第50話「魔王ルキエと宰相ケルヴ、トールについて予想を立てる」

 ──翌日、魔王城では──





「午前中の報告は以上です。陛下へいか

「ご苦労。さがってよいぞ」


 文官からの報告を受けて、魔王ルキエはうなずいた。

 一礼して、エルフの文官が退出していく。


 時刻は、午後の早い時間。

 午前から続いた業務が一段落して、魔王ルキエは玉座に身体を預けた。


魔獣討伐まじゅうとうばつが終わったせいか、皆も落ち着いておるようじゃな」

「はい。陛下」


 玉座のとなりで、宰相さいしょうケルヴが言った。


「ですが、まもなく鉱山の開発が始まります。一大事業ですから、魔王領内もかなり騒がしくなるでしょう。人材の確保や、安全性の確認など、課題もありますので」

「そうじゃな。今は小休止といったところか」

「はい。おっしゃる通り、貴重な休みの時間だと考えております」


 つぶやいて、宰相ケルヴはため息をついた。

 それを見とがめるように、魔王ルキエは、


「どうしたケルヴよ。なにか気になることでもあるのか?」

「いえ……ふと思ったのです」

「言うてみよ」

「はい。たいしたことではないのですが」


 宰相ケルヴは南側の──ライゼンガ将軍の領地がある方角の窓を眺めた。


「トールどのがいない魔王城は……静かすぎて落ち着かないように思ったのです」

「……ケルヴよ」

「失礼しました。別にトールどのを揶揄やゆするつもりはございません」

「謝らずともよい。お主に悪意がないことはわかっておる」


 魔王ルキエは手を振って、頭を下げようとする宰相ケルヴを止めた。

 彼女は思わず、魔獣討伐の後のことを思い出す。

 あのときルキエは皇女リアナに言った。「トールは渡さぬ」「あやつはこの地で余が幸せにする」「ずっと側におる」──と。

 そのとき、近くにケルヴとライゼンガもいた。


 ふたりはルキエの言葉について、聞かなかったふりをしてくれた。

 けれど、少しだけ、ケルヴはトールのことを語るとき、遠慮えんりょするようになっていたのだった。


「気にするな。ケルヴよ。余も同じようなことを考えておった」

「陛下もですか?」

「ああ。ずいぶん魔王城がさみしくなったと思っておる」


 魔王ルキエは玉座の間を見回して、そう言った。


 魔王城はいつも通りだ。

 多くの者が出入りしているし、魔王ルキエの仕事が減ったわけでもない。

 もちろん健康を考えて、休憩時間や、お茶の時間も確保している。

 時々は、城に勤めるものたちと茶会を開いて、話を聞くこともある。


 なにも変わらない。

 トールが来る前の魔王城に戻っただけだ。


(なのに……余は、物足りないと思ってしまうのじゃな……)


