第48話「お手伝いへのお礼について考える」
2カ所目の家がある場所は、土地の魔力がすごく
ぱたぱた。ぱたぱた。ぱたぱたぱたぱた!
屋根の上にいたのは、火属性の
しかも3人。
真っ赤な髪の羽妖精たちは、両腕を空に向かって伸ばして、ゆらゆらと揺れてる。
もしかしたら、炎をイメージしてるのかもしれない。
隣に黄色い髪──地属性の羽妖精もいる。
1人だけ。しかも控えめに、頭を少し出してるだけだ。
他の羽妖精は姿を見せない。
つまりこの場所は、火の魔力がすごく強い。地の魔力もある。
でも、他の魔力は感じ取れないくらい弱いということらしい。
この場所は温泉の
火の魔力が強いのはそのせいかもしれない。
建物はまだ新しい。改築なしで使えそうだ。
温泉も町も、すぐそこだ。ロケーションは最高なんだけど……。
「ここはとりあえず保留にして、次の場所に案内してもらえますか?」
俺はアグニスとローンダルさんにお願いした。
ふたりには悪いけど、魔力が
というわけで、俺たちは2か所目の屋敷から移動した。
そのまま最後の『
「ここが、最後の場所になります」
ローンダルさんはヒゲをなでながら、そう言った。
俺たちの目の前は2階建ての屋敷がある。
大きさは十分だ。庭も広いし、井戸も完備してる。
井戸のなかにはちゃんと水があふれてる。定期的に整備されてるようだ。
「ここは古い屋敷で……以前に誰が使っていたか記録に残っていないのです」
「誰が使っていたか、わからない……」
「はい。将軍の資産となっていますので、担当のものが定期的にメンテナンスはしているのですが、
「でも、建物はしっかりしてますね」
「それはもう。将軍の資産ですからな。きちんと管理しておりますよ」
ローンダルさんは胸を張った。
建物そのものは悪くない。
図面を見ると、中には工房にできそうな大広間があるらしい。
屋敷内の水場も多い。これなら料理も洗濯も楽にできる。
お風呂場が広いのもいいな。
ちょうど『フットバス』を応用した『浴槽しゅわしゅわ作戦』を計画していたから。
大きめのお風呂全体を『しゅわしゅわ』にできるアイテムを作ることができれば、魔王城のお風呂だって『しゅわしゅわ』させられるはずだ。
ルキエもよろこんでくれるだろうし、魔王城の人たちの健康管理にもいいだろう。
屋敷のお風呂が広いから、当然、湯沸かし場も広い。
湯沸かし場は耐熱性が高いから、そこで火を使った研究もできるはずだ。
「うん。悪くないな」
このあたりは
気になるのは、町から少し遠いことか。
町までは徒歩で1時間ちょっと。ライゼンガ将軍の屋敷までは、その倍以上かかる。だから、アクセスはよくない。
ただ、森や鉱山がすごく近いから、採取をするのにはちょうどいい。
西の森も見える。羽妖精たちにも会いに行ける。
「で、その羽妖精たちの意見は……」
俺は建物の屋根を見た。
ぱたぱた、ぱたぱた。
ひょこひょこ、ひょこひょこ。
相変わらず屋根の上から顔を出している。
今度は地属性と水属性と風属性が2人ずつ。火属性が1人。合計7人。
その中に、黒い花を持ってる子が2人いる。なんだろう。あれ。
「もしかして、闇の魔力を表してる?」
こくこく、こくこく。
花を持ってる羽妖精たちがうなずく。
闇の羽妖精はルネだけ。だけど、彼女はソレーユの面倒を見てる。
だから花で代用してるんだろうな。
ということは、ルネも魔力を見にきてくれてたのか。
それとも、このあたりの魔力の流れは、羽妖精については常識なのかな。
どっちにしても、重要なのは──
「この土地に宿る魔力は、強めの地と水と風と闇、あとは火ってことか」
こくこく。こく。うんうん。こくこく、こくこくっ!
