第188話「『スマホモドキ』が発動する」

 数日後。

 ついに『スマホモドキ』のカウントがゼロになる時がきた。


「……メイベルは間に合わなかったか」


 でも、これは仕方がない。

 いくらメイベルでも、『迷いの森』から素早く戻って来るのは無理だ。

 というか、むしろゆっくりと帰ってきて欲しい。急ぐと危ないから。


 とにかく『精神感応素材』でアイテムを作るのは後回しだ。

 今は、できる限りの対策をしよう。 


宰相閣下さいしょうかっか、アグニスさん。『スマホモドキ』のカウントが、残り60秒を切りました」


 俺は隣にいるケルヴさんとアグニスにうなずきかける。


「いよいよです。準備はいいですか?」

「問題ありません。いつでもどうぞ」

「アグニスも、準備はできていますので!」


 ここは、城の外にある草原。

 俺たちは『スマホモドキ』が入った天幕テントの前で、その時を待っていた。


 天幕の入り口は大きく開いている。中央に設置された『簡易倉庫』が見える。

『スマホモドキ』はその中だ。

『簡易倉庫』の収納空間しゅうのうくうかんが、『スマホモドキ』の被害を防ぐ、第一防御ということになる。


 天幕の外にも多くの守りを用意してある。

 もちろん、俺もケルヴさんもアグニスも『電磁波でんじは・魔力防止手袋』を装備済みだ。


 ちなみにルキエは、魔王城の玉座の間にいる。

 本人は現場に立ち会うと言ったけど、俺とケルヴさんが止めた。

 一国の王を、危険な目にわせるわけにはいかないからね。


 ルキエは今、玉座の間の窓際で、じっと俺たちを見守っているはずだ。


「『スマホモドキ』のカウントがゼロになるまで、あと10秒です!! 全員、対応の用意を!」


 ケルヴさんが『対魔術防壁』を展開する。

 俺も天幕に向けて『UVカットパラソル』を構える。


 残り時間は5秒、4、3、2、1……ゼロ。


 その時が来た。


「……さぁ来い。『スマホモドキ』」


 できるだけの対策はした。

 たとえ巨大な魔獣が現れたとしても、食い止めるくらいはできる。

 その間に、城の見張り台にいる魔術兵が『レーザーポインター』で魔獣を倒してくれるだろう。

 俺たちは覚悟して、起こりうる事態を見据みすえて──


 見据えて──


 みすえ──


 ……………………。


「「「あれ?」」」


 なにも起こらない?

 ……………………いや、違う。

 天幕の中から……音が聞こえる。



 トゥルルルルン。トゥルルルルンッ。

 


 呪文の詠唱えいしょうとは違う。規則的なメロディだ。

『スマホモドキ』が鳴らしているんだろうか?