 魔獣討伐を終えて城に戻ったあと、魔王ルキエは何度もトールの部屋を訪れた。

 もちろん、そこにトールの姿はない。

 当たり前のことなのだけど──つい、繰り返してしまうのだった。


「今ごろトールどのとメイベルは、なにをしているのでしょうね」

「それは愚問ぐもんじゃな、ケルヴよ」


 つぶやいたケルヴに、魔王ルキエは苦笑いを浮かべた。


「あやつのことじゃ、ライゼンガの屋敷に着いたその日から、新しいマジックアイテムを作りはじめているに決まっておろう」

「お言葉ですが、そうとは限りませんよ。陛下」

「なんじゃと?」

「トールどのは強い探究心をお持ちです。今ごろ、ライゼンガ将軍の領地をまわって、知らない種族と親交を深めておられるかもしれません」

「それもあるかもしれぬ……じゃが」


 魔王ルキエはふと、首をかしげて、


「お主はトールが『マジックアイテム普及申請書』を送ってくるのが怖くて、そのようなことを申しておるのではないか?」

「それもあります」

「正直じゃな!」

「トールどのが魔王領に来てから、私はおどろかされ続けておりますから」


 宰相ケルヴは魔王ルキエの言葉に、素直にうなずいた。


「歴史を受け継ぐ宰相として、自信を失いかけております。代々の宰相が残した口伝にないアイテムばかり作られますからね。トールどのは……」

「じゃが、それでもトールは、他種族との親交を深めていると考えておるのか?」

「……トールどのはメイベルやアグニスどのの問題を、進んで解決していますから」

「そうじゃったなぁ……」

「ですから私は、ライゼンガ将軍の領地に行ったトールどのは、彼にとって未知なる種族の者たちと親交を深める可能性の方が高いように思うのです」

「お主はトールを理解しようとしておるのじゃな、ケルヴよ」

「これ以上おどろかされて、柱に頭を打ち付けるわけにはいきませんので」


 そう言って宰相ケルヴは、額を押さえた。


「ですが陛下は、トールどのが新しいアイテムを作って、すぐに『マジックアイテム普及申請書』を送ってくるとお考えなのですね」

「うむ。そこはケルヴと意見が分かれたのじゃ」


 魔王ルキエは、にやりと笑ってうなずいた。


「じゃが、余には自信がある。なんなら、けてもよいぞ」

「残念ですが、陛下と賭けはできません」

「そうか?」

「せめてトールどのが戻られたとき、この話をして、彼をおどろかせることにいたしましょう」

「そうじゃな。余とケルヴが、トールがライゼンガ領で最初になにをするか、こんな予想をしていたと伝えることとしよう。見事に言い当てられたと、トールもおどろくことであろうよ」

「話を聞いたトールどのの顔が、目に浮かぶようですね」

「いつもおどろかされてばかりなのじゃ。たまには仕返しをしてやらねば」


 思わず魔王ルキエは口を押さえて、笑った。

 自分の行動を言い当てられたトールはきっと、びっくりするだろう。

 ルキエには自信がある。

 魔王ルキエと宰相ケルヴの予想は、必ずどちらかが当たっているはず──と。


 新しいマジックアイテムを作って、それを普及させようとするか。

 ライゼンガの領地にいる種族と仲良くなるか。

 どちらかひとつを、必ずトールは実行しているはずなのだから。


(トールにはびっくりさせられっぱなしじゃからな。あやつの行動を言い当てて、びっくりさせてやるのもよかろう)