横一列で順番にうなずく羽妖精さんたち。
正解らしい。
工房の候補地のうちで1番魔力が豊富なのはここだ。
1か所目はアクセスはいいけど、水と地の魔力が弱い。
2か所目は火属性が強すぎる。
そして、ここはバランスよく5属性がそろってるから、工房にはちょうどいい。
問題は町までの距離だけど……やっぱり魔力を優先するべきだろうな。
「羽妖精さんたちって、すごいですね」
メイベルが俺の耳元でささやいた。
「エルフでも、土地の魔力を調べるのは大変なのですけど……羽妖精さんたちは、感覚的にわかっちゃうんですね……」
「俺は、羽妖精さんたちに気づいたメイベルの方がすごいと思うけど」
「いえ……私が見ていたのは、トールさまの方で……」
照れたようにつぶやくメイベル。
「トールさまが見ているものを……私も見たいなって思ったら……羽妖精さんがいるのに気づいたんです」
「そ、そうなんだ……」
「そうなんです……」
「…………」
「…………」
「そ、それより、羽妖精さんの話だけど」
「は、はい。羽妖精さんの話ですね」
「なんで、俺についてきてるんだと思う?」
「それはたぶん……さっき森に行ったとき、トールさまが工房の話をされたからだと思います」
やっぱりかー。
メイベルとアグニスが服を作ってる間、俺はルネと世間話をしてたんだよな。
そのときに、これから工房の土地を見学に行く、って言っちゃったんだ。
「それで手伝ってくれたのか。無理しなくてもいいのに……」
俺がそう言うと、メイベルは笑って、
「しょうがないですよ。
それはわかる。人見知りなのに、がんばってついてきてくれたんだから。
今だって羽妖精さんたちは、屋根の向こうに隠れてる。
服がエントツに引っかかって、脱げかけてる子もいるけど。
「羽妖精さんたちが人前に出ないのは、木の葉の服が恥ずかしいからだったっけ」
俺は言った。
「あと、服がすぐに枯れて、新しい木の葉で仕立て直さなきゃいけないからって、ルネは言ってたよね」
「そうですね。本当はみなさんも、魔王領の人たちと一緒に生活したいって言ってました」
「あのさ、メイベル」
「はい。トールさま」
「俺のアイテムを大勢に渡すときは、宰相ケルヴさんの許可を得なきゃいけない。でも……数人の知り合いに渡すくらいなら、問題ないかな?」
俺の言葉に、メイベルは難しい顔になる。
俺は続ける。
「仕事を手伝ってくれた相手に、服をあげるのはどうかな?」
「ぎりぎりですね……」
「ぎりぎりかー」
「でも、トールさまらしいと思いますよ」
そう言って、メイベルは笑ってくれた。
「地・水・火・風・闇の羽妖精さんに、1着ずつですよね?」
「
「10着ですか……」
「そうすれば羽妖精さんたちも人前に出られるようになるよね。自由に、魔王領の人たちと一緒に暮らすこともできるようになると思うんだ」
「わかります。けど──」
メイベルは首をかしげてる。
許可が必要かどうか、ぎりぎりのライン、ってことか。
羽妖精たちにはもう、光属性の服と『フットバス』を渡してる。
これ以上アイテムをあげるためには、許可を取った方がいいんだろうな。
「申請書を魔王城に届けるまで、少し時間がかかるよね」
「はい。大急ぎで届けてもお城までは1日。往復で2日くらいでしょう」
ぱたぱた。ぱたぱた。
「足の速い馬を用意するのも大変だからね。将軍にお願いすれば早馬を出してくれると思うけど……そこまで迷惑をかけたくないな」
「将軍の領地からは、お城へ定期便が出ていると思います。それを利用されるのはどうですか?」
「時間はかかるけど、それが無難かな」
ぱたぱたぱた! ぱたぱた!
