第187話「『電磁波(仮)対策グッズ』を試す」

「勇者世界の『電磁波防止シート』を参考に作った素材が、こちらになります」


 俺は『超小型簡易倉庫』から2枚の布を取り出した。

 白と黒の1枚ずつ。

UVユーブイカットパラソル』を参考に作ったものだ。


「白い布と、黒い布ですか」

「あれ? 白い方は見覚えがあるので」

「もしや白い方は、『UVユーブイカットパラソル』の?」


 ケルヴさんとアグニスが目を見開く。

 ふたりとも、察しがいいな。


「そうです。白い布は『UVカットパラソル』に使っていた布の改良版です。黒い布は新たに、闇の魔術を防ぐために作りました」


『UVカットパラソル』は、勇者世界のアイテムで、光属性の究極魔術『アルティメット・ヴィヴィッドライト』を防ぐことができる。

 以前、俺もそのコピーを作った。

 その傘の素材になったのが、『光属性魔術』を防ぐ、三層構造の布だった。

 今回用意したのは、その改良版だ。


「ただ、残念ながら、打ち消せるのは低レベルのものだけですね。陛下が使うような高レベルの魔術は難しいと思います」

「いえ、『闇属性の魔術』を防御できるだけで、十分強力なのですが……」

「具体的な方法ですが、まずは『水の魔力』の『流れる』というイメージで『闇の魔術』の流れを逸らしています。勢いが弱まったところを『光の魔力』で打ち消す仕組みです。余った魔力は、編み込んでいる魔石が吸収するようになっています」

「……また奇妙なものを」

「トール・カナンさまは、これを『スマホモドキ』のために?」

「そうです。『スマホモドキ』が遅延魔術ディレイ・マジックを発動したときの対策用ですね」


 あれは異世界のアイテムだ。なにが起こっても不思議じゃない。

 いきなり召喚魔術を発動して、中から魔獣が『コンニチワー』という可能性だってあるんだ。


「だから俺は、あらゆる属性の魔術を防ぐアイテムを作ろうとしたんですけど……」

「お気持ちはわかりますが、あらゆる属性の魔術を防ぐのは無理だと思いますよ?」


 ケルヴさんは困ったような顔で、


「魔術には地・水・火・風の属性もあります。すべてに対応するのは、不可能に近いかと……」

「それはわかります」

「わかっていただけましたか」

「だから止めるんじゃなくて、魔力を変換して捨てるやり方を考えてみました」

「……え?」


 俺は『超小型簡易倉庫』から『健康増進ペンダント』を取り出した。

 以前、予備に作っておいたものだ。

 それをケルヴさんにも見えるように、机の上に置く。


「この『健康増進ペンダント』は、魔力を変換する能力を持っています」

「存じております。アグニスどのの『火の魔力』を変換して、身体強化に使っているのですね?」

「はい。『火の魔力』を、勇者世界の『木火土金水』の魔力に変えています。風属性がないですけど、色々と調べたら風属性は『木』の中に入っていました。これは『通販カタログ』の端っこにあった『風水パワーで運気上昇』のページに書かれてたんですけど」

