第51話「魔王ルキエ、羽妖精と仲良くなる」
魔王ルキエは、城の裏庭へとやってきた。
ここは城の中からは見えにくいため、定期的に衛兵たちが巡回している場所だ。
時々、城の者たちがこっそり
今は人払いをしているため、ルキエの他には誰もいない。
魔王であるルキエが、ここで
「姿は見えぬが、おるのじゃろう?
魔王ルキエは手近な石に腰掛けて、そう言った。
裏庭にはたくさんの樹が生えている。
見回してみても、羽妖精の姿は見えない。うまく姿を隠しているらしい。
「余が魔王、ルキエ・エヴァーガルドじゃ。羽妖精たちよ、姿を見せてくれぬか」
ルキエは
魔術で居場所を探ることもできるが、その気はなかった。
これはルキエが望んだ、私的な会談なのだから。
「……いや、一方的に姿を見せろというのは、身勝手じゃな」
魔王ルキエは『
「ひとつ確認しよう。
仮面をなでながら、ルキエは訊ねた。
少し間があり、近くの樹の枝が揺れた。
「……すべての
「……魔王さまは錬金術師さまの主君ですから、羽妖精の主君でもありますー」
「そうか。ならば、秘密は守ってくれるな?」
ルキエの問いに、小さく「「はい」」という声が返ってくる。
それを確認してから、ルキエは『認識阻害』の仮面と、ローブを外した。
(近ごろは……仮面とローブを外すことに、あまり抵抗がなくなってきたな)
石の上に仮面を置きながら、ルキエは口に出さずにつぶやいた。
ルキエが正体を隠しているのは、彼女の見た目が幼く、弱々しく見えるからだ。
魔王領にはライゼンガ将軍のように、力を重視する者も多い。
そういう者たちに見下されないために、正体を隠していたのだったが──
(ライゼンガも……最近はすっかりトールを尊敬するようになってしまったからな)
戦う力を持たないトールがアグニスを救い、強力なマジックアイテムを作り続けているのだ。ライゼンガもそれを見て、考え方を変えてしまったらしい。
そのライゼンガが、今さらルキエが
その上、ルキエは『
それはトールが作った『レーザーポインター』の力を借りてのことだったのだけれど、ルキエの闇の魔術が、敵を焼き尽くしたことは間違いない。
彼女の力はもう、魔王領の者たちに知れ渡っている。
そんなことが続いたせいで、ルキエも最近は、仮面を外すことに抵抗がなくなってきたのだ。
少なくとも、自分と同じようにトールを信じている者たちには。
「余も事情があって正体を隠しておる。これが余の、素顔じゃ」
金髪を風になびかせながら、ルキエは羽妖精たちに呼びかける。
「人見知りのお主たちに姿を現せと言っておいて、自分は正体を隠したままというのも身勝手じゃからな。こうして素顔をさらすことにした。だから、お主たちも、姿を見せてはくれぬか?」
「ご
「……魔王さま」
声がした。
木の幹の後ろから、小さな青い髪の少女と、黄色の髪の少女が現れる。
水属性の羽妖精と、地属性の羽妖精だ。
「羽妖精を代表して、魔王さまの
「……はじめまして」
「うむ。よくぞ姿を見せてくれた」
ルキエは羽妖精たちに語りかけた。
目の前にいる羽妖精たちは、意外と、堂々としていた。
新しい服が自慢なのか、くるりと回ってスカートを広げたり、腰のリボンを回したりしている。
まだ少し照れくさいのか、視線は伏せたままだったけれど。
「お主たちが着ているそれは、トールが与えた服か?」
「さようでございます」
「……くじびきで、誰がもらうか決めました」
「よく似合っておる。シンプルで動きやすそうじゃ。服に仕立てたのはメイベルとアグニスじゃろう? ふたりとも、いい腕をしておるから」
「はい。メイベルさまとアグニスさまにも、感謝しています」
「……魔王さまの部下の方は、いい人ばかり」
羽妖精たちは手を繋いだまま、魔王ルキエにお
「それでは最初に、お主たちがトールと出会ったいきさつを教えてくれぬか」
ルキエは言った。
「それと、あやつは光の魔術を防ぐ実験をしたいとも申しておる。お主たち羽妖精はその手伝いをするのじゃろう? どうしてそんなことになったのかも聞かせて欲しいのじゃ」
「かしこまりました」
「……お話、します」
2人の羽妖精は、再び一礼。
「
「……あの方のポケットの中は、よく眠れますから」
「本当に……どういういきさつでそうなったのじゃ」
首をかしげるルキエに向けて、2人の羽妖精は話し始めた。
トールが闇の羽妖精ルネと出会った理由と、その後のことを。
「──なるほど。森の近くがトールの工房の
話を聞き終えたルキエは、納得したようにうなずいた。