「帰って申請書を書いて、定期便を出す場所を調べて……それで送るって流れかな。俺専用の、手紙を届けてくれる通信兵がいるわけでもないんだから──」
「「「「「「「とどけますーっ!!」」」」」」」
いきなりだった。
屋根の後ろに隠れていた羽妖精さんたちが、一斉に姿を現した。
「羽妖精さんたちが、どうしてここに!?」
「は、
いきなり現れた羽妖精たちに、アグニスもローンダルさんもびっくりしてる。
でも、羽妖精たちはふたりを気にしてない。
というか、ふたりと目を合わせようとしてない。恥ずかしいんだね……。
羽妖精さんたちの髪色は、黄色黄色、青色青色、赤色、緑色緑色。
それぞれ地地、水水、火、風風──各属性の羽妖精たちは、じっとこっちを見つめながら、俺の顔のまわりを飛び回ってる。
口々に語りかけてくる。
それぞれ、こんな感じで──
「
「おこまりのときは、無条件でお助けいたします」
──落ち着いて礼儀正しいのは、地属性の羽妖精たち。
「……手紙、とどける」
「……無理じゃない。やりたい」
──クールなのは、水属性の羽妖精たち。
「それが羽妖精に関わるものなら望むところ! わーたーしーてー」
──熱心に服の袖を引っ張ってるのは、火属性の羽妖精。
「手紙をポイしてください運びます! お城までひゅーんします!」
「ひ、人前に姿を現すのは恥ずかし……あ、ふ、服がまたほどけそうに……」
──フィーリングでしゃべってるのは、風属性の羽妖精たちだ。
「──待って」
俺は言った。
羽妖精さんたちは、ぴたり、と沈黙した。
それから、俺の隣にいるメイベルを見た。
アグニスを見て、ローンダルさんを見た。
自分たちが姿を隠していないことに気づいて、慌てはじめる。
そして──
「「「「「「「それーっ!」」」」」」」
羽妖精さんたちは、一斉に俺の上着の中に隠れた。
いや、無理だろ──と思ったけど、無理じゃなかった。4人は上着の内側に鈴なりに、残りの3人はみんなの死角になるように、俺の背中にくっついてる。
……えっと、どうしよう。
「とりあえず、お礼から……かな」
俺は上着の中に隠れてる羽妖精さんに頭を下げた。
「土地の魔力についてアドバイスをくれて、ありがとうございました」
羽妖精さんたちは一斉に「「「「「「「いえいえー」」」」」」」って答える。
上着にしがみついてお
「おかげで魔力に満ちた土地がわかりました。工房を開くならこの場所が最適だと思います」
俺は羽妖精たちに言ってから、アグニスとローンダルさんに同じ言葉を告げた。
3箇所のうち、まずはこの場所をキープ。
それから、建物をどう改築すればいいか、相談することにしよう。
「俺はこれから、もう一度、西の森に行こうと思います」
みんなを見回してから、俺は言った。
俺は羽妖精さんたちに『
木の葉の服が何度もはだけるのを見ちゃったし、土地の魔力のことで助けられたから。
でも、ルキエや
申請書を出したとしても「羽妖精全員に魔織布を」というのは無理だろう。影響が大きすぎるし、俺だって一気にたくさんは作れない。
……作れない……いや、そんなこともないかな。
大仕事になっちゃうけど……楽しそうだな。
うん。別にいいかな。100着くらいなら、3日ぶっ通しで作業すれば──
「トールさま」
気づくと、メイベルが心配そうな顔で、俺を見ていた。
「私は陛下から、トールさまに
「なんで考えてることがわかったの。メイベル」
というか、ルキエもなんでそんな指示を出してるんだろう……。
「わ、私は陛下から、トールさまの健康管理を任されておりますので。そのためには……トールさまをじっと見て、お、お心くらいはわかるようにならないと、ですので」
じーっと俺を見ながら、力説するメイベル。
そういうことなら、しょうがないか。
メイベルやルキエを心配させるわけにはいかないよな。
魔織布の服は、地・水・火・風それぞれに2着ずつ。
闇属性のルネにも、2着。光属性のソレーユにはもう1着。
宰相ケルヴさんの許可をもらって、作ることにしよう。
申請書は超小型簡易倉庫に入ってる。
これに必要事項を記入して、
「だけど、その前に、光の羽妖精ソレーユさんの様子を見に行きたいんです」
俺は上着をめくって、しがみついてる羽妖精さんたちに、言った。
黄色い髪と青い髪の羽妖精さんたちは、こくこく、とうなずく。
