第134話「『ノーザの町』の領主に会いに行く」

「それと……重要ではない方の案件として『ノーザの町』と周辺地域の領主に任命されました』とあるな」


 魔王ルキエは羊皮紙を手に、話を続けた。


「え? ソフィア皇女が……領主に?」

「そうじゃ。正確には『ノーザの町が大公カロンの領地となったので、その一部を預けられた』らしい」


 俺の問いに、ルキエはうなずいた。


「じゃが、詳しい事情は書いておらぬ。ゆえに、トールに話を聞いてきて欲しいのじゃ」


 ソフィア皇女が『ノーザの町』の領主になったのか。

 正直、びっくりした。

 確かにソフィア皇女には能力も人望もあるから、領主になってもおかしくない。帝国が戦う以外の能力を評価して、人材を配置できる国なら。

 でも、帝国はそういう国じゃない。


 となると、これには恐らく、大公カロンが関わってる。

 あの人はソフィア皇女の味方だけど、帝国の大公でもあるからな。

 ソフィア皇女を守るために、そして、彼女という人材を帝国にとどめておくために、手を打ったのかもしれない。


「ソフィア皇女との会談の件、了解いたしました」


 俺は魔王ルキエに頭を下げた。


「これより俺は『ノーザの町』へ向かい、重要案件について聞いてまいります」

「頼む。ソフィア皇女はよき隣人であり、『ノーザの町』は最も近くにある人間の町じゃ。どちらの情報も重要じゃからな」

「承知いたしました。ただ、あまり深刻な話ではないような気がしています」


 俺は言った。


「悪い話や緊急事態なら、ソフィア皇女は羽妖精さん経由で情報を伝えてくるでしょう。それがないということは、重要だけれど、深刻な話ではないのだと思います」

「そうじゃな。余も同感じゃ」

「会談には魔王領の代表者の方も同席するんですよね?」

「アグニスに立ち会ってもらう」

「そして、魔王領の代表者が立ち会うということは、これはソフィア皇女と魔王領の代表による、正式な会談ということになります」


 宰相ケルヴさんは言った。


「ソフィア皇女は正式な会談の場で、重要な案件を伝えたいのでしょう」

「情報の内容について、ケルヴはどのように考えておる?」

「国境地帯で新たな魔獣の情報が入ったか、ふたたび大公カロンかリアナ皇女が国境地帯に来られることになったか、あるいは、帝国兵の動きがあったか……このあたりですね」

「なるほど。それならば公式の会談とするのもわかる」


 魔王スタイルのルキエはうなずいた。


「トールと話をするだけならば、交易所の浴室を使うじゃろうからな」

「同感です」

「『しゅわしゅわ風呂』の隠し部屋じゃな」

「……そうですね」

「帝国の皇女が風呂に入るたびに隠し部屋を覗いているとは……おどろきじゃ」


 ルキエと宰相ケルヴさんは、じーっと俺の方を見てる。

 ふたりとも『ウォーターサモナー』のレポートを読んだんだね……。


 匿名希望S皇女は感動のあまり、『しゅわしゅわ風呂』について熱く語っちゃってたからなぁ。

 彼女がお風呂に入るたびに隠し部屋をのぞいてるというのは、俺も初耳だけど。


「では、錬金術師トール・カナンに命じる」


 ルキエは空気を変えようとするみたいに、咳払せきばらいをして──


「護衛をつけるゆえ、お主はメイベルと共にライゼンガ領に向かうがよい。その後、アグニスと合流し、『ノーザの町』でソフィア皇女と会談せよ」

「承知いたしました」


 俺は膝をついたまま、答える。


「アグニスと共にソフィア皇女と会談し、彼女から詳しい話を聞いて参ります」

「うむ。頼んだぞ。トールよ」

「よろしくお願いいたします。トールどの」


 こうして俺は『ノーザの町』まで、短い旅をすることになったのだった。






「というわけで、メイベルの『変形式「防犯ブザー」兼「ドライヤー」兼「水霊石のペンダントカバー」』の完成は、もうちょっと先になりそうなんだ。ごめんね」

「い、いえいえ! 急がなくてもいいのですよ。トールさま」


 その日の午後。

 俺とメイベルは、部屋で旅の準備をしていた。

 といっても、必要なものを片っ端から『超小型簡易倉庫』に詰め込むだけだから、手間はかからない。『簡易倉庫』系のアイテムは、家財道具をほぼ一式持ち歩けるから。


 だけど旅の間は、錬金術をやる時間も減ってしまう。