「さすが勇者世界です」

「まったく、スキのない世界ですよね」


 俺とケルヴさんは顔を見合わせて、うなずいた。

 それからケルヴさんは、ふと、気づいたように、


「もしかしてトールどのは攻撃魔術を受け止めて、その魔力を身体強化に使おうと考えていらっしゃるのですか? 理屈はわかりますが……危険では?」

「いえ、さすがにそこまではやりません」

「そ、そうですよね。いくらトールどのでも……」

「『健康増進ペンダント』の身体強化は、使う魔力によっては、身体に合わないことがあるんです。自分自身の魔力を使えば、問題ないんですけど」

「なるほど。魔力にも相性はありますからね」

「魔石の魔力で身体強化をすると、すごい筋肉痛を起こします」

「そうだったのですか……」

「俺も数日間苦しみました」

「ん?」

「それはさておき、他人の魔力を身体強化に使うのは無理ですけど、変換して、流して捨てることはできると思うんです」

「……先ほどもおっしゃいましたね。変換して捨てる、と」

「はい。勇者世界には余分な魔力を地面に流す『アース』というものがあるんです」


 勇者世界の『アース』とは、余分な魔力を地面に流してしまうものらしい。

 そして地面に関わるアイテムいえば……以前作った『チェーンロック』がある。

 あれは地の魔力を利用して、細い鎖を地面に結びつけるものだ。

 つまり──


「魔術に使われている魔力を『木火土金水』の土……つまり地属性に変換して地面に流せば、魔術から魔力を奪うことができます。それで安全に魔術を無効化できるんじゃないかなー、と思ったんです」

「…………なんと」

「…………な、なんとなく、理屈はわかりますので」

「そこで用意したのが、この手袋になります」

「もう作ってあったのですか!?」「ので!?」


 もちろん。

『スマホモドキ』の発動まで時間がないからね。

 相談してからアイテムを作るより、アイテムを作ってから相談した方がいいよね?


「ご覧ください。宰相閣下さいしょうかっか、アグニスさん」


 俺は『超小型簡易倉庫』から、手袋を取り出した。

 白黒2色、縞模様しまもようの手袋だ。

 魔王城の服職人さんががんばってくれた。

 おかげで、光と闇、どちらの魔術にも対応できるようになったんだ。


 サイズはかなり大きい。鍋つかみくらいある。指は五本に分かれているけど。

 手首の部分には鎖がまきついてる。『チェーンロック』の鎖だ。


 さらに、手の甲と掌には『青竜せいりゅう白虎びゃっこ麒麟きりん朱雀すざく玄武げんぶ』が描かれている。

 5体の神獣が『健康増進ペンダント』と同じように、魔力変換をしてくれるようになってるんだ。


 そうして変換した魔力を、『チェーンロック』が地面に流す。

 接触した魔術から、魔力を奪う。それが『電磁波・魔力防止手袋』の能力だ。


──────────────────


電磁波でんじは魔力防止手袋まりょくぼうしてぶくろ

(通常属性:光光・闇闇・水水水水・風風)

(五行属性:木・木・土・金・水)

(レア度:★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★☆)


『UVカットパラソル』と同じ機能を備えた布で、光の魔術を減衰げんすいさせる。

 強い水属性で生み出した『流れ』によって『闇の魔力』を捕らえて、威力を減衰させる。

 余った魔力は、布の中に溶け込んだ『からっぽの魔石』に吸収される。


『健康増進ペンダント』と同じ『五行属性』により、『地水火風』の属性魔力を変換する。

 変換した魔力は『木火土金水』の『土』にして『チェーンロック』で地面に流す。

 勇者世界で使われている『アース』と同じ効果なので、とても安心。


 魔術を減衰げんすい、または無効化するための手袋。

 魔術を手づかみにして、打ち消すことができる



(※ ご注意ください)

 攻撃魔術をつかみ取るのは危険です。召喚魔術など、発生がゆるやかな魔術に使いましょう。

 攻撃魔術のつかみ取りに挑戦する場合は、自己責任でお願いします。


 物理破壊耐性:★★★★ (魔術では破壊できない)

 耐用年数:3年。


──────────────────


「……これは、とんでもないものなのではないでしょうか?」

「……全属性の魔術無効化って、すごすぎるので……」

「いえいえ、無効化できるのは、発生の遅い魔術だけです。高速で飛んでくる攻撃魔術とかに使うのは無理ですね。つかみ取るのに失敗したら危ないですから」


 これは、召喚魔術や儀式魔術などの、発動に時間がかかる魔術にしか使えない。

 でも、『スマホモドキ』対策には十分だ。


『スマホモドキ』は、いつ発動するかわかってるからね。

 カウントがゼロになって、怪しい動きをした瞬間、「えいっ」って、『電磁波・魔力防止手袋』でつかみ取ればいい。

 つまりこれは、今回に限って役に立つアイテムなんだ。


「まずは実験してみましょう。俺が手袋を着けますから、宰相閣下さいしょうかっかは魔術を──」


 ……って、あれ?

