第131話「『ドライヤー』のテストをする」
アグニスとの婚約話が出てから、数日後。
俺はルキエとふたりで、お茶会の時間を過ごしていた。
アグニスとライゼンガ将軍は、昨日、領地に戻っていった。
婚約発表会の前に、色々準備があるそうだ。
メイベルは厨房で、メイド仲間とお茶菓子を作ってる。
そんなわけで、今は俺とルキエのふたりだけ。
せっかくだから、新しく作ったアイテムのおひろめをやることにしたのだった。
「これが『ドライヤー』の試作品です」
俺はルキエに、金属製の筒を手渡した。
「『虹色の魔石』を無駄にするわけにはいかないですからね。変形機能を持つ完全版を作る前に、単体の『ドライヤー』を作ってみたんです」
これから俺はメイベルを守るため『水霊石のペンダント』に『防犯ブザー』と『ドライヤー』の機能をつけることにしている。
これはその前段階として作った、試作品のひとつだ。
「おぉ。これが異世界の『ドライヤー』か」
ルキエは『ドライヤー』を手に、満足そうにうなずいた。
『ドライヤー』は金属製の筒に、持ち手がついたものだ。
触れて魔力を注ぐと熱風か、低温の風が流れ出すようになっている。
──────────────────
『ドライヤー』(属性:風風・火・水水水) (レア度:★★★★)
風の魔石の力で、強力な空気の流れを生み出す。
火の魔石の力で、空気の流れを温める。
強力な水の魔石の力で、空気の流れを限界まで冷やす。
『ドライヤー』は温風によって、髪を乾かすアイテムである。
火の魔石に指を当て、魔力を注ぐと、温風が流れ出す。
風はしっとりと優しく、髪を傷めずに乾かしてくれる。
緊急時は『マイナスのテイオン』モードを発動できる。
『マイナスのテイオン』モードは、持ち手を折りたたみ、付け根にある水の魔石に魔力を注ぐことで起動する。
(うっかり冷風を出さないようにするための安全装置。勇者世界の『ドライヤー』の持ち手が折れるようになっているのは、このモードのためだと推測される)
『マイナスのテイオン』モードは『アイスストーム』のような暴風を生み出すことができる。
魔石の消耗が激しいため、使用できるのは3回だけである。
物理破壊耐性:★★★。
耐用年数:3年。
──────────────────
「なるほど……温風で髪を乾かすから『ドライヤー』なのじゃな」
ルキエは『ドライヤー』の重さを確かめたり、ひっくり返したりしてる。
気に入ってくれたみたいだ。
「『マイナスのテイオン』モードでも髪を乾かすこともできよう。低温で髪を凍結させて氷だけ剥ぎ取ればよいのじゃが……それでは髪がボロボロになってしまうな」
「そうですね。ルキエさまのおっしゃる通りです」
「…………」
「『ドライヤー』はあくまでも温風を発生させるもので、『マイナスのテイオン』は非常時専用の隠し武器だと、俺は考えています。ルキエさまはどう思いますか?」
「…………」
「あの、ルキエさま?」
「トールよ。ここはお主の部屋の『簡易倉庫』の中じゃぞ?」
「はい」
「メイベルは出掛けておるから、ふたりしかおらぬな」
「そうですね」
「なのに、お主はどうして家族に『ルキエさま』と呼ぶのじゃ?」
「俺も疑問があるんですが」
「なんじゃ?」
「どうして、俺の隣の椅子に座ってるんですか? いつもは向かい側に座ってませんでしたか?」
「家族だからじゃが?」
「……そうですか」
「反論はあるか?」
「ないですね」
「ならば、名前を呼ぶところからやり直すがよい」
「はい。ルキエ」
「うむ。その調子じゃ」
ルキエは金色の髪を掻き上げながら、笑った。
「余も、低温発生機能は隠し武器だと思うぞ」
「ですよね」
「髪を洗って乾かしたりは、安心できる状況でなければできぬこと。そこに踏み込んできた者に罰を与えるなどというのは、本当に緊急事態なのじゃからな」