 本当は長時間かけて、メイベル用のアイテムを作りたかったんだけど。


 あのアイテムは『虹色の魔石』を使う、貴重なものだ。失敗はできない。

 作る手順は決まったけれど、作業は落ち着いた環境でやりたい。

 だから、作るのは帰ってきてからだ。


「トールさまには、陛下から託された重要なお仕事があるのですから、そちらを優先されるのは当然のことです」

「でも、メイベルのことだって大切だから」

「ふぇっ!?」

「婚約者を守るためのアイテムを作るんだからね。俺にとっては、陛下の使命と同じくらい重要だよ。当たり前じゃないか」

「で、でも、すでにトールさまからは、『防犯ブザー』と『ドライヤー』を、それぞれ頂いているのですが……」

「メイベルを守るためには、それじゃ足りない」


 がしっ。


 俺はメイベルの両肩に手を乗せた。

 わかってないみたいだから、じっと彼女の目を見て、言い聞かせる。


「確かに『防犯ブザー』と『ドライヤー』は強力なアイテムだよ。でも、両方とも、メイベルの手を離れているときだってあるよね?」

「ト、トールさま……ま、間近で見つめられると……あわわ」

「本当はメイベルのペンダントには、ビームを出す機構をつけたかったんだ。でも、それだと誤作動したときに危険だから、『防犯ブザー』と『ドライヤー』にしたんだよ。『ドライヤー』には安全装置をつけられるし、メイベルの髪を整えるという、重要な役目もあるから」

「……ト、トールさま」

「とにかく、メイベルを守るのは、俺にとって重要事項だってことだよ」

「あ、ありがとうございます……トールさま」

「うん。できれば、今回の旅では、メイベルには魔王城に残って欲しいくらいで──」

「……今、なんとおっしゃいましたか?」


 がしっ。


 いきなりだった。

 今度はメイベルが、俺の両肩に手を乗せていた。


「私がお城に残るなんてありえません。私はトールさまのお世話係で婚約者なのですから。それに、旅の間に、私にもできることはあるはずです」

「確かにルキエさからは『しゅわしゅわ風呂の隠し部屋に入るときはメイベルを連れて行くと約束せよ』と言われてるけど……」

「そういうことではありません。私はトールさまの側にいて、お世話をすることが生きがいなのです」


 じーっと俺を見つめたまま、つぶやくメイベル。


「トールさまが私を守ろうとしてくださるように、私もトールさまの役に立ちたいのです。けれど……私はトールさまのように、マジックアイテムを作ることはできません。だから、この身を持って、お側でお世話したいのです」

「……メイベル」

「それに、トールさまの健康問題もあります。トールさまをおひとりにしておくと、すぐに食事や睡眠を取らずに、錬金術ばっかりしそうですので」

「俺、そんなに生活能力がないように見えるかな」

「…………」

「なんで無言で優しい笑みを浮かべるの?」

「あ、もうすぐ3時ですね。おやつにいたしましょう」

「あの、メイベル、返事は?」

「そうそう、厨房係ちゅうぼうかかりさんが新しいメニューを開発したそうですよ。果実を練り込んだパンケーキです。『ウォーターサモナー』のおかげで仕事が楽になったお礼に、トールさまに作ってくださるっておっしゃってました」

「う、うん」

「すぐに厨房に行ってもらってきますね。トールさまは、休んでいてください」

「わかった。それと、生活能力の話だけど」

「はい、トールさま」

「俺は生活能力があるからね? 帝国にいた頃は、宿舎で一人暮らししてたからね。普通に食事も取ってたし、掃除もしてたからね」

「そうなのですか?」

「うん。帝都では、錬金術を使う機会が少なくて、時間が余ってたから」

「……そうだったのですね」

「そうだったんだよ。余った時間は倉庫整理や、役所の書庫で史書なんかも読んでたけど……部屋に戻ると、することがなかったんだ」

「トールさま……帝都では、そのような生活をされていたのですね」

「い、いや、別に深刻な顔をしなくてもいいよ?」

「そうですか?」

「そうだよ。今は魔王領で楽しく暮らしてるんですから」

「具体的におっしゃっていただけるとうれしいです」

「それはもちろん、錬金術をたくさん使える楽しい生活だよ。メイベルと話したり、ルキエさまと会ったりと、本当に充実してる。夜はやっぱり錬金術の研究や実験を繰り返してるし、毎日、時間が足りないくらいで──」