 アグニスがじっと俺の目を見てる。

 両手で俺の手を包み込んでるのは、どうして?


「……危ないので」

「いや、でも、アイテムを作った俺には責任が……」

「アグニスは魔王陛下から、メイベルがいない間、トール・カナンさまのお世話をするように言われているので」

「そうなの?」

「陛下からは『危ないことはさせないように』って言われてるので!」

「……でも」

「…………お願いします……トール・カナンさま」


 うるんだ目で俺を見るアグニス。

 そんな顔されたら逆らえない。

 ……しょうがないなぁ。


「お願いします。アグニスさん」

「はい! トール・カナンさま!」


 俺はアグニスに『電磁波・魔力防止手袋』を渡した。


「それじゃ宰相閣下。できるだけ安全な魔術を魔術を使っていただけますか?」

「は、はい。では『アイスピラー』はどうでしょうか」

「氷の柱を作り出す魔術ですね」

「最近、覚えたものです。飛んでいくわけではありませんから、安全だと思います。かなりの強度があることは、私が確認しております」

「はい。では、それでお願いします」

「承知しました」


 ケルヴさんは額を押さえながら、詠唱えいしょうを始める。


「地より出でよ! 氷の柱。『アイスピラー』!」



 ずんっ!



 天幕の地面から、氷の柱が現れた。

 直径は数十センチ。高さは2メートルくらい。

 魔力で作られた、頑丈がんじょうな氷の柱だ。


 アグニスは『電磁波・魔力防止手袋』を着けたまま、氷の柱に手を伸ばす。

 触れた瞬間──



 じゃきんっ!