「俺が見てきます。おふたりはここにいてください」

「アグニスはトール・カナンさまの護衛なので!」

「私も文官の長として、起きていることを、この目で確認する義務があります」


 俺とアグニスとケルヴさんはうなずきあう。

 そうして俺たちは、『簡易倉庫』の中に入った。


 収納空間では、大音量の音楽が流れていた。


「すごいな……『スマホモドキ』は音楽を演奏できるのか……」


 短いメロディだった。

 同じフレーズを、繰り返し鳴らしているみたいだ。


 さらに『スマホモドキ』の表面が、強い光を発している。

 細々としたものが表示されている。これは……文字かな。


「表示されているのは……勇者世界の文字ですね」


 俺はケルヴさんとアグニスにわかるように、そう言った。


 それから『電磁波・魔力防止手袋』を外す。

 なにが起きているのか、確認する必要があるからだ。


 アグニスとケルヴさんには「なにかあったら、手袋で『スマホモドキ』に触れてください」と頼んでから、浮かんでいる文字をのぞき込む。


 表示されているのは、やはり文章だった。

 その内容は──




『異世界の人へ。

 勇者と呼ばれた者たちの故郷から、メッセージを送ります。


 警告します。

 一部の過激派が、危険な情報を収めたスマホを、そちらの世界に送り込みました。

 犯人は捕らえましたが、2台のスマホが「派遣魔術はけんまじゅつ」で送られた後でした。


 彼らの目的は、そちらの世界に「ハード・クリーチャー」を捨てること。

 そちらの世界の人たちに「ハード・クリーチャー」を処理させることにあります。


 そのために、危険な魔術の情報を、そちらの世界に伝えようとしたのです。

 私たちはその魔術を「軍勢ノ技ぐんせいのわざ」と呼んでいます。勇者の──』



 ──文章はこれで終わり……いや、続きがありそうだ。

 読むにはどうすればいいんだろう?


