第47話「工房に向いた場所の下見に行く」
西の森を離れてから、数時間後。
俺とメイベルとアグニスは、とある町に立ち寄っていた。
今日はここで、ライゼンガ将軍の部下と合流することになってるからだ。
「お待ちしておりました。ライゼンガ・フレイザッド将軍の執事で、ローンダルと申します」
町の入り口で待っていたのは、ガタイのいい老人だった。
赤色の短めの髪と、長いヒゲを生やしている。
「将軍の命により、錬金術師トール・カナンどのの工房の候補地にご案内させていただきます。面白そうな仕事をいただき、光栄です。どうか、よろしくお願いいたしますぞ!」
ローンダルさんはそう言って、一礼した。
俺がライゼンガ将軍の領地に来たのは、工房の場所の下見をするためでもある。
そのために将軍は、案内役を手配してくれたんだ。
「お手数をおかけしてすいません。ローンダルさん」
「いやいや、礼など必要ありませんぞ、トール・カナンどの!」
ローンダルさんはヒゲをなでながら、笑った。
「あなたさまのおかげで、アグニスお嬢さまは
「ローンダル。大声を出したら、トール・カナンさまがびっくりするので」
「これは失礼!」
そう言ってローンダルさんは、俺の手を取り──
「ここからは私めが御者をつとめさせていただきましょう。私めと将軍が
自信たっぷりに、宣言したのだった。
「工房の場所は、ほどほど町に近く、水の豊富な場所がよろしいのでしたな?」
馬車の御者席で、ローンダルさんが言った。
「はい。あとは採取ができそうな山や森が近くにあると助かります」
肩越しの言葉に、俺はうなずき返した。
「将軍の領土では、今後鉱山の開発が進むと聞いています。もちろん、銀をもらうつもりはありません。ただ、山のふもとで、錬金術の素材をちょっとだけ採取させてもらえれば」
「承知しております。むしろ、申請していただければ、必要な素材をこっちで採取して参りますよ」
「いや、そこまでしていただくわけには……」
「気にせんでください。将軍からは可能な限り、トール・カナンどのに便宜をはかるように言われておりますのですからな!」
片目を閉じて、にやりと笑うローンダルさん。
……ライゼンガ将軍、いい人すぎるよ。
「工房の候補地ですが、以前に商人や魔術師が使っていた場所を選んでおきました」
ローンダルさんは話を続ける。
「そういう場所は町からも近いですからな。建物が残っておれば、それを改築するだけで済みましょう。工房ができるのも早くなりますからな」
「確かに……そうですね」
土地から探すより、すでにある建物を改築した方が早い。
以前に誰かが住んでいたなら、そこは住むのに適した場所ということになる。
さすがライゼンガ将軍の部下だ。理にかなってる。
俺の隣ではメイベルがうなずいてる。
アグニスは……ローンダルさんが持って来た資料を準備してる。
建物の図面や、俺が書いた工房の設計図なんかを見てる。
場所の選定は、みんなに任せても大丈夫そうだ。
あとは……その土地が、魔力に満ちた場所だと助かるんだけど。
光・闇・地・水・火・風の各属性の魔力がある場所なら、『創造錬金術』が使いやすい。魔石の魔力だって、すぐに溜まる。
錬金術をやるには最適だ。
だけど、俺のスキルでも、土地の魔力まではわからない。
そもそも魔力の多い場所には、もう誰か住んでるだろうし、あんまりぜいたくも言えないか。
「
魔力に敏感な
でも、病人がいるのに仕事をお願いするわけにはいかないか。
光妖精さんの具合がよくなったら頼んでみよう。
──そんなことを考えているうちに、馬車は最初の目的地に到着したのだった。
「ここは、以前に商店だった建物になりますぞ」
将軍の執事、ローンダルさんは言った。
俺たちがいるのは、町を見下ろせる小高い丘。
南側には山があり、反対側には町がある。ずっと向こうに、将軍の屋敷も見える。
「候補地は3か所ございますが、ここが一番、建物の状態がよいですな。こころゆくまで、ごらんください」