トールは光属性の羽妖精が病弱だということを知り、『フットバス』と『
それに恩を感じた羽妖精たちは、トールの工房探しを手伝った。
そしたら今度はトールがお礼として、羽妖精たちに服を与えることになった──ということらしい。
だから羽妖精たちはトールの使者として、魔王城に書状を届けに来た。
ちなみに2人の他にも、木の葉の服を着た羽妖精たちがついてきているらしい。
彼女たちは城から離れたところで、仲間が帰ってくるのを待っているそうだ。
「なぜじゃろう……トールと
ルキエは口を押さえて、笑った。
人見知りの羽妖精たちが、わざわざ魔王城まで来た理由がわかったからだ。
羽妖精は義理堅い。
仲間を助けられて、自分たちも服をもらってしまったら、その恩を返さずにはいられない。
しかもトールはもっと多くの羽妖精たちに、魔織布の服を与えるつもりでいる。
それを知った羽妖精たちは、種族ごとトールに忠誠を誓ってしまったのだろう。
「この服……すごく着心地がよいのでございます」
「……飛ぶときも楽で、気持ちがいいの」
地属性の羽妖精と、水属性の羽妖精は笑った。
真っ白な服を自慢するかのように、くるくると、小さな身体を回転させている。
それから、ふたりはルキエを見つめて、
「魔王陛下。お願いがございます」
「……飛ぶところ、見て欲しい、です」
「「いただいた新しい服でなにができるか、錬金術師さまの主君に見ていただきたいのです」」
羽妖精たちは声をそろえて、そう言った。
「わかった。見せてもらおうではないか」
ルキエはうなずいた。彼女も、羽妖精が飛ぶところを見たかったからだ。
羽妖精が優雅に宙を舞うと聞いている。
それが今は純白の服を着ているのだ。
きっとスカートが羽のように舞い、とてもきれいに見えるだろう。
「この裏庭なら人目につかぬ。思う存分、飛び回るがよい」
「「承知いたしました……」」
直後。2人の羽妖精は、高速で飛び上がった。
「……え」
速い。
ルキエが見上げたとき、羽妖精たちはすでに樹の上まで達していた。
大きく広がったスカートが、羽のように広がっている。まるで予備の羽のようだ。
「「せーの!」」
ひゅん、と、羽妖精たちが、真横に飛んだ。
やはり、速い。目で動きを追うのがせいいっぱいだ。
よく見ると、彼女たちの服の表面が波打っていた。
まるで魚が身体をくねらせて泳ぐようだ──と、ルキエは思う。
あの服が空気の流れを読み取り、それに合わせて形を変え、彼女たちが飛ぶのを助けているのだ。
「
ルキエは、トールの書状にあった言葉を思い出す。
──
──魔織布の服を着ることで、羽妖精たちは服を自分の身体の一部にできる。
──それは羽妖精の助けになる。だから、魔織布の服をあげたい──と。
「いや、確かに書いてあったけど! これは予想外すぎるじゃろう、トール!!」
ルキエが見守る前で、羽妖精たちは空中を高速で飛び回っている。
やがて、彼女たちは裏庭の端まで行って──
「「方向転換しまーす」」
羽妖精たちはスカートを広げ、それを船の
さらに、しゅるり、と、腰に巻いたリボンを伸ばす。
伸びたリボンは樹の枝にからまる。
それを支点に羽妖精たちは、ぐるん、と方向転換。スピードを落として、ルキエの方に戻ってくる。
そうしてルキエの前で、ぴたり、と停止した。
「「いかがですか、魔王さま!!」」
羽妖精たちは、きらきらした目でルキエを見ていた。
「この服があれば、みんなで魔王さまのお役に立てます」
「……魔王領の人たちと、一緒に働けます」
「「着心地のいい服で快適にお仕事ができるようになるのですー!」」
「これは着心地や快適といった問題なのじゃろうか……?」
ルキエは
彼女たちは「えっへん」と胸を張り、ルキエの感想を待っている。
「……確かに、すばらしい服と飛行能力じゃな」
しばらく考えてから、ルキエは言った。
「お主たちほどの飛行速度を持つ者は、魔王領にもめったにおらぬじゃろう。すばらしかったぞ。うむ」
「「ありがとうございます! 魔王さま!!」」
羽妖精たちは手を叩いてよろこんでいる。
確かに、こんなにいい服はない。
彼女たちは魔織布の服を、すでに身体の一部としている。
広げたり縮めたり、リボンを方向転換に使ったり──確かに、これは快適だろう。
魔王であるルキエも、民がよろこんでいるのはうれしいのだけど──
(トール! お主は羽妖精の
無言で突っ込むルキエだった。
トールが作った魔織布の服は、羽妖精たちの生き方そのものを変えるだろう。
それは、魔王ルキエが治める魔王領にも、大きな影響を与えるはずだ。
