第180話「ご先祖さまと語り合う」

「それじゃ、俺も一緒に話を聞けるようにしますね」


 俺は『超小型簡易倉庫』から『自然増量ヘアーピース』を取り出した。

 以前、エルフ耳や角を隠すのに使ったものだ。魔石に含まれる魔力を使って変形するようになっている。

 この魔石に『ご先祖さま』の魔力を入れてみよう。


『……わぅ?』

「『どうしたの? 楽しそうなことをしてる』だそうです」

「すぐにわかります。ちょっと失礼しますね」


 俺は『自然増量ヘアーピース』を『ご先祖さま』に触れさせる。

 十分魔力をもらったところで、自分の頭にヘアーピースをつけて、金具で留めて、っと。



 もぞもぞもぞっ。



 ヘアーピースが動き出した。

『ご先祖さま』の魔力に反応して、狼の体毛のように変わっていって──


「……でも、完全な獣耳にはならないか」


 ヘアーピースは、もこもこした狼の毛に変形しただけだった。


『自然増量ヘアーピース』を獣耳にすれば、メイベルのように『ご先祖さま』の声が聞けるかもって思ったんだけどな。

 でも、耳の形にはならなかった。金色の毛が、耳にかかるように伸びてるだけだ。

 いや、待てよ? 犬の垂れ耳に見えないこともない……かな?

 とりあえず、これで試してみよう。


 メイベルから『ワンニャン・仲良しトークペンダント』を借りて、鎖を継ぎ足して長くして、っと。

 俺とメイベルが顔を近づけて、ふたりでひとつのペンダントを着けるようにすれば──


「これで俺にも、あなたの言葉がわかるかもしれません。なにか話してみてください。『ご先祖さま』」

『かわいい』「かわいいです。トールさま」

「え?」


 頬に熱い息が触れた。

 メイベルが目を輝かせて、俺の頭を見ていた。

 同じペンダントを共有しているから、すぐ間近で。

 ちなみにご先祖さまも俺をじっと見てる。エルテさんも。


 なんでみんな、獣っぽくなった俺に注目してるんだろう……?

 別に俺、かわいくないよ?

 ヘアーピースから伸びた体毛が、垂れ耳みたいになってるだけだよ?


『魔王陛下にお見せしないと』って……あのね、メイベル。そんな必要はないからね?

 エルテさんも、文書に残そうとしなくてもいいです。宰相閣下さいしょうかっかに報告しても、別にいいことないですからね?


「話をさえぎってすいませんでした。続きを、お願いします」


 気を取り直して、俺は『ご先祖さま』に言った。

 それから、メイベルと一緒に地面に座る。

『ご先祖さま』を見下ろしながら話を聞くのも失礼だからね。


『先にどっちの話を聞きたいのかなー? ドラゴンの骨のこと? 「迷いの森」の抜け方かなー?』


『ご先祖さま』は答えた。

 女の人の声だった。

 年齢はちょっと高めの、老成したようなイメージだ。


「それじゃ、まずはお名前を聞かせてください」

『おやおや、そう来たかー』

「俺はトール・カナン。こちらはメイベル。後ろにいるのが文官のエルテさんです」

『知ってるよー。きみたちは、ちゃんと名乗ってくれたからね』


『ご先祖さま』は尻尾を振りながら、


『わたくしはカロティア。かつてこの地に住んでいた、ドラゴンの使い魔だよ。昔、大陸にドラゴンが住んでいたことは知ってるよね? 勇者に付け狙われるのが嫌で、地の果てに逃げていったことも』

「知っています」


 かつて、ドラゴンたちは普通に人間や亜人、魔族と付き合っていた。

 でも、異世界から来た勇者は『ドラゴン殺し』という称号にこだわっていたせいで、ドラゴンたちを付け狙うようになった。

 それを嫌ったドラゴンたちは、遠くへ去っていったんだ。


「カロティアさんは、その使い魔だったんですか?」

『使い魔の子孫だよー。ドラゴンはすごい魔力を持っていたから、その使い魔の子孫までも賢くなってしまったんだよ。そして、ドラゴンたちは元いた場所のことが気になって、この地に使い魔を残したみたいだ。すごいよねー』