「というわけで、これはしばらく、ルキエが使ってみてください」
「よいのか?」
「試作品は3個作りました。まずは家族に使ってもらおうかと思ったんで」
「で、どうしてその家族に敬語なのじゃ?」
「……すぐに変えるのは無理です。しばらくは今まで通りにさせてください」
「わかった。それでは『ドライヤー』を使ってみたいのじゃが」
「水を用意してあります。どうぞ」
俺はルキエの前に桶を置いた。
……っと、これじゃ使いにくいな。
魔王陛下にしゃがんで、桶から水をすくって髪を濡らせとか言えないよな。
「ちょっと待っててください。水を汲みやすいようにします」
俺は『超小型簡易倉庫』から、木製の筒と、金属の板を取り出した。
筒の先に金属板を装着して、金属板がついてる方を上にして……もう一方を桶に近づけて、っと。
「『召喚する』『来たれ』」
俺は金属板に魔力を注いだ。
しゅわー。
筒の上の方から、水が噴き出した。
「これで水を汲みやすくなりました。どうぞ」
「…………」
「俺が筒を支えてますから、手を濡らすなり、髪を濡らすなりしてください」
「…………」
「床が濡れるのが心配ですか? あとで俺が拭きますから、気にしなくていいですよ」
「…………あのな、トールよ」
「はい。ルキエ」
「なんで桶の上に置いた筒から、水が噴き出しておるのじゃ?」
「召喚したからです」
「なにを?」
「水を」
「どうやって?」
「『召喚魔術』で」
「『召喚魔術』か……ならば仕方ないな」
「あれは別世界から勇者や魔獣を呼び出すものですからね」
「桶から水を引っ張りあげるくらい、できて当然じゃな」
「むしろできない方がおかしいですね」
「そうじゃなぁ」
「ささ、ルキエ。遠慮なく『ドライヤー』の実験を」
「わかった。じゃが、その前に」
いきなりだった。
ルキエは両手で俺の肩を掴んで、じーっとにらんで、
「……どうしてこんなことに『召喚魔術』を使っておるのか、きっちり説明するのじゃ。トールよ」
「はい」
そういうことになった。
「そういえば言っておったな。『召喚魔術』を利用して、一般家庭用のアイテムを作りたいと」
説明を聞いて、ルキエは納得したようにうなずいた。
「許可も出しておったな。それが完成したのか」
「はい。『ウォーターサモナー』と名付けました」
──────────────────
『ウォーターサモナー』 (属性:水水水)(レア度:★★★★★★★★★★)
『召喚魔術』の魔法陣を組み込んだ、八角形の金属板。
帝国が使っていた『召喚魔術』は触媒により、異世界から魔獣を呼び寄せていた。
これはその簡易版。
金属板に付与した『水属性』を
近場から水を引き寄せるだけなので、難しい儀式は不要。
魔力を注ぎ、『召喚する』『来たれ』と唱えれば、水を引っ張り寄せてくれる。
物理破壊耐性:★★★。
耐用年数:10年。
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「これは、勇者世界のポンプを参考に作ったものです」
俺はルキエの前に『通販カタログ』を広げた。
写真には、水が出る管が写ってる。こっちの世界の『手押しポンプ』よりも、はるかに小さい。
なのに、管からは大量に水が出る。
「この写真を見て直観しました。勇者世界は、水を出すのに『召喚魔術』を使っているのだと」
俺は言った。
「なので、その応用として、水属性を付与した金属板に、召喚用の魔法陣を仕込んでみたんです」
この『召喚魔術』は
魔獣召喚の犯人は、勇者世界のハンカチを使って、勇者を召喚しようとした。
結果、来たのは魔獣だった。
もしかしたらあれは、勇者世界の魔獣だったのかもしれないけど、とにかく、異世界からなにかを引き寄せることには成功した。
だったら、
呪文を大幅に簡略化して、『召喚する』『来たれ』のみにして、対象を水に限定したら?
