第49話「羽妖精と『魔織布の服』の相性問題を知る」

 俺たちは再び、西の森に来ていた。

 道の行き止まりで馬車を止めて、切り株のところへ移動する。

 ここに来ることは、さっきの家で会った羽妖精ピクシーたちに伝えてある。

 だから俺たちは、迎えが来るのを待つつもりだったんだけど──



「「「どうぞ、森へお入りくださいーっ!」」」



 森の入り口から、声がした。

 相変わらず姿は見えない。まだ、恥ずかしいのかな。

 でも、歓迎してくれてる。



「ご遠慮えんりょなくお入りください。ルネのところまでご案内いたします」

「……お待ち、してました」

「熱烈に歓迎するですー」

「わくわくでどきどきで、るるるー、なのですー!」



 ぱたぱた。こんこん。ぺたんぺたん。


 楽器みたいに樹を叩く音まで聞こえる。

 そんなふうに呼ばれてしまった俺たちは──


「入ってみようか。メイベル。アグニスさん」

「はい。トールさま」

「案内があるなら、中で迷うこともないと思いますので」


 森の中に入ることにした。

 どのみち、羽妖精さんには許可証を託さなきゃいけないし、光の羽妖精のソレーユに会って、頼み事もしたいから。


 それに、羽妖精の森に入るのは、わくわくする。

 羽妖精たちは神秘の種族だ。

 どんな場所で暮らしているのか、すごく気になる。


 そんなわけで、俺たちは森の中へ。

 一列縦隊いちれつじゅうたいで、俺の前をメイベルが、後ろをアグニスが歩くことになった。

 メイベルが足元を確認して、俺がつまづいたらアグニスが支えるという体勢だ。


 そうして足を踏み入れた、森の中は──





 めちゃくちゃ歩きにくかった。


「……あしもと、注意して」

「トールさま。地面に大きな根があります。お気をつけてください」


 羽妖精ピクシーとメイベルが言った。


 足元を見ると、人の腕くらい太さの木の根がある。同じような木の根が地面を埋めるように、森の奥まで続いている。

 上を見ると、視界をおおうくらいの巨大な樹の枝がある。

 警告してくれてた羽妖精が手を振って、それから、恥ずかしそうに姿を隠す。


 羽妖精たちが、この森を住処にした理由がよくわかる。

 ここは、人や亜人が歩くようにはできてない。

 というか、そもそも道がない。空を飛ぶ羽妖精には必要ないからだ。


 危険な獣もいない。だから獣道ができることもない。

 羽妖精たちの案内がなければ、まっすぐ進むこともできない。

 この森は、羽妖精の結界みたいだ。



「葉っぱが三角形の樹を右に曲がってくださいませ」

「……その後で、黄色い木の実が生えてる樹の間を……まっすぐ」

「命に替えてもご案内します!」

「あのねあのね。このくだもの美味しいよ、たべてー」



 ひゅーん、と飛んできた果実を、メイベルがキャッチ。

 そのまま俺に渡してくれる。


 ブドウに似た果実だった。

 果実の粒が大きくて、3つくらいしかついていないけど。


「見たことない果物だね」

「魔王領の特産、エルヴァースの実です。ジューシーで美味しいですよ」

「初めて見たよ」

「そうですね。魔王陛下でも、誕生日にしか食べられないような品ですから」

「待って」


 それって、超高級品じゃないのか?