「すごいですね」

「はい。すごいです!」


 うなずく俺とメイベル。


 そういえば2代目の魔王は『ご先祖さま』と話し合って、この地で共存することをを決めたんだっけ。

 当時の魔王陛下は『ご先祖さま』がドラゴンの使い魔だということを知ってたのかな。

 色々と謎が多い人だからな。2代目の魔王は……。


『「迷いの森」の結界を作ったのは、わたくしの主人だったドラゴンだよ』

「『ドラゴンの骨』を……あるいは、ドラゴンの遺体を守るためにですか?」


 骨があるということは、遺体もそこにあるのかもしれない。

『ご先祖さま』がこの地に住んでいるのも、遺体を守るためという可能性もあるんだ。


 ドラゴンの遺体の情報が漏れないように、『ご先祖さま』たちは、魔王領の住人とあまり接触しないようにしていた──そう考えると、『ご先祖さま』がめったに現れない理由もわかる。


 ──そんなことを俺が話すと、


『そうだね。遺体を守るって意味もある。だからわたくしたちは、隠れて暮らしていたんだ』

「やっぱり」

『でも、魔王領のみんなのことは好きだよ。好きだけど、使命は守らないといけないからね』


 金色狼のカロティアさんは、遠い空を見上げて、


『主人はこう言っていたんだ。「死後、遺体の側に勇者が来て『へっへーん。このドラゴンを倒したのはオレたちだ!』なんて言い出したらむちゃくちゃムカつくから、君たちが認めた者しか、遺体には近づけないようにしてね」って』

「「……あー」」


 ……すごく納得できる理由だった。


「そのための結界だったんですね……」

『そうだよー』

「でも、そうなると俺たちが『精神感応素材』……いえ『ドラゴンの骨』をもらいに行くのもまずいんじゃないですか?」

『ううん。それはかまわないよー?』

「いいんですか?」

『ドラゴンがこの地に遺体を残したのは、ここに住む人々を助けるためでもあるんだ。その管理はわたくしたちに任せられている』


 カロティアさんは狼の目で、まっすぐに俺を見つめながら、


『そして、今は新種の魔獣や、異世界からの「謎アイテム」がやってきている状態だからね。わたくしも、ただ見守り続けるだけじゃ駄目だと思ったんだ。君たちに近づいたのは、そういう理由なんだよ』