 手袋から、鎖が地面に向かって伸びた。

『チェーンロック』の『陸地ロックモード』だ。

 そして──



 ぱきん。



 ケルヴさんが生み出した氷の柱が、砕け散った。


 手袋の表面に描かれた『青竜・朱雀・麒麟・白虎・玄武』が光ってる。

 神獣たちのレリーフは『アイスピラー』を生み出した水の魔力を、土の魔力に変換したんだ。

 その魔力は『チェーンロック』が地面を進む力に変換されて、消費された。

 だから、『アイスピラー』は魔力を失って、消えてしまったんだ。


「成功です」

「成功なので」

「あれほど頑丈がんじょうな『アイスピラー』が、こうも簡単に……」

「簡単ではないです。手袋が柱に触れてから砕けるまで、わずかな間がありました」


 その間は、0・5秒から1秒くらい。

 わずかな時間だけれど、攻撃魔術が相手なら、ダメージを受けるかもしれない。


「やっぱり、勇者世界の『スマホ対策グッズ』には敵いませんね……」

「それなら、『対魔術障壁』を組み合わせればいいので!」


 不意に、アグニスが、ぱん、と手を叩いた。


「『対魔術障壁』で魔術を防いで、手袋で魔術を打ち消せば、安全だと思うので」

「なるほど。その手がありましたか」


『対魔術障壁』は、半透明の壁を生み出して、魔術を受け止めることができる。

 それを発動してから『電磁波・魔力防止手袋』を使えば、二段構えの防御だ。

 安全に魔術を消去できるかもしれない。


「宰相閣下、試しに『対魔術障壁』を使ってくださいなので」

「は、はい。それでは……『対象魔術障壁』!」



 ふぉん。



 ケルヴさんの前に、半透明の壁が出現した。

 アグニスは手袋を着けた手を伸ばして、


「こうして『対魔術障壁』で、一度魔術を防げばいいので。そうして、別の人間が攻撃魔術に触れれば……」

「魔術を安全に打ち消せますね」

「さすがはライゼンガ将軍のご息女。なかなかの戦術眼せんじゅつがんです」


 俺とケルヴさんがうなずいた。

 アグニスはすごいな。独特の戦闘センスを持ってる。

 彼女が将軍になったら、魔王領も安泰あんたいだ。


 ……そっか、補助的に使えば『電磁波・魔力防止手袋』で攻撃魔術を防げるんだ。

 アグニスがやってるように、『対魔術障壁』の前に手を伸ばして、障壁で止めた魔術に触れれば、攻撃魔術を消せ──



 ぱきんっ。



『対魔術障壁』が砕け散った。


「……あれ?」

「……え?」

「……むむむ?」


 一瞬だった。

 手袋を着けたアグニスが、うっかり『対魔術障壁』に触れちゃったんだ。


「なるほど。『電磁波・魔力防止手袋』で『対魔術障壁』に触れるとこうなるんですね」


『対魔術障壁』も魔術だからね。

 魔術を打ち消す手袋で触れたら、解除されちゃうよな。


 やっぱり、実験って大事だ。

 もちろん俺がアイテムを作るときは、頭の中で『だいたいこんな効果になるはず』って予想はしてる。

 でも、実際に使うと、意外な効果が現れたりするものだ。今回みたいに。


 だから俺は、アグニスやケルヴさんが手伝ってくれることに感謝してる。

 予想外の効果がわかったのも、アグニスとケルヴさんのおかげ……って、あれ?


「どうして不思議なものを見るような顔をしてるんですか? ふたりとも」

「……トール・カナンさま」

「……トールどの」


 アグニスは自分が着けた手袋をじっと見てる。

 ケルヴさんは、額を押さえながら、


「トールどの。この手袋は『スマホモドキ』の暴走を止めるためのものですよね?」

「そうです。召喚魔術しょうかんまじゅつ儀式魔術ぎしきまじゅつを防ぐために」

「その目的は達成されていると思います」

「ありがとうございます」

「ところで、トールどの」

「はい。宰相閣下」

「この手袋は『対魔術障壁たいまじゅつしょうへき』を砕きました」

「『対魔術障壁』も魔術のひとつですからね。そうなりますね」

「わかります。『対魔術障壁』に使っている魔力を流出させて、障壁を崩壊させたのですね」

「そうなります」

「ということは、この手袋は、攻撃にも使えるということですね?」

「確かに、そうかもしれませんけど……」


『対魔術障壁』を砕くことができるなら、相手の防御をくずせる。

 動きの速い人に、敵方の『対魔術障壁』に触れればいいだけなんだから。

 相手の防御は丸裸になって、こっちは攻撃魔術を撃ち放題になる。

 だけど──


「難しいと思います。障壁を壊すには、手袋で触れないといけないわけですから」

「トールどの」

「はい。宰相閣下」

「この手袋を装着した者は、普通に魔術を使えるのですよね?」

「もちろんです。魔術消去効果があるのは、手袋の外側だけです。装着すると魔術が使えなくなるような手袋を作ったりはしません」

「となると手袋を装着した者は、魔術を撃ちながら、相手の魔術障壁を破壊できるのですね?」

「……あれ?」

「それはかなりの脅威きょういだと思いますよ……?」


 ケルヴさんは難しい顔をしてる。

 でも、すぐに苦笑いして、


「すみません。少し考え過ぎたようです」

「そうなんですか?」

「この手袋は魔力を流すために、地面に『チェーンロック』を伸ばすのでした。地面と繋がるのですから、装着者は動けなくなります。障壁を壊しに行くなど、できるわけがありませんね」

