『ご先祖さま』がこの地に住んでいるのも、遺体を守るためという可能性もあるんだ。
ドラゴンの遺体の情報が漏れないように、『ご先祖さま』たちは、魔王領の住人とあまり接触しないようにしていた──そう考えると、『ご先祖さま』がめったに現れない理由もわかる。
──そんなことを俺が話すと、
『そうだね。遺体を守るって意味もある。だからわたくしたちは、隠れて暮らしていたんだ』
「やっぱり」
『でも、魔王領のみんなのことは好きだよ。好きだけど、使命は守らないといけないからね』
金色狼のカロティアさんは、遠い空を見上げて、
『主人はこう言っていたんだ。「死後、遺体の側に勇者が来て『へっへーん。このドラゴンを倒したのはオレたちだ!』なんて言い出したらむちゃくちゃムカつくから、君たちが認めた者しか、遺体には近づけないようにしてね」って』
「「……あー」」
……すごく納得できる理由だった。
「そのための結界だったんですね……」
『そうだよー』
「でも、そうなると俺たちが『精神感応素材』……いえ『ドラゴンの骨』をもらいに行くのもまずいんじゃないですか?」
『ううん。それはかまわないよー?』
「いいんですか?」
『ドラゴンがこの地に遺体を残したのは、ここに住む人々を助けるためでもあるんだ。その管理はわたくしたちに任せられている』
カロティアさんは狼の目で、まっすぐに俺を見つめながら、
『そして、今は新種の魔獣や、異世界からの「謎アイテム」がやってきている状態だからね。わたくしも、ただ見守り続けるだけじゃ駄目だと思ったんだ。君たちに近づいたのは、そういう理由なんだよ』
「そういうことだったんですね……」
『それに君たちは「オレがドラゴンを倒したんだ」って自慢とかしないよね?』
「しません。というか、戦闘能力のない俺がそんなことしてもしょうがないです」
「私も……そんな恐れ多いこと言えないです」
『よっし。やっぱりわたくしが見込んだとおりだ』
「でも、本当に俺が『ドラゴンの骨』をもらってもいいんですか? カロティアさんにとっては、主人の遺体でもあるんですよね?」
『そうだけど……うん』
金色狼のカロティアさんは、
『でも、許すよ。だって君は自分のために「ドラゴンの骨」を使うわけじゃないだろう?』
「いえ、アイテム作りは完全に俺の趣味ですけど」
『だとしても、それはこの地に住む者たちのためでもあるんだよね? 君たちは、魔王陛下に派遣された者たちなんだから』
「それは間違いありません」
俺はうなずいた。
「俺は魔王陛下直属の錬金術師で、今回の素材探索は、陛下の許可を頂いたものです。『ドラゴンの骨』が欲しいのも、今後の魔王領の平和のためなんです」
ドラゴンの骨、つまり『精神感応素材』は『ハード・クリーチャー』対策のために必要なものだ。
勇者世界には『魔獣ガルガロッサ』のような強力な魔獣が存在する。
そして、この世界には召喚魔術がある。
召喚魔術を禁止するように働きかけてはいるけど、効果があるとは限らない。ふたたび誰かが『ハード・クリーチャー』を呼び出すことはあり得るんだ。
その上、勇者世界からはスマホっぽい『謎アイテム』を送り込んで来ている。
目的は今のところ不明だけど、対策はしておかなきゃいけない。
異世界からより強力な『ハード・クリーチャー』が来る可能性だってあるんだから。
だから俺は『精神感応素材』を使って、魔王領のみんなを守るアイテムを作りたい。
──ということを、俺はカロティアさんに説明した。
金色狼のカロティアさんは、しばらく考えたあと──
『それならきっと、ドラゴンも許してくれるさ』
──はっきりとうなずいた。
『わたくしたちは2代目の魔王と、共存の約束をしたからね。そのためには、この地を守らなきゃいけないよね。そして、君たちが魔王陛下の直属の部下なら、資格は十分だ。わたくしは君たちに「迷いの森」の抜け方を教えるよー』
「ありがとうございます」
俺は『ご先祖さま』に頭を下げた。
魔王城に戻ったら、ルキエに教えてあげよう。
『ご先祖さま』は滅多に現れないけれど、ちゃんと魔王を尊敬してるよ、って。
魔王領を守ることを考えていて、そのために力を貸してくれたって。
きっと、ルキエも喜んでくれると思う。
というか、カロティアさんとルキエを会わせてみたいな。
『簡易倉庫』のお茶会に招待できないかな。駄目かな……。