そうした実験を繰り返してできたのが、この『ウォーターサモナー』だ。
「
「なるほど。だからその金属板を管に装着して魔力を注ぐと──」
「はい。管から水が出るわけです」
「……なんでトールは、そんなに落ち着いておるのじゃ?」
ルキエは不思議そうな顔をしてる。
「こんなものを作ったのじゃから、もっと喜んでもよいじゃろうに」
「勇者世界のポンプには全然及ばないからです」
『通販カタログ』に載っている管からは、人がいないのに水が流れ出ている。
これはつまり、魔力を注ぐのをやめても、水を召喚し続けていることを意味する。
でも、俺の『ウォーターサモナー』は、魔力を注ぐのを止めると、数秒で水が止まってしまう。
まだまだ、勇者世界には及ばないんだ。
「勇者世界は関係ないじゃろ!? これは……すごいものじゃぞ!?」
噴き出す水に手を濡らしながら、ルキエは目を輝かせてる。
「これがあれば、井戸に水を汲みに行く必要もなくなる。地下の水源から、地上へと水を運ぶ必要もなくなるのじゃ。素晴らしいぞ、トールよ!」
「ありがとうございます。うれしいです」
「ぜひとも魔王城で採用したいのじゃが……これは、大量に作れるものなのか!?」
「そうですね。数は作れると思います」
作り方は、そんなに難しくない。
魔王領の職人さんに魔法陣と呪文を彫り込んだ金属板を作ってもらい、それに俺が『創造錬金術』で『水属性』を付与するだけ。
それで数は揃えられるはずだ。
「ただ、これにはひとつ欠点があるんです」
「欠点じゃと?」
「水の出る量が……つまり、出力が安定しないんですよ」
「注ぐ魔力によって、出る水の量が違うということか?」
「そうですね。別の問題として、最大出力量が弱いということもあります。メイベルに魔力を注いでもらったんですけど、それでもどばーっ、と、噴水みたいに水を出すのが限界なんですよ」
「……いや、それで十分じゃろ?」
「でも、その出力だと、水車を接続して動力源にすることができないんです」
俺は言った。
ルキエの目が点になった。
あれ? 俺、なにか変なこと言った?
いや、だって魔力で大量の水を動かせれば、それで水車を回せるよね?
それを動力にして、粉を挽いたりできるよね?
さらに改良すれば、車輪を動かすのにも使えるかもしれないよね?
おそらく、勇者の世界ではすでに水を利用した動力も実現しているのだろう。もしかしたら、水で動く馬車なんかも作っているかもしれない。水で水車を回して、その動力で車輪を回せば、前に進むことができるわけだから。
いや、待てよ。水を積んだら車体が重くなるな。となると、重くなった車体を動かすために、さらに多くの水が必要になる。それを解決するためには……動力に水じゃなくて、空気を使っているのかもしれない。これは研究が必要だ。次回は空気を呼び寄せる『エアーサモナー』を──
ぐらぐら、ぐら。
「こら、トール! 考えに沈み込むでない。戻ってこい」
気づくと、ルキエが俺をゆさぶってた。
呆れたような顔で、こっちを見てる。
「……すいません。『召喚魔術』で馬車を動かすのは、まだ無理みたいです」
「いやいや、そこまでせずともよいぞ」
「そうですか?」
「この『ウォーターサモナー』は、魔王領の生活を変えるじゃろう。それで十分じゃ」
ルキエは筒についた金属板を、じっと見つめていた。
「これはケルヴたちに見せた後に、試しに城で使ってみることとしよう」
「そうですね。水仕事をする係の役に立つと思います」
「厨房係にメイドに、お風呂係に洗濯係。使い道は山のようにあるじゃろう」
「楽しみですね」
みんな、どんな感想をくれるかな。
安定性が欲しいとか、風も召喚できるようにして欲しいとか、小型化とか大型化とか、色々な意見が来るといいな。楽しみだ。
「それにしても……魔獣を召喚した者たちも、自分たちの魔術が水汲みアイテムに使われるとは思ってもみなかったじゃろうな……」
ルキエは遠い目で、南の方を見ていた。
「『魔獣ガルガロッサ』に『魔獣ノーゼリアス』……あやつらを召喚した連中は、魔王領に多大な迷惑をかけていったが……代わりに魔王領を変えるアイテムを作ることができた。それでよしとしよう」