「いえ、地面と繋がった『チェーンロック』は、指一本で外せるようになってます」

「……え」

「宰相閣下のおっしゃる通り、魔術を消去したあとは『チェーンロック』が地面に繋がったままになります。それだと危ないので、指一本で外せるようにしました」

「し、しかし、その後は『チェーンロック』がなくなって、魔術消去ができないように……」

「手袋用の『チェーンロック』は予備があります。最短15秒で再装着できます」

「ほ、本当ですか?」

「自分が作るアイテムの弱点については、常に考えています。対策くらいしますよ」

「……そうなのですか」

「でも……今は『スマホモドキ』のことだけを考えるべきですね」


『電磁波・魔力防止手袋』を実戦に使うのは、まだまだ先の話だ。

 まずはあの『スマホモドキ』をなんとかしないと。

 あのマジックアイテムは未知数だ。なにが起こるかわからないからね。


 ──そんなことを、俺はケルヴさんとアグニスに話した。


「……わかりました。では、私はこの手袋について、魔王陛下に報告して参ります」

「お願いします」

「しばらく休憩きゅうけいといたしましょう。私も、頭を冷やすことにいたします」


 そう言って、ケルヴさんは天幕を出ていった。


「それじゃ、俺たちも一休みしましょう。アグニスさん」

「は、はい。それでは、アグニスがお茶を淹れます……って、冷めちゃってる」


 アグニスは机の上に置かれた、金属製のポットを手に取った。

 でも、中のお茶は冷めてるみたいだ。

 長話をしていたからね。しょうがないよね。


「兵士さんの天幕のあたりにかまどがあったと思います。温めて来ますよ」

「お待ちください。トール・カナンさま」


 アグニスが手を挙げた。

 不意に、彼女は服の襟元を広げる。肩と鎖骨のあたりをあらわにして、胸元に手を伸ばす。

 それからアグニスは、身につけていた『健康増進ペンダント』を、外した。


「アグニスさん?」

「最近『火の魔力』を操る訓練をしているので」


 アグニスは穏やかな笑みを浮かべて、そう言った。

 彼女は普段『健康増進ペンダント』で、強すぎる『火の魔力』を抑えてる。

 でも、操る訓練は続けているそうだ。


「だから、アグニスの炎で、お茶を温めてみせますので」

「わかりました。お願いします」


 アグニスが挑戦しようとしてるんだ。

 それを止める理由はないよね。


「やってみてください。アグニスさん」

「やってみますので!」


 アグニスが目を閉じる。

 額に汗が浮かんでいる。集中してるのが、わかる。


 やがて、ポットをつかむアグニスの両手から、ぼっ、と、炎が出た。

 それはゆっくりと、かまどの炎くらいのサイズで、燃え続ける。


 他に炎は出ていない。

 アグニスはちゃんと『火の魔力』をコントロールしてるみたいだ。


「すごいよアグニスさん! 『火の魔力』を操れるようになったんだね」

「ま、まだ練習中なので」

「そうなの?」

「それに、これは訓練に付き合ってくれた、メイベルのおかげなので」

「そっか。メイベルが手伝ってるんですね」

「はい。『トール・カナンさまのためにお茶を淹れたい』って言ったら、メイベルが協力してくれたので」

「なるほど」


 アグニスとメイベルは幼なじみだからね。

 きっと仲良く訓練をしてるんだろうな。


「俺も訓練に参加していいですか? なにかできることがあるかもしれませんから」

「そ、それは駄目なので!」

「……そうなんですか?」

「そ、そうなので」


 アグニスは真っ赤な顔で、俺を見た。


「訓練中は炎が暴走することもあるので、そ、それに……」

「それに?」

「『地の魔織布ましょくふ』の服を傷めないように、訓練中は、服を……えと、あの、あのあの……その……あのその……下着……あのあの…………ぜん、ぶ……」


 うるんだ目で、あさっての方向を向くアグニス。

 ポットを抱えたまま、座り込む……って、あれ?