「きまぐれに実がなる品種なので、熟した果実を見つけるのがとても難しいのです」

「アグニスも、1度しか食べたことがないです」

「羽妖精さんには、熟す時期がわかるのかな……」

「魔力の流れのように、見極める力があるのかもしれませんね」

「……羽妖精さんってすごいんだね」


 俺はエルヴァースの果実を三つに分けて、メイベルとアグニスにひとつずつ渡した。

 自分の分を食べてみると……うん。甘い。

 それに果汁がすごく多くて、喉がうるおっていく。


 果物を食べながら、俺たちは小休止。

 少し休んでから、また、歩き出すと──



「「「「つきますよー」」」」



 ──視界がひらけた。


 木々の隙間が広くなり、草花に囲まれた広場が姿を現す。

 そこは光が降り注ぐ場所で、地面に小さな泉があった。

 地面から突き出した岩があり、そこから水が湧き出してるんだ。


 羽妖精たちが解説してくれる。ここは水場ですー。水浴びに使ってる川は森の奥ですー。水浴びするところ、見たいですかー、って。

 思わずうなずきかけた俺は──水場の隣にいる羽妖精たちに気づいた。


 ひとりは黒髪の羽妖精、ルネ。

 彼女は空中に浮かびながら、地上にいるもうひとりの羽妖精を見つめている。


 地上にいるのは、初めて見る子だった。

 プラチナブロンドの髪を持つ、真っ白な羽妖精だ。

 その子は銀色の桶の中にいた。背中の羽は濡れないように外に出し、『フットバス』をお風呂にして、ゆったりと浸かっている。


 かすかに『フットバス』が震えているところを見ると、使用中みたいだ。

 彼女はお湯から出した肩を揺らしながら、気持ち良さそうに鼻歌を歌ってる。


「具合はどうですか? ソレーユ」


 ルネが高度を下げて、『フットバス』の縁に腰掛けた。


「様子を見ればわかりますが、念のため、あなたの口から伝えてくださいませ」

「……あのね。ルネ姉さま」

「はい。ソレーユ」

「ソレーユは生まれてきてはじめて、絶好調というものを感じていますの」


 長い脚を『フットバス』から出して、白い羽妖精──ソレーユは言った。


錬金術師れんきんじゅつしさまがくださった、このお風呂が……あたくしの身体の魔力を整えてくださってるのが……わかるの。よどんでいた魔力を流して、身体に行き渡らせてくれているの。信じられないの。こんなことができるなんて……」

「よかったですね。ソレーユ」

「は、はいなの。ぜひ、錬金術師さまにお礼を言いたいの」

「そうですね。お礼を言うのはとてもいいことでございます」

「ええ。お目にかかることができたら、たくさん、お礼をいいます。そして、命をかけて恩返しを──」

「それは直接申し上げるとよろしいでしょう」

「……え?」

「あの方もソレーユの体調が気になるそうなので、お招きいたしました」


 闇の羽妖精のルネが、俺たちの方に腕を伸ばした。

 ばしゃん、と、音がした。

 光の羽妖精のソレーユが『フットバス』の中で立ち上がり、こっちを見てた。


 真っ白な背中が見えた。

 半透明の羽が、肩甲骨のあたりから生えている。

 濡れた髪は羽を避けるようにして、背中をおおっている。羽から魔力の力場が発生しているらしい。

 飛行にも使えるその力場が、濡れた髪を弾いているのだろう。


 羽を除けば、身体のつくりは人間や亜人と変わらない。

 身体のサイズが小さいだけだ。


 でも羽妖精って、魔力に敏感なんだよな。

 ということは羽が魔力に反応する器官なのか、それとも他になにかあるんだろうか……と考えていると、俺は、ソレーユの顔が真っ赤になっていくのに気づいた。

 彼女は目を見開いたまま硬直してる。小さな身体が震え始めてる。

 まずい、じっくり見過ぎた──と思って目を逸らしたと同時に、俺の視界がルネにふさがれた。


「申し訳ございません。錬金術師さま。予想外にソレーユがおどろいてしまったようでございます」


 闇の羽妖精のルネは申し訳なさそうに、そう言った。


「ソレーユはすでに、錬金術師さまが作られたお風呂に入り、錬金術師さまが作られた服をまとっております。つまり、生まれたままの身体を、錬金術師さまに抱きしめられているのも同じです」

