第135話「『ノーザの町』の領主とお話をする」

「帝国の大公さまのご親戚しんせきが、ソフィア殿下の護衛に?」


 俺は少女ドロシーに訊ねる。

 目の前にいる少女はポニーテールを揺らしながら、笑顔で俺たちを見てる。


「大公さまの親戚と大公国の兵士たちが来たということは……『ノーザの町』は本当に、大公国の領地になったんですね」

「はい。皇帝陛下の決定が下り、『ノーザの町』の周辺は大公国の飛び地となりました」


 少女ドロシーは胸に手を当てて、一礼した。


「そして大公さまは、この地の統治をソフィア殿下にお願いすることとしたのです」

「だから帝国の大公さまは、町を守る部隊を増やすことにした。そして、身内の方を、ソフィア殿下の護衛につけることにした、ということですか……」

「ですね。わたくしがこの地に来たのは、自ら希望してのことでもあるのですが」

「ご自分での意志で?」

「わたくしは、自分をもっと高めたいのです」


 そう言って微笑む、少女ドロシー。


「ソフィア殿下はこの地でお身体をやし、能力を開花させました。カロンさまもこの地に来てから、両腕が使えるようになったと聞いています。国境のこの地には、人を覚醒かくせいさせる効果があるに違いありませんわ!」

「……そうなんですかー」


 そういえば大公カロンは帝都に戻る前、『しゅわしゅわ風呂』に入っていったな。

 それは魔王ルキエも許可してのことだけど……そっかー。そのせいで左腕が動くようになったのか。

 きっと筋肉がほぐれて、血行や魔力の流れが良くなったんだろうな。

 あの人、元々の体力も技術もすごいからな。そういうことがあってもおかしくないよな。


「それに……カロンさまは言っていました。帝国は歴史に残る過ちを犯した。それは錬金術師トールどのを他国へと渡してしまったことだと」


 ドロシーは、まっすぐに俺を見て、


「カロンさまが評価されているお方は、あなたとソフィア殿下です。そのお二方がいるこの地で、一流の方を参考にすることで、わたくしは自分を高めたいのです!」


 ……目がキラキラしてる。本当に向上心が高い人みたいだ。

 でも、悪い人じゃなさそうだ。

 帝国貴族とは違い、この人には、戦えない者への差別意識はないみたいだから。


「ドロシー・リースタンも帝国の大公さまも、俺を買いかぶっているようです」


 とりあえず、俺は肩をすくめてみせた。


「俺はただの研究好きの錬金術師です。一流には、ほど遠いです」


 一流とは、たぶん、勇者世界の『通販カタログ』を作った人のことを言うんだと思う。

 あれだけのマジックアイテムを研究し、取りそろえる技術力。

 的確な解説を加える文章力。

 どれも俺には、まだまだ手が届かないものだ。


「……一流だと言われても、正直、気恥ずかしいだけです」

「それでも構いません。わたくしは、ひとつの道をきわめようとする方を尊敬しているだけです」

「ひとつの道を、究めようとする方?」

「例えばカロンさまのように、純粋に剣の道をきわめようとする方ですわ。あなたさまも錬金術師として、道を究めようとしているのでしょう?」

「……そうですね。そんな感じです」


 俺は思わず、うなずいてた。

 ドロシーは俺の反応を見て、満足そうに、


「わたくしはそういう方のファンなのです。道を究めようとする一流の方を見ていれば、三流のわたくしも成長できるのではないかと……」


 ──そう言って、失言に気づいたかのように、口を押さえた。


 ……三流?