『スマホモドキ』を振って……魔力を注いで……反応がないな。

 …………あ。なんだ、触れればいいのか。


 なるほど、勇者世界では、触れただけで文章を動かすことができるのか。

 すごいな。これなら小さな紙に、大量の情報を収められる。

 さすが勇者世界だ。ぜひ、この技術は真似しないと。


 それで、文章の続きは──




『勇者の子孫である私たちは、自分たちの力で「ハード・クリーチャー」に勝利するつもりです。

 奴らを異世界から呼び出したのは、この世界の人間ですから。

 責任を取るのも、この世界の人間でなければいけません。


 私があこがれている正義の味方ヒーローとは、そういうものです。

 仲間と協力して、巨大な敵を倒す。

 それこそが私が目指す、正義の味方なのです。

 勇者の子孫チームのリーダー『レッド』である私が、悪を見逃すわけにはいきません。


 繰り返し、警告します。

 スマホを見つけたら、破壊はかいしてください。

 怪しい文章を見つけたら、触れずに削除してください。

 それは釣りです。フィッシングと言われるものです。

 わからないときは、詳しい人か、ご家族に相談してください。


 私は、世界が平和になったあとで、異世界の人と出会えることを願っています。

 ご先祖さまの自慢話にある、不思議な異世界の人たちと。いつの日か。



 勇者の子孫より』




 文章はそこで終わっていた。

 あとはなにも起こらない。文章を上下に動かしたりできるだけだ。


 つまり、この『スマホモドキ』を送った人物の目的は、メッセージを送ること……ただ、それだけだったのか。


 ……すごいな。

 勇者世界の人は、俺たちにメッセージを伝えるために、ここまでしてくれたのか。


 しかも、『スマホモドキ』に時限装置をつけて、大音響が鳴るようにして、メッセージを見逃さないようにして。

 勇者の子孫の人──レッドさん (仮)は、そうまでして、俺たちにメッセージを伝えたかったんだね……。


「トール・カナンさま」

「『スマホモドキ』はどうなったのですか?」


 気づくと、アグニスとケルヴさんが側に来ていた。

 アグニスは俺をかばうように立ち、ケルヴさんは『対魔術障壁』を展開してる。


「安心してください」


 俺はふたりに向かって、言った。


「この『スマホモドキ』の目的は、俺たちに警告することだけだったようです」


 文章を読み終えると、『スマホモドキ』は音を鳴らすのを止めた。

 そのまま見ていると、光が、暗くなっていく。

 でも、指先で触れると、それに反応して文字を映し出す。

 必要ないときは暗くなることで、魔力消費を抑えているようだ。


 ……この技術も、なにかに使えそうだな。

 例えば、誰かが近づくと炎を吹き上げる『ファイアーウォール』とか、人の接近を感知して大音量を鳴らす『ロボット掃除機』とか作れないかな。無理かな……。


「勇者世界は一体、どのような警告を送ってきたのですか?」

「……爆発したり、魔獣を呼び出したりしないので?」

「このメッセージは、俺たちに警告するためのものでした。送ってくれたのは、親切な人みたいです。だから、爆発や、魔獣召喚はしないと思います」


 俺は言った。


「それで、メッセージの具体的な内容ですけど──」


 それから、俺はケルヴさんとアグニスに、メッセージの内容を伝えたのだった。





「──以上です。つまり『スマホモドキ』は、ただのメッセンジャーだったんです」


 俺は説明を終えた。

 ケルヴさんとアグニスは、聞き終わったあと、硬直こうちょくしてた。

 気持ちはわかる。

 いきなり勇者世界がコンタクトを取ってきたら、びっくりするよね。


 おそらく、向こうはこっちの世界との繋がりに気づいている。

 勇者世界からこの世界に『ハード・クリーチャー』が召喚されたことも知っているだろう。だからこそ、メッセージにある『過激な一派』は、こちらの世界に『スマホ』を送り込んだんだ。

 こちらの世界の人間に『ハード・クリーチャー』を召喚させるために。


 ということはやっぱり、向こうの世界からは『派遣魔術はけんまじゅつ』で大きなものは送れないのかな。

 ……そうだよな。

 大きなものが送れるなら、勇者世界の超絶攻撃マジックアイテムを送ってきてもおかしくないもんな。それに『過激な一派』が『ハード・クリーチャー』をこっちの世界に送ることもできるはずだ。

 そうしないということは、勇者世界からこっちへは、大きな門は開けないということだろう。

 世界同士の繋がりの相性とかがあるんだろうか。

 これも研究が必要だ。

 

「この『スマホモドキ』は安全なものでした。爆発はしません。巨大な魔獣を送り込んで来ることも、ないと思います。ここまで厳重な警備は必要なかったですね……」


 天幕の外では、エルフの魔術兵さんたちが遠巻きにしてる。

 みんな『対魔術防壁』を張って、こっちを警戒してる。


「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。俺の取り越し苦労だったようです」

「いいえ、この警戒は必要なものだったと思います」


 ケルヴさんは首を横に振った。


「この世界には他に2台の『スマホ』がこの世界に送り込まれているのでしょう? だとすると、我々は運良く、害のないものを引き当てただけということになります。他の2台を引き当てていた場合は、大きな被害が出ていたかもしれないのですから」