「……その理屈はどうなのかな」

「だから、入浴中にご案内したのですが……まだ、ソレーユには刺激が強すぎたようでございます」

「……そうですね。それは見ればわかります」

「失礼ですが、ソレーユが服を着るまで、少しだけお待ち下さいませ」


 ルネはそう言って、ぺこり、と頭を下げた。

 真面目だった。


「こっちこそすいません。じゃあ、ソレーユさんが服を着るまで後ろを向くとして──」


 俺はルネに向かって言った。


「ソレーユさんが支度をととのえるまでの間、ちょっとお手伝いをお願いできますか?」

「は、はい。もちろんでございます」

「メイベルも、アグニスさんもお願い」

「はい。トールさま」

「承知いたしました!」


 俺とメイベル、アグニスは、広場に背中を向けて、木の根に腰を下ろした。

 それから俺は『超小型簡易倉庫』から、闇の魔織布ましょくふを取り出しす。

 打ち合わせ通りの行動に、メイベルとアグニスがうなずく。


 まずはメイベルが魔織布を受け取って、平らになるように、ぴん、と伸ばした。

 次にアグニスが針と糸を取り出す。


「この布の上に、うつぶせになってみてもらえますか。ルネさん」

「え? はい? これはもしかして……採寸さいすんでございますか?」

「そうです。ルネさんには、羽妖精ピクシーさんの服の、型紙代わりになって欲しいんです」


 羽妖精さんに服をあげる件について、俺はあれからメイベルと話をした。

 その結果、3着くらいなら、許可がなくても大丈夫だろうという結論になった。


 俺は羽妖精さんたちに、魔王城まで申請書を届けてもらうつもりでいる。

 そのお礼として、届けてくれる羽妖精さんに服をあげたい。

 だから、羽妖精の基本サイズを測るために、ルネに採寸を手伝ってもらうことにした。他の羽妖精さんは恥ずかしがって、なかなか出てきてくれないから。


「それでルネさん。『フットバス』の効果はあったんですか?」

「ごらんの通りでございます。ソレーユは、かなり元気になりました」


 布の上にうつぶせになったまま、ルネが答える。


「本人も気に入ったのか、あれから数十分おきに入浴を繰り返しております。あれに浸かると魔力の流れが整うそうで……昨日までは起きるのも大変そうだったのに、今は普通に飛び回っております」

「そうですか……よかったです」


 本当によかった。

 やっぱり、自分の作ったアイテムが役に立つってうれしいもんだな。


「光属性の服も、具合がよいようです。着たまま空を飛べるのもそうですが、あの服は、まるで自分の手足のように動かせるそうでございます」


 ──と、思ったら、ルネは予想外のことを告げた。


「手足のように動かせるんですか?」

「はい。スカートを広げて、予備の羽のようにできるらしいです。そうすると空中で姿勢を変えるときに楽だそうで」

「……すごいですね。羽妖精さんって」

「いえ、すごいのは錬金術師さまが作られた布の方だと思いますが……」


 ルネはきらきらした目で、俺を見てた。


 でも……そっか。

 羽妖精が同じ属性を持つ服を着ると、思いのままに動かしたり、変形させたりできるのか。

 他の種族の人はどうなんだろう?