「はい。ルキエさま」
「こら、トール。また『さま』になっておるぞ」
「……まだ慣れないんですってば」
「まぁよい。この『ウォーターサモナー』と『ドライヤー』を作ってくれたことで許すとしよう」
「『ドライヤー』の実験はどうしますか?」
「そうじゃな。この『ウォーターサモナー』の水で、余の髪を濡らしてみるとしよう」
ルキエは水の出口に顔を近づけた。
そうして『ウォーターサモナー』の金属板に触れて、
「ここに魔力を注げばよいのじゃな? ふむ、もうちょっと水流に勢いがあった方がよいな。えっと『召喚する』『来たれ』──で」
「──!? ちょっと待ってルキエ!!」
『ウォーターサモナー』は俺の弱い魔力でも反応する。
魔王のルキエが練習もなしに、魔力を注いで召喚したら──
がしっ。ぐいっ。
ぶしゅーっ!
「お、おおおおおっ!?」
「……間に合った」
俺がルキエを引っ張り寄せた直後、管から水が噴き出した。
まるで水の塊を発射したような勢いだった。
ルキエの魔力に反応して、『ウォーターサモナー』は大量の水を引っ張り寄せた。
それが、勢いよく飛び出したんだ。
「気をつけてください。出力が安定しないって言いましたよね?」
「そ、そうじゃったな。済まぬ……」
「危ないところでした。もう少しでルキエがずぶ濡れに──」
ばしゃんっ!
ルキエがずぶ濡れになった。
噴水みたいに飛び出した水は、『簡易倉庫』の天井近くまで飛んで、落ちてきた。
俺が抱き留めたままの、ルキエの身体に直撃したんだ。
その結果──
「……まぁ、髪を濡らすという目的は達成できたのじゃな」
ルキエは困ったような顔で、笑った。
「トールよ」
「はい」
「ちょっと『簡易倉庫』の外に出ておれ。あと、布を貸してくれ。身体を拭く」
「着替えはありますか?」
「『超小型簡易倉庫』の中に……入っておらぬな。入っているのは『認識阻害』の仮面とローブだけか。仕方ない。トールよ、着るものを貸してくれぬか」
「もちろん、いいですよ。でも俺ので大丈夫ですか?」
「『認識阻害』の仮面とローブは濡れておらぬ。それを着ければ、余は魔王の姿となる。ローブの下になにを着ていようとわからぬじゃろうよ」
「わかりました。すぐに用意します」
「頼む。濡れた服を着ていては風邪を引いてしまうのじゃ」
ルキエがそう言って、ドレスに手をかけたとき──
こんこん。
『簡易倉庫』のドアを叩く音がした。
メイベルが戻ってきたんだ。
「ま、まずいのじゃ。メイベルに、ずぶ濡れになった姿を見られるのは……」
「え? メイベルならいいんじゃないですか?」
「……今のメイベルは、トールの婚約者じゃぞ」
ルキエはじーっと、俺の方を見ていた。
「トールの婚約者に、余が、トールのマジックアイテムを使い損ねてずぶ濡れになったところを見られるのは……なんとなく、気が進まぬ。なんというか……自分がトールを理解しておらぬところを見せてしまったようで……」
「……そうなの?」
「そうなのじゃ。し、仕方ない。こうなったら──!」
不意に、ドレスに手を掛けるルキエ。
彼女は頬を染めて、横目で、俺を見て──
「後ろを向いておれ! 早く!!」
「は、はい!」
「よいか!? 良いというまでこっちを見るでないぞ!?」
「……了解しました」
俺が後ろを向くと──背後で、しゅる、と、音がした。
それから、濡れたものを床に置く音も。
時間にして、わずか数十秒。
その後──
「もうよいぞ。トール」
声がして振り返ると……魔王スタイルのルキエが立っていた。
いつもの、漆黒のローブをまとった、大きな姿だ。
顔には仮面をつけて、表情を隠してる。
「これでよかろう。『認識阻害』の仮面とローブを着けていれば、中がどんな姿であろうと、気づかれることはないのじゃからな」
「……あの、ルキエ」
「……質問は受け付けぬぞ?」
「……そのローブの下は?」
「質問は受け付けぬと言っておるじゃろうが。それより、不審に思われる前に、メイベルを中に入れよ」
ルキエは『ドライヤー』で髪を乾かしながら、そう言った。
いいのかな?