『それじゃ、準備はいいかな? 「迷いの森」の抜け方について説明するねー』
そうして金色狼のカロティアさんは、ゆっくりと話し始めた。
『まずは、方向感覚がおかしくなる場所について説明するよー。あの場所は、ドラゴンの残留魔力を利用して、土地の魔力をぐるぐる回してるんだ。その渦の中に入ると、東西南北がわからなくなって、方向感覚が狂ってしまうんだよー』
「そうなんですか」
『そうなんだよ』
「もしも、常に正しい東西南北を指し示すものがあったらどうなりますか?」
『そんなものがあるの?』
「あるんです」
俺は『健康増進ペンダント』を取り出した。
このペンダントを持つ者は、正しい東西南北と、その中心点を持ち歩くことになる。
だから『三角コーン』の陣内でも迷わない。
ドラゴンの結界にも使えるはずだ。
『う、うん。そんなものがあるなら、道に迷うことはないねー』
「安心しました」
『びっくりしたよー。魔王領は知らない間に、とんでもなく技術が発展してたんだねー』
「はい。すべては魔王ルキエ陛下のご
──同時刻、魔王城──
「──へくちっ!」
「どうされましたか? 陛下」
「いや、妙なくしゃみが出たのじゃ。誰か余のうわさでもしておるのじゃろうか」
「トールどのではありませんか?」
「トールはエルフの村に行っておる。村のエルフはプライドが高く、なかなか他人に心を許さぬからな、さすがのトールも緊張するはず。余の話をする余裕などあるまい」
「そうですね。いくらトールどのでも」
「そうじゃな。トールでもそれはあるまい」
「「…………」」
魔王ルキエと宰相ケルヴは顔を見合わせた。
──トール視点──
『次に「進もうとすると押し戻される壁」だけど、これは動物の姿になれば突破できるよ。狼とか犬とか、猫の姿になればいいね。それでわたくしの指示通りに「わぅわぅ」とか「にゃにゃん」と声を出せば、通れるようになるよ』
「不思議なトラップですね」
『勇者の侵入を防ぐためのものだからね。わたくしは勇者に近づいたりしないし、勇者が動物に変身したりはしないだろう? ドラゴンや、魔物の姿になったって伝説はあるけどさ』
「確かに、そうですね」
『つまり、二重に鍵を掛けているようなものなのさ』
「以前に『ドラゴンの骨』を見つけたエルフさんは、どうしたんでしょうか?」
『疲れてパニックになって、動物みたいになっちゃってたんだろうね。それで「わぅわぅ」「にゃんにゃん」言ってたら偶然、通れたんじゃないかな?』
「「……なるほど」」
エルフの言い伝えでは、森に入った若者はひどい目に
そのせいで、疲れて野生化しちゃったんだね……。
まぁ、無事に村まで戻れたみたいだから、いいんだけど。
『君たちは……メイベルくんが今の姿で、わたくしの真似をすればいいよ。運が良ければ通れると思うよ!』
「わかりました。では、通れる確率を上げようと思います。メイベル、お願い」
「はい。トールさま」
メイベルは『なりきりパジャマ』のフードをおろした。
銀色の狼の姿になった。
「「これでどうでしょう?」」
『絶対通れると思うよ!?』
びっくりされた。
エルフの美少女がいきなり狼の姿になったらびっくりするよね。
『信じられないよ。この地のドラゴンが亡きあと、人々はこんな力を身に着けていたなんて』
「すべては魔王ルキエ・エヴァーガルド陛下のおかげです」
──同時刻、魔王城──
「へくちっ! ひゃくしょん! へーくちっ!」
「陛下、やはりお風邪を召されたのでは? お薬を用意いたしますか?」
「い、いや、体調は悪くないのじゃ。なんじゃろうな。これは」
「トールどのがいればわかるのかもしれませんね」
「そういえばあやつは『ご先祖さま』と仲良くなったらしいのじゃ」
「この北の地の、知恵ある先住者ですか……我々も、何度か接触を試みましたが……なかなか」
「意志は通じておるのじゃよな?」
「はい。二代目の魔王さまと、共存の約束を交わしております」
「『ご先祖さま』研究は、魔王領の学者たちのテーマでもあるからのぅ」
「トールどのが『ご先祖さま』に妙なことをしていなければいいのですが」
「しておるかもしれぬな」
「しているでしょうか?」
「しておらぬと思うか?」
「思いません」
「だが、トールは礼儀をわきまえておる。北の地の先住者が相手なら、しっかりと敬意を払っておるはず。それは間違いないよ」
