第185話「第1回 魔王領『スマホモドキ』対策会議」

 ──トール視点──


『スマホモドキ』対策は着々と進んでいる。

 すでに魔王城の外には、立ち入り禁止の区画が作られて、『スマホモドキ』対策のための人材が集められている。

 城外の草原地帯には、数十人が集まっている。

 みんな、緊張した表情だ。


 相手は勇者世界のマジックアイテムだからね。

 魔王ルキエの指示で、厳重な警戒態勢を敷くことになったんだ。


 対策エリアの中央には、大きな天幕がある。

 そこが対策本部だ。

 中には『スマホモドキ』を収めた『簡易倉庫』が設置されている。

 俺とアグニスとケルヴさんは、ここで『スマホモドキ』の発動を待つことになる。


 その外側にはミノタウロスさんたちが作った石壁がある。

 スマホが暴走して、それを『簡易倉庫』が抑えきれなかったとき、影響を外に漏らさないようにするためのものだ。


 さらにその外側ではエルフの魔術部隊が陣を敷いている。

 万一のときは、彼らが全力で魔力障壁を展開し、『スマホモドキ』の影響を食い止めることになる。


 他にも、ミノタウロスの兵士さんたちが待機している。

 魔王城の城壁からも、常に『スマホモドキ』の天幕を見張っている。


 まさに、魔王領の全力を尽くした防御態勢だ。



「──あいては、勇者世界の『スマホモドキ』。だから、警戒は、ひつよう」

「──『スマホモドキ』の脅威から民を守るのは、我らエルフの努め!」

「──ミノタウロス部隊も、がんばる」

「──『三角コーン』も『飛び出しキッド』も手伝ってくれるのだ。恐れることはない!」


「「「「おおおおおおおおおおおっ!!」」」」



 ミノタウロスさんもエルフさんたちも、やる気十分だ。


 もちろん、中央の天幕のまわりには『三角コーン』と『飛び出しキッド』を配置してある。スマホモドキから魔獣が現れたとき、動きを封じるためだ。


 これで、今のところ考えられる対策は、すべてできたと思う。


 そうして俺とアグニス、ケルヴさんの解析チームも、活動を始めることになり──

 まずは、今後の方針を決めるため、会議を開くことになったのだった。






「それでは会議を始めましょう。トールどの。アグニスどの」


 ここは、対策エリアに設置された天幕。

 俺とアグニスとケルヴさんは、第1回『スマホモドキ』対策会議を開いていた。


「『スマホモドキ』が動き出すまで、あと2日半です。できることは多くありません。まずは、あれがどのような現象を引き起こすか、予測を立てるべきでしょう」


 そう言って、ケルヴさんは俺の方を見た。


「トールどのの方でも、いくつか予測はしているのですね?」

「はい。安全なものから危険なものまで、4つの予測を立てています」

「聞かせてください」

「承知しました。それでは、アグニスさん」

「は、はい」


 アグニスは、俺が預けておいた羊皮紙を広げた。

 そこには、箇条書きの文章が並んでいる。


「ひとつめの予測ですが……『スマホモドキ』によって『異世界のメッセージ』が表示される可能性があります。これは一番安全なものですね」


 俺は説明を始めた。


「召喚魔術によって、『ハード・クリーチャー』がこちらの世界に来ました。それで勇者世界は、ふたつの世界が繋がっていることを再確認したと思われます。だから『スマホモドキ』を送ってきたのでしょう。となると──」