……その姿で城の中を歩くわけじゃないから、いいのかも。
…………いいことにしよう。
これまでだってルキエは『認識阻害』の仮面とローブで、ちゃんと正体を隠してる。
短い間、ローブの中の姿を隠すくらい、なんでもないはずだ。
こんこん、こん。
再びノックの音。
「ごめん。メイベル。今開けるよ」
「お茶をお持ちしました。あれ? 陛下?」
メイベルは、魔王スタイルのルキエを見て、首をかしげてる。
「陛下? どうして『簡易倉庫』の中なのに、そのお姿に?」
「気分転換じゃな」
「もしかして、今、ここは公式の場ということでしょうか?」
「まさか。公式の場でこんな格好ができるものか」
「でも、それは公式の場のお姿……ですよね?」
「……うぅ」
「それに、床が濡れているのは……」
「えい」
ばしゃん。
「わぁっ!? トールさま!? どうして突然、頭から水をかぶったのですか!?」
「『ドライヤー』の実験をするために髪を濡らしてたんだ。床が濡れたのはそのせいだよ」
「水をかぶったのは今ですよね!? 時系列がおかしいのでは!?」
「錬金術の実験には、不思議なことがつきものなんだよ……」
「……わ、わかりました。とにかく、着替えをされた方が」
「じゃあ、メイベル、手伝ってくれる?」
「え?」
「服が濡れて上手く脱げないかもしれないから、メイベルに手を貸して欲しいんだ」
「それは願ったり……い、いえ、構いませんけれど」
「着替えは『超小型簡易倉庫』に入れてあるから、この場で着替えるよ。でも、魔王陛下に俺が着替えてる姿を見せるわけにはいかないから……」
「余は、外に出ておることとしよう」
俺とルキエは視線を交わし、同時にうなずく。
「俺はここで着替えます」
「余は、『簡易倉庫』の外におる」
「俺の着替えは、部屋のタンスの中にあるけど」
「トールはここで着替えるから、必要ないのじゃな」
「そうです。クローゼットの一番上にあるシャツが、丈も長くて、魔王陛下なら膝まで隠れるけど」
「トールはここで着替えるから、必要ないのじゃな」
「二枚重ねて着ると、安心かもしれないけど」
「トールはここで着替えるから、今の発言に意味はないのじゃな」
「まったくありません」
「うむ。納得したぞ」
同時に、うんうん、とうなずく、俺とルキエ。
「……あの、トールさま。陛下。妙に息が合っていらっしゃいますが……?」
「「気のせい (だよ) (じゃ)」」
「は、はぁ……」
「それじゃ、メイベルはここにいて」
俺は両腕を広げて、メイベルが着替えさせてくれるのを待つポーズ。
メイベルは覚悟を決めたように、うなずいて、
「は、はい。では失礼いたしますね。トールさま」
「う、うむ。余は外に出ておる。すぐ外におるからな」
「陛下……なにか様子がおかしいですね」
「気のせいじゃと言っておろう。すぐに戻るゆえ、待っておれ!!」
そう言ってルキエは『簡易倉庫』から出ていった。
ふぅ……これで一安心だ。
あとはルキエがタンスから俺のシャツを出して着るだけ。
その上から『認識阻害』のローブを身につければ、問題なしだ。
「トールさまったら、いきなり頭から水をかぶられるなんて……びっくりしました」
「ごめんね。メイベル」
「髪がびしょびしょになっていますよ?」
「あとで自分で拭くよ」
「それではいけません。『ドライヤー』で乾かしましょう」
メイベルはふと、気づいたように。
「そういえば私用に作っていただいた『ドライヤー』は、トールさまのお部屋に置いたままでしたね」
「……え」
「『簡易倉庫』の外です。すぐに取って参りますね!」