 ルキエがそんなことを考えたとき──



「失礼します。魔王陛下まおうへいか宰相閣下さいしょうかっかに、緊急きんきゅうの報告、あります!!」


 扉の向こうから、衛兵の声がした。


「入室を許します!! すぐに報告してください!!」


 宰相ケルヴが答えると、ドアが開き、ミノタウロスの衛兵が入って来た。

 彼は魔王ルキエの方を見て、告げる。


「報告、します。魔王城の正門前に……羽妖精ピクシーが現れました」

「なんじゃと!?」

「羽妖精が、人前に!?」


 魔王ルキエと宰相ケルヴが叫んだ。


 羽妖精は、ほとんど表に出ることのない、神秘の種族だ。

 古い時代の魔王から自治領を与えられ、そこに隠れ住んでいる。

 依頼をすれば仕事を手伝ってくれるけれど、姿を見せることはほとんどない。


 魔王であるルキエでさえ、姿を見たことは数回しかない。

 きちんとあいさつはしてくれるけれど、それは声だけだ。

 羽妖精は魔王領を最初に開拓するときに、土地の魔力を読み取り、農地や牧草地に適した場所を見つけ出してくれた。

 その功績こうせきから、自治領に身を隠すことが許されているのだ。


「魔王城で、羽妖精に依頼をしていた者がおるのか?」

「ないはずです。一体、どうして彼女たちがここに……?」

「自分には、よくわからないの、ですが」


 ミノタウロスの衛兵は、手元の木札に書かれたメモを見ながら、


羽妖精ピクシーたちは『申請書』『錬金術師れんきんじゅつしさま』『お届け』──と、言っておりました」


「「……え?」」


 魔王ルキエと宰相ケルヴの目が点になった。



 ふたりは、ついさっき、こう言っていた。


 宰相ケルヴは『ライゼンガ領に行ったトールは、最初に新たな種族と親交を深めるだろう』──と。

 魔王ルキエは『トールのことだから、新しいアイテムを作って「マジックアイテム普及申請書」を送ってくるだろう』──と。


 ふたりは、そのうちどちらかが当たっているかと思っていたのだけれど──


(……別に両方ともいっぺんにやらなくていいのじゃよ!? トール!!)


 思わず魔王ルキエは、心の中で叫んだ。

 ちなみに宰相ケルヴは、無言で頭を抱えている。


 ルキエとケルヴの予想は見事に的中していたけれど──外れてもいた。

 ふたりとも、まさかトールが一度に両方やってしまうとは思っていなかったのだ。


「とにかく、申請書をここへ。余が羽妖精と話をしよう」

「はい。書類はすぐにお持ち、します」


 衛兵は答えた。


「ですが羽妖精たちは、木の後ろに隠れていて……出てこないのです」

「……人見知りの種族じゃからのう」

「……トールどのはどうやって、彼女たちと親交を深めたのでしょうか」


 ルキエの言葉に、宰相さいしょうケルヴは呆然ぼうぜんとつぶやいた。


「羽妖精はトールどのの依頼で、申請書を届けに来ただけ? いえ……それでは羽妖精が、こんな時刻に現れた理由がわかりません。人見知りの彼女たちなら、夜か、明け方に黙って申請書を置いていくはずです……しかし……」

「予想ばかりしていても仕方あるまい」


 魔王ルキエは、玉座から立ち上がる。


「まずは申請書を見てみるとしよう。それから余が、羽妖精と話をする。場所は城の裏庭がよかろう。あそこなら人目もないし、姿を隠すための木々も多い。羽妖精も安心するはずじゃ」

「わかりました」

「だが、無理強いしてはならぬぞ」


 念のため、ルキエは付け加えた。


 魔王領のモットーは『適材適所』だ。

 様々な種族に、できるところで、向いた仕事をしてもらうことにしている。


 そして羽妖精たちは魔力の流れを読むという特技を活かして、ちゃんと役目を果たしている。

 ならば彼女たちの、人見知りという性格も受け入れなければいけない。

 それが適材適所ということなのだから。


「じゃが、できればトールのとも──いや、主君として、彼の近況を聞かせてくれるように伝えてくれ。あやつがなにをしているのか、なにをしようとしているのか、それくらいは把握しておかねばならぬゆえな」

「かしこまり、ました!」


 一礼して、ミノタウロスの衛兵は玉座の間を出て行った。

 しばらくして彼は『マジックアイテム普及申請書』と、トールからの書状を手に戻って来た。

 さらに羽妖精からの『錬金術師れんきんじゅつしさまの主君と、おはなし、しますー』という伝言を伝えて、退出していったのだった。







「羽妖精に服をあげたいから許可をお願いします……ですか。トールどのらしいですね」


 申請書に目を通した宰相ケルヴは、安堵あんどの息をついた。


「よかった。この程度なら問題はありませんね」

「そうじゃろうか?」

「はい。羽妖精は木の葉の服を着ているせいで、行動が制限されておりましたから。トールどのの魔織布で作った服を着れば、空を飛ぶのに不自由なく、人前に現れて──堂々と人の手助けをしてくれて……魔王領はその力を十分に借りることができて……ん? んんんんんんんっ!?」