 アグニスに火の魔織布の服を着せたら、服のかたちが変わったりするのかな。

 ……これは実験の余地があるな。


 となると、まずはルネに試してもらった方がいいかもしれない。

 羽妖精さんが魔獣に襲われたときのための防衛機構として……うん。


「やっぱり羽妖精さんは神秘の存在ですね。話してると、色々アイディアが浮かびます」

「いえいえ。お役に立てて幸いでございます」

「とりあえず、ルネさんの服のデザインは、俺に任せてもらえますか?」

「はい。それはもちろんでございます」


 ルネはうれしそうに、笑った。


「錬金術師さまなら、ルネの力を活かせるようなものを作っていただけると思いますから」

「もちろん。ルネさんの魔力を活かせるようなものを作るつもりです」

「それなら安心でございますね!」

「はい。安全になるようにします」

「ありがとうございます」

「こちらこそ。よろしくお願いします」


 お辞儀をする俺と羽妖精ルネ。

 よし、許可はもらった。

 ルネの服には魔力で動く羽と、触手のように動かせるリボンをつけよう。


「やっぱりトールさまは、お優しい方ですね。ルネさんのことを、そこまで考えてらっしゃるなんて……」


 アグニスは感動したように目をぬぐってる。

 メイベルは……うん。俺が考えてることがわかるみたいだ。

 納得したようにうなずいてるからね。


 そんなことを話している間に、ソレーユの支度が終わったようで──


「お、お待たせしました。錬金術師さま……」


 ──振り返ると、光の魔織布の服を着たソレーユが、空中に浮かんでいた。


 きれいだった。

 長いプラチナブロンドを羽のように揺らしてる。

 緊張してるのか、肩がかすかに震えてる。

 でも、大きな目はまっすぐに俺を見てる。


「はじめましてなの、錬金術師さま。光属性の羽妖精、ソレーユ、なの」


 ソレーユはそう言って、ぺこり、と頭を下げた。

 空からの光を受けて、白い肌が、ほのかに輝いているように見えた。


 彼女が着てるのは、メイベルとアグニスが作った『光の魔織布ましょくふ』の服だ。

 魔力を通すと透明になるそれは、ふたりの手によって『それほど透けない服』に変化している。服として、身体を隠す機能は発揮しているみたいだ。

 特に、幾重にもリボンや折り込みが施された胸と腰のあたりは、まったく透けていない。さすがメイベルとアグニス。器用だ。


「お礼が遅れてごめんなさい。お風呂と服をいただいて、ありがとうございました」


 ソレーユは再びお辞儀する。

 彼女が動くたびにスカートとリボンが、向きや形を変えている。

 まるで予備の羽のようだ。

 ルネが言った通りこの服は、本人の意志によって動かせるらしい。


「はじめまして。錬金術師のトール・カナンです。こっちは仲間のメイベルとアグニスです」


 俺が紹介するとメイベルとアグニスが頭を下げる。

 それから、俺はソレーユの方を見て、


「まずは『フットバス』の感想を聞かせてください。俺はこれから、身体の大きな魔族や亜人のみなさん用に『しゅわしゅわお風呂』を作ろうと思ってるので、全身で『フットバス』に浸かるとどんな感じなのか、聞かせて欲しいんです」

「え、えっと」


 ソレーユは恥ずかしそうにうつむいてから、


「あ、あのね。あたくしの身体はいつも、頭がほてって、熱が出ていたの。それは光の魔力が強すぎて、身体の中をうまく流れてくれないからだって、わかってたの。それを循環じゅんかんさせるために川で水浴びをしていたのだけど……」

「すぐに元に戻っちゃってたんですよね?」

「はい。でも、錬金術師さまが作ったお風呂に入ったら……一カ所に集まっていた熱が……じわっ、って、身体の隅々に溶けていったの。身体全体がぽかぽかして……魔力が隅々まで行き渡って、つらいのが……消えたの」