そう言って魔王ルキエは窓の外を──トールがいると思われる、北西の空を見つめた。
「今ごろあやつはどうしておるのじゃろうな……あまりおかしなことをしていなければいいのじゃが。いや、おかしなことをしないトールというのも想像できぬが……と、とにかく、元気で、落ち着いていてくれればそれでいいのじゃが……トールじゃからなぁ……」
──トール視点──
「ふぇくっしょんっ!」
「わわっ。トールさま。お風邪ですか?」
「いや、大丈夫。誰かがうわさしてるのかな……?」
「魔王陛下でしょうか?」
「陛下はお忙しいからね。俺の話をしてる暇はないと思うよ」
俺は呼吸を整えてから、『ご先祖さま』のカロティアさんを見た。
「話の腰を折ってすいません。他にトラップはありますか?」
『あとは、近づくと真っ暗闇になって、精神が不安定になる場所があるよー』
「なるほど。闇の魔力で包み込むことで精神をかき乱すわけですね。ドラゴンは強大な生き物ですから、人や亜人はその迫力に
『難しいことはわからないけど、たぶんそうだねー。というかすごいねー。君』
「
『その「暗闇結界」は、武器を持っていると通れないんだ。あとは……戦い慣れている者は自分の殺気で
「戦闘経験が多いほど、通りにくい場所なんですね」
『そうだね。そうすると、他の「押し戻される壁」や「方向感覚を失うトラップ」も組み合わさって、侵入者は森の外へと追い返されてしまうんだよー』
さすがドラゴンだ。すごいトラップを考えるなぁ。
誰だって突然暗闇に囲まれたら、攻撃や奇襲に備えるよな。
そうして放った殺気が、自分に向かってくるのか。
確かにこれは、強い者ほど引っかかるトラップだ。
「それって、一度も戦闘経験がなくて、武器も魔術も使えない者はどうなりますか?」
『暗闇での不安に耐えられるなら、通れるんじゃないかなー?』
「たとえば、なんらかの事情があって、半年前まで魔術を使うことができなかった人は?」
『同じだねー。ドラゴンの
「「なるほどー」」
俺とメイベルは顔を見合わせて、うなずき合う。
暗闇と
武器を持ってはいけないという条件も、クリアできるはずだ。
『超小型簡易倉庫』に入ってるのは『防犯ブザー』や『レーザーポインター』など、直接攻撃能力を持たないものばかりだからね。
ちなみに『メテオアロー』は重要アイテムだから、魔王城の『簡易倉庫』に残してある。
問題ないな。
『君たちなら「迷いの森」を抜けられると思うよ』
『ご先祖さま』はうなずいた。
『というよりも、わたくしの助言はいらなかったんじゃないかな』
「そんなことありません」
『そうかな?』
「助言してもらったからこそ、俺は安心してメイベルを送り出せるんです」
「はい。これでトールさまに『精神感応素材』を差し上げることができます!」
『そっか』
ふと、空を見上げて、金色狼のカロティアさんはため息をついた。
『もしかしたら……わたくしの主人だったドラゴンは、君たちのような人を待っていたのかもしれないね』
「俺たちのような者を、ですか?」
『そうだよ。自分の骨を正しい目的のために使ってくれる者と、その者に心から信頼されている魔王。そんな君たちだからこそ、わたくしはこうして「迷いの森」を案内する気になったんだねー。現在の魔王は、よほど立派な人物のようだねー』
「はい。ルキエ・エヴァーガルド陛下は、最高の主君です」
「私も陛下を尊敬しています!」
「話の内容はわかりませんが、このエルテも、魔王陛下に忠誠を誓っております!」
俺とメイベル、エルテさんは答えた。
すると……家の近くで、声がした。
見ると、エルフの長老さんと護衛の人たちがいた。俺と『ご先祖さま』が話をしているのを遠巻きにしてる。なんだか、びっくりしてるみたいだ。
まぁ……人間と『ご先祖さま』と普通に会話してたらおどろくよね。
もちろん、彼らに『ご先祖さま』の言葉はわからない。
だけど、俺たちがルキエについて話しているのはわかったようで──
「よくわかりませんが、わしらも魔王陛下は忠誠に値するお方だと思っております。陛下は新種の魔獣を倒し、この魔王領を守ってくださったのですからな!」
「そ、その通りです。長老」
「エルフは気難しいとは言われておりますが、魔王陛下への忠誠を忘れたことはありません」
「魔王ルキエ陛下は、われらの主君です!」
──エルフさんたちも、ルキエを
いいことだ。
ルキエは、いつもがんばってるもんな。