これから始まる鉱山開発もそうだ。
高速飛行する羽妖精たちは、狭い坑道の中を探ったり、魔王城から鉱山まで指示書を届けたりと、大活躍するだろう。
当の羽妖精たちだって、魔王領のために働くことを望んでいる。
まったく問題はない。
予想外すぎる効果に、魔王と
「……トール。お主はもう。まったく」
ルキエは思わず額を押さえた。
宰相のケルヴは今ごろ『マジックアイテム普及申請書』を見ながら、許可を出すかどうか考えているだろうが──もう、そんなものには意味がない。
魔王領と羽妖精たちのことを考えたら、許可を出すしか選択肢がないのだ。
「魔王さま。どうなされましたか?」
「……頭、いたいの?」
「気にせずともよい」
「さようでございますか」
「……そうですね。魔王さま、笑ってますから」
「……笑っておる、じゃと?」
言われてルキエは、自分の表情に気がついた。
羽妖精たちの言う通りだった。ルキエは、笑っていた。
「そうじゃな。余としたことが、楽しくなってしまったようじゃ」
ルキエは言った。
「これから魔王領が、どう変わっていくのか考えたら、わくわくしてしまったのでな」
「お気持ちはわかります。魔王さま」
「……羽妖精たちも、みんなわくわくしてますから」
「そうか。仲間じゃな」
「「仲間ですー」」
楽しそうにルキエのまわりを飛び回る羽妖精たち。
(本当に、余の錬金術師は、思いもよらぬところに皆を連れて行くのじゃから)
それを見ながらルキエは、高鳴る胸を押さえていた。
(じゃが……次に会うときにはおぼえておれ、トールよ。余をびっくりさせたことについて、夜通し文句を言ってやるのじゃから)
内心で、ここにはいないトールに宣言してから、魔王ルキエは深呼吸をした。
「さてと、それで……お主たち羽妖精に服を与える件じゃが……」
「「…………ごくり」」
「余は賛成する」
ルキエはきっぱりと宣言した。
「反対するものもおるかもしれぬが、それは余が説得しよう」
「「本当ですか!? 魔王さま!!」」
その言葉に、ふたりの羽妖精が目を見開いた。
ルキエはうなずいて、
「宰相のケルヴは頭は固いが、魔王領のことを考えてくれておる。羽妖精たちにとって魔織布の服が重要だということも、わかってくれるじゃろう。納得するまでに時間はかかるかもしれぬがな」
「「承知いたしました!」」
2人の羽妖精が羽を閉じ、地面に降りた。
それから、深々と頭を下げて
「魔王陛下のお言葉に、羽妖精を代表して感謝申し上げます」
「……感謝、申し上げます」
「うむ。それと、光の羽妖精の力を借りて、アイテムの実験を行う件じゃが……」
ルキエも『UVカットパラソル』のことは気になっていた。
彼女も皇女リアナの聖剣の力を見ている。
光の聖剣や、光の攻撃魔術を防ぐアイテムがあるなら、ぜひこの目で見てみたい。
「それは服の件が片付いてからじゃな。そのようにトールに伝えてやってくれ。後ほど、書状で正式に返事をする、と」
「「しょうちいたしましたー!」」
「ところで光の羽妖精は、どんな攻撃魔術が使えるのじゃ?」
「「ソレーユは『ヴィヴィッドライト・ストライク』が使えますー!」」
「……光の中級攻撃魔術か。実験にはちょうどよいな」
究極魔術『アルティメット・ヴィヴィッドライト』からは数ランク落ちるが、実験には十分だろう。
ルキエも許可が出しやすい。
さっそくトールの手紙に返事を書こうと、ルキエは心を決める。
「と、いうことじゃ。難しい話は、これで終わりじゃ」
「「はーい」」
「あとは……そうじゃな。せっかく着たのじゃから、お茶でも飲んでいくがいい」
魔王ルキエは再び、『
それから、ローブの
「姿を見られるのが恥ずかしいのなら、このローブの中に入るがよい。『認識阻害』の効果が、お主らの姿も隠してくれるじゃろう」
「ありがとうございます。陛下」
「……おじゃま、いたします」
「それでは部屋に案内しよう。茶を飲みながら、トールの話でも聞かせてくれ。興味深い話が、たくさんありそうじゃからな」
「トールさまは、光の羽妖精ソレーユがお風呂に入っているのを確認されました」
「……羽妖精20人が、トールどのに抱きつきましたー。すばらしい抱きごこちでしたー」
「そうかそうか。その件については、ぜひとも詳しく聞かせてもらわねばならぬな! うむ」
妙に心に引っかかるものを感じながら、ルキエは城に向かって歩き出す。
通用口のドアを開けて、城に入ると──
「羽妖精との会談は終わりましたでしょうか。陛下」
──目の前の