「……なるほど。確かに、そうかもしれません」

「『スマホには気をつけろ。よくわからない文章や絵に触れるな』──これを、今後の魔王領のモットーとするべきでしょう」

「同感です」

「今後は、危険な『スマホ』への対策もしなければなりません」


 真剣な表情でつぶやくケルヴさん。


「今回の防御態勢は、その訓練にもなりました。危険な『スマホ』を捜索するときにも、この『対スマホシフト』が役に立つでしょう」

「それに、警戒したおかげで『電磁波・魔力防止手袋』ができましたので」


 アグニスが手袋をつけたまま、うなずいた。


「これがあれば安全に、怪しい文章とスマホを削除できるので」

「ありがとうございます。宰相閣下、アグニスさん」


 2人の言うとおりだ。

 俺たちはこれから、他の2台の『スマホ』を探すことになる。

 そのための対策として『対スマホシフト』と『電磁波・魔力防止手袋』は重要だ。

 つまり……『スマホモドキ』への防御態勢は、必要なものだったってことかな。


「それにしても……他の2台の『スマホ』って、どこにあるんでしょう?」

「『ロボット掃除機』で探すことはできないのですか? この『スマホ』を手がかりに、他の2台の『スマホ』を……むむ。ややこしいですね」

「これは『正義のスマホ』で、他の2つは……悪意によって送り込まれていることから『カースド・スマホ』と呼ぶのはどうですか?」

「『呪われたカースドスマホ』ですか……確かに、その方がわかりやすいかもしれません」


 宰相ケルヴさんはうなずいた。


「承知しました。今後、魔王領では『カースド・スマホ』と呼称します。それでトールどの、『ロボット掃除機』や『魔力探知機』を探すことはできますか?」

「距離にもよりますね。近くにあれば、『魔力探知機』で探せるかもしれませんけど……」


『ロボット掃除機』は、地面に落ちてる残留物を頼りに、人間や魔獣を探すものだ。

 でも『カースド・スマホ』は、移動するものじゃない。

 落ちてきたものを誰かが持ち去れば、『カースド・スマホ』そのものの残留物は発生しない。

『魔力探知機』なら見つけ出せるかもしれないけれど、距離の制限がある。

 ……なかなか難しいな。


 ただ、手がかりはある。

 手元には『正義のスマホ』があるからだ。

『スマホ』同士で、居場所を突き止める機能があるかもしれない。


『スマホ』は小さなものだからね。

 戦闘時に落とすこともあるかもしれない。

 そんなときの対策も、勇者世界なら考えているはず。

 その機能を探し出せば、『カースド・スマホ』を見つけ出せるかもしれない。


 でも、それには時間がかかる。

 まずは、できることから始めよう。


「『カースド』探索について、提案があります」


 俺は言った。


「魔王陛下にお願いして、魔王領内に布告を出していただくのはどうでしょう? 『怪しいスマホを見つけても、決して触れないように。見つけたら報告するように』と」

「良案だと思います」


 ケルヴさんはうなずいた。


「ただ、『カースド・スマホ』が帝国領に落ちた可能性もあります。そちらの方は──」

「アグニスが、ソフィア殿下に相談します。警告を伝えますので」


 アグニスが手を挙げた。


 羽妖精たちに書状を届けてもらってもいいけど、事は重大だ。

 実際に『スマホモドキ』を見たアグニスに話をしてもらった方がいいよな。


「私も同感です。『ノーザの町』のソフィア殿下と『オマワリサン部隊』の協力も必要でしょう」

「ソフィア殿下に『スマホを拾ったら、オマワリサンに届けるように』という布告を出してもらうのはどうでしょうか」

「よいお考えです。トールどの」


『カースド・スマホ』が、問答無用で怪しい魔術を押しつけようとしてくるなら、かなり危険だ。

 まったく、勇者世界の人も、面倒なことをしたもんだ。

 世界を超えて、必要もない『カースド・スマホ』を送りつけて──

 それで利益を得ようとするなら『送りつけビジネス』とでも呼ぶべきだろう。


「それでは、対策を開始いたしましょう」


 宰相ケルヴさんが俺をアグニスを見て、宣言した。


「宰相として、この問題には全力を挙げて対処いたします。なにか必要なものがありましたら、宰相府まで来てください。すぐに手配をいたします」

「わかりました。それでは──」

「言葉が足りませんでした。『カースド・スマホ対策に必要なもの』です。限定です。錬金術に必要なものではありません。あくまでも『カースド・スマホ対策に必要なもの』ですからね」


 なんで2回言うんですか、宰相閣下。


「承知いたしました。宰相閣下」


 俺はケルヴさんに一礼して、席を立つ。


「俺は『スマホモドキ』と、メッセージが伝えてくれた危険な魔術……『軍勢ノ技ぐんぜいのわざ』というものについて調べてみます」

「わかりました。私は魔王陛下に報告に参ります」

「アグニスは急いで『ノーザの町』に行きますので」


 そうして、ケルヴさんとアグニスは立ち上がり、天幕を飛び出して行った。


 外にはエルフの魔術部隊の人たちがいる。

軍勢ノ技ぐんぜいのわざ』について、心当たりがないか聞いてみよう。


 それにしても……勇者世界ではなにが起こっているんだろう。

 本当は、こちらからもメッセージを送ってみたいけど……うかつなことはできないか。

 悪意ある過激派がいるみたいだからね。

 送ったメッセージやアイテムが、そいつらの手に渡ったら困るから。


 とにかく、急いで調査を始めよう。

 他の2台のスマホが、どこにあるのか。

 もうこれは魔王領だけの問題じゃない。もしかしたら──



 ──警告のために、帝都の人間と会う必要があるかもしれない。



 魔術部隊のエルフさんと話しながら、俺はそんなことを考えていたのだった。





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