 ……あ、しまった。

 メイベルが「やっぱり」って顔でうなずいてる。

 言質取られた。


「トールさま」

誘導尋問ゆうどうじんもんは反則じゃないかな?」

「家族で婚約者の私には、トールさまの健康を維持する必要がありますから」


 メイベルは、俺の手を取り、瞳を輝かせて──そう言った。


「トールさまになにかあったら、アグニスさまやソフィア殿下──他の婚約者の方に申し訳が立ちません。私は婚約者の中でも『トールさまの健康維持担当』なのですから」

「いつの間にか役割分担されてる!?」

「ちなみにアグニスさまは『トールさまの護衛担当』だそうです」

「しかも理にかなってる……」

「だから、トールさまは覚悟を決めて、私にお世話されていてください」

「それでいいの?」

「いいのです。トールさまのお世話をするのが、私の幸せなので……まだまだいっぱいやりたいことが……あるのですから」


 そっか。

 俺がメイベルを守りたいように、メイベルも俺の世話をしたい──ってことか。

 だったら、しょうがないな。


「わかったよ。メイベル。一緒に行こう」

「はい。トールさま」

「ただし、国境の森までだね」

「エルフの私は、『ノーザの町』で目立ちますからね……」

「そのうち新しい変装アイテムを作るよ」

「はい。楽しみにしております」

「それに、ソフィア皇女の話は俺の言葉で、メイベルにちゃんと伝えるから」


 念のため『ボイスレコーダー』は持って行くつもりだけど。

 でも、メイベルは大事な話は俺の言葉で伝えて欲しいみたいだから。

 婚約者の願いだからね。叶えよう。


 俺がそう言うと、メイベルは──


「ありがとうございます。私は──トールさまのお言葉を聞くのが、大好きですから」


 めいっぱいの笑顔を見せてくれたのだった。






 翌日。俺とメイベルは護衛の兵士さんたちと共に、ライゼンガ領へと出発した。

 旅の間は、何事もなかった。

 馬車をみつけた羽妖精ピクシーたちがやってきて、話をするくらいだ。

 彼女たちによると、『ノーザの町』に人が集まってきているらしい。

 たぶん、ソフィア皇女が領主になったことと関係しているんだろうな。


 でも、人が増えたせいで、羽妖精たちも町に近づきにくくなっているらしい。

 みんな恥ずかしがり屋だからね。しょうがないね。


 そうして、いつもより急ぎで馬車を進めて──

 時々、集まってくる羽妖精たちと話をして──

 そのまま、俺たちは無事に、ライゼンガ将軍の屋敷に到着したのだった。





「お待ちしておりましたぞ。トールどの!」

「やっと……お会いできましたので」


 屋敷の前ではライゼンガ将軍とアグニスが待っていた。

 将軍はいつもの鎧姿で、アグニスは、すぐに動けるように普段着を着てる。


 俺たちが馬車から降りると、将軍はうなずいて、


「トールどのは、すぐに『ノーザの町』に行かねばならぬのだな?」

「はい。できるだけ早く、ソフィア皇女から話を聞きたいんです」

「……そうか。残念だな」


 ライゼンガ将軍は、がっくりとうなだれた。


「我としては、トールどのとアグニスの婚約発表パーティをやりたかったのだが」

「……え」

「我がアグニスとトールどのの婚約を望み、トールどのがそれを受け入れてくれた。魔王陛下も認めてくださったのだ。当然、大いに祝わねばなるまい?」

「お、お父さま!? 今はそんな場合では……」

「わかっておる。だがな、本当は領地あげての祭りをしたかったのだよ。アグニスとトールどのを馬車に乗せて練り歩き、婚約成立を皆に知らせる。そうしてそのまま屋敷に入り、重臣たちを集めての大宴会だ。ふたりのなれそめや、アグニスの心情を──」

「……お父さま?」


 ぎゅ、と、アグニスが将軍の腕をつかんだ。

 アグニスはおだやかな笑みを浮かべて、『健康増進ペンダント』を輝かせながら、


「そういうことはしないと、前にお話しましたので」

「わ、わかっておる。帝国の皇女を刺激するわけにはいかぬからな。だ、だから内々のパーティにすることにしたのだ。わかっておるよ。アグニス」

「……わかってくれてうれしいです。お父さま」

「我も魔王領の将軍だ。感情で国の大事を誤ったりせぬよ」


 そう言ってライゼンガ将軍は苦笑いした。

 それから、俺の方を見て、


「国境地帯までは我も同行しよう。森の中で、トールどのとアグニスの帰りを待つつもりだ。その間は、我がメイベルたちの護衛を務めるよ。婚約者のことは義父である我に任せて、トールどのは安心して役目を果たすがいい!」


 ライゼンガ将軍は力強くうなずいてくれたのだった。





 それからしばらくして、俺たちは国境地帯の森にたどり着いた。

 メイベルやライゼンガ将軍とは一旦別れて、俺とアグニスは『ノーザの町』へ。

 その後、ソフィア皇女の屋敷を訪ねてみると──



「トール・カナンさまと、アグニス・フレイザッドさまですね。話はうかがっております」



 見慣れない少女が、屋敷の前に立っていた。

 首の後で結んだ、栗色の長い髪。細い身体。腰には短剣を2本、差している。

 身につけているのは軽装の鎧だ。

 袖の長い服を着て、くるぶしまで隠れるズボンを穿いている。


 彼女は俺とアグニスから視線を逸らさず、まっすぐにこっちを見たまま──


「大公カロンさまより、ソフィア殿下の護衛を任されました。ドロシー・リースタンと申します」

「はじめまして。トール・カナンです」

「アグニス・フレイザッドです……ので」


 ……ん?

 ドロシー・リースタン・・・・・


「あの……もしかして、大公カロンさまの縁者の方ですか?」

「わたくしは大公さまの分家筋の娘になります」


 ポニーテールの少女ドロシーはうなずいた。

 それから──


「その大公さまの命令により参りました。今後はアイザック部隊長の『オマワリサン部隊』が町の治安を、わたくしの部隊がソフィア殿下をお守りすることとなります。どうか、お見知りおき下さいませ」


 少女ドロシーはいたずらっぽい表情で、片目をつぶってみせたのだった。




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