「裏庭は人払いされているとのことですので、ここで待たせていただきました」
「どうしたケルヴ。申請書の件か?」
「……そちらは観念してサインいたしました。これは、別件での報告となります」
「別件?」
「国境の警備兵より連絡です。ドルガリア帝国に動きがありました」
宰相ケルヴは緊張した声で、告げた。
「先方の使者が、国境近くの森の前に、書状を残していったそうです。地面に旗を立て、その柄に書状を結びつける、というかたちですが」
「帝国がこちらと連絡を取る際の正式な手順じゃな」
魔王ルキエはうなずいた。
帝国とは『魔獣ガルガロッサ討伐』で共同作戦を行ったばかりだ。
魔獣のほとんどは魔王ルキエが倒したとはいえ、協力したことに変わりはない。
友好の書状ならよいのじゃが──そう思いながら、ルキエは訊ねる。
「内容は、秘密にすべきものか? ならば玉座の間に戻ってから聞くが」
「いえ、むしろ一般に公開して、注意を促すべきかと」
「わかった。ならば聞かせてくれ」
「申し上げます」
宰相ケルヴは手にしていた羊皮紙を読み上げる。
「『先の魔獣討伐戦において、一部の兵士に練度不足があり、魔獣に遅れを取った。その反省から、軍事訓練を行うこととした』──と、あります」
「……なに?」
「『願わくば魔王領の皆さまも、国境付近においでください。我らドルガリア帝国が誇る光の魔術をお目にかけましょう──』」
その後、ケルヴは書状の末尾に記された、軍事訓練の日程を読み上げる。
日時は、今から約20日後。かなり先だ。
「差出人は?」
「帝国皇帝のサインがありますが、書状を記したのは軍務大臣ザグランどのです」
「──あの者か」
ルキエはローブの中にいる羽妖精たちを見た。
地属性と水属性の2人は、真面目な顔でうなずいている。
彼女たちも帝国からの書状に、嫌なものを感じているようだ。
気のせいであればいい……そう思いながら、ルキエは宰相ケルヴに指示を出す。
「まだ時間はあるようじゃな。その前に、トールと会って話をしておくか。光の魔術への対策も……念のため、しておくとしよう」
ルキエは、『認識阻害』のローブをなでた。
「ケルヴよ。余に『マジックアイテム普及申請書』を渡すがいい。すぐにサインしてトールに送ろう。それと、ライゼンガ領への馬車を仕立てよ。布の素材と、服職人を送るのじゃ。羽妖精たちに服を仕立てる。それをまとった者たちに、国境付近の
「承知いたしました。陛下!」
「うけたまわりました」
「……魔王さまの命令は、錬金術師さまの命令と、同じ」
宰相ケルヴの声に重ねるように、ぼそり、と、羽妖精たちが答えた。
ルキエは続ける。
「最後に、我が錬金術師トール・カナンの『光魔術対抗実験』を許可する。羽妖精ソレーユの調子が良くなりしだい、実験を行うように。余も立ち会う。以上じゃ」
「はい、陛下」
「帝国を信じたいところじゃが、前回のこともあるからな。警戒しておくべきじゃろう」
「では、早急に手配を進めます。失礼いたします」
そう言って、宰相ケルヴは一礼した。
それからルキエに、自分のサインを入れた『マジックアイテム普及申請書』を渡し、宰相ケルヴは執務室へと走り去っていった。
「……ドルガリア帝国か。あの国のことは、よくわからぬな」
仮面をつけたまま、魔王ルキエは言った。
「皇帝も皇子皇女も、なにを考えておるのじゃろう?」
「……よろしければ」
「……見てきます?」
「やめておけ。お主らになにかあったら、トールが悲しむ」
ローブの中にいる羽妖精たちにむかってささやきながら、ルキエは部屋に向かう。
その後──
ルキエは、焼き菓子をカリカリかじる羽妖精たちを見ながら、『マジックアイテム普及申請書』にサインをした。
お菓子を食べ終えたら、羽妖精たちはこれをトールのところに届けてくれることになっている。
「帝国が軍事訓練をするだけなら……問題はないのじゃがな」
むしろその訓練を見て、学ばせてもらいたい。
人間たちの使う陣形や戦い方、そのすべてを。
魔王領は帝国に敵対するつもりはない。むしろ彼らから学んで、領土を発展させるつもりでいるのだから。
「帝国の中にも、それをわかってくれる者はきっと、いるはずじゃ」
トールは──桁違いすぎるから例外として。
話を聞いて、共存することを選んでくれる者が、きっといる。
そんなことを考えながら、ルキエは羽妖精たちとのティータイムを続けるのだった。
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