 いや、そんなまさか。大公カロンの縁者が弱いなんてことはありえない。

 あの大公カロンが、弱い人をソフィア皇女の護衛につけるわけがないんだから。

 それに──


「……このお方、隙がないので」


 アグニスは俺の隣で、緊張した顔をしてる。

 さっきからずっとだ。

 アグニスから見ても、ドロシーはかなりの手練れみたいだ。


「……おや、アイザック・オマワリサン・ミューラさまがいらっしゃいましたわね。ご挨拶をしなければ」


 不意にドロシーは、ふと、俺たちから視線を逸らして、つぶやいた。


「「……え?」」


 俺とアグニスは反射的に振り返る。

 アイザックさんが通りの角を曲がって、こっちに来るのが見えた。


「いらしていたのですな。魔王領の方々」


 アイザックさんは俺たちを見て、頭を下げた。

 そのアイザックさんに向かって、ドロシーはお辞儀を返す。


「申し訳ありません。アイザック部隊長。自己紹介をしたくて、つい、皆さまをお引き留めしてしまいましたわ」

「ドロシーどの……小官しょうかんにそこまで丁寧ていねいにしなくても」

「先輩に敬意を払うのは当然では?」

「小官は大公カロンどのを尊敬しているのです。その娘とも言えるお方にそのように言われると……とまどってしまいますな」


 それからアイザックさんは再び、俺たちの方を見て、


「小官からも紹介しよう。この方はドロシー・リースタンどのだ。今後はソフィア殿下の護衛として『レディ・オマワリサン部隊』を組織していただこうと考えている」

「『レディ・オマワリサン部隊』ですか。かっこいいですね」

「ドロシーどのはお若いが、素晴らしい戦闘能力をお持ちだ。小官ではその動きが捉えられ──」

「わたくしの能力について語るのは、別の機会にいたしません?」


 不意に、ドロシーがアイザックさんの言葉を止めた。

 丁寧だけど、有無を言わさない口調で。


 アイザックさんは、こほん、と咳払せきばらして、


「う、うむ。あまりソフィア殿下をお待たせするわけにはいきませんな」

「わたくしがお部屋までご案内いたします。どうぞ、こちらに」

「ありがとうございます」「お願いしますので」


 俺たちはドロシーの案内で、屋敷の中に入った。

 その途中で、俺は、


「アイザックさん、ひとつ聞いてもいいですか?」

「なんですかな? 錬金術師どの」

「異世界勇者が女性の姿をした守護精霊『オマワリサン』のことを、『フケイサン』と呼んでいたという説があるのをご存じですか?」

「なんと!?」

「役所の書庫で読んだ記録ですが、『オマワリサンにいいつけるぞ!』と発言した勇者の話とは別に、『オレは女性のオマワリサンが……フケイサンが好きだ!』と言い残した勇者がいたようなのです。あまり有名な話ではないのですが」

「そ、そんなことが!?」

「そんなわけですから、『レディ・オマワリサン部隊』に加えて、『フケイサン部隊』という名称も候補に入れてはどうでしょうか」

「わ、わかった! ソフィア殿下にご相談してみよう!」


 アイザックさんはうなずいた。

 ドロシーは……楽しそうに笑ってる。

『フケイサン』の情報を知ってたのかな。この表情を見ると、知っていて気づかないふりをしていたような気もする。


 この人は反応が読めない。

 うちの父親も含めて、帝国の人たちは自分の強さや能力を自慢する者が多いけど、この人は逆だ。自分の能力や知識を隠そうとしているようにも見える。

 ……不思議な人だな。


 そんなことを考えながら、俺たちはソフィア皇女の部屋へと向かったのだった。






「お呼びだてして申し訳ありません。トール・カナンさま。アグニス・フレイザッドさま」


 ソフィア皇女はそう言って、俺たちにお辞儀をした。


 ここは屋敷の2階にある、ソフィア皇女の部屋。

 いるのは俺とアグニスとソフィア皇女の3人。

 ドロシーは、俺たちを案内してすぐに、1階に戻っていった。


 窓から外を見ると……屋敷のすぐ前にドロシーと、女性の兵士たちがいた。

 あれがソフィア皇女の護衛を担当する『レディ・オマワリサン部隊 (仮)』かな。


「会談をお願いしたのには、いくつか理由があります」


 視線を戻すと──ソフィア皇女は椅子に座り、リラックスした表情だった。


「が……まずは領主になった事情をお伝えいたしましょう」


 そうしてソフィア皇女は、領主になったいきさつを話しはじめた。



 ──大公カロンが『魔獣討伐』の報酬として、領地の加増を望んだこと。

 ──その場所に、『ノーザの町』と周辺地域を選んだこと。

 ──しかし、この地は大公国からは距離があり、直接統治が難しいこと。

 ──だから大公カロンは、ソフィア皇女に領地を任せると決めたこと。

 ──結果として『大公国は皇帝一族に領地を差し出した』という扱いになるため、皇帝も高官会議も大公カロンの依頼を断れなかったこと。



 ──そんなことを。


「大公さまは、魔王領との友好関係を大切にされているようです」


 ソフィア皇女は真面目な顔で、そう言った。


「そのためには、私がこの地の領主になった方がいいとお考えなのでしょう。私は魔王陛下と会談した経験もありますし、トール・カナンさまやアグニスさま、羽妖精の皆さまとも連絡を取ることができますから」

「俺も、殿下が領主になって良かったと思います」

「そうですか?」

「これで殿下は、ご自分の考えで動けるようになったわけですから」


 俺は言った。


「大公国は半自治を与えられてると聞いています。だったら、ソフィア殿下は帝都の意向にかかわらず、自由に移動したり、方針を決めたりできますよね。トラブルがあったら、大公国が間に立ってくれるわけですから」


