第136話「勇者世界の『安全な地域生活』を学ぶ」

 古文書『安全な地域生活のために』の保存状態は、あまり良くなかった。


 紙そのものは端の方がボロボロで、文字もあちこち消えかけてる。

 文字や絵は、黒いインクで書かれている。色はついていない。

『通販カタログ』とは、まったくの別物のようだ。


「タイトルは、『安全な地域生活のために』。そして『通販カタログ』よりも印刷精度が悪くて、紙質もよくない、となると……」


 俺は古文書に触れながら、言った。


「これは領主から町民に向けての、注意書きのようなものかな」

「『町内』と『地域生活』の単語から考えると、それが妥当だとうと思います。あるいは町内の自治組織による布告、という可能性もありましょう」


 ソフィア皇女はうなずいた。

 彼女は目を輝かせて、目の前の古文書を見つめている。


「これは町の民に対して出された布告。あるいは治安の安定に協力を求める文書ではないでしょうか。もちろん、私どもの世界に……ここまで精巧せいこうな絵をつけた布告を出す領主はいないのですが……」

「ですよね」

「ここに書かれている絵は、とても興味深いので」


『安全な地域生活のために』には、写真がっていない。

 描かれているのはすべて、黒い線で描かれた絵だ。


『通販カタログ』には写真と絵の両方が使われていたことから考えると、この紙は、まったく別の組織が作ったものだと考えられる。

 おそらくは領主、あるいは町の長が作った可能性が高い。


「それにしても……勇者世界の人たちは、絵や写真で説明するのが好きなんだな」


 絵や写真だと、伝えたいことが一目でわかるからね。

 勇者世界の人たちは、それらを組み合わせることで、情報の伝達速度や精度を高めていたんだろう。いいアイディアだと思う。勇者世界と同じ技術が使えたら、俺だってそうする。


 こういうのを見ていると、ふと、思ってしまう。

 もしかしたら勇者世界は、色とりどりの絵や写真で満たされているのかもしれない、って。

 一度くらいは見てみたいな。

 戦闘民族が住む危険な世界だけど、のぞき見るくらいはしてみたいよね。


「この紙は……絵の部分は残っていますけど、文字はかなり消えてしまってますね」


 紙に視線を戻して、俺は言った。


「大公国で見つかったときも、この状態だったんですか?」

「はい。大公カロンさまの書状にはそうありました」

「残念です」


 でも、絵は残ってる。そのまわりの文章も。

 しかもこの絵は……もしかして、アイテムを描いたものだろうか。

 なにか三角形の置物と、縞模様しまもようの棒があるんだけど。

 