「アグニスさん?」

「い、いえ。なんでもないので。変なこと想像しちゃっただけなので!」

「アグニスさん。落ち着いて!」

「だ、大丈夫なので。なんでもないので。いけないことを考えたりしてないので──っ!」



 ぼっ。



 アグニスの炎が強くなる。

 いつの間にかポットを包み込むくらいになって──


「てい」


 俺は『超小型簡易倉庫』から、予備の『電磁波・魔力防止手袋』を取り出した。

 それを両手に着けて、アグニスの肩に触れると──



 じゃきんっ!



 神獣の模様が輝いて、『チェーンロック』が地面に向かって伸びる。

 同時に、アグニスの炎が収まっていく。

 彼女の『火の魔力』を手袋が『土の魔力』に変換して、地面に流してくれたんだ。


「大丈夫ですか? アグニスさん」

「は、はい。びっくりさせてすみません……」


 アグニスはポットを地面に置いて、『健康増進ペンダント』を身につける。

 それから、ため息をついて、


「ま、まだまだ、未熟みたいなので……」

「ゆっくり練習していけばいいですよ」

「は、はい。それから……えっと」

「どうしました?」

「トール・カナンさま、ずっとアグニスの肩に触れた格好のままなの?」

「それは……」

「それは?」

「うっかり両手に『電磁波・魔力防止手袋』を着けちゃったからです」


 その状態で地面に『チェーンロック』を発射したから、腕が固定されてしまった。

 もちろん、下に引っ張られるようなことはない。

 だけど、『チェーンロック』を外すこともできない。指一本で外れるようにはしてあるけど、両手ともに動けなくなってるからね。ロック解除は不可能だ。

 しかもこの手袋は手首のところで縛るようになってるから、手をすぽっと抜くこともできない。意外な弱点だ。

 そっか……両手で『電磁波・魔力防止手袋』を使うと、自分では脱げなくなっちゃうのか。


「では、アグニスが外して差し上げるので」

「待ってください」

「え?」

「この状態のまま、改良方法を考えてみます」


 こういうトラブルは実戦でも起こりそうだ。

 その時、どういうはずし方をするのがいいか、考えてみよう。


「あ、でも、アグニスさんがお茶を温めてくれたんでしたね」

「ううん。それは気にしなくてもいいので」

「いえいえ、せっかく温めてくれたんですから」

「……じゃあ、アグニスが、トール・カナンさまにお茶を飲ませてあげます」


 アグニスは少しだけうつむいて、照れたように、


「べ、別に変な意味はないので。前にメイベルが、トール・カナンさまに『あーん』してあげたことがあるって聞いてるので。それで……」


 そういえば、そんなこともあったね。

 あの頃のメイベルは俺のお世話係だったから。

 で、今はアグニスが、俺の世話係に任命されてるから……別のいいのかな。


 それに、アグニスが温めてくれたお茶を無駄にしたくない。

 せっかく炎を操る練習をしたんだからね。

 そのせいで俺が動けなくなったことで、責任を感じさせたくもない。

 だから──


「……それじゃ、お願いします。アグニスさん」

「……は、はい。やってみますので!」


 こうして、俺はアグニスからお茶を飲ませてもらうことになり──

 その間に『電磁波・魔力防止手袋』の効率的な外し方を考えて──

 なんとかアイディアを思いついたんだけど──


 その後、


「……トールどの……アグニスどの。どうしておふたりとも、顔が真っ赤なのですか?」

「ちょっとした事故が」「ありましたので!」


 戻って来たケルヴさんからは、不思議そうな目で見られることになったのだった。


──────────────────



【お知らせです】


 コミック版「創造錬金術師は自由を謳歌する」が発売になりました!

 姫乃タカ先生によるコミカライズです。

 トールもメイベルも、ルキエもケルヴさんも、マンガの世界で活き活きと活躍してます。巻末には書き下ろしSSも載っています。

 書籍版とあわせて、コミック版「創造錬金術師」も、よろしくお願いします!


 連載版は「ヤングエースアップ」で掲載中です。ぜひ、アクセスしてみてください!



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