「向こうからコンタクトを求めてくるかもしれない、と?」

「その通りです」

「ですが、言語的な問題はどうなのですか?」

「帝国は、勇者と接する機会も多く、彼らから言葉を学んでいる者もいました。ある程度は翻訳ほんやくできると思います」

「なるほど。勇者たちもそのことを知っているわけですからね」

「彼らは『スマホモドキ』を、帝国あてに送ったのかもしれません」

「その座標ざひょうがずれて魔王領に……ですか」

「召喚魔術や派遣魔術は不安定ですからね。あり得る話です」


 勇者がコンタクトを望んでいるだけなら、特に問題はない。

 それをどう扱うか、話し合って決めればいいだけだ。

 あとは好きなように『スマホモドキ』分解・解析できるだろう。


「第2の予測は勇者世界が、メッセージに別の情報を追加してくる可能性です」

羊皮紙ようひしには『トラップを仕込んだメッセージ』と書かれていますが、これは?」

「具体的なものを予想してみました。こちらをご覧ください」


 俺は手元にあった羊皮紙を、ケルヴさんに渡した。

 ケルヴさんはそれを見て、


「……魔法陣と呪文、説明文が書かれていますね。『勇者世界の魔術を伝授します。これを使えば、あっという間に最強魔術師に! わずか10分で1年分の修行効果』ですか」

「『通販カタログ』を参考に考えた文章です」

「……まぁ、予想ですから、これでよいでしょう」


 ケルヴさんは難しい表情で、うなずいた。


「トールどのは、勇者世界から魔術の情報が送られてくるとお考えなのですね?」

「はい。勇者世界の魔術の情報なら、誰もが飛びつきますから。特に、帝国の者は」

「それはわかります」

「もしも異世界のアイテムの情報だったら、俺が飛びつきます」

「それは自重してください」


 ケルヴさんは、こほん、と咳払せきばらいして、


「ですが、これのどこがトラップなのですか?」

「いえ、もしかしたら『この魔術を使うと強くなれる』といつわって『ハード・クリーチャーを勇者世界から呼び寄せる魔術』が送られてくるんじゃないかと思って」

「──え?」

「さっきも言ったように、勇者が教える魔術なら、帝国は飛びつきますよね?」

「そ、そうですね。帝国の者なら迷いなく、指示通りに魔術を使うでしょう」

「そうなった場合、勇者世界の者たちはこちらの世界に、『ハード・クリーチャー』を送り込めるわけです」

「「……あ」」


 おどろくケルヴさんとアグニスを見ながら、俺は続ける。


「勇者世界の一般人は『ハード・クリーチャー』のあつかいに困っています。だから、異世界に追放することを考えてるんじゃないかと。まぁ、あくまで一般人の話ですけど」


 俺たちは以前、勇者世界の『例の箱』──『耐火金庫』を見つけた。

 その中には『勇者世界ではハード・クリーチャー対策が行われている』と、書かれた文書があった。

 勇者世界には超絶の力を持つ者と、そうでない者がいるらしい。


 勇者は喜んで『ハード・クリーチャー』と戦ってるだろうけど、勇者じゃない者は対策に頭を痛めているらしい。

 だから対策として、こっちの世界に『ハード・クリーチャー』を追放しようとするんじゃないか、って思ったんだ。


 帝国の者たちはみんな『強さ』を求めている。

 勇者世界の魔術で強くなれると言われたら、誰だって飛びつく。

 本当に強くなれたら帝国での地位が上がるんだ。誘惑に耐えるのは無理だろう。


 大量の『スマホモドキ』で、『ハード・クリーチャー』を呼び寄せる魔術の情報をばらまいたら……なにも考えずに魔術を使う者もいる。そうすると『ハード・クリーチャー』がこちらに来て、勇者世界の『ハード・クリーチャー』は減ることになる。


 もちろん、考えすぎかもしれない。

 でも、そういうこともあり得るんじゃないか、って思ったんだ。


「しかし、それは不自然です。トールどの」


 ケルヴさんは首を横に振った。


「『ハード・クリーチャー』を送り込みたいなら、勇者世界から派遣魔術はけんまじゅつを使えばいいのではないですか? 現に彼らは『スマホモドキ』を送ってきているのですから」

「それは俺も考えました」


『スマホモドキ』を見つけてから、ずっと考えていた。

 あの『スマホモドキ』は、おそらく派遣魔術で送られてきたものだ。

 でも、派遣魔術が使えるなら、どうして勇者はこっちの世界に戻ってこないのか、って。


 魔王軍を倒したことで、勇者たちが満足したのだと思っていた。

 でも、勇者世界は『ハード・クリーチャー』を召喚した。

 勇者たちは、まだ、戦いを欲しているんだ。


 けれど、勇者たちがこっちの世界に戻ってきたという記録はない。

 つまり──


「勇者世界からこの世界には、小さいものしか送れないんじゃないでしょうか」


 俺は言った。


「世界の相性があるのだと、俺は考えているんです」

「相性?」

「こちらの世界から勇者世界への門は開ける。けれど、勇者世界からこちらの世界へは、狭い門しか開けない。勇者世界からは『ハード・クリーチャー』の世界への門を自由に開ける。だけど、この世界から『ハード・クリーチャー』の世界への門は開けない。俺はそういう仮説を立てているんです」