 俺は慎重しんちょうに、絵のまわりの文章を読んでいく。

 それによると──


「わかりました。ここに描かれているのは、人の動きを制御するためのアイテムの絵のようです」

「人の動きを制御するためのアイテム、ですか?」

「そんなものがあるので!?」

「絵のまわりの文章には、そういうことが書いてあります」

「三角形の置物に、そんな力があるのですが……」

「斜めに縞模様しまもようがついた、ただの棒にしか見えないのに……」


 ソフィア皇女もアグニスもおどろいてる。

 俺はふたりにわかるように、絵のまわりにある文章を読み上げていく。


 ここに描かれているのは、三角形の置物と、縞模様しまもようの棒。

 アイテム名は『三角コーン』と『コーンバー』だ。


──────────────────


 ただいま──の──通りで、月末まで工事が行われています。

 危険な場所には、この『三角コーン』と『コーンバー』が設置されています。

 赤と黄色──警戒──の目立つ色です。

 ご存じとは思いますが、決して近づかないように注意してください


 作──中は──、──、とても危険です。

 繰り返します。誤って近づいたりしないようにしてください。


──────────────────


「……勇者世界には、こんなアイテムが存在しているのですね」


 俺の説明を聞いたソフィア皇女は、ため息をついた。

 彼女は紙に顔を近づけて、食い入るように見つめてる。

 すごく興味があるみたいだ。


「殿下は、この『三角コーン』と『コーンバー』について、どのようにお考えですか?」

「人の動きを封じるような結界を作り出す、マジックアイテムだと考えております」

「危険な場所に、人を近づけない効果を持つアイテムですね?」

「はい。勇者には超高速で移動する者もおります。結界でなければ動きを止めるのは難しいでしょう」

「『作──中は』の意味は、やはり『作動中は』でしょうか」

「間違いございません」

「俺も殿下の推測に賛成です。ただ、この『三角コーン』と『コーンバー』は結界ではなく、勇者世界の人間を威嚇いかくするアイテムだと考えています」

「理由を聞かせてくださいますか?」

「ここに『警戒』『目立つ』とあるからです」

「わかりました! 勇者を『警戒』させ『目立つ』ようになっているというわけですね」

「そうです。『防犯ブザー』のように、大きな音と気配で相手を警戒させるものだと考えられます。というか、あのアイテムの据え置き型かもしれません」

「納得できます。錬金術師さまならではのお考えですね」

「据え置き型ならば、より多くの魔石を組み込めます。威力も強くなりますし、持続時間も長くなります。人の流れを制御し、誘導するには最適でしょう」

「すばらしいお考えです」


 俺とソフィア皇女は顔を見合わせて、うなずいた。

 おどろいた。

 ふたりで話している間に、あっという間に推論がまとまってしまったからだ。 


 この『安全な地域生活のために』には、断片的な情報しか載っていない。

 なのにソフィア皇女と話していると、簡単に空白部分が埋まっていく。

 まるで、足りないピースをソフィア皇女が補ってくれてるみたいだ。


「おどろきました。殿下がこれほど、勇者世界に造詣ぞうけいが深いなんて」

「離宮では本を読む以外に、することもがなかったですから」


 ソフィア皇女はそう言って、笑った。


「それに、好きなことについて語り合えるお方もいなかったのです。こうしてトール・カナンさま……それにアグニスさまと出会い、勇者世界についてお話ができることを幸せに思っております」

「ありがとうございます」


 俺はうなずいて、それから、アグニスの方を見た。


「アグニスは、なにか気になることはある?」

「え、えっと……」


 アグニスは、少し慌てた様子で、『安全な地域生活のために』の下半分を指さした。


「アグニスは、この『飛び出しキッド』という看板が、気になるので」

「もうひとつの絵だね」

「どうしてこれが『──車』を止めることができるのか、よくわからなくて」

「見た目は、ただの看板だからね……」


 俺とアグニス、ソフィア皇女は、次の絵に視線を向けた。


──────────────────


『飛び出しキッド』を見つけたら、止まって左右の確認を!


 町内の数カ所には、この看板『飛び出しキッド』が設置されております。

『飛び出しキッド』を見つけたら──の速度を落としてください。

 ──車を──見通し──危険──。

 左右をよく見て、可能なら一時停止を──。

『飛び出しキッド』は────とても危険──。


──────────────────


 ここには頭が大きく、手足の短い人物の絵が描かれている。

 身体の下には支柱と台座がある。

 子どもをイメージした看板のようだ。


 その子どもは勢いよく手を挙げ、脚を前に踏み出している。

 今にも駆け出そうとしているようにも見える。

 このアイテムに、どんな効果があるのかというと……。


「これは人や馬車の流れを制御するものじゃないかな?」


 何度か文章を読み上げてから、俺は推測を口にした。


「この短い文章の中に、2度も『危険』と出てきます。強調したい部分なのは間違いありません。となると、『三角コーン』や『コーンバー』と同じように、危険な場所に人を近づけないようにするものだと考えるのが自然でしょう」

「止まって左右を確認というのは……?」

「他に通れる場所を見つけて、そっちを通れということでしょう」

「わかります。ですが、なぜ別に『飛び出しキッド』を掲載けいさいする必要があったのでしょう。『三角コーン』と『コーンバー』があれば十分なのではないでしょうか?」


 俺の推測に、ソフィア皇女が答えた。

 さすがだ。鋭いな。


「見てください殿下。ここに『──車』とあります」

「ございますね……馬車や荷車の意味でしょうか?」

「そうですね。他にも、勇者世界にある独自の乗り物を示しているのかもしれません。どちらにしてもこの『飛び出しキッド』は、そういうものが通ることができる、広い道に設置されていたということになります。ということは──」

「わかりました! 道幅で使い分けていたのですね!?」


 ソフィア皇女は目を輝かせて、ぱん、と、手を叩いた。


「つまり『三角コーン』と『コーンバー』は小道に。『飛び出しキッド』は大通りにと、使い分けがされていたということですね!?」

「はい。『三角コーン』を2つ並べて、その間に『コーンバー』を横向きに設置すれば、小道をふさぐことができます。通行人に対して『通るな!』『近づくと取って食うぞ!』というプレッシャーをかけることもたやすいでしょう」