だから俺も、彼女を助けたいって思うんだ。
そういえば……ルキエ、元気かな。
今ごろ忙しく仕事をしてるんだろうな。
無理してないといいけど──
──同時刻、魔王城で──
「へっくち。はくしょんっ! へくちっ!」
「へ、陛下。やはりお休みになられた方がいいのでは……?」
「気分は悪くないのじゃが……まぁ、仕事も一段落ついたようじゃからな。しばらく仮眠を取ることとしよう」
「承知いたしました」
「その間、よろしく頼むのじゃ」
宰相ケルヴにそう言って、魔王ルキエは玉座を離れた。
彼女はそのまま自室へと戻り、寝室に入る。
「どうも今日は調子がおかしいのじゃ。なにが原因なのじゃろう……」
ひとりになったルキエは寝間着に着替えて、ベッドに腰掛ける。
別に不調というわけじゃない。
でも、なんとなく落ち着かない。くしゃみばかりしている。
本当に誰かが、彼女のうわさ話でもしているのだろうか。
「まぁ、うわさ話でくしゃみが出るなどというのは、俗説なのだろうが」
本当にうわさ話でくしゃみが出るものなら、国民が魔王の話をするたびに、ルキエはくしゃみが止まらなくなっていただろう。
けれど──
「……うわさをしているのが……特別な者ならば、くしゃみが出ることもあるかもしれぬ」
ルキエは枕を抱きしめて、つぶやいた。
それから、ころん、と、横になり、目を閉じて、
(余の調子がおかしいのは、働きすぎのせいじゃろうか)
(それとも、トールがいないからじゃろうか)
(歴代魔王の墓所でトールと話をしてから、心が温かくなって……落ち着かないからじゃろうか)
(……それとも…………以前、トールの姿に変身させた『改良型抱きまくら』を、トールが忘れているのをいいことに、今も私物化しておるせいじゃろうか。抱きまくらはただの枕に戻ってしまったが……トールの魔力が少しは残っていて……謎の繋がりを…………)
トールが帰ったら聞いてみよう。
いや、聞いてしまったら、ルキエが抱きまくらを返せずにいることも、今も抱いて眠っていることもバレてしまう。しかも、トールなら『残留魔力で実験をしましょう』とか言い出すはず…………それはあまりに……ロマンがなくて…………。
「…………早く帰ってくるのじゃぞ、トールよ」
以前はトールの姿をしていた『抱きまくら』を抱きしめながら、優しい午睡を楽しむ、魔王ルキエなのだった。
──トール視点──
「では明日、私は『迷いの森』に向かいます」
「本当に気をつけてね。メイベル」
「カロティアさんも護衛してくれますから、大丈夫ですよ」
『わぅわぅー』
メイベルの隣でうなずく、金色狼のカロティアさん。
その声にうなずいたメイベルは、カロティアさんの背中を
『ワンニャン・仲良しトークペンダント』のおかげで、すっかり仲良くなったみたいだ。
『女の子同士だからねー。メイベルくんは、わたくしが責任を持って案内するよー』
ペンダントには、そんな文字が浮かんでいる。
ちなみに『ワンニャン・仲良しトークペンダント』はメイベルに預けてある。
しばらくは、彼女に使ってもらう予定だ。
「カロティアさんのことは信頼してます。ただ……もう少し護衛がいた方がいいかな」
「長老にお願いしてみましょうか?」
「いや、今回は重要な任務だから、親しい人の方がいいと思う」
それにエルフの村の人が護衛だと、メイベルが緊張するだろうし。
『迷いの森』の情報は、できるだけ隠したいっていうのもあるからね。
同行するのは、親しい人の方がいいと思うんだ。
だから──
「……こんなとき、
俺は森に向かって、そんなことを語りかけてみた。
「羽妖精のみんなは頼りになるからなー。安心してメイベルを任せられるんだけど」
「トールさま? どうして村の外を見ながら話しているのですか……?」
「いやー、困ったな。ルネは魔王城に送り出しちゃったし、隠れてた羽妖精さんたちも一緒に行っちゃったからなー。ちょうどいい人材がいないんだよなー。羽妖精さんなら護衛にぴったりなのになー。どうしようかなー。誰か近くにいないかなー」
ざわざわ、ざわ。
村の近くの木が揺れた。
「羽妖精さんは、かくれんぼが得意だからなー。もしかしたら、俺たちに気づかれないようについてきてるかと思ったんだけど……気のせいだったかー」
ざわっ、ざわざわざわっ。
「いないのかー。残念だなー」
ざわざわざわっ。ばさばさばさばさっ!!