「……それは、あり得るかもしれません」


 ケルヴさんは考え込むように、額を押さえてる。


「召喚魔術と派遣魔術は、不安定なものです。だから勇者世界は、こちらの世界から門を開かせようとしている……と?」

「仮説ですけどね」

「目的は……勇者世界を守るためでしょうか?」

「それは仮説その1です」

「その2は?」

「勇者にあこがれる帝国の者たちに『ほらー。こんな強い魔獣を見つけたよ! お互いにこいつらと戦って、自分を高めようぜ!』と誘っているんじゃないかと」

「「あり得る!!」」

「ですよねー」


 俺とケルヴさん、アグニスはうなずきあう。


 だって、実際に帝国はこっちの世界に『ハード・クリーチャー』を召喚しちゃってるんだから。

 勇者世界の人たちが『あっちの世界の者たちも、戦いを望んでいるのか!』と考えても無理はないよね? 親切で、もっといい召喚方法を教えようとすることもあり得るよね?

 勇者は戦闘民族で、この世界の人間たちは、その勇者に憧れていたんだから。


「そんなわけで、第3の予測は『スマホモドキ』が、問答無用で『ハード・クリーチャー』が召喚するというものです」

「……え」

「いわゆる『遅延魔術ディレイ・マジック』ですね。勇者が『スマホモドキ』の中に召喚魔術を仕込んでおいて、十日後くらいに発動するように設定したと仮定します。そして、それを派遣魔術で、こちらの世界に送り込むというわけです」

「遅延魔術ですか……」

「勇者ですからしょうがないですね」

「勇者だからしょうがないので」

「……わ、わかりました。それで、トールどのの4番目の予測は……」


 ケルヴさんは羊皮紙をのぞき込む。

 最後に書いた俺の仮説を見て、目を見開いて、


「……あの。トールどの」

「申し訳ありません。具体的に予測できなかったんです」

「『爆発する』『なんかすごいことがおきる』……ですか?」


 うん。勇者世界だからね。

 俺の想像なんか、あっさり超えてくる可能性があるんだ。


 だから、予想外のことが起こる可能性を書いておいたんだ。

 今のところは、これが限界なんだけど──


「……トール・カナンさまも宰相閣下さいしょうかっかも、すごいので」


 そんなことを考えていたら、不意に、アグニスがつぶやいた。

 彼女は俺とケルヴさんを見て、目を輝かせてる。


「おふたりが話をしていると、わからなかったことが次々、明らかになっていくので。宰相閣下が疑問をていして、トール・カナンさまがそれに答えることで、どんな問題があるか……それをどう解決するべきなのかが、すごくよくわかるの」

「そうなんですか?」

「はぁ……? あ、あ、え? そ、そうなのですか……?」

「もしかしたらおふたりは、とても良いコンビなのかもしれないので……」


 確かに、そうかもしれない。

 俺の意見に対して、ケルヴさんは次々と質問してくれる。

 質問への答えを探すことで、俺も新たな解決策を見つけ出すことができる。

 ケルヴさんはそんなふうに、人を成長させてくれる存在なのかもしれない。


 さすが魔王領の宰相だ。チームに入ってもらってよかった。


「それで……トール・カナンさま。対策はどうするの?」


 アグニスは羊皮紙ようひしを見ながら、そんなことを言った。


「第1と第2は注意すればいいので。でも『ハード・クリーチャー』が直接やってきたら……」

「とりあえず『スマホモドキ』の周りを『三角コーン』で囲んでおこうと思います」

「なるほど! それなら『ハード・クリーチャー』も動きがにぶるので!」

「その隙に『スマホモドキ』が入ってる『簡易倉庫』に『メテオモドキ』を落とせばいいですよね」

「『ハード・クリーチャー』は『簡易倉庫』ごと、粉々になるので」

「仮に外に出てきたとしても、『メテオモドキ』は命中します。問題ありません」

「安心なので」


 俺とアグニスは手を握り合う。


 ただし、勇者世界が俺の予測を超えてくることはあり得る。

 その場合の対策も必要だ。

 それをケルヴさんにも相談しようと思ったんだけど……。


「宰相閣下。俺の対策について、ご意見をいただけますか?」

「……モンダイナイノデハナイデショウカ」


 あれ?

 なぜかケルヴさんが、うつろな目をしてる。

 疲れたように、天幕の支柱に寄りかかってるのは、どうしてだろう。

 なんだか、必死に呼吸を整えているように見えるけど……?