 ソフィア皇女はずっと、帝国の都合で離宮に閉じ込められていたと聞いている。


 その後、無理矢理『ノーザの町』に送り込まれたけれど、身体が弱いせいで自由に動くことができなかった。部隊のトップではあるけれど、命令権もなく、兵を動かすこともできなかった。


 でも今は、アイザックさんも配下の部隊も、ソフィア皇女に従っている。

 それに加えて、これからは大公カロンが後ろ盾につくことになる。


 帝国は、ソフィア皇女を操ることは難しくなった。

 領主になったソフィア皇女は、自分の意志ですべてを決めることができるんだ。


「──ということですよね?」


 そんな感じで、俺は話をまとめた。

 アグニスは俺の隣の椅子に座り、納得したようにうなずいてる。


「はい。トール・カナンさまのおっしゃる通りです」


 ソフィア皇女も、そう言って笑ってくれた。


「だからこそ大公カロンさまは、ドロシーさまを私の護衛としてくれたのでしょう」

「ソフィア殿下の、絶対の味方となるようにですね」

「そうです。ドロシーさまたちは私と、大公国からの命令を優先いたします。仮に帝都から、なにか命令が出たとしても、私の味方になってくれるはずです」


 そっか。

 これで、俺も少しだけ安心できる。

 帝都がなにか理不尽なことを言ってきたら、ソフィア皇女を亡命させようと思ってたからね。

 一応あとで、『亡命セット』は渡しておくつもりだけど。


「……ただ、まだドロシーさまとは、少し距離があるようなのです。本当はもっと近くに来ていただいて、仲良くなりたいのですけれど」


 ふと、ソフィア皇女は首をかしげた。


「責任感のある方ですから、護衛としての立場を考えているのかもしれませんが……」

「皇女殿下が相手ということで、緊張してるんじゃないでしょうか?」

「いえ、ドロシーさまは次期大公さまの妹君でいらっしゃいます」

「……え?」

「大公カロンさまは、遠縁から養子を取られたのです。その方が次期大公となるのですが、ドロシーさまはその方の妹君なのです」

「となると……高位の貴族と同じ扱い、ということですか」

「大公国の中だけなら、領主の私より上ですね」

「そういう人だったんですね……」


 大公カロンがこの地を重要だと思ってることがわかるな。

 進んで護衛を引き受けた、ドロシーも同じ考えだろう。

 でも、そうなるとあの人の「自分を高めたい」「三流のわたくし」という言葉は意味がわからないんだけど……。

 俺よりずっと地位は上で、戦闘能力も高いはずなんだけどな。


「……ドロシーさんたちはまだ、この地に来たばかりです。もう少し落ち着けば、おふたりとも仲良くなれるんじゃないでしょうか」

「そうですね。私も、そう願っております」


 ソフィア皇女はうなずいて、アグニスの方を見た。


「だって私は、アグニスさまとも、こうして仲良くなれたのですから」

「え!? あ、はい」


 突然話を振られたアグニスが、勢いよくうなずく。


「ア、アグニスも……ソフィア殿下のことは、友だちのように思ってるので……」

「うれしいことを言ってくださいますね」


 ソフィア皇女はアグニスの手を取った。


「これからも仲良くしてくださいね。アグニスさま」

「は、はい。よろしくお願いしますので」

「はい。なんでも素直に言い合える仲でいましょうね」


 見つめ合うソフィア皇女とアグニス。

 なんだか、まぶしい光景だった。


 ソフィア皇女は帝都の離宮に閉じ込められていたし、アグニスもずっと、鎧を着たまま、人と触れ合うことができなかった。

 似たような立場だから、気が合うんだろうな。


「そうそう、領主として、魔王領の皆さまにご相談したいことがあったのでした」


 不意に、ソフィア皇女は、ぽん、と手を叩いた。


「いけませんね。こちらが本題だったのですが……おふたりと話すのが楽しすぎて、つい、後回しにしてしてしまいました」


 それからソフィア皇女は、羊皮紙ようひしの束を取り出した。

 人の名前と、町や村の名前が書かれていて、その下には長い文章がある。


「実は、国境の交易所の規模を、もう少し大きくして欲しいという希望が来ているのです」

「交易所を?」


 交易所とは、国境の森の近くに作られた施設だ。

 広い草原に、商売のための天幕が張られていて、商売をしたい者は自由に商品を持ち込めるようになっている。

 ただし、市場が開くのは7日に1回くらい。

 参加できる者は、『ノーザの町』の住人か、その紹介を受けた者と決まっている。


「……とりあえず、話は魔王陛下にお伝えします」


 俺は少し考えてから、答えた。


「でも、参考までにうかがいます。それは殿下が領主になられたことと関係しているのですか?」

「はい。周辺の町や村より要望書が来ているのです。『自分たちも、国境地帯の交易所に参加したい』と。交易所では魔王領の珍しい産物も手に入りますし、治安も良いですから」