 祈るようなしぐさをしながら、ソレーユはつぶやいた。


「そして、しばらく待ったけど、元にはもどらなかったの」

「あれ? でも、ルネさんの話だと、数十分おきに『フットバス』に入ってるって……」

「あれは、お風呂に入るのをやめたら、元にもどっちゃうんじゃないかって、怖かったからなの。でも……」


 ソレーユは半透明の羽を揺らして、ふわり、と飛び上がる。

 それから光の魔織布の服を補助の羽のように動かして、ひゅんひゅん、と、俺のまわりを飛び回る。

 そうして、俺の目の前でまた、止まった。


「たぶん、もう大丈夫。このまま、ちゃんと飛べる。そんな気がするの」

「無理はしないでくださいね。『フットバス』は定期的に使ってください。なにか変わったことがあったらすぐに報告してください。ユーザーサポートしますから」

「わ、わかりましたの」

「服の方はどうですか?」

「この服は……自分の一部みたいなの」


 ソレーユは服の裾をつまんで、そう言った。


「魔力がすごく楽に通るの。まったく、重さを感じないの。服のスカートを動かして風を受けたり、平たくして方向転換に使ったりできるの。すごく便利」

「身体が楽になったってことですね」

「そうなの。錬金術師さまには、感謝しかないの……」


 なるほど。

 やっぱり魔織布の服は、羽妖精さんにはすごい効果があるようだ。


 理由は……なんとなく予想がつく。

 羽妖精さんたちは、木の葉の服に魔力を通して、風の流れを感じ取ってる。

 木の葉は固さも厚みもまちまちだし、まきつけて身体を保護するのがせいいっぱいで、自由に動かすことはできなかった。


 でも、魔織布は軽くてやわらかい。厚さも統一されてる。

 おまけに自分の属性の魔力をよく通す。

 木の葉を身体の一部にできるなら、魔織布だって身体の一部にできるはずだ。

 だから自由に動かして、飛行時に予備の羽として使えるってことなんだろうな。


「……トールさま」


 気づくと、メイベルが俺の服の袖をひっぱってた。


「ちょっとお話してもいいですか? トールさま」

「どうしたのメイベル」

「トールさまは最終的に、羽妖精すべてに服を差し上げるつもりなのですよね?」

「うん。できれば」


 羽妖精が何人いるかわからないから、全員は無理かもしれないけど。

 でも、魔王ルキエの許可を取れば、服を作る職人を回してくれるかもしれない。

 そうすれば俺は魔織布を作るだけで済む。


 あれは布に光・闇・地・水・火・風の各属性を付加するだけだから、作るのはそんなに難しくない。

 大きな布をもらって属性付加すれば、一気に大きな魔織布にできるから。

 それを裁断して服にすればいいだけだから……。


「全員は無理でも、100人か200人くらいなら、なんとかなると思うよ」

「そうすると、羽妖精さんたちは魔王領で普通に生活できるようになりますよね?」

「そうだね。恥ずかしがり屋だから、すぐには人前には出られないかもしれないけど。でも、普通に仕事とかはできるようになるんじゃないかな?」

「しかも魔織布の服は、空を飛ぶときの助けになるんですよね?」

「うん。補助の羽に使えるみたいだ」

「そうですよね。ソレーユさん。すごく飛ぶのが楽そうでしたから……」


 メイベルは真剣な顔になり、


「ですから、トールさまが羽妖精さんたちに服をあげたら、たくさんの羽妖精さんが、ソレーユさんと同じ能力を持つようになりますよね?」

「そうなるね」

「それはトールさまの手によって、羽妖精の能力と生活が進化する、ということですよね?」

「……うん」

「つまり、ひとつの種族を、トールさまが進化させてしまうということになるのでは……ないでしょうか」


 ……確かに。そうかもしれない。


「でも、それは俺の力じゃないよ。そもそも魔織布ましょくふは、勇者世界の『抱きまくら』を元にしたものなんだから」


 俺は言った。


「魔織布は勇者世界の『抱きまくら』から作られてる。つまり、魔織布も、勇者世界のアイテムと言っても過言じゃない」

「……あ」


 メイベルは顎に手を当てて、考え込むように、


「確かに、そうですね。『抱きまくらが』あるということは、その素材である魔織布ましょくふも勇者世界に存在するわけです」

「うん。となると、勇者も魔織布の服を着ていた可能性があるんだ」

「勇者が、この素材の服を?」

「記録にはないけどね。そう考えると、勇者の素早い動きや、超反応に説明がつくんだ。まるで後ろにも目があるようだった……と言われる剣士がいたよね」

「はい。後ろから来た魔物を、振り向きざまに切り捨てたという伝説があります」

「うん。その伝説に出てくる勇者だよ」


 俺はうなずいた。


「それはつまり、勇者が羽妖精のように服に魔力を通して自分の一部に……つまり、感覚器官のようにしていたってことじゃないかな」

「たとえばマントに魔織布を使って、感覚器官に、でしょうか?」

「うん。そうすることで相手の気配を感じ取って超反応していたんじゃないかな」

「……確かに、それなら超反応の勇者がいるのもわかります」


 メイベルは俺の手を取って、納得したように、


「魔織布がそういうものなら、羽妖精さんたちの生き方を変えてしまうのも、仕方ないかもしれませんね」

「勇者世界のアイテムだからね」


 だからこそ宰相さいしょうケルヴさんは、広める前に許可を取るようにと言ったんだろう。

 魔織布を、うかつに広めてしまったら、帝国にまで流出するかもしれないからだ。

 宰相ケルヴさんはそこまで考えて、俺に申請書を手渡したんだ。


 先見の明がある、すごい人だと思う。

 宰相さんが味方でよかった。


「とりあえず、数人の羽妖精さんに魔織布を使ってもらうことから始めようと思う」

「そうですね。羽妖精さんの服なら、使う布も小さくて済みますから」

「小さな魔織布なら、入手しても使い道はないからね」


 俺とメイベルは顔を見合わせて、うなずいた。


 アグニスとルネは、服の採寸を続けてる。それをソレーユが手伝ってる。

 ソレーユはふたりの間を、元気に飛び回ってる。

 これなら……お願いをしても大丈夫かな。


「実は、俺はソレーユさんにお願いがあるんです」


 俺は光の羽妖精ソレーユを見て、言った。

 飛び回っていた彼女が、俺の前にやってくる。


「まずは、これを見てもらえますか」


 俺は超小型簡易倉庫から『UVカットパラソル』を取り出した。

 真っ白なかさを開いて、木の根元に置く。


「俺は聖剣を研究していて、その一環として『光の攻撃魔術を防ぐパラソル』を作ったんです」

「光の攻撃魔術を防ぐパラソル……って、そんなものがあるの!?」


 ソレーユはおどろいたように、真っ白なパラソルを見つめてる。

 ルネも同じだ。

 枝の上からは、他の羽妖精たちの声がする。みんなびっくりしてる。というか、パラソル自体を見るのが初めての子もいるみたいだ。「のりもの?」「おうち?」って言ってる子もいる。確かに、羽妖精からすれば乗り物や家にも使えそうだけど。 