「大きな建物ですね……」
メイベルは目の前の屋敷を見て、目を丸くしている。
俺もびっくりだ。俺とメイベルだけが住むには、この屋敷は立派すぎる。
目の前にあるのは石造りの、2階建ての建物。
商店だったから、入り口のドアが2つある。
1つは商店側。1つは住居スペースだろう。
アグニスが手元の資料を確認してる。
俺とメイベルにわかるように、読み上げてくれてる。
ここは昔、住居兼、食堂だったらしい。
名うての商人さんが所有していて、地場産の材料を使った料理が自慢だったそうだ。
お店は結構流行っていたけど、料理人が
その後は使われていないそうだ。
「場所は悪くないな。森も近いし、山も近い。すぐ採取に行けそうだ。部屋数も多いから、ほとんど改築しないで使えるんじゃないかな……」
屋敷のまわりには
たぶん、ハーブなんかを作っていたんだろうな。今は荒れ果てて、なにも生えてないけど。
庭には井戸もある。板でフタをして、石で押さえている。
土や砂が入らないようにするための処置だ。
土地と建物の所有権は将軍にあるから、定期的にメンテナンスはしているらしい。
「建物は、トール・カナンさまのご希望通りに改築すると、お父さまはおっしゃっていました」
アグニスが俺に資料を渡してくれる。
資料には、屋敷の間取りが描かれてる。
部屋の広さと数は、まったく問題なし。
菜園があったのなら、土の魔力は十分なはずだ。井戸があるなら水の魔力も流れてると思う。
いい風が吹いてるから、風の魔力も大丈夫。
火は……ちょっとわからないか。
「いい場所を紹介していただき、ありがとうございます」
俺はローンダルさんとアグニスに頭を下げた。
まさか1か所目で、こんなにいい場所に出会うとは思わなかった。
本当に、将軍には感謝しないとな。
「そう言っていただけるとうれしいですぞ。トール・カナンどの」
「アグニスとしても、ここはおすすめなので。お屋敷も近くて、いつでも会いにこられますので……」
ローンダルさんは満足そうだ。
アグニスも、わくわくした顔でこっちを見てる。
ロケーションは問題なし。魔力も大丈夫そう。
だったら、あちこち回る必要もないな。ここに決めれば──
ぱたぱた、ぱたぱた。
「──ん?」
変な音がした。
子どもが手を叩くような音だ。なんだろう。
アグニスでもローンダルさんでもない。
メイベルは、家のまわりの
ぱたぱた。ぱたたたたっ!
音がしてるのは、建物の屋根のあたりからだ。鳥かな?
屋根の上に鳥の巣でもあるんだろうか。
そう思って見てみると──
「「「「じ────っ」」」」
屋根の上から、小さな人影が顔を出してた。
俺の注意を引こうとしてるみたいに、一生懸命、屋根を叩いてる。
4人とも、身長は数十センチくらい。背中には透明な羽が生えてる。
「……どうしてこんなところに……?」
「どうされたのですか? トールさま」
「いや、屋根の上に……」
「屋根の上、ですか?」
さっ。
メイベルがそっちを見た瞬間、羽妖精たちは屋根の後ろに隠れた。
「しーっ」って、かすかな声がする。
ないしょにして欲しいらしい。
そういえば羽妖精って、人見知りだったっけ。
「……なにもいないようですね」
「なにもいないようだね」
俺はとりあえず、
メイベルの視線が逸れると、ふたたび羽妖精たちが屋根の上に顔を出す。
数は4人。
髪の毛の色は、黄色と青、赤と緑。
それぞれ地・水・火・風属性の色だ。
ということは彼女たちは、それぞれの属性の羽妖精ってことか。
でも、なんでこんなところにいるんだろう?
ぱたぱた。
ぱたぱた。
ふたたび、羽妖精たちが俺の注意を引くように、屋根を叩く。
それから彼女たちのうち2人がゆらゆらと身体を揺らしながら……屋根の向こう側に隠れた。
残る2人は両手を振ってる。
髪の色は赤と緑。と、思ったら緑がもうひとり出てきた。
え? なにこれ? なにかのメッセージか?