 宰相ケルヴの口調が変わっていき、申請書を持つ手が震え出す。


 羽妖精ピクシーたちが魔王領の者たちに混じって、普通に仕事をしてくれること。

 それは羽妖精の──もしかしたら魔王領の在り方を変えるかもしれないことに、気づいたようだった。


「……し、しかし、この申請を拒否すれば、魔王領が発展する機会を逃すことに……」


 柱に頭を押しつけながら、宰相ケルヴは声をあげる。

 頭を打ち付けるのは3回で我慢がまんして、彼は魔王ルキエの方を見た。


「陛下の方はいかがですか? トールどのからの手紙には、なにが書かれていたのでしょうか?」

「『アルティメット・ヴィヴィッドライト』を防ぐパラソルができたそうじゃ」


 魔王ルキエは言った。


「光の魔術を使える羽妖精と仲良くなったとも書いてある。じゃから、そのパラソルで光の攻撃魔術を防ぐ実験をしてもいいか聞いておるな」

「そうですか。アイテムを作っただけなら、いつもの近況報告ですね。そうですか、パラソルですか。究極の光属性攻撃魔術『アルティメット・ヴィヴィッドライト』を防ぐことができる……初代魔王陛下の防御結界を破壊した『アルティメット・ヴィヴィッドライト』を…………!?」


 ごんっ。ごんごごんっ!


「だから柱が傷むから頭突きはやめよと言っておるじゃろう。ケルヴよ」

「……陛下はどうして、それほど落ち着いていらっしゃるのですか?」


 宰相ケルヴは柱に額を押しつけたまま、言った。


「トールどのは羽妖精と仲良くなり、究極の光属性魔術を防ぐアイテムを作ったのですよ!? 我々の予想内ではありますが……仲良くなる種族も、作ったアイテムも桁外れです! なのに陛下は一度びっくりされただけで、あとは落ち着いていらっしゃいますが……それは……」

「……どうしてじゃろうな」


 ルキエ自身にもわからなかった。

 けれど、ルキエの中では、以前、彼女自身が叫んだ言葉がこだましていた。


 ──あの者はこの地で、余が幸せにする。

 ──ずっと側におる。

 ──渡さぬ。


 それは魔王ルキエ自身が、皇女リアナに対して口にした言葉だ。

 その言葉を口にしたとき、ルキエの中では「トールのすべてを受け入れる」覚悟が、決まってしまっていたようだった。

 トールの過去も、思いも、彼が作るものも、すべて。


 それは魔王として、臣下や国民を受け入れる想いに近いものだったかもしれないけれど──魔王ルキエにとっては、自分自身で決めた、誓いでもあったのだ。


「トールは光の攻撃魔術を防ぐ実験をしたいと申しておるだけじゃ」


 けれど、それをケルヴに伝えるのは……違うと思った。

 だからルキエは魔王として、常識的な答えを返すことにした。


「それにまだ、パラソルの実用性が証明されたわけではない。まずは、トールについての話を、羽妖精から聞くのがよかろう」

「そ、そうですね。確かに、陛下のおっしゃる通りです」

「羽妖精は裏庭で待っておる。余が話を聞いてくるとしよう」


 そう言ってルキエは、玉座から立ち上がり、歩き出す。


「ケルヴはここで待っているがいい。詳細はのちほど、余の口から伝えることとする」

「陛下」

「なんじゃ、ケルヴよ」

「その落ち着きよう、臣下として誇りに思います。成長されましたね。陛下」

世辞せじはいらぬよ。ケルヴ」


 魔王ルキエは『認識阻害にんしきそがい』の仮面とローブに触れてから、答えた。


「余はまだまだ未熟みじゅくじゃ。ただ、それを気づかせてくれる者がいるだけじゃ。それだけで、歴代の魔王よりも恵まれていると感じておるよ。余を支えて、成長させてくれる者がおるのじゃからな」


 そして、絶対に自分の味方になってくれる錬金術師も。

 彼がいれば、帝国も、歴代の偉大な魔王も──自分の未熟みじゅくさだって怖くない。

 そんなふうに考えて、ルキエはまた、微笑む。


「余は幸せな魔王じゃ。それだけなのじゃよ」


 そうして魔王ルキエは、羽妖精が待つ裏庭へと向かったのだった。


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