「
俺は続ける。
「それと、俺たちが森に入っても大丈夫かどうかも。難しいようなら、森の入り口でルネさんと話だけしますから」
「「承知でございますー!」」
「……わかったの」「……おまかせー」
「炎の矢のごとき速度で参ります!」
「らららー」「わ、わわっ。待って待ってー!」
「「「「「「「それでは──っ!」」」」」」」
ひゅーん。
羽妖精さんたちは一斉に、西の森の方へと飛んでいった。
あとには俺とメイベル、それと、呆然とするアグニスとローンダルさんが残された。
メイベルはともかく、アグニスとローンダルさんは放心状態だ。
いきなり
「トール・カナンさま……一体、なにがあったのですか?」
アグニスは、やっと、それだけをつぶやいた。
「いつの間に羽妖精たちが……? いつから、いたのですか……?」
「実は……ずっといたんです」
俺は言った。
「西の森から、羽妖精さんたちがついてきちゃってたんです」
「あの神秘の種族が、トール・カナンどのに?」
ローンダルさんが声をあげた。
驚きを隠しきれないみたいに、ボリボリ、と、ヒゲを引っ掻いてる。
「どうやって羽妖精の信頼を得たのですか!? 彼女たちがあれほど人に近づくのは見たことがございません! 人や亜人の服に隠れるなど……どれほどの信頼があれば、それが可能なのですか……」
「あの子たちは、義理がたい種族ですから」
ソレーユに『フットバス』と『光の魔織布』の服をあげたのを、恩に感じてるんだろうな。
それで種族まるごと、俺の手助けをすることにしたみたいだ。
「あの子たちは、土地を選ぶのを手伝いに来てくれたんです。俺が『井戸が涸れてる』とか『暑いかも』と言ってたのはそのせいですよ」
俺はアグニスとローンダルさんに説明した。
「だから、あれは俺の能力じゃないんです。羽妖精さんたちが教えてくれただけで──」
「いえ『羽妖精の加護』を得たのであれば、それはトール・カナンどのの能力によるものでしょう……」
ローンダルさんは信じられないものを見るように、震えてる。
「いや、まさかこの
それから、ローンダルさんは呼吸を整えて、俺を見た。
「と、とりあえず土地の選定は完了ということでよろしいですかな?」
「はい。場所は、ここにしたいと思います」
俺は建物を見上げてから、そう言った。
「羽妖精さんたちが、ここには地水火風の魔力と、闇の魔力があるって教えてくれました。錬金術をするには、この場所がベストです。ここに住まわせてください」
「承知いたしました。工房の改築について話をいたしましょう」
「お願いします」
「自分はこれから、ライゼンガ坊ちゃん……いえ、将軍のところに戻ります。土地の選定について報告いたしますが、
「それはアグニスからお伝えします。それまでは内緒にしていて欲しいので」
アグニスがドレスの胸を押さえて、そう言った。
「これはトール・カナンさまと、羽妖精さまたちの信頼関係のお話なので。それをどのようにおおやけにするかは、アグニスに任せて欲しいので」
「承知いたしました。お嬢さま」
ローンダルさんは一礼した。
「お嬢さまがトール・カナンどのを信じられているのであれば、自分もこの方を信じましょう。もとより自分の役目は土地を紹介することですからな。羽妖精のことは、胸に納めておきますよ」
「ありがとうございます。ローンダルさん」
「いやいや、珍しいものを見せていただきましたからな」
笑いながら、ローンダルさんは、
「人のまわりを羽妖精たちが楽しそうに飛び回るところなど、魔王領の歴史上なかったこと。錬金術師トール・カナンどのが、これからどのように魔王領を変えていくのか、わかったような気がします。それを見とどけることができるとは、いやはや、長生きはするものですな!」
「あんまり迷惑はかけないようにするつもりです……はい」
「いやいや、お気になさらず。それでは!」
そうして、ローンダルさんは屋敷の方へと帰っていった。
その姿が見えなくなってから、
「それじゃ、ルネとソレーユに会いに行こう」
「はい。トールさま」
「おともさせていただくので!」
俺たちはふたたび、西の森へと向かうことにしたのだった。
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