「そして、大通りには『飛び出しキッド』を……」

「推測ですが、この看板は人の身長くらいの高さがあるのではないでしょうか」

「通行人からも目立つように、あるいは、町を見下ろす彫像のように?」

「そこまで大きくはないとは思いますけど……でも、町に立って『防犯ブザー』のような威嚇いかく、あるいはプレッシャーを発生させていたのだと思います」

「勇者世界の方々は、このようなアイテムを好むのですね……」

「異世界勇者も、敵を威嚇いかくするのが好きでしたからね」


 大剣を構えて『我が奥義で灰と化せ』と叫んだり。

 攻撃前に『オレは今まで100体の魔獣をほふっている。抵抗は無駄だ!』と剣を振り回したり。

『我が名は「即時詠唱者」! 「インスタント・キャスター」である!』の名乗ったり。

 彼らは自分の存在をアピールするのが大好きだったんだ。


 となると『飛び出しキッド』の看板も『三角コーン』と同じように、その存在を相手に知らしめるものと考えるべきだろう。

 馬車などの乗り物、通行人を威嚇いかくして停止させるものということだ。


「この『安全な地域生活のために』の紙には、『三角コーン』『コーンバー』『飛び出しキッド』のようなアイテムへの、対処法が記されていたのではないでしょうか」


 俺はソフィア皇女とアグニスを見て、言った。

 冷めたお茶を一口飲んでから、続ける。


「近づくと威嚇いかくしてきたり、プレッシャーを与えてくるようなアイテムは、人によってはかなりの脅威きょういになりますよね?」

「だからこそ『誤って近づいたりしないように』と書かれているのですね。心臓の悪い人が『飛び出しキッド』から威嚇を受けたら、命にかかわりますもの」

「領主が町民の『安全な地域生活』を維持いじするためには、そういう気配りが必要だということでしょう」

「さすがは勇者の世界です。私……見習わなくてはなりません」


 俺とソフィア皇女はため息をついた。


 おそらくこの紙には、町民への警告も書かれていたのだろう。

『安全な地域生活』のためには、強すぎるマジックアイテムに近づいてはいけない、と。

 それが気配りによるものか、強圧的な命令なのかはわからない。

 わかるのは、勇者世界に人や馬車の流れを制御するアイテムがあるということだ。


 ……『三角コーン』に『コーンバー』に『飛び出しキッド』か。

 作ってみたいな。

 同じものにするためには、もうちょっと資料が欲しいんだけど。無理かな……。


「というわけで、ここまでが俺の推測です」


 そう言って、俺はアグニスの方を見た。


「それじゃ、アグニスの意見を聞かせてくれるかな?」


 さっきから気づいてた。

 アグニスは俺の方を見て、なにか言いたそうにしてる。

 勇者世界のアイテムについて、彼女にも意見があるみたいだ。


「で、でも、間違っているかもしれないので」


 アグニスは首を横に振った。


「アグニスはトール・カナンさまのような専門家でもないし、ソフィア殿下のように勇者世界に詳しいわけでもないので。ただの、素人考えかもしれないので……」

「いやいや、むしろ必要なのはそういう意見だよ?」

「……え?」

「アグニスの、先入観のない意見こそが重要なんだ。気づいたことがあるなら、ぜひ聞かせて」

「私からもお願いいたします。アグニスさま」

「ソフィア殿下も……なので?」

「私の知識は本から得たものです。外を歩き、現実を見てきたアグニスさまの意見こそが、生きた意見として重要なのではないでしょうか」

「わ、わかりました!」


 アグニスは意を決したように、うなずいた。

 彼女は『安全な地域生活のために』に掲載されている『飛び出しキッド』の絵を指さして、


「気になるのは『飛び出しキッド』という名前なのです」

「名前?」

「トール・カナンさまとソフィア殿下は、この看板は『三角コーン』と同じように、置くだけで周囲にプレッシャーを発生させるものだと考えているようだけど……でも、それだと、この名前はおかしいので」


 アグニスは、すぅ、と深呼吸して、


「だって、この看板の名前は『飛び出しキッド』なの。動かないものなら『飛び出しそうな・・・・・・・キッド』という名前になるはず。『飛び出しキッド』なら、移動することで効果を発揮するもののはずなので!」