「そっかー。いつも元気でかわいくて、働き者でしっかり者で信頼できる羽妖精さんたちはいないのかー。しょうがないね。今回は縁がなかったと思ってあきらめて──」
「「「「おります────っ!!」」」」
木々の間から羽妖精たちが、一斉に飛び出してきた。
思ってた通りだ。
さっき、ルネを魔王城に送り出したとき、隠れてた子たちがついて行ってたからね。
絶対、他にもいると思ったんだ。
「こんなこともあろうかと! はい! こんなこともあろうかとついてきておりましたっ!」
「燃えています! 錬金術師さまのお気持ちを聞いて、心が炎を上げていますー!」
「……がんばる」
「にゃーんにゃーんにゃにゃにゃんにゃーんっ!」
照れた顔であいさつしてるのが、地の羽妖精さん。
胸を張ってやる気十分なのが、火の羽妖精さん。
俺の耳元にささやいてるのが、水の羽妖精さん。
風の羽妖精さんは……もう『猫型なりきりパジャマ』を着てるね。話の内容はわかってないはずだから、ノリでメイベルの真似をしてるのかな……。それとも直感で『なりきりパジャマ』が必要だって気づいたのかな。すごいな……。
「「「「われら羽妖精4人衆、お役に立ちますーっ!」」」」
「と、いうことなので、カロティアさん。この子たちも同行させてもらえますか?」
『も、もちろんいいけど。え? いたの? わたくしの鼻でも気づかなかったよ?』
「トールさまは羽妖精さんの気配がわかるのですか……?」
「これほど羽妖精のあつかいが上手な方ははじめてです。錬金術師さまは、もはや『
『ご先祖さま』もメイベルもエルテさんも、びっくりしてる。
でも『羽妖精使い』は言い過ぎだと。別に使ってないし。気配も読んでないし。
この子たちが、なんとなくいるような気がしただけで、メイベルの心配をしていたら、ふと、呼んでみようかな、って、思いついただけだからね。
「それじゃ、明日の準備をはじめよう」
「はい。トールさま!」
「「「「しょうちしましたー!」」」」
『わぅわぅっ!』
「……不思議です。魔王領はわたしがよく知る場所のはずなのに……錬金術師さまといると、次々と違う顔をあらわにしていきます。ケルヴ叔父さまはいつも、こういう気分でいらしたのでしょうか……」
こうしてメイベル・『ご先祖さま』・羽妖精たちによる『迷いの森調査部隊』が結成されて──
みんなで調査計画を立てて、必要なアイテムの準備をはじめて──
俺とエルテさんは『謎アイテム』について報告するために、魔王城に戻ることになり──
次の日、おたがいの無事を祈りながら、俺たちは行動を開始したのだった。
──────────────────
【お知らせです】
書籍版「創造錬金術師は自由を謳歌する」の3巻が来週、2月10日に発売になります。ただいま各書店さまで、予約受付中です。
今回の表紙は、アグニスとトールと、建物の窓からこっそり顔を出しているソフィア皇女が目印です。書き下ろしエピソードを追加していますので、ご期待ください!
(表紙と書店特典については『近況ノート』でお知らせしています。ぜひ、見てみてください)
さらに、コミカライズ1巻の予約もはじまりました。
3月10日発売です!
書籍版、コミック版あわせて、よろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます