第186話「番外編:『サイクロン戦記』 (ライゼンガ領の史書より)」

 いつも『創造錬金術師』をお読みいただき、ありがとうございます。


 今週の更新ですが……年度末の色々な作業がどかんと一気に来てしまったため、本編をお休みして、番外編をお届けします。


 ライゼンガ領で起こった、とある事件のお話です。


 部屋を掃除しようと思ったライゼンガ将軍は──




──────────────────




「まったく。『お掃除ロボット』とは便利なものだな!」


 ここはライゼンガ将軍の自室。

 コロコロと転がる『球体型・お掃除ロボット』を眺めながら、ライゼンガ将軍はうなずいた。


『お掃除ロボット』はトールが作った、魔獣探索用のアイテムだ。

 本来は『勇者にとってのゴミ』である魔獣の居場所を探すためのものだが、トールはその能力を弱めて、部屋の掃除専門に改造した。

 それを試験的に、ライゼンガ将軍の屋敷で使っているのだった。


「置いておくだけで、部屋のチリやゴミを取ってくれるのだからな。『お掃除ロボット』には『超小型簡易倉庫』の機能が付与されているから、大量に吸い込んでも大丈夫。亜人や人間など、生命は吸い込まない。危険なものも避ける……まったく、すごいものだ」


 負けないように、自分も部屋を片付けなければ。

 ──そんなことをライゼンガは思ってしまう。


 実際、ライゼンガの自室は散らかっている。

 特に多いのは書類だ。武人の彼は、書類仕事が苦手だった。

 決済が終わったものは文官に回してあるが、その写しや、未処理のものが溜まっている。

 だから机の上は、羊皮紙が山になっているのだった。


「こちらは処理が終わっている。こちらは……ケルヴどのに回すものだな。あとで文官に回しておこう。こちらは……んん?」


 ライゼンガは目を見開く。

 書類の山に、古い手紙が交ざっていたからだ。


「……亡き妻に送った恋文ではないか。いかんいかん。かくかくせ、今すぐかくせ」


 ライゼンガは慌てて手紙を、机の引き出しに収めた。

 書類の方は、とりあえず処理分と未処理に分けて、一段落。

 これで片付けたことにして、ライゼンガは安堵の息をついた。


「ふむ。こちらは終わったが『お掃除ロボット』はまだのようだな」



 ごろごろ。コロコロ。



『球体型・お掃除ロボット』は、まだ、掃除を続けていた。

 ていねいなのは助かるが、少し、遅いような気がする。


「……もう少し、動きが速くならないものか」


 ライゼンガ将軍は歴戦の武人だ。

 幼いころから、兵を率いて魔獣討伐をしている。


 そして、魔獣討伐はスピードが大切だ。

 素早く魔獣に近づいて討伐しなければ逃げられる。

 行動が遅れたせいで、魔獣の群れに囲まれることもある。

 そんなライゼンガにとって『お掃除ロボット』の動きは、じれったいのだった。


「少し、手を加えてみてもいいかもしれぬな」


 ライゼンガは『お掃除ロボット』に近づき、持ち上げる。

 球体型を二つに割ると、魔石を入れる隙間すきまが現れる。


 入っているのは、風の魔石がひとつだけ。

 対魔獣用の『お掃除ロボット』は、全属性の魔石を必要とするが、これは掃除用。

 風の魔石だけで十分なのだ。

 だから──


「魔石を収める場所には、まだ余裕があるな。ここに魔石を追加すれば、もっと素早く掃除ができるのではないか?」


 ふとひらめいたライゼンガは、部屋にあった『風の魔石』を取り出した。

 それを『お掃除ロボット』の魔石スペースに入れていく。

 ふたつ、みっつ……まだ入る。よっつくらいは入りそうだ。

 いや、小さいものを詰め込めば10個は行けるだろう。


 前にトールは言っていた。


宰相閣下さいしょうかっかはいつも俺にひらめきと、新しい視点をくださいます』と。


 ライゼンガが、同僚どうりょうのケルヴに負けるわけにはいかない。

 トールのために『ひらめき』と『新しい視点』を見つけなければ。