「トールどの」

「はい。宰相閣下」

「私は『毒をもって毒を制す』という言葉がよくわかりました。今回の件は、宰相として語り継ぐことにいたします」

「はい。宰相閣下」

「ただ……私とトールどのが良いコンビというのは……プレッシャーが大きすぎるので……そのような考えは、控えていただけれると…………」

「えっと。宰相閣下」

「なんでしょうか」

「どうして視線が泳いでるんですか?」

「気のせいです」

「天幕の支柱が傾いてませんか?」

錯覚さっかくです」

「そうなんですか?」

「そうです。それよりもトールどのの方で、他に意見はありますか?」

「はい。『スマホモドキ』が、こちらの予想を超えた動きをした場合、どう対策をするかなんですけど」

「……それは、難しいですね」


 ケルヴさんは額を押さえながら、そう言った。


「『三角コーン』『簡易倉庫』『メテオモドキ』を突破されたら……あとは物量で抑えるしかありません。そのために『スマホモドキ』がある天幕を石壁で囲み、兵士と魔術兵で陣を敷いているわけですから」

「そうなので。アグニスたちが全力を尽くすしかないので……」

「そこで提案です」


 俺はテーブルの上で、『通販カタログ』を広げた。


「宰相閣下の『毒をもって毒を制す』という言葉を聞いて思いつきました」

「だから私の言葉をヒントにするのはやめていただけませんか?」

「それはさておき『通販カタログ』の『スマホ対策グッズ』を利用するのはどうでしょうか。いわば『勇者をもって勇者を制す』ですけど」


『通販カタログ』には、スマホそのものは掲載されていない。

 だけど『スマホ対策グッズ』は存在するんだ。


「『スマホ対策グッズ』ですと!?」

「あの魔術具に対策が存在するので!?」

「最強の魔術具だからこそ、対策用のアイテムが存在するのだと思います」


 勇者世界は、強力な武器や魔術に対して、常に対策を用意していた。


 究極魔術『アルティメット・ヴィヴィッドライト』には『UVユーブイカットパラソル』が。

 勇者の超絶パワーに対しては、大地につなぎ止めるための『チェーンロック』が。

 それでも止められない勇者には、『三角コーン』や『飛び出しキッド』が。


 それぞれ、勇者を抑えるためのマジックアイテムが存在する。


 超絶の力を持つ世界だからこそ、抑止力が必要なんだ。

 だから、魔術具である『スマホ』の威力を弱めるためのアイテムも存在する。

 それが『スマホ対策グッズ』ということだ。


「ここに書かれています。『スマホを使うと、電磁波でんじはが発生しています。それを抑える必要があります』と」

電磁波でんじは、ですか?」

「雷──つまり、風の魔力のようなものなので?」

「波というからには、水の魔力との関わりも考えられます」


 どちらにしても、魔力だ。


 以前、俺は『通販カタログ』を参考に『魔力探知機』を作っている。

 あれは『電波探知機』が元になっている。

 電波は結局のところ、魔力と同質のものだった。

 ということは電磁波も、それに近いものなのかもしれない。


 『スマホ』が稼働かどうすると電磁波が発生するということは……魔術と同じ反応をしている、ということかな。

 魔術は発動前に、術者のまわりに魔力があふれ出す。

 その魔力を乱したり、消し去ったりすると、魔力の流れに乱れが生じる。

 結果として、魔術が失敗してしまう。


 これと同じだと考えると──電磁波というものをなんとかすれば、『スマホモドキ』の活動を妨害できるはずだ。


「そこで、電磁波について調べてみたんですけど、ここに電磁波対策用のシートや手袋があります。他にも、地面に魔力を流出させる『アース』というものが関係していて──」


『アース』とは、余分な魔力を地面に流してしまうものだ。

 勇者世界の大出力のマジックアイテムには必要なものらしい。


 勇者世界の『チェーンロック』だって、勇者を大地につなぎとめる『陸地アースロック』という機能を備えているからね。

 大地の力を借りて強大な力を抑えるのは、勇者世界の基本なのだろう。

 だとすれば、それを『スマホモドキ』や魔術にも応用できるはず。


 うまくいけば──



 これは『スマホモドキ』や……危険な魔術への切り札になるかもしれない。



 俺はそんなことを、アグニスとケルヴさんに説明したのだった。





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