「「…………あ」」


 俺とソフィア皇女は目を見開いた。


 アグニスの言う通りだ。

 勇者世界の人間が、動かない看板に対して『飛び出し・・・・キッド』なんて名前をつけるわけがない。

 動かないものなら『飛び出しそうなキッド』あるいは『飛び出すポーズキッド』『ダッシュ・キャンセルキッド』の方が自然だ。


『飛び出しキッド』という名前がついているからには、動かなければおかしいんだ。


「この看板は移動して、物理的に人や馬車の動きを止めるということか……」

「あるいは、馬車などの乗り物の車輪を破壊するのかもしれません」


 あり得る話だ。

 異世界勇者たちが操る乗り物を『威嚇いかく』だけで止められるわけがない。

 やっぱり物理的な攻撃力は必要なんだ。


 盲点もうてんだった。

 勇者世界は威嚇いかくが好き、という先入観にとらわれていた。

 危ないところだった。アグニスの言葉がなければ、動かない看板を作るところだった。勇者世界の看板が、そんな常識的なもののはずがないのに……。


「ありがとうアグニス」


 俺はアグニスの手を握った。


「アグニスが教えてくれなかったら、俺は『飛び出しキッド』について勘違いしたままだったよ。アグニスが、新しい視点をくれたんだ。ありがとう」

「……トールさま」


 やっぱりアグニスは頼りになるな。

 錬金術師や勇者世界の知識は少ないけど、その分、軍事や戦術についての知識をもってる。

 それが俺の気づかないところを照らしてくれるんだ。

 アグニスが側にいてくれてよかった。


「『飛び出しキッド』が通行人や馬車の流れを制御するものだというのは間違いない。でも、それは威嚇いかくやプレッシャーだけじゃなくて、物理的な力も使ってるってことだね」

「は、はい……あの、それで──」

「このアイテムをコピーすれば、交易所の治安の安定にも使えるはずだ。通行人の間を縦横無尽じゅうおうむじんに駆け抜ける『飛び出しキッド』か……確かに、これなら悪者も近づけない。『三角コーン』と併用すれば、かなりの効果が見込めると思う」

「……は、はい。それで……」

「魔王領に戻ったらすぐに実験をしてみよう。いや、その前に──」

「ト、トールさま!」


 不意に、アグニスが声をあげた。


「あ、あのあの。ずっと手を握っていられると……照れてしまいますので。ソフィア殿下も見てらっしゃいますので!」

「あ」


 気づくと、アグニスの顔が真っ赤になってた。

 胸元の『健康増進ペンダント』の光が強くなってる。


 横を見ると……ソフィア皇女は、すごく優しい目で、俺とアグニスを見ていた。


「ごめん……じゃなかった申し訳ありません。殿下。ソフィア殿下のご指摘も、俺には得がたいものでした。感謝しております」

「いえ、私も楽しい時間を過ごすことができましたから」


 そう言って、俺に向かって手を差し出すソフィア皇女。

 着けてた白い手袋を外して……じっと待ってる。


「トール・カナンさまが教えてくださらなければ、古文書はまったくの謎のままでした。あなたさまが、新しい視点をくださったのです。ありがとうございました」


 ……うん。

 それはさっき俺が、アグニスの手を握ったときに言ったセリフとそっくりだね。

 もしかして……俺に手を握って欲しいのかな。


 そうだよな。

 皇女が自分から『手を握って欲しい』なんて言えないよな。


「……失礼します。殿下」

「……はい。トール・カナンさま」


 俺が伸ばした手に、ソフィア皇女は自分の手を重ねた。

 華奢きゃしゃな手だった。指も細いし、体温も低い。

 でも、触れていると、少しずつ温かくなっていく。それが心地いいのか、ソフィア皇女は満足そうなため息をついてる。


「ソフィア殿下」

「はい。トール・カナンさま」

「先ほど殿下はアグニスに『なんでも言い合える仲でいましょう』とおっしゃいましたね」

「申し上げました。私にとってアグニスさまは、大切なお友だちですから」

「……俺にも、遠慮しなくていいですからね」

「トール・カナンさま?」

「して欲しいことがあったら言ってください。殿下は国境地帯にやってきて……まだ日が浅いんですから。心細かったり、誰かに話を聞いて欲しかったりすることもありますよね」