「トールどのの代わりにマジックアイテムの実験をするのも、義父ぎふのつとめであろう。うむ」


 まだ義父ではないけれど、いずれはそうなる。

 というか、ライゼンガの気分的には、トールはすでに義理の息子のようなものだ。

 ほこれる義父でいるためなら、危険を侵す価値がある。

『お掃除ロボット』を改良するヒントをトールにあげられるなら、ためらう必要など──


「よし。これでいいだろう。魔力を注いで起動すれば……む? なかなか閉まらないな」


 魔石を入れすぎたのかもしれない。

 ライゼンガは『球体型』のふたを閉じて、ぎゅ、っと、押し込む。

 なんとか閉まったのを確認して、でも念のために、ぽんぽん、ぽん、と叩く。さらに数回でて──


「よし、問題ないようだ」


 もう一度、ぽんぽん、ぽん。

 さらにでてから──ライゼンガはふと、亡き妻を思い出す。


 アグニスを産んですぐに亡くなった妻は、人の頭に触れるのが好きだった。

 こんなふうに、ぽんぽん、ぽんと、ライゼンガやアグニスの頭を優しく叩いて、でていた。アグニスは覚えていないかもしれないが、思い出として何度も話している。


「ふふ。なつかしいな。がらにもなく掃除などしたから……思い出してしまったか」


 優しい笑みを浮かべながら、ライゼンガは『お掃除ロボット』に触れた。

 起動するために「ぽちっ」と魔力を注ぐ。


 けれど──


「……ん?」



 ぽちぽちっ、ぽちっ。



「動かぬ。まさか、壊れてしまったのか……?」



 ふるふる、ふるふる。



「おお、動き出したな。よしよし」



 ふぃぃぃぃん。ふぃぃぃん。



「よしよし、回り始めた。空気を吸い込み始めたな。これなら──」


 …………ぶぉおおおおおおおおん。


 ……ぶぉおおおおおおおおおおおおおおおおん。




 ぶぅぅぅおおおおおおおおぉぉぉぉおおおおおおおお──────ん!!




「ちょ、ちょっと風が強すぎぬか? お、おい。ちょっと待て────っ!!」




 ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!




 ライゼンガの自室で、暴風が渦を巻いた。

 高速回転する『球体型・お掃除ロボット』を中心に、巨大な気流が発生し、周囲のものを次々に巻き上げていく。


「な、なんだこの暴風は!? 『お掃除ロボット』に、このような力が!?」


 ライゼンガは、トールの言葉を思い出す。

 確か部屋用の『お掃除ロボット』には、勇者世界の『サイクロン機能』を追加してある──彼はそう言っていたはずだ。


 サイクロン。それはまさに、暴風。あるいは台風。

 まさか、本当にそんな能力を隠していたなんて──





 ──数日前、トールの工房で──


「勇者世界のロボットって、覚醒かくせいするらしいよ」

「覚醒ですか?」

「うん。倉庫で見つけた紙に、そんなことが書いてあった」

「だからトールさまは、『サイクロン・お掃除ロボット』にも覚醒機能かくせいきのうを?」

「緊急時用にね。でも危ないから、覚醒モードは『隠しコマンド』で起動するようにしてる」

「『覚醒覚醒かくせいかくせい、今すぐ覚醒かくせい』と命令するんですよね?」

「そうだね。さらに通常の10倍の魔石を入れる必要があるんだ」

「物理的な安全装置も付けられたのでしたね」

「うん。本体を『ぽんぽん、ぽん』と叩いてからでると、『隠しコマンド』が完成するよ。これはメイベルが提案してくれた動作だよね?」

「はい。以前、アグニスさまから聞いたことがあるのです。こんなふうにされると、落ち着くということでした」

「そういう動作なら、忘れないからいいよね」

「ここまですれば、間違って起動することもありませんからね」

「安心だね」「安心ですねー」



 この時のトールとメイベルは、予想さえしていなかった。


 亡き妻へのラブレターを見つけたライゼンガの『隠せ隠せ、今すぐ隠せ』というセリフを『お掃除ロボット』が『かくせぃ、かくせぃ、いますぐかくせぃ』という言葉として聞き取ってしまう事態を。

 それが『覚醒覚醒かくせいかくせい、今すぐ覚醒かくせい』というキーワードとして認識されることを。


 ライゼンガがうっかり10倍の魔石を仕込んでしまうことを。


 さらに、亡き妻が好きだった、『ぽんぽん、ぽぽん』となでなでを『お掃除ロボット』にやってしまうことを。


 その結果、『お掃除ロボット』の『覚醒かくせいサイクロンモード』が起動してしまうことを──



 この『お掃除ロボット』も勇者世界のアイテムだ。超絶の能力を宿している。

 普段は魔石の量を減らすことで、真の力を抑えているに過ぎない。


 その『お掃除ロボット』に対して、ライゼンガは大量の魔石を与え、『隠しコマンド』を入力してしまったのだ──





 ──現在。ライゼンガ視点──


「な、なんということだ。このままでは──!」


 部屋の中を、暴風が渦巻いている。

 生命は吸い込まないようになっているせいか、ライゼンガは影響を受けていない。

 だが、このままにはしておけない。止めなければ。


 そう考えたライゼンガは『お掃除ロボット』に向かって歩き出す。

 だが、次の瞬間──暴風にあおられた家具が、舞い上がった。


 ──椅子。テーブル。机。クローゼット。

 本来なら飛ぶはずのない重量物が、ライゼンガに向かって襲いかかる。


「火炎将軍をめるな! この程度、どうということもないわ!!」


 ライゼンガの拳が、飛来する机を撃ち砕いた。

 机はあっさりと粉砕され、引き出しの中のものが飛び出す。

 大量に舞い上がった書類、文書、羊皮紙ようひし

 それらを目にしたライゼンガの顔が青くなる。


「や、やめろ! それは交易所の運営に関わる書類だ!」



 くるくる。ごろごろ。ぶんぶん。



 交易所の書類は『お掃除ロボット』に吸い込まれた。


「や、やめてくれ! それは将来、アグニスが結婚するときに読み上げるスピーチの下書きだ!」



 くるくる。ごろごろ。ぶんぶん。



 スピーチの下書きは吸い込まれた!


「そ、それは──っ! われが生前の妻に送った恋文だ! やめろ。やめてくれええええええええっ!」


 ライゼンガの叫びが響く中、古い恋文は『お掃除ロボット』に吸い込まれる。

 さらにクローゼットが壊れ、将軍としての正装が、パーティのための衣装が、アグニスの結婚式に着ようと思っていた特注品が消えていく。


 部屋中のあらゆるものが、暴走した『お掃除ロボット』に吸い込まれていく。

『お掃除ロボット』には『超小型簡易倉庫』の機能が組み込まれている。

 部屋ひとつ分の荷物を吸い込んだところで、まだまだスペースには余裕があるのだ。


 さらに、『球体型・お掃除ロボット』は、宙に浮かびはじめている。

 サイクロン状態のまま、移動しようとしているのだ。


 ライゼンガは青ざめる。

 このまま『お掃除ロボット』を外に出してしまったら、大惨事だいさんじになる。

 火炎将軍の名にかけて、止めなければ!


「もはや、力ずくで破壊するしかあるまい! 受けよ! 火炎将軍ライゼンガの炎を!」

「お父さま? 一体なにを騒いでいらっしゃるので?」


 ドアが開き、アグニスの声がした。

 反射的に、ライゼンガが声の方を向いた瞬間──



 どごぉんっ!



 ベッドが彼を直撃した。

 衝撃で転がったライゼンガは、壁に身体を打ち付けて──


「……アグニス。こやつを止めろ……だが、中は絶対に見るなよ。絶対だ……」

「お、お父さま────っ!」


 アグニスの叫び声を聞きながら、ライゼンガは意識を失ったのだった。





『お掃除ロボット』の暴走は止まらない。


 覚醒能力かくせいのうりょくを備えた『お掃除ロボット』は『サイクロンで部屋のものを吸い込む』という使命を与えられている。

 それは魔獣が現れたとき、貴重品を内部に収納するためだ。


 強力サイクロンで魔獣を威嚇いかくしながら、大切なものを収納する。

 そうすれば、魔獣の攻撃で大切なものを失うことはない。

 使用者は、安心して避難や戦闘ができるだろう。


 その後は暴風を吐き出して、魔獣の動きを止める。

 そういうコンセプトで作られているのだ。

 