 元々俺たちは、光属性の魔術が使える人を探して、ここまで来た。

 その使い手のソレーユが病弱だからあきらめかけていたんだけど……元気になったのなら、話をするくらいは構わないだろう。


 俺は説明を続けることにした。


「これは勇者世界のアイテムのコピーです。これで魔力ランプの光を消せることは実証済みです。だけど本当に光の攻撃魔術を防げるかどうか、実験ができないんです。まわりに光の魔術の使い手がいないので」

「光の魔術が必要というのは、そういうことだったの……?」


 納得したように、ソレーユはうなずいた。


「ソレーユを必要としている理由は、ルネから聞いていたの。光の魔術使いに、協力して欲しいって」

「はい。もちろん、体調が良くなってからで構いません」


 俺は言った。


「1発だけ、強めの攻撃魔術を使ってもらいたいんです。お願いできますか?」

「承知いたしましたの」


 ふわり、と、ソレーユが俺の目の前に飛んでくる。

 そのまま彼女は──ルネがしたように──俺の額に、ちゅ、と口づけた。


「今はまだ……体調に不安がありますの。でも、もう少ししたら……必ずお側にまいります。1発と言わず、錬金術師さまが満足されるまでお付き合いいたしますの」

「ありがとう。助かります」

「それと……今はまだ恥ずかしいですけれど、でも、肌を見られるのにも慣れると思います。そうなったら、錬金術師さまが満足されるまでお付き合い──」

「待ってください。それは別の話ですから」


 なんだか決意したようなソレーユを、俺は慌てて止めた。

 いや、羽妖精さんの造形美は気になるんだけど……今はまぁ、いいや。


 とにかくこれで『UVカットパラソル』の実験ができる。

 ソレーユが来たら、ライゼンガ将軍にも立ち会ってもらって実験しよう。


 念のため、ルキエにも話を通しておいた方がいいな。

 申請書と一緒に、手紙も送ってもらうことにしよう。


 宰相ケルヴさんへの申請書は馬車の中で書いてきた。

 手紙は、ここで書けばいいな。

 それを運んでくれる羽妖精さんの服は……すでにメイベルとアグニスが、作る準備をはじめてる。


 1着はルネの分。彼女は俺たちとの交渉役でもあるから、服をあげた方が色々楽だからね。

 あとの2着は……誰かが手紙を運んでくれるかによるな。

 希望を聞いてみよう。


「さっき言った通り、俺は、手紙をお城に運んでもらいたいと考えています」


 俺は枝の向こうを見上げながら、言った。


「羽妖精さんたちのうち、2人にお願いしたいんですけど、やってくれる人は──」

「トールさま!?」

「そのお言葉は危険です。トール・カナンさま!?」


 俺は思わずメイベルとアグニスの方を見た。

 ふたりは頭上を指さしてた。


 ……あ。しまった。

 失言に気づいて、俺が樹の枝の上を見た瞬間しゅんかん──




「「「「「「「「「「お役にたちますーっ!!」」」」」」」」」」




 真上から、たくさんの羽妖精さんたちが、俺に向かって突進してきたのだった。





 とりあえず、くっついたりまとわりついたり、服の中に潜り込んだりする羽妖精さんたちをはがして──

 いつの間にかポケットの中で眠ってた子も起こして──

 超小型簡易倉庫の中に入り込もうとしてる子をひっぺがして (大変だった)──


 結局、俺は2人の羽妖精さんに、申請書と手紙を渡した。

 新品の服を与えられた2人は、うれしそうに俺たちのまわりを踊ったあと、お城に向かって飛び立った。木の葉の服の子たちも数名、それを追いかけていった。


 飛行速度が違ってた。

 木の葉の服をまとった子たちは、魔織布の服をまとった子たちに距離を空けられてる。やっぱり、魔織布で予備の翼を作ると違うんだね……。


 それから俺たちはルネに服を渡して、森の出口へと向かった。


 ルネは時々、俺のところを訪ねるって約束してくれた。

 ソレーユは体調が安定したら、実験をしに来てくれるそうだ。


 そうして、俺とメイベルとアグニスは、たくさんの羽妖精たちに見送られながら、西の森を離れた。


「ルキエさまと宰相閣下さいしょうかっか、服の方の許可をくれるかな」

「陛下はお許しくださると思いますけど、宰相さまは……難しいかもしれませんね」

「お父さまからもお城に手紙を出してくださるように、アグニスからお願いしてみますので」


 そんなことを話しながら、俺はライゼンガ将軍の屋敷へと戻った。

 あとは、ルキエと宰相ケルヴさんの判断待ちだ。


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