「それはトール・カナンさまも同じでしょう?」


 ソフィア皇女は笑いながら、俺の顔をのぞきこんだ。


「あなたさまも帝都から魔王領に派遣されて、慣れない土地で苦労されているはずです。それに比べれば、私など──」

「俺は魔王領で好きな仕事をやらせてもらってますから。側にはメイベルやアグニス、魔王陛下もいますからね。全然平気です」

「……トール・カナンさまは、お強いのですね」


 そんなこと言われたのは初めてだ。

 帝国では、最弱の部類だったんだけどな。俺は。


「わかりました。お言葉に甘えます」


 少し間があって、ソフィア皇女は、はにかんだような笑みを浮かべた。


「トール・カナンさまには遠慮なく、このソフィア・ドルガリアの本音をお話しさせていただきますね」

「はい。ソフィア殿下」

「では、次回の打ち合わせは『しゅわしゅわ風呂』でいたしませんか?」

「……はい?」

「私はトール・カナンさまと、お風呂に入りながらお話をするのが大好きなのです。それに、次回は交易所の拡大についてのお話になるはず。となれば、あの場所で打ち合わせをすれば、具体的なことを決めることもできましょう」


 すごくいいことを思いついたような表情で、ソフィア皇女は言った。

 しかも、意外と合理的だった。


「『しゅわしゅわ風呂』に入りながら……隠し部屋にいらっしゃるトール・カナンさまとお話をしていると、お互いの境目がなくなったような気分になるのです。ですから、あの場所ならなんでも話せるような気がするのですが……だめでしょうか?」