メイベルは『簡易倉庫』の出口に向かって駆け出す。
俺は後を追おうとするけど……濡れたズボンがまとわりついて、うまく走れない。
その間にメイベルは『簡易倉庫』のドアを開けて──
「…………?」
ぱたん。
ドアを閉めて、こっちを向いた。
「あの……トールさま」
「うん。メイベル」
「ここで一体なにがあったのか、ご説明いただけますか?」
「あのさ、メイベル」
「はい。トールさま」
「メイベルは一体、なにを見たの?」
「……私は魔王陛下の忠実な臣下です。陛下のあられもない姿について、申し上げることはできません」
メイベルは真っ赤な顔で、そんなことを宣言したのだった。
その後、魔王スタイルのまま戻ってきたルキエと一緒に、俺は事情を説明した。
話を聞いたメイベルは、すぐにルキエの着替えを用意してくれた。
ルキエが『簡易倉庫』の中で身支度を調えている間、俺は部屋で着替えをした。
そうして、『簡易倉庫』に戻ると──
「さ、さて、お茶会をするのじゃ!」
「きょ、今日は良いお茶が手に入ったのですよ。トールさま」
ルキエとメイベルは、何事もなかったように、お茶会を始めていた。
とりあえず……俺も、それに乗っかることにした。
話題はもちろん『ウォーターサモナー』の件について。
このアイテムはあとで、宰相ケルヴさんに見せることになった。
その後、魔王城の数カ所で使ってみて、普及させるかどうかを決めることになる。
魔力調整が難しいアイテムだからね。
いろんな人に使ってもらって、様子を見るのがいいと思う。
そうして、お茶会は終わり。
ルキエは執務に戻ることになり、メイベルは彼女を送っていった。
俺は『ウォーターサモナー』を見せられたから一安心。
メイベルが『簡易倉庫』に入ってきたとき、ルキエがどんな姿だったかをうっかりイメージしてしまったりもしながら、次の研究の準備を始めることにした。
そうして、しばらくして──
「魔王陛下は明日、『ウォーターサモナー』のおひろめを行いたいとおっしゃっていました。トールさまにも、その準備をお願いされたいそうです」
メイベルが戻ってきて、ルキエからの伝言を伝えてくれた。
それからメイベルは、なぜか視線を逸らしながら、
「もうひとつご伝言です……トールさまのシャツは、1度着てしまったので……洗ってからお返しするとのことです」
「道理でなくなってると思った」
ルキエは、一度俺のシャツを着ちゃってたんだね……。
じゃあ、なくなってるのも仕方ないな。
魔王陛下が一度着た服を、俺がそのまま使うわけにもいかないもんな。
「……まぁ、ルキエさまが着ちゃったのならしょうがないよね」
「私もびっくりしました。陛下があんなに楽しそうに……」
「だからメイベルは一体、なにを見たの?」
「私は魔王陛下の忠実な臣下です。陛下が秘密にされたい姿について申し上げることは────」
「もうほとんど言ってるのと同じだと思うけどなぁ」
とりあえず、メイベルが唇に指を当てて「ないしょのポーズ」を取ってしまったので、追及はあきらめて──
俺は『ウォーターサモナー』のプレゼンテーションの準備を始めることにしたのだった。
──────────────────
【お知らせです】
いつも「創造錬金術」をお読みいただき、ありがとうございます!
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書き下ろしエピソードも追加してますので、どうか、よろしくお願いします!
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