 そこまで言って、ソフィア皇女はため息をついた。


「ですが、人が多くなれば、よからぬ者が入りこむこともありましょう。人の誘導や治安維持ちあんいじ──それらに人員を割かなければならなくなります。そこで、トール・カナンさまとアグニスさまのご意見をお聞きしたかったのです」

「そうですね。確かに、規模が大きくなると、色々な問題が発生すると思います」


 俺は答えた。


「金銭的トラブルも発生するでしょう。そうなると……警備の人数を増やさなければいけなくなりますね」


 交易所の警備は、ライゼンガ領の人たちが担当している。

 普段は休憩所の管理くらいだけれど、市場が開く人は、かなりの数の兵士さんが来ているはずだ。

 市場の規模を大きくするとなると……トラブルも増えるだろう。

 そうすると、将軍はより多くの人員を出さなければいけなくなる。


 でも逆に、今度はそれが原因で、トラブルが起こるかもしれない。

『ノーザの町』の住人のように、魔王領に親しみを持っている人たちばかりじゃないからだ。

 ……なかなか、難しいところだ。

 人員を増やさずに、トラブルを減らす方法があればいいんだけど……。


「アグニスさまのご意見はいかがですか?」

「やっぱり……すぐに決めるのは無理だと思うので」


 不意に、アグニスが言った。


「現在は、小規模で行うことで交易所を維持しているので。これに周囲の村や町が加わるとなると……トラブルが増える可能性があるので。人員の数や配置、商売をするための天幕テントの位置なども考え直さなければいけないです。かなり大がかりになると思うので……」

「ただ、メリットはあるね。魔王領にとっては、商売の相手が増えるわけだから」

「そうなので。治安の問題が解決すれば、進めるべきなので」


 アグニスは難しい顔だ。

 やっぱり、人が増えるとなると、様々な問題が生まれる。

 人の誘導。立ち入り禁止区画の警備。不審者の排除。商売のトラブルの解決。

 ライゼンガ将軍や、文官の長であるケルヴさんの負担も大きくなる。

 今日か明日に決定、というわけにはいかないよな。いい話ではあるんだけど。


「ソフィア殿下の提案は持ち帰って、魔王陛下や宰相閣下のご裁可さいかをあおぐことにしたいので」


 そう言って、アグニスは話をまとめた。


「わかりました。前向きに検討していただればうれしいです」


 ソフィア皇女は納得した顔だ。

 彼女も、この場で決まると思ってなかったんだろうな。


「私からも、魔王陛下とライゼンガ将軍あてに書状を書きましょう。届けていただけますか?」

「もちろん。ライゼンガ領としては、前向きに検討したいと思うので」

「ありがとうございます。それと……アグニスさま」

「はい。ソフィア殿下」

「……トール・カナンさまと、なにかあったのですか?」

「「え?」」

「いつもより、おふたりの距離が近いように感じるのですが……」


 いや……いつも通りだと思うけど。


 俺は椅子に座ったまま、隣のアグニスを見る。

 ドレス姿のアグニスは……俺が彼女に視線を向けるのと同時に、俺の方を見る。

 ふたりで互いに視線を合わせて、いつもと違うところを探す。

 で、見つからなくて、俺とアグニスは首を横に振る。

 強いて言えば、いつもより少しだけ、椅子の位置が近づいてるくらい。

 でも、それも誤差の範囲……なんだけど。


「「特に変わったところはないと思います」」

「息がすごく合っておりますね」

「……そうでしょうか?」

「私は……帝都にいたころは、離宮に閉じ込められておりました」


 ソフィア皇女は、遠い目をして、そう言った。


「その前には皇宮におりましたが、病弱な私に目をくれる者はほとんどおりませんでした。ですので、出会う機会が少ない分だけ、人の様子をよく見るようになりました。そのせいで、人間観察には自信があるのですよ?」

「殿下には、今の俺とアグニスがどう見えるんですか?」

「明確なきずなを手に入れたように見えます」

「「──!?」」


 思わず俺とアグニスは顔を見合わせた。

 そんな俺たちを見て、ソフィア皇女は優しい笑顔で、


「私はアグニスさまと、なんでも素直に言い合える仲でいたいと思っております」


 ソフィア皇女は、さっきと同じ言葉を口にした。

 というか、ずっと俺とアグニスの距離感に気づいてて、そのために『素直に言い合える仲』って先に言っておいたんじゃないだろうか……?