「そういうことだったんですね……」

『それに君たちは「オレがドラゴンを倒したんだ」って自慢とかしないよね?』

「しません。というか、戦闘能力のない俺がそんなことしてもしょうがないです」

「私も……そんな恐れ多いこと言えないです」

『よっし。やっぱりわたくしが見込んだとおりだ』

「でも、本当に俺が『ドラゴンの骨』をもらってもいいんですか? カロティアさんにとっては、主人の遺体でもあるんですよね?」

『そうだけど……うん』


 金色狼のカロティアさんは、かぶりを振って、


『でも、許すよ。だって君は自分のために「ドラゴンの骨」を使うわけじゃないだろう?』

「いえ、アイテム作りは完全に俺の趣味ですけど」

『だとしても、それはこの地に住む者たちのためでもあるんだよね? 君たちは、魔王陛下に派遣された者たちなんだから』

「それは間違いありません」


 俺はうなずいた。


「俺は魔王陛下直属の錬金術師で、今回の素材探索は、陛下の許可を頂いたものです。『ドラゴンの骨』が欲しいのも、今後の魔王領の平和のためなんです」


 ドラゴンの骨、つまり『精神感応素材』は『ハード・クリーチャー』対策のために必要なものだ。


 勇者世界には『魔獣ガルガロッサ』のような強力な魔獣が存在する。

 そして、この世界には召喚魔術がある。

 召喚魔術を禁止するように働きかけてはいるけど、効果があるとは限らない。ふたたび誰かが『ハード・クリーチャー』を呼び出すことはあり得るんだ。


 その上、勇者世界からはスマホっぽい『謎アイテム』を送り込んで来ている。

 目的は今のところ不明だけど、対策はしておかなきゃいけない。

 異世界からより強力な『ハード・クリーチャー』が来る可能性だってあるんだから。


 だから俺は『精神感応素材』を使って、魔王領のみんなを守るアイテムを作りたい。


 ──ということを、俺はカロティアさんに説明した。

 金色狼のカロティアさんは、しばらく考えたあと──


『それならきっと、ドラゴンも許してくれるさ』


 ──はっきりとうなずいた。


『わたくしたちは2代目の魔王と、共存の約束をしたからね。そのためには、この地を守らなきゃいけないよね。そして、君たちが魔王陛下の直属の部下なら、資格は十分だ。わたくしは君たちに「迷いの森」の抜け方を教えるよー』

「ありがとうございます」


 俺は『ご先祖さま』に頭を下げた。


 魔王城に戻ったら、ルキエに教えてあげよう。

『ご先祖さま』は滅多に現れないけれど、ちゃんと魔王を尊敬してるよ、って。

 魔王領を守ることを考えていて、そのために力を貸してくれたって。


 きっと、ルキエも喜んでくれると思う。

 というか、カロティアさんとルキエを会わせてみたいな。

『簡易倉庫』のお茶会に招待できないかな。駄目かな……。


『それじゃ、準備はいいかな? 「迷いの森」の抜け方について説明するねー』


 そうして金色狼のカロティアさんは、ゆっくりと話し始めた。







『まずは、方向感覚がおかしくなる場所について説明するよー。あの場所は、ドラゴンの残留魔力を利用して、土地の魔力をぐるぐる回してるんだ。その渦の中に入ると、東西南北がわからなくなって、方向感覚が狂ってしまうんだよー』

「そうなんですか」

『そうなんだよ』

「もしも、常に正しい東西南北を指し示すものがあったらどうなりますか?」

『そんなものがあるの?』

「あるんです」


 俺は『健康増進ペンダント』を取り出した。

 このペンダントを持つ者は、正しい東西南北と、その中心点を持ち歩くことになる。

 だから『三角コーン』の陣内でも迷わない。

 ドラゴンの結界にも使えるはずだ。


『う、うん。そんなものがあるなら、道に迷うことはないねー』

「安心しました」

『びっくりしたよー。魔王領は知らない間に、とんでもなく技術が発展してたんだねー』

「はい。すべては魔王ルキエ陛下のご威光いこうによるものです」





 ──同時刻、魔王城──



「──へくちっ!」

「どうされましたか? 陛下」

「いや、妙なくしゃみが出たのじゃ。誰か余のうわさでもしておるのじゃろうか」

「トールどのではありませんか?」

「トールはエルフの村に行っておる。村のエルフはプライドが高く、なかなか他人に心を許さぬからな、さすがのトールも緊張するはず。余の話をする余裕などあるまい」

「そうですね。いくらトールどのでも」

「そうじゃな。トールでもそれはあるまい」

「「…………」」


 魔王ルキエと宰相ケルヴは顔を見合わせた。





 ──トール視点──


『次に「進もうとすると押し戻される壁」だけど、これは動物の姿になれば突破できるよ。狼とか犬とか、猫の姿になればいいね。それでわたくしの指示通りに「わぅわぅ」とか「にゃにゃん」と声を出せば、通れるようになるよ』

「不思議なトラップですね」

『勇者の侵入を防ぐためのものだからね。わたくしは勇者に近づいたりしないし、勇者が動物に変身したりはしないだろう? ドラゴンや、魔物の姿になったって伝説はあるけどさ』

「確かに、そうですね」

『つまり、二重に鍵を掛けているようなものなのさ』

「以前に『ドラゴンの骨』を見つけたエルフさんは、どうしたんでしょうか?」

『疲れてパニックになって、動物みたいになっちゃってたんだろうね。それで「わぅわぅ」「にゃんにゃん」言ってたら偶然、通れたんじゃないかな?』

「「……なるほど」」


 エルフの言い伝えでは、森に入った若者はひどい目にったことになってる。

 そのせいで、疲れて野生化しちゃったんだね……。

 まぁ、無事に村まで戻れたみたいだから、いいんだけど。


『君たちは……メイベルくんが今の姿で、わたくしの真似をすればいいよ。運が良ければ通れると思うよ!』

「わかりました。では、通れる確率を上げようと思います。メイベル、お願い」

「はい。トールさま」


 メイベルは『なりきりパジャマ』のフードをおろした。

 銀色の狼の姿になった。


「「これでどうでしょう?」」

『絶対通れると思うよ!?』


 びっくりされた。

 エルフの美少女がいきなり狼の姿になったらびっくりするよね。


『信じられないよ。この地のドラゴンが亡きあと、人々はこんな力を身に着けていたなんて』

「すべては魔王ルキエ・エヴァーガルド陛下のおかげです」





 ──同時刻、魔王城──



「へくちっ! ひゃくしょん! へーくちっ!」

「陛下、やはりお風邪を召されたのでは? お薬を用意いたしますか?」

「い、いや、体調は悪くないのじゃ。なんじゃろうな。これは」

「トールどのがいればわかるのかもしれませんね」

「そういえばあやつは『ご先祖さま』と仲良くなったらしいのじゃ」

「この北の地の、知恵ある先住者ですか……我々も、何度か接触を試みましたが……なかなか」

「意志は通じておるのじゃよな?」

「はい。二代目の魔王さまと、共存の約束を交わしております」

「『ご先祖さま』研究は、魔王領の学者たちのテーマでもあるからのぅ」

「トールどのが『ご先祖さま』に妙なことをしていなければいいのですが」

「しておるかもしれぬな」

「しているでしょうか?」

「しておらぬと思うか?」

「思いません」

「だが、トールは礼儀をわきまえておる。北の地の先住者が相手なら、しっかりと敬意を払っておるはず。それは間違いないよ」


 そう言って魔王ルキエは窓の外を──トールがいると思われる、北西の空を見つめた。


「今ごろあやつはどうしておるのじゃろうな……あまりおかしなことをしていなければいいのじゃが。いや、おかしなことをしないトールというのも想像できぬが……と、とにかく、元気で、落ち着いていてくれればそれでいいのじゃが……トールじゃからなぁ……」





 ──トール視点──



「ふぇくっしょんっ!」

「わわっ。トールさま。お風邪ですか?」

「いや、大丈夫。誰かがうわさしてるのかな……?」

「魔王陛下でしょうか?」

「陛下はお忙しいからね。俺の話をしてる暇はないと思うよ」


 俺は呼吸を整えてから、『ご先祖さま』のカロティアさんを見た。


「話の腰を折ってすいません。他にトラップはありますか?」

『あとは、近づくと真っ暗闇になって、精神が不安定になる場所があるよー』

「なるほど。闇の魔力で包み込むことで精神をかき乱すわけですね。ドラゴンは強大な生き物ですから、人や亜人はその迫力に威嚇いかくされてしまいます。そのドラゴンの残留魔力を使って、強い威嚇能力いかくのうりょくを宿した結界を作ったんですね」

『難しいことはわからないけど、たぶんそうだねー。というかすごいねー。君』

錬金術師れんきんじゅつしですから」

『その「暗闇結界」は、武器を持っていると通れないんだ。あとは……戦い慣れている者は自分の殺気で威嚇いかくされるようになってるよ。戦い慣れている人ほど、暗闇では警戒して、敵の襲撃しゅうげきに備えるものだからね。その殺気が、自分に向かってくるんだよ』

「戦闘経験が多いほど、通りにくい場所なんですね」

『そうだね。そうすると、他の「押し戻される壁」や「方向感覚を失うトラップ」も組み合わさって、侵入者は森の外へと追い返されてしまうんだよー』


 さすがドラゴンだ。すごいトラップを考えるなぁ。

 誰だって突然暗闇に囲まれたら、攻撃や奇襲に備えるよな。

 そうして放った殺気が、自分に向かってくるのか。

 確かにこれは、強い者ほど引っかかるトラップだ。


「それって、一度も戦闘経験がなくて、武器も魔術も使えない者はどうなりますか?」

『暗闇での不安に耐えられるなら、通れるんじゃないかなー?』

「たとえば、なんらかの事情があって、半年前まで魔術を使うことができなかった人は?」

『同じだねー。ドラゴンの威嚇いかくは受けるけど、自分の殺気が返ってくることはないかな?』

「「なるほどー」」


 俺とメイベルは顔を見合わせて、うなずき合う。

 暗闇と威嚇いかく効果にさえ気をつければ、なんとか通れそうだ。


 武器を持ってはいけないという条件も、クリアできるはずだ。

『超小型簡易倉庫』に入ってるのは『防犯ブザー』や『レーザーポインター』など、直接攻撃能力を持たないものばかりだからね。

 ちなみに『メテオアロー』は重要アイテムだから、魔王城の『簡易倉庫』に残してある。

 問題ないな。


『君たちなら「迷いの森」を抜けられると思うよ』


『ご先祖さま』はうなずいた。


『というよりも、わたくしの助言はいらなかったんじゃないかな』

「そんなことありません」

『そうかな?』

「助言してもらったからこそ、俺は安心してメイベルを送り出せるんです」

「はい。これでトールさまに『精神感応素材』を差し上げることができます!」

『そっか』


 ふと、空を見上げて、金色狼のカロティアさんはため息をついた。


『もしかしたら……わたくしの主人だったドラゴンは、君たちのような人を待っていたのかもしれないね』

「俺たちのような者を、ですか?」

『そうだよ。自分の骨を正しい目的のために使ってくれる者と、その者に心から信頼されている魔王。そんな君たちだからこそ、わたくしはこうして「迷いの森」を案内する気になったんだねー。現在の魔王は、よほど立派な人物のようだねー』

「はい。ルキエ・エヴァーガルド陛下は、最高の主君です」

「私も陛下を尊敬しています!」

「話の内容はわかりませんが、このエルテも、魔王陛下に忠誠を誓っております!」


 俺とメイベル、エルテさんは答えた。

 すると……家の近くで、声がした。


 見ると、エルフの長老さんと護衛の人たちがいた。俺と『ご先祖さま』が話をしているのを遠巻きにしてる。なんだか、びっくりしてるみたいだ。

 まぁ……人間と『ご先祖さま』と普通に会話してたらおどろくよね。


 もちろん、彼らに『ご先祖さま』の言葉はわからない。

 だけど、俺たちがルキエについて話しているのはわかったようで──


「よくわかりませんが、わしらも魔王陛下は忠誠に値するお方だと思っております。陛下は新種の魔獣を倒し、この魔王領を守ってくださったのですからな!」

「そ、その通りです。長老」

「エルフは気難しいとは言われておりますが、魔王陛下への忠誠を忘れたことはありません」

「魔王ルキエ陛下は、われらの主君です!」


 ──エルフさんたちも、ルキエをたたえはじめた。


 いいことだ。

 ルキエは、いつもがんばってるもんな。

 だから俺も、彼女を助けたいって思うんだ。


 そういえば……ルキエ、元気かな。

 今ごろ忙しく仕事をしてるんだろうな。

 無理してないといいけど──






 ──同時刻、魔王城で──


「へっくち。はくしょんっ! へくちっ!」

「へ、陛下。やはりお休みになられた方がいいのでは……?」

「気分は悪くないのじゃが……まぁ、仕事も一段落ついたようじゃからな。しばらく仮眠を取ることとしよう」

「承知いたしました」

「その間、よろしく頼むのじゃ」


 宰相ケルヴにそう言って、魔王ルキエは玉座を離れた。

 彼女はそのまま自室へと戻り、寝室に入る。


「どうも今日は調子がおかしいのじゃ。なにが原因なのじゃろう……」


 ひとりになったルキエは寝間着に着替えて、ベッドに腰掛ける。


 別に不調というわけじゃない。

 でも、なんとなく落ち着かない。くしゃみばかりしている。

 本当に誰かが、彼女のうわさ話でもしているのだろうか。


「まぁ、うわさ話でくしゃみが出るなどというのは、俗説なのだろうが」


 本当にうわさ話でくしゃみが出るものなら、国民が魔王の話をするたびに、ルキエはくしゃみが止まらなくなっていただろう。

 けれど──


「……うわさをしているのが……特別な者ならば、くしゃみが出ることもあるかもしれぬ」


 ルキエは枕を抱きしめて、つぶやいた。

 それから、ころん、と、横になり、目を閉じて、


(余の調子がおかしいのは、働きすぎのせいじゃろうか)


(それとも、トールがいないからじゃろうか)


(歴代魔王の墓所でトールと話をしてから、心が温かくなって……落ち着かないからじゃろうか)


(……それとも…………以前、トールの姿に変身させた『改良型抱きまくら』を、トールが忘れているのをいいことに、今も私物化しておるせいじゃろうか。抱きまくらはただの枕に戻ってしまったが……トールの魔力が少しは残っていて……謎の繋がりを…………)


 トールが帰ったら聞いてみよう。

 いや、聞いてしまったら、ルキエが抱きまくらを返せずにいることも、今も抱いて眠っていることもバレてしまう。しかも、トールなら『残留魔力で実験をしましょう』とか言い出すはず…………それはあまりに……ロマンがなくて…………。




「…………早く帰ってくるのじゃぞ、トールよ」




 以前はトールの姿をしていた『抱きまくら』を抱きしめながら、優しい午睡を楽しむ、魔王ルキエなのだった。






 ──トール視点──



「では明日、私は『迷いの森』に向かいます」

「本当に気をつけてね。メイベル」

「カロティアさんも護衛してくれますから、大丈夫ですよ」

『わぅわぅー』


 メイベルの隣でうなずく、金色狼のカロティアさん。

 その声にうなずいたメイベルは、カロティアさんの背中をでる。

『ワンニャン・仲良しトークペンダント』のおかげで、すっかり仲良くなったみたいだ。


『女の子同士だからねー。メイベルくんは、わたくしが責任を持って案内するよー』


 ペンダントには、そんな文字が浮かんでいる。

 ちなみに『ワンニャン・仲良しトークペンダント』はメイベルに預けてある。

 しばらくは、彼女に使ってもらう予定だ。


「カロティアさんのことは信頼してます。ただ……もう少し護衛がいた方がいいかな」

「長老にお願いしてみましょうか?」

「いや、今回は重要な任務だから、親しい人の方がいいと思う」


 それにエルフの村の人が護衛だと、メイベルが緊張するだろうし。

『迷いの森』の情報は、できるだけ隠したいっていうのもあるからね。

 同行するのは、親しい人の方がいいと思うんだ。


 だから──


「……こんなとき、羽妖精ピクシーのみんながいてくれたらなー」


 俺は森に向かって、そんなことを語りかけてみた。


「羽妖精のみんなは頼りになるからなー。安心してメイベルを任せられるんだけど」

「トールさま? どうして村の外を見ながら話しているのですか……?」

「いやー、困ったな。ルネは魔王城に送り出しちゃったし、隠れてた羽妖精さんたちも一緒に行っちゃったからなー。ちょうどいい人材がいないんだよなー。羽妖精さんなら護衛にぴったりなのになー。どうしようかなー。誰か近くにいないかなー」



 ざわざわ、ざわ。



 村の近くの木が揺れた。


「羽妖精さんは、かくれんぼが得意だからなー。もしかしたら、俺たちに気づかれないようについてきてるかと思ったんだけど……気のせいだったかー」



 ざわっ、ざわざわざわっ。



「いないのかー。残念だなー」




 ざわざわざわっ。ばさばさばさばさっ!!




「そっかー。いつも元気でかわいくて、働き者でしっかり者で信頼できる羽妖精さんたちはいないのかー。しょうがないね。今回は縁がなかったと思ってあきらめて──」




「「「「おります────っ!!」」」」




 木々の間から羽妖精たちが、一斉に飛び出してきた。


 思ってた通りだ。

 さっき、ルネを魔王城に送り出したとき、隠れてた子たちがついて行ってたからね。

 絶対、他にもいると思ったんだ。



「こんなこともあろうかと! はい! こんなこともあろうかとついてきておりましたっ!」

「燃えています! 錬金術師さまのお気持ちを聞いて、心が炎を上げていますー!」

「……がんばる」

「にゃーんにゃーんにゃにゃにゃんにゃーんっ!」



 照れた顔であいさつしてるのが、地の羽妖精さん。

 胸を張ってやる気十分なのが、火の羽妖精さん。

 俺の耳元にささやいてるのが、水の羽妖精さん。

 風の羽妖精さんは……もう『猫型なりきりパジャマ』を着てるね。話の内容はわかってないはずだから、ノリでメイベルの真似をしてるのかな……。それとも直感で『なりきりパジャマ』が必要だって気づいたのかな。すごいな……。



「「「「われら羽妖精4人衆、お役に立ちますーっ!」」」」



「と、いうことなので、カロティアさん。この子たちも同行させてもらえますか?」

『も、もちろんいいけど。え? いたの? わたくしの鼻でも気づかなかったよ?』

「トールさまは羽妖精さんの気配がわかるのですか……?」

「これほど羽妖精のあつかいが上手な方ははじめてです。錬金術師さまは、もはや『羽妖精使いピクシー・マスター』と言っても過言ではないのでは……」


『ご先祖さま』もメイベルもエルテさんも、びっくりしてる。


 でも『羽妖精使い』は言い過ぎだと。別に使ってないし。気配も読んでないし。

 この子たちが、なんとなくいるような気がしただけで、メイベルの心配をしていたら、ふと、呼んでみようかな、って、思いついただけだからね。


「それじゃ、明日の準備をはじめよう」

「はい。トールさま!」

「「「「しょうちしましたー!」」」」

『わぅわぅっ!』

「……不思議です。魔王領はわたしがよく知る場所のはずなのに……錬金術師さまといると、次々と違う顔をあらわにしていきます。ケルヴ叔父さまはいつも、こういう気分でいらしたのでしょうか……」


 こうしてメイベル・『ご先祖さま』・羽妖精たちによる『迷いの森調査部隊』が結成されて──

 みんなで調査計画を立てて、必要なアイテムの準備をはじめて──

 俺とエルテさんは『謎アイテム』について報告するために、魔王城に戻ることになり──



 次の日、おたがいの無事を祈りながら、俺たちは行動を開始したのだった。









──────────────────



【お知らせです】


 書籍版「創造錬金術師は自由を謳歌する」の3巻が来週、2月10日に発売になります。ただいま各書店さまで、予約受付中です。


 今回の表紙は、アグニスとトールと、建物の窓からこっそり顔を出しているソフィア皇女が目印です。書き下ろしエピソードを追加していますので、ご期待ください!

(表紙と書店特典については『近況ノート』でお知らせしています。ぜひ、見てみてください)


 さらに、コミカライズ1巻の予約もはじまりました。

 3月10日発売です!


 書籍版、コミック版あわせて、よろしくお願いします!

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