 だから『お掃除ロボット』は容赦ようしゃしない。

 通常より大きな収納空間を与えられた彼は、ライゼンガの部屋のものすべてを吸い込んでも、まだ余裕がある。

 もっともっと、限界まで吸い込まなければいけない。

 ゴーレムなりに、覚醒型『お掃除ロボット』は、そう判断した。




 そして彼は、部屋の外へと移動を開始したのだった。




「ああっ! アグニスの服が!? ま、待って。こんな格好では動けないので……」



 ──まずはアグニスの服をぎ取り、その戦闘能力を封じて。



「我らの火炎を吸い込んだ、だと!? な、なんなのだこやつは!?」



 ──ライゼンガの兵が発する炎は、お掃除の邪魔だから吸い込んで。



「奴を外に出すな! 力ずくで解体しろ! その中身をぶちまけてやるのだ──っ!」

「「「おおおおおっ!」」」


 思いも寄らぬ強敵に、ライゼンガ領の兵士がいきり立つ。

 けれど──


「ま、待て! 中身はぶちまけなくていい! 解体したら燃やすのだ! いいな。灰も残さずに燃やすのだぞ! これは火炎将軍ライゼンガの命令である!!」

「……お父さま」

「ち、違うのだ。アグニス。われは『お掃除ロボット』を強化しようとしただけで」

「たぶんお父さまは、『お掃除ロボット』を覚醒かくせいさせてしまったので……」

「覚醒?」

「トール・カナンさま言っていたの。『お掃除ロボット』は緊急時に覚醒することがあるって」

「どうすれば止まるのだ?」

「数十分後に自動停止して、それから、中身をすべてぶちまけるので」

「ぶちまけるのか!?」

「中身がちゃんとしてるか、誰でも確認できるようになってるので」

「誰でも確認できるだと!?」

「……お父さま!?」

「う、うううううううう」

「…………お、お父さま? 顔が真っ青なの。どうされたので!?」

「ち、違うぞ! 別に恥ずかしいものが収納されたわけではない。ほ、本当だ! 我の失敗でトールどのに面倒をかけては、火炎将軍の名折れだというだけだ──っ!!」

「た、確かに。家のことでトール・カナンさまに迷惑はかけられないので!」


 すでに完全武装のライゼンガと、耐火たいかよろいを身につけたアグニス。

 強敵に立ち向かう覚悟を決めた、ライゼンガ領の兵士たち。

 彼らの視線の先には、天にも届きそうな大竜巻がある。


 ついに、外に出てしまった『球体型・お掃除ロボット』の姿だった。


 止めなければいけない。

 魔石が切れて、奴が停止する前に。

 もしも奴が機能停止して、中に収納されているものをぶちまけられたら……大変なことになる。


 ライゼンガだけではない。

 アグニスも、兵士たちも、ないしょにしたいものを、『お掃除ロボット』に吸収されているのだ。




「ライゼンガ領の誇りのために!」

「トール・カナンさまに怒られないために!」

「「「突撃──っ!!」」」


「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」



 ──のちに『サイクロン戦記』として語り継がれる戦いの始まりだった。



 その後、魔王ルキエより『魔石は、用法用量を厳守げんしゅするように』という命令が出され──

 錬金術師トールの教育を受けた『魔王領ユーザーサポート部隊』が編成されることになるのだが、それはまた別の話なのだった。








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【お知らせです】


 書籍版「創造錬金術師は自由を謳歌する」の3巻は、ただいま発売中です!


 アグニスとトールと、建物の窓からこっそり顔を出しているソフィア皇女の表紙が目印です。BOOKWALKERさまで試し読みができますので (口絵の、メイベルとアグニスのドレス姿、ルキエのにゃんこパジャマ姿も見られます)ぜひ、読んでみてください!


 コミカライズ1巻の発売も近づいてきました。

 3月10日、次の木曜日の発売です!

 表紙は「近況ノート」にアップしています。


 連載版は「ヤングエースアップ」で読めますので、ぜひ、アクセスしてみてください!

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