……たぶん、そうだと思う。
恥ずかしがり屋の羽妖精が、意味もなくこんなことをするとは思えない。
となると……俺になにかを教えようとしてるのかな。
俺にわからなくて、羽妖精にわかるものといえば……魔力だろうか。
羽妖精は魔力に敏感だ。
魔力の流れがわかるから、昔の魔王が土地を選ぶときにも手助けしてる。
最初に姿を見せた4人は、髪の色が違ってた。
それぞれ地・水・火・風4属性の色だった。
それが引っ込んで、火属性の子が1人、風属性の子が2人出てきた。
ということは……。
「この場所には4属性の魔力はそろっていない。強い風の魔力と火の魔力があるけど、水と地の魔力が弱い……とか?」
俺がつぶやくと、羽妖精たちが手を叩く動作をした。
音はしてないけど、正解らしい。
「どうされたのですか? トールさま」
「えっと……土地の魔力について考えてたの……かな?」
「土地の魔力ですか?」
「菜園になにも生えてないのは、地の魔力が弱いせいじゃないかって思って」
「……あ」
メイベルが、はっとした顔になる。
「そ、そうですね。普通だったら雑草が生えているはずです。それがないということは……土の力が足りないのかもしれません。地の魔力が弱ってることは、十分考えられます!」
「……やっぱり」
それから俺は、ローンダルさんの方を見た。
「あの、ローンダルさん」
「いかがされたのですかな。トールどの」
「もしかしてこの建物の井戸って……
「なにをばかな。ははは」
「──トール・カナンさまのおっしゃる通りです。井戸が、
井戸を
「カラカラです。湿り気さえないので……」
「そんなばかな……定期的にメンテナンスをしているはずが……」
ローンダルさんが井戸をのぞき込む。
俺とメイベルも一緒に下を見ると──
「カラカラですな」
「
「水の気配もありませんね」
すごいな。羽妖精たち。
一瞬で、この場所にどんな魔力があるのか見抜いたのか……。
さっき見たとき、水属性の羽妖精は完全に姿を消してた。
ということは、ここの水の魔力は本当に弱いということだ。
たぶん、地下水の流れが変わったんだろうな。
ここにいた商人さんが仕事をやめたのも、それが理由だったのかもしれない。
「どうしてわかったのですか!? トール・カナンどの!!」
執事のローンダルさんが、興奮した顔で俺を見てる。
「一目みただけで、井戸の状態を見抜いてしまうなんて……信じられません。ここはライゼンガ坊ちゃんの管理地で、自分が月に一度は見回りをしていたのですぞ。その自分でも井戸が涸れたことに気づかなかったのに……どうして……あなたさまは……」
「……えっと」
俺は建物の屋根に視線を向けた。
白い腕が見えた。
羽妖精たちが屋根から腕だけ出して、バツ印を作ってた。
黙ってて、ってことかな。
ぴょこぴょこ。
俺がしばらく考えてると緑髪の子──風の羽妖精が顔を出した。
屋根に腹ばいになって、必死にバツ印を作ってる。あ、屋根板のささくれに木の葉の服が引っかかった。それでもぱたぱたと手を叩いて……服がほどけた。
半脱ぎ状態の羽妖精は慌てて屋根の向こうに隠れる。
それでも「ないしょ」のポーズはやめない。必死だ。
羽妖精って……本当に人見知りみたいだ。
しょうがないな。
あとでみんなにはちゃんと説明することにして、今は──
「……井戸のことに気づいたのは、直感です」
「錬金術師さまのお力はすさまじいのですな!!」
「井戸の中を見ないでもわかるなんて……すごいです」
ローンダルさんもアグニスも感心してる。
メイベルは──
「さすがトールさまです。えっと……お優しいですね」
彼女は
なにがあったのかに気づいたらしい。
羽妖精さんたちも、メイベルの目はごまかせなかったみたいだ。
「とりあえずこの場所は保留ということにして、次の場所に案内してもらえますか」
俺は言った。
ローンダルさんはうなずいて、
「承知いたしました! トール・カナンどの!」
「ちなみに次の場所はどのあたりですか?」
「ここからやや南に下った、街道沿いにある屋敷です。近くには温泉がありますからな。おすすめですぞ」
「ここからやや南に下った、街道沿いにある屋敷で、近くに温泉があるんですね?」
「どうして
「……なんとなくです」
建物の方を見ると……妖精さんたちが屋根の上に、ぐっ、と親指を突き出してた。
二度言ったおかげで、ちゃんと伝わったらしい。
ということは、ついてくる気なんだね。
「トールさまのお側にいると、今までにない不思議なことが起こりますね……」
俺の手を取って、メイベルは言った。
やっぱり横目で屋根の方を見ながら、うれしそうに、
「だけど、こんなに楽しい旅は生まれてはじめてです。次の場所に参りましょう、トールさま」
「うん。一緒に行こう」
「はい。トールさま」
笑顔で宣言するメイベルと、屋根をぱたぱた叩く羽妖精さんたち。
アグニスは資料を確認するために馬車に戻り、ローンダルさんは馬車の御者席へ。
俺とメイベルが馬車に入ると……天井の向こうで、なにかが着地したような音がした──らしい。
俺には馬車の音にまぎれて聞こえなかったけど、エルフ耳でその音をとらえたメイベルが教えてくれた。
もちろん、羽妖精さんたちが馬車の屋根に乗った音だ。
彼女たちは、これからもガイドをしてくれるみたいだ。
そういえば西の森でメイベルとアグニスが『光属性の服』を作ってる間、俺は闇の羽妖精のルネに話したんだ。これから工房の下見に行くって。
それを聞きつけてついてきたのかな。羽妖精たち。
……まぁいいか。
お礼はあとですることにして、今は工房の候補地めぐりを続けよう。
「それじゃ、出発してください。ローンダルさん」
「承知いたしましたぞ!」
御者のローンダルさんの声とともに、馬車が走り出す。
馬車の屋根を叩く音がする。ぱたぱた、ぱたぱた。
それを聞きながら、俺とメイベルとアグニスは、次の場所の資料を見ていた。
そうして俺たちは、次の
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