 ……さすがソフィア皇女だ。すごいな。


「もちろん、気のせいかもしれませんし、詳しいことはお聞きしません。ただ……私としては、トール・カナンさまのよろこびそうなものを差し上げることで、独自の絆を深めることにしたいのです」

「そんなことしなくても、ソフィア殿下も俺にとっては大切で──」

「差し上げたいのは勇者時代の古文書なのですが」

「──ぜひ拝見させてください」

「……あの、トールさま?」


 アグニスが俺の袖を引っ張ってる。

 でも、だって勇者時代の古文書だよ? 『通販カタログ』と同時代のものだよ?

 そんなの、見たいに決まってるじゃないか。


「こちらになります。どうぞ」


 そう言ってソフィア皇女は、一枚の紙を、テーブルの上に置いた。


『通販カタログ』よりも保存状態が悪い。

 印刷は一部かすれて、読み取れない部分もある。

 でも、『通販カタログ』と同じ文字が使われてるのがわかる。


 間違いない。これは勇者世界のものだ。


「これは、大公国で見つかったものだそうです」


 ソフィア皇女は俺の反応を見て、満足そうにうなずいた。


「大公国の研究者でも解読することができずに、ずっと保管しておいたとのことです。ですが、トール・カナンさまなら活用できるのではないかと、大公さまが」

「わざわざ送ってくれたんですか」

「『魔獣討伐』でお世話になったお礼だそうです。勇者世界について研究されているトール・カナンさまなら、これが読めるのではないでしょうか」

「……そうですね。解読できるかと思います」


 そういえばソフィア皇女には、俺が勇者世界の文字を読めるって教えてなかった。

 彼女のことだから、なんとなく察していたのかもしれないけど。


「ただ、これを差し上げるにあたり、ひとつお願いがございます」

「お願いですか?」

「私の近くで……これがどんなものなのか、読み上げていただきたいのです」


 ソフィア皇女は緊張した顔で、そう言った。


 ……なるほど。

 これは、古文書を送った大公カロンの考えかな。


 勇者世界の知識を俺──つまり、魔王領だけに渡すわけにはいかない。

 ソフィア皇女の隣で読み上げさせることで、彼女にも情報が伝わるようにしようと考えているんだろうな。


 ソフィア皇女は信用できる。

 彼女になら、古文書の内容を伝えても構わないだろう。

 あまりに危険なものだったら、途中で読むのをやめればいいだけだから。


「わかりました。では、殿下も一緒に、内容を聞いてください」

「は、はい!」


 ソフィア皇女は勢いよく立ち上がった。

 ずりずり、と椅子を引きずって、俺の隣に……って、あれ? 別に椅子を密着させなくてもいいよね? 身体、くっついてるけど。薄手のドレスから体温が伝わってくるんだけど……。


「……失礼いたしますので」


 こつん。


 気づくと、アグニスも椅子を密着させてた。

 ……うん。いいんだけどね。


 それより古文書の解読を始めよう。『通販カタログ』とは別のものとなれば、俺には読み取れない内容も含まれているかもしれない。

 ソフィア皇女やアグニスの知識が役に立つはずだ。


 それに、これは直感だけど。

 この古文書の内容が、交易を拡大するのに役に立つ……そんな気もするんだ。


 だって、古文書の写真には、人を足止めするものや、車輪のついたものの流れを制御するものが写っている。どれも、この世界では見たこともないものばかりだ。

 うまく使えば、交易所の治安維持に使えるかもしれない。


「それでは、読み上げてくださいませ。トール・カナンさま」

「お願いいたしますので!」


 ソフィア皇女とアグニスは真剣な目で俺を見てる。

 俺はゆっくりと、古文書を読み上げていく。

 この古文書の一番上、最も大きく書かれている文章から。


「古文書には、こう書かれています。『町内──安全な地域生活のために』と」

「『安全な地域生活』のために?」

「もしかして、町や村の治安に関する情報なので!?」


 ふたりの言葉に、俺はうなずく。


「そうだね。これは勇者世界で人が安全に行動できるように、人々や馬車の流れをコントロールする方法と──それに関わるマジックアイテムについての古文書だ」


 アグニスとソフィア皇女に説明しながら、俺は解読を続けていくのだった。







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