「だめじゃないです」


 ……別に駄目じゃないよな。今までもしてることだから。


 ソフィア皇女用の湯浴み着は、交易所のお風呂場に常備されてる。

 貴人用『しゅわしゅわ風呂』の湯気と謎の光も機能してる。問題ないな。


「わかりました」


 俺はうなずいた。


「ただ、それは交易所の拡大について、魔王陛下が許可された場合ですね」

「承知しております」

「『三角コーン』と『コーンバー』、それと『飛び出しキッド』を作ることができれば、安全に交易所を拡大することもできるんですけどね……」


『三角コーン』と『コーンバー』は人の流れを制御できる。

 人が立ち入れない区域を作ることもできるし、警備兵の負担も減らせるはずだ。


 それでも侵入してくる者や、盗みを働く者には『飛び出しキッド』が役に立つ。

 悪人の動きを物理的に止めたり、気絶させたりもできるだろう。板状だからどんな隙間にも隠せるし、草むらに寝かせておけば気づかれない。かなり強力なアイテムだ。


「帰ったら、これらのアイテムが他の資料にもないか確認してみます」


『安全な地域生活のために』だけだと、資料としては弱い。

『通販カタログ』にも同じものがあるかチェックしてみよう。

 あれに掲載されていれば確実に作ることができる。もしも掲載されていなかったら、直感で作るしかないけど……その場合は自分なりにアレンジしてみよう。なんとかなるだろ。


「魔王陛下には交易所の拡大についての提案と、この『安全な地域生活のために』の資料の内容をお伝えしておきます。あとは、陛下と宰相閣下の判断待ちですね」

「わかりました。良いお返事を期待しております」


 ソフィア皇女は一礼した。

 それで、政治的な話は終わりになった。


 それから俺たちは、おたがいの近況について話をした。


 ソフィア皇女は、『ノーザの町』でお祭りが行われることを教えてくれた。

 彼女の領主就任を祝うお祭りだそうだ。

 そのせいで人の出入りが多くなっているけれど、人が少ない場所や時間もあるらしい。

 それを羽妖精ピクシーのみんなに伝えて欲しい。そんなことを言っていた。


 俺の近況については、特に変化はなし。

 いつものように魔王城とライゼンガ領に工房を開いて、きままに錬金術をやってるだけ。


 ソフィア皇女は新しいアイテムを見るのを楽しみにしてると言ってくれた。

 また『匿名希望とくめいきぼうS皇女』として、試用レポートを書いてみたいそうだ。

 ケルヴさんに伝えておこう。


 そんな感じで、楽しい時間は過ぎて──


「それでは、次にお目にかかるのを楽しみにしております」


 ソフィア皇女の言葉で、今日の会談は終わりになった。

 最後に──


「そうそう、アグニスさまにお願いがあるのでした」

「は、はい。うかがいますので」

「次に私が『しゅわしゅわ風呂』に入るとき、ご一緒してはいただけないでしょうか。お友だちとして、背中の流しっこというのをやってみたいのです」


 無邪気な、子どものような表情で、ソフィア皇女は言った。

 お風呂場で聖剣の振り方について語っていたリアナ皇女と、なんとなく似ていた。


「一緒にお風呂に入れば、女の子同士のないしょ話もできましょう。私は、そういうものにあこがれているのです……どうでしょうか」

「はい。アグニスでよければ」


 アグニスはうれしそうにうなずいた。

 やっぱりこのふたりは、気が合うのかもしれないな。


 そんなことを考えながら、俺たちはソフィア皇女と別れて、国境の森へと向かったのだった。





 ──その日の夜。『ノーザの町』で (ドロシー・リースタン視点)──




「わかりました。部隊名は『フケイサン部隊』より『レディ・オマワリサン部隊』の方がよいですわね」


 ここは『ノーザの町』の、大公領の兵士たちのために用意された宿舎。

 そこで少女ドロシーは、配下の兵士たちと話をしていた。


「皆の意見を尊重いたしましょう。ソフィア殿下とアイザック部隊長に話しておきますわ」

「──ドロシーさま」


 不意に、女性兵士のひとりが手を挙げた。


「ドロシーさまから見て、魔王領の方々はどうでしたか?」

「底知れぬ方々でした。」


 ドロシーは答えた。


「錬金術師のお方はどれほどの知識と技術があるのかわからず。赤い髪の少女の方は、真の力を隠しているようにも見えました。それでいて穏やかで、力を示そうとはしない……帝国とはまったく違うタイプの『強者』ですわね」

「意見を申し上げることをお許しいただけますか?」


 別の女性兵士が手を挙げる。

 ドロシーは迷いなくうなずく。

 夕食後のミーティングは部隊にとって重要だ。

 ここで情報交換と討論をすることで、彼女の部隊はまとまっている。

 ドロシーにとって部下の意見は、自分を高めるためにも重要なものだった。


(──わたくしは一流ではありませんからね。できる限りの努力をしなければ)


 そう思い、ドロシーはうなずく。


「断ることはありませんわ。どうぞ」

「例の調査について、ソフィア殿下にお伝えしなくていいのでしょうか」


 女性兵士は言った。


「大公さまは杞憂きゆうかもしれないとおっしゃいましたが、万が一ということもあります。殿下とアイザック部隊長の『オマワリサン部隊』の力を借りるべきだと思うのですが……」

「カロンさまは『大騒ぎするほどのことではない』ともおっしゃいましたわ」


 ドロシーはうなずいて、続ける。


「あなたの心配はわかります。けれど……殿下にお伝えするのは、手がかりをつかんでからにしたいのです。殿下は国境地帯の民を豊かにするための計画を進めていらっしゃいます。お邪魔をしたくないのです」

「ドロシーさま……」

「ソフィア殿下と錬金術師の方は、帝都との関わりで、これまで苦労をされてきたそうです。もう、自由にされてもよいでしょう。あるかどうかもわからないもののことで、気苦労をおかけするわけにはいきませんわ」



「……わかりました。ドロシーさま」

「私たちはドロシーさまに従います」

「でも、あまりなんでも背負いすぎないでくださいね。ドロシーさま!」



「皆の意見に感謝いたしますわ。では、ミーティングを終えます。今日もご苦労様でした」


 ドロシーが手を叩き、兵士たちは解散した。

 これから数名が、夜の警護に回ることになる。他の者はお休みだ。

 自室に戻って書類仕事を始めようとするドロシーに、ふと、副官が声をかけた。


「ドロシーさま。ひとつ……提案があるのですが」

「なんでしょうか?」

「ドロシーさまが昔から悩まれていることについて……魔王領の錬金術師に相談することはできませんか?」

「──無用ですわ」

「ドロシーさま……」

「あの方は異国の錬金術師です。わたくしの個人的な理由で動いていただくわけにはいきません。わたくしはソフィア殿下をお助けするために来たのです。なのに、あの方々の手間を増やしてどうするのですか」

「ドロシーさまは生真面目すぎます」

「私の問題は、自分を高めるための試練と受け止めましょう」


 ドロシーはため息をついた。


「心配しなくても大丈夫です。できるかぎりのことはやりますわ。わたくしは次期大公の妹であり、偉大なるカロンさまより、使命を任された者なのですから」


 心配そうに見守る兵士たちの前で、ドロシーは宣言した。

 そうして彼女は自分の役目を果たすために、自室へと向かったのだった。






──────────────────



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